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■オープニング本文 犬神のシノビ幽遠は旅籠の一室にて、無骨な手で地図を開いている。 何箇所かに書かれた印、そしてそれとは別に大きくバツの字が数箇所に。 これらは幽遠と仲間が調べ上げた、犬神強硬派のアジトと思しき場所であった。 つい先日任務から戻ったばかり、同じく犬神の女シノビ、藪紫が音も無く部屋に現れる。 「どう?」 「だーめだ、これ以上は少数で突っ込んだらヤバイ。長老達の方は?」 「だめ。確たる証拠も無しには動けない、だそうよ。まああの人達は動いたってだけで他所にも影響与えちゃうから無理無いんだけど‥‥」 幽遠は地図を放り出す。 「打つ手無しか。雲切引っ張りだすわけにはいかないのか? あいつならお前よりよっぽど戦力になる」 「本気で言ってる? 仕合前のあの子に危ない橋渡らせられるわけないじゃない。ただでさえ狙われてるってのに」 「だよなぁ」 がっくりと首を落とす幽遠。 藪紫は二人分のお茶を淹れながら、状況を口にして整理する。 「そもそも中忍が二人もこんな事に加担してるのがおかしいのよ。あの人達そんなに浅慮じゃなかったはずよ」 「脅迫か?」 「そんなものが通用する相手? 拉致した挙句半年かけて洗脳したとかならわかるけど‥‥」 「目的もわからん。仕合は行われるって決定してるのに、今無理に動き回る理由が何処にある。朧谷の代表を斬る? 足がついたらエライ事になるぞ」 お茶を幽遠に出し、自分の分も手に取る。 「周辺に居るだろう朧谷の猛者を相手に、明らかに怪しいウチが仕掛けたと見破られぬよう証拠も残さず目的を果たす。うん、無理。くもちゃんの護衛開拓者頼りなのだってこっちの都合だしね」 幽遠はじとーっと藪紫を見ている。 とうの藪紫は気付かぬフリをしたまま話を続ける。 「朧谷乗っ取りだけが目的なら、慕容王が出てきた時点で確実にモノにするのは不可能になってるのよ。それは仮にも中忍やってるんだしあの人達にもわかってると思うんだけどね‥‥」 「氷雨さん拉致った所でその状況が改善されるとも思えないんだけどな‥‥くそっ、連中の意図がまるで見えてこない」 幽遠は、やはりじとじとーっと藪紫を見る。 「‥‥‥‥」 「よー、風音は開拓者雇ったって聞いたぜー」 「‥‥で、そのお金を私に出せって?」 「俺そんな金もってねーもん」 「結婚資金溜めてるって聞いたわよ」 「それに手を出したらアイツに絞め殺されるぞ俺」 うわー、女出来た途端シノビの分際でうきうき人生設計とかしてるし、死ねばいいのにこいつー、とは分別ある藪紫は口にはしなかった。 犬神若手の中でも特に仲の良い幼馴染達、通称「スミレ組」(雲切命名)は、仕合周囲の不穏な空気を感じ取り、こうして調査に乗り出したのだ。 今回の件、犬神の中でも疑問視されている点が多い。 仕掛け自体も前里長とごく僅かにしか知らされておらず、里長もそのまま謎の死を迎え、事情を完全に把握している者が居なくなってしまっているのだ。 更にここに来て強硬派の動きが活発になり、挙句氷雨と秋郷が行方不明という、一体何が起こってるのだと。 しかし事が犬神でも上位に位置する者達のしでかした事であり、おおっぴらに皆が動く事も出来ず。 そんな中、一部の若手が業を煮やして動き出したといった所だ。 同じ穴の狢、とまではいかないが、同業同士、それなりに動きを読める部分もある。 そうして幾つか楼港内で強硬派が拠点としている場所を突き止め、調べ上げていたのだ。 現在楼港では、アヤカシが大挙して襲って来ただの、奇妙な噂が流れていただので、混乱が落ち着いていない状況だ。 犬神の里から人員を出せぬといった返事が来たのも、このあたりの事情を考えての部分もあろう。 なので、藪紫は自腹をきって開拓者を雇う事にした。 事前情報を集めるのは幽遠に任せ、いざ乗り込んで実力行使は開拓者達を頼もうと思ったのだ。 幽遠の調べでは、とある商家の二階に隠れ潜んでいる連中が一番怪しいそうな。 そもそも商家であるはずなのだが、家の扉は締め切ったまま、ずっと住んでいたこの屋敷の主も先のアヤカシ襲撃の際、何やら理由をつけて街を離れてしまっている。 近所の人達は、留守を任された者が居るのだろう程度にしか考えていなかったが、中に居るはずの人間を、ここ数日誰も見た事がないというのだ。 灯りはつくし、人の気配もあるのだが、誰が何人この屋敷に居るのかはまるでわからない。 しかし、幽遠はたった一人だけ、その姿を確認する事に成功した。 紛れも無く犬神のシノビ。 屋敷を調べているとバレぬよう、屋敷から離れた所で偶然を装って彼と接触した幽遠は、問答無用で襲いかかられ、ほうほうのていで逃げ出した。 襲い来た彼の正気を失ったような目を見て、幽遠は穏便に済ませるのは無理と即断する。 「ヤバイ件だぞ。相手に何が出てくるかもわからんのだし、幾ら開拓者っつったって、そんな任務に顔出す奴居るのかね?」 自分で頼んでおきながら、幽遠は不安も共に抱えていた。 しかし藪紫はあっけらかんとしたものである。 「大丈夫よ。あの人達なら、ね」 商家の屋敷に潜む影達十人は、まんじりともせず座敷に座って時を待つ。 中に一人、これは見るからにシノビとは思えぬ童の姿があった。 「うーん、暇だね。賭け仕合の日まではする事も無いし、狐妖姫様も当日までは動くなって言ってたし‥‥でも暇だ。お前、何か面白い事しなよ」 言われたシノビは無言無表情のまま、上着を脱いで黙々と腹に墨を塗り、腹踊りを始める。 「うわー、君のいかつい顔でそれやると、すんごい気持ち悪いんだけど」 自分でやらせておきながら気色悪いとそっぽを向く。もちろん腹踊りはやらせっぱなしである。 「あ、そうだ。お前達さ、もし捕まったりしたらすぐに自分で死ぬんだよ、わかったね。確かシノビってそういう連中だったよね」 返事はない。だが、彼等は決して童の命令に逆らえないのだ。 不意に童はかんしゃくを起こしてわめきだす。 「こんなつまんないの相手にしたくないー。もっと怖がったり泣き叫んだり命乞いしたりしてなきゃヤダー!」 童は子供らしく無邪気に駄々をこねるが、その瞳の色は、輝きは、決して人では持ちえぬだろう、瘴気をまとったものであった。 |
■参加者一覧
志藤 久遠(ia0597)
26歳・女・志
香坂 御影(ia0737)
20歳・男・サ
秋桜(ia2482)
17歳・女・シ
ブラッディ・D(ia6200)
20歳・女・泰
鬼灯 恵那(ia6686)
15歳・女・泰
詐欺マン(ia6851)
23歳・男・シ
瀧鷲 漸(ia8176)
25歳・女・サ
紅咬 幽矢(ia9197)
21歳・男・弓 |
■リプレイ本文 昼日中、屋敷より僅かに離れた場所に見える五つの人影。 互いに目配せしあった後、彼等は武器を手に屋敷へと乗り込んだ。 香坂御影(ia0737)は臆する事なく正面扉を大薙刀にて文字通り斬り開く。 すぐ後ろには詐欺マン(ia6851)、紅咬幽矢(ia9197)が続く。 土足で乗り込み荒々しく襖を開き、人の有無を確認する。 居た、四人だ。既に武器を構えている所を見るに、常の警戒は怠っていなかった模様。 御影はまずは敵の動きを探るべしと、大薙刀にて打ちかかる。 先頭の男は抜いた刀でこれをがっしりと受け止める。剣先の見切りといい、膂力といい、かなりの手練と思われる。 御影の右方に立つ詐欺マンは仕込み杖を抜き放ち、別の一人の刃を受け止める。 刃を敵のそれに押し当てながら、詐欺マンは片足を強く踏みつける。 するとどういった力の作用からか、詐欺マンと敵の立つ畳がくるりと跳ね上がったのだ。 「!?」 男は予想だにせぬ動きに体勢を崩すも、仕掛けた側である詐欺マンはぴょんとその場で跳ねてこれを回避している。 合わさったままであった刀を振りぬくと、受けるための力も出せぬまま胴正面に斜めに傷を負わせる。 それでもと立つ敵に詐欺マンは言い放った。 「今日のまろは『畳返しマン』でおじゃる」 紅咬幽矢(ia9197)は御影の左方より出でて弓を引き絞る。 室内だろうと乱戦だろうと、弓術師が弓を引けぬなどと寝言をほざくつもりもない。 即射の技にて素早い矢の供給を行い、刀と変わらぬ速度で矢を放つ。 どうやら中忍一人と下忍三人らしい。 一瞬後続の二人、瀧鷲漸(ia8176)と鬼灯恵那(ia6686)は残るかどうかの判断に迷うが、抑えきれると踏んで二人は更に屋敷の奥へと突き進む。 二人の背後から声が聞こえる。 「犬神の強硬派と見受ける、貴様らの企みもここまでだ!」 一方、裏口に回りこみ奇襲を仕掛けんとする三人組、志藤久遠(ia0597)、秋桜(ia2482)、ブラッディ・D(ia6200)である。 息を潜め合図を待つ三人であったが、久遠は一応とブラッディに念を押す。 「いいですか、以前のように私を攻撃した相手に突っかかるなら‥‥」 ブラッディは、がるると牙をむく。 「久遠に手ぇ出した奴はボッコボコだ!!」 ふうとため息をつく久遠。 「私情に走り大局を失っては、私は貴女を許せなくなります。そうはさせないでください」 明らかに怯むブラッディ。大事な人であると同時に、逆らえない人でもあるらしい。 「‥‥べ、別に依頼を忘れたわけじゃねぇし、ちゃんとやるよ」 じーっとブラッディを見つめる久遠。 「その過程でボコボコにするってだけで‥‥うー、わかった依頼優先、する‥‥」 わざとらしく厳しい表情をする久遠を見て、秋桜は口元を押さえて笑っている。 「さて、そろそろ討ち入りの時間ですが‥‥」 予め調べておいた屋敷の見取り図を再度確認する。 新たに作る余裕も無いだろうし、屋敷全体の造りからも隠し通路などの類は存在しないと思われる。 秋桜は久遠とブラッディに突入経路の説明を行う。 理路整然とした説明に二人がほへーと感心していると、屋敷の中から合図の声が上がる。 突入開始である。 屋敷内部にて童の姿をしたアヤカシは、焦りに焦っていた。 いきなり襲撃を受ける謂れなんぞない。そもそもまだ何一つ悪さはしていないのに一体何事だと。 ただ、自らが負っている任務が任務なだけに、襲撃者を甘く見る事も出来ない。 力づくでの襲撃となればこちらの戦力を充分把握した上で、完全に取り囲みに来るであろうから。 アヤカシはここがアヤカシの世界ではなく、人間の領域であると心底まで理解しているのだ。 アホみたいに人数だけはいる人間だ。数を揃えた上でなくばアヤカシに挑むなぞありえまい。 「んもー! 何だってこんな事にー! ともかくあの四人足止めにして逃げるよー!」 がたがたと慌しく裏口へと向かう童アヤカシ達。 「流石久遠。大当たり」 にやっと笑うブラッディがちょうど角から姿を現した所であった。 「ゲゲェー! 先回りだとお!?」 久遠と秋桜も進路を阻むように広がって構えるが、言葉を発する、それも妙な口調で場違いな子供がそうしている事に違和感を覚える。 秋桜はちらっと久遠に視線を送る。 「話と随分違いますね。シノビ、にも見えませんが」 「あの子には洗脳云々といった気配も感じませんね」 童アヤカシは、ぶるんぶるんと両手を振り回す。 「ええいものども! 斬れ斬れ! 斬り捨てい!」 命令に応じ、五人のシノビが即座に斬りかかる。 これを、三人は受け、かわし、全て防ぎきってみせる。 「ゲゲゲェー! まさか三人共志体持ってる!? こーれはやばしっ! ボク逃げる! 後よろしこ!」 童アヤカシはあっという間に回れ右をして去って行く。 「あー! 逃げんなてめぇー!」 ブラッディが怒鳴るが五人のシノビ壁に阻まれて追いかける事が出来ない。 秋桜は屋敷内から聞こえてくる音を聞き、戦闘が行われているだろう箇所が幾つか推測する。 『どうやら戦闘はここともう一箇所だけ。なら三段構えの三段目でどうにかなってくれるとありがたいのですが‥‥』 勝手口の方へと駆ける童アヤカシ。 炊事場になっている土間へと飛び降りると、そこに矛を肩にかけ壁によりかかっている女を見つける。 「な、言った通りだっただろう?」 同じく剥き身の刀を無造作にぶらさげた女が、腰掛けていた桶から立ち上がる。 「うん、凄いね漸」 ハルバードを構えた漸と、刀を下げた恵那が待ち構えていたのである。 童アヤカシはここにきてようやく自身の考えが少しずれているのかと疑問に思う。 逃げている間に物音を察知してみたのだが、どうも最初の襲撃の場所と、裏口の所以外からはロクに音も立っていない模様。 てっきり捕り手が周囲を取り囲んでいるかと思っていたのだが。 さっきの連中は三人のみ。ここで出て来たのも二人だけだ。もしかしたら、こいつらは少数で攻めて来たのではないだろうかと。 「お前等‥‥」 二人共、童が見た目通りの子供ではない、胡乱な気配を身に纏っている事に気づく。 「や。キミが黒幕だね。大人しく斬られてくれる?」 「悪いがシノビ。というよりは‥‥アヤカシか。貴様の遊び相手は私だ。それも命のな」 童アヤカシは、うつむき加減に堪えきれぬ笑いを溢す。 「そっか‥‥ボクの早とちりってわけね‥‥まさか、さ。志体を持つとはいえ、これだけの手勢でボクを狙うとか‥‥」 その瞳が爛々と輝く。人にはありえぬ鋭さで。 「ここまでナメられたのは初めてだよクソ人間が!」 幽矢は忙しなく動き回りながら矢を番える。 「って詐欺マン! 頼むからそこかしこ見境なく畳ひっぺがすなよ! 危うく滑る所だったろ!」 足元の畳の端をひっぱたき、跳ね上がった畳で剣撃を防いだ詐欺マンは、畳ごと敵を蹴倒しながら叫ぶ。 「だから今日のまろは『畳返しマン』でおじゃると言うておるでおじゃる!」 二人共元気だなーと御影は目の前の敵の攻撃を弾く。 今回は敵味方共に巫女も陰陽師もいない。純粋な力と技を比べあう戦闘である。 不安は無いでもないが、望む所といった戦士の気概がより勝る。 出来るだけ二人に狙いが行かぬよう、咆哮を使い続けるようにしてきたが、幽矢と詐欺マンが一人を倒した所で戦術を切り替える。 これよりは討って出るべしと、槍構えのみならず地奔をしかけ大きく崩す。 この手強き中忍とも既に十数合打ち合っている。 双方穏やかならぬ手傷を負っているが、これによって大きく損傷比率が傾く。 ここ一番で大きな打撃を望めぬのがシノビとサムライの差であろう。 御影は冷静にこれを見極め、確実に勝利への階を昇りあがる。 そうはさせじと追いすがるシノビ、雷火手裏剣の術にて御影に大きな一撃をと狙うも、御影はこうした非物理攻撃への抵抗を得意とする。 かすり傷程度の損傷しか与えられず、ならばと次なる手を考えたシノビに向けて、一足のみで大きく踏み込み刃を振るう。 シノビの脇を通り、一瞬にして後方にまで駆け抜けた御影は、脇に収めていた大薙刀を肩越しに一回転させ振り返る。 そこでようやく、シノビは股間より頭頂までを貫く正中線に沿って血を噴出し、どうっと倒れるのだった。 御影の視線の先には、荒い息を漏らしながらも、ほほと笑いながら口元に扇子を当てる詐欺マンと、弓を肩にかつぎにやりと笑う幽矢の姿があった。 残る二人のシノビも二人に倒された後であったのだ。 「さて、では奥に向かうとするでおじゃるか」 「ボクは今回の件、背後にアヤカシの影があっても不思議じゃないと思ってるんだ。だから、急ごう」 秋桜は咄嗟に即席の役割分担を行う。 中忍らしき手練を秋桜が受け持ち、残る四人のシノビを久遠とブラッディに任せるやり方だ。 こちらも避けかわしには自信があるが、敵も木葉隠を使うなど回避能力は高い。 数回打ち合い、そして秋桜は内心のみで呟く。 『これ、私が倒してしまってもいいんですよね』 ブラッディは自重するよう言われた言葉を覚えていた。 ので、とんっと踏み込み、一打したのみで一歩下がる。 敵の方が数は多いのだから、下がれば下がった分以上に踏み込んで来るだろう。 それを久遠が迎え撃つ。 長槍「羅漢」にて牽制、複数打の内一撃のみに本命を混ぜる。 見切れぬ四人のシノビはただ下がる事しか出来ず、ブラッディによる再度の踏み込みを許す。 脇腹の上、肝臓側に重心を乗せた拳打を見舞う。 苦悶の表情と共に動きが止まるシノビ。残る三人はブラッディに攻撃を集中する。 ブラッディはかわすと信じた久遠は、回避もロクに出来ぬシノビの急所を一撃で貫く。 同時にブラッディがシノビの三連撃を回避しつつ、間をすりぬけるように後方へ。 三人を二人で挟む形。どちらかに背を向ければどちらかが襲い掛かる故、逃げる事すら適わぬ陣。 地力の差で、きっちりこの戦いに勝利したブラッディと久遠は、さて残る中忍をと狙いを定める。 秋桜は時間稼ぎなどは一切せず、堂々と中忍と渡り合い、双方かなりの怪我を負っていた。 踏み込もうとするブラッディを久遠が止める。 中忍はそれが得意とする技なのか、これが最後と袈裟に斬りかかる。 僅かにしゃがみ、半身に回転しつつ刀をかわし、膝を爆発的に伸ばして蹴り足に力を込める。 蹴る方も受ける方も至難とされる上段後ろ回し蹴り。これを中忍の側頭部に叩き込み、決着はついたのだった。 二体一である。しかし、どうして戦闘とは数のみで語れぬもので。 恵那は、ゆっくりと腕を上げ、右腕を滴る血に沿って舌を這わす。 「‥‥ん、強い、ね」 肩で息をしながら、漸もまた全身に刻まれた傷を確かめる。 「中級、アヤカシって所か。くっそ、素早しっこくて当たらん」 しかも二人にとってあまり相性のよろしくない術を主体とするアヤカシである。 本来は壁役を用意して後方よりばかすか打ちまくるのが相応しい役割なのだろうが、そもそもがアヤカシのせいか、前衛やっても遜色無い程に体力や回避能力が高い。 こんな事もあろうかと恵那は抵抗力の高い武具を用意したのだが、それでも厳しい程に強いのだ。 しかし、である。 「ぜ、ぜはぁ‥‥お、おねえちゃん達しつこすぎるって‥‥そろそろ、死んどきなよ、みっともなく生き足掻いちゃってさ」 二人の攻撃も当たってはいるのだ。毎回痛撃である童アヤカシとは違い、数合に一度程度の割合だが。 恵那は、自分と漸の怪我を見て、ふふっ、と嬉しそうに笑う。 「ねえ漸。多分、私達みんなが来るまで持たないと、思う」 それを笑って口にする恵那がおかしくて、漸もまた獰猛に笑う。 「ははははっ、皆まで言うな。私もジリ貧は趣味じゃない」 防御を考慮せぬ蜻蛉の構えを取る漸は、気合と共に真横にハルバードを振るう。 余波で土間の石壁が崩れるも、その勢いは衰える事を知らず。 しかし童アヤカシはこれを上に飛んでかわす。 「あっぶな! そんな大振りもらって‥‥っ!!」 恵那は土間の壁を蹴って飛び上がり、空中にて半身を返し、天井を蹴り飛ばして飛び上がっている童アヤカシに迫っていた。 重力の乗り切った斬撃を、一撃で両断せしめんと縦一文字に叩き込む。 そして着地と同時に恵那は深く地に沈みこむ。 落下していく童アヤカシは見た。 一度は振りぬいたハルバードを、体の後ろまで捻り上げつつ溜めを作る女サムライの姿を。 両足がぶるぶると震えるのは、堪えに堪えた筋肉がはちきれそうに脈打っているからだ。 心持伏せた頭は、上方は恵那が叩き落す故見る必要無しと断じたせい。 そして狙い通りに降ってきた童アヤカシの真横から、漸渾身の両断矛が叩き込まれる。 「ぐぺっ!?」 奇特な声は童アヤカシの断末魔。 大気すら切り裂く豪矛は、童アヤカシを真っ二つに切り裂いて尚留まらず、弾き飛ばされた上と下とが壁に叩き付けられ、音を立てて潰れてしまうのだった。 幽矢はたった一人だけ、辛うじて息のあったシノビを縛り上げる。 自決防止策を施し、依頼人を呼び寄せる。 依頼人である幽遠と藪紫が現れた時、幾人かは驚いた声をあげる。 「驚いた、詐欺マンじゃないか。その節は世話になったな」 「幽遠のうきうき人生設計をサポートするため。依頼完了後もばっちりアフターサービス。なぜなら詐欺マンは「愛と正義と真実の使者」だから‥‥」 ぷっと吹き出す幽遠。 「ははっ、ありがとな。おかげであの子とは上手くいってる‥‥」 秋桜がじーっと幽遠を見ている。 ん? と視線を合わせると、慌ててあらぬ方へと向き直る。 「そ、その‥‥シノビの結婚は何かと死亡フラ‥‥物騒故‥‥どうか御自愛を‥‥」 「へ? うん、ああ、き、気をつけるよ」 藪紫は久遠とブラッディを前ににこやかに礼を言う。 以前彼女の救出作戦に、この二人も参加していた縁があるのだ。 その藪紫の裾を恵那がくいくいと引っ張る。 「もし会えたら雲ちゃんに伝言、応援してるから頑張ってって伝えてもらいたいな」 にこっと笑う藪紫。 「私に見覚え、ありませんか?」 「え? ‥‥あ、雲ちゃんと一緒に居た説明係の人だ」 「はい。伝言、きっと伝えますよ。あの子も喜びます」 「うん」 御影は幽遠に訊ねる。 「なあ、こいつらの死体‥‥どうするんだ?」 同郷故か、洗脳の疑いがあると聞いて、哀れに思えたのだろう。 漸も出来れば埋葬してやりたいと口にする。 「皆、知ってる奴等だ。里に連れてってやるさ」 そして改めて礼を言う。おかげで犬神の名で無茶をされて不利になる事もなくなったと。一人でも生かしたまま捕らえられたのなら、情報を聞きだせるかもしれないと。 しかしとシノビの様子を見て藪紫は表情を曇らせる。 「仕合までには‥‥間に合わないかもしれませんね」 |