戦闘狂
マスター名:
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/02/10 03:56



■オープニング本文

 黒心臓、そう呼ばれる全長9尺近くの大きな人型アヤカシが居た。
 奴は天儀一対軍能力の高いアヤカシと言われていた。
 森の奥地で静かに佇む姿はとてもアヤカシとは思えぬ高貴な気配を醸し出す。
 だが、一度侵入者が現れるや態度を豹変させ、荒れ狂う憤怒と共にこれを迎え撃つ。
 陰陽師の術のごとき衝撃波を放つ黒心臓の攻撃は、時や損傷具合と共に変化していくという。
 第一段階では、単発の衝撃波を放ってくるか、針を飛ばして攻撃してくるかのみでそれ程恐ろしい相手でもない。
 しかし第二段階になると、ここからが対黒心臓戦の本番、黒心臓得意の超広範囲衝撃波を放ってくるのだ。
 無数の細かな衝撃波を、全周囲に向けて放つその攻撃を、かわしうる者など存在し得ない。
 志体を持たぬ者ではとても耐えられぬ衝撃を、周囲一体に撒き散らすというのだ。
 これまでほとんどの者達はこの第二段階にて撃破されてきた。
 惨めに逃げ惑う者達に、黒心臓は一切の情けをかけず、追いつかれた者から次々と屠られていく。
 しかし、辛うじて生き残ったとある開拓者は、嘘か真か黒心臓にはもう一段階、そう幻の三段階目があるのだと語る。
 第三段階は、両の腕より炎を放つは、何処までも追ってくる衝撃波に囲まれて身動き取れなくなるわと、第二段階で著しく消耗していた彼等に抗する術は無かったという。
 発狂でもしたのかという程の暴れっぷりであったと、彼は身震いする。
 段階が変わる時は、動きが明らかに違ってくるので良く見ていればわかるという。
 数を揃えての力押しは逆効果だ。
 黒心臓の広範囲への攻撃は、数を増やした所で、盾をかざした所で防げず、範囲内全ての相手に強烈な一撃を食らわせるのだ。
 そして一息に押し切れぬ程に黒心臓はタフで頑強である。
 だからこそ、この強烈な一撃にも耐えうる、その上でじっくりと攻め立てられる少数精鋭による攻撃しか手はない。
 また黒心臓が居るせいで、どうしても軍を先に進められぬ都合もあり、この強敵を、何としてでも倒して欲しいというのが今回の依頼だ。


■参加者一覧
朧楼月 天忌(ia0291
23歳・男・サ
北条氏祗(ia0573
27歳・男・志
鳳・陽媛(ia0920
18歳・女・吟
柳生 右京(ia0970
25歳・男・サ
犬神 狛(ia2995
26歳・男・サ
神無月 渚(ia3020
16歳・女・サ
真珠朗(ia3553
27歳・男・泰
橋澄 朱鷺子(ia6844
23歳・女・弓


■リプレイ本文

 獣道程度の隙間はあれど、生い茂った木々は開拓者達の侵攻を阻む障壁となる。
 更にその先に待ち受けるモノを考えれば陰鬱に沈んでもおかしくはないはずなのだが、朧楼月天忌(ia0291)は騒ぎすぎぬ程度に笑っていた。
「強さもそうだが名前も凄ェな、黒心臓! どうしてそんな名なのか興味あるね」
 鳳陽媛(ia0920)はそんな天忌を、彼女にしては珍しく少し強い口調でたしなめる。
「犠牲になった方もいらっしゃるのですし、そんな不謹慎な‥‥」
「まあそう言うなよ。しっかし誰が名付けたんだコレ?」
 真珠朗(ia3553)が適当な思いつきで口を挟む。
「心臓に毛でも生えてるんですかね、文字通り」
 からからと笑う天忌の肩に橋澄朱鷺子(ia6844)が手を置く。
「ん?」
「少し、静かに‥‥何か聞こえてきませんか?」
 彼方から少しづつ大きくなってくる音が。
 北条氏祗(ia0573)は両の刀を確かめ、一歩一歩慎重に進む。
 その脇を固めるのは柳生右京(ia0970)。二人は所属が一緒であるからか、何も言わずとも自然と左右に分かれて動く。
 犬神狛(ia2995)には徐々に大きく鳴り響くこの泣き声が、近寄るなと警告する森全体の意思のように感じられてならない。
 長身故か皆より遠くを見渡せるその目が、飛来する影を見咎める。
 あれと思う間もない。
 木々の隙間を縫うように、数体の黒い影、鳥のようなものが一行の上を通り過ぎる。
 神無月渚(ia3020)は、誰よりも早く二本の刀を抜き放ち、唇に舌を這わせた。
「ははっ、あの鳥は手遅れの合図ってことかぁ? 来るよ!」
 森の奥より、びーびーとうるさく鳴き喚く声の主、黒心臓が姿を現した。

 朱鷺子は後方より矢を射る役目を負う。
 なればこそ全体が見通しやすいという部分もある。
 そんな朱鷺子があのバケモノの戦いぶりを評する。
「‥‥なんだ、あれは?」
 二本の腕、二本の足、胴の上に頭部があって、目が二つ、鼻が一つに口が一つ。
 おおよそ人間っぽい造詣であるが、真っ黒な皮膚と全身各所に飛び出た突起のようなもののせいで、まるで人間らしい印象を受けない。
 両腕より放たれる針のようなものと、身体各所にある突起から予兆も何もなしで飛び出してくる衝撃波で攻撃を加えてくるのだが、これがめっぽうかわしずらいのだ。
 見上げるような巨体故か、サムライ五人と泰拳士一人の計六人がかりでも、全員が近接攻撃を仕掛けられるのだが、これだけの数で攻め寄せても有利な気がまるでしてこない。
 二本の腕で器用に攻撃を受け止め、鋭い攻撃はこちらの受けをすり抜けて突き刺さる。
 幸い矢を受けるのは難しいので朱鷺子の攻撃は全弾命中しているが、勢い練力を消費して一気に潰しにかかりたくなってくる。
 だが、これでもまだ第一段階なのだ。
 陽媛も攻撃を受けぬような位置に移動しつつ、無視出来ぬ程に怪我が蓄積された者に神風恩寵を贈るのみにしている。
 前衛達が乗り切ってくれると、信じながら。
 出立前に陽媛は再度黒心臓の情報を聞いていた。
 それによって敵の大まかな射程は頭に入っており、間合いの詰め方はこの情報に基づいている。
 おかげでか、陽媛もこれを説明した朱鷺子も攻撃を受けてはいない。
 しかし第二段階はそうもいかない。
 おおよそこちらの術の届く範囲全てを巻き込む凄まじい攻撃が襲ってくるらしいのだ。
「我慢、我慢です‥‥」
 援護の術やらで前衛に助け船を出したいのを必死に堪える陽媛。

 突如背面やら側面から飛び出してくる衝撃波は、予兆が全くないだけに狙われると、とてもではないがかわせたものではない。
 右京の長大な斬馬刀は、攻撃を受け止めるのにも適しているのだが、来る間合いがまるで掴めなければ受けようがない。
 更に、全周囲を取り囲み、八方より斬りかかっているというのに、的確に二本の腕のみでこちらの斬撃を受け止めてくる。
 力任せなだけではない。術理に則った見事な動きである。
 そんな堅固な防御を突破し、どうにか渾身の一打を食らわせても、黒心臓はビクともしない。
 恐ろしいまでに堅い表皮と、大木をすら揺らがせる程の衝撃にも動じぬ耐久力。
「これは、並の者達では歯が立たぬか‥‥」
 右京の視界に、乞食清光の輝きが二筋きらめく。
 ヤる気の相棒に、右京は口の端を上げながら付き合う事にした。
 氏祗は二刀をひっさげ、黒心臓に勇躍斬りかかる。
 彼もまた右京同様、不敵な笑みを見せているではないか。
「何と言う威圧感、今日は良い一日になりそうだ」
 咆哮と共にこの難敵へ恐れる気もなく飛び込む姿は、蛇に挑む蟷螂の鎌か。
 黒心臓の手より放たれる針を刀を持った手首を捻るのみで弾く。これもまた匠の技と呼ぶに相応しい。
 更に深くへ飛び込むと、右の刀は真珠朗が蹴り飛ばした痣を狙いこれを斬り裂く。
 これ以上はやらせじと腕を振るって防御に回す黒心臓。
 流石に左の刀は防がれるかと思いきや、片腕のみで振るってるとはとても思えぬ氏祗の技、右の刀を叩き込みきった反動で左腕を振る軌道を変えるという離れ業を見せたのだ。
 こちらは渚が突き刺した傷を深く広げ、すわと大きく上に飛び上がる。
 ちょうど氏祗の真後ろの位置より迫っていたのは、斬馬刀をひっさげし剣客柳生右京。
 地を這うように真横に振られた一刀は、宙を飛ぶ氏祗の真下をくぐり抜ける。
 これが丸太であろうと一撃で微塵に砕いたであろう右京の斬撃を右足にもらった黒心臓は、流石に体勢を崩すかと思いきや、ざっくりと足を斬り取られたまま、平然とその場に立ち尽くす。
 切り落すつもりであった右京だが、岩もかくやという程堅い表皮のせいでか、傷をつけるに留まった。
 空気が変わる。
 右京は畳み掛けずに間合いを取り、相手の出方を待つ。
「さて、お前の本当の力を見せてみろ」

 犬神狛はその瞬間を爆発と称する事にした。
 目に見えぬ無数の破片と衝撃が周囲一体を弾き飛ばす、爆発としか形容しようのない攻撃。
 黒心臓の第二段階、全周囲衝撃波。
 後方に控えていた朱鷺子、陽媛もまとめて吹き飛ばし、尚勢い留まらず森の木々を砕き引き裂いて、黒心臓を中心にした円形に森を開いていく。
 威力の重さもとんでもない。いや、最も恐るべきは、これを連発してくるのだ。黒心臓は。
 絶える事無く放たれる衝撃波の雨霰。
 こんなもの、人の身でどうにか出来るはずがない。
 絶望的な気持ちで狛は、衝撃波のただ中を突き進む。
 体中から悲鳴が上がるも目線は黒心臓から外さず。
 天まで届く程の断崖絶壁に見えるかの姿の、正確な能力を、所作を、全て見抜かんとひたすら目を凝らす。
 ふと、気づいた。
 連続して放ち続けられる衝撃波は黒心臓の体中にある突起全てから放たれているが、これらは一定の規則性に基づいて発射され続けていると。
 なるほど、ならば理論上は隙間を縫う事も、あの発射間隔ならば可能なのかもしれない。
「‥‥わしにそこまでの体術は望むべくもないがの。ならば‥‥」
 両腕にそれぞれ握った刀を、体の後ろに。これならば体が痛いのに耐えれば武器を落とす事なく踏み込める。
 そして最短距離を一直線に走り寄る。
 ここは出し惜しみ無しの弐連撃。手数を増やし、少しでもはやくこの状況を打破すべく動く。
 怪我云々なぞ後で考えると決め狛は形振り構わず攻撃に転じた。
 一方真珠朗は、槍を眼前に構えた状態で、尻餅をついて地に座り込んでいた。
 正直な所、あの衝撃が見えたわけではない。
 たまたまといった方が適切かもしれない。ギリギリ首筋に迫る衝撃を仰け反ってかわしたまでは覚えているが、まさか、こんな事になろうとは。
 先程狛が見つけた衝撃波の隙間に転がるように位置していたのだ。
 皮膚をかすめる程近くを今も衝撃波が貫いている。
 しかし規則的に放たれるこれらを、拍子を外さなければかわせるかもしれぬと、察したのである。
「鼓動のように刻め。息を吸うように撃ち抜け。それじゃあ一つ殺戮といきましょう」
 衝撃波の軌道は、時と共にズレ動く。これに合わせて黒心臓へと迫り、既に見切った装甲の薄い箇所へと槍を突き入れる。
 骨法起承拳は攻撃力を上げると同時に敵の装甲を深く貫く事が出来る。
 今が攻め時と更に槍を振り上げ一撃した後、真珠朗はぼそっと溢す。
「‥‥うーん、でも流石に避け続けるのは無理ですねコレ」
 ぼっかーんと吹っ飛ばされつつ、そうのたもうたそうな。

 天忌の刀に陽媛の術、神楽舞・攻が宿る。
「天忌さん! 押し切りましょう!」
 もう何度吹っ飛ばされたかわからぬ天忌は、それでもと口元を滴る血を拭って立ち上がる。
「ハッ、こりゃ作戦でも何でもねえな。オレらとテメエの力の比べっこだ」
 渚は両手をまっすぐ真横に広げている。両手にそれぞれ持った刀を広げた姿は、これより羽ばたかんとする翼のようである。
「さぁーて。何処までやれるか。行きますかぁ!」
 後先考えてはその先には至れぬ。そう断じたのは狛や天忌だけではないようだ。
 渚もまた色んなものを吹っ切った顔で、衝撃の弾幕に真正面より斬りかかっていく。
 双刀がひらめき、黒心臓の表皮を少しづつ、少しづつ削り取っていく。
 同時に渚の体もまた各所が衝撃によりドス黒く変色するも、両の足は決して折れず、大地に突き刺した杭のように立ち続ける。
 そんな仲間の勇姿が、天忌に更なる勇気を与える。
「意地の張り合いでアヤカシなんぞに負けたら開拓者なんてやってられねえんだよ!」
 両腕共既にかなりの攻撃を受けており、痺れて感覚がなくなりかけている。
 それでも、数え切れぬ程振るってきた刀の振り方を忘れるはずもない。
 まるで他人の腕でも見ているような感覚で攻撃を続け、ここが最後と練力の限りを尽くしてサムライの技を振るう。
 これが最後の両断剣と、全てを投げ打って撃ち込んだ一刀。
 さしもの黒心臓もぐらりと揺れるが、崩れるには至らず全身から衝撃を放たんと気を入れる。
「‥‥やっべぇ、かな」
 もう、腕が上がらなくなってきていた。
「天忌さん! 下がって下さい!」
 聞きなれた声。あれは朱鷺子だ。
 同時に、黒心臓の頭部から重苦しい衝撃音が鳴り響く。
 こんな大砲みたいな矢を放てるのは、確かに朱鷺子ぐらいだろうと、こんな危機であるのに思わず笑みがこぼれてしまう。
 突然体を引っつかまれた天忌は、しかし逆らう事も出来ずなすがままに運ばれる。
 彼を抱えたのは真珠朗だ。逆側には同じく傷だらけの渚を抱えている。
「どうやら第二段階は超えたようですが‥‥こっちも被害甚大ですねぇ」
 治癒術のある真珠朗は以後支援に回る事にした。
 そうでもなければ、もう持ち堪えられそうにないのだ。

 狛は戦場から離れた場所に下がると、疲労からか両膝を大地についてそのまま身動きが取れなくなる。
 同様にひっくり返っているのは天忌と渚だ。これ以上は危険すぎると三人は下がっている。
 戦況は大詰めを迎えていた。
 陽媛が敵の間合いをきっちりと聞き込んでいたおかげで、後方支援組の陽媛と朱鷺子は、辛うじて援護が可能な状態である。
 これに治癒役として真珠朗が加わる。もっとももう練力も大して残っていないので、前衛をこなしながらであるが。
 そして双璧、氏祗と右京が決死の表情で縦横無尽に暴れまわる黒心臓の第三段階と戦っている。
 炎が腕を焼き、足を焼き、衝撃波に体勢を崩されながら、尚戦い続け、そして、
「お前の心臓‥‥貰い受ける」
 最後の最後にとっておいた真珠朗の骨法起承拳により、黒心臓の心の臓を槍が刺し貫いた。
 勝った。そう確信した真珠朗に、黒心臓の両腕が向けられる。そこからは炎が吐き出されるのだ。
 この距離ではかわしようがない。そして真珠朗の体力も底を尽きようとしていた。
「やらせん!」
 氏祗が既にぼろぼろに傷ついていた黒心臓の両腕を、二本の刀できっちり両方斬り落とす。
「ぬんっ!」
 そして背後に回っていた右京が、頭頂に巨大な斬馬刀を叩きつけると、ガインと金属でも殴りつけたような音と共に頭部が陥没し、ようやく黒心臓は動きを止めるのだった。

 一行は後続の確認部隊がこの地に訪れるまで、その場にひっくり返って休み続けていた。
 その間おおよそ半日、それ程に、厳しい戦いであったのだ。
 本来なら何故さっさと知らせんとどやされる所だろうが、黒心臓は倒したぞと言い放つと、あっという間にお祭り騒ぎとなる。
 兵士達は指揮官の言葉そっちのけで開拓者達を歓待し、ようやく安全になったここら一帯に陣を張って、まだ疲労と怪我の癒えぬ開拓者達を全力で労う。
 最初こそ文句を言おうとしていた指揮官も、気持ちは兵達と一緒であったのか程無くこれを許し、皆体調が完全に回復するまで逗留を許された。

 軍のあり方とはとても思えぬ歓迎も、必死になって倒したあのアヤカシの強さを考えると無理からぬかな、と皆納得したものである。