友の顔
マスター名:
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/01/30 01:07



■オープニング本文

 二十年以上前の話。
 梅七には無二の親友が居た。
 野心に満ち溢れ、しかし義侠心に富んだ彼は何処に行っても人気者であった。
 梅七は幾度となく彼に助けられ、梅七もまた彼の窮地を何度も救ってきた。
 そして荒事から手を引き引退しよう、そう決意した二人が別れ別れになってからは彼の邪魔にだけはならぬようにと、一切の連絡を取ろうとしなかった。
 彼は頭の回転が速かったので、商人という職は相応しいと思えた。
 時折聞かれる彼の店『大曽根屋』の名は、みるみる間に大店としての地位を確固たるものとしていった。
 梅七は彼の栄達を心から喜び、影ながら応援を続けていた。

 職人の道を選んだ梅七は、その道ではまあそれなりに、少なくとも明日の飯に困らぬ程度には技を身につけていた。
 何度も挫けそうになったし、荒くれて過ごした若い頃を思い出し、暴れまわりたくもなったものだが、全てを堪え、日々の仕事に没頭した。
 そしてふと気づけば妻もおり、子もおり、それなりにまともな生活を送れるようになっていたのだ。
 そんな自分を誇らしいと思うし、若い頃に考えていた人生と大きく違う道であるからと卑下するつもりも負け犬になったつもりもない。
 きっと、彼もそうであろうと梅七は信じていた。
 だから『大曽根屋』の世評がどれほど悪かろうと、悪どいと蔑まれ民から蛇蝎のごとく嫌われていようと、理不尽に暴力を用いていると噂されようと、悪評の一切を信じなかったのだ。
 侠の名の下で暴れまわった若い頃、あれもあれで梅七の誇りであり、共にその道を突き抜けた彼が人の道に外れた行為を行うなど、とても考えられなかったのだ。

 だからこそ、この不運を梅七は呪う。
 二度と会わぬ。互いに遠き空より成功を祈っておればよい。遠き空の彼方に、決して失われぬ友情があると信じられればそれでよい。そう思っていたのに。
 梅七は、彼と再び出会ってしまったのだ。
 仕上げた品を納品した時、偶々、新しい事業をと考えていた彼が、梅七が世話になっている商人と談笑していたのだ。
 一目で彼とわかった。何十年経とうと親友を見間違うはずもない。
 しかし、梅七はすぐに物陰に隠れ、荒く息を吐く。
 あれは見間違いだ、こんな事があってたまるかと勇気を振り絞って彼の顔を覗き見る。

 しかし、彼は梅七にとって、いや以前の彼にとっても、決して許せぬ薄汚い外道の顔をしていたのだ。

 男は三十を越えたら顔に責任を持てとは良く言われる話だ。
 荒事を多く潜り抜けてきた梅七は、顔立ち一つ見るだけで、何となくではあるが人となりの傾向を読む事が出来た。
 しかし今回はそんな曖昧なものではない。
 二度と忘れえぬ程醜悪で腐りきった外道の顔、笑ったまま人を陥れる事の出来る屑の顔、他人の痛みを何とも思わぬ下衆の顔‥‥
 顔一つで、彼のその後の人生全てを察した梅七は、衝撃に打ちひしがれながら帰路につく。
 全てをかなぐり捨ててでも止めてやるのが友の道だ。
 妻と子に別れを告げ、男は家を出る。

 お前の過ちは親友であるこの俺が、命に代えても改めて見せよう。

 二月かけて大曽根屋を調べ上げた梅七は、告発に必要な証拠書類を全て揃えきった。
 しかし、一人ではどうしようもないと判断出来る程度には大人になっていた梅七は、持ち出した金を使い開拓者ギルドを頼る。
 『大曽根屋』の大曽根松五郎を止めたい。どうか力を貸してくれと。

 依頼は依頼であるが、幾ら証拠を集めたとは言え、梅七の言い分だけで依頼にはできない。そう考えたギルドの職員は、独自に調査を行った書類を確認する。
 すると男の言う通り、松五郎は任侠時代に培った荒くれ者達との繋がりを用いて、商人とは名ばかりの野盗のごとき所業を繰り返して店を広げていた。官憲との付き合い方、悪党の御し方、悪事の行い方、それらを手法として山ほど知っていた松五郎は、この街に確かな犯罪網を築き上げていたのだ。
 確かにコレが相手では下手な告発も握りつぶされるか、そもそも依頼人である梅七を殺して告発を無かった事にされるかもしれない。
 現状、松五郎の周辺には六人の志体持ちが居る。
 彼等が交互に松五郎を護衛しており、もちろん急事には残る面々も即座に駆けつけられるようにしてある。
 実際松五郎はこれまで何度も襲われているのだが、悉くを粉砕しているのは流石に志体持ちという所であろう。
 この志体持ちを六人擁しているというのが、松五郎の最も強い部分である。
 コレが相手ではどんなゴリ押しをされようと、例え命を奪われようとも、逆らうなんて出来はしないだろう。

 男は開拓者達に、この護衛を何とかして欲しいと頼む。松五郎とは男が対決すると。
 屋敷に正門より堂々と名を名乗り乗り込む。
 そして調べ上げた悪事を並べ立て、証拠の書類を眼前に突きつける。
 素直に罪を認めるならばそれでよし。しかし引けぬというのならば後は命のやり取りのみ。
 係員はわざわざ危険に身を晒す事は無いと言ったのだが、それでも男は、最後に一度、松五郎に機会を与えてやりたいのだと告げる。
 そんなわがままを、どうか通す為の力を貸してくれと男は頭を下げた。
 係員は事の危険度を鑑み悩むが、街にある朋友を世話する施設のことを思い出し、襲撃先である松五郎の屋敷も郊外であるし、朋友を使用するならばとこの依頼を受ける事に決めた。


■参加者一覧
風雅 哲心(ia0135
22歳・男・魔
真亡・雫(ia0432
16歳・男・志
青嵐(ia0508
20歳・男・陰
香坂 御影(ia0737
20歳・男・サ
斎 朧(ia3446
18歳・女・巫
シエラ・ダグラス(ia4429
20歳・女・砂
白蛇(ia5337
12歳・女・シ
鬼灯 恵那(ia6686
15歳・女・泰


■リプレイ本文

 大空を龍にまたがり駆ける香坂御影(ia0737)は同じく龍で空を飛んでいる仲間のシエラ・ダグラス(ia4429)に龍を寄せる。
「旧来の親友のために身体を張れるとは、見ていて清々しいものだな」
 依頼人と直接会って話をすると、依頼にあった通り、見てくれは少々柄が悪くもあったが、大切な物の為に自身をかなぐり捨てて戦える、激しい瞳を持つ人であった。
 シエラは依頼人が直接交渉せんとしている商人に思いを馳せる。
「どんな形であれ、自分の為に命を張ってくれる友がいるのは幸せな事だと思います」
「そいつが伝わってくれればいいんだがな。‥‥どう転んだにしても、こんな人間をむざむざと殺させては、沽券に関わる」
「はい‥‥」
 皆には言わなかったが、シエラは松五郎との決着は梅七につけさせてやりたいと思っていた。
 志体を持つ者が六人護衛に居るという話だし、こちらも相応の覚悟を決めなければならない件ではあるとわかってはいるのだが、そうしてやりたいと思ったのだ。
 ちらっと後ろを見やると、シエラと御影の龍の後ろに更に四騎の龍が続く。
 戦力ではこちらが勝っているが、この程度彼我の技量差や、策の有無次第であっさりとひっくり返る。
 もし空中戦力投入の間を外したら大変な事になるだろう。
 御影もシエラも下の変化を見逃さぬよう、注視を続けるのだった。

 白蛇(ia5337)は段取りを依頼人梅七に伝える。
 書類は松五郎告発の生命線であり、これを奪われぬよう細心の注意を払わなければならない事を納得させたのだが、やはり最初はまずこれを松五郎に見せ、自ら役人の元に向かうよう促したいと言い張る。
「‥‥わかってる。でも、きみが命を賭けるのなら、松五郎にも、命を賭けさせて‥‥それだけの、価値がある書類のはず‥‥」
 開拓者とて好き放題に奇跡が起こせるわけではない。それはわかっている梅七は、白蛇の真摯な言葉に頷き、松五郎の護衛を警戒し段取りは開拓者達に従うと約束する。
 青嵐(ia0508)は複製を用意するなりの手段を考えるべきだと最後まで言っていたのだが、こちらも後が無い、そんな状況でもなければ松五郎に言葉は届かないだろうと梅七は断言する。
「どっちが有利すぎても駄目だ。五分で話を出来る戦力があって初めて、あいつは俺の言葉を聞いてくれる」
 難しい顔をしているのは真亡雫(ia0432)だ。
「‥‥随分と自信があるんですね」
「あの馬鹿が腐る前は、朝から晩までいつも一緒だったんだ。ははっ、色々調べてた時は懐かしさに笑い出しそうになったぞ。あの野郎、昔と仕掛けの癖も好みの傾向も変わってねえでやんの‥‥根っこの所は、変わりたくったって変わりようがねえって話だろ」
「そう、ですか」
 その上でこうして戦闘の準備をしているという事は、梅七自身もこの説得が成功するとは思っていないのではないだろうか。
 雫が不安気に梅七を見ていると、風雅哲心(ia0135)が戦闘開始時の説明を梅七に始める。
「いいか、ヤバイって思ったら真後ろに飛べ。後の体勢なんて考えなくていい、とにかく初撃を意地でかわすんだ。そうすりゃ俺達がどうとでも拾ってやる‥‥」
 少し離れた場所では鬼灯恵那(ia6686)が、しゃがみ込んで猫又、玉響の顎を撫でてやっている斎朧(ia3446)と何やら語らっている。
「命賭けるほどの友達かー」
「仕事として裁く者と、友だったなればこそ止める者の声では届き方が違う事もありますか。私にはなんとも、妙な事に思えてしまいますが」
「そういう友達が居るってのは、ちょっといいかも」
「厄介なものかもしれませんよ?」
 くすくすと恵那は笑い出す。
「かもね。こうして私達を引き連れて直談判に押しかけるぐらいだし」
 まあ、と朧も口元に手を当てて笑う。少しだけズレた二人は、だからこそ噛み合っているのかもしれなかった。

 開拓者一行が屋敷の入り口前に立つ。
 梅七の怒声は、かつて侠の道で暴れていたという経歴に相応しい迫力に満ちたものであった。
 取次ぎに来た男は、ここで待てと命じ屋敷の中に戻って行った。
 しばらく待たされた後、人一人が入れる通用門ではなく、正面の大扉がぎいっと開き、中から七人が出てくる。
 女二人に男五人。一番前に出ている男のみ、武装らしい武装はしていなかった。
「梅七‥‥か?」
「ああ、覚えてたか松五郎」
「他の全ての人間を忘れても、お前の面と名前だけは忘れねえよ。それと‥‥」
 松五郎は目尻と頬に皺を寄せる。
「来るのが十五年遅えよ馬鹿」
 その表情が、言葉が、梅七の心に深く突き刺さる。
 くるっと振り向き、梅七に背を向ける。
「殺せ」
 梅七は目的を何一つ口にはしていない。それでも、彼が何をしにきたのかを松五郎は一目で察したのだろう。
 二人は、そんな友達であったのだろう。
「松五郎!」
「遅えんだよ。俺はとうの昔に覚悟を決めちまったんだ。こっからは一歩だって下がらねえ、俺の道は何時だって前にしかねえんだよ」
 武器を構えた護衛達に囲まれた松五郎に、梅七は吠える。
「だったら俺がてめぇをぶっ殺すっきゃねえなあ松五郎よおおおおおおおおおお!」
 段取りも何もあったものではない。懐の匕首を抜いて一人で突っ込もうと動き出す梅七。
 その肩を、哲心が強く掴む。
「アンタ、良い男だよ。だから死ぬのはアンタじゃねえ、そこのクソ共さ」
 逆側からは雫が梅七に下がるよう言いつつ前に立つ。
「松五郎以外は、僕達が全部ヤりますけど構いませんね」
 きょろきょろしているのは恵那である。
「あれ、もしかしてもう初めていいの?」
 苦笑する青嵐は、口ではなく抱えた人形から声を発し答える。
『そうですね。少なくとも、あちらはやる気みたいですし‥‥ですがこれ、梅七さん下がってくれますかね』
 顔を落とし表情の見えにくい白蛇は、梅七に書類を押し付け、無理矢理に後ろに引っ張る。
 何度も言い聞かせた白蛇がそうしているのである。反論なぞ通用しないのもわかっているせいか、渋々ながらも後ろに下がる。
 殺し合い前の殺気に満ちた空気は梅七も経験があろうが、開拓者同士の超常なやりとりは、そこから放たれる不吉極まる気配は常の戦を遙かに上回る。
 その辺りを感じ取れる程度には、梅七も現役を忘れていなかったという事であろう。
 彼に聞こえないように白蛇は漏らす。
「松五郎の中にも‥‥梅七への友情が‥‥残ってると良いと思ってたけど‥‥どうして、きっと松五郎も梅七を友達だと思ってると、そう確信出来る今の方が‥‥悲しく思えるのかな‥‥」
 対して朧は完璧なまでに冷静さを保ったまま、上に向かってわかるように合図を送る。
「予定通りです。順当に処理していきましょう」
 自身の朋友、猫又の玉響に梅七の護衛を命じ、いざという時は閃光にて間合いを外させるようさせてる辺り、細かい所に目の届く人間ではあるのだが、それらはもしかしたら思いやりといったものとは違う理由から行われているのかもしれない。
 もちろん、そうでない可能性も残っており、容易に心の奥底までは見通させぬのであった。

「来たか」
 突入角度を得るため、旋回を始める御影。
「‥‥やはり、こうなりましたか」
 同じく逆回転で旋回するシエラ。空中で軌跡が交差し、重なりあって攻撃を始める。
「驚いたな。言うだけあってかなり上手いじゃないかシエラ」
「あら、御影さんこそ随分と龍に慣れてらっしゃいますね」
 まだ御影には余裕があると見たシエラは、降下角度を更に深く、鋭く取る。
 これだと速度は上がるが、減速に失敗すれば失速、墜落もありうる。
 御影も何とか付き合えるが、流石にシエラ程の操龍精度は保てない。
 重量感のある龍が、まるで燕のようにひらりと空を舞う姿は美しいの一言である。
「何が空中戦には慣れてる、だ。素直正直に大得意だって言ってくれよ」
 後続の四騎の龍を引き連れて、御影も地上への攻撃を開始した。

 雫は左右に体を振りながら、だらんと刀を下段に垂らす。
 敵は同じ志士。なら単純に腕が上の方が勝つ。
 最初の一歩はじりとゆっくり。
 次の二歩は僅かに体重を乗せ。
 更なる三歩は前傾姿勢で飛ぶ。
 あっという間に最高速まで跳ね上がる雫の踏み込み。
 鈍高い音と共に敵志士の刀が跳ね上がるが、彼もまた志体を持つ猛者。
 綺麗に立て直し、そう易々と痛撃には繋げられない。
 が、不意に敵志士の体勢が大きく崩れるような事態が起こる。
 吠え声と共に爪を頭上より振るうは雫の甲龍ガイロンであった。
「ははっ、来たかガイロン。信じてたよ、しっかり頼むね」
 空を覆い隙あらば食いつかんとするガイロンと、地にあって速度を読ませぬ変幻自在な動きで惑わす雫。
 後背からの支援を頼みにしていた敵志士は、それすら得られず、防戦一方に追い込まれていった。

 恵那が大上段から振り下ろした刀を、敵サムライは辛うじて受け止める。
 それでも止めきれず鎧の表面を削り取られるが、だからどうしたと反撃の斬撃。
 首を一撃で跳ね飛ばさん勢いで振るわれた刀を、恵那は皮一枚分で仰け反りかわす。
「わ、当たっちゃった」
 首筋から赤い筋が滴り、その感触でそれと気付いたらしい。
 敵サムライの視線が変わる。恵那の血を見て、鎧越しに受けた打撃を感じ、我慢が効かなくなったらしい。
「ふふっ、良い顔するね」
 ここより先はお互い防ぐよりも攻め手を優先させる、死地の中の死地である。
 そんなイカレた空間に怖気ずく気配すらなく飛び込む二人は、最も恐るべき戦士達の目をしていた。

 御影は龍を駆り、後方の陰陽師を狙う。
 飛び来る術を気合で堪え、駿龍天赦の一撃を、そして龍より身を乗り出しざま放つ地奔によって確実に損傷を与えていく。
 しかしこの陰陽師、やたら固そうな鎧を身に着けており、そう簡単には黙ってくれそうにない。
 そうこうしている間に次々術を放たれる。
 斬撃符に加え、呪縛符まで使ってくるのだから、流石に戦いというものを心得ている。
 龍に乗っている御影は朧よりの治癒の術も得られぬ距離にいる。
 ならばこの場は独力で乗り切るしかない。
 口の中に広がる血の味を、唾と共に吐き捨てる。
 後方には梅七が下がっているのが見えた。
 一応安全圏であろうが、前衛が下手に抜かれたら彼にも当然危険は及ぶだろう。
「本来ならばすぐ傍で護衛したいところだが‥‥自分の出来ることをしよう、成功のためにもね」
 こちらが削り取られる前に陰陽師を倒しきると決め付けて、御影は天赦と共に再度突撃していった。

 哲心の前にはサムライと志士の二人が立ちはだかる。
 いや正確には逆だ。哲心が二人の前に立ち、そこから先へと行かせぬようしているのだ。
 更に奥には梅七や朧や青嵐が居るため、ここを抜かれるわけにはいかないのだ。
 手数の差と、何より敵が手練であった関係上、少々厳しくなってきた哲心は愛龍の名を叫ぶ。
「極光牙!」
 呼び声に応えるように降って来た甲龍、極光牙と共に前衛を築き、後ろに抜かれぬように備える。
 そこに、更にもう一騎が飛び込んで来る。
「哲心さん!」
 シエラはものっすごい速度で飛び込んで来ておきながら、地表すれすれで超減速。
 失速するだろ絶対と思われたシエラの駿龍パトリシアは、軽く一度羽ばたくのみで浮力を得て、同時に重量を減らす事で上昇に必要な速度を得る。
 そう、シエラは減速しきった間に飛び降りていたのである。
 哲心は考えがあるのか、シエラに敵サムライの相手を頼む。
 特に逆らう理由も無いので素直に頷いたシエラに、そちらは任せると哲心は敵志士に集中する。
 青眼に構えるその刀から、じりっ、じりっと進み来る足捌きから、この男の危険さを察知したのである。
 また、一つ。この男には気に入らない部分があった。
「道場剣法の見本みたいな動きするな、お前。そいつが悪いとは言わないが、俺とは噛み合いそうにないぜ」

 青嵐は隷役により強化した式に、雫が相手をしている志士に襲い掛かるよう命じる。
 それは斬撃。強烈な一撃は志士の肩から二の腕までを深く抉り取る。
 もののついでとばかりに、甲龍嵐帝に梅七を守るように命じる。
 龍の巨体で梅七を隠してしまえば、相手の陰陽師からも攻撃はしえまいという話だ。
 敵陰陽師にそんな余裕も無さそうなのは見てわかるが、念には念を入れる。
『一般人相手に粋がってる程度の開拓者など、居なくても何の支障も無いでしょう? その程度の覚悟はありますよね?』
 完璧に、完全に、完膚なきまでに勝利するつもりで青嵐は全てを整える。
 ふと隣で術を操っている朧に目を移す。
 彼女もまた完璧に役割をこなしていた。
 とにかく出血する為に刀を振るってるような恵那や、何やかやとそれなりの傷を負っている雫、突っ込んできて前衛についてくれたシエラ、物凄い腕利きらしい志士を相手どっている哲心、彼等全てに、一度に治癒の術を施す。
 閃癒と呼ばれる巫女の奇跡の中でもかなり高位に入る術である。
 この治癒効率の良さのおかげでか、そこかしこで怪我人続出な戦闘にありながら、彼女はたった一人で治癒を受け持ち続けているのだ。
 あまつさえ支援の術まで唱える余裕があるのだから驚きである。
 こうした後方からの援護や朋友達の牽制があり、数にも差がある事から、松五郎の護衛達は次第に劣勢になっていく。

 松五郎は屋敷の中に入った後、襲撃者が志体を持つ者達ばかりで、龍やらを山ほど引き連れて来ていると知るなり逃走の準備を始める。
 もし奴等が破れても、生きてさえいれば松五郎が何とかして助け出してやるつもりであった。
 その為の金もある。これさえあれば、世界はどうとでも思うがままに回るのだ。
「‥‥あいつだけは、多分無理、だろうがな」
 潔癖で汚い事は何一つしようとしてこなかった相棒、梅七は相変わらずそのまんまで、大人をやっているらしい。
 羨ましい、というよりも、このままのお前でずっと居て欲しいとの思いが強い。
 激しく首を横に振る。
 今はともかく逃げるのが先決だ。余計な事は全て、生き残った後になって考えればいいのだ。
「がはあっ!?」
 突如地面より吹き上がった水柱に包まれ、その場に倒れ伏す。
 見ると、のぺーっとした緊張感の無い顔をしたケモノが、そこに居た。
 水色の透き通った現実味の薄い体は、それが水の精霊ミズチであると教えてくれる。
「‥‥オトヒメ、お手柄‥‥」
 音を聞いて駆けつけたのはその主、白蛇である。
 舌打ちをしながら、咄嗟に近くの物陰に飛び込む松五郎。
 肥満が進んではいるが、ここぞでの根性は流石元侠客である。
「‥‥無駄」
 だが、シノビの術、早駆をしのげるはずもないのである。

 シエラのフェイントは、平突きを無数に放ち、中の一つを本命に狙う神速の一撃。
 後方から来る巫女の治癒も尽きたサムライは、がっくりとその場に膝をつく。
 雫は青嵐の容赦ない術の嵐で、見る影もなくなったぼろぼろの鎧の隙間を縫うように急所を貫いた。
「これ以上、苦しむ事も無いだろ」
 御影の龍が中天より陰陽師へと迫る。
 最早練力も残っていない陰陽師に打つ手は残されていない。
「ちっくしょおおおおおおおおおおお!」
 陰陽師の絶叫に御影の大薙刀が突き刺さり、決着はついた。
 荒い息と共に恵那は、一歩だけ、前へと踏み込むフリをしてみた。
 案の定、疲れに疲れていた敵サムライも前へとつられて出てくる。
「もういいよっ捻り潰して!」
 そこを、恵那の炎龍、焔珠が横合いから胴体に喰らいついた。
 常ならば余裕をもってかわせるだろうこの一撃も、恵那同様怪我だらけ、山盛り疲労を抱えていてはかわす事も出来ず。
「ひっ、ぐああがああああああああ!」
 更にこれを振り払う力も残っておらず。
「焔珠、食べちゃ駄目だよ。ぺっしてぺっ」
 ぶるんぶるんと物凄い勢いで振り回した後、そこらにぺっと吐き出した。
 男は、もう動かなくなっていた。
 褒めてとすりよってくる愛龍の首筋を撫でてやる恵那。
 その視線の先では、哲心が無造作に刀を上に放り投げていた。
「わわっ、無茶するねぇ哲心は」
 近接しきってしまえば、逆に刀などは効果を発揮しずらい。
 その位置まで踏み込んだ上で、相手の膝を蹴って真上に飛ぶ。
 それでもと刀を胴体に当てて引き、僅かながら哲心に傷を残したのは見事であったろう。
 しかし、その直後、まるで割りに合わない一撃をもらう事になる。
 哲心は放り投げた刀を空にて受け取り、片腕で頭頂より振り下ろす。
 まともに頭にもらったせいで噴上がる血しぶきの中、哲心は介錯とばかりに刀を振るう。
「これで終わりだな。さぁ、貴様の罪を数えろ!」」
 一刀にて首をはね、護衛達との戦闘は全て決着がついたのであった。

 弱っている松五郎と、梅七と、二人っきりにしてくれという梅七の言葉に、開拓者達は頷く。
 もちろん、梅七に気付かれぬよう見張ってはいるのだが。
 半刻程、時に笑い、時に肩をたたきあって二人は話を続け、そして、梅七が匕首を閃かせ、全ては終わった。
 皆に感謝の意を伝え、さらばと別れる時まで梅七は満足気な笑みを崩さなかった。
 開拓者皆が気を使う中、心配するなと笑って皆を見送ったのだ。

 梅七が泣いたのは子供が寝静まった夜中。
 何も聞かずに、戻った梅七を迎え入れてくれた妻の胸で、梅七は生涯無い程に泣いた。
 やはり、それでも、松五郎は梅七の友であったのだから。