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■オープニング本文 黒羽一族の名は以前より名張一族が故意に流していた。 その名を聞くだけで恐怖に怯えるよう、暗殺者の一族として売り出していたのである。 実際黒羽一族の挙げた成果はそう悪くは無い。草として人を送り込むやり方から、非常に時間がかかるという難点はさておき。 平気で五年十年をかけるのだから、エラク気の長い依頼主でもなければとても我慢出来まい。 そんなこんなで依頼件数の少なさと、周到にすぎる準備から成功率は非常に高く、名前だけで値を吊り上げられる一族にまで成長した。 しかし、昨今他国との関係融和が叫ばれる中、陰殻のありようも変わってきている。 交渉により他国に妥協を願わねばならない時、交換条件を出され、これを呑む事で問題を解決する事も多くなった。 そんな出された条件の一つに、黒羽一族への恨みを晴らさせろというものがあった。 黒羽一族の動向を保護し、管理しているのが名張一族であるという所までわかっている交渉人の言葉に、名張の上忍は頷かざるを得なかった。 時流の流れが激しい最近では、黒羽のような殺しのやり方はまるで流行らず、仕事による利益より維持費の方がかさむ状況が続いていたのだ。 かといって、別の仕事につけるも難しい。 殺しの仕事を一族ぐるみで行っている連中に別の仕事を任せると、その仕事を達成するためにありえない程あっさりと障害を殺してしまうのだ。 これを改善しようにも、一族のやり方には他所の氏族は口を出せない。 名張傘下から放り出すには、あまりにこちらの事情を知りすぎている。 援助を少しづつ削り、改善を促すやり方もあるにはあるが、多数の人員と時間と金銭が必要となろう。 そうして上層部が頭を悩ませているうちに、上役の一人が勝手に取引きに応じてしまった。 黒羽一族の頭、クロウと呼ばれる男は辛うじて生き残った二人の部下を振り返る。 怪我は負っているが、まだ彼等も戦えよう。 もちろんクロウも戦える。しかし一族の頭として、彼は一体部下達に何と戦えと命じればいいのだろうか。 名張一族、数代に渡って事あるごとに目をかけてくれ、世話をしてくれた大恩ある一族だ。 一族の戦えぬ女子供達も、名張の庇護のもと里に暮らしている程である。 その名張の指示に従い集合した所、以前に将を殺した軍に包囲され、こうして生きながらえたのは彼も含む三人のみであった。 もちろん女子供は絶望的であろう。そして生き残った三人も厳しい追撃に晒されると思われる。 シノビらしい冷静さで万策尽きたと判断したクロウは、ならばと掟という決して触れてはならぬ禁忌へと踏み込む。 掟を守って一族郎党死に絶えるのも頭としての判断ではあろうが、それでも、クロウはこんな何を誤ったのかもわからぬまま死ぬのは御免であったのだ。 開拓者ギルドに依頼が入る。 陰殻を抜けんとするシノビに手を貸し、例え地獄の底までであろうと追ってくる抜け忍対策のシノビ達八人を殺す。 腕利きである彼等をただの一戦闘にて完膚無きまでに殺し尽くせれば、次の追っ手が差し向けられるまでに身を隠す事も出来よう。 その為の戦力が欲しい、との事である。 「さんざ人を殺し、殺させて来た俺の言っていい台詞ではないのかもしれんが‥‥俺はまだ、死にたく無い」 迎え撃つ場所は遭都との国境も近い、何故建てられたのかも全くわからぬ、近くに人気の無い街道沿いのボロ屋。 ここに立て篭もると見せかければ、シノビ達は包囲するべく動くであろう。そして全員が中に居るとわかれば全力で落としにかかろう。 これをクロウ達は堪え合図を出すので、シノビ達に感ずかれぬ程度に離れた場所で待機していた開拓者達は、合図を見るなり急行し撃破すべし。 また開拓者達には、人も少なく周囲への被害もまるで考慮しないで良い事や現場から数里と離れぬ場所に世話をする施設がある事から、朋友の使用が認められている。 |
■参加者一覧
川那辺 由愛(ia0068)
24歳・女・陰
朧楼月 天忌(ia0291)
23歳・男・サ
八重・桜(ia0656)
21歳・女・巫
相馬 玄蕃助(ia0925)
20歳・男・志
真珠朗(ia3553)
27歳・男・泰
奏音(ia5213)
13歳・女・陰
野乃原・那美(ia5377)
15歳・女・シ
煌夜(ia9065)
24歳・女・志 |
■リプレイ本文 川那辺由愛(ia0068)は歩きながらも自分の格好が変でないか、気が気でならない。 すぐ隣を歩く野乃原那美(ia5377)は平気な顔をしているので、多分大丈夫だろうとは思うのだが。 由愛は開拓者らしからぬ飾りっけの無い衣服を身にまとい、行商人のようななりをしている。もちろん同行している那美も同様だ。 これから依頼人達との最終打ち合わせをするのに、こういった扮装が必要であったのだ。 シノビである那美は変装が得意であるので手伝ってもらったのだが、やたらと肌に触れようとするのにはまいった。 というか彼女、戦闘用の衣服より今の変装の方が肌の露出が少ないって何か変だろうとか思ったのは秘密である。 彼等が潜む小屋に入ると、存在自体は感知され続けていたのか、すぐに受け入れてもらえた。 「食料か、すまない世話になる」 生き残った三人のシノビの代表、クロウが礼を言い荷物を受け取る。 余程腹が減っていたのか彼等はすぐに食べ始めるが、少しづつ口に含みながら食べる独特の食べ方に由愛は首をかしげる。 那美がこれは毒への対策だと説明すると得心がいった。 同時に、彼等が歩んで来た、そしてこれから歩もうとする道の険しさの一端を垣間見た気がする。 思わず神妙な顔をしてしまうが、気を取り直して自分の役割を行う。 うまい事効果時間内に来てくれるとは限らないが、それでも運が良ければ多少有利になるだろう程度の仕掛けを行う。 敵は八人、たった三人では余程うまく立ち回らなければあっという間に斬り伏せられてしまうだろう。 そんな危険を冒してでも全員の殲滅をと、残る三人がたった一人になってでも、開拓者を頼れるこの機会に全てを倒しきろうという彼等の覚悟の表れである。 三人の飢えた獣のような瞳が、ひどく由愛の印象に残った。 八重桜(ia0656)は自身の駿龍、染井吉野の前に立って人差し指を立てたまま、えへんとばかりに仰け反っている。 「何かあったら助けてくださいです。って言ってもこのまま待って貰うから無理ですね。ここで大人しくしているのです」 何かこう無茶言うなといった気配がふんぷんと漂う命令であるが、染井吉野は慣れたもので大人しーく良い子にしている。 そんな桜とその龍を眺める一人と一匹。 「安産型ですな。良きかな良きかな」 相馬玄蕃助(ia0925)が桜の豊かな部分を見ながら満足気に頷くと、わかっているのかいないのか玄蕃助の炎龍、大孔墳も大きな首を何度も頷かせる。 気性の荒い炎龍であるが、こういった時は主に似てとても素直であるらしい。 煌夜(ia9065)も愛龍レグルスの世話をしながら、同じくエサをやっている真珠朗(ia3553)に漏らす。 「敵も多いしレグルスも連れていければ良かったんだけど‥‥」 真珠朗は手に持ったエサをひょいっと宙に放り投げ、それを彼の甲龍、乞食暗愚が首を伸ばしてぱくっと食べるを繰り返している。 「あたしらの存在見抜かれる訳にはいきませんからねぇ。念には念を入れて今回龍は留守番ってのが妥当でしょう」 話はわかるので、煌夜は残念そうに頷く。 そしてこちらは親しげにエサを口元に運んでやる。レグルスは構ってもらえるのが嬉しいのか、はたまたエサがおいしいのか嬉しそうに煌夜に擦り寄っている。 そんな有様を見たせいか乞食暗愚が抗議の声をあげるが真珠朗ははいはい、と適当に流してやっぱりエサをほーいと放り投げ続けるのだった。 少し離れた場所にある建物に居た奏音(ia5213)が皆に出発を促す。 「そ〜ろ〜そ〜ろ〜お時間〜ですよ〜」 合図を確認した一行は、緊迫した雰囲気を保ったまま小屋へと殺到する。 この合図は小屋に襲撃があった証。 八人居る抜け忍始末用のシノビを、ここで全て討ち果たすために小屋に全員を引き付けるといった策を取っているのだ。 シノビ達に感知されぬ程度には距離を開けていなければならない。わざわざその為に龍も置いてきたのだ。 ここまでやって、間に合いませんでしたなどと笑い話にもならない。 外には三人のシノビの姿が見えた。 相手が何事かと確認する間も与えず、玄蕃助、真珠朗、煌夜がこれに襲い掛かる。 近接戦闘が始まってしまえば、逃げるのもそう容易くはいかないだろう。そういったつもりもこの動きには含まれている。 更に脇をすり抜けるように桜と那美が小屋の中に飛び込んでいく。 煌夜は眼前の敵と刀を交えながら、心眼によって周囲を探る。 「奏音さん! 左前の木の上に一人!」 そこと言われればわかる。奏音とてのんびりとした口調と幼すぎる外見ではあるが開拓者なのだから。 奏音の式が指差す先に向かって放たれ、木の上からくぐもった声と共に大きな塊が落下してくる。 「初陣よ、神薙。話がしたかったら、手早く決めなさい!」 由愛も勝負所は理解しているのか、手持ちのありったけで攻撃を仕掛けにかかる。 「蝦蟇使いが荒いよ由愛様! だが、あっしは頑張りますぜ!」 由愛の魂喰、そして朋友のジライヤからは蝦蟇見栄の術が飛ぶ。 更に奏音の朋友、猫又のクロから、日ごろの鬱憤を晴らすかのごとく閃光が放たれる。 元々人に飼われるようなタチではないクロには、それなりに労苦もあるのだろうて。 動きを鈍らされ、怪我を負ったシノビはそれでもと踏み込み攻撃を仕掛けてくる。 こう動いてくれれば由愛と奏音にとっても望む所である。 一番面倒なのが逃げに徹される事で、それを防ぐための閃光であり蝦蟇見栄であったのだから。 小屋の中では三対四で、クロウ達は結構不利な戦闘を強いられていた。 特に怪我の酷いシノビから順に桜の術が施されていく。 「傷を治すです〜神風恩寵」 一緒に踏み込んだ那美が一人を受け持ち、これで一対一が四つ。その上で桜の援護付といった有利な形にもっていけた。 しかし、その上でも厳しい。 特にクロウが受け持っている男。 那美はこいつが中忍であると見る。それ程にこの男の技量だけが飛びぬけていたのだ。 部外者達の乱入という思わぬ戦況の変化に、小屋の中に居た抜け忍狩りのシノビ達は壮絶な決断を下す。 突然、それぞれが対応している相手を無視し、一人に集中して攻撃を始めたのだ。 当然、今受け持っている相手に対しては大きな隙を見せる事になり、深い傷を負う事になるが、集中攻撃に晒されたシノビは、あっという間に半死半生にまで追い詰められる。 「わっ、わわっ、ちょ、ちょっと待つです!」 即座に桜より治癒の術が飛ぶが追いつかない。シノビ四人の集中攻撃は二ターンの間続き、それだけで、生き残った三人の内の一人は息絶えてしまった。 無論抜け忍狩りの四人のシノビも無傷ではない。 無視出来ぬ深手を負っているものもいるが、それがどうしたと彼等は次なる標的に狙いを定める。 それがどれなのかを見切った那美は、室内を三角跳にて大きく跳ね、多少強引な形でそのシノビの前に立ちはだかる。 「こういう狭い空間こそボクは戦い易いのだ♪ 楓、一緒にいくよ♪」 那美とは逆側よりシノビの前に立った那美の忍犬楓は、無駄に吠える事もなく、低く構えた姿勢で敵シノビを牽制する。 正直厳しいと思うが、外は外で一手間違っただけで逃げられてしまうという状況で、下手に応援は頼めない。 那美と桜は残る二人のシノビが踏ん張ってくれるよう、祈るようにしながら戦闘を続ける。 真珠朗はこの戦いが短期決戦になるだろうと予測していた。 気は全く進まない依頼ではある。どちらに対しても。 しかし、だからと全てから目を逸らすのも違うだろうと、今、彼はここに居る。 「ま‥‥セコくヤらせてもらいますよ。相応にね」 そう言いながら振るう槍の鋭さは、とてもセコイなんてシロモノではなかった。 刀を抜き細かく正確に動くシノビに、まっすぐ正面より槍をつきこむ。 これを払うべく振り下ろされた刀に対し、手元を回すのみで易々と弾き飛ばす。 もちろん手だけの力でこれを行ったのではない。落とした腰、大地に支えられた両足、体重全てがその動きとして伝わるように、そんな動きであったからこそだ。 更に目にも留まらぬ二連撃。 そのどちらもが深くシノビの体を傷つける。 実力差はそれだけで知れたであろうにシノビは一歩も引かず、体より血を滴らせつつ逆撃を狙うも、振り上げた槍の柄にこれまた軽く弾かれる。 次なる一撃は鎧の隙間を縫う刺突。 着込んだ帷子がまるで紙のように刺し貫かれ、槍が深々とシノビの体に吸い込まれていった。 「嫌な予感、しますね」 戦況を確認した後、真珠朗は小屋の中に飛び込んでいく。 槍に貫かれ倒れたシノビは、冷静に自身の状況を見定め、口から泡を吹きながら呟いた。 「つよ、い‥‥」 シノビの刀がかわし損ねた由愛の腕を深く斬り裂く。 あまりに痛さに思わず叫びそうになってしまうのを必死に堪え、呪殺符を構え叫ぶ。 「恨み辛みよ、怨念よっ! あたしの力となりて、顕現せよ!」 符より放たれし式がおどろおどろしい形となり、シノビに襲い掛かる。 既にこれを、奏音のも含めて数度もらっているシノビは、たまらずその場にひざまづきそうになるが、震える膝に鞭打って立ち上がる。 これに襲い掛かるはジライヤ神薙だが、シノビの素早さを捉えきれずひらりとかわされてしまう。 それでも辛うじて目的は達する。 由愛に斬りかかるには、ジライヤが邪魔な位置になるよう移動させられてしまったのだから。 そして再度由愛の術が放たれると、今度こそシノビはその場に崩れ落ちるのだった。 煌夜は二刀を下げシノビと対する。 見目麗しい長脇差「無宿」を用いているため、気力が強化されている一方で生命が低下しており、見た目以上に実は打たれ弱かったりする。 もちろんそこまで敵シノビにはわからぬが、煌夜の凜とした佇まいには警戒を払わずにはいられない。 どうとでも動けるように構えつつ素早さを利し、先手必勝と踏み込んでくるシノビ。 これを左の小刀で受けると、同時に右の長脇差にて斬り下ろす。 こういった動きは二刀の基本動作であり、同時に最も有効な使い方である。 しかしシノビもさるもの、最も警戒すべき長脇差に注意を払っており、これを体裁きにてかわしきる。 が、同時に小刀から青白い光が放たれ、絡み合った刀から滑るようにシノビの脇腹に伸びる一撃は見切れなかったようだ。 鎖帷子ごと斬り割かれた腹に手をやるような真似はせず、シノビは低く刀を構える。 これで大きく優位に立った煌夜であるが、油断なぞできようはずがない。 大きな一撃であっさりひっくり返る程度であるとの自覚がある煌夜は、丁寧に二刀で惑いを誘い続け、余裕の出来た由愛からの援護をもらいつつ最終的にはほぼ無傷でこれを撃破したのだった。 玄蕃助の相手であるシノビは、とてもシノビとは思えぬ程剣術に長けた男であった。 シノビらしい動きも随所に見られるが、太刀を両手で振るう様はサムライかと見まごう程である。 だがしかし、玄蕃助もまた熟達の志士である。 長槍「羅漢」を構える様は、それだけで町道場の師範を勤められる程しっかりしたものであった。 もっとも当人は実戦の不足を気にしているようであるが。 しかし積み上げた修練は、重ねてきた鍛錬は、それが実戦の場であれそれ以外であれ、身になっているものなのだ。 手ごわい中忍を相手に玄蕃助は一歩も引かず相手取り続ける。 中忍の太刀が玄蕃助の腿を斬り、玄蕃助の槍が太刀を払い落とさんと強く腕を打ち据える。 一進一退の攻防の中、中忍は冷静に玄蕃助の弱点を見抜く。 ここ一番、最後の半歩が踏み込みきれないのだ。 これでは決してかわせぬ必殺の一撃を放つには役不足。 無論それでも既に充分手傷を負わされているのだが、これならば玄蕃助の槍が急所を貫く前に、こちらの太刀が首をはねると確信する中忍。 ここぞとばかりに攻勢に打って出る。 一瞬、押し切られるかと怯みかけた玄蕃助。 直後隷役によって強化された強烈無比な奏音の式が、中忍の肩口に喰らいついた。 それでも痛みを噛み殺し戦闘を続ける中忍の何と勇敢なる事か。 しかしこれで心の体勢を整えた玄蕃助は、右に左に槍を振るって攻勢を凌ぎ、石突で中忍の顎を跳ね上げる。 そして奏音の魂喰二撃目が中忍の腹にくいつくと、彼は力尽きたかのようにその場に倒れ付すのだった。 奏音はすぐに玄蕃助の元に駆け寄り、治癒符による治療を行う。 玄蕃助はいや平気だからといいかけたのだが、ふと気づくと至る所に怪我を負っていた。 夢中で戦っていたせいか気づかなかったのだ。 ふうと嘆息した後、まだまだ未熟だなと自戒しつつ奏音に礼の言葉を述べるのだった。 那美は心の臓に突きたてた胡蝶刀の感触を楽しみつつ、惜しむようにしながらこれを抜き取る。 どっと音を立て二人目の敵シノビが床に倒れる。 こちらも二人目をヤられており、残るは二対三、敵の中忍はもちろん残したままだ。 数ではこちらが有利だが、クロウもかなり消耗している。 敵の中忍には出来れば複数で当たりたかったのだが、数が足りないのは仕方が無い。 クロウでは厳しくなってきたので、那美が朋友の楓と共に中忍の相手を担う。 こいつがまた手強いのだ。 既に倒した部下を盾にしてもまるで動じる様子がない。 戦闘の基本を考えるならばまず真っ先に桜を狙うべきなのだが、一切無視してひたすら目標であるクロウ達に集中攻撃をかけ続ける。 自分達が全滅しようとクロウ達三人を殺し尽くせばそれで満足だと言わんばかりに。 ぎいっと音をたてて小屋の扉が開く。 乱戦の最中でありそちらに注意を向ける事も出来なかったが、声で誰かがすぐにわかった。 「全く持って好みじゃないんですがね」 真珠朗がそんな文句をつけながら中忍に槍を突き刺す。 桜もまた攻撃の機会を見逃さない。 一息にこれを倒せれば決着がつくのである。 「これでも食らえです、力の歪みです」 桜の術によりひしゃげる中忍の体を、まっすぐに戻してやるとばかりにクロウの刀が縦に斬り裂く。 残る一人の動きを横目に確認しながら、那美は腰溜めに構えた胡蝶刀を深々と腹に突き立てた。 「‥‥ん、悪く、ないね」 それが何を指しての言葉なのか、中忍には最後まで理解する事は出来なかった。 遭都との国境を越えた所で、クロウは改めて皆に礼を言う。 真珠朗は特に興味もなさそうに適当に頷いているだけ。彼は終始不機嫌そうであった。 奏音はクロウのやってきた事など知らぬとばかりに、その手をぎゅっと握った後、大変だけど頑張ってねと彼女らしいおっそろしく間延びした声で元気付ける。 そして那美はというと、ちょうど楓とじゃれあっていた真っ最中。 「ん、楓よくやったのだ♪ いいこ、いいこ♪ ‥‥ってああ、もう行くんだ。んじゃ達者でね」 桜はとりあえず依頼を達成出来た事で満足そうであった。 「依頼だから一生懸命頑張ったのです。忍だって仕事でやってるんだから私も仕事を全力で頑張ったのです。私だって頑張る時は頑張るです」 小屋の中での戦闘中、さんざ桜の治癒術の世話になったクロウは彼女の独特な口調に苦笑していた。 煌夜が二人の仲間を守れなかった事を詫びるが、クロウはそれは結果だ、お前達を恨むのは筋違いも良い所だろう、と当然のごとく返してくる。 戦闘の後、二人を埋葬したクロウは一貫してその事には触れなかったのだ。 玄蕃助はクロウを勇気付けるように肩を叩く。 「走狗は煮られねばならないなどという事は断じて無い。貴殿らにも明日を繋ぐ選択肢があって良いはず。強く生きられよ」 真面目くさった玄蕃助の直球な好意は、シノビ社会にどっぷりとつかりきったクロウには珍しかったのだろう。 何と返事したものか少し困った後、彼もまた真面目くさった顔で答える。 「ありがとう。俺は、これからも決して死なん」 そんなクロウがおかしいのか、由愛は笑いながら玄蕃助とは逆側の肩をばんばんと叩く。 「あははは、そんな堅っ苦しく考える事じゃない。自由に生きると、それだけで色々と面白いわよ?」 やはりきょとんとした顔のままクロウは由愛を見返す。 「‥‥自由に、か‥‥」 遙か遭都を仰ぎ見ながら、クロウは初めて笑みを見せた。 「はははっ、考えた事も無かった。そうか、俺はこれから先、自由なのだな」 |