最終話だよ全員集合
マスター名:
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 普通
参加人数: 17人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2015/05/04 16:55



■オープニング本文

「おいこら平蔵。ようやく内地に戻ってこれたってのに、どうして俺達ぁ仕事なんざしてるんだ?」
「そりゃ、来週からは教導の仕事が入ってっからだろ。あー何だって俺等が志体持ちの面倒見るハメになってんだろうな」
「ゆっくり休暇を楽しんで来いって前線から戻って来たはずだったんだが」
「上役の言葉なんざ真に受けてんじゃねぇよ。なあ平次、正直な所言わせてくれ」
「おうよ」
「例え欠片の女っ気も無かろうと、前線のが気が楽なのは俺だけか?」
「だよなぁ。連中に幾ら斥候の術を教えた所で、志体持ちだろうと何だろうと絶対死人は出るもんなぁ。だったら俺等が自分で行った方がマシだわ」
 それでは手が足りないから教育にまわされたというのは二人にも良くわかっているし、以前てがけた教育の評判は悪く無かったのも知っているが、どうにも、そう思わずにはいられない。
 平蔵は書類の束を他所に窓の外に目をやる。
 田舎を出た時は、例え志体を持たぬ身であろうと、手にした槍と相棒とで何処までも行ける気がしたものだが、いざこうして何処までも歩んでみると、それほど遠くに来たという気にはならない。
 世界の果ては遥か遠く、平蔵がこれまで歩んできた道のりなど、ほんの入り口付近をうろうろした程度。
 それを、絶望とは捉えず、こうでなくてはと思えてしまうのは、平蔵が既に体の芯まで開拓者になってしまったせいだろう。
 志体も無い、下級アヤカシとの戦闘すら危うい平蔵であったが、彼は確かに、道なき道を往く開拓者なのであった。

 街が丸々一つ焼き滅ぼされた跡地に、陰殻は犬神の里の女シノビ、華玉は足を運ぶ。
 この地の調査ならば六も来たいと言っていたのだが、華玉はこれを断り宗次と言う腕利きのシノビと共にこの地に辿り着く。
 あの戦よりそれなりに時間は経っているが、それでも焼け跡は黒々と残ったままで。
 二人が街の跡地に足を踏み入れると、各所に人の気配が感じられる。
 戦の時は、それこそ全ての生命が途絶えつくしたかのように思えたものだが、案外と生き残った者もいたのだろう。もしくは外に出ていた者達か。
 街の住人に金を渡して情報を仕入れる。かつて悪逆無頼の街として名を馳せた名残なぞ何処にも残っておらず、住民は卑屈な笑みで華玉に情報を譲り渡す。
 石造りの建物の中に、二人の目的の物はあった。
 そのままならばただの毒。しかし特殊な製法で処理をすれば、洗脳に極めて有益な蜜と化す。そんなシロモノが、誰にもその価値を見出されぬまま放置されていた。
 華玉は、これら全てに火をかけた。
 里にはまだ、洗脳の後遺症に苦しむ者達が居る。また、この街にさらわれた子達を親元に帰すという事業も半ばだ。
 まだ事件は終わってなどいないのだ。

 犬神の里の藪紫は、魔の森どまんなかに建つ城、睡蓮の城にて今日も忙しなく動き回る。
 この地を早々に人間の土地へと変える為、色々と手間をかけているのだが、次から次へと問題が持ち上がり、藪紫はその対応に追われる毎日。
 それでも、抱えた商売の種は全て滞りなく進むよう手配してある辺り、錬金術士と呼ばれる程の商売上手は伊達ではなかろう。
 またこの地には、同じく犬神のシノビで藪紫の親友、雲切も滞在している。
 彼女が居る限り、対処しようのないアヤカシなぞという存在はありえない。そう断言出来る程の凄腕である。
 後、ここ最近の話だが、時折突然立ち止まったかと思うと不気味な思い出し笑いを始める。とても怖いしキモイ。
 かつて、大アヤカシまでもが襲いに来たこの城は、今では散発的に下級アヤカシが湧いて出る程度にまで落ち着いていた。
 藪紫はこの城の共同管理者である朧谷の里に、送る書簡を作っていた。
 朧谷の錐に送れれば一番話が早いのだが、彼は最近朧谷の里でも親犬神派と呼ばれ反対派から目の敵にされており、その辺気遣ってやる必要があったのだ。
 長年対立を続けていた里だ。対立が高じて賭け仕合までおこす程であったのが、今はこの睡蓮の城という共通の利害の元、かなりのトラブルを抱えながらだが何とか、和解の道を歩み始めている。

 風魔弾正は事件の後もジルベリアに残り続ける。
 とはいえギルドから仕事を請けるでもなく、今はふらふらとジルベリア中をうろつきまわっているだけだ。
 ジルベリア開拓者ギルド係員ディーは、次々と上がってくる弾正の行動をまとめ、結論づける。
「あの方、ミュルクヴィズの森の件を探っているようですね。一体何のつもりやら」
 ジルベリア帝国に反旗を翻す集団、森の連中をギルドが叩き潰した跡を、調べて回っているようだ。
 彼女程の者が見れば、彼女が直接携わった紅茨騎士団の事件と合わせ、ジルベリアギルドの手の内はほぼ筒抜けになると思って良かろう。
 さて、どうするつもりか、と構えているディーの元に、弾正は調査の旅を終え戻ってくる。
「おい、結論を先に言うぞ。お前達の諜報は全然駄目だ、まるでなっていない。アレでは官憲と変わらぬし、だとすれば別個に存在している意味が無い」
「……改善点を、ご教授願えればありがたいのですが」
「馬鹿を言え。これから商売敵になる相手に、飯の種を教える奴がいるか」
 探るように覗き込むディーに、弾正は晴れやかに笑い言った。
「決めたぞ。私はこの地にシノビの里を作る。ギルドは法を操り法に則った諜報を行えばいい。私はそうでない所を請け負おう」
 ディーは眉根を潜める。
「ジルベリアで、天儀人の貴女が土地を得ようと?」
「シノビに土地なぞいらぬ。我等シノビに必要なのは、隠れ潜む闇、それだけだ。アレシュ達も森とやらも、そこを履き違えるから失敗したのだ」
 定住する土地もなしに諜報活動をすると言われてもディーにはぴんと来ない。金も人も物すらも、全ては土地から始まるというのが一般的な発想だ。
 弾正は続ける。
「まあ見ていろ。最も必要な人材は、既に見つけてあるからな」
 天儀ですら類を見ない、拠点を持たぬシノビ集団というものを弾正は作ると言っているのだ。
 弾正が予定している人員リストには、紅茨騎士団所属で現在牢に居る者まで含まれており、凡そまっとうな組織を作ろうというのではなかろう。
 また、陰殻のツテ(というか藪とか紫とか)を使って用意させた金の額が桁違いで、ディーは目を丸くする。
「国取りでも始める気ですか?」
「国とは住まう土地あってのもの。そこに寄生する集団を国とは言わんよ」
 ディーは弾正の『SATO』作成に力を貸す事にした。弾正が言うレベルの諜報組織が作り上げられるというのならギルドにとって有益であるし、その規模の組織が出来るのならギルドの息をかけておきたくもある。
 この仕事を嬉々として進める弾正は、内心のみで幾人かに詫びる。
『私を王にと見込んでくれる者達に悪いが……他所から奪うより、自分で一から作る方が遥かに楽しいな、これは』


■参加者一覧
/ 北條 黯羽(ia0072) / 羅喉丸(ia0347) / 佐久間 一(ia0503) / 叢雲・暁(ia5363) / 叢雲・なりな(ia7729) / 狐火(ib0233) / グリムバルド(ib0608) / リィムナ・ピサレット(ib5201) / 叢雲 怜(ib5488) / 椿鬼 蜜鈴(ib6311) / フレス(ib6696) / 八条 高菜(ib7059) / ジェーン・ドゥ(ib7955) / ヴァルトルーデ・レント(ib9488) / ナツキ(ic0988) / 樊 瑞希(ic1369) / 病葉 雅樂(ic1370


■リプレイ本文

 平次が今日の訓練の終了を告げ広場を立ち去ると、彼の前に並んでいた訓練生達は皆、力なくその場にへたりこむ。
 なってねえなあ、とぼやきながら歩く平次の前に、見知った顔、羅喉丸(ia0347)が酒を片手に待ち構えて居た。
「近くまで来たものでな、どうだ一杯?」
「おおっ! 何だよわざわざ顔出しに来てくれたのかよ! 平蔵の奴ももう終わるから一緒に飲もうや」
 平蔵を加えた三人は、二人の宿舎に山程酒を持ち込む。ここならば生徒の目を気にする事なく騒げるからだ。
 賑やかに昔の話をする三人は酒も進み、ほろ酔い加減になったあたりで平蔵がしみじみと語る。
「しっかし、アンタも強くなったもんだなあ。いやまあ、始めて会った時からぶっちぎって強かったが、今じゃもう雲の上だろ」
「そうか?」
 これだよ、と肩をすくめる平次。
「ギルド見回してもアンタ程の腕利きなんざ居やしねえだろって」
「いやいや、まだまだ優れた者は数多居る。つい先日も……」
 そこでぽんと手を叩く羅喉丸。
「そういえば、お前達の弟子というのに会ったぞ。詩という子だが覚えているか?」
 平次が驚いた顔で応える。
「おお、アイツに会ったのか。ちょっとありえないぐらい優秀な子だったなぁ……てか、あんだけの腕利きを俺等の弟子だって言い張るのはちと無理があるだろ」
「彼女はそうは思っていなかったようだが」
「……素直な子だからなぁ。しかし、アンタ強くなっても全然変わんねえんだな」
「ん? どういう意味だ」
 びしっと羅喉丸を指差す平次。
「はっきり言って、あんたの腕は異常だ。天儀中探しても同格を見つけるのに苦労する程だ。そこまで上り詰めたってのに、態度が最初に会った頃と全く変わってねえって話だ。俺に言わせりゃ技量の異常さよりこっちのがよっぽど尋常じゃねえと思うがね」
 羅喉丸は首を横に振る。
「上り詰めたなどと、まだまだ目指す頂は遥か先だ。それでだな、弟子に教えるコツのようなものがあれば教えて欲しいのだが……」
 平次は平蔵と顔を見合わせる。
「ほんと」
「かなわねえよな、この人にゃ」

 詩の犬神への帰還。これにグリムバルド(ib0608)は護衛という名目で付き合う。他の犬神大人組に用事が出来たというのもあるが、グリムバルド自身の希望でもある。
 この道行きには六も一緒で、更に里に戻ると、ひとみ、双葉、大吾が皆を迎え、久しぶりに五人の子供達が顔を合わせる。
 顔を合わすなり賑やかに騒ぎ出す五人。この辺は子供らしいとも思えるが、よく話の内容を聞くと妙に大人びた話をしていたりするので油断は出来ない。
 もちろんグリムバルドもこれにきっちり巻き込まれている。
 双葉の挑戦に笑いながら応じてたり、男に用は無いと断言する大吾に無理矢理構ってみたり、やたら仕事の話を聞きたがるひとみの相手をしたり。
 結局一本も取れなかった双葉は、それでも体を動かしてそれなりに満足したのか、グリムバルドに機嫌よく話しかける。
「そうそう、私等三人も今度外出るんだ。開拓者登録するかはまだ迷ってるんだけどな」
「へえ、双葉達にも許可が出たのか」
「ようやくな。ここだけの話、いい加減里に世話になりっぱなしなのも悪いしさ」
 グリムバルドは犬神の里が百人以上の治療が必要な子供を預かっている事を知っている。その中の一人であり治療が極めて順調に進んだ双葉は、他の連中の分も自分が犬神の役に立とうと考えているのだろう。
 子供が考える事ではない。そうも思えたが、グリムバルドは双葉の表情から、人間らしい健やかなまっすぐさを感じ取る。なので敢えて口には出さず、そうかそうかと頭を撫でてやった。
 子供扱いすんなよ、と邪険にされるも、照れているのがわかりやすすぎるぐらいわかるもので、グリムバルドは噴出すのを堪えるのに随分と苦労したものだ。
 最後に、グリムバルドが旅に出る事を告げると、五人共妙に大人しくなってしまったものだが。
「じゃあな、お前ら。何処に居ても、お前らの無事と幸せを祈ってるぜ」
 あの時の子供達はほとんど皆が、自分の道を歩み始めていた。そして、グリムバルドは残された一人の下へ。
 犬神の里の墓地に、大人のそれと比べても遜色無い立派な墓が一つ。
 長い時間その前で祈り、或いは報告をし、グリムバルドは身を翻す。新たな旅路に向けて。

 詩達の帰還に付き合ったのはグリムバルドだけではなかった。
 椿鬼 蜜鈴(ib6311)は、里が近づいて来るにつれ、表情を重くするミザリーに声をかける。
「不安かえ?」
 当初こそ蜜鈴の前ではやったらガチガチに緊張していたミザリーも、里まで一緒してくれた事で多少なりと慣れてはくれたようだ。
「う、うん……いちおー、厄介者の自覚はあるし……せめて戦闘の機会でもあってくれれば……」
 くすっと笑い蜜鈴は近くにあった腰掛ける事が出来るぐらいの岩にそっと手を伸ばす。
 ミザリーにも当然扱える簡単な氷術は、岩の表面を霜で覆いつくす。
「後は地下の冷える部屋にこれを運べば、簡易氷室の完成じゃ。夏場にこれで水を冷やして出してやると、ほんに喜ばれるぞ」
 目を大きく見開くミザリー。
「魔術の可能性は戦の中のみではなかろ? 手間と工夫を惜しまぬ事じゃ。さすれば、相手もきっと好意を返してくれようぞ」
 この言葉に、ジルベリアギルドの連中が目をむくような素直さでミザリーは頷いた。
 蜜鈴に懐くミザリーを見て、アシッドのみならずジルベリアギルドの係員達も凄まじい顔をしていたものだ。
 そんな話をしてやったのだが、ミザリーはやはり里が近づくのをあまり好ましく思ってはいないようだった。
 それは里に着き、蜜鈴との別れが来た時、理由がはっきりとわかる。
 迷惑をかけたくないので必死に我慢しているが、別れるのが嫌なのだろうと笑えるぐらい顔に出ていた。
 蜜鈴はゆるりとした所作でミザリーを抱き締める。
「笑うが良いよ。二度とおんしの心が恐怖と苦痛に曇る事はあるまい」
 頭をゆっくりと撫でてやると、ミザリーが少し震えだしているのがわかる。
「なれど辛い時はお呼び。何があろうと、何処へ居ろうと、わらわはまたおんしの手を取ろうて」
 そのまま蜜鈴は自分の髪に刺さった簪を抜き、ミザリーの髪を丁寧に結ってから刺してやる。
 最後に、最初に出会った時のように、額にゆっくりと口を付ける。
 泣いて、笑って、真っ赤になって、忙しなく動くミザリーの表情を、蜜鈴はその目に焼き付けておくのだった。

 リィムナ・ピサレット(ib5201)、瑞樹、疾風の三人は疾風の屋敷で賑やかに時を過ごす。
「あれから色んな変態に会ったけど、かつての疾風さん程の奴はそうそういないよ♪」
 疾風は、当然だと何故か胸を逸らしているが、瑞樹はというと、途端くらーい顔になってこう言った。
「……いや、あれより上、居たよ」
「え?」
 とても疲れた顔で瑞樹は続けた。
「お義父さんがね……その……」
 疾風は憤慨しているようだ。
「ふん、親父なんて俺に言わせればまだまだだ。中途半端なんだよ、なにもかもが。だからお袋に逃げられるんだ」
 詳しく話を聞くと、なんでも犬神直系一族は、滅茶苦茶強力な者が生まれる反面、人格に難がある者が多いんだとか。直系一族は絶対に里長にはなれないという掟を作る程だそーで。
 つまみが切れた事で瑞樹が腰を上げると、疾風は不意に話題を変えてきた。
「……随分と、腕を上げたそうだな」
 リィムナは笑いながら問う。
「今やったらどうなるかな?」
「どちらかが死ぬ事になる。試そうとは思わん……ただ、そうだな。今のお前とやるのなら、一対一以上の悪条件では御免被る。流石に俺も、即死魔術を連発されては余裕なぞ持てそうにないからな」
 そう言っていたずらっぽく笑う疾風。情報収集もまたシノビの戦い方だと言下に言っているのだ。
 もちろんリィムナにも、泰大学での研究成果等隠し玉を複数所持しており、疾風の戦い方に抗する術の準備はある。
 とはいえ、と疾風もリィムナも杯を互いに手にとってこれを軽く打ち鳴らす。
「ま、俺はアンタに剣を向ける気にはなれんよ」
 変態時代の話を楽しく出来る相手は本当に貴重なようで、疾風の言葉からは切実さすら漂って来ている。
 疾風も大変なのか、と僅かにだが思えたものの、すぐに瑞樹が酒のつまみを作って持って部屋に入ってくると、そんな気は消えてなくなる。
 瑞樹が部屋に入っただけで目尻が垂れ下がる疾風、疾風に食事を振る舞い褒めてもらった時の瑞樹の顔、これらを見て、ああ、この二人はとーぶんこの調子だろうなと。
 リィムナがこれまで見て来た、世に受け入れられぬ特殊性癖の持ち主達の中でも、疾風はぶっちぎりで、幸福な人生を迎える事が出来た口であろうなと。

 犬神傭兵軍。これは犬神の里が対アヤカシの森攻略用に作り上げた部隊で、瘴気の森中での戦闘に特化した精鋭部隊だ。
 その第三分隊隊長の新平は、陣幕の内でこの軍の大将である正邦にくってかかる。
「もー無理だ! これ以上は一日だってもちやしねえ! 砦まで後退しなきゃ皆殺しにされちまうぞ!」
「第六分隊が戻らん。……見捨てる判断はぎりぎりまで我慢する、そういう話だっただろう」
「だから! 今がそのぎりぎりだって言ってんだ!」
 共に居る第二分隊隊長・藤枝ゆみみも、心苦しそうではあれど新平の意見に異は唱えない。
 不意に陣幕の外が賑やかになる。敵襲か、と緊張する三人であったが、陣幕に駆け入ってきた伝令が朗報をもたらす。
「第六分隊帰還です! 後……」
 そこで、彼の報告を遮って、後ろから姿を現した者が。
「久しぶりですね!」
 正邦が大きく目を見開く。
「な、に?」
 新平が馬鹿みたいな大口を開ける。
「お、おまっ」
 ゆみみは顔中に喜色が漲る。
「あー!」
 ナツキ(ic0988)が、開拓者を連れて参陣してきたのだ。
 ナツキの側に駆け寄ったゆみみは、興奮した様子でこえをあげる。
「えー! どうしたんですかいきなりこんな所に!」
「俺? 援軍ですよ、援軍! 大丈夫、今度は蹴り飛ばさなくても守るから!」
「うわっ、懐かしい話ですねぇそれ」
 正邦も頬が思わずほころんでいる。
「おい、まさか第六分隊を引っ張って来てくれたのか?」
 これにはもう一人顔を出して来た男、御坂十三が応えた。
「俺はナツキ達を運ぶだけって聞いてたんだけどな。ナツキの奴が余計なモン見つけやがって、仕方が無いから一緒に拾って来てやったんだよ」
 指を鳴らす新平。
「おーっし、そうとなりゃこんな所長居は無用だ。さっさとずらかろうぜ。後ナツキ、お前が連れて来た開拓者共の中に女の子はいるか?」
「ええ、美人さん居ましたよ」
「よくやった! 早速の一番手柄だぞ、ナツキ!」
 そう言うなりさっさと陣幕から飛び出して行こうとした新平は、はたと思い出して振り返り、笑いながら言った。
「こんなクソみてえな戦場に良く二度も来る気になったな! ホント、ばっかじゃねえのかお前! またよろしくな!」

「犬探しだと?」
 怪訝そうな顔でそう言ったのは、騎士トリントンだ。
 彼の所属するアレクトル領は今領主が反乱に加担していたとかでとんでもない騒ぎの最中なのだが、そこに叢雲・暁(ia5363)がお前の都合なぞ知った事かと訊ねたわけである。
「ジルベリアの犬は実際使ってみたら相当良かったんで、本格的に仕入れてみるかと……だがっ!」
「だが?」
「僕にジルベリアのツテなぞ無いっ!」
「……ああ、そうか。ゴシックシーフの件では、あれはお前の判断は正しかったと今更ながらに思うし、恩にも感じている。商人を紹介するのも吝かではないが……」
 兵士詰所にて、忙しそうに兵士達が走り回っている中、入り口から少し離れた場所でトリントンと暁は会話を続けていた。
「見てわかるだろうが、私は今とても忙しいんだ」
「ふん、犯罪者でも出たか?」
「件の反乱の件で逮捕せにゃならん奴が山程居るんだ。悪いがそれが片付くまでは……」
「良かろう! ならばその叛徒共はこの僕が残らず成敗してくれるわ!」
「斬るな! 捕まえろ! ……ではなくてだ。手を借りられるのは有難いが、いいのか? 金は出んぞ?」
「恩に着せて良い商人を紹介される好機なり!」
「…………」
 羅喉丸とチェンジで、と思ったかどうかは、少なくともトリントンの口からは語られていない。
 トリントン、意外に顔が広いようで、仕事を手伝った礼としてジルベリアきってのトップブリーダー組合との繋ぎを得た暁は、その筋の専門家達から黒い噂の有無を確認する。
 ふむ、と僅かに考え込んだ後、暁はジルベリアにおける数少ないツテの一つ、風魔弾正を訪ねる。
「で、非合法な連中の方が良い犬持ってたりする?」
「……今、私は、組織の立ち上げで死ぬ程忙しいのだがな」
 何て文句の一つも口にしつつ、丸一日で必要な情報を全て揃える。結論として、良い犬が欲しいのならまっとうな流通ルートを確保すべし、という話であった。
 弾正はさっさと次に行こうとする暁に声をかける。
「開拓者も幾人かウチに居るし、お前もそのつもりがあるのなら面倒ぐらいは見てやるぞ?」
「やめとくよ。アンタはシノビの中のシノビかもしれないが……」
 至極真顔で暁は答えた。
「NINJAではないからね」

 ジェーン・ドゥ(ib7955)が訪れた墓には、特に命日でもないのに花が添えられていた。
 自分以外にも彼を偲ぶ人がいる、そう思えるのは悪い気分ではない。少なくともジェーンは彼がそうした敬意に値する人物であると思っている。
 ふと、人の気配に気付く。そこには、一人の女性と、子供が二人。どうやら彼女達も男爵の墓参りのようだ。
「男爵の、お知り合いの方ですか?」
 そう声をかけられる。ジェーンが素直に素性を語ると、彼女は男爵の妹であると答える。
「もしよろしければ、兄の話をしていただけませんか? 差し障りが無い程度で構いませんので」
 子供二人を従者に預けた女性に、墓地から少し離れた場所で、ジェーンは彼女の知る男爵を語る。
 彼女の申し出を受ける気になったのは、墓参りに来て、少し感傷的になっていたせいかもしれない。
 男爵が亡くなってより起こった数々の人災は、或いは男爵が生きていれば起こりえなかったかもしれない、などとつい口をついて出てしまったのも。
 最後にジェーンは、彼女に注意を促す。男爵の血縁というだけで恨みの対象になりえると。
 彼女は、顔を僅かに伏せて言った。
「あの人は、例え妹が瀕死の重傷を負おうと、甥っ子がさらわれようとも、決して仕事に手心を加える事はありませんでした。だから私も、自衛には人一倍気を回すようになったんですよ」
 彼女の口調が穏やか過ぎるせいだろう、ジェーンが次の言葉を口に出来たのは。
「恨んで、いるのですか?」
「どうでしょう。私は、子供の頃からずっと兄を見て来てしまっていたので……」
 男爵が男爵たる過程を見続けて来た彼女は、ジェーンの前を辞すと、墓の前で目を瞑り、じっとその場に立ち尽くす。
 ジェーンは、男爵が数多の犠牲を覚悟し、勇気の代償を支払ってまで目指したものに思いを馳せる。
 自然と、鞘を握る手に力が篭る。
 善きジルベリアの為に力を尽くそう、そんな決意と共に、一度だけ彼の墓を振り仰ぐ。
『……安らかにお眠りください』

 フレス(ib6696)と並んで雲切は、陣取った調理場で難しい顔をしながら料理を進める。
 雲切は手に持った芋に人差し指をあて、後ろにすっと引く。それだけで、芋は真っ二つに裂け割れる。
「こーらっ」
 雲切の背後から八条 高菜(ib7059)が声をかけると、雲切はびっくりした顔で振り向く。
「だめですよ。きちんと包丁を使わないと」
 料理は見た目も大事だから包丁で綺麗に切り口を整える事も大切だ、と理由を説明してやると、雲切はしゅんとなって素直に頷く。
 フレスは芋を手にとって断面を覗き込む。
「ねえねえ雲切姉さま。これ、どうやったの?」
「あ、これはそんなに難しくないですわ。指で押して裂けそうな方向見つけて、それにそって指を通すだけで……」
 高菜はにこにこしながらもう一度注意を促す。
「くーもーきーりーちゃーん?」
「はいいっ!」
 周囲を魔の森に囲まれたこの城は、既に一帯のアヤカシ掃討作戦を終えており、それなりに戦闘力のある者であればさして危険もなくこの地を訪れる事が出来るよう整備されている。
 そんなわけで、フレスと高菜の二人はこの城に雲切を訪ねて遊びに来たのだ。
 そしていつぞやの花嫁修業の続きとばかりに、こうして料理を教わっているわけだ。またフレスにも雲切以上にこの需要が生まれたようで、一緒になってこれを学んでいる。
 雲切はジルベリアで食べたパスタを、フレスは前回雲切が作った肉じゃがを、完成させると高菜に提出、採点を待つ。
 両方を食べ終えた高菜は、うん、と頷き双方に合格点を。雲切とフレスは顔を見合わせ、にひーと笑った。
 次に行ったのはフレスたっての希望で雲切との手合わせだ。
 雲切は刀を両手で持ち、峰を前に下段に向ける。その姿勢でぴたりと止まると、対するフレスはそれだけで動きを封じられる。
 更に、雲切はその状態からゆっくりと刀を持ち上げる。中段から上段へ、じわりと動く刀。これが上がりきる前に、フレスは動いた。
『良し、ですわっ』
 もしこの上段を構えきっていたら、フレスに勝ち目はほんの僅かも残らなかった。
 あがりかけた雲切の切っ先は刺突へと変化し、前方へと伸びる。
 早くはない。しかし、ぬるりといった滑らかさで刀はフレスを狙う。体を回しながらかわし前へもぐりこみにかかるフレス。
 次の瞬間には、雲切の刀はフレスの頭上にあった。更に左方へ回り込む。刀の軌跡から外れた、そう思った直後にはもう切っ先は変化し次なる斬撃がフレスへの軌道に乗っている。
 フレスは間断ない回避行動を強要される。元より静と動によるメリハリではなく、流れるような緩急こそがジプシーの本領だ。全身のバネを用いてひらりひらりと回避に動く。
 それはリズミカルなもので、軽快にステップを踏む様は実にジプシーらしいものであったが、当のフレス自身は何処か気味の悪さを感じていた。
『これ、踊って、るんじゃ、ない。踊ら、され、てる?』
 そうと気付いた瞬間、強引に変調し表拍で動いていたものを裏拍に切り替える。
 踊らされていると感じられる優れた感性が、寸での所で雲切の詰め将棋のような追い込みを回避する。
 勝てる流れを断たれたはずの雲切だが、彼女の剣筋に動揺は見られない。やはりそれまでと変化無く、きれっきれの剣閃がフレスを追い続ける。
 一閃。雲切が振るうそれとは明らかに違うタイミングで閃光が走る。
 フレスを追う銀光が弧を描くのに対し、その輝きは一直線に雲切へと伸びた。
 だが、雲切への攻撃を行う程の踏み込みは、フレスに尋常ならざる負担を強いる。
 五合の後、遂にフレスの回避は破綻し、決着はついた。
 ぷはーと息を吐き、その場に座り込むフレス。手を伸ばす雲切。フレスは、その額から汗の一滴も流れていない事に悔しさを感じながらも、果てを視認する事すら適わぬ彼方の頂が、こうして存在すると信じられる事が嬉しくも思えた。
 この後、お泊り装備の二人を迎えるにあたり、お風呂できゃーきゃーだの、三人が一緒に寝たらエライ事になっただのといったイベントもあったのだが、諸般の事情によりそちらの描写は控えたいと思う。残念っ。

「へぇ、ジルベリアの男ってそんなに良いんだ」
 とワイングラスを傾けながら言う華玉に、北條 黯羽(ia0072)は、もちろんと若干自慢入ってるジルベリア男トークを語る。
 ツマミ代わりのピザを慣れない手つきで食べながら華玉はふむー、と首を傾げる。
「でもねー、今回の任務、相手が弾正様だからさー。そもそも色恋なんてしてる余裕無さそうなのよねぇ」
「ああ、監視か? 確か弾正の組織に出資してるんだったか、犬神は」
「犬神っていうか、やぶっちがね。あの子がお金出して出しっぱなしとかありえないし…………一応聞くけど、どっから聞いたのその出資の話」
「弾正が組織立ち上げるなんて話聞いて、アイツがほっとくかい。そうだろうと踏んでギルド周辺確認しといだけだよ」
「あちゃー、個人に漏れてるって事は、もうそこらに広まってるって考えた方がいいかー。ウチの出資比率落ちるのはあんま嬉しくないのよね〜」
 ビーフジャーキーをかじりながら黯羽。
「だったら、華玉が仕事してカネだけじゃない貢献すりゃいいんじゃないのかい?」
「冗談。弾正様相手じゃ馬車馬みたいにコキ使われるだけよ……でも結果的にそーなるんでしょうねー、あー、憂鬱だわ」
 いたずらっぽく笑う黯羽。
「アンタがジルベリアに来たって事は、そもそも藪紫もそのつもりだったって話だろ。せいぜいコキ使われて来い」
 じとーっと黯羽を睨む華玉。
「んで、アンタは旦那といちゃこらと」
「羨ましいだろ」
「家に火つけてやりたくなるぐらいにはね。あー! どこもかしこも彩り豊かで吐き気がするわー!」
 はいはい、とグラスにワインを注いでやる黯羽は、ふと、先日顔を合わせた弾正の事を思う。彼女にも結婚云々の話を振ってみたが、まず出会いからして無いと文句を言っていた。
 黯羽が見るに二人共、そもそも大してそーいうのに興味が無いのだろう。今は、弾正はもちろん華玉も仕事が面白くて仕方が無いのだろうし。
 ただ、そんな中で必ずいつか、二人が望もうと望むまいと出会いが訪れる。その時、二人の良き相談相手になれれば、そう黯羽は思うのだ。

 男爵の爵位を持つギルド係員・ディーは、当人特に気にはしていないが、友達というものが極めて少ない。というより、仕事以外で他者と接点を持とうとしないのだ。
 別段主義主張がそうであるという話ではなく、仕事以外の事に興味が持てないというだけであるのだが。
 なので、こうして断りにくい相手にお茶に誘われた時、まかり間違っても口説くような話題を提供する事が出来ない。
 もっとも、誘った方であるヴァルトルーデ・レント(ib9488)もそんな事を彼に期待なぞしていないが。
「茶には心が落ち着く効果があるのだが、どうだ?」
 ディーは真面目腐った顔で手にしたお茶を置く。
「男爵もさんざ言っていましたが、彼が言う程の効果があるとは思えませんね。……とはいえ、多少なりと落ち着くのは事実でしょう。薬効と呼ぶには弱すぎますし、気休め程度ではありますが」
 ヴァルトルーデも彼に倣ってお茶をテーブルに置く。男爵とは、ディー男爵を指す言葉ではないとヴァルトルーデも理解している。
「なるほど、落ち着きというのであれば、あまり茶を嗜まぬ貴公の方が上であったな」
 ディーは当時を思い出し、笑みを浮かべる。
「本当、外見は冷静なんですが、案外あれでばたばたと忙しなく動く方でしたから」
 仕事の話や近況などの話題よりも、ディーは男爵の話題を好んだ。
 ティーポット一つ分、男爵の話をした所でディーははたと自分の有様に気付いた。
「ああ……あまり、建設的でない時間を過ごさせてしまいましたね」
 申し訳なさそうにヴァルトルーデにそう言うディー。
「休暇の過ごし方とはそういうものだ」
 静かに席を立つヴァルトルーデ。みやげとばかりに今日出した紅茶の茶葉の袋をテーブルに置く。
 既にヴァルトルーデがその身にまとう雰囲気は、開拓者、もっと言えば処刑人のそれに戻っている。
「貴公ならば死神も扱えるだろう。厄介な案件があれば何時でも呼んでくれ。喜んで参上しよう」
 退室間際に、ヴァルトルーデは微笑を浮かべながら一言、付け加える。
「迷惑でなければ、また誘わせてもらおうか」

 風魔弾正の組織作りは、何よりもまず人材集めである。志体の有無に関わらず、優れた技術を持つ者を集める事に腐心する。
 その過程で、思わず嘆息したくなるような、予想外の障害にぶつかった。
「……思った以上に、武力が物を言うな、ココは」
 実際に行使する必要は無い。ただ、武力を有しているか否かを相手にはっきりと見せるだけで対応が大きく違うのだ。これが天儀であるのなら、背後に弾正が居ると言ってやれば一発なのだが、ジルベリアではそうもいかず。
 叢雲 怜(ib5488)が弾正を訪ねて来たのは、そんな最中であった。
「よしっ、採用」
 怜が弾正の新たな組織『SATO』への参加を頼みに来た所、二つ返事でこれを了承する弾正。
 やたーと飛び上がって喜ぶ怜であったが、弾正は早速だが、と速攻で仕事を頼みにかかる。その後もばたばたと細かな仕事を片付けて、二人が少し時間を取れたのはしばらく経ってからの事だ。
 行きつけの食堂で、マイブームっぽいトマトソースのパスタを食べながら、弾正は怜に訊ねる。
「まあ、今更も良い所なんだが、お前は何故ウチに来ようと思ったのだ? ギルド所属でもそれほど不自由があるとも思えんのだが」
 んー、と小首をかしげる怜。ベーコンとじゃがいもの炒め物(ジルベリア風)をもしゃもしゃしながら答える。
「理由は、修行の一環と……わいるど、になる為なの!!」
 修行の方はさておき、ワイルドの方は意味がわからない。
「……ま、まあ、生きる理由は人それぞれあっていいと思うが。ただ、だからとほっぽらかしは、よろしくないのではないか?」
「ふぉへ?」
 怜の発音が奇妙なものになったのは、後ろからほっぺたをひっぱられたせいである。
「わたしに黙って何約束してるのよ?」
 怜が振り返るとそこには嫁さんである叢雲・なりな(ia7729)がいた。ほっぺたは引っ張ったままで。
 旦那は奥さん放置でジルベリアに渡ってきていたわけだ。そりゃ奥さんキレるという話。
 一体どういう事だと延々説教される怜であったが、しゅーんと子犬のようにしょげているのを見て、なりなは怒りを持続させる事が難しくなる。
 そこに、怜がおずおずとと言った感じで放った言葉に、なりなは大いに怯む。
「暫くジルベリアでの生活になるけれど……俺の側に居て欲しいのだぜ」
 最終的に、しかたないなーもー、的雰囲気になった所で弾正が口を挟んできた。
「で、どうするのだ?」
 怜を連れて天儀に帰るのか、この先の事を問うているのだ。
 なりなは怜が弾正の作る『SATO』に入れ込んでいる事を知っているし、自身も興味があった事から即答を返す。
「若輩ものではありますが、怜と一緒に頑張らせてもらいます。よろしく!」
 有無を言わさぬ強い口調で力押しに来たなりなに対し、ふむ、とうなづいた弾正は、怜の顔を見て、喜色満面の顔であるのを確認すると苦笑しつつ答えた。
「そうか、ならばお前達二人には……」
 なりなの説教の間にパスタとピザとドリア(全部トマトソース)を平らげた弾正は、怜の時と同じように速攻で仕事を割り振る。
 怜の採用を決めた後、当然の如く彼の周辺を調べ洗ってはあるので、嫁さんであるなりなの存在も能力もとうに把握済みなのである。
 次の仕事があるので早々に退席する弾正の背後で、夫婦は賑やかに騒いでいる。
 正直、ケンカしてるんだかいちゃついてんだか良くわからない会話群にも、弾正は仲が良くて何よりだ、程度の印象しか持っていなかったのだが、一瞬で二人の空気が変わった怜の発言は流石にスルーは出来なかった。
「……なりなならジルベリアの服も似合うと思うもん♪」
 デレたんだか天然なんだかな台詞に、食堂中に漂うあまっ苦しい気配。
 弾正は、ああ、これが華玉の言っていたモゲロという感覚か、と妙に感心した様子で納得していたそうな。

 風魔弾正の現在の仕事は多岐に渡るが、そのほとんどは他者に指示を下す事と、判断業務に備えての情報収集である。
 その傍らで書類を整理し終えた病葉 雅樂(ic1370)に、弾正はカントの町への出張を頼む。
「どうにも、商人協会がゴネているようでな。お前が言って黙らせて来てくれるか」
 かの地には暴力的な商人が多数所属しており、他所以上に武力の誇示が必要である。それを踏まえて、雅樂は自分に期待されている役割を、その高い知能で正確に把握する。
「はははっ! お任せあれ! この大天才にかかれば商人協会と言わず、町全てを従えてみせましょうぞ!」
「お前やっぱり、私の仕事を国取りか何かと勘違いしてるだろ……」
 そこで執務室の外からノックの音がする。招き入れると、その人物は慣れた調子で雅樂を窘める。
「こら雅樂。あまり弾正様を困らせるんじゃない」
 樊 瑞希(ic1369)が室内に入って来ると、雅樂は嬉しそうに手を叩く。
「遅いぞ主頭!! 私の灰色の脳細胞は、既に弾正様を含むSATOの精鋭5人が揃った時の決めポーズや制服の案までを考えたと言うのに!!」
「それを控えろというのだ。真面目にやらんか真面目に」
「え、真面目な話……? これ以上真面目な……」
 改めて弾正の前に立ち頭をたれる瑞希。
「遅参致しまして申し訳ございません。樊 瑞希、これよりは弾正様をお支え致します」
「そうか」
 頭を下げている為その表情は弾正に見えないが、瑞希のそれが緩んだのは声音からわかろう。
「……あの時のお言葉、何より嬉しかった。だからこの道を決めたのです」
「そうか」
 勢い良く頭を上げると、そこには不敵な笑みが。
「元より私は、貴方以外の下につくつもりはない」
「そうか……待ちかねたぞ、瑞希」
 途端抗議の声が隣から。
「あ、ずるいぞ主頭!!」
 雅樂もまた瑞希に並んで宣言する。
「この病葉怜奈雅樂、主頭と共に弾正様を永劫にお支え致します」
 大きく頷く弾正。
「ああ、頼りにしてる……で、早速だがな」
 にたーっ、と笑う弾正。瑞希は何やら嫌な予感がし、雅樂は弾正がとても楽しそうだと上機嫌に。
「瑞希、これより三日で私の仕事全てを引き継げ。雅樂は瑞希の補佐だ。いいな」
 いきなりの厚遇にやはり雅樂は気をよくし、瑞希はというと片眉を器用にねじくらせる。
「……それで、弾正様はいかがなさるおつもりで?」
「決まっている。まずはこのジルベリアに『SATO』の頭領フーマが如何なる者かを教えてやらねばなるまい。何、心配するな。怜達にも付き合わせる故、見た目程危険でもあるまい」
 組織の長としてあるまじき、自らが前に出て暴れ回るような真似をする、と宣言してるわけだ、このシノビは。
 しかし瑞希は小さく嘆息するのみで特に抗議はせず。机の上にある書類の束を斜め読みする。
「なるほど。ではこちらは、まずは人材の収集ですかな、弾正様」
「そうだ。急げよ、さもないとお前が過労でひっくり返るハメになるからな」
 そこで雅樂がここぞと口を挟んで来る。
「既にジルベリア貴族に多少なりとつなぎはつけてある。官僚崩れを引っ張り込むならこの大天才がすぐにでも手配しよう」
 書類に目を落としたまま瑞希は続ける。
「崩れていない官僚は?」
「多くて三人だ。現役は高くつくぞ?」
「構わん。多少強引でもいいから十人引っぱって来い。当局との調整は私がしよう……よろしいですな、弾正様」
 今度はにまーと笑う弾正。
「ああ、その件はそれでいい。……私は今日から出張って来ていいか?」
 瑞希は冷静沈着、静かな口調で答えた。
「駄目です」
 ふふふん、と鼻を鳴らすは雅樂だ。
「ならばここは私の出番でしょうな! 弾正様が『SATO』の王として君臨するならば、この私は……」
 即座に切って捨てる瑞希。
「駄目だ」
 二人からの、何処まで本気か良くわからないような抗議を聞きながら瑞希は、今後もこんな感じで延々二人に駄目出しする羽目になるのではなかろーか、との不安を覚える。
 そして少し考えた後、それは別に、不安などという程不快でも不愉快でも無い、と思いなおし苦笑を漏らすのであった。

「……以上」
 そう報告を終えたのは狐火(ib0233)である。
 これを受けるは犬神の里の黒幕、藪紫だ。
「思った以上に拡大の速度が速いですね」
 藪紫は弾正の新たな組織に対し、表より堂々と華玉を監査に、裏より狐火を監視に向かわせてあった。
「風魔弾正当人が精力的に動いています。随分と、陰殻のやり方から外れているようですね」
「……ジルベリアでの潜入任務中に何かあったのでしょうか。そのやり方、是か否かの判別がつきません……が、つかぬままに人も金も集められるようになったというのが、一番恐ろしい所でしょう。以前の弾正様と同じに考えていると手ひどい目に遭いますね」
 何処か呆れた顔で答える狐火。
「一番金を出している貴女が何を言っているのやら」
「軌道に乗るまではウチが出資率十割近くだと踏んでたんですが、私の見立てでは現在既に半分程度ですよ」
「ギルドですか?」
「後は、自力回収してますね。ジルベリアの、非合法な商圏を随分と荒らしているようです」
 藪紫の情報収集能力は高い。だが、無駄な情報の入手に金をかける程間抜けでもないだろう、と狐火は考える。
「……狙ってましたか?」
「ええ、既にそれなりの投資済みです。ですのでちょっとムッと来てます」
 では、と話題を切り替える狐火。
「そろそろお昼ですし、そのあたりの愚痴も含めて、食事でも取りながら伺いましょうか」
 ちょっと驚き目を見開いた後、喜んで、とこれを受け入れた藪紫は、狐火と共に食事を取り、ついでにとても年頃の男女がする話とは思えないよーな話題を延々語り合う。
 食事が終わり、ではまた次の報告時に、と別れる間際。狐火は極自然に、藪紫の頭の上に手を乗せる。
 一言二言告げ、ぽんぽんと優しく触れた後、狐火は任務に戻って行った。
 藪紫はというと、目を見開いたもののこれといった反応は無し。すぐに自分の仕事へと戻る。
 その日の仕事を全て終え、夕食を取り自室の布団の中へ。そこで、普段ならばすぐに目を閉じるのだが、今日はその前に一行動。
 布団を頭から被りその中で、んふー♪と謎の言語を発しつつごろごろと転がって回るという奇行があったそうな。

 佐久間 一(ia0503)と馴れ馴れしく肩を組んで歩くのは、犬神のシノビ幽遠である。
「いっやぁ、本当お前すげぇって。俺さ、アレ見て思ったんだわ。やっぱ付き合いってな常に工夫と努力が必要なんだって……」
 先日一の小技というか大技というかを見て感動し、自分の彼女に同じ事した所ものっそい上機嫌になってくれた事で、こうして感謝の意を表しているのである。
 それはよかった、と丁寧に受け答えながら一は、そこで一つ気になって仕方が無い事を訊ねる。
「それで、アレは一体どういう事なのでしょうか」
 アレとは、建物の影に潜もうとして失敗し滅茶苦茶目立つ金髪が丸見えになりながらこちらを覗き込んでいるアレの事だ。
 幽遠は一切躊躇せず言い放つ。
「アレが変なのは今に始まった事じゃねーし、ほっときゃいいって」
 アレ、こと雲切は、その時深い苦悩の中にあった。
『一さんは、想いをまっすぐに告げて下さいました。それがどれだけ勇気の居る事か、今の私にはわかりすぎる程わかります。なのにっ! なのいいいいいい! わたくしから一さんには! 伝えるべき事を何一つ伝えていないではありませんか!』
 といった事に、つい昨日気付いたのである。雲切さんは。
『そんな不公平な話はいけません! いけませんったらいけません! ……いけないのですが……』
 へなへなとその場に座り込む雲切。
『それはつまり、わたくしから、その、一さんに……うにゃうにゃというか、……無理ですわああああああああ! 声かけるだけでも緊張しますのに! そんな、そういう事、わたくしが、その、一さんを…………むうううううりいいいいいでえええええすううううわああああああ!』
 その場でごろごろとのた打ち回り始める。幽遠の目が汚物を見るそれに変わり、流石の一も苦笑い。
『無理、そう無理なのです……ああ、無理なのであれば、わたくしは、やらなければならなくなりました……』
 ここで崩れて折れずに、何故か無理だと認めた瞬間、本当に無理かどうかを確かめねばならない、と突貫思考に切り替わるのが雲切というアホ、もとい馬鹿、もといシノビなのである。
『天よ! わたくしに一欠けらのゆうきをっ!』
 じべたに寝転がったままえびぞりに仰け反りぷるぷる震えだす。幽遠は目を瞑って首を横に振る。今日は特にヒドイから見ない方がいいと別所に連れて行こうとするも、一は、いえ、と丁重にそれを断る。
 子供の頃からの付き合いである幽遠に見えず、一に見える何かがあったのだろうか。
 何をするつもりか全くわからぬ様子で歩み寄ってくる雲切の前に、一は極力何時も通りであろうと物静かな様子で立つ。
「は、はっ、はっ、はっ、はじめさん!」
「はい」
 雲切は、その言葉に全身全霊を込める。

「わたくしはっ! はじめさんの事を! お慕い申し上げておりますわ!」