|
■オープニング本文 フーマこと風魔弾正が案内した道筋は、それこそフーマやアレシュ程身体能力の高い者でもなくば突破出来ぬ険しい山道であったが、その分発見の危険は落ちる。 どうにかこうにかギルドによる包囲を突破した二人は、アシッド達が待っているという場所に向かう。 その途上、道がなだらかになった辺りでフーマが口を開いた。 「アレシュ。騎士団再編の目処は立ちそうか?」 「どうだろうな。考えてはいるんだが……流石にこれまでと同じ規模でというのは難しいだろう。当分の間は練度も装備も、これまでとは比べ物にならぬ劣悪な環境を強いられるだろう」 口調は何時も通りのそれに思える。 「思ったより冷静だな。取り乱して暴れるようなら見捨ててやろうと思っていたのだが」 「お前も平常営業のようで何よりだよ。フーマ、改めて頼む。この後も俺達に力を貸してくれないか」 そう問われたフーマは、少し、そうほんの少しだけ、寂しそうに笑った。 「……アレシュ。私の出自の話だ。大して面白い話でもないが、まあ聞け」 「ん? ああ、聞こうか」 「私はな、天儀の陰殻という国の、王になろうとしたんだ……」 王たらんと決起し破れ、なのに何故か命を拾い、どうしていいかわからぬままにアヤカシとの戦に身を投じ、流れ流れてジルベリアへ。 流石のアレシュも感想に困る内容である。しかしアレシュは何時もの様につっこんだりはせず、ただじっと、話を聞き続ける。 「政から離れ、公人としての私から離れた時、みっともない話なんだが、私は自分がどういう人間なのかまるでわからなくなっていた。私の選択決断の全ては、陰殻重鎮たる卍衆としてのものであり、その立場から離れた時、私は何をもって判断の基準としていいかがわからなくなった」 自嘲するフーマ。 「そも、王位を狙った事すら陰殻の掟に従ったまで。王が王たる力を近い内に失うと知ったからこそ、残った者の中で最も優れた私が立っただけの話。そこに私の意志なぞ介在する余地は無い。全ての判断は、陰殻の為という基準から見れば即座に答えが出るものばかりだった」 アレシュは何かを感じ取っているようで、その表情は険しい。 「陰殻から抜け、さてどうするかとなった時、王位を狙う戦の最中に知り合った連中の事を思い出した。当時の私の基準からすれば強いはずがないのにやたらめったら強い意味のわからぬ奴等、といった所だ。奴等は本当に強かった」 二人は既に足を止めている。 「奴等の真似をしてみればその強さの理由がわかるかもしれん、なんてものが最初の理由だ。私はあいつ等のように、自分の思うように生きてみる事にしたんだ」 立ち木に寄りかかりながら含み笑うフーマ。 「いやはや、それからは毎日が新鮮でな。昔と同じ事をするのでも苦労も面倒も遥かに多い。だが、これがそう悪い気分ではないのだ。この世にわがまま勝手に生きる者が多い理由が良くわかった。自らの心のままに生きていると、日々が爽快で愉快で痛快なものとなるのだ。コレを目的に生きるのも悪く無いと思える程にな」 フーマはアレシュの正面に、少し距離を開けた位置に立ち正対する。 「私が真似た連中の名を開拓者という。今の私は開拓者ギルドより依頼を受け、紅茨騎士団への潜入任務を請け負った身だ」 アレシュは、特に驚いた風もなく問い返す。 「……何故、今になってそれを俺に話す?」 フーマは笑いながら刀を抜いた。 「お前相手には、そうした方が良いと思っただけだ。さあ抜けアレシュ。今日は私も万全だからな、あの時のようにはいかんぞ」 アレシュは抜かず。険しい表情のままフーマを睨む。 「仲間が居るでなし。一人で俺を狙うなら好機は何度もあったはずだ。俺にはお前の意図がまるでわからん」 「そうややこしく考えるな。アシッドとはやった。次はお前とサシでやりたい。それだけだ。そもそもギルドの依頼を受けたのも、貴様のような凄腕と張り合う機会があろうと期待しての事だしな。なあアレシュ、言っても信じんかもしれんが、私はここでの仕事、それほど嫌ではなかったんだぞ。ははっ、大した責任があるでもなく、命令に従いつつ文句を垂れながら仕事をするのは、実に気楽で楽しいものだ」 フーマの表情は何処までも晴れやかで、裏切りだの寝返りだのといった陰湿さの欠片も見られない。 大仰に溜息をつくアレシュ。 「おいフーマ。お前好き勝手に生きるのはここ最近の話だという事だな」 「ああ、そうだ」 「ふざけんな、お前の身勝手さはそりゃもう相当年季が入ってみえたぞ。お前が適当言ってるか、さもなきゃよっぽどソイツが性に合ってるかだろうな」 アレシュも遂に剣を抜き、二人は誰も知らぬ森の中で、戦いを始めた。 山小屋の中で、アシッドはアレシュとフーマを待つ。 フーマがアシッド達を見つけ、魔術師を手配してくれたおかげでアレシュと共にあったジミーに治療を施す事が出来た。 熱にうなされるジミー。片足は、既に腐っていて切り落とした後。他にも山程の傷を抱え、魔術師曰く、本来ならとっくに死んでるのだが、それでも生きているのなら後は体力次第、だそうだ。 「おい、おいアシッド……聞こえる、か?」 熱のせいか、ジミーの口調が昔の、まだ互いの立場の違いも知らない若造だった頃のものに戻っている。 「ああ、もちろんだ」 「お前、この間のケンカの事。フーマには、きちんと謝ったのか? アイツ、は、これから先、お前や、アレシュ様を、支えてくれる大事な……」 「ん? ジミーはフーマの事嫌いじゃなかったか?」 「なんだ、バレてたか。当たり前だろう。俺は、王の力なぞなくてもお前に並んでみせると、そう誓って精進を重ねて来たんだ。それがぽっと出の奴に先を越されて心穏やかでいられるものか。アレは、全力のお前を相手にケンカしてみせるあの役目は、俺が、そうしたかったんだ」 「そう、か……」 「お前、ずっと王の力で強いって事気にしてたしな。まあ、いいさ、俺が終わる前にフーマが間に合ってくれた。後は、アイツに、まかせ……」 ジミーの手から力が抜け落ち、そして、アシッドは幼い頃よりずっと共にあった友を失った。 アシッドが潜伏する山小屋の位置は、ミザリーの力によって特定されている。 後はアシッドを殲滅するに足る戦力を揃えるだけだが、これが一番の問題で。広範囲を一撃で吹っ飛ばすアシッドの相手を、並の兵士にさせたら損害がとんでもない事になる。 結局、腕の立つ精鋭のみでの作戦が一番被害が少ない、となるわけで。 ちなみにミザリーは所謂精鋭の一人足りえるが、何処で誰が見てるかもわからないので、彼女の参戦は固く禁じられている。 アシッドの位置が特定された後は、犬神組がさっさと天儀へ連れていく段取りだ。既に、皆後始末に入っているのだ。 まだ戦える、勝てると思っているのは、ほんの僅かな者達だけであった。 |
■参加者一覧
羅喉丸(ia0347)
22歳・男・泰
叢雲・暁(ia5363)
16歳・女・シ
狐火(ib0233)
22歳・男・シ
リンスガルト・ギーベリ(ib5184)
10歳・女・泰
笹倉 靖(ib6125)
23歳・男・巫
椿鬼 蜜鈴(ib6311)
21歳・女・魔
樊 瑞希(ic1369)
23歳・女・陰
病葉 雅樂(ic1370)
23歳・女・陰 |
■リプレイ本文 開拓者達がその山小屋に近づくと、扉が開き中から一人の男、アシッドが出てきた。 「やっぱミザリーの奴、完全にモノにしたか。そこのピンクの色っぽいねーちゃん、アンタだろ手懐けたの。一体どうやったってんだよ」 ご指名を受けた椿鬼 蜜鈴(ib6311)は、声をかけられた事に少し驚いた後、肩をすくめる。 「わらわは何もしておらぬ。ギルドに預けるとは、そういう事なのであろう」 「はっ、ギルドってな俺が考えてる以上に大した所みたいだな」 叢雲・暁(ia5363)はアシッドを指差し言い放つ。 「真祖様は始末したし迷惑千万極まりない人材派遣の人もアボーンした。残ってるのは貴様だけだな〜〜」 一瞬、表情を硬くするアシッド。 「ついでにいうと俺の親友も、アンタの剣が元でついさっき逝ったよ」 「そいつは重畳。……ってあの地味な男、死んだのか?」 「ああ。お前等、なーんもかんも持っていっちまいやがったなぁ。正直、悔しいなんてもんじゃなくってよ。お前等からも、幾つか奪って行かせてもらうぜ」 羅喉丸(ia0347)はアシッドの言葉ではなく目を見て判断する。アシッドはまだまるで諦めていないと。 「そうか、ならば武と意地を持って己の道を示そう」 樊 瑞希(ic1369)と病葉 雅樂(ic1370)の二人が張った白の壁は、張った側から一撃で粉砕されていく。 最早風なんて生易しいものではなく、大気の拳とでもいうべきか。 だが、威力が上がった分回避の余地が生じ、それは今回の前衛メンツには極めて有利に働く。 羅喉丸とリンスガルト・ギーベリ(ib5184)が、見えぬ風をすら見切って走る。その速さに風の拳は二人を捉える事が出来ない。 二人は同時に接敵、二対一の格闘戦に雪崩れ込む。 羅喉丸もリンスガルトも剣を用いているが、両者の動きは剣士ではなく拳士のそれであり、アシッドの戦い方とひどく噛み合ってしまう。 ハタから見れば約束組み手でもしているかのように、どちらも命中打を与える事が出来ない。或いは受け、流し、かわし、嵐のような乱打戦でありながら、三者共に全ての拳撃を見落とす事なく正確に、精妙に対処していく。 十手程合わせた所で、アシッドは苦々しい顔で離脱を図る。もちろん後退などではなく、上昇する事でだ。 その挙動自体が隙となる。 狐火(ib0233)と暁が同時に左右から、飛び上がるアシッドへと鎖を放った。 正確には先端部を鎖にして錘とし、残りは荒縄で作られたもの、である。 これがまきつくと、アシッドは空での体勢を大きく崩し、大地へ落下してくる。そこに、ダメ押しとばかりに羅喉丸も鎖を投げつけ捕縛せんと狙う。 「ああ、それは無理よ。この鎖って私用のだし」 狐火がミザリーに、その力を封じる鎖をアシッドにも用いたいから貸してくれと頼んだ所、彼女からはそんな返答がかえってきた。 瑞希はふむと、鎖を手に取りしげしげと見つめる。 「なるほど、氷術に特化してあるか」 「そういう事。アシッドのは風の力だし、全く効果が無い訳じゃないけど、あんまり意味無いんじゃないかな」 ならば、と瑞希はミザリーに顔を向ける。 「術式を変えたらどうだ?」 狐火はミザリーの驚き呆気に取られた顔を見て言った。 「では、それで」 鎖がまきつく事で飛行の力が失われたアシッドはその鎖の由来を知っているのか、呆れたような感心したような顔になる。 「お前等って他所の技術を利用するに躊躇いってもんが無いよな」 実際は術式を変えるのにギルドが多大な金銭と技術を用いているのだが、その辺は開拓者には関係の無い話である。 鎖自体に張り付くような処置が施されているが、引っ張れば外れるし、ほどくこともそう難しくは無い。ただ、当然それは大きすぎる隙となろう。 アシッドは即座に覚悟を決める。それは構えにも顕れており、魔術ではなく拳術で全てを迎え撃たんと、深く重心を落とす。 荒縄を引く事で体勢を崩しにかかる開拓者達であったが、アシッドが気合いの声と共に震脚を行うと、鎖を残し荒縄部は千切れてしまった。 リンスガルトが低い姿勢からの斬撃を見舞うと、アシッドは敢えてこれを避けず、自ら当たりに行き打点をずらす事で威力を減じさせ、刃を引き斬る前に発勁にて剣ごとリンスガルトを弾き飛ばす。 また羅喉丸の盾をかざした突進にも、掌打にて盾ごと突き飛ばし容易に近寄らせない。 蜜鈴の氷の槍は定期的にアシッドを襲い、近接が暴れ術士が壁を作っているせいでアシッドはこれへの対処法を持たぬが、これのみでアシッドを削りきるのは難しかろう。 鎖による飛行封じを通した狐火は、以後も目立たぬようにしつつ番天印による加撃を繰り返す。 暁は正面にこそ回らぬものの、出入りの鋭さを活かし嫌がらせのような近接攻撃を続ける。 笹倉 靖(ib6125)は、魔術こそがアシッドの真髄だと思っていたのだが、これを封じられたと見るやあっさりと戦い方を変える彼に、賞賛にも似た驚きを覚える。 武術は専門ではないが、体術には自信のある靖だ。アシッドの動きがどのようなものかぐらいはわかる。 泰拳士としての技量は、羅喉丸やリンスガルトに劣る。ただ地力が人類の域を大きく越えて高い為に二人を押し返すような真似が出来ているのだ。 正直に言ってしまえば、武術の才はあまり無いのだろうとも思える。それでも、技の一つ一つが羅喉丸やリンスガルトの卓越したそれと見比べても泰拳士の技にしっかりと見えてくれるのは、かなりの量の修練を積んで来たおかげであろう。動きのキレは、地力ではなく訓練にて生じるものだ。 そしてその技が、今こうして窮地に陥ったはずのアシッドを救い、逆に仲間達への痛撃を生んでいるのだから、靖は感心しつつも複雑な思いである。 これで本日何度目になるかわからない閃癒を飛ばす。 前衛二人はもちろん、凄まじい出入りの暁にも、手の届く範囲に入った対象はほぼ全て攻撃をもらってしまっている。 それでも、鎖の効果か全く術を使ってこないのだから、このまま押し切れる。そんな予想を、アシッドは魔術の才で打ち砕く。 「ようやく、解析出来たぜ」 アシッドが鎖を巻きつけたまま詠唱を唱えると、それまでヒルのようにアシッドに張り付いていた鎖が、逆に弾かれるようにその身から離れる。 蜜鈴はその理由を察する。戦闘中のこの短い時間で、ギルドがそうしたようにアシッドも鎖を解析し、術式を変えたのだ。 投擲で縄を再度撒きつける? 無理だ。相手は木石ではないのだから。 しかるに狐火は、縄の片方を木に縛りつけ、もう一方を手に走る。投げる? 否。狐火はこの時戦闘開始から始めてアシッドへの近接を果たす。 当然飛んで来る迎撃の蹴り。次の瞬間、狐火はアシッドの反対側へと抜けており、危険域には一秒足りとも長居はしない。 アシッドが軸足にまきついた荒縄に気付いたのは、狐火が安全域へと抜けた後。アシッドは再び震脚にて縄を千切りにかかるも、こちらの縄は羅喉丸が用意した鋼線入りのもの、さしものアシッドでもそう容易くは千切れない。 靖は蜜鈴と雅樂に舞を送る。 この舞を行うという事には今こそ攻撃の時、といった勇ましい意図があるが、舞自体はといえば正反対の穏やかでなだらかなもの。 普段の何処かふざけた雰囲気を残す靖らしさが抜け、静謐で、神秘をすら帯びた純なるものだ。 この術で力を増した蜜鈴の氷術が、雅樂の呪声が、アシッドに打ち込まれる。 近接組もこの機を逃せば空に飛ばれると必死に接近するが、アシッドの必殺術ウィンドキャノンが早い。 「まとめて消し飛べ!」 近接組どころか後衛組まで一緒に吹き飛ばす超広範囲魔術。逃れる術なぞありはすまい。 しかし、だがしかし、たった一人だけ、避け得ぬを避けきった異常者が居た。 リンスガルト・ギーベリ。避け得ぬ魔術をすら避ける術を持つ、恐らくはジルベリア唯一の者。 飛翔せんとするアシッドに掴みかかり、片腕を取り、足を内股にかけ、肘をアシッドの首に押し付けた姿勢で押し倒しにかかる。 肘のみ辛うじて外すアシッド。しかし、仰向けに倒れたアシッドに馬乗りになったリンスガルトは、拳をアシッドの腹部に当て、まともに足もつかぬ姿勢でありながら奇跡の技にて発勁。さしものアシッドも苦痛に表情を歪める。 普通ならば、この体勢になった時点で決着だ。しかし倒れるアシッドは普通とは桁が違う。 倒れた姿勢のまま勢い良く仰け反る事で、ただそれだけの事で上に乗ったリンスガルトを大きく中空へと跳ね上げたのだ。アシッドの異常な筋力もさる事ながら、リンスガルトの体躯の小ささもこの偉業に影響していよう。 まだ吹き飛ばした連中が動き出すには余裕があるはず。その間に空へ、と思っていたアシッドの側頭部を、羅喉丸の目にも留まらぬ蹴りが打ち据えた。 そう、アシッド程の猛者ですら、目に留める事が出来ぬ速度でだ。 アシッドの周囲を常に渦巻いている風の守り、これも鎖開放と共に復活しているのだが、リンスガルトも羅喉丸も驚異的な体術にて姿勢を保ったまま風の守りをぶちぬいて痛撃を与えて来る。 そして今の羅喉丸は、地力においてもアシッドを完全に上回っている。 それまでが嘘の様に後ろ回し蹴りが、三連正拳が、背撃がぶち当る。 アシッドの反撃もひらりとかわし、更なる加撃を行う羅喉丸であったが、アシッドはよろめきながらも大きく上へと跳躍。そのまま飛行状態へと。 先の反撃は、鋼線入りの荒縄を叩き切っていた。 蜜鈴のそれほど大きくは無いが、澄んで通る声が。 「靖」 「はいはい」 靖の舞により蜜鈴の精神は一つ上のモノへと。 そして、上空に舞い上がり捉える事が極めて難しくなったアシッドに、蜜鈴は術を放つ。 「凝縮、発動、展開……彼の暴風を壊滅せよ、撃滅せよ、殲滅せよ。空覆う翼をへし折り、荒れ狂う嵐を晴らせ」 触れれば消える灰色を、無作為無造作にバラ撒く最悪の攻撃術、デリタ・バウ=ラングルがアシッドの全周囲を取り巻くように生じ、炸裂する。 アシッドも蜜鈴が魔術師である事は知っていたし、油断もしてはいなかったが、これほどの高位術が飛んで来るのは予想の外。そうさせる為に、蜜鈴は温存していたのだが。 「ふふ、術師なれば隠し球は最後迄とっておくべきであろ?」 アシッドは空中で血飛沫を吐きながら開拓者達を睨む。 「その、通りだよ!」 アシッドを中心に嵐が渦巻き始め、そして、暁が言った。 「残念無念また来週! ……だといい加減飽きたからここで死んどけ!」 夜をもってすら届かぬ位置であった。それが証拠に狐火は投擲武器にてこれを阻止せんとしている。 ただ、暁は連続使用出来ぬ夜を、補佐する術を持っていたのだ。 アシッドの眼前に突如表れた暁は、まだ充分に溜めを作れぬアシッドの喉を切り裂き、アシッドはそのまま大地に落下した。 思わず飛び出しそうになってしまったのは何故なのか、風魔弾正自身にも良くわかっていなかった。 しかし、その瞬間こちらに気付き目があったアシッドが必死に目で言っていた。来るなと。そして弾正が動きを止めると、アシッドは安心したような顔で落下していった。 靖は地に伏したアシッドに最後の夢を施してやる。 見えた景色は、靖がここに来る途上で見たもの。アレクトル領での穏やかな日常。公正な為政者、平等な法、厳格な官憲が生み出す、優れた統治だ。 そこでアシッドは、親友ジミーとケンカしたり、アレシュにライバル心を燃やしたり、フーマの口の悪さにキレてみたりと、何処にでも居る若者であった。 つまる所、と靖は理解する。 「アンタ、そこに居さえしなきゃその願い、適ってたって事じゃねえか」 反乱なぞ企てなくてもアレクトル領はジルベリア支配のもとで、アシッドの理想とする統治を完遂していたのだから。 靖がアシッドの最後を看取ると、後方から驚きの声が上がるのが聞こえた。 「弾正様!?」 振り返ると、風魔弾正が靖の元へと駆けてきていた。 「おい笹倉! お前その術は終りへの階だろう! 頼む、非礼を承知で頼む。アシッドが最後に何を見たか、私にも教えてはもらえないだろうか」 アシッドの夢には弾正の姿もあった。ならばきっと、それを知る資格は彼女にもあるのだろう。 靖が語って聞かせてやると、弾正は頬を歪めた顔で、アシッドの遺体を見下ろし言った。 「……本当に、馬鹿な奴だ、お前は……」 感慨にふける弾正に、靖はしばらく一人にでもしてやるのが情だと思ったのだが、そう出来ぬ事情もあったわけで。 ものっそい勢いで駆けてきた瑞希と雅樂は、弾正の全身ぼろっぼろに傷だらけの様を見て卒倒しかねない勢いで靖に治癒を頼んで来たのだ。 弾正が瑞希と雅樂に配慮してか、自ら靖に治療を頼んでくれたので心置きなく治療は出来るようになったが。 治療を受けながら、怪我の理由を問われた弾正はこれを説明する。 「紅茨騎士団団長アレシュとサシでやってな。首は取ったがこのザマだ。まだまだ、私も修行が足りんよ」 狐火が、わざとか本心からかわからぬまるでわからぬ様子で、じっと弾正を見る。弾正は苦笑する。 「そんな顔せんでも逃がしたりはしておらん。情が……移った点は否定せんがな」 そう言った後、弾正はちらと瑞希と雅樂を見るが、二人は特に驚いた様子は無い。 「何だ、案外冷静だな。自分で言うのもなんだが、今回の私の潜入任務、私が長だったら落第どころか処分ものだぞ。幾らなんでも敵に情を寄せすぎだ」 瑞希は淡々と告げる。 「陰殻を出てからの弾正様を、ずっと見てまいりましたので」 弾正は口をへの字に曲げる。 「……それで納得されるという事に、少々納得がいかんっ。その頃からそんなにヒドかったか私は?」 いえいえ、と勢い込んで雅樂が口を挟む。 「結局最後には単身で敵首魁を討ち取ったのです。正に風魔弾正ここにありといった戦果でしょうに」 「シノビには、もっと言うならシノビの頭には向かぬぞ、手柄を立てるような戦い方は」 雅樂は一切の迷い無く言い放つ。 「いえ、他ならぬ風魔弾正がそうするのならばよろしいのです! この大天才が太鼓判を押すのですから絶対ですぞ!」 治療が終わると、瑞希は目を伏せながら言う。 「……よくぞ、ご無事で」 そして雅樂が改めて弾正の前に立ち、言った。 「お帰りなさい、弾正様」 弾正は、そんな二人の言葉に大きく目を見開いた後、何故かそっぽを向いてしまった。 そしてわざとらしく咳払いをした後、立ち上がり、報告に行ってくるとその場を去ろうとする。 最後に、二人に言葉を残して。 「……私は、ジルベリアに腰をすえる事に決めた。お前達の望みからは外れるかもしれんが、もし良かったら、お前達二人も……」 |