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■オープニング本文 年老いた魔術師は、重ねた年輪がどのようものであったのかがとても良くわかるような、実に下卑た笑いを浮かべる。 「マクシム様が倒された時はどうなるかと思ったが、ロゴスの奴が消えてくれたのだから此度の騒ぎ、差し引きはゼロといった所か」 実年齢は先に発言した男とほぼ同年齢なのだが、妙に顔つきがてかてかしており、彼よりずっと年若く見える魔術師が応える。 「この数ヶ月、こちらは常以上の好き放題が出来たのだから、実質プラスであろうよ」 ロゴスがジルベリア中に起こした様々な事件や混乱に乗じ、彼等は彼等の欲望と欲求に従い行動していたのだ。 顔中に刻まれた皺が、それまでの苦労を顕しているようなローブを目深にかぶった魔術師が言う。 「とはいえ、これよりしばらくは大人しくしておかねばな」 彼等三人の魔術師は、ジルベリアにおける貴族の位を持ち、王立魔術機関でもそれなりの地位を得ている者達だが、彼等は同時にマクシムが、次いでロゴスが率いていた魔術師団の中核を担っていた。 貴族の位を持っていても、王立魔術機関に所属していても、人道や法を著しく外れる行為は行えない。これを何とかする為に、充分すぎる権力を持つ彼等三人はマクシムやらロゴスに力を貸していたのだ。 もちろん世事に長けた彼等の事、今回の騒ぎでも自分達にまで追捕の手が及ぶような事は無いよう十二分な備えをしており、後は、騒ぎの最中得た利益の計算でもするだけだ。 ジルベリア開拓者ギルド係員ディーは、部下達からの報告をまとめ、結論を出す。 「結局、ムディー男爵、アッバード子爵、ロミナス子爵の三名を追い詰める証拠は得られず、ですか」 部下達は彼等三人に目をつけていて、この騒ぎの最中尻尾を出すかと待ち構えて居たのだが、結局それらしき痕跡を見つける事は出来なかった。 紅茨騎士団に協力していた魔術士達。騎士団が長く活動を続けてこれたのも、またロゴスが最後にジルベリア中に混乱をもたらす事が出来たのも、彼等三人がまとめていた資金援助があってこそ。 そこまで掴んでおきながら、数多の政敵を屠ってきたジルベリア開拓者ギルドを持ってしてすら、ジルベリアの深部に住まう古老達を追い詰める事は出来ないのだ。 だが、ここからがジルベリア開拓者ギルドの一翼を率いるディーという男の真骨頂だ。 向こう十年の間にあの三人が存在する事によりジルベリアが被る損害を考え、もう一つ、ジルベリアの無辜の民が被るだろう損害を別に計算し、ディーの基準で精査した上で、彼はその決断を下す。 法を、越えようと。 そうと決まればディーの動きは速い。 依頼は暗殺。依頼する側にもされる側にも細心の注意を払わなければならないだろう。 バックアップを任せられる人員も限られてくるし、支援体制も何時ものそれと同じとはいくまい。 更に、開拓者達が失敗した際のフォローも行わなければならない。 そもそも絶対に失敗は許されぬのだが、万全を期しても必ず勝利するとは限らぬのが戦だ。 ディーはそれらを解決すべく、或いは成功率を上げるべく、一つ一つ丁寧に処置と配慮を行っていく。これを全て口に出しながら書類を渡す。 ディーの執務机の前に立ち、机の上に置かれたそれを手に取ったのは、単身、ディーの元に謝罪に来た詩であった。 「本来、あの三貴族はその気になれば公の騎士団をすら自らの護衛に用いる事が出来る立場で、それをやられては暗殺の余地もなくなります」 淡々と続けるディー。 「ですが今彼等は大人しくしていなければならないのですよ。下手な動きをしたならば、それは私達が彼等に介入する隙を与える事になります」 つまり、と続ける。詩はこんな饒舌なディーを始めて見る。 「彼等は、自らを守るに非合法な人材を用いるしかないのです。公に動けずとも戦力を用意出来るのは彼等の強みではありますが、公に出来ぬ戦力が相手ならば全て殺したとて何処からも文句なぞ出てきません」 こんな調子で、ディーは今回の暗殺計画の立案から実施を一つ一つ丁寧に説明する。 ディーは、詩がミザリーを連れて逃げた事も特に腹を立ててはいなかった。むしろ、自らの規範を持ち、上長の判断をすら超えて行動出来る意思と能力を、評価していた。現在ジルベリアにおいて彼以上に詩を評価している者はいないだろうという程に。 またディーは栄よりくれぐれも詩を頼むと言われていた手前、大した事も教えられぬまま国に帰す事になったのは都合がよろしくなく。 ディーなりの餞別、という事らしい。この暗殺計画の講習は。 確かに詩は貴重で稀有な経験をしているだろう。ジルベリア貴族ならば大金を積んででも聞きたい話である。まだ成人すらしていない少女にする話ではないのだろうが。 この辺り、ディーという男は少々世間ずれしてはいるのだろう。ただ、詩は詩で彼女も一人前のつもりであり、ディーの話が極めて貴重なものだという事も理解しているので、真剣に話を聞き、講義が終わると部屋を退室する。 控え室で詩を待っていたのは、犬神の里から来た、六と華玉である。詩は、六の前に立ち、へなへなと彼女に抱きつくようにへたりこんだ。 「あ〜〜う〜〜」 六は驚き詩に問う。 「どしたの? 何か嫌な事言われた?」 びきびきぃ、と擬音が聞こえる勢いで青筋立てる六に、詩は力なく首を横に振る。 「ううん、単なる自己嫌悪。選んだ事に後悔は無いけど、でも、もっと上手くやる事も出来たんじゃないかなって……こんな形で、ディーさんにも迷惑かけたのに、すっごく気にしてもらってて……」 六がよしよしと慰めるも、詩のどへこみは当分の間続きそうで。 実は密かにディーと詩との会話を盗み聞いていた華玉は、何とも言えぬ視線で詩を見やる。 『ジルベリアのギルドが黒いのか、あのディーってのが黒いのか……どっちにしても詩は出戻って正解ね。子供の教育に悪いなんてもんじゃないわココ』 詩にレクチャーするからという訳ではないが、暗殺自体はシンプルな作戦だ。 三人の貴族は今回の騎士団壊滅の結末に関し、三人での話し合いの場を持つだろう。そこを襲撃し、殺害する。 建物の包囲はギルドのバックアップメンバーが行うので、開拓者達は話し合いが行われている建物を強襲し、邪魔する全ての障害を排除しつつ、標的を仕留める。 連中得意の小細工は、圧倒的かつ問答無用の武にて粉砕する。 襲撃を受けたと聞いて、事態を真っ先に把握したのはムディー男爵であった。 真っ青な顔で、常ならば幾重にも用意してある自らを守る盾が、今はたった一枚、表にも出られぬ者達のみしか残っておらぬ事に、気がついてしまったのだ。 「ば、馬鹿な……このような暴挙、許されるはずが……」 残る二人は、殺しが眼前で見られると喜んでいる度し難い愚か者であった。 ムディー男爵は、戦況次第で即座に逃げ出せるよう、準備を始めるのだった。 |
■参加者一覧
シュラハトリア・M(ia0352)
10歳・女・陰
叢雲・暁(ia5363)
16歳・女・シ
野乃原・那美(ia5377)
15歳・女・シ
リューリャ・ドラッケン(ia8037)
22歳・男・騎
朱華(ib1944)
19歳・男・志
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔
ヴァルトルーデ・レント(ib9488)
18歳・女・騎
ナツキ(ic0988)
17歳・男・騎 |
■リプレイ本文 屋敷の周囲を固めた状態にまで持っていくと、流石に中の連中も異常に気付くようで。 開拓者達の突入に対し、敵は驚く程スムーズに対応して来る。 足が速く身が軽い叢雲・暁(ia5363)、野乃原・那美(ia5377)の二人が一気にロビーを駆け抜けんとすると、敵も相応しい相手がそれぞれの側面に回り込む。 ナツキ(ic0988)の前に立つは、屋内用とはとても思えぬ長大な槍を構えた男。 両手剣を振り降ろす敵に、朱華(ib1944)は踏み込みを止められ数歩の後退を余儀なくされる。 我先に突っ込む面々がまずこうしてぶつかり乱戦になる。双方、あつらえたかのように人数は揃っているので、どちらもが後方に回り込む事は出来ず。 ヴァルトルーデ・レント(ib9488)は、ロビーの別室から飛び出して来た敵騎士を防ぐ。ヴァルトルーデの後ろにはシュラハトリア・M(ia0352)がおり、これを守る形だ。 と、ヴァルトルーデの全身が炎に包まれる。後方よりの魔術攻撃だ。シュラハトリアは張り合って敵騎士を削りたくなるのを我慢しつつ、泥濘を作り出しこれを敵騎士にまとわりつかせる。 リューリャ・ドラッケン(ia8037)とその男の目が合ったのは必然と言えよう。 両者共、敵の対応を俯瞰的な視点から確認しようと動いていたのだから。 ロビー二階部に居た彼に向け、リューリャの銃が火を噴いた。 小走りに駆けるリィムナ・ピサレット(ib5201)の体がブレて見える。 高速で震動しているような不可思議な状態は更に進み、遂には二人のリィムナへと。 いずれかが幻覚か。 右リィムナに魔術攻撃が襲い掛かる。右リィムナは両腕で顔を庇うようにしながら走り続ける。着弾。火球の術の爆風が右リィムナを包み込むが、魔術は大して効果を発揮したようにも見えない。 抵抗力があるこちらこそが本物か、と残る二人の魔術師が右リィムナへと狙いを定める。 しかし、左リィムナは右リィムナが魔術を受けている間に詠唱を終えており、幻覚かと思われたこちらが強力無比な攻撃術を行使してきた。 三人いる魔術師の一人が絶叫と共にその場に倒れ、苦痛に満ちた表情でのたうち回る。 「二人に分かれる術だと!?」 リィムナはにっこりと微笑む。 右リィムナも、左リィムナも。 右2リィムナも、左2リィムナも、更にもう一人居る五人目のリィムナも。 叫んだ魔術師はあまりの出来事に思考停止し、大口を開いたままその場に立ち尽くす。 五人のリィムナはそれぞれに与えられた役割を果たしながら、そのついで程度の気安さで陰陽術の秘奥、黄泉より這い出る者をそれぞれが撃ちだした。 ぎりっぎり、魔術師の一人で一番冷静であった男は眼前に鉄壁を立てるのが間に合う。残る大口開けた男と、痛みにのたうちまわる男は不可視の何ものかに捻り千切られた。 三人の護衛についていた戦士も辛うじて鉄壁の後ろに逃げ込めた。 壁の奥がどうなっているかは見えない。護衛の戦士と魔術師の二人は身を翻して逃げようとするも、背後から耳障りな軋み音が聞こえてきて思わず足を止める。 通路を丸々塞ぐように張られた鉄壁が、徐々に、徐々に、ひしゃげ歪んでいく。 戦士は、すぐ様振り返って廊下を走る。 魔術師はそれでは間に合わぬとすぐ側の部屋に駆け込む。 結局、どちらも間に合わなかったのだが。 リューリャの手持ちは銃であり、敵は遠距離攻撃手段を持たぬのだから距離はリューリャの味方となろう。 ロビー二階部から飛び降りリューリャを追うシノビに、リューリャは距離を保ったままで銃撃を続ける。 流石に身は軽い。シノビは銃を恐れず突っ込んで行くが、リューリャもまた冷静さを失わず。 ロビー中央天井を狙い撃つと、一発で吊ってあったシャンデリアが落下してくる。 盛大な落下音と飛び散るガラス片で隠れながら廊下に駆け込む。 追ってくるか若干の不安はあったものの、シノビは迷う事なく廊下に飛び込んで来た。待ち構えていたリューリャの銃撃は、素早いステップインにより回避。 次の瞬間、開いていた距離が一瞬で詰まり、シノビの刃がリューリャを捉えていた。 急所は外れた。しかし、続く二撃目は死を覚悟せねばならぬ位置を狙っている。 リューリャは咄嗟に、真横にあった高そうな壷を撃つ。爆ぜる壷をブラインドに、刀を潜ってシノビの後方へ。 走り抜けてから振り返りシノビの姿を視認しようとして出来ず。真横に飛ぶリューリャであったがかわしきれず、腕に深い切り傷を受ける。 苦痛からか銃を取り落とすリューリャ、ここぞと攻撃を仕掛けるシノビ。 床を強く蹴り出す音。これはリューリャが逆手に隠し持った砕けた壷の破片を、刃にして突き出した音だ。 再び姿がかき消えるシノビ。夜の術は防御にも用いる事が出来、使えば即座に反撃に転じる事が出来る。 しかしリューリャも、いいかげんシノビの移動位置を読めるようになっていた。 振るわれる刃に対し、足に仕込んだ刃でカウンターを返す。シノビの首前から勢い良く血が噴出す。 シノビは信じられぬといった顔のまま、倒れ伏した。 ナツキの目に映る敵ランスの姿、いやさその槍は、本来のそれより遥かに長く感じられた。 ナツキの持つ大剣も間合いという意味ではかなりの広さを持つのだが、ランスの絶妙な出入りによりその体までの距離が果てしなく遠く思える。 突き出された槍の威圧で、前へと出られない。それでも、出ないと勝てないと前へ。 強烈な槍撃。踏ん張り堪えて更に前へ。大剣でつき立った槍を弾きながら前へと進むと、槍を棍のように振り回しながらランスはナツキを打ち据える。これもまた、気合いで堪える。 一歩を踏み出しながらのナツキの突き。より後に動いたはずなのに、ランスが槍を引き突き出す方が早い。 ランスの槍先がナツキを刺し、ランスはナツキの体を支えに槍で押し出すようにして自らの体を後ろに下がらせる。ナツキの大剣は空を切った。 心がマイナスに揺れそうになる己を叱咤し、冷静に敵の強みを考える。これまでの動き全てを思い出し、そして、反射速度ではなく先読みで動いている事に気付く。 先読み、というかこちらをコントロールしているフシも見受けられる。ならば、裏をかければ抜ける理屈だ。 ランスの突きに対し、ナツキは誘われるように愚直に前へ。二度の突きを流し踏み込むと、再びランスはナツキの体を槍先で押すようにしながら距離を離しにかかる。 これを、ナツキは何と大剣から手を離し、槍を掴んでやったのだ。 そのまま槍を全力で引き寄せてやるとランスはつんのめって前へ。ナツキは足の甲で大剣を蹴り上げ再びこれを手にして即座に振るう。 そこで一撃必殺ではなく、動きの要である足を削り取ったのも良い判断だ。その後、ランスは本来の動きが出来ぬままに押し切られるのだった。 那美とランナーの戦いは、広いロビーでは埒が明かぬとランナーが通路に誘い、那美が嬉々としてこれに乗る。 壁も天井も関係なく全てを足場と出来る二人の戦いは、空間に余裕さえあればそこをエスケープゾーンとして活用出来てしまう。 故にロビーでは広すぎてお互い踏み込みきれなかったのだが、通路の狭さはこれを許さない。 駆けるランナーは右側の壁を昇り、追う那美は左側の壁を。 その状態でも互いの剣は届く。那美の剣を首を伏せてかわしたランナーは、かわしざまに突きを放つも那美は壁をゆるりと走る事でこれを外す。 ランナーはそのまま壁を駆け上り天井より吊り下げられた照明を足場に急転換、那美は逆に床に向かって駆け下りていきつつ、大きく跳躍しながらの一閃。 ランナーの剣が辛うじてこれを受ける。一瞬、二人は空中で制止しお互いの顔が付く程に接近する。 にやりと笑いランナーは言った。 「人真似が、何時までも通用すると思うなよ」 両者弾け飛ぶ。 着地した瞬間、ランナーはこれまでより更にギアを上げてきた。流石にこの戦い方では一日の長がランナーにあろう。 凄まじい速度で周囲を駆けるランナーに、那美は小さく嘆息しつつ答えた。 「じゃあ、残念だけど……そろそろ終わりにしようか♪」 山程の陽動を交えながら、ランナーの剣が那美へと迫る。 那美は静かにその場に佇み、その瞬間、交錯の一瞬に備え、そしてたった一度の交錯で、全てを決した。 「あはっ♪ どんなに動き回っていても、斬りつける瞬間だけは僕に近づかないといけないのが、その戦い方の難点だよね♪」 深手を負い倒れたランナーに、ゆっくりと歩み寄った那美は、彼を見下ろし言った。 「それじゃ、さ・よ・な・ら♪」 突破にかかったアイアンウォールは、その名の通り鉄の壁だ。 決して温くはないシュラハトリアの攻撃術にもまるで怯まず前進してくる。 ヴァルトルーデはこれの突進を食い止めるべく前に立ちはだかるが、敵騎士の恵まれた体躯で強引に押しにかかられると受けるも防ぐも難しくなる。 シュラハトリアもこれを何とかしようと装備を腐らせる術を用いて援護に徹するが、敵騎士の前進圧力が衰えたようにはまるで見えない。 逆に、敵魔術師の攻撃にヴァルトルーデの方が崩れかける始末。 敵騎士の強打を浴び、ヴァルトルーデの膝が落ちる。勢い込んで前へと出る騎士。 しかしその膝は落ちたものではなく落としたもので、しゃがみこんだ姿勢から伸び上がるようにしてヴァルトルーデは長大な鎌を振るう。 その大振りは大振り故容易くかわせるものではあったものの、始めて、頑強な敵騎士に死を意識させる程の強烈な一撃であった。 額を伝う血の一筋を、拭う事もなくヴァルトルーデは騎士を睨みながら、内心で僅かに苦笑する。 受ける、守るは騎士の本分なれど、ヴァルトルーデの本質ではなかった、と。 再びの一撃もまた、守る為の斬撃ではなく、ただただ殺す為の一撃。騎士はこれを受け止めるも、鎌の奇妙な形状のせいで完全に防ぎきる事は出来ず。 そこに、嵩にかかるようにヴァルトルーデの殺意に満ちた連撃が襲い掛かる。 そしてヴァルトルーデの動きの変化に、後ろのシュラハトリアもあはっと声に出して笑う。 シュラハトリアもまた、仲間の為に用いるではなく、瘴気そのものに対してすら執着を持つようなアヤカシ術への恋慕こそが力の源だ。 詠唱により生じた瘴気に、ゆっくりと手を伸ばし愛おしげになでる事で瘴気に形を与えていく。 それは優美で流麗な白い狐の姿。 最後にその瞳に口を付けると、狐は闇の生命を吹き込まれ、白い輝きを全身より放ち自らの生を世界に向けて主張する。 じゃ、行ってらっしゃい、と送り出すシュラハトリアの声に押し出され、白狐は空を駆け騎士へと飛び掛る。 迎撃に振るわれた騎士の刃は虚空を裂き、白狐は彼もまた主と同じように愛おしげに騎士を甘噛みし、主の望みがそうであるかのように騎士との同化を計る。 アヤカシと人とのまぐわいなどという、おぞましい以外の何者でもない光景に、まるで動じぬヴァルトルーデがここぞと騎士の急所を一撃で刺し貫く。 そんなヴァルトルーデのあり方が、こんなありさまを作り上げるシュラハトリアが信じられず、敵魔術師が叫ぶ。 「キ、キサマ等本当に人間か!?」 死をもたらす刃となったヴァルトルーデは、ただ刃であるのみでそこに恐怖や躊躇といったものはない。 敵を狙い、その動きが止まったのなら殺すのみだ。そこに一切のブレは存在しない。 そしてシュラハトリアはといえば、そも彼女のような強烈な執着を見せる者が、人間以外にそうそうあるものかと。 そんな二人のあり方をわざわざコイツに教えてやる義理も、当然二人には無いわけで。壁の失われた魔術師はあっという間にくびり殺される。 それが終わるとヴァルトルーデとシュラハトリアは、互いを見下ろし見上げ、何ともいえない顔をした後、ヴァルトルーデが優しくシュラハトリアの頭を撫でてやり、シュラハトリアはくすぐったそうに小さく身を竦めるのであった。 暁は間合いのコントロールで敵の出方を探る。 臆病とすら取られかねないギリギリの出入りを繰り返すのは、敵の攻撃をかわすのを容易にするもこちらも深い攻撃は仕掛けられない。 敵シノビは歯痒いそんな暁の動きにも苛立った様子は無い。 陽動は意味が無いとわかった暁は踏み込み位置をより深くへ。互いの刃が互いをかすめるようになってくると、両者共に余裕が失われていく。 靡く髪の端が刃に断たれ、衣服に薄く裂け目が残り、そして、互いに命中をすらし始めても、どちらも切り札は切らない。 まず動いたのはシノビ。放った手裏剣が三つに分かれる。二つはかわすも一つが暁の足を捉える。 シノビは一気に手裏剣により攻勢を強める。追い込み、追い詰め、そして最後の一瞬に放たれた手裏剣。これを、夜の魔術にてかわし、シノビの懐にまで飛び込む暁。 夜は始めて見せる技だ。にも関わらず、シノビは即座に対応してきた。いや、対応どころか一発目から裏を取って来たのだ。 視界の外にいるはずの暁の急所へ、吸い寄せられるように刃が伸びる。 夜の連続使用は出来ない。そんな弱点を知り尽くした上での一撃であったが、暁はそこから更に時を越える。 空を切る刃にシノビが驚く暇すらない。再び正面へと回り込んだ暁が刃をシノビの腹部に伸ばしたところで、ようやくシノビは暁を知覚する。 シノビも知らぬ新たな夜が如何なるものかの答え合せをしてやる程親切でもない暁は、すぐに彼の首を飛ばし決着をつけるのであった。 朱華が下からスラッシュの大剣を潜った事で大きな隙を見出したのだが、振り切ったはずの大剣が凄まじい速度で返って来る。 逆刃の刀でこれを受ける。刃部でない峰が当る形だが、刃が欠ける事を考えなくていい分受け流すには逆にこちらの方が都合が良い。 逆刃には逆刃なりの使い道があるものなのだ。 逆手の刀、これもまた逸品であるが、を下段に伸ばす朱華であったが、敵剣士はその場で跳躍。しながら同時に斬撃二つをかましてくるのだから恐れ入る。 これに対しては刀を用いず上体の移動のみで双方をかわす。同時に逆刃刀を振り上げる。剣士の受けは間に合う、そう振るったのだから当然だ。 空中で受けさせられては、剣士も体を支える事は出来ず、直後、逆手の刀が反応すら出来ぬだろう速度で一閃し、剣士は倒れた。 「アンタの剣、しかと見せてもらった…良い太刀筋だ…。勉強になった」 敵を倒しても朱華の足は止まらない。 屋内の探索を行い、そして、隠し部屋を発見しその中に潜む魔術師を斬る。 後でわかった事だが、この魔術師、影武者を連れて来ていたようで。 「まあ、悪いやつは大体悪知恵が働くもんだよな」 ともかく、これで全ての標的の殺害に成功したのであった。 |