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■オープニング本文 命からがら逃げ出したロゴスが、ようやく生きながらえたと安堵出来たのは、カリスト博士の居室にまで逃げ切ってからだ。 カリスト博士は戻って来たロゴスに何も言わず、黙々と自分の研究を進める。ロゴスもロゴスで部屋の床に寝転んだまま荒い息が整うをの待っている。 しばしそうした後で、ようやくロゴスが口を開いた。 「完全に追い詰められたわ。何だありゃ、開拓者ってな人外の巣窟か?」 「どうせ無茶でもしたのじゃろ」 「いやいやいやいや、聞いて笑え。たった二人に、完膚なきまでに負けたわ」 カリスト博士はロゴスの顔を覗きこむと、眉根を潜める。 「……本当、のようじゃの。エライのに出くわしたの」 「或いは、今までの俺が井の中の蛙だったのかもな……なあ博士、このまんまじゃ俺ぁ絶対勝てねえわ」 言下の意味を汲み取る博士。 「ふむ……覚悟があるというのなら、もう一体使ってみるか? 幸い、確保してあるのが……」 ロゴスは頭を振る。 「駄目だ。中級アヤカシ程度じゃ多分、届かねえ」 少し不機嫌そうに博士。 「その中級だの上級だのというくくりはあまり好きではないのじゃがな。土台アヤカシをたった三つでくくろうとするのが間違っておるわ」 「わかりやすさ優先って事さ。なあ博士、次は上級アヤカシを吸収したいと思ってるんだが、どうだい?」 博士はそっぽを向いて研究機材を手に取る。 「馬鹿を言え、上級アヤカシなぞ何処におるというのじゃ」 ロゴスは笑う。これ以上無い程愉快そうに。 「居るじゃねえか、俺の目の前に」 博士は無言。ロゴスもそれ以上は口にしない。 「…………一つ、疑問があるぞ」 「何だい?」 「こう言っては何じゃが、ワシは瘴気を隠す術にかけてはそれこそ年経た古豪のアヤカシですら及ばぬと自負しておった。人間社会に溶け込んで数十年。最早アヤカシとして暮らしておった頃の事なぞ擦れた記憶の彼方で、人間そのものとして生きてきたつもりなんじゃが、お前はどーやって見抜いたんじゃ? 後学の参考にさせてくれい」 「そんな難しい話でもないさ。アンタ、六十年前に始めて魔術師登録した時、一度ポカかましてるだろ。そんでバレる前に逃げ出して、んで三年後に再度魔術師登録して、その時も一回やらかしてる。そっちは上手く目撃者殺して逃げ切ったようだがな。その後も何度か登録しなおしてるみたいだが、俺が知る限りじゃミスった様子はねえ、大したもんだよ」 こめかみの辺りを抑える博士。 「……どちらもお前が生まれる前の話じゃろ。完全に別人として登録しなおしたんじゃが、アレそんな簡単に繋がりわかるものなのか?」 「これでも魔術師派遣業やってたんでな。似たタイプの魔術師ってのを履歴や書類から嗅ぎ付けるのは得意中の得意なんだよ」 おみそれしました、と両手を挙げる博士。 「で、わかっとると思うが、お前とワシが融合したら、間違いなく主導権はこっちに来るぞ。お前はお気に入りじゃが、流石にワシそのものをくれてやる程気前良くもないわ」 「何言ってんだ、主導権譲ってくれたとしてもどーせ俺の方がもたねえ。俺も腹の内にアヤカシが居る感覚に慣れはしたがよ、俺が欲しいと思うレベルのアヤカシを腹に収め続ける自信はねーよ」 「ならばただの自殺か何かか?」 「ちげーちげー。融合したらどーせほっといても俺はアンタに食い潰されるんだしよ、俺がそうなるまでだけでも主導権譲ってくれって話だ」 じっとロゴスの顔を見る博士。 「……一応言っておくぞ。わしと融合したら最後、ワシがそれを許さぬ限り絶対にお前が主導権を握る事は出来ぬし、譲ってやったとしてもお前の意識そのものは一週間も保たん。これはもうお前の意思が強いだの魔術師の能力云々だのといった話ではない、アヤカシと人間とがそういうものという話じゃ」 「わーかってるって。実際、今のままだってもう何年ももたねーって自分でもわかってるしよ。どーせくたばるんならぱーっと行こうぜって話よ。わかるっしょ、そーいうの」 博士は何かを言い返そうとして口を紡ぎ、大きく嘆息した。 「後数年は、お前で遊べると思ったんじゃがなぁ。まあいい、まあ、構わぬよ。せいぜい好きに暴れろ。お前の魔術をもらえるというのならワシにも利が無い話ではないしの」 人間より一回り程大きな体つき、頭部より伸びる二本の角、光沢のあるドス黒い肌、顔はそのままロゴスのそれ。 ヒトの衣服を着てはいるが、見た目からあからさまな程にアヤカシであるとわかろう。 そんなロゴスは、堂々と街の入り口へ。 歩哨に立つ衛兵を二人、左右の裏拳で殴り飛ばし、彼方まで吹っ飛ばして中へと入っていく。 入り口付近に居た街人は、いきなりの出来事に呆気に取られた顔のまま。 ロゴスは彼等を無視してずんずん街中を進んでいく。 通りすがるほぼ全ての人間が、ロゴスの姿を見て足を止める。ただ、あまりにも堂々としすぎている為、本当にアヤカシであるとは思えないようで。 まるで恐れを知らぬ街の子供が、興味深げに声をかけてくる。 「おじちゃん、かっこいいねそれ」 「そうかい? 見る目あるな坊主。よしっ、お前はその見る目に免じて、殺すのは後回しにしてやるから、じっくりたっぷり、楽しんでけよ」 そう言って子供の襟首を掴み持ち上げたロゴスは、残る片手を周囲に向け、アヤカシ化した事で更に威力を増した魔術を撃ち放った。 子供の泣き声が聞こえてくる。 建物が燃え崩れる音、悲鳴と怒号。勇敢な兵士の雄叫びに、逃げ惑う街人の絶叫、理不尽を嘆く遺言に、逃走を促す罵声。 街に駐留していた軍の全てを、引きつけ引き寄せ、逃げる事許さず粉砕する。 最初に暴れ始めた一帯は、既に建物も倒壊し散らばる瓦礫も攻撃術の余波で細かく砕かれ、人の背で視界が通る程度にはならされてしまっていた。 「じいいいいいいさん! じいさんよおおおお! 俺さ! おっれさああああああ! 生まれて始めてアヤカシってのがクソむかついて仕方無くなったわ! 何でだよ! 何で人間は人間食っても美味くもなんともねーのに! アヤカシは人間食うとこんなにもうめーんだよ! ずりーだろ! 俺もう美味すぎて何人食ったか覚えてねーよ! すっげーよアヤカシ! ビバアヤカシラアアアアイフ!」 わざと、生かしたままにしてある重傷者達を、次々口に運ぶ。 「全身とろけそーだわ。ヤヴァイ、マジヤヴァイ。アヤカシが人襲うのあったりめーだわこりゃ。こんなん我慢出来るかっての」 そこら中から聞こえてくる呻き声が、臓物をぶちまけた臭いが、更なる食欲をそそる。 「鮮度、香り、音に見た目、やっぱ食にはこういうの欠かせねえよな。あー、クソ、他のアヤカシとこういう話したかったなー。人間相手じゃぜってーわかってもらえそーにねーし」 ロゴスは街人を貪りながら、上機嫌にソレを待ち続けた。 |
■参加者一覧
北條 黯羽(ia0072)
25歳・女・陰
羅喉丸(ia0347)
22歳・男・泰
叢雲・暁(ia5363)
16歳・女・シ
野乃原・那美(ia5377)
15歳・女・シ
リューリャ・ドラッケン(ia8037)
22歳・男・騎
ジークリンデ(ib0258)
20歳・女・魔
リンスガルト・ギーベリ(ib5184)
10歳・女・泰
ジェーン・ドゥ(ib7955)
25歳・女・砂 |
■リプレイ本文 ジークリンデ(ib0258)は現場入りする前に、敵の備えへの警戒を促す。 敵は魔術を用いるとの事で、早期警戒術とトラップの存在を示唆しつつ、自分でも使い慣れているフロストマインを自分ならば何処に仕掛け待ち構えるかという観点で配備予想を説明する。 そして、現地入り。聞こえる哄笑に、ジェーン・ドゥ(ib7955)が呟く。 「……あの声は先のロゴスですね」 ジークリンデの目が僅かに細まる。見てくれは既に人間とは思えぬ有様だが、確かにその顔はロゴスのものであった。 一同、ジェーンの指示に従い隠れ、合図と共に一気にロゴスの警戒域に侵入。 戦闘の開幕は、ジェーンの閃光練弾であった。 皆が戦闘行為に突入する中、ジェーンは敵の目が眩んでいる間にやるべき事があった。 ロゴスの側に生かしたまま保管されていた人間の救出だ。 陣形を組む事で先制を為した一行であったが、そこまで備えていてもロゴスの反応は素早く、恐らくジェーンが配置と仕掛け順を指示しなければ向こうの動きが圧倒的に上であろう。 猶予の時間は短い。 絶望し恐怖に怯える人間を次々運び、戦闘域の外に置くとすぐに取って返す。彼等は同情に値する境遇にあったとは思うが、彼等へのケアは今のジェーンの仕事でもなければ為すべき事でもない。 ジェーンがこうしている間に、戦闘は激しく展開する。 羅喉丸(ia0347)の凄まじい連打にも、ロゴスは痛痒を感じている風もなく、そんな自分の体ににやにやしながらロゴスは反撃を。 一息に体三つ分後退してかわす羅喉丸。入れ違いに踏み込んだリンスガルト・ギーベリ(ib5184)の蹴りを受けたロゴスは、そちらにも反撃の裏拳を見舞う。 やはりこちらもかわされる。その一気に距離を開く技は羅喉丸のそれと同じであろう。 野乃原・那美(ia5377)が続き、双刀を交互に突き出す。ロゴスは、ここで始めて動きかわす。同時に反撃の蹴りを撃ちかけて、途中で止め、振り返りながらかがみこむ。 背後より迫る叢雲・暁(ia5363)の投げつけた槌をかわしたロゴスは、仕掛けてきたリンスガルトの刀を、腕で払い落としながら、羅喉丸の前蹴りを逆の腕で真横に流す。 「いいねいいよ! この体すっげぇわ! ビビるぐらい動けんじゃねーか!」 苦々しい顔の羅喉丸は、深い震脚と共に拳を突き出す。ロゴスは腕を絡めるようにしてこれをいなした。 「人外の身となってまで力を求めるか」 「それが悪いみたいな言い草だなええおい」 これに割って入るは、そんな事は心底からどうでもよさげな那美だ。 「斬り心地は人? アヤカシどっちかな?」 那美二刀の乱舞が如き連撃を、人外の反射速度で避けきってみせるロゴス。 「おっしえてやんねーよっ♪」 死角よりの銃声と、ロゴスが横っ飛びにその場から消えてなくなるのがほぼ同時。 「うっひょー! やっべ俺やっべ! 勘がびんびん来てやがる! これもう当んねーわ、お前等絶対」 ジェーンによる銃撃を、そちらも見ぬまま飛んでかわしたロゴスに、距離を詰めた北條 黯羽(ia0072)が言ってやる。 「そうかい。だったら当るようにしてやるよ」 黯羽が招いた瘴気は、まるで黒い煙のようで。風に煽られたかのように流れロゴスの周囲を漂う。ロゴス、余裕の表情が驚愕のそれへと。 「んな!? おまっ! 今の俺に術通すか!?」 しかしこの術、射程が短くある程度の近接を余儀なくされる。もちろんロゴスはこういった好機を見逃す男ではない。 開拓者ですら対応が難しい極めて高い体術により、一息に黯羽の元へと跳躍する。ただ、その腕はリューリャ・ドラッケン(ia8037)のかざした盾に阻まれる。 人の域を超えた膂力に支えるリューリャの全身が震えるが、その身体能力のみならず、オーラまで用いた防盾術は堅固にして鉄壁。 逆に強く弾き返してやる。 リューリャは、自分の腕が痺れている事に気付く。この技フォルセティ・オフコルトならば、龍の突進すら防いで見せるというのに。 「話には聞いていたが、本格的に人間辞めちまってるな」 「だからっ! それの何処が悪いんだっての! つーかアヤカシマジ最高だって。いっぺんやってみれ、人間に戻る気無くすから」 「戻れるのか?」 「うんにゃ、無理だっ」 この間に、黯羽は作り上げた黒壁の後ろに退避。 再び近接組との乱戦が始まる。 上級アヤカシの名に恥じぬ力、速さ、耐久力を備えながら、人間の技をも駆使する怪物ロゴスは自らを試すように暴れ回る。 暁は、絶好調で煽りながら戦うリンスガルトを横目に、無理な踏み込みを避けつつ投擲を繰り返しながらロゴスの手の内を見に回る。 同じシノビの那美が刀の間合いにまで突っ込んで行っているのとは対照的だ。とはいえ那美も間合いへの出入りや回避に意識を向けており、何時もの自分の体を盾にしてでも相手を斬れればいいという動きではないのだが。 リンスガルトの負け犬呼ばわりな煽りには、ロゴスも結構乗ってきているように見える。 暁はそれで気がついた。ロゴスは、心底から、人間でないものになるだのがどうでもいいのだろう。 もっとずっと近視眼的に、今どうか、が彼にとっては重要なのだろう。にこにこ笑いながら戦う那美とは、妙に噛み合って見えるのはその辺が原因かもしれない。 「だからってサクッと人間やめちゃってるとは恐れ入ったよ」 今どうか、のみを考えるロゴスの、今この瞬間の力は、彼の最も優れた瞬間でもあろう。 なら素直にこの瞬間を外してやればとも考えた暁だが、それをさせぬ為の虐殺で、今こうして開拓者と戦い駆逐する事がロゴスの目的なのだろう。 ロゴスの背景が見えてくると、奸智に長けると思われる彼の狙いが、見えて来た。 ロゴスが本気を出し始めると、さしもの前衛組もその全てをかわす事も出来ず。 しかしジークリンデの、以前別の誰かに気持ち悪いぐらい治ると言われた治癒術により、刻まれた傷跡も致命への布石とはならず。 黯羽の闇術もあり、総じて開拓者有利、とも思えるが実際戦ってる者達からすれば、どれだけ斬ってもまるで痛痒を見せぬ、そもそも頑強過ぎる表皮を裂けぬままではとても勝利を確信など出来なかろう。 那美辺りは斬れない事に不満でも顕しているかと思えば、案外こうした強力無比な敵との戦闘もお好みのようで、その人外な身体能力に支えられた神域の技量を相手に楽しく刀を振るっている。 リューリャは膠着しかけた状況を崩しに動く。 地面の瓦礫を拾い、暁を真似るように踏み込みながらの投擲攻撃を。 背後よりのこれにも反応し身をかわすロゴス。その真横を瓦礫っぽいものが通過した瞬間、火薬の音と共にこれが破裂する。 「小細工かよ!」 音と衝撃を迷彩に、リューリャが一気に接近する。 怒声と共に放たれたロゴスの拳は、リューリャがほぼ同時に放った剣撃よりほんの僅かに早かった。 甲高い音と共にリューリャの剣が弾き飛ばされる。しかし、ロゴスに油断は無い。 「そっちは囮だろうが!」 残った盾を叩きつけに来るリューリャのそれを、盾のような広い表面積を持つものを相手に、その全てを完全な形で回避してみせるロゴス。 当然、受けるでなくかわしたのは即座の反撃の為だ。 「ああ、囮だ」 剣を失ったはずのリューリャが手にしているのは、瘴気を、練力を、目に見えぬものを斬る為に作り上げられた幻の刃。 攻める為に前へ重心をかけていたロゴスは、失策を悟るも重心移動はもう間に合わない。 ロゴスも、ここまでして仕掛けてくる剣がまっとうなものだとは思っておらず、案の定リューリャの刃はアヤカシの皮膚を貫き、裂いたとも思えぬのに体内の瘴気を鋭く抉って来た。 あまりの痛さに思わず後退するロゴス。追うリューリャ。 咄嗟に地面に転がっていた町の騎士の剣を拾い受けにまわす。この辺りの咄嗟の判断と動きの鋭さ、応用の広さは元人間らしいものだ。 しかし、構えた剣をリューリャの刃はすりぬけ、ロゴスの体にのみ傷を刻む。 「ざっけんな!」 ロゴスの前面に突如発生した雷撃がリューリャを貫く。騎士の頑強さを持つリューリャであったが、それでも尚、後方に吹っ飛ばされ転倒を免れえぬ一撃。 「クソがっ! クソがっ! 痛ぇんだよファアアアアック!」 ロゴスの前面に更に巨大な火球が生じ、リューリャへ放たれる。 命中、爆発。吹き荒れる風はロゴスの顔を強く打つが、ざまぁ見ろと言わんばかりに昂然とそちらに目を向けるロゴス。 「流石に、二発目はさせねえよ」 聞こえて来るは黯羽の声。 程なく晴れた煙の中には砕けた漆黒の壁が立ち、その奥でリューリャは黯羽に微笑を。 舌打ちするロゴス。 「ああそうかい! なら全部防いでみやがれ!」 この時より、ロゴスの攻撃は物理攻撃より魔法攻撃へと切り替わる。それは、単体を狙う回避不能の術であったり、複数をまとめて吹き飛ばす術であったりと、それまでとは比べ物にならぬ程戦況が厳しくなる。 だが、ジェーンにはそれが、まだ早すぎると思えた。 確かに厳しいが、皆対応出来ぬではない。それにジェーンの指示があれば先手はほぼ取り続けられるのだから、逆転手を打つのなら、打つ瞬間には既に大きく戦況が変化していなければならない。 ジェーンは、戦闘に集中しながらも伺うような目線を見せていた暁とジークリンデに目を向ける。 暁もまた、こちらを見ていた。暁の表情が危険を告げている。ジークリンデはあまり表情の変化があるわけではないが、攻撃主体から防御主体に切り替え不測の事態に備えているのを見れば、彼女も警戒しているのがわかろう。 ロゴスから距離を開けた場所で、ジェーンはジークリンデに小声で問う。ロゴスは、自爆に近い手段を考えているのではと。 ジークリンデはロゴスを冷徹な判断力を持つ男と見ていた。故に、開拓者を駆逐する最後の手を隠し持っているだろうと。ただ自爆してまで、とは考えていなかったが。 それが自爆覚悟の上であるというのなら、と前置きしジークリンデは告げる。 「……自身を変質させる術を持つのなら、己自身を攻撃術そのものと化す事も、理屈の上では可能です」 通常これらは不可逆なものなので、使った者は間違いなく死ぬが、とも付け加える。 「防ぐ手は?」 「爆発に類するものが一番適切な変質先でしょう。志体持ちを即死させる毒は現実的ではありませんし。とはいえ、威力を予想するに防ぐのは……」 リンスガルトは、氷術により表皮が凍結した片腕の霜を払い落とす。 「ようやく、掴んだわ」 遠距離より弓にて射掛け反撃の術をもらったのだが、もちろんこれには理由があった。 再度接近戦を挑むリンスガルトに、ロゴスよりの氷の槍が次々降り注ぐ。超高速の飛来物であり、通常コレをかわそうなんて思いすらせぬものだ。 「は?」 間抜けた声がロゴスより漏れたのは、リンスガルトの全身が金色に輝いたかと思うとその姿がかき消えたからだ。 ロゴスが気付いた時には、金色は眼前真下に滑り込んでいた。 そこから一足でロゴスを飛び越える。途上で振るった刃を、見えぬまでも身をよじってかわしたのはロゴスもまた一角の剣士であったからか。 背後に抜けたリンスガルトに、そちらを見もせず術を放つ。これは目には映らぬ衝撃の波。 見えぬをすら見切ってかわし側面より仕掛けるリンスガルト。 「術をかわしただぁ!? やっぱさっきのは偶然じゃなかったのかよ!」 恐るべきは術をすら避ける体術から繰り出される鋭い攻撃でもあろう。 那美もリンスガルトが作ったこの流れに乗る。 「今がチャンスかな? かな? そろそろこの遊び、終わりにするのだ♪」 刀を二本並べ、両手で掴んで斬りかかる。 体躯に難のある那美が、人を斬るに必要な強い斬力を絞り出すには、様々な工夫が必要だろう。 これはその極み。駆け寄り、刀の重みに引かれるような形で一回転、命中の瞬間、大地を強く蹴り出し刀を支える。 いずれも熟練を要する匠の技の数々を無造作に行い、作り出した威力で叩くではなく斬るべく切っ先を滑らせる。 相手が例え上級アヤカシであろうと斬れる技とは、こういったものなのである。 二筋の傷がロゴスの胸板に刻まれる。 この時の手応えが、ただ硬いだけではない柔軟性を備えた優れた素材であった事に、何ともいえぬ充足感を得る。 羅喉丸もまた、彼らしい堂々とした態度で勝負所に挑む。 「易き道に逃げ、安易に力を求めた愚か者に負けるわけにはいかなくてな」 ロゴスの魔術に、どの道かわせぬとその術の真っ只中へと飛び込み、術に向かって拳を突きこむ。 羅喉丸の全身を雷の衝撃が襲うが、それと覚悟を決めているのだから拳は止まらぬ。 教本に載せたくなるような惚れ惚れする上段突きをロゴスの顔面に叩き込むと、そこからはもう一体何発殴ったのか、殴られたロゴスにすらわからぬ滅多打ちに。 恐らく当の羅喉丸もそうしようとして殴ったのではなく、ただ自然に体が動くがままに任せただけであろう。 考えるより早く攻めるのには、人並み外れた速さはもちろん、それ以上に、考えずとも動く程体に鍛錬をしみこませなければならないのだ。 もちろん暁も決めにかかる。 「乗るしかないこのビッグウェーブに」 一気に決めないとマズイと感じとっているだけに暁も必死だ。 ロゴスの首に刃をつきたてたかと思いきや、次の瞬間にはその刺さった刀の柄尻をハンマーでぶっ叩いて更に押し込みにかかっている。こんな真似、シノビの奥義やらが無くては絶対に出来ぬであろう。 刀は首後ろから突き出ており、まともな相手ならこれで決着であったろう。だが、相手は、上級アヤカシであった。 「まだだっての!!」 ジェーンとジークリンデの表情が強張るが、黯羽がここに割って入る。 無防備にその体を晒し、ロゴスの眼前に立つ黯羽。ロゴスは、年来の友を迎えるように言った。 「何だよ、てめぇが居るんじゃ出来ねえじゃねえか。俺さ、最後にちょー派手な一発用意してたんだぜ」 魅了の術により攻撃を封じられたロゴスは、最後の最後で、上級アヤカシカリスト博士に見捨てられる。 『馬鹿者が。やるのなら最後までやりきらぬか』 ロゴスの心を乗っ取り、ロゴスがそうしようとしていた最後の切り札、自らを炸裂する魔術へと変換する術を唱えた。 ジェーンは、土砂に塗れながら空を見上げる。 すぐ隣には土塗れになってもまるで雰囲気の変わらぬジークリンデが。 「……間に合い、ましたね」 地面の下に一瞬で大穴を空けられる術はジークリンデのもの。 爆風は横に飛ぶのだから、地面に穴掘ってそこに全員落とせば、爆発は避けられるのだ。 結構な危ない橋を渡らされたジークリンデは、もう居ないロゴスに向け言った。 「貴方は奇鬼樹姫ほどではありませんでしたね」 |