破滅の帝王ヴァロッサ
マスター名:
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2015/02/19 01:02



■オープニング本文

 逃げていくアシッドを目で追っていたミザリーは、既に見える所に居ないにも関わらず、アシッドの居場所を感じ取れる自分に驚く。
 良く考えてみると、ペインの所に向かった時も、何故か何処に居るかがわかっていたような気がする。
 高速で離れていっているのもわかる。一度コツを掴めば案外簡単だな、と意識を集中させてみるとアシッド以外にも、存在を感知出来る相手が居た。
 方角、距離を勘案し、ミザリーは広げた地図の中からその場所を特定する。
 ブルームハルト子爵の治める、アレクトル領バーバリア山。ここは、灰色猿の聖地だからとブルームハルト子爵が立ち入りを厳に禁じている山であった。

 ジルベリア貴族フリージスは、現状、ジルベリア帝国における詩とミザリーの唯一の味方である。
 敵襲を撃退した一行の一時避難先を提供した彼は、ミザリーからアシッドともう一人を感じ取る感覚の話を聞くと、少し悩んだ後で、開拓者ギルドとの交渉を勧める。
 ミザリーの協力を得る事が出来れば、今ギルドが追っている敵集団を決定的に追い詰める事が可能であろう。代わりに、彼女の帝国からの逃亡を手助けせよ、と。ついでに詩の職務放棄を不問にしろと。
 犬神の幽遠が気楽に口を挟む。
「そういう事なら天儀に来いよ、ウチで面倒見てやるよ。詩、お前もな。ディーってのに頭下げて、お前を紹介した向こうの栄さんにも超土下座した上でな」
「……はい」
 どの道、ここまでの事をしでかした上帝国を誤魔化すとなれば、詩がジルベリアに留まるのは無理があろう。
 ギルドとの交渉は、護衛に華玉を付けたフリージスが担当する。


 紅茨騎士団、その最精鋭四人が任務を果たしてアヤカシ跋扈する山を降り、アジトの一つに帰還する。
 久しぶりに美味い飯と暖かな寝床にありつけた四人は、一緒に一つの卓を囲む。
 『魔法騎士』ルーベンスは、目の前の芋をフォークで転がしながら言う。
「単体でアレシュ様をすら圧倒する存在が居ようとは……あれが噂に聞く大アヤカシという奴か?」
 『テンギよりの悪夢』フーマはつまらなそうに応える。
「馬鹿が。あれが大アヤカシだったら、今頃こうして暢気に食事をしているのは向こうの方だったろうよ」
 『偉大なる二人目』メトジェイは驚いた顔で問い返す。
「まさか、大アヤカシとやった事があるのか?」
「……思い出すのも嫌だがな」
 紅茨騎士団団長、『英雄』アレシュは食事を取りながら仲間達を眺める。
 皆かなりリラックスしている。熾烈な激戦を突破し、見事瘴気の森より目的の瘴石を回収してきたのであるし、これで、儀式に必要な最低限のものは全て揃ったのだから。
 食事も終わりお茶を楽しんでいた彼等の元に、その報せが来るまでは、四人は久しぶりに寛いだ空気を楽しんでいられたのだ。

「大変です! 開拓者ギルドに山が発見されました!」


 フーマはその山の存在をここまで知らされる事は無かった。それほどまでに秘匿していた山の存在。
 このバーバリア山はブルームハルト子爵の庇護の下、騎士団の訓練施設や鉱山があり、また彼等の家族が暮らす隠れ里にもなっていたのだ。
 アレシュ達四人が山に入る頃には皆戦闘準備を整え終わっており、そこら中に悲壮な気配が漂っていた。
 ジルベリア当局から隠れおおせているからこそ、これまで大規模に活動できていた事を、誰もが良く知っている。
 もうこれで終わり、そんな気配が漂う中、アレシュが山へ帰還し、皆に顔を見せると、それだけで老若男女全ての人間に生気が蘇ってくる。
 そのままアレシュが広場に向かうと、皆が誰に言われるでもなくアレシュの後に続き、広場に集まる。
 アレシュは広場の壇上に昇り、探索行にて入手した瘴石を袋より取り出し、高らかと掲げて見せる。
「これが瘴石だ! これで復活の儀式に必要な全ての呪物は揃った! 諸君! これよりラーダメンダル王国最後にして最強の王! 魔道王ヴァロッサ復活の儀式を執り行う!」
 彼が口にしたのはたったそれだけ。しかし、それだけで集団より悲壮感は拭い取られ、誰もが期待と希望に目を輝かせ出す。
 英雄と呼ばれる者の言葉には、それだけの力が宿るものなのだ。


 開拓者ギルド係員ディーは、手の平を返す事に一切の躊躇が無い。
 詩への処分はその一切を不問にし、ミザリーを極秘裏に天儀へ送り出す手配を早々に整える。
 あっという間にフリージスとの交渉をまとめ、ギルドはバーバリア山へ派兵する。
 斥候部隊と先発開拓者部隊がほぼ同時に現地入りする程、スケジュールを詰め込んでの速攻は、アレクトル領全体の封鎖も視野に入れて動いており、昨今稀に見る大規模作戦と言えよう。
 バーバリア山の麓付近でのそれが第一報であった。
 曰く、四足歩行の巨獣が山を降りて来ている。
 巨獣の身より溢れ出す瘴気からこれをアヤカシと断定した偵察部隊であるが、何故このタイミングでこのような巨大アヤカシが出て来るのかは不明のまま。
 そしてもう一つの不明点。

「紅茨騎士団前へ! 断じて! 奴をこれより先に通すな!」
 そう叫び、巨獣の前に立ちはだかる騎士集団に突撃を促すのはメトジェイである。
 巨獣は山を下り、その行く先に麓の町が存在する。これを防ぐべく紅茨騎士団は巨獣へ挑む。
 偵察部隊の目から見ても、彼等騎士達の技量と統率の高さは驚くべきものだ。
 特に、支援に徹するルーベンスと指揮官メトジェイの二人はギルドでもそうそうお目にかかれぬ手練であろう。
 ジルベリア帝国に反旗を翻してきた彼等は、ジルベリア帝国所属の町を守る為に剣を取り、そして、彼等程の優れた戦闘集団が巨獣を相手に為す術なく駆逐されていった。

 先発開拓者達と共にあったギルド係員は、二つの不明点をそのままに、彼が持つ権限を用いて開拓者達に命じる。
 あのアヤカシの行く先にある町を守る為、直ちに巨獣へ攻撃を開始せよと。


「アレシュ、貴様まだそんな所に居たのか。脱出するぞ、さっさと出ろ」
 フーマは、そう言って青ざめた絶望の表情を浮かべるアレシュに声をかけた。
「フーマか? ……お前ならこの包囲も抜けられよう。報酬はここから好きなものを持って……」
「下らん事言ってないで急げ。アシッドとジミーは見つけた。そこに貴様が加われば再起も容易かろう」
 驚くアレシュ。
「開拓者にやられたのではなかったのか?」
「あの馬鹿がそう簡単に死ぬか。怪我がひどくて身動きが取れんようだが、治癒の魔術師は手配してある。いいか、もう一度言うぞ。お前とアシッドが居れば、組織の再興も難しくは無い。お前はその役目をアシッドのみに押し付ける気か」
 葛藤や苦悩、様々なものを押し殺し、アレシュはフーマの言に従う。
 不屈である事は英雄の条件の一つであろうが、アレシュは事ここに至っても英雄たらんとし続ける我が身が、恨めしくて仕方が無かった。


■参加者一覧
羅喉丸(ia0347
22歳・男・泰
柚乃(ia0638
17歳・女・巫
相川・勝一(ia0675
12歳・男・サ
叢雲・暁(ia5363
16歳・女・シ
成田 光紀(ib1846
19歳・男・陰
リィムナ・ピサレット(ib5201
10歳・女・魔
椿鬼 蜜鈴(ib6311
21歳・女・魔
病葉 雅樂(ic1370
23歳・女・陰


■リプレイ本文

 吹き荒れる紅蓮の炎に、紅茨騎士団最後の抵抗は潰えた。
 現地に辿り着いた羅喉丸(ia0347)は、まだ辛うじて息のある騎士に声をかける。
「開拓者だ。この先の町を守りに来た」
 お互いの事情もある。聞くべき事も。しかし羅喉丸はただ簡潔に、自らの目的のみを述べる。
 騎士は絶え絶えな吐息と共に、擦れた声を発する。
「……ならば、アレを倒し止めろ。奴は炎、稲妻、氷、地震の術にそれぞれ……」
 丁寧にこれまで戦った結果得た情報を説明する騎士。彼はあの怪物が如何に産まれたかすら、包み隠さず話した。
 自業自得の極みのような話に、リィムナ・ピサレット(ib5201)は呆れるしか出来ない。
「まあ、あのでっかいのはあたし達がサクッとやっつけるから、安心して死んでていいよ♪」
 騎士の傷は最早手の施しようもなかった。
 叢雲・暁(ia5363)は、話を聞いていたのかいないのか、竹筒の水を騎士に渡しながら一方的に言い放つ。
「アレ殺すけどいいよね! 答えは聞いてない!」
 他の仲間達も集まって来る。それらを見て、騎士は驚く。
「な……たった、八人だと?」
 病葉 雅樂(ic1370)もまた、彼の話を全く聞いていないようで、巨大なアヤカシを眺めながら笑い言った。
「あれが巨獣か……デカいな!! 強そうだな!! 悪そうだな!!」
「おい、幾らなんでも無茶だ。一度引いて町の前に前線を……」
「ま、私の名を遠きジルベリアに響かせるには、手頃な相手と言ったところだね。今日、ジルベリアに畏敬の念を以て囁かれるその名は……五行の大天才、病葉雅樂!!」
 やはり人の話は聞いていない模様。
 羅喉丸は騎士に、淡々と事実を述べる。
「違うな。八人が、いいんだ」


 相川・勝一(ia0675)は華奢な体つきと穏やかな風貌にまるで似つかわしくない、猛々しい踏み込みにて巨大アヤカシの眼前に向かう。
 まだ動きも良く見ていない中、無謀とも取れる突貫だ。
 巨獣は前足を振るって勝一を払い飛ばしにかかる。勝一は盾にて、刃のような爪のみを防ぐ。当然、彼我の質量差から受けたとて吹っ飛ばされる。
 が、もらう覚悟を決めていた勝一は天地がひっくり返るような衝撃にも一回転のみで堪え踏ん張る。
 その位置に留まったのは、もちろん攻撃の為。この巨体相手に長期戦は不利であろうと、ありったけを初っ端から叩き込みにかかる。
 巨獣が勝一を見るべく顔を向けた所、その鼻っ面に全力で槍を突き出す。
 刃部はもちろん、柄までを鼻に刺し埋めるような一撃に、巨獣は顔を大きく振るって抵抗する。
 槍は刺さったままで勝一はこれから手を離さず。当然、振り回す顔に勝一の全身もつき合わされ宙を舞う事になる。
 槍が外れたのは、巨獣が顔を二度振り回した時だ。勝一はそのまま空に投げ出され、僅かな浮遊感の後、背中を大地に叩きつけられる。
 呼吸が止まり、全身が震える。それでも、勝一はその身を起こし立ち上がる。立ち上がりきる頃には、苦痛から来る痺れも収まっており、再び、最初にそうしたように恐れる気もなく突っ込んで行く。
 最初にそうするよりも余程勇気の要る行為であろうに、勝一に一切の迷いは無かった。
 羅喉丸は、勝一のみに注意を向けさせはせぬと、手にした魔剣で刃のように尖った巨獣の皮膚を砕き斬る。
 こちらにも即座に巨獣の前足が飛ぶが、羅喉丸の全身は消失し、前足はただ空を切るのみ。
 羅喉丸は瞬時に巨獣の腕の内側に踏み込んでいた。この動きを捉えていたのか、巨獣が噛み付きにかかる。
 また、羅喉丸の体が消えてなくなる。
 その重心を落とした構えは八極天陣の構え。
 動き難く見える構えであるが、八極とは即ち大爆発の意。
 八方へと瞬時に飛び散る事が可能な、一瞬の動きを極めた構えなのだ。
 二人が注意を引いている間に、暁は巨獣の死角を探るようにしながら周囲を駆ける。
 嫌な予感がした通り、このバケモノ、目だけで物を見ていない。暁が後ろ足の背後に回って動きを誘うと、背後に蹴り出すように振るって来た。
 アヤカシにとっての獲物が人間であるのなら、どんな巨体であろうと人間を見逃すようなツクリであろうはずがない、という話。
 とはいえ、と暁は走る。
 巨獣の後ろ足の間を抜ける。後ろ足で蹴り出しにかかって来たが、急転換し前足と後ろ足の間、左側を抜けて回避。
 前足は正面の敵に向けている。暁は走りぬけざま、振り上げていない方の前足の踵を叩き斬る。
 金属を撃つ甲高い音がした。
 一度距離をあけた暁は、再び近接せんと走り出す。
 巨獣の微妙な動き。この変化に気付いた暁は進路を変えて後方に抜けるよう曲がる。腹の下に入り込んだら、今度は体で押し潰しにかかるつもりだろう。そう何度も同じ手は使えないらしい。
 ならば、と刀を口にくわえた暁は、両手で長柄の槌を手に握る。せーの、でこれをぐるんぐるんと回し始めた。
 槌の先端の重量に引っぱられるのを堪えながら、回転を早め速度を上げる。
 およそ十回転目で暁が槌から手を離すと、雷槌ミョルニルは勢い良く回転しながら巨獣へと向かって行き、重苦しい衝突音と共に激突。跳ね返った槌は今度はゆったりとした速度で回転しつつ暁の手元に戻って来た。
 その後も暁は近接すると見せかけつつも投槌にての遠距離攻撃にてちまちまと嫌がらせを続けるのであった。

 皆の突撃前に、柚乃(ia0638)による歌の加護が全員を包み込む。
 後衛組は前衛組が戦闘を開始する前に、位置取りと陣地作成を行う。
 成田 光紀(ib1846)、椿鬼 蜜鈴(ib6311)、雅樂の三人が陣地作成を担当し、魔術陰陽術による壁を各所に作り上げ、攻撃魔法を防ぐ盾や巨体を相手取る為の足場と為す。
 リィムナも後衛術担当ではあるが、こちらはより遠距離を保ち敵の射程外からの攻撃を狙う。
 そして後衛組も攻撃を開始すると、巨獣は怒り狂ったように咆哮を上げその硬い毛並みが逆立つ。
 直後、大地が凄まじい勢いで揺れ動き、開拓者達は皆地面に叩きつけられる。
 またこの地震の後、倒れた開拓者達に向け大地の底より暗く黒い影が滲み寄る。しかし黒い影は、同じく開拓者達自身の影によって阻まれ、弾かれる。
 弾けとんだ影達は一つに集い、開拓者達に加護を与えた柚乃にその呪いの標的を定める。
 呪いには、時間も距離も関係はない。これらの動きは全て一瞬で行われた事。
 あっという間に柚乃を取り囲んだ影は、しかし、人間離れした彼女の澄んだ精神を穢す事なぞ出来ぬまま、人の持つ輝きに照らし出され消えてしまった。
「回復手は倒れる訳にはいかないのです……っ」
 巨獣は理解する。
 彼女が一人居るだけで、巨獣の呪いも毒も瘴気も恐怖も、一切が通じる事はあるまいと。
 状態異常への切り札、全てを守護する巫女、柚乃の輝きが戦場を照らし続ける限り、仲間達がその意思を挫かれる事は無いのだ。
 憤怒と共に炎の術を放つ巨獣。
 光紀が柚乃の襟を掴んで、黒壁の後ろへと引きずり込む。すぐに彼女が居た場所を、というかそこら中全てを炎が包み込む。
 だが、同心円状に広がる形である以上、壁を砕く威力が無ければ防ぐ事は可能だ。
 彼女をその場に置いて、光紀は更に前の壁に向かう。術の射程がある為、光紀も柚乃も敵の攻撃術の範囲内で踏ん張らなければならない。特に光紀の治癒術は練力効率は良いものの射程がかなり短い。
 近寄れば近寄る程、見上げねば上が見切れぬ巨大さは、術や呪いなぞなくても恐ろしくて仕方がなかろう。
 しかるに光紀の目は巨獣の挙動の一つ一つを丁寧に観察し続ける。
 その目が、巨獣の攻撃術の正体を見抜く。
 あれは規模こそ桁違いであるが、既存の魔術の延長に過ぎないものだと。
 騎士より伝え聞いたこの巨獣の来歴を考えるに、案外、あの巨獣にも意識のようなものがあって、それは人間のそれに酷似しているのではとも思える。
 と、なれば、と考えた所で、後方より絶好調な雅樂の声が聞こえて来る。
 遂に呪縛術にてアレを捉える事に成功したようで、範囲攻撃術も壁にて防げるとあればこの後はかなり優位に戦えよう。それが故のあの調子の乗りっぷりなのだろう。
 光紀は自らの推論に従って、この後の展開を予想してみた後、巨獣の挙動を眺める。
 巨獣はこれまでとは違った術を用意しているようだ。光紀は心底嫌な予感がしたので、前線から一気に離れ距離をあける。
 巨獣の毛並み上を這い昇った稲光は、その背から天へと飛び上がり、一瞬で頭上に黒雲が展開される。
 オチが読めた光紀は一気に前方へと飛び込んで、巨獣の攻撃可能範囲から離れる。
 直後、天空から無数の稲光が降り注いで来た。当然、上からガンガンに降って来るので壁では防げず。
 状態異常こそ柚乃の加護で防いだが、前衛三人とついでに雅樂がこんがり素敵に焦げてたり。
 この攻撃で光紀は確信する。アレは間違いなく、人間の判断力を持つ、ヒトの成れの果てであろうと。
 人間があのような怪物に成り果ててしまうという事実を前に、恐れるでなく興味深げな目を向ける光紀。そして、もっと見せろと再び渦中へと飛び込んで行く。
 その業の深さは、彼も巨獣の研究を進めていた魔術士達と大差無いのかもしれない。

 蜜鈴の顔に熱風が吹き付けるが、距離のおかげで我慢出来ぬ熱さではなくなっている。
 この不快な熱を振り払うように蜜鈴は冷気を誘う。
 かざした手の先に集った凍える精霊力は大気中の水分を氷結させ、氷の槍を作り出す。
 これには敵の鎧を砕く力もあるので、前衛組が攻撃しやすい箇所を狙い、射放つ。
 乱戦の最中に叩き込めば、まるで大砲でも受けたかのように相手は吹っ飛ぶような術であるのだが、この巨獣相手では城壁に打ち込んだような頼りなさだ。
 それでも怖じず震えず、敵攻撃射程の外からという絶好のポジションを与えられているのだから、その意識を攻撃のみに専心する。
 更に次の術を、と狙った所で天空から雷が降り注ぐ。リィムナが、寸前で蜜鈴の隣へ駆け込んで来る。
「思ったより予備動作大きいかな」
 ギリギリであったのは、彼女の計算によるものだったようだ。その証拠は次の台詞。
「ただ能力が高いだけのでくの坊みたいだね♪」
「おんしのように忙しなく動けねば、でくの坊扱いは出来ぬて」
 まだ大地を光が這っているような中に、リィムナは再び突っ込んで行く。
 攻撃術の間合いまで踏み込んで撃ち、速攻で戻って来るなんて器用な真似を彼女はしているのだ。
 すぐに前方より黒焦げ、もとい雅樂より壁の建て直し要請が来る。
「ふっ! 蜜鈴君とは典雅なオーラを持つ同志、連携は完璧だな!!」
 例え焦げていようと窮地の最中にあろうとも、決して自らを歪めぬ断固たる自我を持つ彼女のありようは、確かに典雅な振る舞いの奥底に同じものを必要とする高貴な者達の所作に良く似通っているかもしれない、と埒も無い事を蜜鈴は考えてみたり。
 言動はお調子者のそれではあれど、判断能力は地味に高い雅樂の術行使は、結構堅実であったり。
 攻撃術ではなく、壁の維持を優先しつつ、前衛を援護する為の呪縛術の成功に全精力を傾ける。
 また前衛組が攻撃位置を変えると、必ず彼等が一足で移動出来る場所に壁を新たに用意してやる。上手く挙動を読めれば何とか敵攻撃術も回避出来るようにだ。
 細かな配慮と適切な処置。支援役として申し分ない仕事をこなす雅樂は、もう一つ大きな役割を果たしていた。
 それは戦況が進んでくればはっきりとする。
 巨獣を倒すに、敵攻撃力の高さから、一気に潰しにかかる火力勝負を挑んだわけなのだが、今回、火力に関しては近接遠距離共に、かなりのものが揃っている。
 にも関わらず敵巨獣は未だ健在で、皆の練力も心もとなくなってくる。そんな時でも、雅樂は決して悲観的な顔を見せず、自負と自信に満ち溢れた表情で、絶対に倒しきれると信じて疑わぬのだ。
 その底抜けの自信は、弱気に流れそうな心を当人の自覚無しに支えてくれるのだ。

 既に練力が尽きている勝一は、氷術に巻き込まれながら巨獣を睨む。
「しぶとい! 持久戦になってはこっちが持たないが……! だが、まだだ! まだ終わらん! 体力ある限り、攻撃を叩き込む!」
 そう叫ぶと、開戦直後にそうしたように、巨獣の鼻っ面に再び槍を突き刺す。
 リィムナは出入りを繰り返しながら攻撃を行っていたが、それは漫然とそうするのではなく、遮蔽を取り、死角を突き、射手がリィムナであるとわからぬようしていた。
 しかし流石にここまでやればバレるだろう。開戦直後から延々強烈無比な攻撃術を撃ってくれていた相手を、それと見定めると前線組をその巨躯にて振り切り突っ込んで来る。
 リィムナは一切の躊躇無く逃げ出す。間違っても他の後衛の方に行かぬように。
 巨獣から苛立たしげな雰囲気が見える。
 リィムナを狙ったのは、あわよくば他の後衛をも踏み潰さんとしていたようで、リィムナがそれと違う方に逃げると追う足をすぐに止めてしまう。
「なら、遠慮なくっと」
 その位置から、対人ならば即死間違いなしの術を雨あられと叩き込むと、何と巨獣はリィムナに背を向けたではないか。
「足掻くねぇ」
 巨獣がその巨体で押し潰さんと狙うは柚乃であった。
 先ほどから延々状態異常の全てを防ぎ、辛うじて突破し毒らせた相手も、速攻で柚乃に治療されてしまう。
 恨み骨髄とばかりに質量を味方に襲い掛かるが、その前に盾どころか躓く石にすらなれぬだろう蜜鈴が立つ。
 蜜鈴は、何処か哀れむような表情で壁を作る術を。いや、壁にあらず。灰色で埋め尽くされたそれは、極めて危険な精霊の塊。
 これを顔といわず肩といわず前足といわず、前面まんべんなくもらった巨獣は無理を通せずたたらを踏む。
 この間に羅喉丸が追いつく。
 その動きは、これまで全開戦闘を行っていたとはとても思えぬ神がかったキレを誇る。誇ったのだが、巨獣の片足を蹴り曲げた所で、突如糸が切れたようにその場に倒れる。
 ここで、これまでリィムナの動きを隠すよう支援してきていた光紀が、羅喉丸の前に壁を立て回収に走る。羅喉丸を抱えた所で壁を殴り砕かれる。
 暁が走る。羅喉丸がひん曲げた前足に、全身で体当たりをかましてやると、重心がずれた巨獣はバランスを崩し、この隙に光紀は羅喉丸を抱え脱出。
 巨獣が激しく揺れた。
 それは、背後から追いすがってきたリィムナの攻撃術だ。
 そして満を持した雅樂が動く。
「魔導王ヴァロッサ、この大天才……病葉雅樂怜那が討ち取った!!」
 首を狙った斬撃の符は、巨獣の首元を深く抉り、巨獣は転倒した勢いでそのまま首が千切れ落ちるのだった。