ロゴスとの邂逅
マスター名:
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2015/01/30 01:44



■オープニング本文

 ロゴスはカリスト博士の部屋のソファーに座り、両腕を組んだまま考え込んでいる。
 もうこの姿勢のまま、半日はこうし続けている。カリスト博士も慣れたもので、そんなロゴスを無視して自分の時間を過ごす。
 カリスト博士が実験項目百十三〜百八十二までをこなし終えた所で、ロゴスが搾り出すように声を発した。
「……腹、減った」
 丸半日、水すら取っていないのだから当然であろう。

 料理人に山程の食事を作らせこれを食べた後、ロゴスは晴れ晴れとした顔でカリスト博士に言った。
「よし、俺ちっと出かけてくるわ。もし俺が下手打つようだったら、博士は自分の判断でここ引き上げてな」
「……随分と危ない橋を渡るつもりらしいな。ワシの手はいらんのか?」
「ああ、潜入の類だしな。何時も通りさ、博士の出番は大詰めになってからだ。つーか言わせてもらうが、アンタを外に出した時のヤバさはテオフィルと大して変わんねーぞ」
「失敬な、あんな社会不適合者と一緒にするでない」
「そうだな。博士は社会に適合しながら、災害級の被害を起こすもんな。そっちのがタチ悪いだろって何時も言ってんだろ」
 博士はやはり憮然とした顔のまま。
「そんなものワシの本意ではない。そういった内容を依頼する奴が悪かろう。主に貴様とかお前とかロゴスとかだな」
 カハハと陽気に笑うロゴス。
「アンタの技術は、ロクでも無い事にしか使いようがねーんだよ」
 カリスト博士は、ふんと鼻を鳴らして手にした資料に目を落とす。もう随分前に、博士の朋友ドクタートリイが別れの餞別だと言ってくれた資料だ。
 博士は人体研究にその人生を捧げた男。彼は、人の精神や頭脳に着目し、より優れた人間を作り出そうと研究を続けている。
 具体的には、頭蓋骨を開いて中に刺激を与えるような、精神を極限まで追い詰めた上で説得を試みるような、そんな研究であり、結果出来上がった成果も、他者の人格を破壊し意のままに操れるようになるだの、自らの保身を考えなくなった故の捨て身な強さを得ただの、そんな後の無いものばかりである。
 博士が動くというのは、つまりそういう実験結果が暴れ回るという事で、破壊力は抜群であるが運用が極めて難しく、流石のロゴスも使い所はここ一番の時と決めているのだ。


 開拓者ギルドは、常時幾つもの懸念を抱えているものだが、今回は特にそれが際立っている。
 ものに動じぬと言われた係員ディーも、心なしかやつれて見える程だ。他の職員はほとんどがロクに寝る間も無いようで、不健康な寝不足面を晒している。
 とはいえ情報の解析能力に関しては、ジルベリア随一と言って過言でない程の精査能力を持つジルベリア開拓者ギルドだ。
 一連の事件の流れから、最も重要と思われる件を幾つか拾い上げていた。
 一つはジルベリア王立魔法機関にて管理していた呪物が奪われている事。一つは同じく王立魔法機関の研究施設の一つが襲撃されている事。
 この王立魔法機関にて扱われているものは、そもそも魔術師でもなければ持っていても意味が無いものばかり。それに奪われたとはっきりわかっている呪物は、専門に研究を重ねた魔術師でもなければ取り扱う事すら出来ぬ危険物だ。
 つまりこの二件には、かなり魔術に詳しい魔術師が絡んでいると思われる。
 ジルベリアでは基本的に優れた魔術師は王立魔法機関に所属するものだが、思想調査などで弾かれる事も多い為、野良にもそれなりに優れた人材は存在する。
 民間やギルドに協力するのは概ねこういった魔術師で、今回ギルドが協力を頼んだ魔術師も、そういった野良の内の一人。
「まいどどーもー! 何時もにこにこ現金払い! 金ある限り何時でも貴方のお側におります! 魔術師商会のロゴと申しますー!」
 と、めちゃくちゃ軽薄な雰囲気で表れたこのロゴという男。金銭目的(魔術の研究には金がかかるものなのです)の魔術師に仕事を紹介する魔術師商会なる組織から来た男だ。
 アドバイザーとして招いた彼に、ギルド係員ディーは次の作戦への同行を求める。
「危険手当さえ出りゃ何処へだって行きますぜ」
「戦闘はウチの連中の仕事です。ロゴさんには倒した奴等が所持してるだろう、呪物を安全に持ち運ぶ為の装備を見つけてもらいます」
「倒した? 捕縛じゃねえんですね」
「油断はしませんよ。捕縛は圧倒的な実力差があった時のみ、現地の判断でそうしてくれればいいです」

 ロゴは、まあ、つまる所、『クレイジーロゴス』その人である。
 一体どういった詐術を用いたものか、ロゴスはギルドの調査を掻い潜ってその内に潜りこんで見せたのだ。
 そして、早速受けた依頼の内容を聞くなり、冷や汗が止まらなくなる。
 ロゴスが考えていた絶対外せぬ五つの作戦。その内二つは既に成功しているが、ギルドには残る三つ全てを潰しにかかる用意があったのだ。
 内の一つの作戦に同行するよう求められており、ロゴスは至極冷静に、三つの作戦全ての失敗を認めた。
『いやもう本当コイツ等洒落になんねー! 森の連中はどうやってこんなのとケンカしてたんだっつの!』
 ロゴスの目的は、自らの目でギルドという存在を感じ取る事だ。
 どういった組織なのかを肌で感じ、そして、その目を逃れる手段を探す。現状、ロゴスが得ている全ての情報を整理した所、絶対にギルドを誤魔化しきる事は出来ない、と結論が出ていた。
 時間さえ稼げればそれで勝てる。そんな条件であるにも関わらずだ。
 しかし、いざ戦力を派遣するとなった段階で、ロゴスは勝機を見出す。
 ディーが派遣兵数を口にした時、ロゴスは思わずつっこみそうになるのを必死に堪えた。
『はあ!? 兵数十人未満って本気かよ! いや、全員志体持ってたってそれじゃ対応しきれなくねえか? おいおいおいおいおいおいおいおい、これワンチャンあんじゃね? レッドベアーなら皆殺しにしてお釣りくるだろ』
 後詰めや支援は他に用意されているが、実戦力は十人未満。ならば、ロゴスが用意した狂獣レッドベアーと赤熊盗賊団で粉砕しきれるとロゴスは踏んだ。
 
 王立魔法機関関係建物の警備体制は、一般的な感覚で言うのなら物凄く厳しいものであると言えよう。
 常に志体持ちを待機させておくのは、維持するのに結構な金がかかるものなのだ。
 ただ、あくまで賊への対処であって、それが軍の一部隊といった戦力規模であったのなら、彼等ではどうにもしようがなくなる。
 レッドベアー盗賊団は、盗賊団とは名ばかりの歴戦の兵の集まりで、むしろ傭兵団といった方が相応しかろう。
 少数の精鋭のみで身軽に強盗稼業に勤しむ、無駄に陽気な仲間達である。
 尋常ではない程高い武力で警備を粉砕し、頂くものを頂いてさっさと引き上げる。その極めてシンプルな強盗スタイルが成功率の高さに繋がっております。


■参加者一覧
羅喉丸(ia0347
22歳・男・泰
秋桜(ia2482
17歳・女・シ
野乃原・那美(ia5377
15歳・女・シ
ジークリンデ(ib0258
20歳・女・魔
リィムナ・ピサレット(ib5201
10歳・女・魔
アルバルク(ib6635
38歳・男・砂
ジェーン・ドゥ(ib7955
25歳・女・砂
ヴァルトルーデ・レント(ib9488
18歳・女・騎


■リプレイ本文

 リィムナ・ピサレット(ib5201)は、敵を前に寝ぼけたやりとりをするロゴ、いやさロゴスの会話を聞き、彼を敵であると断ずる。
 音も無く術式を作り上げようとしたリィムナは、レッドベアーと戯言をやりあいながら振り向いたロゴスの、嫌らしく笑う顔を見て先手を取られた事を知る。
 リィムナの膝が床に落ちる。襲い来る強烈な睡魔。横に居たジークリンデ(ib0258)が屈みこむ気配も感じられる。
 まったくもって、正しい判断だ。火力の要を真っ先に封じに来たのだ、この男は。
 リィムナも、そしてジークリンデも、この不覚の原因を正確に把握している。
 ギルドがハメられていた段階で、二人にはロゴスの先制を防ぐ手段なぞないのだ。今回の件、開拓者達には後で代表者ディーをしばく権利があろう。
 暗闇に意識が落ちる直前、リィムナは冷静に、現在判明している情報をまとめる。
 ロゴスは極めて高い知覚力を保有しているが、リィムナとジークリンデ、両者を同時に一撃で屠る程の術は持ち合わせていない。
 故に二人を封じ続けるには、睡眠の術を行使し続けるしかない。
 リィムナはちらとジークリンデに目を向ける。彼女から諦念の気配は感じられない。彼女もまたその冷徹な瞳で、現状が絶望的ではない事を見抜いたのだろう。
 絶望的なのは、むしろロゴスの方であろうと。

 ジェーン・ドゥ(ib7955)が刀を片手で振るうのに対し、アルザスは長大な両手剣を手足のように振り回す。
 武器の重量差か、アルザスが攻勢に出る時間の方が長い。
 しかし、ジェーンが要所要所で織り交ぜる鎧の薄い部分を抜く絶妙の剣閃が、勝敗の天秤が一方に振れるのを防ぐ。
 ジェーンは奇をてらわず、確実に攻められる時のみ前に出る。それ以外は磐石の防御体制を決して崩さず。片手剣騎士の王道的動きだ。
 大剣相手には受けず、流すか逸らすか。一つ一つの動きを決して焦らず丁寧にこなす所などは、騎士が一番最初に学ぶ心得を踏襲していよう。
 だが、アルザスもこれまで数多の騎士を屠って来た戦士。セオリーの崩し方は心得ている。
 急所狙いを牽制に用いたジェーンの防御を、連撃にて踏み潰す。隙をつく余裕なぞ与えぬ圧倒的攻勢だ。
 こうなると、剣の重量差が効いてくる。防ぎきれない剣撃に、ジェーンは致命打だけは何とかして避ける、そんな状況に追い込まれていく。
 それでも連撃を続けるには限界があり、この合間を縫った一撃をジェーンは飛ばす。その精緻さ、間の取り方、距離感、全てに置いて完璧な一撃だ。
 アルザスも防ぐ事能わず、血飛沫を上げるが構わず剣を振り回し、ジェーンの刀を弾いて体勢を崩しにかかる。
 下がれば斬られる。なら前に出るしかない。しかし騎士にとって、超近接は逆に絶好の間合い。
 いざや、そう構えた所で、アルザスは両の足から力が抜けていく感覚を覚える。
 腹部に、鎧をぶちぬいて弾丸が一発。
 完全に思考の外からの一撃。動きの止まったアルザスに、ジェーンは剣の勝負に興味は無い、と言わんばかりの顔で手にした短銃を構えなおし、引き金を引いた。

 片手に曲刀、片手に短銃という見るからに砂迅騎スタイルなアルバルク(ib6635)は、まずは敵の動きを見る。
 敵は皆思い思いに戦っているようでいて、不思議と連携が取れている。その肝を見定めるべく目を凝らす。
 居た。
 回数こそ少ないが、要所要所で動きを指示しているサムライ、ガリレオの姿が目に留まる。
 鋭く踏み込み、曲刀を下段横薙ぎに振るうアルバルク。ガリレオは半歩下がり刀で受ける。
 弾かれる曲刀に逆らわず離れ、アルバルクは間合いを開ける。ガリレオ、下がるのならと追わず。アルバルクは人の悪い笑みを浮かべ、銃撃をくれてやる。
 ガリレオ、咄嗟に刀を盾に銃弾を弾く。運もあろうが、この男恐ろしく目が良い。
 絡んで来るのならとガリレオはアルバルクとの距離を詰めにかかるが、そうなるとアルバルクは距離を開けたまま再度銃撃を。
 ガリレオが舌打ちするのが見える。アルバルクの目的は嫌がらせであるので、彼の反応は最高のものだ。
 例えば射撃の専門職のように防ぐ手段が少ないなんてこともなく、近接にも慣れたアルバルクであるから、剣は防御に徹すると決めればかなりの所まで防ぎきれる。
 射撃間隔も練力にての装填を行う事で剣撃と変わらぬ頻度を保っており、敵さんからすればさぞや鬱陶しいものであろうて。
 そんな執拗な攻撃にも一切冷静さを失わぬのは司令塔らしい、と思えたが、アルバルクがわざと一手ミスってやると、ガリレオはここぞと踏み込んで来る。
 凄まじい速度の突き。
 アルバルクはこの切っ先、先端に曲刀の先をぴたり合わせて見せる。
 そこからは職人芸の域。瞬きする間に曲刀の反り上を滑らせ、敵の切っ先が外れるや否や手首を返して抜き胴ならぬ抜き首にて、真横を駆け抜けながら首を斬る。
 最後にアルバルクが深く呼気を吐き出すと、ガリレオの首がごろりと地に落ちた。

 野乃原・那美(ia5377)の背を斜めに切り裂いたのは、ラッドの持つ魔剣エンハンスだ。
 正直、完全にラッドの意識の外に動けた自信もあったし、ラッドに背後の敵の位置を完全に把握する術なぞないと思っていたのだが、ラッドは振り向きざまの一撃で那美を捉えたのだ。
 血に誘われるように暴れるラッドを見て、那美は自らの同種かと思っていた。しかしこの男、狂気に自主性が無いように思えてきた。
 異常者にも異常者の理屈がある。血を、剣を、戦を楽しむといった風情はラッドの何処にも見られず、ただただ妄執に捉われ悲鳴をあげながら剣を振るっているように那美には感じられる。
 那美もまた、何処に出してもドン引かれる異常者そのものであるが、それは彼女の感性が鈍い理由にはならない。むしろ、常識に捉われぬ那美の率直すぎる感受性は、物事の本質を捉えるにより適している場面もあろう。
 そんな彼女の感性が、ラッドと魔剣エンハンスを捉えたと感じた。
 那美の陽動全てを見切り、切り返して来る剣豪ラッドに向かい、那美は走る。今度は逆に、一切の陽動を仕掛けぬままに。
 ラッドから見て、狙える急所は数多ある。頭部、胴、腕も悪くなければ足を狙うのも良い。その全てで受けるべきタイミングに差異があり、避けきるにはラッドの攻撃先を読んでおかねばならない。
 ラッドは躊躇無く心の臓に剣を突き出す。口の端が上がる那美。相手の生死ではなく血を求めるラッドが最も優先する部位は、そこしかないと読みきっていた。
 剣をすり抜け、ラッドの背後へと抜けた那美は、まだ息のある内に両刀を突き立てる。
 正面側に噴出していた血飛沫は、その一撃で噴出す先を変え、那美の方へと降り注ぐのであった。

 ロゴスの睡眠術にて倒れた二人の術者。これを狙い走る泰拳士グレイター。
 グレイターはしかし途中で進路を急変更、大きく飛び下がる。秋桜(ia2482)の闇より伸びる刃は、一撃必殺のそれであったが浅手を負わせるのみ。
 秋桜の足は止まらない。そのまま駆け続け、飛来した矢を叩き落す。
 ドミナントは弓を構えた姿勢のまま走る。それは、距離を取るものではなく、むしろ秋桜へと向かっていくものであった。
 ドミナント、グレイター、共にロゴスに目を向けるが、彼は眉根を潜め首を横に振る。これを確認したグレイターもまた秋桜へと向かって行く。
 隠密を使えぬ複数との接近戦。志士、シノビ以外との戦闘。背後に護衛対象あり。秋桜にはまるで向かぬ戦場であろう。
 グレイターの豪腕を潜る。連撃となる返しの拳を足捌きのみで外す。この時点で正中線はまっすぐ保っていたが、上体ごとこれを大きく崩して倒れこむ。頭上を矢が通り抜ける。
 転倒しかねぬ姿勢であるが、全身のバネを用いて跳ねるように距離を取る。着地の際、足をリズミカルに跳ね上げもう一矢をかわす。
 背後から迫る圧力。
 前方へと飛ぶと、後頭部を風と熱が撫でる。
 両手を大地につき、側転。体を捻り両足を大きく回す事でグレイターの接近を牽制。回転の勢いで大地から再び跳ねる。左手は、飛来した矢を素手で握り掴む。
 グレイターが懐深くへ、高速の三連撃。敵の手の甲を撫でるように全弾を流す。グレイターの背後から、隠れるようにしていたドミナントの矢が。
 頬をかすめる矢に僅かも気をとられず、一瞬でトップスピードにまで加速した秋桜はグレイターのみならずドミナントの更に背後まで駆け抜ける。
 秋桜が手にした刀からは、二人に刻まれた傷口より滴る血の赤が。
 得手とせぬ戦場であろうと、彼女の地力が失われる訳ではないのだ。

 ヴァルトルーデ・レント(ib9488)にとって、その反応は望む所であった。
「ああああああ、犬くっせぇ。帝国の犬騎士くっせええなあああおおいいいいいい!」
 敵将レッドベアーは、そんな戦術云々とはまるで関係ない理由でヴァルトルーデへと襲い掛かる。
 顔つきを見ただけでそう口にする野獣の感性は大したもの、なんて事をヴァルトルーデは考えておらず、煽る手間が省けた、程度である。
 ヴァルトルーデは、レッドベアーの先の先を取りに動く。
 この者の処刑を心に誓うと、全身よりオーラが滾り、波打つように長大なサイズの先までを覆う。
 レッドベアーの剣閃は、ヴァルトルーデのそれに僅かに遅れる。得物の長さの差であろう。
 鎧を強く弾く音。すぐにヴァルトルーデの肉を強く殴打する音が続き、再び鎧を叩く金切り音が。次に聞こえたのは肉を裂く音。
 先の先を取った。しかし、レッドベアーはまるで止まる気配もない。ヴァルトルーデの強打にも、ほんの一瞬すら停滞せず。
 羅喉丸(ia0347)が走り、レッドベアーに掌打を打ち込み彼の体勢を崩す。だが、それでも止まらない。
 羅喉丸の痛烈な一打にもまるで目もくれず、暴風の如き剣撃をヴァルトルーデに振り下ろす。
 先制された不利を手数と威力で塗り潰し、羅喉丸の横槍にもビクともせず。ヴァルトルーデのラッシュを受けきったレッドベアーの前で、彼女は静かに膝を付く。
 首を刎ねるトドメの一刀を、これだけは許さじと必死に防ぐ羅喉丸。背後で彼女の倒れる音が聞こえた。
 レッドベアーの殺意が、羅喉丸へと向けられる。
 羅喉丸は即座に全開。野獣の連撃の全てを、体捌きのみでかわしきる。そこで少しでも驚きを顔に出してくれれば可愛げもあるのだが、どれだけかわされようとレッドベアーは全く意に介さず、何時息継ぎしてるんだかわからない勢いでガンガンに押して来る。
 それでも、羅喉丸もまたヴァルトルーデと同じく、一歩も引かぬまま。
 むしろより前へと出て剣の間合いの内へと入り込む。羅喉丸が熟達の技で手数を上げれば、レッドベアーは気を漲らせ威力を上げる。
 それでも、まだ足りない。かわして当てるではなく、更に、更にもう一歩進む。
 羅喉丸は腰の位置に拳を引き寄せ、逆腕を前方に突き出す。レッドベアー、突き出した腕に釣られる事なく、急所である胴を狙い肩口から袈裟に切り下ろしてくる。
 まだ、かわせぬ位置に、まだ、肩口に触れる、まだ、叩き付け砕く、まだ、刃が食い込んだ所で、まだ、切り裂く動きに、肉を裂き、骨を断つ、だ。
 剣先より伝わる感触にレッドベアーが必殺を確信した時、彼が勝利の手応えを得た時、全てを覆す神速と、鉄壁をすら打ち砕く剛拳を。
 胴中央に打ち込まれた拳は、レッドベアーの背中の鎧を砕き、彼は大地を転げ回っていく。たった一歩の後退すらしなかった男が、白目を剥いたまま吹き飛ばされていく。
 羅喉丸も当然深い傷を負っている。だが、レッドベアーのそれは、間違いなく致命傷であろう。かつてない程の手応えが振るった拳にはあった。
 そんな当たり前を、乗り越えてこその一流か。レッドベアーは、白目を剥いたまま立ち上がり、立ち上がった所で瞳に色が戻った。
 後一つで倒せるだろう。しかし、それを打てるかどうか。五分も無いか、と妙に冷静な頭で考える羅喉丸。
 レッドベアーが言った。
「ちっ、テメェの犬度、見誤ってたか」
 そのまま大地に倒れるレッドベアー。背後には、どう見ても動けるような怪我ではない、意識すら定かでなかろうヴァルトルーデが、大鎌を手に立ち尽くしていた。

 ロゴスは、他人事のように笑う。
「やっべーわこりゃ」
 ロゴスは稀有な術者であるが、超弩級の術者であるリィムナとジークリンデの二人を、たった一人で封じ続ける事なぞ出来るはずもない。
 ロゴスが作り上げる術式構成、その癖を読み取ったジークリンデは、ようやく抵抗の形を練力にて体内に構成する事に成功する。
 ふと気付くと、リィムナもほぼ同時間でその構成に成功している。ジークリンデにとって、同格に並び立つ者はそれほど多い訳ではない。身近な誰かを一瞬だけ思い出す。
 もう睡眠術は通じない。どちらにも。そう見切るや否や、ロゴスは即座に逃走に移った。その判断の速さは賞賛に値しよう。
 ジークリンデは、リィムナが随分と重い術を使おうとしているのを見て、自らは足止めを狙う事に。
 部屋を飛び出したロゴス。通路を走る彼に、その背後からジークリンデが覆い尽くす灰色を叩き込む。
 ロゴスを巻き込み、更に通路の奥の天井を崩してロゴスの逃げ道を塞いでしまう。如何な強固な壁も、この規模の術をこんな狭い空間に打ち込まれては防ぎようもあるまい。というか足止めで使うような術では絶対に無い。
 リィムナは、順に術式を作り上げていく。
 無理矢理とかではなく、順当に、淡々と、しかし出来上がっていくシロモノはこの世のそれでは断じてない。
 この世以外の何処かから招かれる不可視の力を、次々と重ねて呼び招き、ロゴスへと差し向ける。その数七つ。時をすら欺き揃えたこの七つが一体何なのかは、リィムナにすらわかってはいまい。
 だからそれが、本当に七つなのか、七つの出口から出てきた一つなのかは、誰にもわからぬ事で。更に言うならば、七つの出口が繋がっていてはならぬという理屈も、ありはしない。
 本来気配すら感じさせぬそれをジークリンデは感じ取り、僅かに咎めるような視線をリィムナへ向ける。リィムナはというと涼しい顔のまま。幼い容貌に似合わぬ胆力を備えているようで。
 二人は微塵も残さず消滅するロゴスの姿を予想したが、ロゴスは全身から血を噴出しながらも通路を阻む瓦礫を術で吹き飛ばす。
 至極冷静に、ジークリンデが追撃の一撃で通路先の壁ごとロゴスを吹っ飛ばすが、ロゴスはというとこれをもらいながら逃走してしまった。
 ジークリンデは、振り返ってリィムナに問う。
「どう思います?」
「人間じゃない。それだけは間違いないかな」
 頬をかきながら、リィムナはそう応えた。二人の魔術は、比喩でなくヒトに耐えうるようなものではなかったのだ。