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■オープニング本文 天儀は陰殻の地。 ここに、詩がギルド係員の仕事を始める前、世話になっていた犬神の里というものがある。 その犬神で三傑と呼ばれるシノビ、幽遠はトラブルが発生したというのに何故か笑顔である。 「はっはっは、しっかしようやく問題起こしたか詩の奴。随分とかかったな」 同じく犬神三傑の一人、華玉という女は隣に座るまだ幼い少女をつつきながら言う。 「六がやらかしたのは確か着任一月目だったわよね。親族の対応にキレて刃傷沙汰起こしかけたんだっけ」 六と呼ばれた少女はバツが悪そうに答える。 「あ、あれは違うのー。も、もうそんな事しないしっ」 彼等若手のまとめ役、藪紫という女性は、書類をまとめながら言った。 「里から出せるのは三人までですからね。他にも立候補者山程居た中から選んだ三人なんですから、ポカなんて絶対許しませんよ」 幽遠は笑って答える。 「他に天儀の開拓者ギルドで人雇っていくんだろ。楽勝だっての」 華玉は六にもわかるよう、敢えて藪紫に問う。 「で、私達の作戦目的は?」 藪紫は即答する。 「詩を助ける。それだけですよ」 それがジルベリア開拓者ギルドの利益を害する事になろうと、詩の力になるよう藪紫は犬神の三人と開拓者達を派遣するのだ。 何が起こっているか詳細はわからない。わからないからこそ人を出す。出奔の理由が詩のわがままであったなら頭をはたいて窘める。許せぬ理不尽に立ち向かわんとしているのなら、より良い落とし所を見つけられるよう力を貸してやる。 そしてこれが一番だが、どのような事態に転がろうと詩の生命を脅かすような状況は断じて許さない。子供は失敗をするものだ、といった藪紫の理屈を果たして幾人が納得してくれるものか。 犬神の黒幕、藪紫が身内に甘いと言われる理由は、こういう事を平然としでかすせいであった。 ただ、身内に甘いお姉ちゃん、というだけでないのが彼女であり、ジルベリア開拓者ギルドがジルベリア当局にさえ隠し通している詩の失踪を、天儀陰殻の地にありながら把握したというのだからとんでもない話であろう。 その段階ではまだ事態は不確定であったのだが、ジルベリアギルドで某開拓者が詩がどうのと騒いだとの話を聞き、どうにものっぴきならぬ事態であるようだと藪紫は察したのだ。 詩とは洗脳時代から付き合いがある六は、二人にのみ通じる狼煙をあげる。 ジルベリア各地でこの狼煙を上げながら、行方をくらました詩の居場所を探すという、少々気の長い話である。 ところが、まず最初に詩探索隊一行が辿り着いたジルベリア王都ジェレゾ周辺でこの狼煙を上げた所、速攻で返事がかえってきたのだ。 場所はジェレゾから程近い山の中。 これはまだ犬神一行は知らぬ事だが、詩が連れているミザリーをジェレゾに寄越せと言われてこれを拒否する為に詩は彼女を連れて逃げたのだが、その逃げた先がジェレゾ側だという話である。 詩は折りを見てジェレゾの街に潜入し、ジルベリアとギルドの動向を見張りながら潜伏を続けていたのだ。こんな大胆な真似、十歳前後の子供のやる事ではなかろう。いや、子供だからこそ出来たという事だろうか。 そんな潜伏中の詩が狼煙を見るなり返事を返してきたのは、詩には六を疑うという発想自体が無く、犬神の里に何か異変でも起きたかと思いすぐに答えたのだ。 そうして、拍子抜けなぐらいあっさりと、一行は詩との合流を果たした。 アシッドは、現在アレシュと主要メンバーが決死の探索行の最中である為、紅茨騎士団の最終決定権を任されていた。 その彼が首をかしげたのは、彼が別の仕事を任せたガリィという男が戦闘の末消息を断った場所が、ミザリーの現在地と一緒であったせいだ。 不審に思ったアシッドは、少し危険を犯してジルベリア帝国内に潜入させておいた者と接触を取る。ミザリーはジルベリア当局の手の内にあるのではないのかと。 そこで始めて、ギルドがミザリーの引渡しを渋っているという話を聞く。 「どういう事だ? ギルドが隠している? いや、ならガリィとぶつかる意味がわからん。ま、さか……懐柔、したというのか? あのまともに会話も交わせぬミザリーを? ギルドの戦力としたと? この短期間でか?」 そうなってくると、ヤバイなんてものじゃなくなる。 最悪、アレシュが戻る前に全てが終わってしまう可能性すら出て来た。 「ジミー! 留守を頼む! 俺は今動かせる最大戦力でミザリーを狩りに向かう!」 騎士ジミーは渋い顔のまま。 「……むしろフーマはこちらに用いるべきでしたな。アレの隠れ身ならば、ミザリー暗殺の目もありました」 「今更言っても仕方あるまい。悪いがコキュートは連れていくぞ」 「いえ、山に人を残した所で意味はありますまい。私も出ましょう」 「……しかし、アレシュが戻った時、頼める者が誰もおらんでは流石に……」 「ならばコキュートを置いていきます。もしもの時、貴方の代わりに敵を足止め出来るのは、今のメンバーでは私しかおらぬでしょう」 紅茨騎士団に騎士はまだまだ居る。高い戦闘力を持つ者もだ。 だが、ジミーやコキュートクラスの剛の者は最早数えるほどしかおらず、彼等をアレシュが引き連れ決死の作戦の最中なのだ。 ジミーは出せる戦力を冷静に判断する。 「戦士が十五、魔術師が三、それとアシッド様と私で二十人。ジルベリアの騎士団ならば百が相手でも充分持ち堪えられる戦力です。ミザリーだけなら三度すり潰してお釣りが来ますが……」 大きく頷くアシッド。 「ギルドはそこまで甘くは無かろう。最悪でもミザリーだけは仕留めんとな」 まさかこの決死隊がぶつかる戦力が、ジルベリアのギルドでも帝国兵でもない、陰殻のシノビと天儀で雇われた開拓者達であるとは思いも寄らないアシッドであった。 襲撃者達の顔を見て、ミザリーの顔が青ざめる。 「アシッド!? アイツはマズイ! シィ! あれには絶対手を出さないで! アレは私がやる!」 そう言ってミザリーはアシッドへと突っ込んで行く。そして、一番強そうだからとアシッドを狙おうとしていた幽遠と華玉はお互い顔を見合わせる。 「仕方ねえ、俺等は他をやるか。華玉、何人やれる?」 「五人。六! 詩! 貴女達は開拓者達から離れちゃ駄目よ!」 「俺もそんな所か。おい開拓者! 俺達で十殺る! 六と詩使っていいから残りはそっちで何とかしやがれ!」 つい先日、開拓者達によって九死に一生を得たジルベリア貴族フリージスは、現在の状況が極めて精緻なバランスの上で成り立っている、そう思えてならなかった。 敵も味方も、後ほんの一押しで決着をつけられる。そこまで煮詰まっているからこそ、ここまで隠密に徹して来たラーダメンダルの遺臣達の動きが見えたのだろうし、味方が相手だろうと全く容赦なぞしないディーの動きが鈍いのもこうした状況故だろう。 「……本当、どうしたものか」 |
■参加者一覧
羅喉丸(ia0347)
22歳・男・泰
フェルル=グライフ(ia4572)
19歳・女・騎
珠々(ia5322)
10歳・女・シ
叢雲・暁(ia5363)
16歳・女・シ
狐火(ib0233)
22歳・男・シ
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔
叢雲 怜(ib5488)
10歳・男・砲
椿鬼 蜜鈴(ib6311)
21歳・女・魔 |
■リプレイ本文 ミザリーはアシッドの相手は自分だとばかりに突っ込んで行く。彼女の前歴を考えるにこれを止めるのは難しい、誰もがそう考えていた。 とはいえ、必要な事は口にしなければ伝わらない。椿鬼 蜜鈴(ib6311)は少し強い口調でミザリーに声をかけた。 「おんし、詩が落ち着かぬ。ちと下がりよれ」 「ふえっ!?」 すっとんきょうな声が返って来た。 驚く蜜鈴であったが、より以上にミザリーが自分の声に驚いているようで。 「あ、あっと、その、さ、下がった方がいい、かな。じゃなくって、え、えっと、ですか?」 「う、うむ」 「じゃじゃじゃあ、そう、する、します」 おずおずと後退するミザリーを見たアシッドは、ものっそい顔になりながら蜜鈴に問う。 「……お前、アイツに何した?」 「しらぬ」 珠々(ia5322)が開幕に放った苦無は、魔術師へ届く前に志士クラックの剣に弾かれる。 そのまま乱戦にならんとしている時であり、珠々はクラックを気にせず走りながら今度は三連の投擲を行う。 だがクラックは執拗に珠々へと絡んで来る。三方への同時投擲を、珠々との距離を詰める事で剣の間合いの内に収め、その全てを叩き落したのだ。 事ここに至れば敵の狙いは嫌でもわかる。そして、敵の高い技量も。 珠々は駆け寄ってくるクラックに対し、その場でリズムミカルにステップを踏む。 一歩跳ねる毎に珠々の周囲を風が走る。 両手剣を突き出すクラック。珠々は落ち葉のようにひらりとこれをかわす。 クラックは脇を締めたまま右、左と剣を振り回す。この間彼に、隙らしい隙は見られない。 かわす珠々は、振り回される剣風に押し出されるようにしてその軌跡より身を外す。 クラック、手を止めず。恐るべき体力、膂力であり、時折巧みに息継ぎを織り交ぜてくる。見事にすぎる立ち回りであろう。 しかし、珠々の動きはこれを上回る。 クラックが一撃加える度、珠々の身のこなしは洗練を増し、刃から体までの距離が離れていく。 とん、と小さな音がする。 珠々はクラックの周囲を回っているのみ。全ての剣撃をかわしながら。しかし、クラックの身には各所より血の滴りが。 流れる血筋は小さなとんっという音に合わせて増えていく。 険しい表情で放つクラックの必殺剣。 これを、珠々は右と左、双方に飛んでかわす。 二つに分かたれた珠々はクラックの背後で一つとなり、彼の首後ろに小さな釘のようなものを差込み、決着となった。 叢雲・暁(ia5363)は戦闘が始まって少しすると、アシッドと同じレベルで洒落にならない相手がフリーになっている事に気付く。 一瞬で戦場全てを見渡した後、暁は動いた。 刀を肩にかついで全速力で回り込み、走る速度を一切落とさぬまま殴りつけるように、その相手ジミーへかついだ刀を叩き込む。 寸前で時を止めての一撃に、ジミーはその場で一回転する程の衝撃を受ける。すぐに立て直したのは、夜からの攻撃を何度も受けた事があるせいだろう。 ジミーはまっとうな手では絶対に体勢を崩さない。暁はそれがわかっているからこそ、超が付く大振りで一気に決めにかかったのだ。 立て直すなり放つジミーの反撃を、かわさずまともにもらう。もらいながら、更に一発を返す暁。 騎士を相手にシノビのやる事ではない。だからこそ、相手の予想を外せるし、ジミー程の騎士をも崩すに足る手となろう。 上体の倒れたジミーに追撃を。ジミーは、左足を跳ね上げ鞭のようにしならせた足で暁を蹴り飛ばした。 これがジミーという騎士の恐ろしい所。基礎を極めて高いレベルで身につけていながら、咄嗟に応用をもこなすのだ。 だが、しかし、そんな事、暁はとうに承知の事。 ジミーは蹴りに用いた足から響く、痺れるような痛みを顔に出さぬよう堪える。 細く長い針が、彼の足深くに突き刺さりその動きを制する。これが、暁が無理に近接を狙った理由。 そして、暁は無茶をすると刷り込めた事で、この後のヒットアンドアウェイをこの上なく効果的に行えよう。 ただ、それでも、味方後方に居る超砲台の射線から外れた立ち居地を維持する彼を、殺しきれるかは難しい所だ、と暁は冷静に考えていた。 「あ」 依頼を受けた狐火(ib0233)が六と合流すると、彼女はそう口にした後、思わず耳を塞ぎたくなる勢いで騒ぎ出した。 単純に会えて嬉しいという話だが、その後延々延々以前の件の被害者達を家へと帰す、そんな今の仕事の進捗を報告する。 進捗報告というよりは、飲み屋の愚痴と言った方がより近いものではあるが。 いざ戦闘が始まると、狐火は六の動きに目をやる。 腕は以前より上がっているようだ。しかしそれは実戦の中で身につけたものではなく、弛まぬ訓練によって磨いたものに見える。 彼女は、前線で腕を振るうのではなく、人と接し会話していく道を選んだのだと、そう確信出来る。それはとても好ましい事だと思えた。 何故か言われるままに後退したミザリーと、彼女を守るように立つ詩。そしてこれに並ぶ六。狐火はここのフォローに入る。 ミザリーが氷壁にて敵斬撃を防ぐ。詩が敵刃を潜る、その敵頭部に狐火の番天印が。六が敵の袈裟を受ける、その背後より狐火がこの敵を屠り去る。 ミザリーに複数の敵が向かう。詩へと向かう二人目の敵に、狐火の秘術による三連投擲を。六に目が移りそうな敵の視線を、狐火は自身へと向けさせる。 過保護にも見えるが、他戦線がかなり激しくなっている事と、ミザリーと詩の双方が今回の依頼の鍵になっていそうな事を考えれば狐火はここを動く事が出来ない。 ふと見ると、ミザリーが空中へと向け腕を構えているではないか。 狐火は足元に転がる石を拾い上げると同時にこれを投げる。石はミザリーの眼前すれすれを通る。驚き抗議の視線を向けるミザリーであったが、狐火は涼しい顔のまま首を横に振る。 空中から術を打ち下ろしているアシッド。攻撃する事でこの注意を引くのは避けるべきだとの狐火の意見に、ミザリーはふんとそっぽを向いて無視しようとするが、はたと気付いて蜜鈴を見た後、渋々矛を収めた。 やれやれ、と散発的に迫る敵への対処に向かう狐火であった。 リィムナ・ピサレット(ib5201)の術に、真っ先に反応したのは華玉だ。 術を放つ前に、華玉は驚愕の表情を彼女へ向ける。そして一射目。 これで幽遠も、また周囲の敵全ても気付く。二射目が放たれる。 敵後方より指示が飛ぶ。戦況が一変する指示。アレを最優先でヤれという、当然かつ必死さ漂う指示だ。 驚き慌て、幽遠が叫ぶ。 「さ、さくせんへんこー!」 潮の如く迫り来る敵達の前に、立ちはだかるように幽遠が。華玉はリィムナの背後に滑り込み、そして、後ろから出た時はリィムナと寸分違わぬ姿に変化している。 フェルル=グライフ(ia4572)は、どんなに似合っていなかろうと戦士であり、その時その場で何が必要なのかを判断する能力は持っている。 加護結界を施した、最優先保護対象である詩と六とミザリーではなく、リィムナの援護に入る。 重苦しい斧の一撃を盾にて真っ向より受け止め、逆に弾き返してやる。 直後、脇を抜けていこうとした敵剣士に剣を叩き込む。攻めるでなく止める為の剣であるが、痛撃に足る一撃でなくばそもそも敵は止まらなかろう。 またこうしてフェルルと敵達が間に立つ事により、後方からの射撃投擲を防ぐ。 二人のリィムナが並んで立ち、全く同じ構えと全く同じ動きで全く同じ詠唱を行う。 凄まじく足の速い敵が大きく迂回して前線を突破し、右リィムナへと。右リィムナ、残像を残す程の速度で動き、敵剣撃の前に蹴り、殴り、斬り倒す。 左リィムナは正確に詠唱を終え、敵後衛を確実に仕留める。二人のリィムナはにこりと微笑み合い、立ち居地のスイッチを繰り返しながら詠唱を再開。 しかし敵も雑兵にあらず。 二人の敵騎士が、フェルルの左右から同時に、槍を掲げてオーラを放つ。 二人は同時にカミエテッドチャージにて、強引に突破にかかったのだ。 両者を同時に止める事は物理的に不可能。フェルルは何を持ったか盾を片方の騎士の前に投げつけつつ、逆側の騎士に駆け寄っていく。 突進発動直前に間に合い、片方の騎士は体当たりにより突進の方向を曲げられる。しかしもう一方はオーラをまといて大地を駆け出す。 大地に突き刺さった、投じたフェルルの盾が光を放つ。 同時に展開されたオーラの障壁に、敵騎士の槍と体は受け止められる。騎士は雄叫びと共に、更に力を込める。 オーラの障壁が限界を向かえ砕ける。しかし、時間は稼げた。 駆けて来ていたフェルルは盾を拾って騎士の突進を体で受け止め、そして、裂帛の気合と共に弾き返す。 「私もこうと決めたらとことんまで走るタイプなんです。そうやすやすと抜けると思わないで下さいね」 また、蜜鈴もこちらの援護に入る。 上空へと舞い上がったアシッドが、一帯をまとめて吹き飛ばす風の術を用いる。 威力が高いだろう事は予測がつく。真っ向から受けるだけではワリが悪かろう。 「堅固なる護石よ。奪い、護り、路とせよ」 向きを斜めにズラす事で、受けるではなく流す。風ならばよりそうし易かろう。 全てを防ぐ事は出来なかったが、威力を減じた風の嵐。これがリィムナを包むと、一筋の閃光が攻撃者であるアシッドへ伸び貫く。 世にも珍しい術カウンターだ。これでアシッドがリィムナ攻撃を躊躇してくれれば、との目論見があったのだが、集中攻撃こそないものの、折々こちらに術を飛ばしてはくるようだ。 蜜鈴はフェルルと幽遠の周囲に鉄壁を幾つか作っておいてやる。 これだけで、二人は上手いこと敵を牽制しつつ動きを封じるよう出来るであろう。 そうしてから、攻める。 盾組が守りながら削った敵へ。 「穿て雷槍、彼の暴風を撃ち晴らせ」 リィムナは、その力全てを敵殲滅に向ける。 これ以上の小細工は無用。既にリィムナという即死砲台が存在する事で、敵側の選択肢を大きく狭める事に成功しているのだから。 射界に入った敵を、確実に一人づつ倒していくのみ。 ぱたり、ぱたりと音も無く倒れていく敵。恐れる気もなく殺到してくる敵。自分の周囲で続く激しい剣戟。守ってくれている仲間達。 何処か現実離れしたこんな戦場でも、リィムナが冷静さを失う事は無かった。 叢雲 怜(ib5488)は、自らに期待されている役割を把握していた。 空を飛び回るアシッドへ、最大火力を一切の制限無く撃てる射程を持つのは怜だけだ。 高速飛行を行うアシッドは、怜の技量を持ってしても容易い的ではなかったが、手にした銃の尋常ならざる狙い易さが怜を助ける。 初弾。放つ銃弾は楕円を描き、急旋回する事でアシッドの背を強打する。 アシッド、舌打ちと安堵とが半々づつ。 『やっぱこっち来るかあんにゃろ! そりゃ他の連中狙われるよかマシだが、コイツの弾、マジいてーんだよ!』 高火力を先に狙うのは基礎中の基礎。アシッドは風術を怜へと。しかし、蜜鈴の術にて鉄壁が生えこれを防ぐ。 それでも壁を回り込むようにして吹き込んだ風が肌に痛い。 壁にて遮蔽を取りながら怜は銃撃を続ける。アシッドから風術がガンガン打ち込まれるが、必死にこれを耐える。 アシッドは埒が明かぬと思ったか急降下して怜に近接攻撃を。 待ってましたとばかりに怜は必殺の銃撃を。だが、アシッドは全神経を集中し、何と天魔猟弾二連を空中で身をよじってかわしきる。 すれ違いざまに風をまとった蹴りを叩き込むと、怜は川面を跳ねる軽石のように転がっていく。 しかし、アシッドが高度を下げるのを待ち構えていたのは怜のみではなかった。 羅喉丸(ia0347)は怜側の鉄壁に向かって跳躍する。流石に頂点までは届かない、しかし、少し遅れて飛んだ狐火が、跳躍最高点にいる羅喉丸を下から蹴り飛ばす。 羅喉丸もそのままではなく、狐火の足に自らの足裏を合わせて蹴り出し、鉄壁の上へと。 そして、急上昇するアシッドの頭を抑えるように、羅喉丸は鉄壁を飛び降り襲い掛かる。 アシッドはこの動きを察し、迎撃の構えを取りつつ速度を上げる。いや、上げようとして為し得ず。 地面を転がる怜は、片足を伸ばして強引に回転を止め、大地を滑り進みながら銃を構える。狙いが激しくズレるが、こんな好機はもうあるまい。 足裏から土煙を上げながら、怜は再度、本命の天魔猟弾を撃ち放つ。 アシッドをして苦痛の表情を堪えられぬ強烈な弾丸が二発、その背に叩き込まれると彼の体勢が大きく崩れる。 羅喉丸の腕がゆっくりと伸びる。 アシッドもまた腕を避けるべくゆっくりと腕を流し、羅喉丸との間で目線、起こり、加重移動等にて僅かな間に無数の牽制合戦を繰り返す。 風の加護を得て尚、崩れた姿勢では羅喉丸のそれに抗しきれず、アシッドは肘を下から掴み取られる。 瞬間、アシッドの体中を電撃が走り、バッタのように全身が大きく仰け反る。 羅喉丸の腕が不自然に盛り上がり、浮き出た血管が膨らみ脈動する。額の青筋、釣りあがった眉根、かみ締めた奥歯、羅喉丸はありったけ以上の力を搾り出していた。 アーマーの腕をへし折るのだって、ここまでの力は不要であろう。 そんな腕力を軋む音のみで堪えるアシッド。しかし残念ながら羅喉丸は、腕力のみの男では無論無い。 全身を捻りながら腕を回すと、重苦しく擦れる音と共にアシッドの右腕、肘より先が千切れ飛んだ。 アシッドの力を考えれば、到底ありえぬ被害だ。にも関わらず、アシッドは怯む事なく即座に反撃を羅喉丸へと。 飛行で羅喉丸の上に出たアシッドは、追撃を狙う怜に向けて羅喉丸を蹴り飛ばす。 恐るべき事に、ひどい出血を伴う損傷を負ったアシッドであるが、その後戦況が絶望的になるまで上空にて戦闘を継続した挙句、最後はジミーを抱えて離脱までしてのけたのだった。 変装を解いた華玉を見て、リィムナは愉快そうに笑い出す。 「背も体つきも変わるって凄いねっ、それどうやってんの?」 華玉は真顔で答えた。 「凄いのもどーやってんのか不思議でならないのも貴女の術の方でしょーがっ」 戦闘が終わり落ち着いた後、詩とフェルルは並んでミザリーに何かを語りかける。 これを受けミザリーは、意を決して蜜鈴の前に立つ。 「ん?」 「あ、あのっ……そ、その、ね。じゃなくって。えっと……こ、この間は、わ、私すっごく嬉しかったの、そ、それで……た、助けてくれて、アリガト、ゴザイマシタっ!」 そう言ってがばっと頭を下げると、顔中真っ赤にしながら蜜鈴の前から走り去る。 迎え入れた詩とフェルルが良くやったねー、とミザリーを褒めているのが見える。 蜜鈴は頬をかいた後、小さく肩をすくめる。自然と顔は笑みを象っていた。 |