意思ある災害
マスター名:
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/12/14 01:00



■オープニング本文


 ロゴスはやたらデカイソファーに勢い良く腰を降ろす。
「っだー、まいった。連中洒落になんねーぐらいつえーわ」
 やはりまたカリスト博士の部屋に転がり込んだロゴス。このソファーも彼の部屋にロゴスが持ち込んだものである。
「では尻尾を巻いて逃げ出すか?」
「じょーだん、素直に作戦変えて対応するさ。潰しにかかるのは無理だ。なら、誤魔化すっきゃねえだろ」
「どうやって?」
「こういう時の為の良い言葉がある。『木の葉を隠すなら森の中』ってな」

 開拓者ギルドへの依頼件数が、突然、ある日を境に、普段の二倍にまで膨れ上がった。
 依頼内容のどれもが、中々に重要な案件である。それは長らく見つける事が出来なかった犯罪者を追い詰めただの、密かに進められていた密輸組織の尻尾を掴んだだの、盗賊団の根城を発見しただの、行方知れずであった狂人の所在を掴んだだの、内容にも統一性が無い。
 ギルドへの依頼が増えたのは、こういったものに対処するジルベリア官憲の手が圧倒的に足りなくなっているせいだ。また、官憲どころか軍が出てもおかしくない事例も多数含まれており、やはり純粋に戦力が足りていないのだ。
 こうした突発事態に対し、ジルベリアのギルド責任者の一人、ディーは極めて強い。
 淡々とした姿勢を一切崩さぬまま、必要な分だけを適度に配備し、足りぬとあらば天儀からすら人を引っ張って来て対処する。
 元々緊急時の対処もマニュアルに書かれており、これを都度適切に当てはめるだけで良い。そう出来るようマニュアルを作っておいたのだから、ディーからすれば当然の事である。
 だから突然の師走な忙しさの中でも、彼は冷静に事態を見据える目を持っていた。
「どうやったかはわかりませんが、結果として紅茨騎士団が動くに優位な状況が立ち上がりました。さて、どうしたものでしょうか」

 あちらこちらと忙しげに走り回っていたロゴスは、作業の仕上げにかかる。
 彼の上司である魔術士達のボス、マクシムと面会を行う。
 マクシムは彼の仕事を高く評価していた。
「おお、ロゴスか。良くやった、まさかこちらの仕掛けを隠す為に、事件自体を増やそうなぞとは……はははっ、流石は『クレイジーロゴス』か。発想が常人の及ぶ所ではない」
 仰々しく恐縮してみせるロゴス。
「お褒めに預かり、恐悦至極でございます」
「はっははははははは。お前がかしこまって大人しくしている時は、大抵ロクでもない事を考えておる時だ。言ってみろ、次は何を考えた」
 ロゴスは、我が意を得たり、と会心の笑みを浮かべる。
「ええ、では……」
 そして、恩師に当る導師マクシムに、攻撃術を撃ち放った。

 部屋の中から聞こえた凄まじい騒音に、周囲の者達が驚き駆けつけた時には既に全ては終わっていた。
 半死半生の体でふらつきながら壁によりかかっていたロゴスは、部屋の中央で半身を灰と化したマクシムを見下ろしけらけらと笑い出す。
「まったく、このじーさまやっぱクソつえーわ。死ぬかと思ったじゃねーか」
 戦闘の機微と魔術の戦闘利用に長けていたマクシムという名の最強ガチンコ仕様魔術師を、サシで倒せる人間が居ようなぞと、この魔術師団に属する誰もが考えていなかった。
 魔術士達は、導師マクシムは紅茨騎士団の英雄アレシュや風の王アシッドをすら凌駕すると信じていたのだ。
 それが一対一で敗れたという事が信じがたく、しかし相手がロゴスであると聞くと、背筋の凍える感覚と共に何故か納得が出来てしまう。
 実力云々を確認した者は少ないが、ロゴスならば何をしでかしてもおかしくはない、そう思えてならないのだ。
 この事件から組織全てをロゴスが掌握するまで、ものの数週間もかからなかった。
 ロゴスの方針は若い術者達には受け入れ易いもので、これまでの極めて厳しい情報管理体制を一部緩和したり、予算申請の基準を甘くしたりというもの。
 実際、何処からかまるでわからぬ所から金を引っ張って来ており、潤沢な予算を元に各魔術師達が自由に実験を行えるよう手配してくれる。これで、文句を言う方がおかしい。
 老齢の者達はマクシムへの思いから複雑な部分はあれど、ロゴスは彼等にも充分配慮し、予算やら人員やらを回してやるので、よっぽどの頑固者以外は概ね彼の傘下に収まる。

 カリスト博士の部屋は、ロゴスにとって一番の寛ぎスペースであるようで、仕事が一段落すると何時も彼はこの部屋に顔を出す。
 カリスト博士は不思議そうにロゴスに問う。
「のう、随分と手間をかけて魔術士達を手なずけておるが、連中何かの役に立つのか?」
「もちろん。もう充分役に立ってるぜ」
「ほう、具体的には?」
「まだまだ足りねえんだよ、森の木が。だからな、連中に予算と許可を出してやりゃ、あの馬鹿共好き放題やらかしてギルドやら官憲やらの目に留まってくれるだろうぜ」
 小さく噴出すカリスト博士。
「なるほど、端っから連中全て食いつぶす気じゃったか。騎士団から文句は出んかの」
「騎士団の要求は倍の早さでクリアしてる。そりゃこんだけ世間様が騒がしきゃ動き易くもならぁ。きっちり結果出してんだから文句言われてたまるかよ」
 けらけら笑うロゴスは、ふと思い出したように手を叩く。
「おっとそーだ、博士。これからしばらく外出は控えた方がいいぜ」
「む? 何だいきなり」
「テオフィル、出しちった」
 てへっと笑うロゴス。対する博士は彼にしては珍しく、顔中が驚愕に歪む。
「お前っ、正気か? ……ああ、そうだな。クレイジーロゴスに正気を問うなぞと、愚かな真似をした。馬鹿が、誰がアレを処理するというのだ」
「ギルドが何とかすんじゃねーの? 俺しーらね♪ 何、最悪ジルベリアが軍出しゃどうにでもなんだろ」
「軍に見つかるような愚かな真似をアレがするものか。『意思ある災害』の二つ名、忘れた訳ではなかろう……ああ、なるほど、全くもって今の状況に相応しい奴ではあるだろうが。なあロゴス、一つ聞きたい事が出来たぞ」
「ん? 何だよ」
「お前、実は人間を滅ぼさんとするアヤカシか何かではないのか?」
「ばっかやろう、俺みたいな男前のアヤカシが居てたまるか」


 テオフィルは、中肉中背、とりたてて目立つ容貌ではない。
 数年振りに山から降りて来た彼は、近くの宿場町に立ち寄ると、宿の前で水をまいている女性と目が会った。
 小さく会釈する彼女にテオフィルもまた笑みを返した後、彼女を一打で木っ端微塵に消し飛ばした。
 魔術ではない。陰陽術でも巫術でも。テオフィルの目にも留まらぬ拳打の衝撃が、女性の全身に一瞬で伝わった結果である。
 朝の忙しない人通りの最中で、いきなりの行為に、誰しもが一瞬我が目を疑い、その間にテオフィルが大地を軽く足で蹴ると、彼等もまた凄まじい振動に全身の骨を砕かれ大地に伏せる。
 彼がこの宿場町全てを滅ぼすのに、ものの半刻もかからなかった。


■参加者一覧
梢・飛鈴(ia0034
21歳・女・泰
相川・勝一(ia0675
12歳・男・サ
秋桜(ia2482
17歳・女・シ
叢雲・暁(ia5363
16歳・女・シ
天ヶ瀬 焔騎(ia8250
25歳・男・志
ジークリンデ(ib0258
20歳・女・魔
成田 光紀(ib1846
19歳・男・陰
刃香冶 竜胆(ib8245
20歳・女・サ


■リプレイ本文


 刃香冶 竜胆(ib8245)の銃撃は、攻撃というよりは敵の動きを見る為の牽制であった。
 さてどんなものかとテオフィルを見る竜胆であったが、テオフィルの瞳が竜胆を捉えると、それだけで心底が震え上がる。
 それでも竜胆は自分が今尋常ならざる精神状態にある、という事に気付く程度の冷静さは持ち合わせており、手にした霊剣を眼前に立て、その輝きを目にする事で心を取り戻す切欠となす。
 竜胆と共に前衛集団がテオフィルに突っ込む。皆が彼の間合いに入る前に、秋桜(ia2482)、叢雲・暁(ia5363)、二人のシノビが隠密状態からいきなり仕掛けた。
 二人の攻撃があった事はテオフィルが動きを見せた事でわかったが、それ以外は何かがあったとは思えない、極めて静かなもの。
 暁の刃に対し、迎撃に蹴りを飛ばしたテオフィルであったが、これを夜の力で潜り抜け背後より足を切り、その場を離れる暁。
 秋桜は自らの完璧な隠行に不意打ちを期待出来ると思っていたのだが、テオフィルは敵が見えていようと居なかろうと、どうやら関係ない相手であるとわかる。
 自らの制空圏に侵入した存在全てに、ほぼ無意識レベルで反応してくる。一体どういう修行をしたらこんな超常能力みたいな技が身に付くものか。
「拳聖と呼ぶべき腕前ではあるのでしょうが……」
 だが、暁がそうしたように、反応しようのない夜はどうやらこの相手にはかなり有効であるようだ。
「あくまで技術に限った話。私達で引導を渡さねばなりませぬな」
 それと知られたら集中的に狙われるだろうし、そうなったらかなり厳しいので近接しっぱなしは出来そうにないが。
 テオフィルは前衛が戦域に到達する直前、何やら思う所あったか妙な動きを見せる。そして彼は、四つに増え彼等となった。

 天ヶ瀬 焔騎(ia8250)は、いきなり四人に分身とかしてくれやがったテオフィルの一人を受け持ち、必死に防戦を続けていた。
 テオフィルの攻め手の出鼻を狙い拳の伸び際に右剣を伸ばす。これは、精神を極限まで集中させテオフィルの挙動を見据えていたからこその反応速度だ。しかしそれも、テオフィルの技にあっさりと凌がれる。
 手首の返し一つで斬りかかった剣先を弾く理不尽さは、筆舌に尽くしがたい。
 ほぼ同時に逆側より蹴り足が飛んで来る。これを左刀にて受ける。腕はどうにか堪えたが、大地に踏ん張る両足が沈み込む程の衝撃が襲う。
『……ちっ……流石に重いなっ』
 梢・飛鈴(ia0034)の下段蹴りを、テオフィルは腿で受ける。そして、飛鈴はこの蹴りの封印を決意する。
 敵から、気配が全く無いのだ。この蹴りへの警戒の気配が。それが逆に恐ろしい。この男の挙動を少し見ただけだが、コレがありえない怪物だというのは理解出来た。ていうか四人に分身して別々に戦うとかそれだけで既に人智を超えていようが。
 ともかく、そんな敵に二度同じ技を繰り返す程飛鈴は度胸が良くない。例え、返し技が難しい下段の蹴りでも。
 ただ、踏み出しての下段蹴りは、蹴り足を大地に置き前に出ると更に間合いを詰める事が出来る。これで近接し敵の攻撃を封じにかかる。
 が、この間合い、泰拳士であるテオフィルは当然苦手ではない。
 体同士が触れ合う距離でのせめぎ合い。飛鈴はこちらの腕が敵に触れた瞬間その脅威に気付けたが、引いて強打をもらう訳にはいかず、八極天陣にてその場に踏みとどまる。
 相川・勝一(ia0675)は分身した一体に向け槍を投げ放つ。
 これをかわすでなく肘で遠くに弾き飛ばすテオフィル。投げても戻ってくる事を一目で見抜いたか、かなり遠くまで槍は飛ばされる。
 勝一は立ち上がりが大事と一気呵成に長巻を振り下ろし、突き出し、斬り上げる。
 勝一の長巻からは赤い炎の軌跡が切っ先から尾を引くように走り、虚空に幾筋もの図形を描くが、テオフィルは何処か楽しんでいるように危なげなく全てを回避する。
 そうこうしている間に、遠くに飛んで入った槍が戻って来た。槍を受け取る瞬間、テオフィルが一気に前に出る。
 勝一、槍を受け取らずテオフィルを迎撃。狙い済ました強烈な一撃がようやく当たるが、直後、テオフィルの拳もまた勝一を強く打つ。
 泣き喚きたくなるぐらい痛いのを堪える勝一と、一切表情を変えぬテオフィル。
「効いているんだか効いていないのだか……。それでも叩き込み続けるしかないな!」
 叢雲暁は、竜胆と共にテオフィルの一人を受け持ちながら叫んだ。
「四人になったのは失敗じゃなかったようだなコンチクショー!」
 当然、竜胆からもテオフィルからも突っ込みは無し。
 暁は、時折漏らす寝言紛いはともかく、シノビらしく正面で持ち堪える竜胆の援護に徹していた。
 しかし、小癪の粋を集めた数々の牽制援護支援嫌がらせは全て、思った効果を上げる事は無い。本年度のイヤーオブ猪口才すら狙えそうな小技の数々を、テオフィルはまるで問題にせぬまま一つ一つ処理していく。
 暁はだが、焦る事なく丁寧に仕事を積み重ねる。
 この手の怪物に、誘うような一手は濫用すべきではない。逆をあっさり取られて泣きを見るだけなのが、彼女には良くわかっているのだ。

 成田 光紀(ib1846)は、テオフィルを前に感嘆を禁じえない。
 テオフィルは四人に分かれた事で、完全にこちらを押し込みにかかっている。数に勝る熟練開拓者達を相手にだ。
 暢気に観察しながらも、光紀は当然援護を欠かさない。
 もう一人の術者ジークリンデ(ib0258)は何やら仕掛けをしているようなので、皆の治癒は光紀が担当し、大きな傷を負った者を次々と癒していく。
 想定外の分身に、前衛はもうそれぞれの対応にかかりっきりとなっている為、全体の俯瞰は光紀の役割となる。ともかく、ジークリンデの術式を柱に、前衛組の反撃の機を伺う。
 それまではひたすら損耗の軽減だ。治癒もそうだが、幻術にて敵の動きを鈍らせ、回避を容易にする。
 それに最初に気付いたのは光紀だ。
 テオフィルの一体に幻術をかけると、どうやら他の三体にも影響が出る模様。つくづく興味深いと何処か愛おしげに彼を眺める。
「面白いモノがあると聞いたから出向いたものの、成程。人間とは面白いものだ……ああも成れるのだな」
 光紀には、戦場全体の緊張感が膨らんでいくのがわかる。
 ひたすら防戦に徹していた開拓者達が、テオフィルのイカレた技量に慣れ始めているのだ。
 テオフィルには決して得られぬこれが開拓者の力だと、光紀は良く知っている。
 自らより強い者に挑む事が常態である開拓者は、皆我知らず適応能力が高くなっていくものなのだ。
 その瞬間を前に、光紀は一人ごちる。
「恐ろしい物ほど面白い。さて、あれを知ろうではないか」

 飛鈴の顎を、真下より蹴りが打ち上げる。浮き上がった体にテオフィルの拳が打ち込まれるが、こちらは身をよじってかわす。
 着地と同時に、飛鈴は敵の攻撃を打たせぬ目的での下段蹴り。しかしこれは、先に見せたそれ。
 テオフィルは下段蹴りを後ろ回し蹴りのモーションで外しつつ、同時に攻撃を仕掛けてきた。
『後が辛いからあまり使いたくはなかったガ……この際しょうがないナ』
 このカウンターに、飛鈴は全ての力をこの一瞬に凝縮し、テオフィルの動きの速さを上回る。
 何と飛鈴は、全く同じ後ろ回し蹴りでカウンターを返し、空中にあるテオフィルの足を強打したのだ。
 この力は割の悪い前借りのようなもの。飛鈴はこれを出した以上、切れる前に押し切るしかないと攻勢に出る。
 暁は逆に、敵にカウンターを打たせぬ事を徹底していた。
 テオフィルの誘いは強烈だ。ここでテオフィルを攻撃しなければ痛烈な一打が狙うぞ、と言葉でなく動きで脅して来るのだ。
 慣れた者であるほど誘われるこれにも、鋼の意思で抵抗し、その痛烈な一打を甘んじてもらう暁。
 たたらを踏んで後退する彼女に代わり、既に疲労困憊であった勝一が割り込んでくる。
 機を見るに敏なテオフィルは、速攻でこれを沈めにかかる。
「く、引くわけにはいかぬ! これ以上、貴様に人を殺めさせる気はない! ここでその生命、果てさせるのだ!」
 男の子の意地とかそういうので耐える勝一。
 そろそろ、受ける避ける防ぐは限界値。そう判断した暁は勝負に出る。
 複数の術を織り交ぜ連携し、暁はテオフィルですら防ぎようのない必殺術を完成させる。
 叢雲暁は、テオフィルの足を切る、という結果を全ての事象に先駆けて引きずり寄せたのだ。
 テオフィル程の剛の者ですら、斬られてからそれと気付くのに僅かなタイムラグが存在する程、ありえぬ一撃を見舞う。
 勝一は両手で握った長巻を頭上で大きく回転させる。
 隙と見ての大振りであったが、崩されて尚、テオフィルは達人の中の達人。
 刃乗りと呼ばれる極技にて勝一が振るった長巻の刃の上に、まるで体重など無いかの如く乗り、かわす。
 ああ、しかし、そうされた瞬間勝一が武器から手を離したのは、テオフィルがかわすを知っていたからか。
 投擲した槍が戻って来るタイミングに合わせたのも。
 魔法のようにその手に収まった槍を、勝一は刃の上に乗るテオフィルの足目掛けて強く突き出した。
 焔騎もまた勝負時と見定める。
 眼前に立てた刃に、根元より赤い燐光が這い上がる。
 これを振るうとさながら火の粉のように赤き輝きが零れ落ちる。
 一気に踏み込みながら、直前で逆手に持った刀を大地に突き刺し、両手持ちに紅光をまとった霊剣を握る。
「朱雀悠焔――穿て! 紅蓮椿……ッ!!」
 袈裟の一撃。まさに必殺に相応しい踏み込みと剣閃であったが、テオフィルは右前構えを左前構えに切り替えながらかわす。その所作に乱れは見られない。
 半歩を踏み出しながらのテオフィルの回避は攻撃を考えての事だが、テオフィルのそれより焔騎の逆袈裟が早い。しかし、これをもまるですり抜けるかのようにさらりとかわすテオフィル。
 二人の間には、振るわれた刃から漏れた燐光が輝き、これを割ってテオフィルの蹴りが焔騎へ。
 焔騎は、そこには居なかった。
 霊剣を捨て大地に刺した刀を抜きながら低く回転しつつ、下段払いを放っていたのだ。
 蹴り足を伸ばしていた為、残った軸足は動きようがなくこれを焔騎は強打するのであった。
 竜胆は既に二度、テオフィルのカウンターをもらっていた。
 我が身を盾とし、秋桜の攻撃機会を作っていたのだ。
 そして三度目。
 テオフィルの拳が腹部に突き刺さると、この機に秋桜が仕掛ける。もっともこの攻撃、秋桜が姿を隠した体勢からのものなので、何時どうやって仕掛けたかがまるでわからないものだ。
 そのわからぬはずの攻撃を、テオフィルの肘打ちが迎え撃つ。
 こちらも腹部に直撃。体内が破裂したような衝撃に、秋桜が大きく吐血する。更に、攻撃により秋桜の体は弾き飛ばされるでなくテオフィルへと吸い寄せられる。
 極めて高い功夫の為せる技だ。
 掌底での追撃は、回避特化の意地を見せた秋桜が転がるようにしてかわす。
 退避を援護するように竜胆が霊剣に炎をまとませ突っ込んで来る。
 テオフィルは余裕をもって待ち構え、いざカウンターと動きかけた所で体の異常に気付いた。
 足が、切られている。何時、どうやったのかもまるで悟られぬままに。
 暁がそうしたように、時を欺くようなものではない。
 秋桜は、技には技で。視線移動、意識誘導、体裁き、早斬り等々を積み重ね完全に自らの攻撃を隠しきったのだ。
 僅かに顔が歪むテオフィルを、竜胆の炎の霊剣が襲う。
 滑り進むような歩法からの突き。この突きは、途中で片手突きに切り替わる事で更に奥へと伸びる。
 その動きを見切ったテオフィル、下がるでなく横に避ける。突きの剣が伸びきらぬ内に、竜胆は腕力と腰の捻りで突きから薙ぎへと切り替える。
 剣を潜るテオフィル。見て、というより感じてからの反応速度がやはり尋常ではない。
 下段への足払いを仕掛けに動くテオフィルであったが、竜胆はこの時のみ最後にもう一手を残していた。
 剣を振った勢いそのままに、剣の重さに流されるようにしながら回転し、後ろ回し蹴りをくれてやったのだ。攻撃の為の動作に切り替え直後のテオフィルは、これをかわしきれず。
 崩れたテオフィルに竜胆は銃を突きつける。咄嗟に銃口から身をかわすテオフィル。
 だが、この銃には弾は入っていない。最初に撃ったっきり。これで動きを制限した竜胆の剣がテオフィルの足を捉える。

 一気呵成の反撃に、テオフィルの分身達は一つに戻る。
 しかしこの時、皆の攻撃がテオフィルの足に集中していたせいか、テオフィルの両足は目で見てわかる程大きな損傷を受けていた。
 ジークリンデは、必要な処置全てを終えると、皆の奮闘の援護をしていた。
 だが、全ての前提条件はたった今クリアされた。
 全員に後退を促しつつ、光紀と共に攻撃術の準備を。
 ジークリンデはゆっくりと両手を前方に突き出し、両の手のひらの前にそれぞれ二つの術式と精霊力を顕現させる。
 凄まじく難度の高い術を、同時に二つ、制御しながら魔方陣を組み上げ術力の増幅を二つが全く同じ進度になるよう調整しながら進める。
 下がる皆へ襲い掛かるテオフィルは、周囲に起こった変化に驚き足を止める。
 精霊力の変化を感じ取った感性の鋭さは瞠目に値しよう。だが、瘴気の変化には気付けなかったようだ。
 光紀の術が完成すると、テオフィルはその場で精霊だのなんだのとは一切関係の無い所で、凄まじい衝撃に大きく震える。
 陰陽の奥義、その高すぎる攻撃能力と、不可思議にすぎる攻撃方法により恐れられている黄泉より這い出る者の術だ。
 これに驚く間も、テオフィルには与えられない。
 両脇から、挟みこむように灰色が彼を襲ったからだ。
 こちらは魔術の秘奥、消滅の秘術ララド=メ・デリタである。
 それでもテオフィルは耐える。耐えたのだが、開拓者達は周辺から脱出済み。そして、テオフィルはその鋭敏な感覚で、全周囲が結界に封じられている事に気付いた。
 以前は巨体を相手に用いたのだが、今回は人サイズという事で、幾つか工夫と変化をこらしてあるが、上以外に抜ける手は存在しない結界である。
 そして上に抜けるには、テオフィルの両足は損傷を受けすぎていた。
 それでも彼は足掻く。勢い良く両手を大地に付くと、腕の力のみで大きく飛び上がったのだ。常識外れにも程があろうが、それをすら、ジークリンデは考慮に入れていた。
 無理な形で動きの取れぬ空中に飛び出した所で、残る戦士達の良い的にしかならぬ。
 これだけの大掛かりな結界を、ジークリンデは敵の体勢を崩させる事に、費やしたというのだ。

 拳聖テオフィルの最後の姿は、その超越した技量に相応しいものとは、とても思えぬ有様であった。