詩、駆け落ちする
マスター名:
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/12/14 01:00



■オープニング本文

 ギルド係員ディーは、次々沸いて来る難題に頭を痛めていた。
 昨日、敵組織に潜入していた工作員から手にした情報によると、前回出て来た風を操る男は、何とジルベリアがかつて滅ぼした王族の出であるという。
 国の名はラーダメンダル。そしてその国の騎士団でもあった紅茨騎士団の名を、その組織は継いでいるという。
 資料によるともう何十年も前に滅びた国で、まさかそんな所の関係者が暗躍してるなどとジルベリア帝国側も想像もしていなかったようで。当然、ギルドもノーマークであった。
 風を操る男、と聞いてディー達はそれ以前に出てきた三人の怪物に関しても関係があるのでは、と調査を進める。
 引っかかったのは、大地の姫の名で呼ばれていたモールド。彼女の容姿が、ラーダメンダルの王女であった女性に酷似していたという。
 またラーダメンダル王家の人間は、術や瘴気を操る術に奇妙な程長けていたという話もある。特に最後の王ヴァロッサはアヤカシと見紛うばかりの瘴気を操ったという。
 ディーがこの調査結果で頭を抱えたのは、現在ギルドで保護しているミザリーの処遇に関してだ。
 もし彼女がラーダメンダル王家の者であるという疑いがあるのなら、その身柄をジルベリア帝国は必ず要求してくる。後顧の憂いは断たねばならないからだ。
 幸い、この情報はまだギルド、もっと言えばディーの所で止めてあるので拡散する恐れは無いが、一刻も早くミザリーの処遇を決めなければならない。
 しかし、事態は悪化の一途を辿る。ディーの元に、ジルベリア帝国からの使者が訪れ、ラーダメンダル王族の遺児であるミザリーを引き渡せと要求して来たのだ。

 詩は年に似合わぬ賢い少女である。
 なので一つ教えてやれば、二つ、三つと自分で考え答えを導き出してくる。今回もそうであった。
 彼女の残した書き置きには、こう記してあった。
『私は今日を限りにギルド係員の仕事を辞めさせて頂きます。色々とお世話になった恩を仇で返すような真似をして、本当に申し訳ありませんでした』
 詩は、何処から聞きつけたかジルベリアの使者の話を聞き、単身でミザリーを伴いギルドから行方をくらましたのである。
 ジルベリア帝国に対し、逃げられました、なんて言い訳が通るはずもない。ディーはすぐに詩追捕の手配をする。
 しかし、ギルドの手の内を知り尽くしており、かつこの土地での調査隠密の知識も手にした詩を発見する事は出来ず。

 疾風の王アシッドはその感覚を上手く言葉に出来ない。それでも、これが頼りにしていい精度を持つ事を知っている。
「よしっ! ミザリーは移動した! 首都方面だ! くっそ、ひっさしぶりに完璧に上手くいったぞ!」
 喝采を上げるアシッドと、横で苦笑しているジミーという名の騎士。
「危ない橋を渡った甲斐がありましたね」
「ああ、いずれバレるとはいえ、こっちからラーダメンダルの情報漏らしたんだ。せめてもこのぐらい上手くいってもらわなきゃ困る」
 ミザリーは大した情報を持っていなかった。なので捕縛されたとて、情報面ではさしたる問題は無い。戦力として機密兵器として奪回を試みはしたが、奪回で失う戦力がミザリーのそれより大きいというのならば奪い返す理由は無い。
 そして彼女もまた反乱を担うギルドに襲い掛かった戦力の一人であったわけで、ギルドも生かしておく理由は無かろう。と思っていた。
 だが、何をトチ狂ったかギルドはミザリーを殺そうとはせず、ミザリーの特殊技術の調査ならまだしも、保護なんて真似をし始める。
 それは、アシッド達にとって著しく都合が悪かった。それが彼等にとって都合が悪いという事は、絶対にギルドには漏れていないはずなのだが、何故かギルドは、最も都合の悪い、ミザリーの精神安定なんて真似をし始めたのだ。
 大いに慌てたアシッドは、ミザリーの出自の情報をジルベリアに漏らし、ギルドではなくジルベリアに彼女を殺させようと画策し、見事目論見を果たしたのである。
 移動したミザリーが首都近郊に辿り着くのをアシッドはその感覚で確認した後、次なる作戦の準備にかかる。
 ジルベリア帝国と開拓者ギルド。この二つの関係を悪化させるべく、両者の繋ぎ役を担っている者を殺して回るのだ。
 アシッドの手持ちカードの中では、比較的隠密活動に長けたチームをこの件に当ててある。
 チームのリーダー、ガリィは独立独歩の気風が強い男で、自分で考え自分で判断し自分で作戦を立て自分で実行に移す。そんな男だ。
 なのでアシッドはおおまかな方針と資金と情報源を幾つか提示した後は全て彼に任せる。そうさせてくれる相手だからこそ、ガリィのような男がアシッドに従っているのだ。

 ガリィはチームの皆を率いて、ジルベリア王都近くの山中を走る。
 今回はジルベリア貴族の馬車を、山中にて襲う仕事だ。
 事前に聞いた話では彼は常に多数の護衛を付けているという話だったのでガリィは手持ち最大戦力でこれに挑むが、今回に限ってその貴族は急ぎだった為護衛を連れていなかった。

 開拓者ギルドはジルベリア帝国の中でも特にギルドに配慮してくれる貴族が二人殺された所で、彼等の標的をソレと察する。
 そして三人目の標的になりそうな貴族が、不用意にも護衛を連れず出立したと聞き、大急ぎでギルドから護衛を派遣する。もし襲撃者が居たのならば、恐らく間に合わないだろうが痕跡だけでも見つけられれば追跡、捕縛も可能かもしれないと。

 そして山中にてギルドと紅茨騎士団の思惑が交錯する。
 しかし双方にとって、そしてその者達にとっても予想外の出来事が。
「追っ手? ううん、違う……これ、ああ、そっか。さっき通り過ぎた馬車。あれが狙いだ。ミザリーさんはここに居て、私様子見て来ますから」
 その山中には、何と詩とミザリーが逃げ込み隠れ家を作っていたのだ。
 遂に、馬車にガリィ達が追いつく。派手に転倒した馬車の中から這い出てくる貴族は、絶望的な状況を知りながらも、せめても最後の瞬間まで意思は屈せずと彼等を睨み付ける。
 詩はこの貴族の顔を知っている。開拓者ギルドに何度も便宜を図ってくれた、ギルドの働きがジルベリアの未来に通じると信じてくれている人。
 それは恐らく、任務では無いからこそ出来たのだろう。詩は襲撃者達の最中に飛び出し、貴族を庇って立ちはだかる。
 四方八方より襲い掛かる賊。詩は貴族を馬車の中に放り込みながらこれを必死に凌ぐ。すぐに、次の援軍が。
「シィ! もうっ! ヤルんならヤルって先に言ってくれなきゃ!」
 吹雪の女王ミザリーが、おいおい詩に手を出すとかお前等殺されたいの顔をして姿を現した。
 ミザリーは、他人を守りながら戦えるよう作られてはいない。しかし、それでもミザリーは、決して詩を巻き込むような攻撃をするつもりはなかった。


■参加者一覧
羅喉丸(ia0347
22歳・男・泰
天河 ふしぎ(ia1037
17歳・男・シ
フェルル=グライフ(ia4572
19歳・女・騎
珠々(ia5322
10歳・女・シ
野乃原・那美(ia5377
15歳・女・シ
リィムナ・ピサレット(ib5201
10歳・女・魔
叢雲 怜(ib5488
10歳・男・砲
ジェーン・ドゥ(ib7955
25歳・女・砂


■リプレイ本文


「あー! もうあったまきた!」
 そう叫んだミザリーは足元の馬車の中に詩を放り込むと、ありったけの力を込めた猛吹雪を全周囲に展開する。
 豪雪の柱が天を貫く。
 こんな派手な真似をすれば、当然異常は周囲に伝わろう。
 羅喉丸(ia0347)はそれを見るなり、単身であるだのといった危険を顧みようともせず現場へと急行する。
 そこで羅喉丸が見たのは、荒れ狂う吹雪の中、馬車の上で仁王立ちするミザリーと、これに殺到する戦士の集団であった。
 ミザリーが護衛についているという話は聞いていなかったが、それでも状況は極めて不利。敵は志体持ち十人であるのだ。
「武を志したのは、弛まぬ修練は何のためか。武をもって侠を成すためだったはずだ」
 羅喉丸は止まらない。敵中に一直線に突っ込んで行き、ミザリーに剣を振るう男を蹴り飛ばしてその前に立つ。
「貴女が護衛についているとは知らなかった。援護する」
「へ? えっと確か貴方開拓者だったわよね……ってちょっと! そこ危なっ!」
 三人の男が一度に羅喉丸へ。ミザリーの方にも三人が飛び掛ってきて、二人共話をしてる余裕も無くなる。なのでミザリーは返事を期待せず叫んだ。
「馬車に詩が居るの! この子だけでも逃がして! お願い!」
 羅喉丸も羅喉丸で、会話する余裕がないので一方的に状況を述べる。
「あと少し踏ん張ってくれ。仲間が来る」
 圧倒的不利は理解している。だからこそ、羅喉丸は初撃に全てを賭ける。
 こちらがミザリー並の敵であると、そう敵に思わせる為の圧倒的で絶望的な一撃を。
 肩も、足も、腰も、肘も、一切予備動作を見せず、それでいて自らの出しうる最速最強の拳を。
 相手は見るからに隙のない良い剣士だ。彼の防御を突破するのは至難であろう。そう、仲間にも思われているだろう彼だからこそ意味がある。
 交錯の瞬間、脳の血管が切れるかと思う程の負荷が。
 敵達の驚愕の顔。
 羅喉丸が神速で突き出した親指が、かの剣士の急所も急所である目を貫いたのだから。
 それでも怯まぬ敵も居た。ミザリーの頭上に跳躍した泰拳士は、しかし空中でもんの凄い轟音と共に弾かれるように吹っ飛ばされた。
 そちらを見ると、ミザリーはすっとんきょうな声を上げる。
「あー! あの時のすっごい痛い銃の子!」
 叢雲 怜(ib5488)もまた、驚いた顔でミザリーを見ていた。
「ミザリー姉だ! 何何秘密任務!? 援護するよー!」
 馬車の外での声達に、詩も何事かと顔を出してくる。そこで、詩は金髪の女性を見つけた。
「うわっ! フェルルさんだ! えちょっなにこれどうなってんの!? ギルドが出した護衛!? ああもう、ともかくこれなら何とか逃げるぐらいは出来るかもっ」
 フェルル=グライフ(ia4572)はジェーン・ドゥ(ib7955)と共に襲撃者達に攻撃を仕掛けようとしていた所だ。
「詩ぃちゃん!?」
 お互い混乱しながらではあるが、ギルドと懇意にしている貴族と、彼を襲撃する集団という構図は実にわかりやすい話であったので、敵味方の識別に困る事はなかった。
 ジェーンは状況を考える。
 護衛対象はミザリーと詩と羅喉丸とで守っている形で、これを包囲している襲撃者達にジェーン達三人が襲い掛かる。が、馬車を確保するには戦力が足りていない。
 こちらの戦力は、実際に剣を交えれば敵にもわかろう。彼等がこれならば押し切れる、そう判断した所でジェーンは別働隊に合図を送った。
「行くよ、この旗の元に!」
 天河 ふしぎ(ia1037)の号令に従い、別働隊奇襲組が襲い掛かる。
 潜み間を図っていたので、特殊な戦況にある事も把握している。この一撃にジェーンが求めているのは、乱戦に持ち込み、馬車防衛の人員を増やす事。
 倒すもそうだが、それ以上に相手の整然とした対応を許さぬよう、ふしぎは奇襲組を走り回らせる。

 乱戦となって少し経った頃、ふしぎは抱えた魔槍砲を豪快にぶっ放し、馬車への道を開きにかかる。
「今だいけぇぇぇ!」
 フェルルがこれに従い馬車の包囲を強引に突破し、傷を負いながらだが馬車の側へと辿り着く。
 馬車前での戦闘は、バランスの取れた羅喉丸にシノビの詩と攻撃力過多のミザリーで、防御専門型がこの場に辿り着いた意義は大きく、俄然馬車側の戦闘が安定してくる。
 フェルルは消耗の激しそうな詩を特に気にしていたのだが、敵の攻撃は激しさを増し、またかなり無理をして敵十人を防いでいたミザリーの消耗もひどいものであった為、身動きが難しくなる。
 そこに珠々(ia5322)が、フェルルに見えるように自分を指差しながら走りこんで来た。
 フェルルが頷くのを見て珠々は詩の元へ。
「…………あ」
 どうやら詩も覚えていた模様。
「お久しぶりです。……ゆっくりお茶でもと思ったのですが、お片づけをしてからにしましょうか」
 ちなみに現在の詩の相手は、子供大好きゴーチェ君である。
 代わります、と後退を促すと、詩も自分の消耗は理解しているのか素直に言われるがままにする。
 ゴーチェは珠々を見て、大きく頷いた。
「うむ、合格だ。さあおじちゃんと楽しい楽しいお遊戯の時間だよー」
 もう台詞からしてアウトである。
「あそぼうと言われてもお断りです。お仕事の最中ですので」
「こらこら、子供が仕事なんてするもんじゃない。そういうのはおじちゃんがやっといてあげるから、今は……」
 その子供目掛けて、ガチの蹴りを見舞うゴーチェ。
 低い位置への攻撃もかなり慣れてるようで、しかし珠々は大きく後退してこれをかわす。
「あははー、鬼ごっこだー捕まえちゃうぞー」
 もう、本当もう、どうにもしようがないぐらい駄目である。
 ゴーチェは拳足を愛しき殺意と共に飛ばし続けるが、珠々はかわすに専念して全てを回避。
 四度繰り返した所でようやくゴーチェは違和感に気付く。
「手遅れですけどね」
 珠々は攻撃をかわしながら、暗器を用いて攻撃を仕掛け続けていたのだ。それは鎧の隙間を抜け、ちくりちくりとゴーチェを蝕んでいた。
 それと気付かぬ間に無数の刺し傷を負っていたゴーチェは、珠々が攻勢に出ると驚く程あっさりと膝を折る。
 子供に自分が殺されるなんて考えもしてなかった、そんな顔でゴーチェは倒れるのだった。

 奇襲を率いたふしぎに、寡黙なサムライシリルが狙いを定める。
 ふしぎの剣に対し、シリルは荒々しく、それでいて術理に乗っ取った剣を見せてくる。
 剛剣使い、それもかなりの腕だ。
 純粋に剣の腕ならふしぎが一回り上。しかし、装甲の差で現状はほぼ五分か。
 となると。
 ふしぎはシリルの組み立てを読む。最強の技で一撃で仕留める圏内まで削りあいを挑み、そこからは一気呵成、であろう。
 お互い、地味ではあるが神経を使う交戦を続ける。わざとらしさを消す為にも敢えてこれに付き合うふしぎ。
 シリルにとっては、一撃圏内までもっていければ直後勝ちを確定出来るのだから、あと少しでそうなる、という所では無理もしてこよう。
 ここを狙う。
 ふしぎは無理の代償を充分に支払わせた後で、ソレに備える。
 来た。
 剣先がまるで見えない、柳生の剣。
「そんな技、百も承知なんだからなっ……この瞳を見ろっ!」
 瞳術により、シリルは完全に剣を封じられてしまう。
 それでも感情を表に出さぬは見事であったが、これで、切り札を頼って全てを組み立てていたシリルから勝機が失われる。
 援軍は、と周囲を探るもとても望めぬとわかったシリルは身を翻す。
 ふん、と鼻を鳴らすふしぎ。
「逃がしはしないんだからなっ」
 あまりの速さに止まり切れそうにもなかったふしぎは、眼前の木を足蹴にして急減速。
 一瞬でシリルの前に回り込んで言った。
「降参、する?」

 怜が乱戦の最中目をつけた相手は敵弓術師。
 そちらに一射すると、敵弓術師オディロンは遮蔽を取って対応してくる。
 即座に打ち返してくる彼の矢を、怜も遮蔽を取って防ぐ。このまま撃っては隠れるを繰り返しながらお互いを追い詰めるのが弓や銃の基本的な戦い方だ。
 だが、オディロンは怜への遮蔽を取りながら、他の仲間の援護も忘れずに行う。
 怜が銃撃で遮蔽を吹っ飛ばしてやると、遮蔽を移動しながら同じ事を繰り返す。追い詰められていくのがわかっていながらそうする彼に、怜は一つの賭けに出る。
 自ら遮蔽を出て、直立不動で銃を構える。
 オディロンは仲間の援護が、自分の命より重要だと考えているようだ。ならば、急ぎ決着がつくこのやり方の利点を、理解出来るだろうと。
 怜は、こちらの意思が伝わったのを見てとった後、わざと一発外してやる。
 次弾を練力で込めるまで、オディロンが飛び出し構える時間を作ってやったのだ。後は、速さと精度と威力の勝負。
 オディロンは、矢を番え構える。構え終えたのはオディロンが僅かに早かったが、彼は怜と射撃のタイミングを合わせる。
 ほんの一瞬だが、彼と通じ合うものがあった、と怜には思えた。
 同時に放たれた矢と弾は、それぞれを貫き、オディロンは後方にもんどりうって転倒し、怜もまた、矢の痛烈な威力を堪えきれず大きく吹っ飛ばされ大地を転がる。
 鎧なんて無かったかのように貫く鋭い矢は深々と突き刺さったままで、しかし怜は歯を食いしばって立ち上がり、まっすぐに立って銃を構える。
 オディロンは、既に立ち上がって弓を構えていたが、怜は引き金を引かなかった。
 あの誇り高い弓術師が、既に息絶えている事に気付いていたから。

 野乃原・那美(ia5377)が、クレマンというサムライとぶつかったのはある意味必然であった。
 笑みを崩さぬまま戦う那美に、同じく朗らかに剣を振るうクレマン。お互いの存在を認識すると、自然と二人は吸い寄せられていったのだ。
「僕の相手は……あなたにきーめた♪ 斬り合い、楽しもう?」
 クレマンは微笑と共に、必殺の剣撃を振るって来た。
 那美は刀で受けたりせず、身のこなしのみで全てをかわす。しかし、刀を振るう余裕までは持てそうにない。
「あは、笑顔で斬りつけるなら笑顔で死んでくれるかな? かな? それくらいはしてくれるよねー?」
「……貴女も、最期の時までずっとそうしてくれると嬉しい。貴女を見ていると、何故かとても楽しく思えてくるのでね」
 二人の戦いは、まるで殺し合いに見えぬ、子供同士のじゃれあいのようであった。
 ただ、二人が振るう武器は容易く人の命を奪い凶器であり、お互いを刃がかすめる事で噴出す血は、二人の命そのものであった。
 クレマンは剣技に長けており、那美でもそう簡単に切っ先を体にうずめる事は出来ない。それを不満に思う部分もあったが、そこをクレマンに見咎められる。
「ああ、貴女はソウなんですね。私はね、ただ単に、剣を振るのが好きなんですよ。殺したり殺されたりするのが、楽しくて仕方が無いんですよ。わかります?」
 那美はあらら、と笑みを深くする。
「じゃあこういうのはダメなんだぁ、ごめんねっ♪」
 クレマンに向け袈裟に降って来た刃が、何故か消失したかと思うと彼の腿の突き刺さっており、正面に居たはずの那美は彼の背後に回りこんで脇の下を通して彼の背中を刺し貫いていた。
「……ああ、そうか、シノビ、でしたね」
 彼の最期は苦笑であった。

 リィムナ・ピサレット(ib5201)が真っ先に狙ったのは敵魔術師であった。
 幻惑の術にて完全に敵から、いやさ味方からすら身を隠したリィムナは、幻術を見破る可能性の高い者から消しにかかる。
 精霊の力を身中に宿し、これを活性化させる。
 ふつふつと湧き上がる力で全身が満たされていく。これで、準備は整った。
 今度は瘴気の力を用いるリィムナ。
 まるで悪意そのもののような、優しい天儀の世界とは隔絶した何処ぞのような、呪われた地より招きし者。
 リィムナのこの世ならざる力を操る術は卓越している。
 今の彼女に率いられれば、最下層の瘴気鴉ですら志体持ちを殺しかねない。そんな圧倒的魔力。
 それが精霊であろうと瘴気であろうと、リィムナにとっては大差の無い話なのかもしれない。
 そしてその力の高さ故に、瘴気の気配は僅かな露一つも漏れ出さぬまま。敵魔術師は、突然の神罰に打たれたかのようにその場に倒れ絶命した。
 彼が最期に何を言おうとしていたのか、それを察しうる者もおらず。
 リィムナの術は続く。
 次はシノビだ。
 流石に隠行使いだけあって、敵魔術師が倒れるのを見てすぐに警戒を強めている。
 ただ、そこまでであろう。
 リィムナの詠唱が終わると、また一人、敵が倒れる。
 敵シノビは、最期に強い声で仲間達に忠告した。
「逃げろ! 今すぐ! ここか……ら……」
 しかし、この忠告の真意を理解する者は無し。
 彼等は開拓者達やミザリーへの対応に追われ、また戦況が不利である事も重なって結局最後まで、リィムナに有効な対処をする事が出来ないままであった。


 フェルルはせっかくジルベリアに来たのだからと、依頼の話の前に詩の所に顔を出す。
 しかし、彼女には会えず。
 残念そうにしているフェルルに、同じく早めに来ていたジェーンが声をかけ招く。
 以前ここで受けた依頼の時見知った係員から、ジェーンはミザリー失踪の話を聞いていたのだ。

 隠密任務中と言う詩とミザリーと別れ、救助した貴族フリージスを護衛して戻ると開拓者達は仕事完了で解散となる。
 だが、フェルルとジェーンは二人で残って、フリージスを問い正す。
 フリージスは心外だという顔であった。
「詳細は聞かされていないが、ミザリーはウチで身柄の要求をギルドにしている。……だが、私は恩知らずではない。あの状況で私を救いに飛び出してくれたミザリーもシィという少女も、私は裏切るつもりは無い」
 ジェーンは何がしかの陰謀に巻き込まれた可能性と、それを示唆する文章を見つければ、現状の改善に繋がるのではと提言する。見つける、の所にアクセントをつけた当り、偽造も含むという意味であるが。
「いずれ情報収集が先だ。この手の手回しは君達より私の方が向いているだろう、任せてくれ」

 フェルルはこの後、ジルベリアギルドのディーの元に乗り込み詩とミザリーの件について問い詰める。
 帝国からの身柄要求まで知られていては誤魔化しようもない。
「子供の頑張りを応援して援けるのが大人、ですよね?」
 しかし詩は既に一人前の大人として仕事しており、一人前の権限を持つ以上一人前の責任を要求されるべき、との当たり前の言葉に抗するのは難しいだろう。
 彼女の立場が厳しい事に変わりは無いのであった。


 ああ、だが、フェルルと全く同じ事を考えている大人が、遠く天儀の地にも居たのであった。
 その報せを受けた女、藪紫は眉を潜める。
「……詩が?」