夜の主ダムル
マスター名:
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/11/21 01:12



■オープニング本文

「嘘だろ? ラリウッドの奴やられちまったってのかよ」
 軽薄そうな青年ロゴスは、見るからに毒々しい色の液体を混ぜ合わせている老人、カリスト博士に訊ねる。
「相変わらず耳が早ぇな博士は。で、敵はそんなに強ぇのかい?」
「待ち伏せられとった。のワリには頑張った方ではないのか?」
「敵さんの半分ぐらいは殺したか?」
「いいや、怪我人はおったが死人はゼロじゃ」
「……頑張ってそれかよ」
「馬鹿抜かせ、ワシが待ち伏せする方じゃったら一切の反撃を許さず完封して殺しきるわ」
「そりゃそうだ。とはいえ、こっちの誘いにゃ中々乗って来ねえんだよな連中。よっぽどこういう手に慣れてるみてぇで、面倒でしょうがねえ」
 カリスト博士は手を止め振り返る。
「お主は本当に馬鹿じゃな。森を滅ぼした相手じゃぞ開拓者ギルドは。森の本当に恐ろしい所は、難攻不落の地ではなく、隠密に徹した時の作戦遂行力とジルベリアの全てを憎む狂気じゃというに」
 この手の情報戦こそ開拓者ギルドにとって得意とする所だとカリスト博士は言っているのだ。
 そこで、ロゴスは人の悪そうな笑みを見せる。
「いいや、確かに調べるのは得意みてぇだが、連中まだまだ夜の恐怖を知らねえよ」
 実力行使を伴う隠密活動、ロゴスの知る限りこれに最も長けた男、ダムルにギルドへの攻撃を命じるロゴスであった。

 ジルベリア開拓者ギルドにて、係員の家族で犠牲が出たのは実に久しぶりの事である。
 ギルドにはそういったものに対する為の専属の護衛部隊を用意してあるが、彼等の裏をかいてくれたのだ。
 家族を狙った所で情報漏洩の恐れは無い。それは一度浚った者ならばすぐにそれとわかろうが、家族を狙う理由はもちろんそれだけではない。
 ギルドは即座に動く。牢からの脱走者の中で、こんな大それた真似が出来る者のリストが上がり、現場の状況から対象を一人に絞り込む。
「『夜の主』ダムル、ですか。世間やジルベリア当局の評価は低いようですが」
 ギルド係員の一人は、ディーにきっぱりと言う。
「アレが真価を発揮するのは、誰かの下についた時です。優れた指示を出してくれる者さえいれば、アレは超がつく一流のシノビとなります」
「対策は?」
「あります。……と胸を張って言えるようなものでもないのですが……」


 ダムルは自分の力量に自信を持っている。
 だが、何処へ行っても彼の実力を認めてくれる者は居なかった。ダムルが得意とする隠密活動の重要性を認識している所は、彼の人格をもって採用を見送る所ばかり。
 ジルベリア帝国も、開拓者ギルドもそうであった。
 ならば自分で作り上げてやろう、最強の隠密機関を。そう心に決め部下を集めようとしたのだが、ダムルが認める程優れた者は皆既に何処かに所属しており、そうでない者はというと、まあ犯罪者になってる事が多かった。
 ならばとダムルは刑務所の中に彼等を招きに向かう。すると、存外この場所が居心地が良いのと、人を集めるのに適している事に気付く。
 そのままダムルはしばらく刑務所に居たのだが、ロゴスに招かれこうして外に出た。
 これは彼の能力を認めさせる好機だ。彼はそう受け取った。
 ダムルはこれまで集めた優れた部下を率いて開拓者ギルドに挑む。最初は上手く行った。情報を引き出す事は出来なかったが、それも予測済み。
 次に、対策を取るだろうギルドを出し抜き、更なる犠牲者を出させる。自分を認めなかったギルドへの復讐といった気持ちも無いでもないが、そういったものに固執するのはシノビらしからぬ、と彼は思っている。
 ダムルの配下は、皆がシノビというわけではない。むしろシノビは彼以外居ないぐらいだ。

 最も頼れるサムライ、リント。この男の仕事は正確で、また無駄口を好まぬ性格も素晴らしい。月に一度の辻斬りさえ許していれば、大抵の事は文句も言わずこなしてくれる剣の鬼である。
 女の中の女、ジプシーミュル。美貌と奸智を兼ね備えた類稀な逸材だ。出会った当初こそ女の武器を使うのみであったが、今ではダムルが鍛えてありそれ以外の活動もかなりのレベルでこなしてくれる。
 色男、騎士ミーロフ。騎士の出で女にだらしなすぎる為に身を持ち崩したが、逆にその世界で名を馳せる程になってしまう。女を騙す事にかけては天才的で、故に起こるトラブルを全て腕づくで解決出来る力も持つ。
 豪腕、泰拳士カミナウム。身の軽さと戦闘能力の高さが自慢の粗野な男。特に腕力が強く殴りあいでは負けた事が無いと豪語する。
 弓兵、弓術師ロディマス。近接戦闘を忌避しない弓使い。近寄っても離れても結構な強さを持つ為、彼から逃げるのは至難の業である。
 重装甲陰陽師カイゼル。装備ががっちがちで物理攻撃にも強い陰陽師。その分重い為、身軽な動きは苦手で、一番この面子の中で浮いている。
 仮面の男、砲術士マードック。狙撃が得意で、銃の持つ能力をすら超える射撃が可能な男。感情の起伏を見せない為、まるで仮面を被っているようだと言われる。

 いずれも一騎当千の兵ばかり。
 ダムルは彼等を伴っての強襲を選ぶ。
 隠密活動に慣れた者であればある程、武力任せの強襲には弱いものだ。この手で一気に開拓者ギルドを追い込みにかかるダムル。
 標的は、ジルベリア開拓者ギルド責任者の一人、ディー男爵その人。彼の屋敷を襲い、命を奪い、火をかけてやれればそれはダムルのこの上無い戦果となろう。
 だが、襲い掛かった先には開拓者達が待ち構えていた。
 何故、何処から漏れた。一瞬絶望しかけるダムルであったが、敵の戦力が十人に満たないと知ると、やはりギルドは甘い、と俄然やる気を取り戻す。
 今はともかく切り抜けるぞ、と部下達に発破をかけるのだった。


 係員の言葉に、ディーはわかりやすい渋面を浮かべる。
「……確かに、それしか無いですけどね。良くもまあ、そんな手を思いつくものです」
「緊急事態ですので」
 係員が提案したのは、一時的に開拓者を百人雇うというものだ。
 彼等をチーム毎に分け、手分けして重要地点を守っていれば、何処かに連中が引っかかってくれるだろうという、乱暴極まりない話。
 ダムル達の強襲を予想していた訳でも漏れた情報を聞いたのでもなく、ただ単純に、人海戦術で防衛線を張っていただけのこと。
「すぐに動いてもらわないと、金がもちませんよコレ」
 ダムルは拙速であるという悪癖がある、そう言ったのは係員だが、そんないい加減な理由でここまで金を使わせてくれたディーが一番おかしい、と係員は思ったものだ。


■参加者一覧
北條 黯羽(ia0072
25歳・女・陰
秋桜(ia2482
17歳・女・シ
野乃原・那美(ia5377
15歳・女・シ
サーシャ(ia9980
16歳・女・騎
ジークリンデ(ib0258
20歳・女・魔
オドゥノール(ib0479
15歳・女・騎
草薙 早矢(ic0072
21歳・女・弓
サライ・バトゥール(ic1447
12歳・男・シ


■リプレイ本文


 人相書きにある顔が見えると、ジークリンデ(ib0258)は特に感慨も無さそうに準備に入る。
 草薙 早矢(ic0072)は弓に矢を番え、オドゥノール(ib0479)は手にした槍を肩越しに大きく後ろに引き構える。
 北條 黯羽(ia0072)はこの攻撃に加わるつもりはないのか余裕の表情である。
「お、当たりだ当たり」
 一番タイミングを合わせるのが難しいジークリンデが自然音頭取りになる。
 ジークリンデが紡ぐは、畑が違うとはいえ同じ術者である黯羽から見ても、何をやってるのかまるでわからない複雑怪奇な術式だ。
 一つ目の術が成立し一色目が宙に浮かぶ。これが大気中に存在していられる間に次の術を作り上げ、更に次の術式に移る。
 次々新たな色が生まれだし、それぞれがお互いを打ち消す事なく調和し、順に折り重なり積み重なり織り込まれていく。
 敵が、気付いた。
 それはジークリンデにも見えているが、だからと詠唱も手の動きもまるで動揺を見せず。
 精神は一切ブレを見せぬまま詠唱が加速する。
 ジークリンデの周囲を飛び回る色とりどりの精霊力もまた加速し、鮮やかな七色がジークリンデを包み込む。
 そこで突然の変化が。
 突如ジークリンデの周囲から色彩が失われたのだ。
 白と黒と、その間と。それしかない。
 墨を水で薄めに薄めたような灰色が、ジークリンデの眼前で円を描き、円の内にも複雑な紋様を作り出す。
 魔術円は、完成と同時に数倍の大きさに膨れ上がる。ジークリンデの全身を覆って尚余りある程の大きさに。
 最後の一節をジークリンデが口にした途端、魔法円は弾けた。
 無数の破片となった灰色達は、散開しかけた敵全員に襲い掛かる。
 一発一発が大砲並みの威力を持つ破片の雨。降り注ぐ灰色は有象無象の区別無く、範囲内にある全てを破壊し粉砕する。
 術は敵のみならず、彼等が立つ大地をすら抉り取り、盛大な土煙が吹き上がる。
 ここに早矢の矢が、オドゥノールの槍が撃ち込まれた。
 圧倒的な先制攻撃を受けた敵に、それでも怯んだ様子は見られない。
 逃がさぬように仕掛ける開拓者達全てが、この敵は尋常ならざると覚悟を新たにする。

 野乃原・那美(ia5377)の標的は、とてもわかりやすい男だった。
 先制攻撃を受けながらも、ただただまっすぐ敵へと猪突するリントというサムライ。
 彼が剣を抜くその所作から、滴る血の臭いを嗅ぎ取った那美は上機嫌だ。
「意外と人を斬るのが趣味の人多いんだねー♪ 同類が一杯いると嬉しいよねー? そういうわけで楽しんで行こうなのだ♪」
 那美の佇まいからリントも何か察する所があったようだ。
「馬鹿を言え、道を外れたお前のような奴と一緒にするな」
「あれ? 違うの?」
「一年、人を斬らないで居てみろ。驚く程剣の腕が鈍るぞ。そうならぬ為には定期的に人を斬らねばならんのだ」
 那美は小首をかしげ、少し考えてから言った。
「斬るの、嫌い?」
「斬る事自体はむしろ好きだ。ん? いや待て。それではお前と変わらん……うむ、変わらぬな」
 じゃあ納得出来た所で、と那美は動き出し、リントはこれを迎え撃つ。
 足でかき乱す那美の歩法に、リントは出入りの瞬間を狙い剣を飛ばす。
「あは、怖い怖い♪ 一撃がとっても痛そうなのだ♪」
 リントは那美の踏み込みのリズムを体に馴染ませ、そして、その瞬間を捉える。
 那美の、途中経過全てをすっとばし斬ったという結果を残す斬撃が、リントの知覚を越えて襲い掛かるが、練力を集中し身体を硬化する事でこれを堪えるリント。
 シノビ必殺の『夜』を防いだ事でリントは勢い込んだ反撃に出る。
 那美は距離を取るべく後退しつつ、苦無で牽制。リントは急所への攻撃のみ弾いて他は無視。連撃継続を優先。
 崩しは充分。リントはあと致命の一斬を振り下ろすのみ。しかし強力なはずの剣撃は、那美の体に当ると簡単に押し負け剣が地に落ちる。
 何故なら、剣を握るリントの腕が肘から落ちていたからだ。
 その理由もわからぬまま、リントは那美に二刀を突き刺され、絶命した。

 大地を駆けるサライ(ic1447)の足は、足裏で削り取った土を勢い良く後ろに蹴り出す。
 リズミカルに跳ね続ける土の先を、上下には一切揺れぬサライの体が滑り進む。
 なめらかすぎる移動は、容易く動く先を読まれがちであるが、同時に緩急を予測しずらいという事でもある。
 サライの加減速に、敵マードックの狙いは定まりきらない。それでも。
「っ!?」
 足は無理と悟ったマードックは一番狙い易い胴を射抜く。回避頼りのシノビに砲術士の銃撃は効き過ぎる。
 だが同時に、サライは抜け目無く敵の状況を察する。全速移動ならば部位を狙う程の精度は望めないと。
 いや、狙う手はある。
 驚きに目を見張るサライ。マードックは何と足を止め、その場に直立したのだ。
 惚れ惚れする程美しい、ぴんと伸びた背筋から直角に突き出される銃先。
「度胸は買います。ですがっ!」
 シノビ秘奥の術、夜の存在を彼は失念している。もしくは、賭けに出たか。
 止まった時の中を駆け、サライはマードックの銃に水をかけつつ、彼の利き腕を斬る。
 動き出す時間。直後、マードックは残った腕で懐より短銃を抜き、サライに撃ちはなってきた。
 こんな真似、そのつもりで備えていなければ到底出来まい。
 サライの右肩が大きく跳ねるが、急所ではなく右肩であったのはそうなるようサライが避けたからだ。
 右肩が後ろにズレる勢いすら利用して、左手に握った苦無を振り上げる。胴を斜めに切り上げた後、勢いそのままに一回転。
 深く一歩を踏み出しながらの強い一撃を。マードックは首前から血潮を噴出しながら、尚短銃を持ち上げサライへと。
 マードックはその鉄面皮を笑みに変えサライに向ける。銃先は、サライに届く前に止まっていた。

 弓術師同士が戦うのに、戦場の条件はそれほど良くない。遮蔽らしい遮蔽がほぼないからだ。
 この状態でお互いが打ち合えば、双方回避は難しかろう。弓術師とはそもそういう職特性であるし。
 草薙早矢はそれがわかっていながら一歩も引かない。である以上、ロディマスも引く事が出来なくなる。
 お互いの体に深々と矢が突き刺さる。急所だけは何とか外しているが完全な回避は不可能だろう。
 ロディマスは早々に勝負に動く。練力をここで使い切る覚悟で月涙を連射してきたのだ。
 強固な大鎧をものともせぬ矢は、早矢の胴を貫く。更に左の腿を。
 早矢は、平常心を崩さぬよう、心を平静に保ちながら矢筒から矢を抜き取り、番え、大きな会を作り上げ、離れ、残心。
 そこから澱み無く次の矢を抜き取る動きに移り、再び矢を放つ動きに。そこにそれまでの射方と違いがあるわけではない。
 しかし、差はある。歴然としたものが。
 今の早矢は、この所作全てを三倍の速さでこなしていたのだ。
 しかも、この速さを伴った動きから放たれる矢は、常の矢より威力も精度も遥かに高い、この世の理から外れたとしか思えぬ神秘を携えている。
 対峙し続けていたからこそ早矢にも見えた。ロディマスの動揺が。当然だろう、このような技、何処を探しても他にありはしないのだから。
 篠崎流”一の矢”とは、草薙早矢のみが辿り着けた、弓術の頂の形の一つであるのだ。
 火力勝負では、この技ある以上ロディマスが絶対的に不利だ。弓ではない所で戦う他無い。そう判断したロディマスの突進。
 しかし、彼がこの選択をした時点で、早矢とロディマスとで弓術師としての格付けは済んでいる。
 そして弓術師が片手間に備えた程度の近接攻撃で、生粋の弓師を倒せるはずがない。
 ロディマスは早矢に辿り着く事なく射殺された。

 北條黯羽の銃撃を、ミュルは大地を転がって回避する。
 女を売り物にしていると聞いたが、戦いとなればその身が汚れる事を厭う様子もないのは、訓練を受けた証拠であろう。
 その移動も鋭く、気配からして手強いとわかる。
 黯羽は陰陽師であるからして、当然距離を取りにかかる。走りながらの斬撃符投擲にも慣れたものである。
 これに対しミュルは、対策らしい対策は無し。黯羽を追い込む事だけに専念している。実に正しい選択だ。
 かわせる速度ではない。受けられる類のものでもない。なら、前に進むしか無いのだ。二つ目の斬撃符で眉を潜め、三つ目はもう表情すら変えない。
 黯羽の決して軽くは無い斬撃符を三つもらい、ミュルはそれだけで一気に隣接を果たす。
 敵に対する憎しみすら感じさせぬ、作業のようなミュルの一撃。しかしそれは、黯羽の眼前でぴたりと制止した。
 黯羽は問う。
「お前は誰だ?」
「ジプシーのミュル」
「私は誰だ?」
「愛しい人」
 黯羽は彼女に微笑みかける。
「そうだ。それでいい」
 彼女の微笑が嬉しかったのか、ミュルは嬉々として黯羽に身を寄せる。
 その腰をつかみ、引き寄せる黯羽。
 その瞬間、ミュルの全身が強く跳ねる。
「どうした?」
「い、いえ、何でもないわ。何も、問題なんて無いから、そのまま……」
 再びミュルの全身に信じられぬ程の激痛が走る。
 黯羽は彼女を抱き寄せたまま、味方の援護に術を飛ばす。これをミュルは咎める事もなく、ただその身を委ねるのみ。
 そして三度目の衝撃に、ミュルは力なくその場に倒れる。黯羽が彼女を、支えてやる事は無かった。

 数多の女を見て来た騎士ミーロフであったが、流石にサーシャ(ia9980)程大きな女性を見た事は無かったようで。
 それでも直接的な感想を口にしないで済んだのは、彼の女性に対する日頃の態度が影響しているのだろう。
 軟派な男、そう見えるミーロフと対峙するサーシャは、彼の構えから極めて騎士らしい気配を感じ取る。
 オーラを滾らせたサーシャの大剣を、ミーロフは自身の大剣で真っ向より受け止めにかかる。
 サーシャの剛剣をすら、ミーロフは完全に殺しきって見せた。二本の大剣からは剣同士をぶつけたとはとても思えぬ盛大な火花が散る。
 そのまま三合打ち合い、両者共に一歩下がって仕切り直し。
 まずミーロフがオーラを練ると、サーシャもまた同じようにオーラを全身に走らせる。二人の体からオーラの光が漏れ輝きだす。
 強い光を伴う大剣を、二人は同時に打ち込みにかかる。
 今度は金属同士をぶつけた甲高い音ではない。大砲を城壁に叩き込んだときの重苦しい衝撃音だ。
 どちらも一歩も引かない。ただ全力で打ち込み、敵の剣ごと叩き折らんと大剣を振り回す。
 目尻を吊り上げていたミーロフの表情が、不意に変化する。彼は、この背筋も凍らんばかりの剛剣の打ち合いの最中で、笑って見せたのだ。
 僅かに、サーシャの瞼が持ち上がる。
 決着がついたのは直後の事。サーシャは遂に大剣を振り切る事に成功し、ミーロフの大剣は彼方に弾き飛ばされる。
 頑強長大な彼の大剣は空を回転し大地に突き刺さる。剣は折れなかった。しかし、これを支えるミーロフの腕がへし折られたのだ。
 やはりミーロフは笑みを見せる。脂汗を伴ったその微笑は、何処か自嘲気味なものに見えた。
「死ぬのは女でか。ま、俺らしいっちゃ俺らしいわな」

 カイゼルは重装甲が売りではあれど、だからとわざわざ近寄って敵の攻撃を喰らいに行く程アホではない。
 オドゥノールの接近に対し、セオリー通りの結界呪符による壁作成と斬撃符の組み合わせで迎撃する。
 しかしオドゥノール側も、槍の投擲という手で対抗する。投げても戻って来る槍とかズルイ、とカイゼルが思ったとか思ってないとか。
 オドゥノールは、カイゼルが作り出した壁を自分も遮蔽に用いつつ、ここから顔を出しざま槍を投げつける。
 咄嗟にカイゼルは自身の前に壁を作り出しこれを防ぐ。甲高い音と共に槍が弾かれ、勢い良く回転し空を舞う。
 それを待っていた、とオドゥノールは作られた壁で視界が遮られているのを良い事に、一気にカイゼルまでの距離を詰める。途中、回転する槍がその手に収まる。
 槍を両手で握り、走りながらオーラを高める。
 風を切る音が強く、鋭く変化する。体から重さが失われ空を飛んでいると錯覚するような速度までになると、風は轟音へと変わっていく。
 この状態でモノに突っ込むのは相当な度胸が要るのだが、オドゥノールは一切の躊躇無く結界呪符の壁に突貫し、ただの一撃でこれを粉砕する。
「なっ!?」
 壁で視界を切っている間に動いていたのはカイゼルも一緒だ。この間に距離を取ろうと後退していたのだが、ただの一発で距離を埋められてしまう。
「いいことを教えてやる。騎士の武装はお前と同じく耐えるものだが、攻撃に回れば斬るものではない。叩き潰し、押し潰すものだ」
 カイゼルの堅固な鎧の上から乱雑に槍を突き入れ、横薙ぎに殴りつけるオドゥノール。
 しかしカイゼルの勇気は絶えず、逆に距離を詰めにかかったのだ。超が付く至近距離ならば槍は使えぬだろうと。
 懐にまで入ったカイゼルは、しかし、その場で力なく倒れる。腹部にはオドゥノールの短刀による深い傷が残されていた。
「重武装は、文字通りお前には荷が重すぎただけだ」

 ダムルは、各人が戦闘に入り少しした所で自分が致命的な判断ミスをした事を悟る。敵が、想定していたより遥かに強い。
 ダムルはその動揺を皆に知られぬよう、戦闘中の一人一人に細かな指示を出しつつ、自身は危ない所の援護に入ると宣言する。
 した後で、逃げを打つわけだが。
 屋敷の裏手の方に回り込み、生垣を越えようとした所で、ダムルは真後ろに跳躍する。かわしきれず、胸板に薄く赤い筋が。
「……本当に、もう、どうしてくれましょう」
 心底うんざりした顔の秋桜(ia2482)がそこに立っていた。
 ダムルは、余裕の表情を崩さぬまま言う。
「良い腕だ。お前、俺と共に来ないか?」
「今にも沈みそうな泥船なんかに誘わないでください」
「そうか……」
 ダムルの練力が奇跡を誘う。時を越えた動き、この世界に入れば動ける者はダムルただ一人。
「……惜しいが、仕方あるまい」
 秋桜の正面から剣を振り上げるダムル。彼が、アレと思った時にはもう全ては終わっていた。
 全てが動かぬはずの世界の中で、彼の眼前に木の葉が舞い落ちたかと思うと、葉の中心を銀光が走る。
 大太刀を真横に薙いだ姿勢のまま秋桜が言う。
「ああ、なるほど。貴方が何処にも受け入れられなかったのは単に、腕が悪かったせいですか」
 ダムルの首は大きく彼方へ飛んで行き、胴が力を失い大地に伏すと同時に気分のあまりよろしくない音と共に落着した。
 秋桜の視界の隅に、雷光の閃きが見えた。
 ジークリンデが、逃亡を図り裏手にまで逃げて来た泰拳士を仕留めたのだ。
「……上が上なら下も下、ですか」
 最後の最後まで、気分の悪い敵集団であった。