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■オープニング本文 疾風の王アシッドは、紅茨騎士団団長アレシュと共に、午後のお茶を楽しんでいた。 「なあアシッド。前にも言ったが、いっそお前が王として立ってくれれば話は早いんだがなぁ」 「……お前それ冗談じゃなかったのか?」 「当たり前だ。お前が立ってくれれば旗もはっきりするし、各地に散らばった反ジルベリアの者達も糾合しやすい。何より、兵が集ってしまえばこちらのものだろう」 「勘弁してくれ。俺が王だと? 他に相応しい方も居ように」 「年を考えろ年を。それにお前が正統な王家の血筋なのは間違いない事だろう」 「あのなあ、じゃあ例の件が上手く行ったらどうするんだ。俺の立場めちゃくちゃ微妙になるだろ」 「その時は王位を譲ればいいだろう。その程度、王家のしきたりから外れず融通利かせるぐらいは出来るぞ」 そこで、アレシュの後ろに控えていたフーマに話を振る。 「なあフーマ。お前もアシッドには王の器があるとは思わんか」 フーマと呼ばれた女シノビは、ちらとアシッドを一瞥した後、冷笑を浴びせる。 「お前が? 王? はっ」 「よしそのケンカ買った。表に出ろクソシノビ」 フーマとは逆側に控えていたもう一人の騎士メトジェイが、ほっそい目をしながらアレシュに問う。 「よろしいので?」 「もー私は知らん。フーマも一度痛い目に遭えば少しは懲りるだろう」 アレシュの執務室に、一人の騎士が駆け込んで来た。 「あ、アレシュ様。大変です、その、アシッド様とフーマが……」 うんざり顔でアレシュ。 「もうこれで今日六度目だぞその報告。いいからほっとけ、いずれへばったフーマが……ん? 待て。今もう夕方だよな。アイツ等確かおっぱじめたのは昼前だから……」 報告に来た騎士はアレシュの配下らしからぬ困り顔である。 「ええと、二人共ずっと戦いっぱなしだそうで……アシッド様が凄まじいのはもちろんですが、フーマもまるで負けておらず……」 アレシュはまだ途中であった書類を置き、席を立つ。何やら嫌な予感とも良い予感ともつかぬものに突き動かされ、アレシュは報告に来た騎士と共に執務室を後にする。 「これで終わりだあああああ! 喰らえフーマ! ウィンドキャノン!」 拳を握りながら突き出した片腕の、手首を残る手で掴み支え、右腕から放たれる強烈な反動を抑え込むアシッド。 撃ち出された轟風は竜巻と呼ぶのすら生ぬるい、大地をすら抉り取る激風の螺旋。 狙うフーマどころか、周辺一体ごと消し飛ばす破滅的な広範囲攻撃術である。 「二度も! 喰らうか馬鹿者!」 夜を用いても逃げ切れぬ広範囲術。だが、術の起動動作を見切っていれば、備える事も出来る。 充分に加速を得た状態からの高速移動にて、術の効果範囲から逃げ切るフーマ。それでも、余波に巻き込まれ大きく転がる事は避け得無い。 起き上がったフーマは、憤怒の表情のアシッドを見る。 「俺に……ウィンドキャノンを二度までも使わせておいて、まだ、生きているだと? ……フウウウウウウウウウマアアアアアアア!」 これを呆然と眺めるアレシュに、隣に居る副官メトジェイが言った。 「……アレシュ様。お願いですから、あれに混ざりたいなんて言い出さないで下さいね」 「なっ、わ、私が何時そんな事を……」 「でしたらその笑顔消して下さい。アレシュ様まで加わったらもう止められる人居なくなります」 ふん、と鼻を鳴らすアレシュ。 「消耗しきった二人と戦って楽しいものか。今止めてくるから待っていろ」 半日戦い続けで相当へばっていたとはいえ、疾風の王アシッドとフーマの二人を歩み寄るなり順にどついて黙らせたアレシュは、二人の後ろ襟を持って引きずり戻ってくる。 「おい、二人の治療は任せる。アシッド、フーマ、もう充分やっただろ。今日の所はこのぐらいにしておけ。そして次は私も混ぜろ」 文句を言おうにも、二人共今の状態でアレシュに逆らうには体力他が無さすぎる。渋々であるが、言われた通りにする二人であった。 ベッドで横になりながらフーマは天井を見上げ、自嘲気味に漏らす。 「全く、本当に、色々と甘えすぎだ、私」 そこら中に包帯を巻いた仏頂面のアシッドは、騎士アレクセイに指示を出す。 「これで俺が出来る準備は終わりだ。後はお前が連中をまとめてケリをつけろ」 アレクセイは驚いた顔をする。 「い、いえ、ですが、ここまで準備を整えて来られたのはアシッド様ですし、これでは手柄を横取りするようなもので……」 「つまらん事を言うな。それよりも最後の詰め、気をつけろよ。最近どうも流れが悪い」 「流れ、ですか?」 「上手く行き過ぎる事と、まるで上手く行かない事が多い。つまり、予定通りに行っていないという事だ。何処かに良く無い因子があるのかもな」 不思議な言葉を残し、アシッドはアレクセイに後事を任せる。 アレクセイはアシッドの言葉を気にしつつも任務を実施。ジルベリアの砦を一つ武力にて叩き落す。 これにより、周辺領のその年の税収を王都に運ぶ隊が足止めを喰らい、ここに別働隊が襲い掛かり税収の全てを奪われる。 アレクセイは税収奪取を確認すると退却にうつるが、開拓者ギルドの動きが早かった。 アレクセイの退路を塞ぐ形で開拓者を展開、しかし、アシッドの備えが更に上回る。 退路を塞いでいた開拓者達を、アシッドが用心の為派遣していた兵達とアレクセイ達とで挟撃する形を作る。 アシッドはこのどちらの部隊にも参加はしていない。彼が極めて高い戦闘力を持っている事はこの組織に居る全ての者が知っている事だが、アシッドはこれを必要以上に誇示する事は無い。 例え自分ならば確実に実行出来る、と思った作戦でも自分にしか出来ぬ作戦であるのなら別の策を練る。 自分は後方に位置し、皆が戻る場所を守る。外でどれだけの苦境に陥ろうとも、帰る場所は最強無敵のアシッドが守っていると安心して戦えるように。 そのアシッドが、更に入った報せに思わず大声をあげてしまう。 「何だと!? 開拓者ギルドも別働隊を動かしていたというのか!」 仲間の騎士が止めるのも構わず、アシッドは救出に飛び出す。 「……ふっ、やはり俺に王の器は無い。偉そうな事を言っておきながらこんな時、動かずにはおれんのだからな」 ギルド係員詩が先導する道は、もう道と呼ぶのもおこがましいような山の中を突っ切るルートであった。 それでも事前に一度通った詩のおかげで道に迷う事もなく、敵増援の側面に回り込む事が出来た。 「後は、お任せしますみなさん」 捉えた敵集団は六人。たかが六人。されど、連中がこの窮状で送り込んできた六人であるのだ。 |
■参加者一覧
羅喉丸(ia0347)
22歳・男・泰
青嵐(ia0508)
20歳・男・陰
叢雲・暁(ia5363)
16歳・女・シ
叢雲・なりな(ia7729)
13歳・女・シ
狐火(ib0233)
22歳・男・シ
叢雲 怜(ib5488)
10歳・男・砲
笹倉 靖(ib6125)
23歳・男・巫
松戸 暗(ic0068)
16歳・女・シ |
■リプレイ本文 襲撃と同時に開拓者達の攻撃は一人、タイロンへと集中する。 そんな中、松戸 暗(ic0068)はこの男の行動を阻害すべく全力を尽くす。 駆け寄りざま、腕の挙動を見せては敵が察するので、鋼線の先端を足元に投げ落とし、これを足で蹴って飛ばす。 低く地を這うように伸びる鋼線。タイロンは、集中攻撃の最中にありながらこの動きを見て、足を浮かせ回避の動き。 暗の手首が跳ねる。伸びた鋼線はその挙動で進路を変え、タイロンの影に。これは攻撃ではなく、動きを封じる忍の術であった。 暗はこの間も接近し続けもう一つ手首を振ると、先端は大地に刺さったまま、たわんだ鋼線が弧を描きつつタイロンの前面から襲い掛かる。 これは彼にも不意打ちであったようで、驚きたじろぎ動きが鈍る。 そこにすかさず、大地から抜けた鋼線の先端が伸びる。タイロンは同時に他所から仕掛けられた攻撃を回避していたので鋼線には対応出来ず。いや、細い線が刺さるのみなら急所でなければさしたる痛撃にはならぬという計算でもあろう。 だが刺さった部位から不可解な感覚が広がるに至り、自分の失策を悟る。 しかしそこまで。これ以上の集中攻撃は許さぬと他の者達が開拓者を抑えに動いたのだ。 何とか生き残ったタイロンは、後退して援護に徹しようと動く。当然油断なぞはしていなかったのだが、助かったと安堵したのも当たり前であろうし、であるのなら、僅かなりと気が抜ける部分もあった。 そこに、するりと糸が伸びる。 タイロンはぎりぎりで気付き、首に添うよう腕を入れる。腕と首とを締めるように背後から鋼線の輪が巻き付き、タイロンを持ち上げる。 暗は即座に切り替えて鋼線を勢い良く引くと、タイロンの手首から先が落ちる。落ちた後も鋼線はタイロンを斬り裂き、首後ろを半ばまで切断されたタイロンは、やはり絶命するのであった。 羅喉丸(ia0347)は驚きを隠せない。 タイロンへの集中攻撃の最中、注意を怠っていたわけではないのに砲術士ニノの銃撃をかわす事が出来なかった。もちろん、運悪くではない。敵の精度が羅喉丸の能力を上回った結果だ。 その火力も尋常ではない。比喩でなく一撃必殺の威力を秘めている。 足の速さは集まった開拓者達の中でも羅喉丸は飛び抜けていて、だからこそ羅喉丸が行く。 二撃目の発射の際を見切り、爆発的な踏み出しと共に一歩で近接まで果たしきる。この踏み込み距離も、銃撃をかわされた事もニノにとっては意外であったようで。 羅喉丸の正拳がニノの顔面を打つ。のけぞりながらのニノの銃撃。右前を左前に切り替える事でひらりとかわし、構えを変えた動きがそのまま蹴りの動作に繋がる。 蹴りはニノの脇腹を強打。トドメの手刀を袈裟に。しかしニノも意識は失われておらず、発砲。両者は同時に弾け飛ぶ。 八極天陣を常時使用しておきながらのこの始末に、羅喉丸は確信する。ニノの役割はまさに今やっている通り、回避盾の粉砕だ。初撃が羅喉丸狙いなのも納得である。 「なるほど、な。だが悪いな」 左拳が唸り、龍の尾がニノの側頭部を強打する。ニノは意識も虚ろであろうに、必死に後退。 そこに羅喉丸が半身を返しながら背中でこれに触れる。 逃げる相手を後ろから突いた所で、それほどの痛打は望めない。 だがこの背中での体当たり。これは如何な術理によるものか、強打されたニノの全身は逆に羅喉丸へと吸い寄せられるように跳ねているではないか。 まるで竜巻に巻き込まれたかのように間合いを掴まれたニノ。そこに、龍の顎である右拳が吼える。 「俺は攻撃も苦手ではない」 タイロン集中攻撃に対し、真っ先に反応したのが泰拳士マイケルだ。 タイロンが得意の回避を活かせぬ相手、術者へと一直線に突っ込んで行く。 標的は見るからに術者の青嵐(ia0508)。しかし彼の前に笹倉 靖(ib6125)が立つと、そちらでもいいと仕掛けて来る。 格闘技に長けたマイケルは当然、靖の体の動きを見て攻撃を仕掛けるが、靖は前へ出る足の動きで或いは後退し、或いは横にズレるのだからマイケルはその神秘の歩法に目をむく。 靖がマイケルのラッシュを防いでいる間に、青嵐は狙いをマイケルに切り替え攻撃術を連打する。 珍しい歩法だからとそれのみでかわされるほどマイケルの攻撃はヌルくはない。靖自身の高い回避能力があってこそ、こうしてマイケルの前に立つ壁として機能しているのだ。 挙句前線に位置し、前衛にも届く位置から範囲治癒術まで使ってくるとか、マイケルが苦々しい顔になるのも無理はなかろう。 何が頭にくるかといえば、閃癒を使ってながら直後、マイケルへの攻撃術も放って来る事だ。このせいでより強烈な攻撃術を撃って来る青嵐を潰しに行く事が出来ない。 しかしこれは、靖にとっても予定外であった。マイケルが粘るせいで靖もまた動けず、青嵐に敵騎士の接近を許してしまったのだ。 オーラの輝きをその身に宿しながら突進してくるライドに、大蛇と化した呪符が飛び掛るもその足を止める事は出来ず。 窮地にありながら青嵐は、敵砲術士の動向を確認する。羅喉丸が張り付いておりこちらは心配無いようだ。 そして改めてライドへ。 その迫力だけで、回避は無理だと察する。 せめても槍先だけはかわしたが、オーラ込みの体当たりをまともにもらって大きく吹っ飛ぶ。頭だけは何としても守った為、視界ははっきりとしている。 大地に倒れながら腕を伸ばし、蛇の呪符を投げる。地面の上を蛇行しながら呪符はライドへ向かっていき、途中で二股に別れ二頭の大蛇となってライドへ。 雄叫びと共に大蛇を振り切りライドが走る。急ぎ立ち上がった青嵐を、ライドの槍が貫き引き裂く。苦痛のあまり声も出ないが、手先の動きで呪符を操り、もう何度目かの蛇を駆る。 ライドは防御に力を回していない。先に撃ち滅ぼしにかかっている。それは青嵐も同じだ。 お互いの得意攻撃をかわす手も防ぐ手段も持ち合わせていないのだから、後は身も凍るような削り合いしかあるまい。 両者共に噴出す血飛沫の影響が顔色に現れる頃、ライドの大きく振りかぶった突きが青嵐に。 青嵐が手にしていた、術具の一種と思われた小太刀が槍の先端を弾きつつ青嵐は身をかわす。 ここ一番で、青嵐は回避を狙っていたのだ。同時に逆手に持った小太刀を突き出す。それはライドの装甲正面に当り、派手な音と共に炸裂する。 予想外の衝撃に体勢を崩すライド。その首元に青嵐の手が。 「皇帝への忠義を忘れ去った騎士に、生きる価値などありませんよ」 斬撃の符がライドの首を深く抉ると、彼の首はその場で一回転してから大地に落ちた。 叢雲・なりな(ia7729)は、コキュートの剣の暴風に晒され、文字通り風前の灯な気分を味わっていた。 参加した時は旦那に無茶はするなと言っていたなりなだが、コキュートの前に立つ事が即ち無茶であった。 剣筋は荒い、荒いのだが、騎士の鎧すら一撃でぶち割りそうな威力でぶんぶん振り回されては近寄る事も容易ではない。 しかも空振りすらなりなを追い詰める手の一つとして活用してくるのだから、この男、並のサムライではなかろう。 だが逆にこれがなりなから一切の攻めっ気をなくしてくれた。 エラく神経は使うが、凌ぎかわすのみに専念するならば何とかなろう。 それに、ここぞで飛んで来る旦那の放つ強烈無比な銃弾。これがコキュートの剣の組み立てを都度リセットしてくれるので、なりなは何とか堪える事が出来た。 袈裟をくぐろうとしたなりなに、コキュートによる蹴りでの崩しが命中。返す剣がなりなの胴を真っ二つに。 二つに断たれた影を後に、なりなはその場で飛び上がり背面飛びの要領で剣撃を飛び越える。 そのまま体を捻りつつ、空中でコキュートの側頭部を蹴り飛ばす。ダメージ目的ではなく攻撃を鈍らせる狙いだ。 片足のみ着地し、蹴り足の足首でコキュートの首を引っ掛けたまま、引きずり倒す為足を振り切る。 コキュートはこうした無理な体勢で剣は飛ばさない。崩れた姿勢からの剣なぞさしたる痛撃にならぬからだ。 その代わり、上体が大きく崩れた今の姿勢でも、両足が踏ん張れる重心が安定した状態になれば、容赦なく必殺の剣が飛ぶ。 これを影分身を犠牲にくぐってかわしながら、なりなは奇妙な音を聞きつける。 他に類似する音が思いつかぬ、そんな音が空より聞こえた。 「皆気をつけて! なにかくるよ!」 叢雲・暁(ia5363)は、何処にでも居るような騎士の面してるくせに、ありえない程強いジミーを相手に苦戦を強いられる。 「まあああだこんなバケモノ居るのかコイツ等!」 暁の、まともな手では対処しようがない凄まじい距離を行き来する間合いへの出入りに対し、本当に僅かに間合いに入る一瞬を見切って剣を振るってくる。 その尋常ならざる気配に叢雲 怜(ib5488)もこちらへの援護に回るが、怜の超火力を何発ももらっているにも関わらず、この男まるで微動だにしない。 他にも苦戦はあるが、狐火(ib0233)はこここそが一番必要だと三人がかりで挑むが、ジミーという名の砦はビクともせず。 逆に後衛の怜含む三人共が手傷を負うザマだ。 そこになりなからの警告。そして、戦場全体に吹き付ける程の風と、一人の男が空から。 敵は既に半数が落ちている。にも関わらず、靖は残った敵の表情が勝利を確信したものに変わるのを見る。 残った三人共、洒落にならない凄腕だ。この三人が、こうまで信頼する敵だという事。 靖は侮蔑するように言った。 「泥棒連中の親玉か。随分とご大層な登場だな」 その男、アシッドは静かに着地すると、犠牲者の顔を見て開拓者を睨み付ける。 「……やって、くれたな、お前等。クソッタレ、ニノまでやられるとは……」 靖はアシッドの睨みにもまるで動じず。 「盗人の末路だろ」 「盗人だと?」 「税金盗む為にこんな事しでかしたんだって? いっそ盗賊の頭でも名乗ったらどうだ? どんな思いがあろうと人からみりゃ盗人だよな」 はっ、と鼻で笑うアシッド。 「何処まで知ってて言ってんだか……まあ何でもいいさ。どの道お前ら全員生かしておく気は……」 言葉の途中でアシッドは動く。暁が増援に安堵したジミーを狙ったからだ。 暁の目はジミーを狙いながらもアシッドの動きも捉えている。 身体能力は激烈に高い。また風の援護のせいか速さがこれまた人外の域。その上敵の手の内が全く見えない。 だが、そんなもの全て、先を取ればいいだけの話だ。 暁の体内を巡る練力が催眠に近い集中を促し、身体能力をも引きずり上げる。 世界が少しづつ遅れていき、遂に、暁を除いた全てのものが制止する。 アシッドの周囲には、風というより大気の壁が出来ている。だが。 「抜けない程、じゃあないなぁ」 ただ風以上に皮膚が硬かった。正直同じ人間と認めたくないレベルで。 それでも一撃であり、速度の戻ったアシッドは舌打ちしながら暁に無手の腕を振るって来る。 再び時の狭間に入り込む暁。制止したアシッドの背後へと回りこみつつ一閃。 時の拘束が解けると同時に、全周へと放たれた竜巻により暁は吹っ飛ばされる。 怜はこの間に狙いをつけ、丁寧に銃を撃つ。アシッドを取り巻く風で弾かれそうになるが、威力でゴリ押し命中。しかし、鎧らしい鎧を着ているようにも見えぬアシッドは衝撃に揺れる事すらない。 微動だにしなかったジミーとて強い姿勢は保っていたというのに、アシッドにはそんな様子もないのだから、理不尽極まりない。 それでも面倒だとでも思ったか、アシッドは怜に目を向ける。その挙動だけで、目に見えぬ風の刃が怜を襲う。 攻撃術、それも高位術者のそれと同等、と見た怜。というかそれぐらい痛かった。 そして、下手をすると先の銃撃もかわされていたかもしれない風の壁と、アシッドの目の動き。怜には予感がある。もう一度同じ銃撃をしたら間違いなく避けてくると。 両手で構えたマスケットが、怜が込めた力に反応し揺れる。 こちらもまた練力を全身に満たしありえぬ集中を得るが、怜のそれは身体能力を上げるのではなく、感覚器の精度を高めるのでもなく、ただ一つの動きの為のものだ。 銃の震えが、止まった。 発砲音は二度。一射目を撃った直後、練力にて弾を生成、初撃の威力を上げるのに用いた練力の通り道が、失われる前に二発目を撃つ。 特に、瞬時の弾丸生成がキツい。練力の通り道である腕から悲鳴と共に出血が見られる。 それでも、銃弾をぶちこまれたアシッドのあの表情を見れば少しは報われた気になるのだった。 狐火はこの騒ぎに間に姿を消し、最も消耗の激しいマイケルに人知れずトドメを刺していた。 遅ればせながらこれに気付いたアシッドは大いに慌てるが、狐火の方にも見過ごせぬ事態が発生する。 監視と報告が任務であった詩が、忍刀抜いて突っ込んで来ていたのだ。 アシッドからの迎撃は、無し。 狐火はすぐに動く。 アシッドは両者の近接間合いに入った瞬間、回し蹴りを放つ。先制合戦はアシッドが上回る。 アシッドの蹴り足の危険さに気付いた詩だが、もう遅い。出来るのは刀を受けに回すぐらい。 しかし、アシッドの蹴りは空を切る。 少し離れた場所で、詩は狐火にだっこされていた。 「え? あれ?」 戸惑ったのも僅かの事、すぐに夜使用に思い至る詩。 「……自分の仕事、忘れてませんか?」 「あ、えっとでも、ですね、あの人、多分ミザリーさんと同じだと思うんです。だったら……その……」 じーと狐火が無言で居ると、詩は赤面して俯く。 「ご、ごめんなさい」 「よろしい」 詩を降ろしてやると、彼女は少し未練がましくアシッドを見ながらも後退してくれた。 当のアシッドは狐火を見ながら呆れ顔だ。 「おいおい、こっちに子守りまでやらせる気か?」 「ええ、是非そうして下さい」 なりながアシッドの背後から斬りかかる。気付いていたアシッドであったが術をそちらに放とうとする寸前、これが怜の必殺撃の為の援護であったと察する。 恐怖の二連撃に対し、二度目であったせいか辛うじて片方だけかわすアシッド。これと同時に、狐火の抜く手も見せぬ投擲も避けてみせる。 「そっちの技はこの間嫌って程もらっててな!」 包囲し追い詰めに動く開拓者達であったが、そうはさせじと生き残った二人、ジミーとコキュートがアシッドの元へ。これを、羅喉丸は止めなかった。 アシッドの側に行ったジミーは撤退を進言し、少し熱くなっていたアシッドもこれを受け入れ、二人と共に空を飛び去って行った。 既に四人を倒していたとはいえ、開拓者達の猛攻をここまで凌いだ二人と、底の知れぬアシッドが相手だ。敵の撤退を促す羅喉丸の判断は誤ってはいなかったであろう。 |