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■オープニング本文 風魔弾正は紅茨騎士団団長アレシュと共に、ソレの起動実験に立ち会っていた。 結果だけ述べるのならばその実験は失敗に終わり、何一つ対象に変化は生じぬままであった。 ひどく落胆して見えるアレシュと、もう一人は見た事の無い男。 『かなり、強いなコイツ』 アレシュと肩を並べる程であろうと思われた彼は、アレシュに対してもタメ口である。 「おいアレシュ。魔術師達が無理だと言っていたのだから、この結果は当然だろう。何故そうまでして焦るのだ。後少しの辛抱だろう」 「だがなアシッド。これ以上無理を重ねては騎士団の維持すら難しくなる」 「マクシム様は独自に動くと言って来たそうだな。随分と気を遣わせているぞ」 「わかっている。マクシム様もここが勝負所と定めておられるのだろう。ギルドの動きは相変わらずだから、せめてもそれが救いか」 「笑えんな。相手は『森』を滅ぼした開拓者ギルドだ。仮想敵としていた分の優位はあれど、正体が知れればそんな優位なぞ一瞬で覆るぞ」 「なあアシッド。いっそ私とお前とでギルドの建物に乗り込まんか?」 「ははっ、一度はやってみたい手だ。そこの、シノビか? もかなりの腕があるようだし、そういうのだけ集めての特攻は胸が躍る」 そこで改めてフーマを紹介するアレシュ。アシッドという名の彼は、『疾風の王』の二つ名と共に紹介された。 「ご大層な名前だな」 「……おいアレシュ。俺はもしかしてケンカを売られているのか?」 「こらフーマ、お前のソレは誰彼構わずか。もういいから、例の件よろしく頼むぞ」 「了解した。……お前の策に異論がある訳ではないが、何とも迂遠な事だ」 「言うなよ。いいか、くれぐれもギルドにはやらせるなよ。アレクトルの兵士にやらせるんだ」 「わかっている。陽動とは得てして複雑怪奇になるものだ。ギルドが出張って来たのなら私が踏み潰すとしよう」 先日、アレシュの資金源の一つであった商人が捕えられかけた。彼はアレクトル領の商人であった。 またアレシュの部下ムスタング、ギルドに捕えられた彼はアレクトル領で働いている、という事になっていた。 更に以前捕えられた藤野忠孝という男がアジトの一つを構えていたのもアレクトル領である。 アレシュはこれを利用する事にしたのだ。商人の捜査の件でギルドとアレクトル領がうまく行っていないだろう事も含めて。 本来治安も非常に良く、名領主と謳われるブルームハルト子爵治めるアレクトル領にそんな真似をした所で一笑に付されるだけなのだが、少なくともギルドはそんな理由で調査を躊躇ったりはしないとアレシュは見ている。 だが、そこであまりに強引な真似をすればアレクトル領はもちろん、ブルームハルト子爵を慕う他の領主達からも大きな反感を買うだろう。それはギルドによる調査を足止めするに足る出来事だ。 で、この策の実行を任された風魔弾正、こちらではフーマと呼ばれる彼女は、ギルドが送り込んだスパイであるわけで。 弾正からの報告を受けたギルド係員ディーは頬をかく。 「ホント、嫌らしい事してくれますよね。彼女を送り込んどいて正解でしたよ」 とはいえ、ディーが嫌らしいと評したのは、そうとわかったからとてそう易々と手は変えられないからだ。 アレクトル領内で何事かを起こされるとして、ブルームハルト子爵と揉めるからと手を引く事は出来ない。そうなれば今度は連中本気でアルクトル領内で活動を始める。 子爵の能力を疑う訳ではないが、ギルドの捜査をこうまでかわし続ける連中を、ギルドのような専門の情報処理機関を持たぬ一領主にどうこう出来るとも思えない。 「ま、その辺は私の仕事ですが……しかし、これ、本気ですかねぇ」 弾正から回ってきた情報を、再度見直すディーであった。 風魔弾正ことフーマは、同行している部下達に問い直す。 「なあ、本当にこれでないとイカンのか?」 「この地に古くからある御伽噺にちなんだのですが……何か問題でもありましたか?」 一度別件で仕事を頼んだ時、彼が極めて優秀なシノビであったので、弾正がアレシュに言って引っ張って来てもらった彼は、クイッドという。 「問題、というか……この服にお前は、というかお前達は誰も疑問を抱かんのか?」 「貴族の衣装としては、まあそれなりに知名度もあるジャンルですから。……お似合いですよ?」 膝丈までのスカート、踵と爪先がやけに尖ったブーツ、上着は薄い服を何枚も重ね着しており、手には肘まである長い手袋を、頭には正面から見ると馬の蹄鉄の形にしか見えぬ頭全体を覆う大きな帽子。 これら全てに、アホかというぐらいレースがあしらってある。もちろんレースのパターンも無数にあり、そこまで派手な作りをしておきながら、色は何故か白と黒のみ。 いわゆるごしっくろりーたという格好を、フーマはしていた。 クイッドは確認するように説明する。 「この地に古くから伝わる伝説の盗賊、ゴシックシーフとして、フーマ様にはこの地で暴れまわっていただきます。資金の入手は、まあついではありますが良い機会ですのでガンガン稼いで欲しいとの事です」 額を抑えながらフーマ。 「私の顔がギルドに割れているから私が、という話であったはずなんだが……この変装は意味があるのか?」 「ただの盗賊で終わられては困ります。しっかりと話題になって頂くにはやはりこういった伝承を利用するのがてっとり早いでしょう」 フーマの脳裏に浮かんだのは、旅の恥は掻き捨てよ、なんて何の役にも立たないフレーズであった。 アレクトル領に伝説の盗賊、ゴシックシーフ現る。 彼女は富裕な商人ばかりを狙い、既に十件以上の被害が出ている。 この知らせを受け、アレクトル領の兵士達は色めき立つが、彼等が仰天したのはその後のブルームハルト子爵の言葉であった。 「実は開拓者ギルドが協力を申し出て来ていてな。それはありがたいと手を借りる事にしたのだ」 前回、子爵の面目を潰す形でちょっかい出してきたギルドに、子爵は恨みは無いとばかりに快く協力の申し出を受け入れたのだ。 しかし、現場レベルの人間は感情の整理がつかず、何処か余所余所しさが出てしまうだろう。 そんな中に、開拓者達は捜査協力という事で向かうのだ。 この捜査責任者に選ばれた騎士トリントンは、子爵のご厚情を無碍には出来ぬと内心はともかく皆に協力するよう要請する。 女騎士リズムはあからさまに嫌そうな顔をし、兵士叩き上げのジャムラは理不尽には慣れていると言わんばかりの顔。 トリントンは捜査を三チームに分け、それぞれに開拓者を配する形にする。指揮権はトリントン達が確保出来るように。 開拓者の発言は、それがそれぞれのリーダーに受け入れられるものならば採用されるだろう。 そういった部分に配慮しながら、開拓者達は風魔弾正が捜査員を斬る事のないよう、弾正を追い詰めさせないようにしなければならなかった。 |
■参加者一覧
羅喉丸(ia0347)
22歳・男・泰
叢雲・暁(ia5363)
16歳・女・シ
狐火(ib0233)
22歳・男・シ
笹倉 靖(ib6125)
23歳・男・巫
椿鬼 蜜鈴(ib6311)
21歳・女・魔
ジャン=バティスト(ic0356)
34歳・男・巫
樊 瑞希(ic1369)
23歳・女・陰
病葉 雅樂(ic1370)
23歳・女・陰 |
■リプレイ本文 トリントンは年食ってるだけあって、羅喉丸(ia0347)と叢雲・暁(ia5363)が来た時も二人が不快に思うような行為は一切しなかったしさせなかった。 実際、志体持ちのシノビである暁の存在は捜査に極めて有用であるし、羅喉丸の高い戦闘力はいざという時に頼りになるものだ。 感情はさておき、これを使わない手はない、という話。 暁は配属になるなりすぐに動き出す。 基本的な調査をトリントンより受け持ち精力的にこれらをこなしていく。 羅喉丸は弁えた言動を取り、決して出過ぎる事なくトリントンの側に控える。 「羅喉丸殿は何かご意見はございますかな」 「特には。ただ、トリントン殿の手元に大量の金子を持つ商人に絞るというやり方は、至極妥当な動きだと考えます」 「ふむ。羅喉丸殿は若く腕もあろうに、あまりご自身が前へと出るような事はしませぬな」 「まだ若輩者なれば」 これ以上は失礼に当るか、とトリントンは言葉を控える。そこに暁が駆けてきた。 「とりあえず今日の護衛先の、予想逃走ルート出しといた。ああ、後、敵さん腕っ節の方はどうかわかる?」 「わからん。だが目撃証言にあった身のこなしを考えるに、弱いはずがない、と私は考える」 「じゃあ羅喉丸と僕とトリントンのおっさんぐらいか、最後の最後で抑えにかかるのは」 トリントンはしばし熟考。 「……そう、するのが安全か。とはいえ他の連中も遊ばせておく訳にもいかんが」 「あったりまえでしょ。長物持って集団で追い回すだけで充分役には立つ」 弾正の腕を知っている者ならそんなものクソの役にも立たないのはわかるが、少し優れた盗賊程度なら、それでも効果はあるものだ。 トリントンの表情には、存外まともなのが来た、といった意外さが見える。 そしてその日の夜。網を張った商家に、ゴシックシーフが現れたのだ。 手はず通りゴシックシーフを追い込み、そしてその逃走路に敢然と立つは我等が叢雲暁である。 「ざあああああんねん! ここは通行止めだ!」 ゴシックシーフは、両腕に抱えていた金のつまった箱を大地に置き、追われている最中だというのにゆっくりと剣を抜く。 『わぁお。目が大マジだわ』 手なんぞ抜いたら本気で斬られかねん、そう即座に切り替え、ガチで行く暁。 しかしその直前、ゴシックシーフの後方から兵士達が槍をかざし突っ込む。羅喉丸はトリントンに目で承諾をもらい、彼等の前に立ちゴシックシーフへと突っ込む。これと同時に仕掛ける暁。 暁の目がまるで洒落になっていないのと、金箱を下ろしたゴシックシーフの気配が尋常ではないのとで、羅喉丸は加減をやめる。 暁が走る。その軌跡は紅を引いたようで、並の兵士達には輪郭をすら失ったようにも見えよう。 羅喉丸の踏み込みは、ただの一足で数間の距離を埋めうる。一瞬が致命に至り、瞬きすら許さない。 三者交錯。二筋の血の糸は、羅喉丸と暁の両者からだ。 羅喉丸の気配が変わる。最早他に何も見ていない。ゴシックシーフを凝視するのみ。 そんな空気を感じ取れなかったのか、トリントンが剣を抜いて突っ込んでくる。 「おっさんそりゃ無茶だって!」 大慌てで暁はトリントンに飛びつき止める。それが合図になり羅喉丸が動いた。ゴシックシーフの姿が闇に溶ける。委細構わず、羅喉丸はその尋常ならざる俊敏さごとねじ伏せ、蹴り飛ばす。 二人の攻防は、兵士達はもちろんトリントンの目にも映らない。 蹴り飛ばされたゴシックシーフは壁をぶち破ってその中に叩き込まれるが、少し経って羅喉丸はバツが悪そうに頬をかいた。 「すまん、逃げられたようだ」 置いておいたはずの金箱も無くなっており、ついでに、置き土産とばかりに羅喉丸の足にはダガーが突き刺さっていた。 「つい本気になってしまったか。おのれ、任務さえなければ最後までやれたものを」 笹倉 靖(ib6125)は皆の下に戻ると、あった事の報告を。 「二人共命に別状は無い。少しの間は安静にしていて欲しいけどね」 こちらの指揮官リズムは開拓者達への警戒を隠そうともしなかったが、開拓者に怪我人が出たと聞いてもこれを揶揄するような事は言わず、靖が治療に向かうのを二つ返事で許した。 靖はついでに調べておいた悪徳商人の聞き込み情報をリズムに伝えてやる。 「ふん、了解した。今夜は捕り物になるかもしれん。貴様は宿にでも戻っておれ」 「いやいや、俺も行くって」 「先に言っておくが、貴様等を守ってやる程こちらは暇ではない。それでも良いのなら勝手にしろ」 これが流行のツンデレって奴かね、といった感想は口には出さない靖。しかし、容赦なく思いつきを口にしてしまう者がここには一人。 「ほほう、見ろ主頭! これが世に名高きツンデレという奴だろう!」 病葉 雅樂(ic1370)にはおおよそ遠慮だのといったものが無い。保護者たる樊 瑞希(ic1369)もこめかみを抑えている。 言葉の意味はわかっていないようだが、リズムはただでさえ鋭い視線を更に細く尖らせる。 「貴様……言っておった迎撃プログラムとやらはどうした!」 「無論出来ている! この大天才にかかればこの程度造作も無い!」 ひったくるように雅樂が手にしていた書類を奪うリズム。じっとコレを見た後、ちょいちょいと雅樂を手招き。 「ここは、こうした方が良いのではないか?」 「いやいや、そういうつもりならばいっそ……」 「そうは言うが、それでは……」 「違う違う、そんな事では……」 靖は瑞希の隣で肩をすくめる。 「案外、相性良いんじゃないか?」 生来トゲトゲ言動のリズムと、そこにまるで頓着せず言いたい事を言う雅樂とでの話。 「……だとしても、何時失言するか気が気ではないのだがな」 「ご愁傷様」 靖はそのまま標的候補である商人の屋敷調査に、瑞希は他の捜査員と相談に向かう。 瑞希が捜査員に声をかけた所、彼等の第一声がこれである。 「リズムさん相手にあそこまで普通に話せるって、あの人本当凄いっすね。何かコツとかあるんっすか?」 事前情報ではリズムは開拓者にキツイという話だったが、開拓者だけでなく他の者にもそうであった模様。瑞希はやはりこめかみを抑えながら言う。 「真似出来る類の事でも、真似して良い類の事でもないので、アレの真似は諦めてくれ」 そうして彼等と少し話すと、瑞希が話せる相手(不機嫌にも居丈高にもならず普通に会話してくれるという意味)とわかった彼等は、瑞希がそう頼むと気安く起こった出来事を報告してくれるようになった。 『こんな簡単でいいのか……』 瑞希内心の苦悩はさておき。 靖は予想逃走ルートを幾つか考えたが、これにより風魔弾正が何処まで自分の実力を見せるつもりなのかを測る事にした。 一箇所、弾正でもなくば通れぬルートがあったのだ。ここを通ればほぼ確実な逃走が可能となろう。それと分かっている開拓者が備えていればその限りではないが。 弾正が開拓者を斬った。これは既に行われているので、開拓者が内通を疑われる事はほぼ無くなっただろう。 「さて、どうなる事やら」 「出たぞー!」 この声が聞こえると、靖は早速手近な所に仕掛けておいたワンタッチ大音量発生装置を使用。音に引かれてこちらにも注意を向ける者が。 更に声のした方に向かうと、予想逃走ルートの一つを使って逃げ出す所に遭遇する。後を追う兵士達。氷霊結の術を即座に唱え、ゴシックシーフの逃走先に仕掛けておいたバケツに打ち込む。 零れた水が凍り付いていき足止めになるかと思いきや、ゴシックシーフは一切足を止めず氷の上を平然と走る。むしろならばと後を追った兵士達がこれにすっ転ぶ始末だ。 屋敷の中では瑞希が人魂を使いゴシックシーフの挙動を逐次確認しており、これを雅樂が言霊により皆に伝え彼女を追い込んでいく。 リズム達はこの情報に基づき、屋敷の中を駈けずり回る。 そして瑞希がゴシックシーフを視認。呪縛の符を通すと、雅樂が逃走ルートを完全に塞ぐべく結界呪符にてまっ白き壁を作り出す。 この壁を、ゴシックシーフは投擲三連にて粉砕。 壁で抑えるつもりで動いていた全員が予想を外され、そのまま逃亡を許してしまった。 靖は以上の結果から、弾正は姿を敢えて見せるべく動いており、能力を一段以上低く見せている、と考える。これは残るチームにも報せるとして、とリズムと雅樂の二人に目をやる。 「だから言っただろうが! 全周囲を包囲し閉じ込めるべく動けと!」 「この大天才の案に不服だと! 馬鹿を言うな! あれほどの攻撃能力を持つ相手に兵士を前に出すなぞ愚策の極み!」 「だったらっ……」 「いいやそれは……」 賑やかに口論中のリズムと雅樂である。 他の兵士に聞こえぬよう、こそっと瑞希に呟く靖。 「そもそもアレを相手にこれだけの数でどうしろって話だよなぁ」 「…………」 「ん? どうした?」 「……いや、あの格好に何か意味はあるのかとな……」 結構本気で悩む、というより納得いかぬという顔をしている瑞希。 ここで、そういう趣味にでも目覚めたか、なんて軽口を言う程靖は空気の読めない男ではなかった。 「み〜〜ら〜〜れ〜〜た〜〜。えいくそあいつ等、何処にでも出て来おって。しかし、あの瑞希の表情…………あれが一番堪えた」 ジャムラはあてがわれたのが巫女、シノビ、魔術師と聞くと、嬉しそうに手を叩く。 「こいつは良い。欲しいのが全部揃ってくれた」 率直に歓迎してもらえるのはありがたいと言えばありがたい話だ。 ゴシックシーフの姿見を書いた絵を見せてもらうと、椿鬼 蜜鈴(ib6311)は感心したように言った。 「ふむ……斯様にきらびやかな衣装でようも斯様に動けるものよなぁ……」 ジャン=バティスト(ic0356)は絵姿に加え、ゴシックシーフの伝承も眺めながら呟く。 「ゴシックシーフ……とは、この地に伝わるお伽噺だと聞いた。あのような動き難そうな豪勢な衣装……ということは、貴族なのだろうか。貴族でありながら盗みを働き、あのような衣装で動き回る、伝説の存在……もしかすると、生きた人間ではなく、アヤカシである可能性が考えられる」 ジャムラは目をむく。 「アヤカシ? そりゃ……今出てるのが実際に伝承にあるゴシックシーフだってんならそういう考えもアリなんでしょうが、どうせ伝承に便乗した盗賊ですぜ」 「そうだろうか……」 「そういうおどろおどろしい話は無しにしましょうや。金を欲しがるのなんざ人間以外ありえねえって話で」 含み笑いながら、蜜鈴も口を挟んで来る。 「そういえば、天儀で金を奪うアヤカシが出たと聞いた事があったかのう。おっと、これは失礼」 「だあから、脅かしっこ無しですって」 よっぽどアヤカシの方がマシな相手なのだが、そこはそれで。 狐火(ib0233)が目にした絵では帽子で隠されていて顔は良く見えなかったが、目撃証言を辿る限りでは、顔を見た者も少なからず存在する。 弾正よりの情報では、弾正は組織の人間であるとギルドに顔が知れており、これがこの土地での事件に関与する事でギルドの注意をこの土地に向ける、といった作戦であったはず。 いっそゴス衣装込みの似顔絵ビラでもそこら中に撒いてやればこんなアホな真似も出来なくなるのでは、とか思ってたり。 蜜鈴は襲撃予想商家にお邪魔するそうで。ジャムカも下調べをしておきたいという事でこれに付き合う。 川沿いの商家は結構な大店で、お上に逆らう事の無益さを良く知っており、平身低頭で皆を迎え入れる。 そこがどんな店かは、丁稚への怒鳴り方でわかる。蜜鈴は胸くそ悪くなるような怒鳴り方を見て、この店への好感度を著しく下げる。 とはいえ、こういう店はそれはそれでやりやすい部分もある。 蜜鈴が店の奥で見つけた酒に興味を示すと、 「のうそこの商人殿? ちとわらわにおんしの持つ美味なる酒を飲ませてはくれぬかえ?」 商人はここぞとこれを提供してきた。更に宴席まで設けるという。 ジャムカが顔で笑っていながら目が笑っていないのには気付いていたが、これもお役目、と商家の重要人物達をも招いて昼間っからの宴席をおっぱじめる。 狐火はこれ幸いと商家の屋内探索を一通り済ませ、ゴシックシーフの潜入路候補を幾つかに絞り込む。 この最中、ジャムカに狐火は声をかけられる。 「あの酒盛りには何か意味があるんですかねぇ」 「せっかく待ち構えているんですから、敵には来てもらわないと困ります」 「そりゃあ……待った。酒盛りしてるのがゴシックシーフにバレるって事は、あっしらがここに居る事もバレてるって事じゃあ?」 「当然でしょう。成功率百パーセントの盗賊が、襲撃先候補の調査と監視をしていないはずありません。前二回もそれとわかって踏み込んだのでしょう」 このハイペースで襲っておいてそんな真似出来るもんですかねぇ、と妙に感心した顔のジャムカに、内心のみで答える狐火。 『もちろん、口からでまかせですが』 商家の奥からは賑やかな嬌声が響いてくる。蜜鈴の盛り上げは上々のようであった。 ジャンの瘴索結界に反応があった、と告げるとジャムカの表情が激変する。 兵士達には姿を見つけても手を出すなと命じ、ジャムカと開拓者達は一つ所にまとまって報せに合わせて移動する。 狐火が聞いた音からゴシックシーフの所在を掴み、ジャンが瘴索結界の反応としてジャムカに伝える。 何やかやと上手いこと誤魔化しはしたものの、一行は庭を出た所で遂にその姿を捉える事に成功した。 というより、姿を見せたくて残っていたとしか思えない。 月明かりに照らし出されたその姿は、紛れも無く風魔弾正その人。陰殻の叛の事もあり、開拓者が相手なら高確率でバレるだろう、と呆れ気味の狐火であったが、そのクソ度胸は大したものだとも思える。 ジャンは即座に攻撃術の詠唱に入る。 「アヤカシ相手に躊躇は無用」 収束していく精霊力の大きさにジャムカが目をむいているが、それはさておき、蜜鈴も動く。 「彼の者の行く手を阻む檻となれ」 ゴシックシーフの逃げ道を鉄の壁が塞ぐ。蜜鈴の抑揚ある祝詞にも似た呪言は更に続き、鉄壁を二重に構える。先日壁を粉砕された事を踏まえての対応だ。 しかし、ゴシックシーフは一飛びでこの鉄壁を飛び越え、更に鉄壁を足場に隣の屋敷の屋根に飛び移る。これによりジャンの視界より外れ、精霊砲の術は止めざるをえなくなる。 目を丸くする蜜鈴。 「……と、建てたは良いが……案外身軽じゃのう」 「いや、身軽じゃのう、じゃねえっしょ」 「ふむ、後は狐火に任せるしかないが、一人ではちと荷が重い、か」 ジャムカが気がついた時には、狐火の姿が見えなくなっている。 追撃を諦めた狐火は自らに突き刺さった苦無を抜き、そこについていた手紙を読む。 『敵に大きな動きあり。しばらくは連絡出来ない』 |