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■オープニング本文 平蔵と平次の二人組みは、いつか村を出て一旗あげてやろうという野心に燃える若者である。 たゆまぬ、という程勤勉でもないが、槍の扱いも学んでおり、それなりには使える人間であるとの自負もある。 今回、こうして開拓者を頼ろうという村長を説き伏せ、ケモノ退治をかって出たのも自信の表れだ。 だが、そんな二人に初めての挫折が訪れる。 「よー平蔵ー。これ、やばくね?」 「んー平次ー。つか無理じゃね?」 その巨体は10尺(3メートル程)を越え、遠くから眺めるだけでもその威容に身震いする。 形状は猪に似ているがあの大きさは無い。米俵何俵分だよおいとか二人は心の中でつっこんでみる。 「あ、目があった」 「マジ?」 大慌てで手に持った槍を後ろに隠す。 幼馴染でもある二人は、こうした時の動きは打ち合わせでもしてたのかという程ぴったりである。 にこにこ笑いながら手とか振ってみる。 まあ、当然槍なんてデカイ物を背中に隠した所で隠しおおせるはずもなく。 このケモノは武器を認識する程度の知能があるのか、はたまた単に二人の人間を食料とでも思ったか。 もんの凄い勢いで二人に向かって駆け寄ってきた。 「ありえねえええええええええ!」 「死ぬわぼけええええええええ!」 当然後ろも見ずに逃げ出す二人。 距離があったのが幸いした。 二人にとっての地元でもあるので、あの巨体が通りにくい場所、岩場であったり、木々の生い茂る森であったりを通る事でケモノの追撃をかわし続ける。 しかし敵もさるもの、山間の険しい最中を手、ではなく足慣れた様子でひょいひょいと飛び越え、平蔵と平次に迫る。 「やっべええええええ! マジ死ぬマジ死ぬって!」 「おい兄弟! ここは一発囮作戦ってなどうだ!」 「何が囮だ! 裏切る気満々だろてめえ!」 「あったりまえだろうが! こんなのとまともにやりあえるか!」 「うがー! 泣き言言ってねえでもうちょい粘れ! あっこまで行ければ勝機はある!」 「‥‥えー、囮でいこーぜー。あそこ行くの俺やだー」 「だったらてめえが囮としてアレに突っ込みやがれ! そしたら村に藁束で作ったお前の像立ててやるよ!」 「藁像とかどんな晒しもんだそりゃあああああああ!」 何だかんだと二人共それなりに鍛えてあるおかげか、目標とする川の側、より正確に言うと滝の上に辿り着く。 「‥‥ぬあっ、持病の癪が。これじゃ川には入れねえか‥‥」 「‥‥おおう、今日は水難の相が出てて川はよろしくねえ‥‥」 どどどどどーっと派手な水飛沫を上げる滝つぼを見下ろしながらそんな愚痴を溢してみるも、他に手段も無いわけで。 「ちっくしょー! ケモノ退治なんて引き受けるんじゃなかったー!」 「素直に開拓者に任せときゃよかったー!」 悲鳴のような叫びと共に、二人は滝つぼにその身を投げた。 空中で、二人はようやく自らの浅慮が極まっていた事に気付いた。 崖の上からこちらを覗きこむケモノ、これが三体居るのだ。 「‥‥これ、ハナっから無理だったんじゃね?」 「カンベンシテクダサイ」 九死に一生を得た二人は村に戻るなり村長に土下座して、開拓者を頼る事と相成ったわけである。 |
■参加者一覧
鷹来 雪(ia0736)
21歳・女・巫
祁笙(ia0825)
23歳・男・泰
酒々井 統真(ia0893)
19歳・男・泰
橘 楓子(ia4243)
24歳・女・陰
氷那(ia5383)
22歳・女・シ
趙 彩虹(ia8292)
21歳・女・泰
朱麓(ia8390)
23歳・女・泰
カルヴィン・アハル(ia8501)
19歳・男・弓 |
■リプレイ本文 カルヴィン・アハル(ia8501)は交渉の結果がうまくいった事に満足していた。 平蔵と平次、二人の村人に案内を引き受けさせ、うまい事待ち伏せに適した広場を見つける事が出来たのだ。 最初は渋っていた二人であったが、開拓者が何人もおり、ついでにケモノをしとめたら肉やら皮やらを譲ってもらえると聞いて嬉々としてついてきた。 「いっやー、さっすが開拓者、気前が良いぜ! よっ、太っ腹! 太鼓っ腹! 中年太り!」 「‥‥平蔵よぅ、お前時々すげぇ勇気あるよな‥‥」 白野威 雪(ia0736)、橘 楓子(ia4243)、氷那(ia5383)の三人からつめたーい視線を浴びつつ、平蔵君はかんらかんらと高笑い。 すぐ隣で代わりに平謝りする平次があまりに哀れなので、仕方無く制裁は許してやってたりする。 カルヴィンは氷那に注意を促す。 現在近接戦闘が出来るのは彼女しか居ないのだから、誘導組が戻ってくるまでは彼女が一人でリスクを負わねばならない。 「ま、その時は何とかしますのでご心配なく」 気負った風もなく飄々と告げられると、カルヴィンもそれ以上は口に出来ない。 弓に目をやり、張った弦を指で小さく弾いてみる。 何度も繰り返した事であるが、こうした時に聞こえるびぃんと震えるような音は、不思議と心を落ち着ける効果があるらしい。 氷那が安らかな顔で微笑みかけてくる。 カルヴィンは、氷那もまた今のカルヴィンと同じ事を考えたのだろうと思えて、それが何とも言えずくすぐったく、心地良く感じられたのだ。 一方雪と楓子の二人。 「‥‥中年太りは言いすぎよ」 笑ってはいるが、何処まで本気かまるで読めない楓子に、雪はおろおろとするばかり。 「えっと、きっと平蔵さんにも悪気は無いと‥‥」 「んー、まだ時間もありそうだし、少しぐらい遊んでも罰は当らないかしら」 「楓子さん、その、ととととりあえず、お仕事が終わった後という事でどうでしょうかっ」 「ん、了承っ」 妥協案に納得してもらえたようである。こうして雪の働きにより、平蔵のピンチは数時間程先送りされるのであった。 先行し、ケモノを探して誘導する役目を負った一行の中で、真っ先にその気配に気付いたのは趙 彩虹(ia8292)であった。 ケモノの毛らしきものを見つけた彩虹は、皆に注意して足を止める。 酒々井 統真(ia0893)は、胡散臭そうな顔で彩虹に警戒を怠らぬよう伝える。 何やら嫌な予感がした朱麓(ia8390)は、即座に心眼を使う。 大正解であった。 「散開しなっ!」 朱麓の言葉に重なるように、木々の隙間に隠れ潜んでいたケモノが現れたのだ。 ご丁寧に三匹同時、それぞれ一人に一体づつである。 不意打ち紛いにも関わらず余裕の表情を崩さぬのは統真だ。 「こりゃ手間が省けそうか?」 全力で真横に飛んで、最初の突進を何とかかわした彩虹は肩で息をしながら続く。 「こ、これを連れていけばいいんですよね!」 そして、冷汗を流しているのは他ならぬ朱麓であった。 「‥‥あたしも引っ張ってく役やらなきゃ、まずいよねぇこれ‥‥」 後ろに目でもついているのか、そちらを見もせずかわしながら統真。 「二匹、引っ張ってやろうか?」 「泰拳士の背拳だったっけ? 器用なもんねえ。ただ、それであんたにヘバられちゃ敵わないんでね。こっちはこっちで何とかするさね!」 足はさほど速くはない。 そう聞いていたのだが、聞くと見るとではやはり違いがあるようで。 更に攻撃を引き付け回避しつつとなると中々に困難な作業である。 もっとも、こちらは攻撃を考えず敵の間合いから外れればいいだけなので、切った張ったよりはマシであるのだが。 とにもかくにも逃げ回るって事に、まず最初にキレ始めたのは朱麓だ。志士はそもそもこういった作業には向いていない。 「‥‥ごめん、もうコイツ斬っていい?」 彩虹が真顔で返事をする。 「え? それはつまり作戦変更という事ですか?」 同拠点の先輩に当る統真は、流石に慣れているのかさくっと彩虹につっこむ。 「いや、全然違うから。とにかく朱麓も我慢しろって‥‥‥‥俺も我慢してんだから‥‥」 後ろから横から好き放題つっこんでこられるのをただかわすだけというのは、三人が想像していた以上にストレスの溜まる作業であったのだ。 それでもいつかは終わりが来る。 待ち伏せ場所に三人が同時に飛び出すと、完璧な体勢で待ち構えていたカルヴィンの矢と、楓子からの呪縛符が飛ぶ。 怯む二体、そして残る一体には氷那が正面から斬りかかる。 「彩虹さんは朱麓さんの方と合流よろしくっ」 「こっち一人で抑えきれる?」 「だから早めに決着着けてきてね。雪さんも私じゃなくて向こうの支援に集中して!」 氷那に向かって神楽舞「速」を唱えた雪は、心配そうにしながらも言われる通り、他の支援を始める。 「‥‥んじゃ、私は私に出来る事を、ってね」 カルヴィンの矢が突き刺さったケモノは、僅かに怯んだ後、怒りに震えてカルヴィンへと飛びかからんと四足に力を込める。 それを統真に完璧な形で読みきられた。 下からくぐるように踏み込んだ統真は、転反攻の技にてその顎をかち上げる。 「こうでなくっちゃなっ、やっぱ逃げ回るだけってな性にあわねえや」 一方もう一匹のケモノは楓子の呪縛符を開戦と同時にもらってしまっていた。 無論そんな隙を見逃すはずもなく、足を止めた朱麓は右に左に薙刀を振り回し存分に惑わせた後、撫で上げるような一撃を放つ。 同時に合わせた彩虹は跳ね上がったケモノの頭部を狙うべく、上空高くに舞い上がっていた。 「疾風連撃!」 直上からの踵落としが豪快に決まると、ケモノが大きな口を開き彩虹を狙うが、半身になり体裁きのみでこれをかわす。 即座に反撃。 両の足ががっちりと大地を掴み、全ての重心を拳に乗せ、強烈な呼気を吐きだしつつケモノの横っ面を殴り飛ばした。 「よしっ!今のうちです!」 彩虹の一撃で大きく体勢を崩したケモノに、今度は朱麓が綺麗に合わせてみせる。 突きかかった薙刀の一撃は、ケモノの片足を深く斬り裂いた。 う、ふ、ふ、と笑ったのは誰であったろうか。 飛びのいた彩虹と朱麓の隙間をぬうように、楓子の斬撃符が大地ごとケモノを抉り斬る。 彩虹と朱麓の二人は、更に雪から神楽舞「速」をもらうと最早恐れるものは無しとここぞとばかりに畳み掛ける。 雪は、これでこちらはとりあえず安定したとカルヴィン、統真組の方へと目を移す。 統真は全身を真っ赤に染め上げ、目にも止まらぬ速度でケモノの周囲を駆け回っていた。 そら恐ろしい話であるがこんな乱戦状態の最中に、カルヴィンは平然と矢を射込んでいるではないか。 ケモノの図体を考えれば弓矢を用いるのもアリだろうが、統真の動きの早さは見て反応出来る類のものではない。 そんなニアミス必至の状況で、至極冷静にケモノと統真を見据え、カルヴィンは的確に矢で援護を行っていた。 直接攻撃対象になっているのは近接している統真である。 数度のかすり傷を負った統真に、雪からの神風恩寵が届く。 流石にこちらも、彩虹、朱麓、楓子の方も怪我が目立って来た。 さにあらん。痛撃を与えんと踏み込むという事は、つまり敵の間合いにも入り込むという事だ。 しかし、ここでちまちまと時間などかけられない。 怪我なぞ知った事かと一斉に攻撃を仕掛け、これらを駆逐する。 心臓の音がやけに騒々しく、両足に鉛でも埋め込んだかのように体が重い。 はっ、はっ、はっ、と規則正しく呼吸音が漏れるのは訓練の賜物である。この上呼吸まで乱れたら五秒と持たず倒れる自信がある。 集中力と体力を極限まで絞り詰め、尖らせ、為すべき事を為す、それ以外を思考から追い出す。 何故そうするのか、どうやって、結果どうなる、そんな周辺の事は全て忘れ去り、ひたすらに目的を成し遂げるべく体を動かす。 「ごめんなさい氷那さん。遅くなっちゃって」 ぽんと肩を叩いてくれたのは雪さんである。すぐに神風恩寵にて怪我の治療を始めてくれる。 ふと見ると、皆ここぞとばかりに大技を仕掛けている。 炎の獣が飛びかかったり、炎をまとった武器でぶん殴ったりと見るからに派手である。 どうやら、仕事はこなせたらしいと思ったら力が抜けてしまった。 「んー、一生懸命で可愛らしいったらないわね」 へにゃっとしていたら、楓子さんがほっぺをつついてきた。 逆らう元気なんて残って無かったので、雪さんが止めてくれてホント助かった。 猪のようなケモノを捌くのは多少苦労したが、カルヴィンが存外に手際よく処理すると、持ち帰るのにさして苦労はいらぬ量に収まった。 平蔵と平次は嬉しそうにこれを運び、こいつを元手に一発勝負にでも出るかなどと景気の良い話をしている。 皆それなりに怪我も疲労もあったのだが、やはり凱旋となると気分が違う。 村に戻るまでは、宿に入るなり脇目も振らず布団に入ろうと決心していたのに、村の入り口に集まった村人達が、心配そうに事の次第を尋ねてくるのを見ては、これを無視するわけにもいかず。 そして、大成功だと伝えた時の彼等の大喜びを見た後では、じゃあ休むかなんて気も吹っ飛んでしまうわけで。 なし崩しに酒宴が開かれると、誰一人寝ようなんて者もおらず、疲れも何のそのと杯をかわす。 平蔵平次はまるで自分の手柄のように戦いを語り、そうだったんですかと感心する彩虹が統真に突っ込まれている。 そしてさっきので味をしめたのか楓子は氷那にちょこちょことちょっかいをかけ、雪がこれをフォローする。 カルヴィン、朱麓の二人は少し賑やかな場所から離れてこれらを見守っていた。 くいっと杯を傾けるカルヴィン。 「お金は、欲しいよね、そりゃ。でも‥‥」 こちらはお茶を飲んでいる朱麓。 「開拓者の仕事ってなそれだけじゃあないんだよね。困ってる誰かの助けになるってな、悪く無い気分さね」 村人達はこれでもかというぐらい大笑いしており、この笑顔もまた、仕事の報酬なのだろうなと朱麓は思うのだった。 |