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■オープニング本文 その日、魔の森が密集する地帯から陰殻へと抜ける山道に動く影が見えたと報告が上がり、シノビの一団はすわアヤカシかと完全武装にてこれを迎え撃つべく出撃した。 ところが実際現れたのは三人の人間。危うく戦端を開きかけた所でシノビの隊長がこれを止めた。 「お前達、人間か?」 三人の男は顔を見合わせた後、目を大きく見開いたままこう言ったそうな。 「こいつら以外で、ヒトの言葉を聞くのは久しぶりだ。はっ、ははっ、もしかして俺達は、森を抜けた、のか?」 驚くべき事に、この三人は魔の森焼き討ちに向かった元開拓者であったそうな。 記録によると、一年程前に魔の森を焼き払うべく大規模な掃討作戦が行われたとあるが、彼らはその生き残りらしい。 一年近くを魔の森で過ごしたという彼等の言葉を、当初シノビ達は信じなかったという。 しかしそれも直接彼等を目にしていない上忍達のみで、こうして彼等と差し向かいで話をすればそんな気も消し飛んでしまう。 ただその場にあるだけで、視界内全てを圧する程の絶大な殺意。 間合い内での不用意な言動全てを封じる、張り詰めたような緊張感。 とても人の気配とは思えぬ。修羅の戦場に数十年身をおいて初めて身につく類の鬼気であろう。 男達の年齢を考えるに、それこそ冥越に乗り込むぐらいしか、こうなれる理由が思いつかない。 そして九十九死に一生を得たとて、その後の人生が華やかな物になるという保証など何処にも無い。 人が生きていくには金が必要であり、これを稼ぐ為に三人が出来る選べる仕事は数少なかった。 しかし最初に相対したシノビの隊長は情の深い人間で、彼等三人に出来る限りの援助を申し出る。 戦は今後二度とやりたくないという彼らの言葉に、遭都で屋敷を用意し、三人が何とか暮らしていけるような仕事を紹介する。 一年間、地獄の最中を潜り抜けてきた彼等は、刀も槍も必要無い平和で穏やかな日々を手に入れたのだった。 衛は信じられぬ思いで眼下を見下ろしている。 手に持つは彫刻刀、危ないといえば危ないが、包丁の方が余程殺傷能力は高かろう。 しかし衛がコレを振るえば、太刀に匹敵する破壊力を持つ。 現にたまたま背後から驚かそうと声をかけてきた同僚は、衛の彫刻刀の一撃で肩口から斜めに斬り裂かれ、真っ二つに千切れてしまっている。 「あ‥‥ち、違‥‥お、俺は殺すつもりは‥‥」 勇は町道場にて木刀を手に、呆然と立ち尽くしている。 覚えは悪いし、筋も悪い、ついでにいうと真剣さもまったくもって足りてない度し難い門下生達であったが、愛嬌はあるし、賑やかで人間らしくて、勇は彼等を好いていた。 そんな門下生達は我先にと逃げ出してしまった。 原因は足元に倒れ臥す道場破り。生意気すぎる態度は、どうやら町の偉いさんの後ろ盾あっての事らしかった。 知った事かと打ち据えると、この弱弱しい物体は、ただの一合も打ち合う事無く倒れ、息絶えてしまった。 信じられぬ程に柔い体、鈍い動き、コレが同じ人間とはとても思えない。 勇にとっては虫を踏み潰した程度にしか、彼の死を感じられなかった。 隆は特に問題を起こしたわけではないが、町に居られなくなった二人と共に東房へと逃げていた。 彼は知っていた。たまたま自分は問題を起こしていなかっただけで、いつ身近な誰かを殺していてもおかしくなかったのだと。 衛も勇も自分達は平和に過ごせると信じていたようだが、隆は心底無理だと感じていた。 そもそも、ゥ分達三人以外の存在が側に居るだけで気が漲ってしまうのだ。 後ろを取られようものなら、殺意を持って切り返さずにはいられない。そんな三人がどうして平和な生活を享受出来ようか。 隆が問題を起こさずに済んだのは、それを予め知っていた、それだけである。 絶望した衛と勇は、隆の勧めるままに対アヤカシの戦場へと向かう。 そこは、天国であった。 不用意な睡眠をすら許さず、常に中途な眠りで体と心を休め、敵とみなせば後は斬るのみ。 どんなに疑わしい、惑わせられる、困らせられる存在であろうと、斬ってしまえば人もアヤカシも皆同じである。 部下が出来た分煩わしさは増えたが、それでも思う存分刀を振るえ、そうする事で誰かの役に立っていると確信出来るのは、三人の心の琴線に深く響くのだ。 結局、そこですら三人はあぶれてしまったのだが。 開拓者を急募します。 東房の部隊にて、部下を斬り殺した三人組の捕縛、ないし殺害。 彼等を勇者と慕う部下を十六人斬り殺し、今は砦の一つに逃げ込んでいる。 調査によると遭都でも数人を殺害しているとの事。 彼等もまた志体を持つ極めて優れた戦士である為、充分な注意を払うよう。 朋友を世話する設備も整えられているので、各開拓者は各々のパートナーを連れ最大戦力にてこれを駆逐して欲しい。 「なあ隆よぅ。俺達、どうすりゃよかったんだ‥‥」 「黙れよ衛、お前から逃げ口上なんて聞きたかねえぞ。俺達はどんな戦場からだって生きて帰る。それだけが、俺達の存在意義だったじゃねえか」 「俺も衛の気持ち、良くわかるぜ隆。俺達が生き残って、それで、何がどうなるってんだよ」 「何にもなりゃしねえさ。誰が死のうが生きようが何も変わりゃしねえんだよ。だから俺達は、ただ生きるだけでいいんじゃねえか」 衛は武具の手入れを終えると、砦を見回し、これが実用に耐えぬ程老朽化している事に気づく。 砦の奥に置いてあった巨大な木の杭を蹴り飛ばして強度を確認した勇は、あっさりとへし折れる杭を見て肩をすくめる。 所々が崩れ落ちて最早視界すら防いでくれぬ木製の防壁によりかかり、隆は自嘲気味に笑う。 「‥‥ふん、何だかんだ口で言ったって、生き残るために体が勝手に動いちまうんだ。もう俺達は、そういう存在だと受け入れるっきゃねえだろうが」 砦のお粗末さに迎撃準備を諦めた衛は、隆の肩に手を回し、そのまま引きずって今度は逆の手で勇の首に手を回す。 「お、おいっ」 「なんだよいきなり」 衛は鬱々とした空気をにかっと笑い飛ばす。 「そんな救えねえ俺達だけどよ、ダチが二人も居るんだ。せめてもそいつがありがたいね」 |
■参加者一覧
神町・桜(ia0020)
10歳・女・巫
犬神・彼方(ia0218)
25歳・女・陰
葛切 カズラ(ia0725)
26歳・女・陰
玲璃(ia1114)
17歳・男・吟
天目 飛鳥(ia1211)
24歳・男・サ
橘 楓子(ia4243)
24歳・女・陰
箕祭 晄(ia5324)
21歳・男・砲
鬼灯 恵那(ia6686)
15歳・女・泰 |
■リプレイ本文 砦への集中砲撃から始まった三人の元開拓者退治。 既に著しい老朽化が進んでいた砦は、空からの焙烙玉や地上からの攻撃術により泥の壁かと思える程簡単に燃え崩れる。 これで倒せる程度なら、そも開拓者に依頼などしない。そんな事は最初からわかっていた事だ。 しかし、それでも生唾を飲まずにはいられない。 燃え上がる砦から、炎に巻かれながら尚、まるで熱を意に介さず現れる三人の影。 天目飛鳥(ia1211)は三人の何気ない動き、そしてそれ以上に素人相手ですらわかるだろう圧倒的な覇気を見て、当初の予定が甘かったと悟る。 一合、二合は、打ち合えるかもしれない。だが、そこまでだ。それ以上、あの前に立ち続ける自信なぞない。 犬神彼方(ia0218)は飛鳥の背をぽんと叩く。そして同時に自身をも鼓舞するように口を開く。 「仲間の援護、信じるとしよぉや」 「ああ、持ち堪えて見せるさ」 二人はそれぞれ、一人でこいつらを受け止め支えなければならないのだ。 そしてもう一人、二刀を持つ男を抑える任を負う鬼灯恵那(ia6686)はというと、彼我の力量差など歯牙にもかけず誰よりも先に踏み込んだ。 「行こう焔珠っ。私達の獲物はあの人だよ」 共の龍を引きつれ、恐れる気もなく踏み込む姿からは『蛮勇』の二字しか思いつかない。 葛切カズラ(ia0725)と橘楓子(ia4243)、空と陸から後衛を担当している二人の陰陽師も、即座に敵の動きを鈍らせにかかる。 二人共近接格闘に関してそこまで知識があるわけではないが、それでも、あの三つはそのままで暴れさせたらとてつもなくヤバイとわかるのだ。 愛龍夏香にまたがり焙烙玉による爆撃を行っていた玲璃(ia1114)も、そのまま空中からの支援に切り替え、神楽舞「防」を真っ先に飛び込んでいった恵那に贈る。 箕祭晄(ia5324)は手数命と二刀を持つ男に矢を連射するが、男は踏み込む恵那と相対するように駆けており、この速度を捉える事が出来ない。 「まずはその力量測るとするかの」 きっ、と二刀男を睨み、神町桜(ia0020)は力の歪みを放つも、二刀男を囲む空間はその意思の強さにて歪みきらず、さしたる損傷を与えずに終わる。 術も利きずらいとわかり、顔中に渋面の広がる桜。倒しきるには結構な手間と時間が必要そうだ。 太刀男には飛鳥が、斧男には彼方が、二刀男には恵那がそれぞれぶつかる。 三人共、腕に覚えのある猛者だ。彼方にしても陰陽師ではあるが、槍を手にして構える姿、振るう所作に不安は全く見られない。 にも関わらず、三人共が初撃をかわす事はおろか受ける事すら出来ず、飛鳥は肩口を、彼方は左足を、恵那は右の腕を、深々と抉り斬られてしまう。 即座に治癒の術が飛び、瞬く間に塞がって行く傷口。 それでも戦慄せずにはいられない。この三人、本当に人であるのか。人の身で、これほどの技量を得られるものなのか。 しかし、ここで怯めるかと彼方は声を荒げる。 「黒狗!」 彼の持つ甲龍、黒狗は指示に従い、強引に戦場に割ってはいる。 同時に楓子も愛龍に決死の指示を下す。 「木蓮! 踏み込みな!」 二体の龍は、三人の敵を分断するように無理矢理に割り込んで入る。 これは三者に連携をさせぬ為の策。 分断し、各個に撃破するのが本来の策であったのだが、後衛火力担当のカズラと楓子は、三人の動きを鈍らせるので手一杯であった。 もしこれを外したならば、今度は巫女二人による回復が追いつかなくなるかもしれないという、脅威の火力に前衛三人は晒されているのだ。 なら俺が、と晄は弓術師ならではの即射を繰り返し、二刀を狙い打つ。 他にも恵那の炎龍、焔珠と飛鳥の駿龍、黒耀が一撃離脱を繰り返し二刀を狙い、更に桜の猫又、桜花は後方より鎌鼬にて、晄の猟犬、謙次郎はその小柄な体躯と素早さで撹乱を行う。 開拓者達は皆膠着状態で、自身の役割を果たすだけで精一杯。 そう、つまり今この戦況を打破しうるのは、朋友達の働き如何であったのだ。 槍を構えた彼方に、これで都合七度目の痛撃が襲い掛かる。 楓子の術、呪縛符と神経蟲、いずれも効いている時のみ辛うじて受けきれる。彼方の槍術も並の戦士より余程優れているのだが、それでも、この男には及ばない。 甲冑がぎしぃっと音をたてて軋む。これが無ければとうに倒れていただろう。 頑強さでは他に類を見ぬ優れた甲冑ですら、こうして歪む程の強打を繰り返すのだ。 ひっきりなしにかけられる玲璃の神風恩寵。打撲の痛みと癒される心地よさがあまりに早い間隔で交互に来るため、いろんな感覚が狂ってきているようだ。 「っ!?」 こちらからも反撃をしなければ、それがあると思うからこそ、攻撃時の踏み込みをある程度抑制出来るのだ。 そう考え何度も槍で反撃してきた彼方であるが、大きく後ろに振りかぶった斧を見て次なる技を推測し、攻撃なんてしてられるかと防御を固める。 『今これもらったらひじょぉにマズイって!』 果たして予想通り、斧男は助走と共に片手を大地につき、彼方の眼前にて凄まじい勢いで半回転。 「犬神さん!?」 ギリギリで玲璃の神楽舞「防」が間に合う。 『コイツのこぉれ受け損なったら生きていられる自信無ぇぞちくしょぉ!』 頭の上にまで振り上げられた超重量の斧は、遠心力と斧男の膂力により、ありえぬ速度で彼方を襲う。 「がああああっ!」 受けようとした槍を力任せに弾き、大斧は彼方を袈裟に斬り裂いた。 悲鳴を上げる玲璃の眼前で、ボロ雑巾のように絞り汁を撒き散らしながら、長身の彼方がもんどりうって転がっていく。 うつ伏せに止まると、もう彼方はぴくりとも動かなかった。 「玲璃は彼方を!」 そう叫びながら、楓子が前に飛び出す。 無謀であろうと何だろうと、誰かが前に出て抑えなければならないのだ。 抜き放った短刀は、男の構える大斧と比べてあまりにも頼りない。 「すっこんでろ楓子!」 ゆらりと、とめどなく血潮を噴出しながら、犬神彼方が立ち上がる。 斧男もこれは意外であったのか、戦闘開始以来始めてその口を開く。 「お前、本当に陰陽師か? 実はサムライや志士だったりするんじゃねえのか?」 大慌てで玲璃は彼方に治癒の術を飛ばすも、傷全てを癒すにはあまりに出血が多すぎる。 「はっ、悪いが正真正銘陰陽師だぁよ。さぁ、俺ぇなんかで悪いが引き続きお付き合い願うよ。お手柔らかぁにしてくれりゃ嬉しいがぁね」 転がっていた槍は楓子が拾っていた。 ゆっくりと斧男に歩み寄る彼方に、槍を渡して苦笑する。 「あんたも懲りないねえ」 「これでも一家の頭でね。ビビって逃げてちゃぁ親分は務まらねぇよ」 そのクソ根性に敬意を表してか、斧男は彼方が歩み寄るまで動かず待っている。 「続きだ、やるぞ女」 「かかってきな斧男」 太刀を振るう男と対するのは飛鳥である。 男達の境遇にやりきれぬ物を感じつつも、その類稀なる技量を前に血が騒ぐのもまた正直な所だ。 どちらも両手で刀を持ち、青眼に構える。 太刀男がゆっくりと両手を上に上げ上段に構えると、これまた飛鳥も上段に。 たったそれだけのやりとりで飛鳥のやり口を察したのか、太刀男は不敵に笑い、上段より奇声と共に太刀を振り下ろす。 受けずに同じくより素早く斬り降ろすべく構えていた飛鳥であるが、これはと瞬時に切り替え、刀にて受け止める。 ずんっと重量感のある一撃に、支える膝が思わず折り曲がる。 このまま押し切るのも良い手であったのだが、太刀男はあっさりと身を引き、刀を下げる。 敵は一人ではないとわかっているからだ。接近中にも関わらず、見事な狙いで矢を放った晄からの一撃を刀を振るって弾き飛ばす。 男の技量が凄まじいと言い切れるのは、この矢を弾く動作と飛鳥への斬撃が両立してしまっている所である。 むしろ太刀の軌道が矢によって弾くように変えられた事で、飛鳥も受けずらい一撃となる。 抜き胴気味に脇腹をかすめた一撃。 思わず漏れそうになった苦痛の声を意思でねじ伏せ、飛鳥の反撃が吼える。 炎揺らめく珠刀「阿見」、これが振り上げた右上より太刀男へと襲い掛かる。 が、不意に刀の軌道が変化し、稲妻のように煌くと逆袈裟に下より振り上げられる。 太刀男の胴を縦に切り裂いた、そう確信しかけた飛鳥は即座に斬り返してきた太刀男の斬撃をかわしそこねて血飛沫を上げる。 追撃に移らんとする太刀男。 「馬鹿よせちくしょう!」 晄の矢が二本、連環弓の奥義によって放たれ、足と肩に一本づつ突き刺さる。 舌打ちしながら追撃を諦める太刀男。見ると刺さった矢も鎧にて防がれており、どうやら先の飛鳥の斬撃もぎりぎり太刀にて受け止めたようだ。 感謝の意を示すつもりで、飛鳥は晄の方へと視線を送る。 のだが、そもそもが険のある眼差しのせいか、晄はこれを見ても睨まれたとしか思えなかったのだ。 『え? あれ、うそ俺何か悪い事したか?』 本来は二刀男を集中攻撃する予定だったのだが、こうして飛鳥が援護抜きで支えるのは厳しいだろうと晄はこちらに回ったのだが、その辺をつっこまれているのだろうかとちょっとどきどきである。 こんな感じでなにげに意思疎通は最低レベルなのだが、遠近両距離で攻守のタイミングを絶妙に合わせており、少なくとも晄が思っているよりは、上手いことコンビをやれているのであった。 三人の中で、一番最初に集中攻撃を行う予定であった二刀男。 彼は今、とても苛立たしい状況にあった。 まず飛鳥の駿龍、黒耀が上空より接近し、クロウにて一撃後、ひらりと空へと飛び上がっていく。 次いで動くは桜の猫又、桜花である。 「桜花も援護たのむのじゃ! あ奴らの目をくらませるのじゃ!」 『前回といい我に面倒な事を頼むんじゃないにゃ。目でも眩んでいるのにゃ!』 桜花が前足を二刀男目掛けて突き出すと、閃光が輝く。 隙ありと踏み込むは晄の猟犬、謙次郎である。 こちらは下から足元に食らいつきつつ肉を千切って駆け抜け、上からは黒耀と入れ違いに恵那の炎龍、焔珠がその獰猛な牙を激しく突きたてる。 朋友は開拓者と比した場合、流石に能力が落ちてしまう。 それがこれほど強力な志体持ちである二刀男に通用しているのは何故であろうか。 答えは、陰陽師葛切カズラが必殺の呪縛符である。常のそれより強力な呪いを秘めた触手が、二刀男に絡み付いて動きを封じるのだ。 「ほらほら? 縛られたなら「らめぇ」って言って悶えなさい「らめぇ」って」 怪しげな事を抜かしつつカズラは更に暗影符にて視界を奪っているのだ。これで当てられぬ方がおかしい。 のだが、実は朋友達の攻撃の半分は外れてしまっている。 一重に二刀男の技量の高さ故であろう。 しかしそれは、正面に立ったままの彼女、鬼灯恵那にとってはどうでもいい事である。 あちらこちらに注意を分散させられている二刀男を揶揄するように恵那。 「ほらほら、よそ見してると危ないよっ」 適当なようでいて恐ろしく的確な一撃は、二刀男の左二の腕を深く削り取る。 くるりと半回転、下から掬い上げるように斬り上げる恵那に、二刀の内一方を受けに、残る一方を攻撃にまわし二刀男が迎え撃つ。 恵那の肩に刀が当たる。これはむしろ恵那が踏み込んだ故であり、本来の威力を発揮しえてはいない。 逆に恵那が振り上げた刀は二刀男の刀に防がれるかと思いきや、踏み込みの勢い故か、薄くではあるが二刀男に傷を負わせている。 「てめぇ、命が惜しくねえのかよ」 「だって私は死なないもの。貴方と違って」 見る間に恵那の傷口が塞がって行く。後方よりの桜の治癒術である。 「ちっ」 絡み合った双方の刀を、二刀男は大きく跳ね上げて外す。 この時、自身の二刀は攻撃に最適な位置を確保している。この辺りが技量の差という事であろう。 触手に絡みつかれ、闇にまとわりつかれながらも、二刀男は恵那の腹部に浅く、膝下の中ほどまで、刀を突き刺す。 それでも、恵那は止まらない。 二刀男は大きく真後ろに飛んでかわそうとしたが、防ぐ事なぞ欠片も考えず前へと出た一撃は、二刀男の胴正面に深い太刀傷を残す。 「油断大敵」 この痛打により二刀男が体勢を崩した所に、アニマル軍団、もとい朋友達が嵩になって襲い掛かる。 二刀男と距離を取る事になった恵那の側に桜が駆け寄る。 「む、無茶がすぎるのじゃ!」 「大丈夫」 「ど、何処が大丈夫じゃ! ほれ、こんなにも血が‥‥」 恵那は邪気の欠片も無い笑みを零す。 「こうして桜が治してくれるから」 「んなっ!? ‥‥そっ! それはそうじゃがっ! えっと、その‥‥」 何故か真っ赤になって照れる桜。 なんてすとろべりってる二人を他所に、カズラが再度呪縛符、暗影符にて二刀男の動きを封じると、最早抵抗する事すら難しくなっていた二刀男は、牙で食い破られ、爪に引き裂かれ、僅かな抵抗を見せるも朋友達の集中攻撃の前に、その剛勇からは想像もつかぬ程呆気なく倒されてしまうのだった。 晄の連環弓に足を縫い付けられた太刀男は、続く飛鳥の炎を纏った幻惑の一撃をかわす事も出来ず、遂に、その首を跳ね飛ばされた。 最後に残る斧男に、彼方は一言声をかけようとして、首を振って諦める。 「3人全て逃がさぬ様に‥‥生かす訳にはいかないんだ。ったく‥‥ひでぇもんだよな」 僅かにだが情が移ってしまった彼方が何をするより早く、楓子が符を風に乗せる。 炎の獣が斧男を包み込むと、最早立っているのも不思議な程の怪我を負っていた斧男は、ずしんとその場に倒れ伏した。 一瞬だけ振り返り、文句なのか何なのか自分でもわからぬ抗議をしようとした彼方だったが、そう動いたのもほんの僅かの間の事で、言葉をかみ殺し背を向けた。 ほぼ全員の意見が一致し、三人の墓を作ってやる事になった。 皆、彼等の末路にそれぞれ思う所あるのだろう。 埋葬が終わると、玲璃が墓の前に立ち、鎮魂の舞を披露する。 無情さと、ほんの一滴の憐憫、そして次の世では幸せにとの願い、そんな玲璃の心が伝わってくるような舞であった。 桜は三人の行ってきた悪事を考えると皆程好意的にはなれない。 「ま、こんな奴らでも墓に入る権利くらいはあるじゃろうて。願わくば次に生まれる時は幸せに生まれてくるようにの」 それでも死者を鞭打つ趣味も無い。桜が呟きを零すと、頭の上でだれーっとだれてる桜花が、にゃーっと一声鳴いた。 三人を一緒に埋めてやろうと言っていたカズラは、あまり辛気臭いのは好まないのか早々にこの場を去っている。 飛鳥は自身の体を手でなぞる。治癒により治ってはいるが、触れてみればうっすらと跡がわかる。 他人事ではないと感じているからこそ、感慨もひとしおなのだろう。 「この身に受けた傷と目に焼き付けた刀技‥‥それを忘れない事が‥‥」 そこまで口にして目を閉じる。 楓子もまた早々にこの場を離れている。 良い悪いで物事を決めぬ、彼女らしいさばさばとした表情であった。 墓の前で、座り込んで両手を合わせる晄。 「お前たちも、こんなことになるとは思ってなかったんだろうなぁ。‥‥お疲れ様だ。ゆっくり眠ってくれ」 人斬りを好まぬ優しい青年は静かに黙祷を捧げる。 そんな様を、恵那は少し離れた場所で、焔珠の首に抱きつきつつゆっくりと撫でてやりながら眺めている。 晄とは真逆、人を斬る事に楽しみを覚える恵那は、内心で思う事あれどそれを口にする事は無かった。 「焔珠、お疲れ様ー。今日は報酬で美味しいご飯食べさせてあげるからね」 最後に、皆が立ち去った後、一人残った彼方が呟いた。 「一度修羅になったもんはぁ戻れず交じれず、か‥‥ままならねぇもんだぁな‥‥」 |