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■オープニング本文 アレクトル領を治めるブルームハルト子爵は、特にその誠実さで知られる。 そんな彼の最も有名なエピソードは、アレクトル領内にある灰色猿自由区と呼ばれるバーバリア山の話だ。 子爵は脳が万病の薬になるという俗説から乱獲が進む灰色猿を哀れに思い、バーバリア山を彼等の領地とし、この山への一切の立ち入りを禁じたのだ。 それから十数年後、子爵は用事により王都に赴いた際、幾人かの有力貴族からの歓待を受けた。 その席で、酒が回ったせいか一人の上級貴族が子爵に灰色猿を一頭譲るよう頼んで来たのだ。 アレクトル領の倍はあろう広大な領土と経済規模を持つ貴族だ。当然王都での発言力も大きく、これを断るのは子爵とて難しかろう。 山に入れろというのではなく、たった一頭を譲って欲しいというだけの事でもあるし。 子爵は彼に問うた。 「どうしても、我が領地の灰色猿でなくばならぬのですか?」 「くどい」 にべもない彼の言葉に、子爵はでは、と一礼して席を立とうとする。 他の者は口々に彼を止める。たかがケモノ一匹の事だ。頭を冷やせと。 しかし子爵は、その上級貴族を見据えたまま言った。 「これより領地に帰り戦仕度を始めねばなりませぬので、今日の所はこれで失礼いたします」 彼は問い返す。 「戦とな?」 「私が自らの名誉に賭け、灰色猿達と結んだ盟約です。これを反故にせよというのであれば致し方ありませぬ。後は武にて我が意押し通すのみ」 これには上級貴族含む列席者全てが仰天する。 まさかたった一匹のケモノの為に、滅亡をすら視野に入れねばならぬだろう戦力差の戦を挑もうとは。 子爵は続ける。 「……何を驚いておられるか。相手が何であろうと、一度結んだ約定を一方的に反故にするは信義にもとります」 普段穏やかな子爵が見せた苛烈な姿勢に、上級貴族も酒が抜けたのかすぐに非礼を詫び、幸いにも話はここで終わってくれたのだ。 ギルド係員の少女詩は、捜査中の犯罪組織から助け出したミザリーという女性の家族を探していた。 ジルベリアは地元ではないので調査は難航するかと思われたが、元々詩にとっての情報収集とは、目ぼしい相手の後をつけ家に忍び込み、それと知られず非合法に情報を得る事を指す。 十歳前後にしか見えぬ彼女は、れっきとした一流シノビなのだ。 今回も同じやり方で、ミザリーの記憶を頼りに彼女が幼少の頃を過ごしたという家を見つけるが、そこに暮らしていたミザリーの親戚という一家は最近、一人残らず皆殺しにされたそうな。 盗賊にやられたのだろう、と言う話であったが、詩は殺害された一家の情報を丁寧に集める。 警邏の人間とは違い、殺しの手口はそれこそ死ぬ程覚えさせられた詩だ。これが盗賊の仕業などでない事はすぐにわかった。 警邏詰め所に規定通り捜査資料も残されていたので、これを(勝手に)使って調査を進める。 「ん〜。ここの人達、すっごくしっかりしてるなぁ」 細かな規則も正確に守り、規律の正しさが資料のあちこちに表れている。ここの管理職の人ならば、もっとずっと収入が良いギルド職員でも充分やっていけるレベルだろう。 資料を調べる中、詩は一点、見過ごせぬ部分を見つける。 「……何で襲撃者達は、家を荒らしたんだろ」 盗賊は家を荒し金目のものを奪って逃走した。発見者の話を総合すると、襲撃から脱出までは恐ろしく短い時間で行われたらしい。 家の金目のものを一つ残らず発見するぐらい目端が利くのに、わざわざ家具を壊したりする理由がわからない。手際を良くするとはつまり無駄を省く事だ。彼等からすれば家具の破壊なぞ無駄以外の何者でもなかろう。 恐らく現場を見た者にとっては、一家が殺され家中荒らされ金目のものが奪われている惨状を見て、非道悪辣な盗賊が来たと即座に判断出来たのだろう。 だがこうして書類にしてみると、違和感が良くわかる。 もし、これが極めて手際の良い盗賊の仕業でないとしたら、家の中を良く知っている者の犯行、もしくはそういった協力者が居るという事ではないのかと。 詩は被害者一家の周辺の者を洗う。皆、経歴やらに問題は無い。 しかし、調査を進める中、たった一人だけ詩の感覚に引っかかる者が。 その男は、全力隠密中の詩の気配を、おぼろげであるようだが感じ取ったフシが見られたのだ。その後、男について徹底的に後をつけたのち詩は判断を下す。 『騎士、それもかなり腕が立ちます』 この街で生まれた彼は、皮職人として他所の町で暮らしていたのだが、最近家族の顔を見に戻って来たらしい。 一月近くここで親孝行をしていた彼は、詩の調査が終わる前に帰るという。詩は悩んだが、彼、ムスタングの後をつける事にした。 ムスタングはアレクトル領を抜けると、宿に泊まり、装備を整え山へ入っていった。 連絡員に伝えるべき事を伝えた後、詩も彼の後を追う。基本追跡は詩単身で、後詰に人を配するのが詩の隊のあり方である。 そして、詩が完全に連絡を絶って三日が過ぎた所で、詩の隊は不測の事態発生として報告を上にあげた。 詩はじっと身を潜めている。 あくまで予想だが、ムスタングがアレクトル領を出たあたりで彼と腕利きシノビが合流でもする予定だったのだろう。 詩の隠行を見破る程の猛者と。後は簡単だ、ムスタングは気付かぬフリをして山中に招き入れ、そこで捕える。 彼等にとって誤算だったのは、詩は諜報を得意とするも、だからと戦闘が苦手という訳ではなかった事だろう。 山中の気配が妙な事を悟るなり、詩は包囲に動いていた者達の一角を腕づくで突破し、行方をくらまし隠れてしまったのだ。 ただ、敵もさるもの。山に慣れた者ばかりであるようで、じわりじわりと捜索の網を締め上げていき、いずれ詩へと辿り着くだろう。 それがわかっていても詩は、決してヤケにはならない。 静かに、冷静に、最後の瞬間まで丁寧に生の可能性を積み上げ続けるのだ。 「くそったれ! とんでもねえガキだ! 三人も殺っちまいやがった!」 怒鳴り声の主ザッハは山狩りの中止を命じると、揃えた五十人の内、十一人のみを呼び集める。 「志体無しじゃ被害が増えるだけだ、この人数で行くぞ。いいか、ムスタングの後つけてきた腕利きだ。見た目はガキだが容赦はするな。手足の一二本切り落としてでも捕まえるんだ」 ザッハを含む十二人は二つのチームに別れ捜索を開始した。 詩に不測の事態が発生した事を知り、ギルドが動き開拓者を目的の山に手配するまでにかかった日数は、詩が山に登ってからちょうど七日。 ギルド係員ディーは、愚痴を零さすにはおれなかった。 「これだけ手がかりを与えられておきながら未だ組織の全容も掴めず、今またこうして敵の脅威に怯えねばならないとは……」 |
■参加者一覧
朝比奈 空(ia0086)
21歳・女・魔
フェルル=グライフ(ia4572)
19歳・女・騎
叢雲・暁(ia5363)
16歳・女・シ
野乃原・那美(ia5377)
15歳・女・シ
狐火(ib0233)
22歳・男・シ
グリムバルド(ib0608)
18歳・男・騎
笹倉 靖(ib6125)
23歳・男・巫
ヴァルトルーデ・レント(ib9488)
18歳・女・騎 |
■リプレイ本文 開拓者達は山を前に、事前に調べておいた事項の確認を行う。 段取り良く事を進めねば、要救助者である詩の命に関わろう。それは良くわかっているフェルル=グライフ(ia4572)であったが、詩が山中孤独に追い込まれていると聞いて冷静ではいられぬようだ。 そんなフェルルをヴァルトルーデ・レント(ib9488)が静かに窘める。 「慌てるな、焦りは拙速を呼び物事の真実を見失わせる」 フェルルは不安げにヴァルトルーデに目を向ける。 「詩ちゃん、凄く強い子なんです」 「そのようだな」 「それが、山を抜け出す事も出来ないなんて……」 淡々と、ヴァルトルーデは事実を口にする。 「だから我等が来たのだろう」 しっかりしろ、という意味でフェルルの背を叩くヴァルトルーデ。 はいっ、という彼女の返事を聞いた所で、ヴァルトルーデはふと我に返る。 『……似合わぬ事をしているな、私も』 一方、狐火(ib0233)は山中の地図を開き、笹倉 靖(ib6125)は難しい顔をしながらこれを覗き込み、口を開く。 「詩はともかく敵は自分たちの痕跡を消す努力するよりは、とっとと詩を始末したいと思っているはずだから、そこを辿っていこう」 そんじゃ、と叢雲・暁(ia5363)が先行斥候を買って出る。狐火は幾つか注意すべき地点を示しつつ、敵の網状況から詩の潜伏先を先に特定しようと持ちかける。 靖は探るような目を向ける。 「……心配事か?」 「どれを殺してどれを捕えるかを知るのに、彼女の情報が必要です」 靖がちらと暁を見る。暁はあっけらかんと答える。 「じゃあそれで。出来るかどうかは、高度の柔軟性を維持しつつ、臨機応変に対処していくとしようか」 「何でだろうな、すっげぇ不安になってきた……」 靖の心配を他所に、野乃原・那美(ia5377)はにこにこスマイルを崩さず。何か良い話でもあるのかと靖が訊ねる。 「随分とご機嫌だな」 「んふふ♪ 倒す敵が多ければその分一杯斬れるからいいよねー♪」 「…………機嫌の良い理由はそれだけか? 他に切り札があるとか良い作戦があるとかは?」 小首を傾げる那美。 「んー? 作戦とかは任せるのだ。ボクは斬るだけー♪」 少し悩んだ後、靖は思考を放棄した。投げ出したとも言う。 「そうかー、まあ頑張れー」 狐火は嘆息しつつ肩をすくめる。 「やれやれです」 グリムバルド(ib0608)は相談からは少し離れた場所に居た。 「詩が動けなくなる程の相手とは。結構潰したつもりだけど、まだまだ腕利きが揃っているんだな」 朝比奈 空(ia0086)が問い返す。 「彼女はそれほどで?」 「年は若い、っていうか幼いが、あの辺と並べても遜色無い」 そう言ってグリムバルドがシノビ三人を指差すと、空は、まあと口元に手を当てる。 「ならきっと……」 「ああ……今回はまだ間に合うんだ。絶対にあの子を死なせるものかよ」 暁は皆の元へ駆け戻ると、満面の笑みで狐火に言った。 「すまん! 無理だった!」 暁を追って来る敵ザッハ一党。斥候暁を発見した敵シノビを、暁程のシノビでも振り切る事が出来なかったのだ。 それほど困った様子も見せず、狐火は告げる。 「でしたらギルドで確認した、ムスタングのみを捕縛する事にしましょう」 暁が今か今かと待ち構えている那美にゴーサインを出してやる。 「だってさー。コレは全部殺っていいよー」 「おー♪」 先頭切って突っ込んで来ていたザッハに対し、那美はいきなり全開で殺りにかかる。 「まずはさくっと倒しちゃわないとだね。さくっと行かせてくれるといいんだけどー」 しかし、本来見えぬはずの那美の刃を敵シノビが防ぎ逸らし、ザッハへの痛撃ならず。 「あれ? やるね♪」 那美、止まらず。 ザッハではなく更に奥に居る者達へ、単身襲い掛かる。 当然囲まれるが、那美にそれを厭う気配はまるでない。 四方からの連続攻撃を、那美からも仕掛けながら回避する。或いは避け、或いはもらい、あっという間に敵も味方も流血沙汰に。 「あはは♪ 鬼さんこちら、手の鳴るほうへ、なのだ♪ そんな攻撃じゃ僕は倒されないんだよー♪」 突然、包囲の一角が吹き飛んだ。崩れたではない、文字通りぶっ飛ばされ転がっていくのだ。 「お前、もうちょっとこう、何ていうかさあ……」 先の一撃はグリムバルドの強烈無比な槍撃である。 グリムバルドは那美と背を合わせる位置に移動する。 「ん?」 「……いや、やっぱいい。何言っても無駄オーラが見えるわ」 「? もういいんなら行くよ♪ さあお楽しみのじっかっん♪」 まったく、と槍と盾を構えなおすグリムバルド。 「こっちは楽しんでる余裕なんざ無くってな。派手に潰してやるからかかって来な」 暁は敵シノビ一人のみをロックオンする。 「コイツ、色々と洒落にならん」 暁を見つけた時の勘の良さは、比較できる何者かを想像出来ぬ程だ。 探索の動きから詩の位置を見極めようと、彼等の動きを観察していたのは事実だが、まさか見つかるとは。 コレ一人でも、きっと詩を追い詰められたろう逸材だ。 「だからこそ、今ここで消えてもらおうか」 双方、刃は振るわぬまま走る。ひたすら走って間合いがぶつかり合う瞬間を計る。 牽制の投擲、急転換、走行の緩急、両者は神経を削り合う争いを繰り返しながら、致命の一刀を放つ瞬間を待つ。 暁の脳裏に違和感がこびりつく。 この男は、近接戦闘を恐れているように見える。これだけの動きが出来るのにだ。 そこで天啓のような閃きが。ジルベリアで鍛えたシノビなら、同じシノビ同士の凌ぎ合いは経験が薄いはずだと。それを、彼は知っているのだろう。 一転、暁は打ち合いに切り替える。騎士のように踏み込み、サムライのように打ち込むと、敵は俊敏さを頼りに下がる。 「甘い! 今時のシノビは接近戦もこなせてこそ! ○影や○蔵学園を見てみろ!」 それでも一気に崩しきれぬ相手であったが、暁は狙い通りこの強力なシノビを一人で抑える事に成功する。 警戒はしていたが、やはり数の差があると防ぎきれぬ部分も出てくる。 後衛職の背後より敵別働隊が襲い掛かって来たのだ。 迎撃の構えをしながら靖が空に問う。 「やれるか? 無理なら俺の後ろに回っとけ」 微笑しつつ返す空。 「お気遣い無く」 「そうかい!」 答えと共に大きく仰け反る靖。鼻先を剣がかすめるも、これは狙い通り。 上段への剣を外された敵は下段に切り替える。これを足裏で止めながら、体重を乗せる。すかさず逆足で剣を持つ手を蹴り飛ばすと、敵は剣を取り落とす。 すぐに次の敵だ。槍が伸びるのを初見で見切り、脇を通しながら手を突き出し白色の光弾を打ち出す。 怯んだ敵の槍を掴む。手ごたえからいけると踏んだ靖は巻き込むようにしてこの槍を引き奪う。 手にした槍をそれっぽく構えると、眉間に皺が寄る靖。 「……こんな感じか?」 サムライっぽく槍を突き出してみるが、あまりしっくり来ない。 小首を傾げ、槍の持ち主に問う。 「俺はいらんけど、要る?」 「返せボケ!」 「だが断る」 後ろ手に放り投げると、前衛から戻って来たフェルルがこれを受け取る。 「え? あ、えっと、とりあえずえいっ!」 投槍ではなかったので、明後日の方に全力で放り投げるフェルル。 「んじゃそういう事で」 靖は前蹴りで槍の持ち主の動きを止めると、攻撃術にてぼっこぼこにしてやった。 フェルルが来た事で前衛を任せられるようになった空だが、錫杖を構え半身の姿勢は崩さず。 精神を集中し大いなる力を降ろすと、錫杖を中心に風が周囲を包み込む。 大地を一つ、杖の端で軽く叩くと、そんな風も大いなる波動も、一切が消えてなくなる。うっすらと杖が光るのみだ。 敵サムライの打ち込みを、受けず外しながらただ触れる程度に、杖の先端を胸の位置に突き出す。 重苦しい衝撃音と共に鎧が黒墨と化し、サムライは吐血し跪く。 「弱くはありませんが……消耗が激しいです」 再び錫杖に精霊をまとわせる。立ち上がるサムライは、決死の覚悟で大上段に構える。 彼に倣うように、空も杖を大きく頭上へ振り上げる。 サムライは空の肩口目掛けて剣を振り下ろす。空はこの剣に向け杖を振り下ろす。 力負けだけは無い、そう信じていたサムライは、剣に叩き付けられた信じられぬ威力に読みの全てを外される。 鍔の無い杖なら握る手を切り落とすまでだったのだが、ほんの一瞬すらかみ合えず剣は叩き落される。 そして鎧の上から痛打。鎧がまるで効いてくれない。今度の吐血は致命的なそれだ。 倒れるサムライに、空は杖を見ながらぼやく。 「最大の問題は白梅香の方が威力も消耗度合いも大きく勝る点ですか……奥義と称するには役者不足ですね。どこで誤ったのでしょうか」 彼女の悩みは尽きない。 フェルルは敵騎士ムスタングを相手取りながら、後衛の援護に向かおうとする。 無論相手は超が付く手練、そう容易く行くはずもない。それでも今無茶をするのは、フェルルの心情に添った行為だ。 片手で握った槍を三連突き。大剣の重量で弾くムスタングであるが突きの重さにフェルルを崩すには至らず。 攻勢の切り替えに合わせ踏み出すムスタング。フェルルは逆手の剣でその先を取り、先端がかすめるようにムスタングの手を狙う。 片手のみ外して剣撃は続行。威力の弱まった一撃ならばと鎧で受けるフェルル。思った以上の痛撃であったが、超接近の狙いは果たした。 剣を鞘に収め、槍の柄尻を後方上に、槍先を前方下へ。槍と言うよりは棍のような構えから、体当たりのように飛び出す。 槍をではない。オーラに満ちた全身を敵へと叩き付けると、ムスタングの体が浮きフェルルの突進に乗せられ何処までも共に飛んでいく。 ようやくムスタングを引きずったまま目的地に辿り着いたフェルルは、突然眼前に振ってきた槍を手に取る。 「え? あ、えっと、とりあえずえいっ!」 ヴァルトルーデは、スーパー殺戮タイム入った那美と開戦から延々大暴れを続けながらまるで疲れるそぶりすらないグリムバルドに残りを任せ、敵首領ザッハを抑える。 「レント家のヴァルトルーデだ。此の名に聞き覚えがあり、戦意を喪うのならば10秒だけ投降を受け付けよう」 ザッハは、鼻で笑い言った。 「はっ、貴族サマかよ。俺ぁなぁ、水虫の次に貴族やら王族やらの偉そうな連中が嫌いなんだよ」 ヴァルトルーデの大鎌の頭が持ち上がる。 ザッハの片手剣が唸る。恐るべき身の軽さで、懐にまで一瞬で入り込んだのだ。 大鎌の柄で弾くヴァルトルーデ。息もつかせぬ連撃は、流石に一団の頭であろう。 こうなると鎌の刃部はただの錘と化すが、化させぬのが鎌使いである。 刃の付け根に引っ掛けるように剣を受けると、ザッハは対応に迷う。鍔競り合いに近い形だが、鎌の形状のせいで押しきりにかかった所で急所を抑えられない。 剣を引っ掛けたままヴァルトルーデは柄尻にてザッハを打つ。打つというよりは押し出すが近い。そうして出来た距離は、ヴァルトルーデの大鎌の間合いだ。 考えられぬ程受けずらい刃を一閃する。長物とは思えぬ速度に、ザッハは為す術なく切り裂かれる。 「……捕縛か。本当に今回は、向かぬ事が多いな」 グリムバルドの槍が敵騎士の胴を貫くと、敵シノビは動きの止まったグリムバルドの背後から襲い掛かる。 振り向き盾をそちらに向け押し出す。受けるなんて生易しいものではなく、跳ね飛ばすという言葉が相応しかろう。 突き出した剣は折られ、顔面と腕はひしゃげ倒れるシノビ。 「あの子を追い詰めたにしては、不甲斐ないぜお前等」 那美の二刀が、同時に左右より迫る敵を刺し貫く。 左の敵の刃は那美の逸らした顔のすぐ前、鼻先に。 右の敵の刃は仰け反る背をかすめ薄く傷を残す。 「んー、他の皆も終わりみたいだし……僕達の遊びも終わりにしようか? それじゃあ……バイバイ♪」 那美が刀を突き刺したまま全身を回転させると、左右の両者は千切れ倒れる。 フェルルの槍が敵騎士を捉える。逆側より迫るムスタング。狐火は脇から飛び込み振り下ろされた大剣の腹を蹴り飛ばす。 「代わりますよ」 恐ろしく危ない真似をしながら平然と言う狐火に、フェルルは一つ頷くと空が近接戦闘していた相手を更に引き受ける。 狐火はフェルルに聞こえぬ声で呟く。 「……あの勢いだと、トドメ刺しかねませんしね」 ムスタングの間合いを出入りして、容易に大剣を振るわせない狐火。下手に空振れば即座の踏み込みを招く。 「で、ミザリーさんのご家族に恨みでも?」 間合いを詰めては横に回られるので、追うに追いきれないムスタングは、質問に返事する気配は無い。 僅かに反応があったのは、その筋からつけられたかと察したせいか。 狐火は戦闘の優位を取る事もそうだが、同時に彼に戦況が把握出来ないような動きにも注意する。 狐火をこの戦場最強の敵、指揮官と見做させ、狐火さえ抑えればどうなとなると思わせるように。 思わせぶりな動き、超一流の挙動、容易に見せぬ手の内。後は、皆が終わるまで引っ張って皆でボコれば終わり。 そう思ってた狐火の予定が狂ったのは。 「おりゃー!」 真後ろからの不意打ちでムスタングの後頭部を蹴り飛ばした後、刀の峰でぼっこぼこにどついた詩が乱入して来たせいであった。 「……お元気そうで」 「はいっ! 思ったより早くて助かりました!」 「どれぐらいを想定していたんですか?」 「最悪一月ぐらいは我慢しないとーって……」 言い終わる前に、概ね片をつけてきたらしいフェルルが走って来ていた。 もう有無を言わさず詩の頭をがっしと掴み抱え込む。 当然、詩は抗議なんて出来る立場ではないのでされるがままだ。 狐火は、しばらくは無理か、とぶっ倒れてるムスタングを捕縛し後始末に。 すぐにヴァルトルーデがザッハを、暁が腕利きシノビを引きずって来る。 「無頼の輩にしか見えぬが、一応、な」 「うーむ、思った以上にザコかったな」 靖が那美の治療をようやく終えてこちらに来る。そして暁を見て言った。 「の割りにかなりもらってんじゃねえか」 「生死の境にはまだ遠いっ」 「……シノビってなどいつもこいつも」 那美の治療にもかなり手間がかかった。那美の技量を考えるに、わざと受けてるんじゃないかというぐらいの傷であった。 グリムバルドやフェルルも無茶な戦闘が響いたかそれなりの怪我を負っていた。まともなのは空ぐらいであろうか。 狐火は捕えた三人を順に見る。自害の隙を伺うのが一人、殺せと居直っているのが一人、怯え震えているのが一人、これはザッハである。 ああ、と得心する。 「つまり、遂に人が枯れて来たという事ですか」 |