魔術師の小屋
マスター名:
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/10/05 02:27



■オープニング本文

「いや流石はフーマだ。イレギュラーにも良く対応してくれたな」
 紅茨騎士団団長アレシュのそんな賛辞に、風魔弾正はこれでもかと眉根を捻り上げる。
「ほほう。いれぎゅらー、つまり予想外であったと。誰が、どう考えても、アレ等が来るから私に先んじて商人を狩れと命じたとしか思えぬ状況でありながら、そんな寝言を抜かすか貴様」
 そのままアレシュに顔を寄せる弾正。
「ジルベリアではともかく少なくとも天儀においては、非合法組織を運営する者等にとっては国家を敵に回すより厄介なアイツ等開拓者とはちあわせたのが偶然だと!? 私が連中を誤魔化すのにどれだけ苦労したと思っている!」
 うーむ、と顎に手を当てるアレシュ。
「やはり誤魔化せんか。すまん。連中が来るのはもっと遅いと思っていた」
 弾正は思う。ジルベリア開拓者ギルドもそうだが、やはり総大将が諜報の長も兼ねるというのは問題だと。
 諜報は諜報で独立した一部門を作り、充分な予算を回すべきだろう。実際、そういった部分の弊害を弾正はここに来て幾つも見ている。
 例えば天儀ならば、この不足した諜報部門を陰殻のシノビが担う事も出来るが、ジルベリアではそんな信頼出来る専門家集団なんて都合の良いものは居まい。
 結果、個人として技量の高い者は居ても、組織として成熟した諜報機関が育たないのだ。
 とはいえこれをアレシュに教えてやる義理も弾正にはない。
 それに、弾正の目から見ても、個人として極めて優秀な者は居るのだ。
 アレシュにくどくどと文句を言ってやった後、弾正は先日見つけた男の事を考える。
 その男は、紅茨騎士団の従士として細々とした雑事をこなしていた。
 旧ラーダメンダルの出ではあれど志体は無く、これといって目立つ何かを思い出すのが難しい男だ。
 その、疑う余地の無さが、弾正の目に留まった。
 三十代、働き盛り、男盛り、しかし、生活は質素で仕事は正確。志体が無いという言い訳を盾にひたすら下働きに徹するも、周囲の者が優越感に浸れるようなへりくだり方はすれど不快にさせる卑屈さとは無縁。
 敢えて、従士の理想である諸事良く気がつく頼れる男、といった部分を避けているのにも弾正は注目していた。いや感心すらしていた。
 そう、弾正はこの男をスリーパー(潜入捜査員)であると見ていた。
 最後にそう判断した理由は勘であるが、陰殻で天儀随一の隠密達を数多見てきた弾正の勘は、それを前提に大規模な作戦行動をしてしまう程アテになるものである。
 ただ一つ懸念もある。
 このスリーパーの上が誰かが全く見えて来ないのだ。
 彼が得ているはずの情報を開拓者ギルドは持っておらず、ジルベリア帝国もまた知っているにしては動きが鈍すぎる。
 なので弾正は、彼をギルドに拉致らせる事にした。
 弾正はまだこの組織に加わって日が浅いが、スリーパーの自覚を持って長く在籍している彼ならばかなりの事がわかろう。
 開拓者ギルドと敵対する連中のスリーパーだったとしても、拉致って尋問すればいいだけなのである。
 こと尋問に関しては、ジルベリアの開拓者ギルドはかなりの水準にあると弾正は認めている。あまり嬉しい評価でもなかろうが。
 そういう訳で、弾正はギルドへ彼が仕える騎士の仕事をリークしたのであった。


 騎士ボンドはいつも通り従士のジャッシュのみを連れて任務につく。
 今回の任務は、十人の魔術師の護衛だ。
 アヤカシの徘徊する山中にて、魔術を用いた実験を行うとの事。
 彼等十人が十人共志体を持つ魔術師であり、並大抵のアヤカシならば彼等だけで充分蹴散らせるのだが、やはり近接ゼロは不安があるそうで、アレシュからこれに付き合うよう頼まれていた。
 ボンドが魔術師達のリーダークマルに実験の内容を問うた所、瘴気の回収と瘴気発生条件の調査に魔の森の拡大実験、だそうで、具体的にどういう事をするのかも聞いたがボンドにはほとんど理解出来なかった。
「お前等魔術師の実験に付き合って我等騎士団の精鋭が何人も失われている。それに見合った価値は本当にあるのか?」
「ククッ、考えてみろ。もし魔の森を自在に発生させる事が出来たなら、ジルベリア帝国なぞ恐るるに足らぬであろう」
「前にも似たような事を言っていたな。人の身に魔を宿すと。で、結果はどうなった? 二人は既に倒され、一人は捕らえられと目も当てられぬ有様であろう」
「あの四人はあくまで過程の作品に過ぎぬ。我等が目指すは、積年の悲願そのものよ。まあそう焦るでない。長年の研究は既に開花の兆候を見せておる。倒されたとはいえ、かの四人も素晴らしき能力を持っていた事は貴様も知っておろう。成果は出ておるのだ、後はそれを望む形に整えるのみよ」
 ボンドは、クマルの表情から嘘偽りの気配を感じ取る事は出来なかった。
 クマルは心底から、成功間近であると確信しているように思える。
 実際、紅茨騎士団は何処に出しても恥ずかしくない精鋭揃いであるとの自負はあれど、それだけでジルベリアを倒せるだなどと夢想するほどボンドは愚かではない。
 このまま地道に騎士団を充実させていって何時の日か、なんて妄想もありえない。そんな遥か未来に至る前に、隠密活動を発見され打倒されよう。
 敵は、圧倒的なまでに、強いのだ。ボンドはそれを決して忘れない。
 手段を選ばない有利を行使するしか手はない。この狂人共と手を組んでいるのはその為なのだ。
 山中の山小屋で、暖炉の前に集まり皆で夕食を取ると、自然と魔術師達と会話を交わす事になるが、その時端々から感じ取れる彼等魔術師の壊れた価値観。
 まず、味方とそれ以外で分ける者がいる。
 次に優れた魔術師とそれ以外で分ける者がいる。
 更に自分とそれ以外で分ける者がいる。
 そして全ての者が、それ以外に当てはめる人間には、どれほど残酷な行為をしようがまるで罪悪感を感じ無い。悲鳴も、哀願も、絶叫も、罵声も、何一つ彼等の心には届かないのだ。
 せめても救いは、従者のジャッシュが何時までもボンドと共通の価値観を持ってくれているぐらいだ。
「お前が居なければ私も発狂していたかもしれんよ」
「もったいないお言葉です。ついでに申しますと、私も全く同じでございます」
 優れた騎士であるとわかっているボンドと作る飯の上手いジャッシュには、魔術師は皆親しく接してくれるので、そういうわかりやすい部分を可愛げがあるとも思うのだが、可愛げの無い部分がヒドすぎるので如何ともし難いボンドであった。


■参加者一覧
八十神 蔵人(ia1422
24歳・男・サ
狐火(ib0233
22歳・男・シ
笹倉 靖(ib6125
23歳・男・巫
椿鬼 蜜鈴(ib6311
21歳・女・魔
エドガー・バーリルンド(ic0471
43歳・男・砲
リドワーン(ic0545
42歳・男・弓
樊 瑞希(ic1369
23歳・女・陰
病葉 雅樂(ic1370
23歳・女・陰


■リプレイ本文


「ネズミの群ってな、案外運ぶのに手間かかるんだな」
 エドガー・バーリルンド(ic0471)がそんな愚痴だか感想だかを垂れ流しながら、ネズミの手配を頼んだ時のギルド係員の心底嫌そうな表情を思い出し含み笑う。
 意地になったのか、彼は数十匹のネズミを用意して来た。
 エドガーの上空に待機していた樊 瑞希(ic1369)の式が、配置完了の報せを伝えて来た。
「さて、連中がボンクラならこれだけでほぼ勝ち確なんだがね」
 ネズミを解き放つと、作戦開始である。

 リドワーン(ic0545)は足場を確保した木の上で、慌てた馬鹿が飛び出して来るのを見る。
「全員殺害……目的のために手段を選ばず。非常にやりやすい仕事だ」
 狙い済ました一矢が魔術師の胴に深々と突き刺さる。
 その魔術師は、愚かにもその場で怪我の具合を確認しているではないか。
「なるほど、馬鹿か」
 馬鹿は殺せる時にさっさと殺すに限る。二矢、三矢目でようやく逃げようともがく。手遅れだが。
 四矢目で足を射抜いてやると、二矢目で逆足を射抜かれている事もあり、身動きが取れなくなる。
 ただ、馬鹿は一人のみで、誰も彼を助けようと小屋から出てくるような真似はしない。
 リドワーンはこの射撃位置から離れる。ちょうどその時、リドワーンの射線を遮るように石の壁が倒れた男を守るように立った。

 瑞希の指示を受けながら、術の行使を待ち構える病葉 雅樂(ic1370)は、彼女に懇願するように言った。
「な、なあ。ここで私が名乗りを上げれば、連中すぐに降参するかもしれんぞ! 何せこの大天才たる病葉雅樂の名を聞いて震え上がらないはずがないからな!」
 少し赤くなって強く窘める瑞希。
「病葉ァ……! やめんか! 恥ずかしい!」
 言ってる二人の側に、魔術の炎弾が打ち込まれる。魔術師は小屋の中から一瞬顔を出して術を放った模様。
 瑞希が射線を遮るように壁を作り上げると、雅樂は立ち上がって壁の後ろに向けて走り、一番遠い位置の壁端から顔を出しつつ、術を放つ。
 大地を削り取りながら走る斬撃は、様子を見ようと窓から顔を出しかけた男の頬を裂く。ついでに砕けた板窓がかすり傷の一つもつけただろう。
 すぐに猛反撃が壁に叩き付けられるも、雅樂が怯える様子はまるでない。
「おーおー、元気が良いな」
 しかし実は、笑ってる場合ではなかったのだ。
 壁の脇を抜け、壁の背後を爆風範囲に入れられるように調整した、メテオストライクが叩き込まれたからだ。
 雅樂も瑞希も一緒になって吹き飛ばされる。
 これを見た椿鬼 蜜鈴(ib6311)、二人とは別方向から魔術を打ち込んできたと思しき窓に向けて魔術を唱える。
「されば、わらわとて同じ術にて全てを粉砕してやろうて」
 流石に窓の中に叩き込むのはジャッシュ保護の観点から遠慮しつつも、同じメテオストライクの術を放つと、小屋全体が大きく震える程の強烈な爆発が襲う。
 笹倉 靖(ib6125)は、爆発で焦げた二人の下へ。
「流石に魔術師は一筋縄ではいかないか」
 そう言って治癒術を施し、加護結界をかけなおす。
 雅樂は服の埃を払いながら靖に問う。
「君は仕掛けないのかい?」
「今は確実な戦線維持を優先するさ」
 敵に動きが見える。小屋を守るように石壁が立ち並び始めたのだ。
 瑞希はこの動きを敵の攻勢の前触れと取る。手数を活かす為に、より顔出しが出来る場所を増やしたという話だろう。
 靖もあちこちと移動しなければならなくなりそうだ。
 更に、壁と壁の隙間を縫って、一人の騎士が駆けて来る。大した勇気だが、八十神 蔵人(ia1422)が即座に迎撃に飛び出す。
 瞬間、メテオストライクが蔵人一人の為だけに叩き込まれる。
「うんまあわかってた」
 炎が収まり、爆煙が消えぬ間に、騎士ボンドが一気に間合いを詰め蔵人に迫る。
「ってここでやりあう気か!? アホか! どっちも魔法の餌食やで!」
 二人の位置は、敵味方どちらからも狙える位置になる。自動命中な魔法ならば、近接格闘中でも確実に当ててくるだろう。
 しかし一切怯まぬボンドに、蔵人も口はさておき体は堂々としたものだ。
 ボンドの大剣と、蔵人の片鎌槍がぶつかり合って絡み合う。魔法が両者に打ち込まれるが、どちらも微動だにせず。
「こんの意地っぱりが! 後ろに見栄張りたい女でもおるんかい!」
「一々やかましい男だ。それで舌噛んで負けたら死ぬまで笑いものにしてやるから、その覚悟が無ければ少し黙れ」

 瑞希は自らも壁作成を行いながら、皆の配置を指示していく。
 蜜鈴と敵のメテオがかなりの速度で壁を粉砕してくれるので、建てては壊しの配分と狙う位置が重要になってくる。
「流石に、こういう戦いは経験が無いな」
 造った壁を盾に蜜鈴や雅樂は攻撃を続けるのだから、これを欠けさせては二人が危ない。
 また、超長射程リドワーンの射線確保と、魔術より僅かに長いエドガーの射程を活かすよう配置しなければならない。
「病葉! 左側より集中攻撃!」
 しかし、こうした苦労がある分、見返りもある。
「蜜鈴とエドガーは一番奥の壁を砕け!」
 遠くにあって声も届かぬリドワーンには、人魂にて射撃配置の指示をしておく。彼はそれだけでこちらの意を察してくれるから楽でいい。
 敵の壁が砕けた瞬間、奥に移動最中だった敵魔術師の姿が丸見えとなる。
 リドワーンがこれを確実に射止めてくれた。
「ふぅ」
 自分の手で敵を倒すのとはまた違う満足感。自分の能力では出来ぬ事も成し遂げられる何ともいえぬ感覚は、そう、悪いものでもないと思えた。
「主頭! 早く私にも敵を倒させてくれ!」
 感慨にふける暇も無い。苦笑しつつ指示を出す。
「わかったわかった。病葉は小屋の後ろに回りこめ」

 エドガーは包囲の重要性を理解している。
 包囲される方の射撃は八方に散るのみなのに対し、包囲している方が攻撃を集中した場合、角度をつけて最大三方から集中攻撃が出来るのだ。
「迂闊だぜ」
 なので狙うは、側面を向けて乗り出してきた敵。
 術の行使に伸ばした腕を一発で弾き飛ばしてやる。
 銃を下げ、弾を込めようと筒先を引き寄せると、ふと足元に一匹のネズミが。
「おっと、ご苦労だったな。おかげで連中の初動は大ゴケだ」
 そう言って残っていたチーズをくれてやると、ネズミはそれを持って嬉しそうに山奥に消えていった。
 エドガーは、銃を肩にかつぐ。
「どうだ? ネズミにコケにされた気分は?」
 背後より剣に瘴気をまとわせた男が飛び掛ってきていた。
 肘をあげ、肩越しに背後に向けて発砲。気付いているとは思わなかった男は逆に不意を打たれて吹っ飛んだ。
 マスケットを放り出し、短銃を抜く。
「聞こえなかったか? てめぇらは、ネズミ以下だって言ったんだよ」
 倒れた男にトドメの一撃を撃ち込むと、マスケットを拾って小屋に目を移す。
「手練揃いだしな、後はサボらせてもらうとするか」

 蔵人とボンドは互いの体を傷つけ合い、魔法の的にされ、そうして出来た傷をそれぞれ仲間に治してもらいながら戦い続ける。
「なんやろ、この、心底不毛な、ただ痛いだけの、やるせない労働は」
「それが、わかってんなら、さっさと、くたばっとけ」
 埒の明かない戦闘に転機をもたらしたのは靖の声だ。
「蔵人、ちょい頭下げろ」
 靖が蔵人の背後から駆け寄り、頭を下げた蔵人の首辺りに両手を置く。
 この手を軸に半回転し、後ろ回し蹴りをボンドに叩き込む。
 正に不意打ち。しかし、不意打ちの準備は敵にも整っていた。
 石壁を乗り越え、飛び降りざまに術を撃って来る魔術師が居たのだ。
 いや、彼だけではない。魔術師達が一斉に攻勢に出て来た。
 蔵人は咄嗟に靖を抱えてその場から大きく跳び、伏せる。
 ボンドの他に三人の魔術師が突っ込んで来ている。そのまま押し合ったら負けるとの判断だ。
 後、ヤる気な顔の蜜鈴を見たからでもある。
『穿て火焔。彼の空へ大輪の花を咲かせよ』
 敵四人が密集していた所にメテオストライクを叩き込む。
 蔵人と靖が飛ぶのが遅れたら巻き込まれていただろうが、そこを見切り状況に対応して瞬時に攻撃の判断が出来る所が、歴戦の開拓者とそうでない魔術師との差であろう。
「之はわらわのモノじゃ。近う寄るでない」
 残る爆煙を突っ切り、魔術師が二人蜜鈴へ突っ込んで来る。
 彼等が手にした武器には瘴気の渦がまとわりついており、フェイクではなく本気で近接戦闘を行う気である事が伺える。
「なるほど、不意を突いた上に更に珍しき仕掛けか。じゃがの……」
 両手で二本持っている術具でもあるアゾット剣を、左は上段、右は下段を防ぐ位置に構える。
 そういう訓練でも受けたのか、魔術師達が左右に別れ見事な振る舞いで仕掛けてくるが、一つ一つの踏み込みを蜜鈴は丁寧に捌いていく。
 刃や腕の動きで受けるでなく、体全体で受けるようにすれば、斬撃を受けても体は崩れず、むしろ甘い斬撃は相手を崩す事に繋がる。そういった近接の基礎はしっかりこなしている蜜鈴。
「魔術師とて、自身の身程度は護れようて」
 蜜鈴が反撃もしないのは、二人を引きつける事に意味を見出しているからだ。
「術者如きが出しゃばるな!」
 ボンドの怒声にも、靖は何処か人を喰ったような表情を変えない。
「そう言うなよ。案外やれば出来るかもしれねえぜ」
 ボンドの大剣を仰け反りかわしながら、靖は手にしていたナイフを懐に収める。どうせこれじゃまともに通らない。
 防御を一切考えなくなった大剣使いは荒れ狂う暴風と化すが、靖もまた蜜鈴同様時間稼ぎに徹する。
 ただ単に敵の間合いから外れているだけ、と言うと簡単に聞こえるが、左右に逃れる事で直線的な敵の動きを外すその妙は達人のそれだ。
 ボンドも時間稼ぎの意味がわかっている。蔵人を見ると、遂に魔術師を捉えた所。
「こっちだ!」
 ボンドの叫びに魔術師は彼の方へ逃げ込む。追う蔵人が振るう片鎌槍。ボンドは、この槍に向けて走って来た魔術師を蹴り出したのだ。
 片鎌槍が蔵人が考えていたより変な形で魔術師の体に食い込む。武器を封じたボンドは、今ぞと蔵人を狙う。
「なああああああめんなあああああああ!」
 先に人一人を乗っけたまま、蔵人は槍を横薙ぎに振るう。
 鎌部をこれで強引にぶっ刺してやると、ボンドは口惜しそうに後退する。
「言ったろ。案外、やれるってさ」
 ボンドの背後から声がする。
 急ぎ振り返ったボンドの眼前に、靖の白霊弾が迫っていた。

 狐火(ib0233)は開戦直後から、じわりじわりと山小屋への距離を詰めていた。
 そして彼等が小屋の周囲に壁を張り、小屋から飛び出した所で動き出す。
 開拓者側は基本的に射撃での攻撃が主で、近接に動くのはボンドの迎撃に出た蔵人のみ。これに安心した連中の隙を突く。
 一度屋根に昇り、上から小屋へ侵入。戦闘の騒音が実にありがたい。
 中には二人。部屋中央で横になっている怪我人が一人とこれに手当てをしている者一人。
 怪我人が横を向いた瞬間、その頭上の梁に移動し、忍刀をまっすぐに落とす。同時に自らも飛び降りる。
 刀がすとんと怪我人の頭に刺さる。手当てをしていた者は驚いた顔をしたまま、その背後に着地した狐火に拘束され、口に縄をかまされる。
 恐ろしく手馴れた仕草でこれを縛り上げると、忍刀を抜いて開きっぱなしの扉から外を伺う。
 一番狙える相手。怒声を上げ配置を指示している男。
 銅塊が男を撃つ。急所を強打された男は声も無くその場に倒れ、しかし彼は、この場の指揮を担っていた彼は、最後の力を振り絞って吼えた。
「全員突撃! 包囲を突破し逃げ延びろ!」
 砲術士や弓術師の曲射ですらない完璧なる不意打ち。何処から攻撃されたかもわからないこれを受け、小屋周辺は極めて危険であると一瞬で判断し、今わの際に指示を出したのだ。
 優れた能力と強い意志を持つ素晴らしい者であったのだろう。だが、と狐火は追撃には回らず万一に備え確保したジャッシュの護衛に戻る。
 必要は、無いであろうから。

 雅樂は敵の一斉突撃を受け、実に彼女らしい選択をする。
 最も強力な魔術師の前に、単身立ちはだかったのだ。
「さて、証明の時間だ」
 雅樂が指を鳴らすと、斬撃の符が魔術師を切り裂く。魔術師は小さく仰け反りながらも詠唱を止めず。
 邪魔をするなと言わんばかりにメテオストライクを叩き込む。
 その衝撃に、踏ん張る両足から悲鳴が聞こえて来るが、雅樂は逆の手で再び指を鳴らす。瘴気の刃が白光となって魔術師を再び切り裂く。
 魔術師は雅樂がどかぬ事が不満らしい。魔力の高さを誇る魔術師ならば当然の思考でもあろう。
 その自負から、後少しで倒せると信じ、足を止めて確実にしとめにかかる魔術師。元より足を止めての撃ち合いが望みの雅樂。
 先の蔵人対ボンドを彷彿とさせるノーガードの殴り合い。
 無謀な暴挙に見えるこの行為にも、雅樂なりの理由がある。挑発し足を止める、治癒加護術の分で有利が取れる、雅樂が横から撃たれる可能性は低い、等。
 結局、雅樂が持っていたアドバンテージを崩せなかった魔術師が、先に倒れるのだった。
 雅樂は得意満面で瑞希に言った。
「見たか主頭! この大天才病葉雅樂の華麗なる戦いを! これでもうジルベリアの奴等にも私の天才っぷりは遍く広まるであろうな!」
 瑞希は、それを広めてくれそうな人間はこの場には一人も残ってないなぁ、と思ったが面倒なので黙っている事にした。

 リドワーンからは、逃げる彼等の必死な形相が良く見えた。
 運良く、全くこちらが布陣していない方向に逃げる者がいる。
 冷静に弓弦を引き、射放つ。避けられるかもとは考えても、当らないかもとは考えない。
 リドワーンのような弓術師にとって狙った場所に矢を当てるという事は、眼前のテーブルの上に手を伸ばしバターを手に取るのと同じ行為であるのだから。
 一射で転倒したのは腿を狙ったからだ。
 続く二射目。転倒した魔術師はそのまま木にぶつかって動かなくなったが、トドメは当然忘れない。
 そして最後の一人もまた、全く盛り上がりも卓袱台返しも逆転劇もないまま、極当然のように仕留めた。
 結局終始リドワーンは安全域におり、攻撃を食らう事も狙われる事すらなかった。対応しようのないユニット。そんな立ち居地を堅持したのであった。
 その価値を、今回のメンバーは特に、口にせずとも良く理解してくれようと思えた。


 ジャッシュは開拓者に捕らえられたと知ると、堪えきれず笑い出す。そして、口を割る条件を一つ提示した。
「我が唯一の主、ビィ男爵の墓参りをさせてはもらえないだろうか」
 彼は、先ごろ亡くなったジルベリア開拓者ギルド責任者の一人、ビィ男爵個人のスリーパーであった。