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■オープニング本文 紅茨騎士団の雇われシノビ、フーマこと風魔弾正は、現在、三つの仕事を一度に請負い(背負わされたとも言う)西に東に飛び回っていた。 現在紅茨騎士団にとって現在最も有害であると認定された開拓者ギルドへの攻撃で戦功を挙げたフーマは、一定の信用を得た事で細かな仕事を指揮する立場を与えられた。 天儀にてもっとも諜報に長けた組織の中心に居た弾正だ。情報の取り扱いにおいて彼女に勝る存在なぞそうは居まい。 そして、優秀な者には自然とたくさんの仕事が回される(押し付けられる)もので。 フーマは紅茨騎士団団長アレシュから、四つ目の仕事を言い付かった時、流石に強く抗議した。 「いや実はな、アルクトル領に潜入して……」 「殺すぞ」(←強い抗議) 「いや、まあそう言うな。今回の仕事は任務終了後、あの警戒の厳しいアレクトル領を単身で突破してこなければならず、そんな真似が出来るのはフーマぐらいしか……」 「よしわかった表へ出ろ。せめても執務室の中を血で汚すのは勘弁してやる」 「おい待てフーマ、本気で抜く奴があるか外まで待つという話はどこにちょおいこらいやわたしがわる……」 少しして、額に皺を寄せたままの顔で弾正が退室すると、アレシュの副官メトジェイはそこで初めて表情を変えた。 「……相当、気に入っているようですね」 流した脂汗を拭いながらアレシュ。 「む、わかるか?」 「アレシュ様のくだけた口調なんて子供の時分以来です。気持ちはわからなくもありませんが……」 言いたい事を最後まで言わないのがメトジェイの良い所でもあり、悪い所でもある。付き合いの長いアレシュは自然とそのスタイルに慣れてしまっているが。 「心配するな、元より友を持とうなど埒外の事だ」 英雄アレシュ、そう呼ばれる彼は騎士団を立ち上げてからこれまで、こと軍務に関しては当然のように唯一絶対の第一人者であり続けた。 彼と対等以上に接する事が出来るのは、それこそ一人、二人しかおらず、彼等は当然年配の相手だ。 アレシュと同世代で対等に接してくる相手、しかも実力においても引けを取らぬだろう剛の者との邂逅なぞ、アレシュの人生において経験の無い事柄であった。 アルクトル領はジルベリアにおいて中堅といっていい広さの領地である。 その領主ブルームハルト子爵は温厚で誠実な人柄で知られており、また実務能力も高い事から領土間の揉め事の仲裁に入る事も少なくない。 揉め事なぞ帝国が介入すれば一発であるが、それは領主の面目を潰す事にもなる。当事者同士で解決するに越した事はなかろう。 こうした仲裁を繰り返す内、何時しかブルームハルト子爵はここら一帯の領主達の顔役とも言うべき立場に収まる事になる。 領主同士での揉め事はもちろん、帝国に意見をする時、アヤカシ対策等々、様々な場面で頼りにされる人物だ。 彼の治めるアレクトル領は帝国でも屈指の治安の良さを誇り、ブルームハルト子爵の統治手腕の確かさがそこにも現れていよう。 過ごし易い土地柄から、避暑地、観光地としても有名で、また治安の良さを好んだ商人たちも多数この地に根拠地を置く。 そんな土地に、ギルドは開拓者を送り込まなければならなくなった。 ロンダミアという商人は、アレクトルの地で長く堅い商売を続けてきた老舗の主である。 取り扱い商品は多岐に渡り、他領との取引も多い。アレクトルの中では中堅どころではあれど、他領に行けば五本の指に入る程の大店である。 そんな何処に出しても恥ずかしくない商人ロンダミアが、犯罪者達と取引をしている、といった情報が入ったのだ。 それまでギルドも帝国も、ロンダミアは完全にノーマークであった。 しかし昨日烈火の王子撃破時の逮捕者ダリミルを尋問し、調査を進めた所、ロンダミアの名が出て来たのだ。 ギルド係員ディーは、彼にしては珍しく強引な手を取る事にした。 開拓者達に、このロンダミアを逮捕するよう依頼したのだ。 犯罪者を捕縛する権限は帝国と領主双方にある。だが、領主の居る土地で捕縛せんとするのならば、通常領主に先に一言告げてから動くものだ。 しかしディーは、逃走の恐れあり、との理由で敢えて事後報告にするつもりだ。 予想だにせぬ力押しで、相手の反応を見るつもりなのだ。 開拓者がアレクトルの兵と揉めぬよう、領内へ入る時は商隊を装い、ロンダミア逮捕後は別口で用意しておいた人数分の龍に乗って一気に領境を越える。 帝国発行の逮捕状を用意しておき、領主に確認させろなぞと寝言をぬかしたとて無視して話を進められるようにしておく。 これを提示した上で逆らったら、邪魔だてした者全てを斬り捨てる事が許される、そんな強い権限を持つ逮捕状である。 『一領主をすら凌ぐであろう規模の経済力が無ければ、あの特異な三人を揃える事なぞ出来ないでしょうし、あれほどの戦闘力を持つ兵を集める事も適わぬでしょう。それほどの経済活動を、ギルドにも帝国にも隠れて行える組織……セオリー通りの手は、今は逆に悪手になるでしょうね』 今年で五十を迎えるロンダミアは、この年の商人にしては珍しく独身である。 取引仲間には、商売が忙しくて家族どころではないから、と言ってあるが、実の所はそんな理由ではない。 失われたラーダメンダル王国の侯爵の血を引くロンダミアは、その身を王国復興に捧げており、いざという時に家族に後ろ髪引かれぬよう独り身を続けているのだ。 だから彼の屋敷には血族はロンダミア一人しかおらず、後は常についている二人の護衛と、執事と使用人ぐらいのものだ。 その使用人も信頼出来る筋よりの紹介からのみ採用しており、昨日新たに来た使用人もそうであった。 弾正の潜入先は、ロンダミアという名の商人の屋敷だ。 今回、命令を受けてからギルドとの繋ぎを取るのが間に合わず、弾正は仕方なくアレシュの指示に従って任務をこなしにかかる。 紹介状を持って彼の元を訪れ、使用人として雇われる。 屋敷は上品な作りの豪邸で、商人の家というよりは貴族の邸宅といった方がしっくりくるかもしれない。 ここで、弾正はあてがわれた制服を着て、鏡の前に立つ。 白のフリルがふんだんにあしらわれたエプロン、インナーは黒で袖の縁や要所が白くなっている。 黒のスカートは足首近くまであり、こちらの縁にも白のレースが。 そんな自分の心底似合わないメイドな有様を見て、弾正はぼそりと呟いた。 「……どうしてこうなった」 |
■参加者一覧
秋桜(ia2482)
17歳・女・シ
叢雲・暁(ia5363)
16歳・女・シ
ネプ・ヴィンダールヴ(ib4918)
15歳・男・騎
アリア・シュタイン(ib5959)
20歳・女・砲
笹倉 靖(ib6125)
23歳・男・巫
ジャン=バティスト(ic0356)
34歳・男・巫
ナツキ(ic0988)
17歳・男・騎
病葉 雅樂(ic1370)
23歳・女・陰 |
■リプレイ本文 風魔弾正というシノビは、シノビの役割を任務の最中放棄するような真似はしない。 例え『何で貴様等がここに居るかああああああああああああ!?』といった内心の絶叫があったとしてもである。 開拓者達が正門より屋敷を訪ね、取次ぎに出て来た二人のメイドの内に、風魔弾正が居たのだ。 ケモノ同士のシンパシーでもあるのか、ネプ・ヴィンダールヴ(ib4918)とナツキ(ic0988)の二人は平静を装おうとして盛大に失敗している。 アリア・シュタイン(ib5959)はとりたててどうといった反応もせず、もう一人のメイドに逮捕状を提示し主を呼ぶよう折衝している。 これをフォローしながら、笹倉 靖(ib6125)は時折ちらっと横目に弾正の様子を見る。 楚々とした仕草で両手を前に揃え、俯き気味に目を瞑っているように見えるあの弾正の姿勢は、こちらの従者の作法であろうか。 『暗殺任務とかじゃねぇよなぁ?』 なんてことを直接聞くわけにもいかず。 病葉 雅樂(ic1370)は、何を考えているのかはわからないが、何やらロクでもない事を思考してる気配がする。 話を内容を聞いたメイドが大慌てで皆に玄関前で待つよう伝えながら主の下へと走って行く。そして、監視の為か弾正が一人残った。 ここで雅樂は、逃げられては困るから自分達も中に入れろと、弾正に向かって騒ぎだす。 アリアもすぐにぴんと来たのか、これに加わり責め立てるように弾正を問いただす。 当の弾正はというと、研修で習った言葉遣いを一切たがえぬまま、しかし抑揚の無い調子でこれを断り続ける。 二人のケンカ腰な言い様と冷徹な弾正の返事に、ネプが後ろの方でぼそぼそと小声でナツキに問う。 「もしかして、怒ってます?」 「ど、どうだろ? 任務中ならそういう事は無いと……」 そこで二人の表情が凍りつく。 弾正が開拓者達にだけ見えるように、懐から短刀の刃をちらつかせたのだ。 もちろんそれも一瞬の事であったが、靖はそれで弾正の任務を察する。その挙動だけで伝えられる任務といえば、それはもう屋敷の主ロンダミアの暗殺以外ないではないか。 面倒な事になった、と内心頭を抱える靖。 叢雲・暁(ia5363)の解錠術により開いた二階の窓の中に、秋桜(ia2482)は滑るように移動する。そもそも人の少ない屋敷なのか入った部屋に気配は無し。 秋桜は扉の外の音を確認すると、合図を送る。これを受け暁、外に待機していたジャン=バティスト(ic0356)を招く。 暁が伸ばした錫杖の先を掴んで引っ張り上げると、ジャンもどうにか二階への侵入に成功。 さて、といった所で一階から昇ってくる足音が。静かに聞き耳を立てると、廊下で女性と男性の会話が聞こえてくる。 話が終わり、三人分の足音が階下に駆け下りていくのを待って、秋桜は廊下に出る。 ここは敵地ではない、と自らに言い聞かせ、勝手知ったる様で堂々と、しかし住人への限りない配慮を備える事で音も無く廊下を歩く。 その部屋の前で足を止めたのも、部屋の主の意に沿わぬタイミングでの入室を避ける為。中の様子を探るのもまた同じ。 中には二人。何らかの作業中と思われる。 先の会話の内容から、中の二人のどちらかがロンダミアだろう。秋桜は後方に待機していた暁とジャンの二人を呼び、三人揃った所で突入する。 一人残されたメイド、弾正が開拓者達の抗議を受け流している間に、上階から見るからに屈強な体躯の二人の男とメイドが降りて来る。 彼らは逮捕状を目視するも、だからなんだとせせら笑う。 「ここはブルームハルト子爵のご領地だ。物の道理を弁えぬ犬めが意思を通したくば、子爵の許しを得てからにしろ」 アリアはやはり眉一つ動かさぬまま淡々と答えた。 「そうか」 最後の『か』の言葉を発する時には、既に二丁の拳銃を抜き終えているアリア。 「!?」 男、イェルドが何をするより先に、アリアの銃が火を噴いた。 イェルドの斜め後方に立っていた男レイフは、抜刀しながら前へと飛び出すが、ネプが抜き放った直後の剣に被せるように大剣を叩き付ける。 二振りの剣が噛み合って固まる。レイフは憎憎しげにネプを睨む。 「貴様、本当に役人か!? まるで野盗同然ではないか!」 小柄なネプの頭上を飛び越え、ナツキがそう言ったレイフの頭部を飛び蹴りとばす。 着地したナツキの脇を抜け、ネプはアリアの銃撃から立ち直らんとしていたイェルドの前に立ちはだかる。 雅樂は靖と目配せを交わす。どうやら雅樂は屋敷周辺の逃亡警戒に当るつもりのようで、靖は任せたと異論は挟まず。 視界の端に、メイドを連れて屋敷の中に逃げ込む弾正の姿が見えた。 靖は今度はアリアと視線を交わすと、後は任せたとメイド達の後を追って屋敷の中へ向かって行った。 二階潜入組が部屋へ突入すると、中には予想通りの二人、執事のヘンリクと商人ロンダミアが居た。 暁は標的をびしっと指差し叫ぶ。 「確保おおおおおおお!」 「はい、了解です」 秋桜がこの声に応じ走る。立ちはだかるヘンリク。秋桜は肩の動きや目線のそれですり抜けるべくフェイントをかけるが、ヘンリクには通じず。 仕方なく秋桜は抜刀。ヘンリクは手甲でこれを受ける。と、同時に、踏み込んでいた暁に向け蹴りを飛ばす。 二対一の戦闘が始まると、ジャンはゆっくりと落ち着いた様子でロンダミアの元へ。 「無駄な抵抗はしない事です。もっとも、あの方が倒れればそんな気も無くなるでしょうが」 ジャンは無理にロンダミアを捕獲しようとせず、ただ近くに立つのみに留める。彼の自暴自棄な行動を封じておけば、後は戦闘が終わるのを待てば良いとの考えだ。 暁と秋桜、二人の熟練シノビを相手に生き残れる程の達人なぞ、そうはいないのだから。 ここから脱出する最短路である窓の外をジャンが確認すると、ちょうど眼下に雅樂が来た所であった。 「すみません、この窓、塞いでもらえますか?」 急に顔を出して来たジャンに驚く雅樂であったが、良かろう、と縦に長い結界呪符にて窓をぴっちり塞いでやる。 雅樂はそのまま勝手口と裏門を同じく塞いでおき、正面入り口へと戻る。 「さて、と」 弾正の狙いはわかった。後はどう折り合いをつけたものか、と雅樂は考え込みながら正面戦闘は三人に任せ屋敷の中へと向かう。 ネプが騎士とわかると、イェルドは下段攻撃の割合を減らすようになってきた。深い構えから生じる低い重心は下段で崩す事が難しいからだ。 だが、ネプは上中段をほぼ完璧に受けて見せる。この間にも、アリアの銃撃があるのだから、イェルドは急ぎネプを撃破しなければならない。 イェルドは、逆に上中段に集中攻撃を見せてきた事で下段への備えが甘くなっていると踏み、ここぞの深い踏み込みと共に大きく下段に剣を薙ぐ。 ネプは、何と受けるでなく真上に跳躍してかわす。騎士の深い構えから飛んでかわすのは、その手を読んでもなくば出来まい。 同時に背後から振り回した大剣をイェルドの頭部に叩き込むネプ。これが、イェルドにとっての分水嶺となった。 ナツキの大剣がレイフを捉える。レイフもまた大剣で受け止めるが、その姿勢がナツキ有利と見るや、ナツキは力任せに押し切りにかかる。 払っていなす事も許さず、身を乗り出し押さえ込みにかかると、レイフは目に見えて焦りだす。アリアの存在を考えれば当然であろう。 剣技、というにはあまりに荒々しい実戦術。レイフも実戦を経ておらぬわけではないが、ナツキのそれとは密度が違う。 そのまま、ここ一番の気迫によって剣を弾かれたレイフは深手を負わされてしまう。 イェルドもレイフも、勝利は覚束なし、と腹をくくる。後は、少しでも足止めをするのみと後退。互いの背を合わせる形を取ろうと動く。 それこそアリアが待ち受けていたものとも知らずに。 イェルドとレイフの二人が後退しながら互いの位置を目視し、合流地点を決めて目線を外した瞬間、アリアは二人の死角を伝って移動を始める。 イェルドもレイフも、そちらを見もせぬまま背を預けるように目標地点へと。しかし、その位置には、二人より先にアリアが辿り着いていた。 左右に大きく開いた腕の先にそれぞれ銃を握り、まるで気付かぬままの二人の後頭部を、ただの一射で同時に射抜く。 「銃は剣より強し……不動の名言だな」 声もなく倒れる二人と、えー、と抗議顔をするネプナツキの剣使いコンビであった。 「私はロンダミア様に報告に行きますので、厨房に隠れていてください」 なんて声が弾正から聞こえてきて、共に居たメイドは震えながらも弾正と別れ別室へと逃げ込んでいく。 靖は、報告なぞさせるか、とわざとらしい声を上げて弾正の後を追う。逃げるメイドの背中からは、安堵の気配が感じられた。 靖が階段を上りきった所で、待っていた弾正と合流した。 「死体ではまずいか?」 弾正が率直に問う。 「逮捕が仕事でね」 「なるほど。とはいえ、ここでお前等とヤりあっても本末転倒も良い所だしな……」 「住人の数は?」 「今はロンダミアと私含め六人のみ。ふん、別働隊を二階に回したか。なら、そ奴等が余程のヘボで無い限り詰みだ」 そこに、階下より雅樂が駆け上がって来た。 「おお、弾正様。ご機嫌麗しゅう。そのお召し物も良くお似合いですぞ」 弾正はずいっと雅樂に顔を寄せる。 「服の事は言うな。感想も忠告も誹謗も中傷もいらんっ」 雅樂は弾正の言に、良くわからないという顔をするが、それはそれとしてと話をさくっと切り替える。 「弾正様、実はこの大天才めに妙案がございまして」 秋桜の忍刀がヘンリクの肩を捉える。逆側の胴を暁の忍刀が浅く薙ぐ。 しぶとい、しかも年季の入った技の数々は、秋桜と暁、二人の攻撃を凌ぎ堪えるに足るものであった。 だが、いつまでもそうしていられる程、二人も甘くは無い。 暁は右に大きく飛んだかと思うと、即座に左に滑るように走る。跳躍と、小刻みに足を動かす移動とを交互に繰り返したのだ。 更に、右上からの袈裟斬りが、弧を描き左からの胴薙ぎに切り替わる精妙の剣。 ヘンリクの腹部に仕込んであった帷子が千切れ飛ぶ。 秋桜がこの機にと踏み出すに合わせ、カウンターのようにヘンリクは刀を伸ばす。 こうまで追い込まれながらも反撃の機会を窺い続けて来たのだ。老練という他無い。 しかし、ヘンリクは自らが伸ばした腕に、知らぬ間に刺さっていた銀色のフォークに気付き、驚く。 秋桜は、何と戦闘中にも関わらず、テーブルの上にあったフォークを手に取りヘンリクに気付かれずに投げ放っていた。 その僅かな痛みが握力を失わせ、秋桜が両手に握った刀を全力で払うと、ヘンリクは剣を弾かれてしまう。 ヘンリクはすがるような目でロンダミアを、そしてその隣に佇み、戦闘開始からひたすら精霊力にてヘンリクを縛り続けていたジャンを見る。 舞と共に立てた錫杖からは、絶え間なく精霊力が放たれており、この粒子がヘンリクにまとわりつく事で動きを制限してくるのだ。 当然、ジャンはヘンリクがその身を犠牲にしてでもロンダミアを守ろうとする事すら、考慮に入れてそこに立っている。 ロンダミアの自殺すら許さぬだろう隙の無い構えは、靖が潜入前にジャンにくれぐれもと頼んだ結果でもある。 「無念、だ」 ヘンリクの胴を貫く刃。ロンダミアは、両目を瞑って天を仰いだ。 生存者はメイドが二人のみ。商人ロンダミアとその護衛は殺害された。執事なぞ、文字通り消し炭にされていた。 捕り物に来た襲撃者達は、龍にのって早々に退却済み。 ブルームハルト子爵はその報せを聞いても、部下達がそうするように憤慨するような事は無かった。 した所で、立場が悪化するのみと知っているからだ。 全ての障害を排除した開拓者達は、館の二階に集まる。 「はぅ! 弾正様、すごくかわいらしかったのですー♪」 邪気も悪意もないネプの言葉に、弾正はこれでもかと眉をしかめる。 ジャンも大きく頷き、挙句部屋に飾ってあった花を一輪手に取ると、これを頭部のレース付きカチューシャにつけるのはどうだ、とか抜かす始末。 またも無邪気に同意するネプに、あまりに惨いので靖がフォローしてやる。 「着せ替えはまたの機会にな。それより雅樂、妙案というのを聞かせてもらえるか」 雅樂は執事ヘンリクのロンダミアとそれほど身長差のない遺体を見下ろし、にまーっと笑う。 「これで十全。という訳でロンダミア君。今すぐその衣服を脱ぎたまえ」 その一言で半数の者が意図を察する。 ロンダミアの遺体として、ヘンリクのそれをこの場に残し、ロンダミアは極秘裏に連れ去ろうという話である。 服を交換すると、暁と秋桜が二人がかりでヘンリクの遺体に化粧を施す。二人共こういった細工は得意な部類であろう。 ロンダミアには別の服を着せ、大きな袋に詰め込んで運び出す。 アリアはこの間に、ロンダミアが持ち去ろうとしていた書類を回収している。 すると作業中の暁が声をかけた。 「ついでにそこの事務机と、コイツの寝室見てきてくれる? 特に寝室は念入りに」 シノビならではの嗅覚から出た発言だろう。アリアは化粧で動けぬ暁に代わりそれらを調べ、それらしき書類やらを片っ端から引っ張り出す。 ナツキは階下のメイドが隠れている場所に向かい、彼女を確保すると縄で縛って口に布をかませる。 あまり気分の良い作業ではないが、せめても自殺の気配が無いのが救いか。 ナツキがロンダミアにそうした時は、ロンダミアがナツキの大剣に首を投げ出して死のうとする気配があったのだから。 弾正は妙な顔でちらっと、メイクアップ指導をしている雅樂を横目見る。 『コイツ、もう一人もそうだが、やはり相当使えるのだよなぁ。いっそ連れていってしまっても邪魔にはならんかもしれんが……』 何て事を考えかけた所で、頭を振ってこれを打ち消す。 弾正はそういう他人との接し方は止めたのだ。少なくとも、今はそうする気は無い。 そんな弾正の思考を遮るように、靖が声をかけてきた。 「で、潜入捜査とやらの最中って話だけど、どんなもんなんだ?」 「……これはまだ報告はしていない。勘に過ぎんが、お前もこの件に関わるんなら聞いておけ」 「ふむ」 「多数の騎士達が関わっているのは知っているだろうが、恐らく魔術士もかなりの数が居る。経済規模で言うのなら、ロンダミア一人でどうこう出来るシロモノでは絶対に無い。陰殻で例えるなら、中堅の里丸々一つ潰すつもりでかかるべきだろうな」 それに、と弾正が続けた言葉に、靖は心底気が滅入ってしまう。 「私を殺せるかもしれん奴が、恐らく複数居る。そんな、臭いがする」 |