風の魔王?
マスター名:
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/09/03 23:55



■オープニング本文

 騎士アレシュはその報告を受け、足元が覚束なくなる程の衝撃を受ける。
「エセルバートに続き、バーミリオンまでもが……すまぬっ、すまぬバーミリオン……」
 アレシュは胸から下げているペンダントを強く握り締めながら俯き、震える。
 ペンダントの紋様は、今は亡きラーダメンダル王国、紅茨騎士団のものだ。
 国が滅びたというのに、騎士団だけが残っているというのも不思議な話だが、この紅茨騎士団はアレシュが祖国復興を掲げ剣を手にした時、名前を借りうけ騎士団自体はアレシュが一から全て作り上げたものだ。
 今の世代はアレシュも含め、ラーダメンダル王国が滅んでから生まれた世代であり、かつての祖国を自分の目で見て来た者はいない。
 それでもアレシュの強い使命感と厳格な姿勢は、紅茨騎士団に鉄の規律を生み、強固な目的意識の元極めて優れた戦士を多数輩出するに至っている。
 アレシュのジルベリアに反旗を翻しているという立場からすれば、当然アレシュは隠密活動が主となるし、官憲の目から隠れ事を為すのはそれほど苦手としない。
 しかしアレシュはあくまで騎士であり、情報収集や情報操作や情報分析といった活動はやはりシノビに劣る。
 なのでアレシュは積極的にそういった人材を外から集めていた。外というのは、儀の外という意味だ。
 ジルベリア国内からだと、どうしてもジルベリア帝国からのスパイの疑いが常に付きまとう。帝国にはそうした事が得意な連中が多かった。
 だが、それが天儀より招いた者であれば、その疑いは大きく減らせよう。
 そして今アレシュは、新たに天儀より招いたシノビとの面通しの為、安宿の一室にてその相手を待っていた。
 とりたてて奇をてらうでなく、足音を隠すでなく、その女は部屋の中に入って来た。
「風魔だ。ダレンスの紹介で来た」
 風魔と名乗った女は懐より証文を取り出しアレシュへ渡すと、アレシュはこれに目を落としながら何気なく問う。
「斬ってもいいか?」
「やれるものならな」
 さして広くもない部屋で、アレシュは腰に下げた片手剣を抜き放ち斬り降ろす。その速度たるや、小さな羽虫すら両断しうるであろう。
 風魔と名乗った女は紙一重でかわそうとして失敗し、前髪をほんのかすかにだがもっていかれる。
 苦笑いの風魔。
「……止める気もなしか。恐れ入ったよ」
 試しならば剣を止めるものだろうが、アレシュは一切の躊躇無く剣を振り切っていた。
「これが一番手っ取り早いんでな。非礼は詫びよう、フーマよ。どうか我々に協力して欲しい」
 斬るつもりで切りかかっておいて手を貸せとは本当に恐れ入る、と風魔は思ったが、口に出したのは別の言葉だ。
「良かろう。だが、次はやり返すからそのつもりでいろ」
 今度はアレシュが苦笑する番であった。
「まいったな。ダレンスの奴め、随分と尊大なのを引っ張って来たものだ」
 そう言いながらアレシュの顔は笑っている。あくまで冗談の範疇での言葉であろうが、風魔は特に表情を変えずに答える。
「その分仕事をすれば、文句はあるまい」

 風魔弾正はギルドからの誘いを受け、正式にこの件に関わる事に決めた。
 そこで早速頼まれたのが、かの組織への潜入であった。
 ダレンスという人材派遣に携わる男がかの組織に関わりが深い事を突き止めたギルドは、彼が手配した天儀のシノビを拉致し弾正と入れ替える。
 ちなみに、ダレンスが弾正を見たら一発でバレる。そんな危険極まりないミッションだが、弾正は平然とこれを受ける。
 曰く。
「長期の任務にはならんというのなら、そちらの方がありがたい」
 だそうで。
 そして、速攻で情報を流して来た。
 弾正がアレシュの副官メトジェイより頼まれた仕事は、吹雪の女王奪回作戦である。
 六人の猛者と共に開拓者ギルド支局を襲撃し、吹雪の女王を奪取するという乱暴極まりない作戦であるが、充分な戦力と襲撃先の情報を共に揃えており、勝算はある作戦だ。
 ストーリーはこうだ。
 ギルドの警備の隙をぬっての襲撃を、その日ギルドに宿泊予定であった幾人かの開拓者が取るものもとりあえず迎撃する。
 駆け出し程度であれば一蹴出来る戦力で挑む紅茨騎士団側であったが、偶然その場に言わせたのは手練の開拓者達。
 必死の戦闘の末、紅茨騎士団側は弾正ともう一人を除き全員殺害され、弾正は仕方なく残る一人を引き連れ退却する。
 この戦いで襲撃を防ぐのはもちろんだが、風魔弾正の戦闘能力の高さを披露し、かつギルドとも平然と戦闘する相手だと思わせ、より信頼を得ようという話だ。
 なので、弾正はガチで攻撃してくる。
 これを凌ぎつつ、残る五人の内四人までを倒さなければならない。もちろんこの六人は六人共優れた戦士だ。


「みっざりーさん♪ みっぎてっとひっだりってどっちかな♪」
 リズムに合わせて頭を振りながら、両手は残像が残る程の速度で素早く動き、強くぐーを握る。
 これを見たミザリー、むむむ、と眉根を寄せながら左を指差す。
「こっち!」
「あー! また見破られたー!」
 次わたしー、とミザリーは詩の手から小さな石を受け取り、こちらもリズムに合わせて頭を振りだす。
「しーちゃんしーちゃん♪ みっぎてっとひっだりってどっちかな♪」
 詩に負けじとこちらもおっそろしく素早い手つきで石を左右の手に投げ渡しながら、ぐっと握って前へ突き出す。
「こっちです!」
「えー! また引き分けー!」
 詩は仕事の合間を縫って、ミザリーの所に遊びに来るようにしていた。
 ミザリーの極めて不安定な情緒は、かつて詩が救い出した仲間達が、治療を受けている様を連想させたのだろう。
 ミザリーの安定に当っていた医者が、詩との会話はミザリーにとってとても好ましい影響があると認めてくれたおかげで、詩はこうして顔を出す事が出来ている。
 実は詩は、詩なりにミザリーの精神の安定に繋がるような事を対話を通して行っていた。以前、極身近でそういった治療を目にする事があったのだ。
 見よう見真似でここまで効果があるのだから、詩も受けた天儀は陰殻犬神の里の洗脳治療ならば、ミザリーに劇的な効果があるのでは、と思えたが、あれは元々門外不出のもの。
 詩がその内の僅かなものをこうして駆使しているのも、本来は咎められるはずなのだ。
 門外不出の理由も、治療の為の十分な知識は、同時に洗脳の為の知識たりうる、というもので、門外不出になるのも当然であろう。
 どうしたものか、と考え込む詩。

 詩がミザリーの為に動いている事を、当然上司のディーは把握している。
「……与えられた仕事こなしながら自分で新たな仕事見つけて動くとかもうね、天儀の子供ってどーなってるんでしょうね、ホント」


■参加者一覧
フェルル=グライフ(ia4572
19歳・女・騎
叢雲・暁(ia5363
16歳・女・シ
狐火(ib0233
22歳・男・シ
グリムバルド(ib0608
18歳・男・騎
ネプ・ヴィンダールヴ(ib4918
15歳・男・騎
ジャン=バティスト(ic0356
34歳・男・巫
樊 瑞希(ic1369
23歳・女・陰
病葉 雅樂(ic1370
23歳・女・陰


■リプレイ本文

 屋内に雪崩れ込んで来る賊徒達。
 グリムバルド(ib0608)は、まずは彼等の進行を止めなければ、と廊下に出ようとして、隣で同じく待機中であったネプ・ヴィンダールヴ(ib4918)と共に部屋を出ようとした所で、足が止まる。
 すぐ隣で待ち構えて居たはずのネプは、すいよすいよすぴーとお休み中であった。
「おいっ」
 思わずつっこみと共に頭にちょっぷ一発。
「……はぅ……? なにか、さわがしー……」
「いや敵が来たんだって」
 寝ぼけ眼をこすっていたネプは、その一言で跳ね起きる。
「襲撃されてるです!?」
 と、グリムバルドを置いて部屋から飛び出すネプ。
 慌てて後を追うグリムバルド。敵の先頭が廊下をこちらに向けて駆けて来るのが見えた。
「はぅ! よく分からないけど、好きにはさせないのです! 覚悟するのですー!!!」
 ネプはそう言うが早いか両手剣ぶらさげこちらからも突貫開始。
 これに並ぶようにグリムバルドも盾をかざして廊下を塞ぐようにしながら突っ込む。
 重装備の騎士が二人、それほど広くもない廊下を並んで突っ込んで行くのだ、流石にこれをすり抜けるのには無理がある。
 敵集団はここに二名程を残し、別の通路へと進路を変える。
 二対二の激突。四人共が前衛職であったが、グリムバルドとネプの押し込む力の方がより勝ったようで、対するスィープ、バルドの二人はたたらを踏んで後退する。
 そこに、別通路を探すべく後退しかけていた一人、風魔弾正が声をかける。
「行きがけの駄賃だ、受け取れ」
 放たれたのは二筋の黒。
 それは如何なる妙技か、グリムバルドのかざした盾をすりぬけそのすぐ内側の鎧を痛打し、バルドが盾になって射線が通らぬはずのネプの腹部に鎧ごと貫き深々と突き刺さる。
 しかも、その威力たるや。
 後退させられたスィープとバルドの二人が体勢を立て直すに充分な時間を稼げる程、グリムバルドもネプも大きく崩されてしまう。
 スィープとバルドの会話が聞こえた。
「余計な真似を」
「そう言ってやるなよ、頼もしいじゃねえの」
 ネプは、どうやら上手くやれているようだと弾正の潜入っぷりに感心し、グリムバルドは、わかっていたとはいえ情け容赦のまるで感じられぬ弾正に、こりゃ苦労させられそうだと嘆息するのだった。

 賊の残る四人は別の階段から二階を目指すが、バーザックはクリードに断りを入れると窓から外へと飛び出す。
 瞬間背筋を走る悪寒。これを察しえぬ者は一流を名乗れない。
 バーザックは自らを狙う薄くか細い殺意を見抜き、彼が必殺の間合いに入る前に、逃げに動く。
 殺意と呼ぶには曖昧すぎる虚ろな意思は、真夏の影法師のように張り付いて離れない。
 影は、バーザックが気付いた時には、喉、鳩尾、右目に迫っていた。
 とても全ては回避はしきれず。生命のみを維持し片目を奪われたバーザックは、そこでようやく敵の姿を視認出来た。
 隠れ続けていた狐火(ib0233)を、バーザックが同時に放った苦無にて引きずり出したのだ。
 狐火は、シノビの動きが出来るこの男が、弾正の側を離れたのが少し意外であった。
『思った以上に、信用を得ているのかもしれませんね』
 バーザックの踏み込みに、狐火は思考を中断する。片手間にどうこう出来る相手ではない。
 一歩一歩後退しつつバーザックの剣の間合いから僅かに外れる事で回避を続けるが、流石に今は剣が本業だけあって鋭く重い。
 片目のハンデなぞ意にも介さぬ猛攻に、狐火は押され、押し込まれ、追い込まれていく。
 バーザックの剣閃は、狐火の何を持ってしても受ける事は出来ない。かわし、かわし損ねて傷を重ねる。
 狐火の剣はバーザックの皮鎧の隙間を狙わなければならず、その分で二人のダメージレースには差が生じる。
 だが、狐火は淡々と作業のようにこの戦闘を続行し、最後は、初撃に与えた大きな損傷分を守りきりバーザックを下した。
 倒れ伏す彼に、口には出さぬ賞賛を。狐火が彼に勝つには、この消耗戦以外に手が無い程の手練であったのだ。

 逆側の階段に至る前に、フェルル=グライフ(ia4572)と叢雲・暁(ia5363)が賊の前に立ちはだかる。
 通路の広さの関係上、前に二人が並ぶのが精一杯。もっとも開拓者側の残る三人、ジャン=バティスト(ic0356)、樊 瑞希(ic1369)、病葉 雅樂(ic1370)はばりっばりの後衛職なのでこの状況は狙ってそうしたものでもある。
 対して不本意ながら後衛職の位置に甘んじる事となったのが、謎の天儀シノビフーマである。
 がこの女、中距離からの攻撃、術牽制が洒落にならない程強力なのだ。
 フェルル、暁の二人が揃って影に足を掴まれ動きを封じられる。もちろん開拓者側の三人の後衛も惜しみなく術を用いるので、どちらが有利とは言い難いが。
 後は互いの前衛の削りあいになるのだが、壁役としては暁が最も割を食っている。シノビに不動の盾を任せる方が間違っていよう。
 なので暁は一つ、無茶な手を打つ事にした。
 床に強く刀を突き立て、この刀の対角線になるよう敵大将クリードに対する。
 クリード踏み込んで斬りかかるも、刀より前に足を踏み出しずらいのでその突きの伸びを読むのも容易であり、軽く仰け反るだけでかわす。
 二撃目は片足を刀より前に踏み出しての一閃。暁は刀を回り込むようにかわしながら、刀の柄を蹴りこれを強く蹴り倒す。
 刀は切っ先を軸に、床とクリードの足を挟むようにして倒れ、咄嗟に足を引くクリードと、これに合わせて踏み込む暁。
 刀は無い。無手の状況での踏み込みに、クリードはこすりつけるように剣を振るうが、これを暁はクリードが予備に差してあった短剣を盗み取って受け止める。
 踏み込んだのはこれを奪う為か。
 短剣の間合いで一つ、二つとこれを振るいながら、足先で先ほど蹴倒した刀を器用に拾い上げる。
 短剣の連撃を避けながら大きく下がり、クリードは剣の間合いを確保するが、暁は惜しみなくこの短刀を投擲する事で更に半歩下がらせる。
 そこに、刀を手にしつつ大きく横に回転しながらの強い剣撃を打ち込む。
 即座にクリードの剣が下段に払われる。飛ぶ暁。クリードの切り替えしが空中の暁を襲うが、暁が飛んだのは壁に向かってだ。これを蹴る事で更に上へと飛びかわし、逆にクリードに刀を見舞ってやる。
 このようにまともに剣で打ち合わぬよう、暁は更なる次の手を考え続ける。
 暁とは対照的に、フェルルは片手剣とペイルを手にし、コッテコテなまでの騎士剣術使用だ。
 片手剣を前に半身になり、剣先は相手の膝に向ける下段構え。
 盾は引き気味に持ち、立ち回りの主軸は前方に突き出した剣にて。
 これもまた暁とは対照的で、大きく派手な動きは見せない。
 剣先を揺らし、その切っ先にて威圧する事で相手の積極的な動きを封じるのだ。
 突破を期待される立場にあるアルスは、不利を承知で踏み込まざるをえない。これを、フェルルは剣のみでいなし弾きつつ、突き込まれた数と同数を即座に打ち返す。
 また剣気による威圧は、指揮を得意とするアルスから冷静な判断を奪わんとする試みでもある。
 フェルルはその全ての技を、アルスを精神的に圧迫する事に費やす。
 機能性より見せ技を重視し、盾を備えておきながら殊更これを軽視する。
 組し易しという構えの印象を、全身から放つ剣気にて裏切り、アルスの困惑を招く。
 そして、打つ。
 剣筋を全く読めぬ痛烈な一打を受けるとアルスは完全に、魔槍砲を叩き込むタイミングを逸してしまった。
 フェルルは見せ札を全て見せきると、大きな動きは控えめにし、小技と牽制でアルスに小傷を積み上げていく。
 時間はフェルルの味方だ。特に、風魔弾正が後衛についているなんていう好状況は、少しでも長く膠着していて欲しいものだ。
 しかしアルスもまたこれだけの作戦に加えられるだけの男。
 全てが手遅れになる前に最後の賭けに出る。
「出ろフーマ!」
 そう叫び、魔槍砲に魔力を充填していく。
 突然の声にも、弾正はぴたりのタイミングで飛び出し、魔槍砲から強烈な閃光が放たれる。
 咄嗟にフェルルは魔槍砲の槍先に立ちふさがり、盾をかざして後衛への被害を受け止めにかかる。
 これをやられたくないが故に、フェルルはアルスを惑わせるような手を打ち続けていたのだ。
 弾正の足ならば、魔槍砲ほどの援護を持ってすれば前衛突破も容易く行えよう。後は、後衛三人で止めるしかなくなる。
 これを今弾正がそうしたように、後衛を突破し更に奥に行く手段としてではなく、後衛を潰す為の手段として使われたら、かなり厳しい事になる所だった。
 魔槍砲の輝きも納まらぬ内に、既にフェルルの頭上を飛び越えていた弾正。
 輝きに紛れる形になったはずなのだが、まずは瑞希がこれを塞ぎに動く。
 シノビの俊敏さについていけるこの反応速度は、魔槍砲が放たれて即動き出さねば間に合わない。瑞希は、先の叫びで弾正がそう動くと読んでいた。
 手にした呪符が痺れを伴う光球へと変化する。
 後はこれを放つだけ。そこに企みがあったとて、今の弾正から加減を引き出す事は出来ない以上、瑞希も加減した一撃なぞ思いも寄らない。
 目一杯全力の敬意を込め、光球を解き放つと稲光は一直線に弾正を貫く。
 確実に命中し、充分な威力を発揮したと確信出来たが、その程度ではまるで動きを止めない弾正の姿に、嬉しさと悔しさ双方を感じてしまい複雑な気分の瑞希。
 ともあれ、実際の所悠長にそんな感想考えてる余裕は無い。
 弾正は容赦なく、立ちはだかった瑞希を斬りに来ているのだから。
 普通に動いても絶対避けられぬので、いっそ開き直って剣も見ずに大きく飛びのく瑞希。
 肩から腹部にかけての体前面に、火傷のような激痛が。
 真正面から切られたはずなのに、まるっきり剣が見えなかった。そんな信じられぬ技量を間近に見ると、やはりこの人は稀有な達人だと確信出来る。
 雅樂もまた弾正を止めるべく通路に立ちはだかった。
 手にした金蛟剪を刀のように閉じたままで大きく振り上げ、明らかに間合いの外から振り下ろす。当然、反応は無し。
 構わず突っ込んで来る弾正に、近寄らせぬよう金蛟剪を乱暴に振り回す。
 弾正はすり抜けたとしか思えぬような精妙な動きで雅樂の脇を抜ける。ついでに一刀をくらわせており、脇腹から鮮血が噴出す雅樂。
 しかし、切られていない方の手で雅樂が指を鳴らすと、既に通り抜けていた弾正の腿に深く切り傷が走り、雅樂同様鮮血が跳ねる。
 最後に立ちはだかるはジャンだ。
 錫杖を床に突き、静かに読経を行う。
 彼の周囲に集まった精霊力は、素養の無い者にすら違和感を覚えさせる程濃密に集まっており、また副次効果として起こる気温の変化や大気の流れなどもあからさまなほどに発生している。
 錫杖の先は白色に輝き、明度が上がる事で集積具合をジャンに報せてくれる。のだが、弾正の足の速さに、集積が追いついていない。
 無理に放つかどうか、そんな判断を強要されているはずのジャンは、表情一つ変えぬまま詠唱を続け集積を続ける。
 そこで、瑞希が動く。
 手にした銭剣を床に向け突き刺すと、先端が床に触れるや否や、駆ける弾正の足元から瘴気の束が溢れ出す。
 瑞希は更に深く深くへと銭剣を差込み、遂に銭剣は床の中に消えてしまう。これに呼応するかのように、吹き上がる瘴気は弾正の足元から腿の辺りまで伸び上がり包み込む。
 弾正は駆ける勢いそのままに振り切りにかかるが、この僅かな猶予の間にジャンは術を完成させる。
 常の巫女の術とは違う、荒々しく漲る精霊力は、一度ジャンの眼前に収束しきったかと思うと、空間から押し出されるように飛び出し、稲光にも負けぬ速度の砲弾は弾正の胸部を強打する。
 さしもの弾正も、術三連発はこたえたのか駆ける足が止まってしまう。
 が、そこで膝をついたのは弾正ではなくジャンだ。精霊砲と同時に弾正が放った苦無がジャンに突き刺さっていたせいだ。
 たかが苦無と言う無かれ。ジャン、瑞希、雅樂の三者には攻撃を受ける前にジャンによる加護の結界がかけられていたのだが、その上でこの結果なのだ。
 弾正の攻撃が如何に常軌を逸しているかが知れよう。
 痛撃から立ち直った弾正は最後のジャンの脇を抜けて更に奥へと向かうが、階段を上ろうとしてそこで足が止まる。
 階段は、白い壁にて封鎖されていたのだから。
 更に後を追って走って来ていた雅樂は、術を唱えて壁を二重にしてしまう。
 弾正の攻撃力ならば崩せぬ事も無いが、当然時間はかかってしまうだろうし、その間開拓者達の攻撃を凌がなければならない。
 ここで本来の弾正なら自分で即断を下す所なのだが、弾正は目線のみで後方のクリードに問う。
 クリードは、行け、と命じる。その頃には、一時別れていたスティーブとバルドもクリード達の所に合流しようとしていた。
 こうなってしまうともうジリ貧である。弾正が壁を崩しきる前に、襲撃者達は一人、また一人と倒れていく。開拓者側はジャンの閃癒と加護結界によりただの一人も人的損害を出していないというのに。
 そして遂に、クリードが叫んだ。
「引くぞ!」
 弾正はこの声に応え身を翻したのだが、それは窓の外に飛び出すといった形ではなく、再び開拓者達の方へと突っ込む形であった。
 弾正を抑えるべくそちらに向かっていたネプは、急な動きに驚き慌てつつも剣を振るう。
「はぅ!? 不意打ちは、ひきょーなのです! けど、そんなの、無駄なのです! きかないので……」
 空中で半回転しつつ大剣の軌道から外れ、同時に刀を飛ばし鎧を上から強打する弾正。
「痛いのですー!? しかもっ! はやっ! い! 当たれなのですーっ!!!」
 強打で動きを止め、するりと抜けて襲撃者に合流する弾正。
 既に残りは三人。グリードとバルドと弾正のみであった。
「行け」
 それだけ言い、グリードは通路に立ちはだかる。バルドはほんの一瞬だけ足を止めてしまうが、俯きながら踵を返す。
「逃がすか!」
 グリムバルドは全身にオーラをまとい、既に虫の息のグリードを弾き飛ばしながら廊下を突貫。弾正の背後まで迫る。
 弾正は舌打ちしながらオーラの槌と化したグリムバルドの真下に入り込むと、下から全身を用いて横方向に押し出しにかかる。
 壁をこするように滑るグリムバルド。バルドへの狙いはそれ、またすぐに起き上がり走る弾正に誰も追いつけず。
 乗り込んで来た時の馬に乗ると、二人は逃げ出していくのだった。