大地の姫
マスター名:
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/08/12 17:04



■オープニング本文

 バーミリオンという名の騎士は、今回の任務に強い不満があった。
 彼の上司、英雄アレシュの直接の頼みだからこそ請け負ったのであって、本来このような作戦は彼の本意ではないのだ。
 とはいえ、受けたからには完璧にこなす。
 橋を落とし、唯一残った街道を封鎖し、町を一つ陸の孤島に仕立て上げる。
 その町で行われるのは『大地の姫』モールドの実戦テストである。
 バーミリオンは特に、情けの深い人間であった。
 如何なジルベリアの民とはいえ、兵士でもない彼等を無差別に殺して回るこの作戦は、彼の騎士としてのあり方にそぐわないものであるのだ。
「匹夫の勇を幾ら重ねたとて武人は育たぬ。マクシム様には何故それがわからぬか……」
 モールドを放つ前に、バーミリオンは彼女と会話を交わす機会があった。

「体調はどうだ? 必要なものがあるのなら、出来る限り配慮するが」
「はぁ? 何私にタメ口効いてんのよアンタ。沈めるわよ?」
「……特に無いのならいい」
「ふん、アレシュの所のはみんな一緒よね。えらっそうな顔しちゃってさ、どーせ私の足元にも及ばない虫けらの分際で」
 無論バーミリオンは、こんな子供騙しのような挑発に乗る程浅慮な男ではなく、むしろ、哀れむ感情しか湧いて来ない。
 彼女の前を辞しながら彼は笑顔で言った。
「今日の晩飯は鴨だそうだ。フレッドの鴨料理は絶品だからな、楽しみにしているといい」
 モールドは一瞬ぱぁっと顔が明るくなりかけて、慌ててそっぽを向くのだった。


 モールドは敵を殺すのに、一切の罪悪感を覚えない。
 まだ二十歳にも満たない彼女は、その町に入るなり自らの力を解放する。何処ぞの吹雪女と違って、モールドは完璧に自分の力を制御しうる。
 町全体を強烈な震動が襲い、これだけで建物の半分以上が倒壊する。
 町の人間が襲撃を受けたと理解し、襲撃者がモールドであると認識するまでに町の人間の三分の一が失われる。
 残り三分の二も時間の問題であると思われたが、偶々、そう本当に偶々、その場に居合わせた一人の女のせいで、モールド達の計算が全て狂う。
「……以前の私なら手を出すような愚かな真似はせんのだが、運が悪かったな」
 町の人間は誰も、その珍しい格好をした女が何者なのか、そもそも何時町に来たのかも覚えていない。
 その女、風魔弾正は隠行を止め、堂々とモールドの前に姿を現した。
「お前が何者かは知らんが、私は修行の旅の最中でな。殺しても構わない強者を、みすみす見逃してやるつもりなぞ無い」
 モールドは偉そうな態度を取られるのを好まない。なので、このクソ生意気な女は存分に嬲って殺してやるつもりで、術を放った。

 バーミリオンはその報告を受けると、部下達を引き連れ町へと急ぐ。
 そして、信じられぬ光景を目の当たりにする。
 あの、人外の中の人外、禁呪によって作り出された人造怪物モールドを、サシで追い詰める者が居ようとは。
 部下達皆が硬直する中、バーミリオンだけが動けた。
 放たれた短刀を、モールドの前に駆け寄りながら剣にて弾き飛ばす。
 その女は、バーミリオン達が援軍に来た事にも、僅かに眉を潜めるのみである。
 バーミリオンはモールドの前に庇うように立ちながら怒鳴る。
「おい! あれが何者かは後でいい! お前と我等五人とで奴を倒せるか!?」
 背後からモールドの喚く声が聞こえる。
「わかんないわよ! 何よ! 何なのアイツ! 何やっても全然当たらない! アレ本当に生きた人間!? 幻とか影とかじゃないの!? ねえバーミリオン貴方にもアレ見えてる!?」
「もちろん見えている。自動命中、もしくは範囲攻撃術で消し飛ばせないのか?」
「やってるわよ! でもアイツいきなり目の前から消えるのよ! 見えない相手に術なんて当たる訳ないじゃない!」
 モールドが全身に負っている損傷は、禁呪により極めて頑強になっているモールドをもってすら、座視出来ぬ怪我となっている。
 相手は、無傷ではないようだが、バーミリオン達で前衛をこなしつつモールドの攻撃術でケリをつけられる程度なのか、判断がつかない。
 ならば、とバーミリオンは決断する。
「お前達、我等が逃げる時間を稼げ」
 四人の部下は、短く了承の意を伝えると、バーミリオンとモールドの更に前に立ちふさがり壁となる。
 バーミリオンは驚いているモールドの手を引き、町から逃げ出す。
 バーミリオンは一度も振り返らなかったが、モールドは町を出るまでに三度、未練がましく後ろの騎士達を振り返って彼等の戦いを見ようとしていた。


 山中にて、バーミリオンは火を起こさず水で、乾燥し硬くなっている保存食をほぐしてモールドに渡す。
 想像を絶するまずさのコレにも、モールドは一言も文句を言わず。代わりに、バーミリオンに問うた。
「あ、あの、さ。あの騎士達、みんな、大丈夫、だよね? アンタもそうだけど、ほら、凄い鍛えてるしさ、きっと……」
 バーミリオンは微笑を浮かべながら、きっと大丈夫だから心配するな、と言ってやる。
 モールドはその一言で、俯き言葉を失ってしまう。
 あの四人はバーミリオンを心底から慕っていたし、バーミリオンもまた彼等を本当の弟達のように大切にしていた。それをモールドは任務中ずっと見てきたのだ。
 モールドの両肩が震えだす。少しすると、しゃくりあげる声も聞こえてきて、その中で、消え入るように一言。
「……ごめん、なさい……私のせいで……」
 バーミリオンはやはり穏やかな口調で、お前のせいじゃない、と言ってやる。
 他人の、それも敵の命を奪う事にはまるで抵抗が無いモールドであっても、味方が自分の為に命を投げ出してくれるのを目の当たりにして、冷静ではいられないようで。
 殺されるかもしれない、そう思った相手との戦いに割って入ってくれたバーミリオンに対しても、最早モールドは絶対の味方とみなしている。
 きっとコイツは自分を裏切らない。そう信じられる相手ならば、感情を素直に表現する事にも抵抗は無いのだ。

「さて、見つけはしたが、どうしたものか……」
 そんな二人の様子を、離れた場所から見張っているのは、風魔弾正である。
 あの後四人の騎士を屠った弾正であったが、モールドに続く連戦は流石にきつかったようで、あの明らかに手強いだろう騎士を加えた二人を相手出来るかというと難しいと考える。
 と、そこで更に後方から来る集団に気付いた弾正は鼻を鳴らす。
「遅いぞ、開拓者ども」
 弾正は二人の追跡に入る前に、町の人間を使って開拓者ギルドに現状を伝えておいたのだ。


■参加者一覧
フェルル=グライフ(ia4572
19歳・女・騎
叢雲・暁(ia5363
16歳・女・シ
狐火(ib0233
22歳・男・シ
グリムバルド(ib0608
18歳・男・騎
ネプ・ヴィンダールヴ(ib4918
15歳・男・騎
笹倉 靖(ib6125
23歳・男・巫
ジャン=バティスト(ic0356
34歳・男・巫
病葉 雅樂(ic1370
23歳・女・陰


■リプレイ本文


 モールドとバーミリオンの二人を分断させる事は、それほど難しくはなかった。
 人数差とはそういうものであり、またバーミリオンもモールドを守る事を考えつつも、彼女の力を認めてもいるので、任せる部分もあったのだろう。
 実際、モールドと直接刃を交える叢雲・暁(ia5363)と狐火(ib0233)、そして後衛の位置で援護を担う笹倉 靖(ib6125)と病葉 雅樂(ic1370)の四人は、彼女の信頼に足る力というものを存分に味わう事になる。
 モールドが睨み付けると、狐火の足元の大地が破裂し、飛び散る石礫が狐火を強かに打ちつける。
 この間に、モールドの死角方向に回りこんでいた暁が駆ける。
 完全に殺った、そんなタイミングでの踏み込みは、モールドが背後に作り出した土の壁に遮られる。
 更に、この土の壁が暁の頭上を覆うように伸び上がり、その内に取り込まんとする。慌てて後退。
 狐火は投擲を試みてみるも、これもモールドの眼前に生じた土壁に阻まれる。その土壁の生成速度が尋常ではない。
 また、その後も暁と狐火の連携による接近が試みられたが、これらが悉く先読みされ、封じられる。
 観戦中の風魔弾正が、思わずあちゃーと目を覆い、暁もまたその理由に気付き弾正を睨み、狐火はわざとらしく弾正に見える角度で嘆息してやる。
 モールドはジルベリアでは珍しい超熟練シノビと直前にやりあっているのだ。有効な対処法もまた、学んでしまっていたのだろう。
「ならばこの大天才の出番というわけか」
 雅樂より軽快な音と共に斬の意を込めた衝撃波が走る。
 衝撃はモールドを直撃し、左足と胴を縦に切り裂く。が、モールドはわずらわしそうに手を振るうのみ。
 雅樂の眼前の大地が盛り上がり、人の身長と同じ幅の巨大な拳となって襲い掛かる。
 大地に押し付けるように叩きつけてきた拳に対し、雅樂は後退する事で潰すのは回避しえたが、殴り飛ばす行為全てをかわすのは無理だ。
 命中の瞬間、光が弾けるように見えたのは、靖が事前に仕込んでおいた加護結界が効果を発揮した証拠だ。
 それでも雅樂は大地を転がり倒れ、すぐに立ち上がる事が出来ぬ程の衝撃を受ける。
 急ぎ次の加護結界を施す靖であったが、暁や狐火に放った術と違うのは恐らくこれは回避が可能な分威力が高い術なのだろうと察する。
 術者とはいえ、雅樂がただの一撃で前後不覚になるというのは、並大抵のものではなかろう。
 モールドは少し呼吸を乱しながら各人の位置を確認し、片手をゆっくりと大地の上に添える。
 反応は劇的であった。
 大地全体が大きく弾ける。回避? ありえない。眼下の地面が全て直上に向け炸裂したのだから。
 それも、それまでのような一定箇所ではなく、暁、狐火、靖、雅樂の四人がまとめて範囲に納まるような広大な広さで、バーミリオンと戦っている他の者達が驚き思わずこちらを確認する程の衝撃と轟音である。
 靖は焦る。加護の結界は今ので全員分一気に吹き飛んだが、かけなおすより閃癒が先だ。しかしこれが連発できたなら、治療は絶対に間に合わない。
「援護します!」
 バーミリオン側の支援に回っていたフェルル=グライフ(ia4572)が、こちらに向かって来てくれた。
 加護結界のかけなおしを担当してくれるようで、靖はありがたく治癒に専念する。
 そして靖の懸念通り、モールドはこの超広範囲攻撃術を再度放って来た。いや、全部で三連発。もし駆け出しばかりでこの依頼を受けていたら、これだけで全滅していよう。
 雅樂は全身に打ち身きり傷を作りながらも、額より滴る血を拭いながら金蛟剪を回す。
「まだこっちの方があのデカイ拳よりマシだな。それにしても……」
 金蛟剪は雅樂の手を離れながらも、空中で綺麗な円を描き回転し続ける。
「私より派手な技使って目立つんじゃない!!」
 続けざまに指を鳴らすと、回転する金蛟剪から稲光のような衝撃が、指を鳴らす都度空中を走る。
 一発では眉一つ動かさなかったモールドも、二発打ち込まれればそれなりに反応ぐらいはする。
 と同時に、暁と狐火が弾かれたように走り出す。
 先行は暁。再び眼前にそびえ立つ土壁。
「NINJAに同じ技が通じるか!」
 モールドからは暁の姿は土壁のせいで見えない。しかし、大地を蹴り、土壁を蹴ってその上へと飛び上がった音は聞こえた。
 その身の軽さに驚きながらも、それも経験済みだったのか土壁の上を見上げ迎撃準備。
 来ない。来ない。来ない?
 そう、飛び上がると見せたのは詐術であり、背後に回りこんだ暁の刀がモールドの首後ろ、うなじへと叩き込まれる。
 お前皮膚まで岩かよ、と言いたくなるような硬度だ。
 それでも痛撃ではあるようで、よろめくモールド。
 その眼前に、それまで気配すら感じ取れなかった狐火が姿を現す。
 こちらは詐術ではなく圧倒的なまでの、時間すらふっ飛ばす程の加速の成果であるが。
 見るからに毒を添えている武具が、ゆっくりとモールドに迫る。
 悲鳴をあげながら、必死に身をよじりかわす。
 その恐怖はかわした上でもモールドを侵食するが、訓練か、はたまたそれ以外の要因か、モールドはそれらをふりきって二人を迎撃する。
 実際、近接格闘もモールドはこなすので、それだけで決定打とはなりえない。
 そのあまりに不可思議理不尽にすぎる術に、フェルルは識別の術を用いる。
 すると、モールド自身に、強力無比な術がかけられている事がわかる。
 特に数種類の身体強化術は、最早呪いの域であろう。解呪なぞ考えもしなかったのだろう不可逆な術だ。
 それはまた陰陽術に近いもので、体内に内包された瘴気は下手な中級アヤカシをすら凌ごう。
 瘴気で人としての力を徹底的に底上げした上で魔術を行使している。それが、フェルルの見た大地の姫の正体である。
「なんて事を……」
 ただここまでの呪いを身に受ければ、例え熟練の陰陽師であろうと三日ともたず全身が腐り落ちる。
 それを、こうまで維持している技術はフェルルには見当もつかなかった。
 近接に対抗出来るモールドであったが、二人の接近を許した段階で、形勢は不利に傾いていた。
 それは時間と共に大きくなっていき、モールドが術の使用を節約する様子が見えて来た所で、開拓者達は交渉に動く。
 狐火はそれまで追った怪我を感じさせぬ淡々とした口調で、武装解除と投降を促すが、当然、モールドは一顧だにせず。
 そうですか、との後、やはり淡々と狐火は続けた。
「貴女が決断しなければ彼が喪われます」
 びくりとモールドの全身が震える。
 暁は彼女の動揺を見て取り、すぐに畳み掛ける。
 既にギルドで確保している氷の女王の待遇や、協力者には支援を惜しまぬこちらの体制やらを説明してやる。
 靖は、モールドのしでかした事を、その非道さを、許す気になれない。
 それでも彼女が投降してくれればギルドが助かる事も理解しているので、自らの表情がモールドに見えぬよう彼女の視界から外れた場所で警戒する。
 戦闘の形勢ははっきりしており、モールドは狐火と暁の言葉に耳を傾けていた。


 バーミリオンの戦闘スタイルは開戦してすぐ理解出来た。
 グリムバルド(ib0608)とネプ・ヴィンダールヴ(ib4918)の二人が向かって来るのを見て、片手に握った槍を眼前に立て全身にオーラを漲らせる。
 これを切らさぬまま、後は地力で押し切りにかかるのだ。
 半身を覆える程の大盾を片手に、雄々しき剛槍を片腕で柳の枝のように軽々と振り回すバーミリオン。
 この槍がどれほどのものか。
 ネプは真正面から挑む。
 こちらも負けず劣らずの重装甲だが、バーミリオンの槍、いやさその全身の挙動を見て、ネプは大剣を受けに回す。
 弾かんと払った大剣が空を切り、その槍がネプを鎧ごと痛打する。
 まず呼吸が止まり、次に腹の下に奇妙な感覚のある浮遊感、そして、落着。着地時、足が言う事を聞いてくれず、大きく転倒してしまう。
 グリムバルドは、あの槍はまずいと逆側である盾側から回り込んでの槍撃。
 これを盾にて防ぐバーミリオンは、即座に槍を引く。
 グリムバルド、槍の持ち手を槍の穂先付近まで浅くし、間合いを詰める。これならばバーミリオンの槍は使えない。
 が、バーミリオンは盾を力強く押し出す。グリムバルドも力勝負に持ち込む為両足を踏ん張るが、ただの一撃で吹き飛ばされる。
 大きく崩れたグリムバルドは、そのままバーミリオンの槍に突かれ、勢い良く転がっていく。
 二人共、フェルルの加護結界が残っていた為、いきなり危険域というわけではない。
 それでも、この男との近接戦闘には常に死の線がまとわりついてくるだろう。
 ならばジャン=バティスト(ic0356)がすべきは、死の筋が、走る速度を落とす事。
 手にした錫杖を榊に見立て、両手を揃えて捧げ持つ。
 風に葉が揺れる様は、錫の先がしゃらんと鳴る事で表わす。
 厳かに捧げ持ち、敬意と友愛を込めて、ゆっくりと天に翳す。
 あまりの挙動の遅さから、舞であるとは認識されまい。しかし、それは長い長い拍子を持った、厳粛なる舞の一節なのだ。
 世界の歩みよ、そうあれ、とこの世全てに命じると、ジャンの周囲のみならずその前方空間全てが、汚泥の中に投げ込まれたような重苦しい気配を背負う。
 それはバーミリオンも例外ではなく、速めにジャンを処理しなければとこちらを睨むも、前衛二人が恐れず突っ込んで来るので、二人を処理するまで動けそうにない。
 そして初っ端から全開で飛ばすグリムバルドだ。
 大技は相手を崩してから、なんてセオリー全無視で弾き飛ばされるなり立ち上がり、開いた距離を幸いと槍を大きく引き腰を落とす。
 予備動作は見え見えで、踏み出すタイミングすら読める構え。
 道場でやったら師範ブチギレ間違いなしの、紛う事無き戦場の構えだ。
 早く、強い一撃は、受けるも避けるも難しい。ワンミスで全てが決する、そんな牽制でも崩しでもない必殺の一撃を、凌ぐ事がどれほどの消耗を強いるか。
 オーラの閃光となって飛び込むグリムバルドを、盾で流すバーミリオン。完璧に、受け、流しきった。
 反対側に流れていったグリムバルドは、そのまま後方に抜けていき、そこで振り返り、再びオーラをまとって笑みを見せる。
「最後まで……かわしてみせろよ! さもなきゃ百舌の早贄だぜ!」
 休む間も与えずグリムバルドの猛攻は続く。
 これを援護すべく、ネプは手にした大剣を、斬るでもなく突くでもなく、ただまっすぐに差し出した。
 殺気もなく、殺意もない、気迫も篭らぬ、文字通り差し出した大剣の剣先が、コツンとバーミリオンに当る。
 そのあまりに意味不明な行動に、バーミリオンが一瞬判断に迷う。そこに、グリムバルドが突っ込んで行く。
 必死に防ぎ、受け流すバーミリオン。体勢がぐらりと揺れた所でネプが踏み込み、バーミリオンは崩れた重心を無理に立て直す。間に合うかは微妙な所。
 しかしまたネプは、剣を途中でぴたりと止め、盾の上を軽くコツンと叩く。
 ネプは手で招きながら口に出して言ってやる。
「相手は僕達ですから、本気出していいのです」
 つまり、先ほどからのアレは所謂舐めプであったと、言っているわけだ。
 これが、開戦当初はまるで動じぬように見えたバーミリオンが、崩れ始めるきっかけとなった。

 グリムバルドの突進槍が、バーミリオンの盾をぶちぬき胴を刺し貫く。
 そこで通常なら勝負ありなのだが、バーミリオンはまるで動きを止めずグリムバルドを殴り飛ばし、追撃に来たネプを蹴り飛ばす。
 そして後の事なぞ欠片も考えずありったけを振り絞り、オーラをまとったバーミリオンの突貫槍が放たれる。
 狙いは、開戦当初から明らかに動きが鈍い、一撃で倒されかねぬ、フェルル=グライフであった。
 咄嗟にグリムバルドとネプの二人がかりで抑えにかかるが、その天をも貫くであろう威力に重装甲の騎士が二人弾かれる。
 弱所を守るは巫女の役目、とジャンはフェルル狙いを警戒はしていた。しかし、敵の動きが速すぎ、術攻撃は間に合わない。
 ジャンに出来たのは、我が身を投げ出しバーミリオンの突進進路を逸らす事のみだ。
 当然、たやすく弾き飛ばされ大地を転がるが、ジャンが大声でフェルルに警戒を促した事も相まって、走って回避を行うフェルルをバーミリオンは追いきれず。
 一同、思わず安堵の吐息を。
 しかしそれは、バーミリオンが最後に仕掛けたトラップ。
 バーミリオンは、彼女を見てほんの一瞬だけ躊躇したが、騎士として任された任務を放棄する事は無かった。
 突進技にて騎士二人を振り切って、バーミリオンが狙うは今にも堕ちようとしていたモールド、であった。
 術は全て詠唱の暇なぞない。そしてバーミリオンの力技を止めるには、シノビ二人では荷が重すぎた。
 モールドに突き刺さる槍。モールドはこれを信じられぬといった顔で見下ろし、バーミリオンの表情を見た後、彼の顔に、赤黒い唾を吐きかけ、事切れた。
 誰よりも先に動いたのは、靖であった。
 巫女である彼が力任せに素手でバーミリオンを殴り倒したのだ。
 表情が見えぬよう俯き加減に、靖はバーミリオンに問う。
「……騎士の仕事は、守る事じゃないのか?」
 バーミリオンは、少し驚いた顔をした後、穏やかな、何処か救われたような表情で、突撃前に口にした毒物の効果でその場に倒れる。
 この哀れな少女の為に、怒ってくれる人が居た事が嬉しかったなんてものが、彼が最後に僅かに救われた理由であった。


 最悪の後味の中、風魔弾正は特に気にした風もなく皆を労う。実際、シノビの大将やってた弾正にとっては珍しい話でもないのだろう。
 雅樂はここがアピールタイムだと得意気に語りを始める。
 曰く、大地の姫なる特異な存在に関する考察、である。
 陰陽師の目から見ても、大地の姫が身体に内包する瘴気の量は異常であり、これがあの人間離れした身体能力や霊力に繋がっているのだろうと。
 恐らく、かなり強力な永続効果のある強化の術がかかっている。
 どう思う? と問われたフェルルは、あっはい、的に無難に応えつつ、改めて術で確認してみますねー、あっ、確かにおっしゃる通りきょうかのじゅつがかかってますねーと、お返事。実に空気の読める娘である。
 どんなもんだいふふふん顔してる雅樂に、幾つか注意点をそれとなく捕捉する気配り名人なフェルルさん。
 ネプが何やら弾正に言いたそうに寄ってくるが、弾正はこれをひょいっと持ち上げジャンの前まで持っていく。
「いいからまずは治療しろ」
「えー、それより色々と苦労したお話をですね……」
 弾正はジャンと顔を見合わせ、肩をすくめてみせる。
「つくづくお前らは、確か……そうだ、こちらの言葉で、ふりーだむ、と言う奴だ、まったく」