烈火の王子
マスター名:
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/07/20 03:22



■オープニング本文

 開拓者ギルドに一人の女性が保護された。
 発見当初は髪も衣服も清潔さとは程遠い環境にあったせいでか、さほど目立つ容貌にも見えなかったのだが、ギルドで小奇麗に身だしなみを整えると、二十歳前後のうら若き美女であるとわかる。
 彼女は特異な体質の持ち主で、彼女の体に巻いてある鎖、これをほどくと自らの魔術を制御する事が出来なくなり、周辺一体に吹雪の魔術が吹き荒れるようになるのだ。
 彼女を保護した開拓者と女性ギルド係員により、この鎖は彼女の衣服の意匠に合わせるようコーディネートされ、彼女がそれを望むかどうかはさておき、少なくとも見た目的には何処に出してもさほど違和感の無い形に収まった。
 その後、開拓者ギルドで交渉を担当する者が彼女から事情を聞き出すのに、丸一週間かかった。
 通常は大人しくしているのだが、時折思い出したように暴れだす彼女を宥め、慰め、落ち着かせを繰り返した交渉担当官は、この一週間だけで見た目でわかる程に痩せたとか。
 彼女、ミザリーの情報のおかげで、彼等が組織立って行動している事がわかったのと、そのアジトと思しきものを一つだけ発見する事が出来た。

 ミザリーは与えられた部屋のベッドに腰掛け、まんじりともせぬまま壁面を見つめ続ける。
 もうずっと長い間見続けて来た壁とはまるで違う、はっきりとした白。
 ミザリーは珍しく、物を考えていた。
 先程ギルド係員に聞かれた話。教えたアジトには、何度か連れて行かれた事がある。
 その度、ヒドイ事をされた。あの、アツイ奴に。
 顔を思い出すと、当時の憎悪が蘇ってくる。
 ああ、何故、アレをまだ生かしておいているのだろうと自問する。
 殺さなければ殺されるというのに、どうしてアレをまだ殺していないのだろう。
 この場所では決して聞こえる事のないはずの声、あの呪われた部屋でのみ聞こえるはずの声が、ミザリーの脳を刺激する。
 声、いや、それは意思だ。
 冷気がそうであるように肌から沁み渡ってくるような感覚ではなく、体の奥底に直接響いて内側より侵食してくる感じ。
 どんなに疲れていようと、何処何処までも諦めていようと、この声を聞けばミザリーの意思は蘇る。
 湧き上がる憎悪と憤怒はそれ以外の感情全てを塗り潰し、疲労も痛みも羞恥も苦悩も、全てが失われミザリーは解放される。
 後は、この激情の赴くままに、烈火の王子と呼ばれたペインと言う名の男を、殺してくるだけだ。
 本来は、この声は聞こえるはずがない。
 それがミザリーには聞こえたというのは、それまでずっとあり続けたものが失われた事を、彼女の脳が不都合が発生したと受け取り、記憶の中にあるソレ等を発生させる事でミザリーの精神安定を図った、という事である。
 脳に限らず、肌が、心が、体の全ての部位が、呪いの言葉が無い状況を不自然だと判断した。そんな日常を彼女は送っていたという事だろう。

 ギルド係員詩は、屋内の温度が下がった事を誰よりも早く察知する。
 側で書類仕事をしていた副官に、屋内全ての者の避難と二階には決して上がらぬよう伝える事を頼むと、自身は異常の発生元と思しき場所へ走る。
 詩は十歳前後にしか見えぬ見た目通りの年齢であるが、潜った修羅場は並の開拓者を凌駕する。その戦闘勘が、強く危険を告げていた。
 ミザリーが保護されている二階の部屋の扉の前まで辿り着いた時、既にミザリーの術は発動しはじめていたようで、扉の隙間が白い霜で覆われていた。
 階下より人が慌しく動き出す音が聞こえてくる。
 冷気はどんどん強まっていく一方。詩は覚悟を決めて扉を開いた。
 瞬間、室内から噴出してくる吹雪に飛ばされそうになるも、ドアを掴んだまま堪え、雪が顔を叩くのも構わずまっすぐ前を見据える。
 殺意に満ちた氷の槍が詩を襲う。
 詩は下がらず、逆に槍をまともにもらいながら前へと進み出て、後ろ手に扉を閉める。
 彼女、ミザリーは憎憎しげに詩を見つめた後、更に強力な吹雪の術を用いる。
 その一撃で、部屋の壁が、屋根が、吹き飛んだ。
 詩はそれほどの威力の術をもらいながら走る。床に落ちた鎖を見つけこれを拾う為に。
 吹雪の術で鎖が何処かへ吹き飛ぶ前に、どうにかこれを回収した詩はミザリーが、吹っ飛んだ壁の先、遠く遠くを見つめているのに気付く。
 止める暇もあらばこそ。
 ミザリーは二階の部屋から飛び降りる。これを、背後下方から吹き上げる吹雪が持ち上げ、何とミザリーは単独で空を飛んだではないか。
 空高くに舞い上がっていくミザリー。呆気に取られた顔で見上げていた詩は、はたと自らを取り戻すと彼女と同じく二階から飛び降り厩舎へと向かう。
 龍は居ない。なら馬だとこれに飛び乗り、ミザリーを見上げながらの追跡に入る。
 途中、すれ違った副官に詩は叫んだ。
「私は追います! 後お願いしますっ!」
 副官は、この無謀とも取れる小さな上官の行動を、全力でフォローすべく動き始めた。

 開拓者ギルドよりの依頼で、開拓者達はミザリーや他捕虜の証言によりわかった敵集団のアジトの一つを攻撃する。
 ブライアンという捕虜曰く、そこには烈火の王子と呼ばれる男が居るようで、彼もまた吹雪の女王ミザリーと同じく被験体であるそうな。
 ただこちらは既に実験自体は完了しており、烈火の王子ことペインはミザリーのように拘束されてはいないらしい。
 仲間内ではペインは試練を乗り越えた男、として厚遇を受けており、彼のわがままに応える為の予算もあるそうな。
 山の中深くに建てられたいわくありげな山荘。ここにペイン達は住んでおり、ペインの要望に応える為の食事や女性や娯楽を運びこむ仕事をかつてブライアンはやった事があるという。

 完全に墨と化した女性を前に、墜ちた騎士ダリミルは天を仰ぐ。
「ペイン! お前もうやっちまったのかよ!」
 ペインと呼ばれた男は、口を尖らせ反論する。
「だってさダリ兄。コイツ、俺に命令しやがんだぜ。優しくしろだ? まったく何様だってんだよボケが」
 嘆息するダリミル。
「何だよ、あれほどペインの前じゃ口開くなって言ったのに、このクソ女頭悪ぃなおい」
 憎憎しげに墨の塊を蹴り飛ばすダリミル。
 ペインは、身内以外の人間から指図される事を何より嫌う。それは食卓の塩を取ってくれ、程度の言葉ですら許容出来ぬ程厳格なペインの規範なのである。
 明らかに精神のバランスを失っているペインであるが、試練を潜り抜けた結果得た力は圧倒的で、ペインの飼い主が彼の機嫌取りに金をかけるに充分な程のものだ。
「そうだ、吹雪の女王いるだろ。アイツ国にさらわれたってよ」
「はあ? おいそりゃ国の騎士にでも負けたって事か? 雑魚すぎんなおい。やっぱ失敗作じゃ話にならねえ、俺みたいな完全な成功例でないと生きる価値ねえわ」


■参加者一覧
羅喉丸(ia0347
22歳・男・泰
八十神 蔵人(ia1422
24歳・男・サ
フェルル=グライフ(ia4572
19歳・女・騎
叢雲・暁(ia5363
16歳・女・シ
狐火(ib0233
22歳・男・シ
グリムバルド(ib0608
18歳・男・騎
アルバルク(ib6635
38歳・男・砂
星芒(ib9755
17歳・女・武


■リプレイ本文


 狐火(ib0233)は山荘の屋根裏でじっと耳を澄ませる。
 雑多な生活音の中から、人の会話のみを引き出すのは少々骨が折れるが、このあたりは集中力の問題だ。精神を研ぎ澄まし響く音に意識を寄せる。
 これといって重要な会話は無いが、邸内における地位の差はわかる。この中ではダリミルという男が最も高位にあるようで、彼の居室と執務室を探し調べる。
 不意に邸内が騒がしくなったのは、外の者が火をかけたせいだろう。
 狐火は手早く調査を済ませる事にした。

 羅喉丸(ia0347)は山荘へと至る道を丹念に調べる。
 その慎重さは山荘周辺で忍び、火をかける準備をする時も維持される。
 山荘の住人は襲撃を想定していないのか、完全に無防備である。いや、敢えて言うのであれば山荘の裏から抜ける道が一本あり、何かあったら即逃走するつもりであるのか。
 その逃走路方面を塞ぐ形で、ギルドから調達した『今日から君も放火マスターセット』に火をつける。
 狐火の希望で悪臭漂う部材も一緒に火をつけたので、羅喉丸は口元と鼻を押さえながらこの場を走り去る。

 燃え盛る火の手に追い出されるように、というにはあまりに余裕の態度で正面入り口より姿を現すペインと三人の騎士。
 ペインはけたけたと笑いながら正面に展開している開拓者達に、言った。
「おいお前等! よりにもよって俺サマに火攻めたぁ間抜けがすぎるぜ!」
 ペインが大きく手を一振りすると、それだけで山荘の背後側から上がっていた火の手が消えてなくなり、黒い煙が上がるのみとなる。
「ったくよお、気付くの遅れたせいでもうこの山荘つっかえねーじゃねえか。何か変な臭いもしやがるしよぉ、最悪だよ最悪」
 っつーことで、と繋いだ所で、開拓者達はペインの殺意に気付き、動く。
「てめーら全員消し炭にしてやらあ!」

 ペインの作り出した炎壁を突き破り開拓者達が彼等に殺到するが、八十神 蔵人(ia1422)は立ちはだかる三人の騎士の中で一人、明らかに重心の位置が違う者を見つける。
 更に言うならば、手にした刀がまた危ない。おそろしく良い銘のものであろう。
「あれは他にやれんな、わし受け持つから他早めに終わらせてや?」
 蔵人はこの、騎士でありながら極めて高い攻撃力を持つヤロミールと相対する。
 初撃、ヤロミールの刃を槍の柄で受け止めんとして、咄嗟に逆手の剣を槍の柄の後ろに添える。
 両の足が大地に足首程までめりこんだかと思うような一撃。
 更にヤロミールは続く。
『連撃出来るんかい!?』
 続く二撃目、三撃目も、初撃と変わらぬ強打を打つ。三連撃で一つの動きだったのだろう。
 二つ目は体重を乗せきった剣を上から振り下ろし力技で抑え、三つ目は片鎌槍の特異な刃部に添う形で流す。
「ははは、温い温い。もっとがんばれやー」
 と、口で煽りながら内心の冷や汗を隠す。
 ヤロミールの刀にオーラの輝きが満ちるのを見て、蔵人は自らの目的の半ばを達したと見る。
『後は俺が堪えるだけや……いやまあそれがいっちゃんキツイねんけどな』

 エドムントと羅喉丸の戦いは、初手の動きが大きく戦闘全てに影響する。
 突き出された槍をかいくぐり、いきなり一槍目から懐に潜り込む羅喉丸。見切りきれず槍が二の腕を浅く凪ぐ。
 深く入り込んだ羅喉丸の眼前に、鉄の盾が押し出される。この盾に、羅喉丸は自らの額を叩き付ける。より正確には鉄の盾で殴られそうになったのを額で受けた、であろう。
 同時に、盾の下端を掴んで上へと持ち上げにかかる。
 前へと押す力を真下からずらされた、エドムントは低く構えていた体が僅かに開いてしまう。
 この強引に作った隙に、羅喉丸は更に盾を下から強く蹴り上げる。一瞬崩れかけたエドムントの体はこの蹴りによって腕が大きく弾きあがり、重心も上へと昇ってしまう。
 そしてガラ空きの下段に、強烈なローキックを叩き込む。
 更に羅喉丸は浮き上がった盾を押し込みながらのローキック二発目。
 蹴られた足を後ろに下げながら後退するエドムントに、羅喉丸は上体が地面と並行になるほど低く滑りこみながらの蹴りを、それまでの二発と全く同じ箇所に。
 如何な強固な鎧も、強靭な肉体も、三度続けざまに打たれれば弱所となる。
 無理押しであったはずの踏み込みから、きっちり弱点強打を成立させる咄嗟の判断力と機転が、エドムントを窮地に追い込むのであった。

 星芒(ib9755)の鉄棍による連撃にも、ダリミルは盾を構えたまま小揺るぎもせず。
 ふう、と一つ息を吐いた後、星芒は両手に握った棍に、精霊の力を纏わせる。
 鉄棍の周囲で風が渦を巻いており、その神秘の力が棍に不可思議な力を与えてくれる。
 地を滑るような二歩の踏み出しと共に、棍を突き出す。
 今の鉄棍は精霊の奇跡の力により、物理攻撃に枠から外れた存在となっている。鉄壁の物理防御を誇るダリミルとて、これは受けきれまい、と棍を伸ばす。
 しかし、構えた盾に打ち込んだ手ごたえは、術者もかくやという程の知覚防御を備えた者のそれである。
 棍先から吹き付ける烈風にすら、ダリミルは意思の力で抗い堪えてみせる。
 逆にダリミルの剣が星芒を狙い伸びる。
 これを防いだのは狐火であった。
 刀と剣とが噛み合ってぎしぎしと重苦しい音が響く。
 星芒は狐火とはダリミルを挟んで反対側へと回り込みながら鉄棍を振るう。ダリミル、狐火の刀を弾いて後、盾にて鉄棍を受け止め逆に押し返して来る。
 狐火の援護を得た事で、星芒は腹をくくって前へと出る事に決めた。
 自身のありったけを振り絞っての連続攻撃。棍の上下を交互に敵に打ちつけつつ、全身は円を意識しながら切れ目無く、とめどなく攻撃を続ける。
 もちろんこんな攻勢何時までも続くわけがない。そも、激しすぎる動きに呼吸もロクに出来ないのだから、息が切れるまでの事だ。
 狐火は、夜を仕掛けるタイミングを計っていたが、流石に熟練の騎士はこの技の存在を知っているようで、シノビが相手ともなればその前提の元で動いて来る。
 だがそんな集中も警戒も、自らの余裕があって初めて成る事。
 星芒のラッシュにより動きと意識を奪われた彼に、狐火の動きを止める事は出来ず、その首に鋼線を巻きつけられてしまう。
 トドメを、と動く星芒を狐火が止め、コレには色々と情報を吐いてもらうつもりだと伝えた所で、二人の耳にペインの絶叫が聞こえた。
「ダリ兄!?」

 前衛三人の騎士が、それぞれ一人の開拓者に抑え込まれた事で、ペインは残る三人を相手せねばならなくなる。
 しかしペインは慌てず騒がず、炎の術にて燃え盛る人型を三体作り上げる。
 炎の人型は燃える剣を握っており、これにて攻撃を仕掛けるつもりであろう。
 グリムバルド(ib0608)は、三体が進路を塞ぎにかかるのを見て、盾を固定し槍を突き出した形で肘を堅め、自らの背中にオーラを集中させる。
 膝は腿と脛裏がくっつく程に曲げしゃがみ、全身のバネを駆使して伸び上がるように飛び出すのと、背後に集めたオーラを破裂させるのを同時に行う。
 顔が風圧で痛くなる程の加速。
 盾と槍と体とで、三体の炎人を蹴散らしながら一気にペインの下へと飛び込んで行く。
 さしものペインもこれはもらいたくないのか引きつった顔で横っ飛びにかわす。
 その間にフェルル=グライフ(ia4572)が近接を果たす。
「なめんなあ!」
 ペインが睨み付けると、一瞬でフェルルの全身が炎に包まれる。
 それも例えフェルルに油ぶっかけて火をつけたとしても、ここまで燃え盛る事はないだろうと思える程の暴炎だ。
 常人なら文字通り黒こげになるしかない炎であったが、フェルルは右腕を高らかと掲げてから、左回りに一回転しつつ胸元に両手を揃え、たたん、とステップを踏む。
 それだけで、フェルルを覆っていた炎は飛散し、消えてなくなる。
「自分なら何でも燃やせると思いましたか? 燃やせないものもあるんです」
 フェルルの言葉をアルバルク(ib6635)が引き継ぐ。
「そうだな、例えば弾丸なんかも燃やしようがねえだろ」
 銃声が鳴り響き、ペインの体から血飛沫が噴出す。
 舌打ちしながらペインは走り出す。銃や弓が相手の時は、足を止めずに動き回るのが良いのだ。
 これをグリムバルドとフェルルが追い回す形をとり、アルバルクは先、先と動いてペインの動きを封じにかかる。
 ふとアルバルクは気付く。どうもグリムバルドとフェルルの二人は、アルバルクの銃撃を本命にもっていくよう動いているようだ。
 素の攻撃の威力なら二人共、アルバルクとそれほど差はない。なのにそう動く理由はと考えると、アルバルクはペインの動きにこそその理由があろうと理解する。
 銃撃している分には気付かないが、近接して攻撃する事で、どうやら二人はペインの凄まじい回避能力に気づいたようだ。
 二人と比して、狙いの鋭さならアルバルクだ。
 そういう事なら、と二人が仕掛けた直後の隙をありがたく狙い打つ。
 と、巨大な火球がアルバルクを襲う。あっという間に火達磨になるアルバルクであったが、地面を転がる事でどうにか炎を消し止める。
「年寄りには優しくしてくれよ」
 そんな軽口と共に立ち上がり、銃撃を続ける。
 それはまた、もう一人の仲間の為でもあった。

 叢雲・暁(ia5363)は背に凄まじい熱を感じる。
 どうやら敵の術が至近で炸裂したらしい。
 熱いとか叫びながら飛び回りたいのを堪える。ついでにペインとかいうこれをしてくれやがったクソ野朗への断固たる仕返しを誓う。
 奴はどうやらこちらの思惑通り、戦場を走り回ってくれているようだ。
 ならばきっと好機は来る。一撃でそっ首刎ねてくれん、とか物騒な事を考えながら、伏せていた大地からそっと立ち上がる。
 そこは戦場ど真ん中でありながら、誰も、暁に気付かない。
 暁はそっとペインの走る進路に向かい、そして、刀を抜いて斬りかかった。
「うおあああああああ!?」
 そんな悲鳴と共に、ペインは両腕を首元に添える。並の相手ならば腕ごと首を斬り落とせるだろうが、ペインの腕が尋常ではなく硬いのと、出来れば捕えるか、と考えていたせいで切っ先が鈍ったのとで、ペインの首はもちろん腕も落とせず。
 仕留められる時に仕留めなければ、当然、強烈な反撃をもらう事になる。
 生み出された炎の龍に食らいつかれ、大きく後方にまで引きずられていく暁。フェルルの治癒術がすぐに傷を癒してくれるが、流石に全快は無理がある。
 ペインが悲痛な悲鳴をあげたのはこの後だ。

 星芒はそのまま対ペイン戦に参加し、狐火は捕えたダリミルを引きずって後退していく。
 見えぬ所まで連れ去ってしまえば、ペインの動揺を誘えると狐火は考えたのだ。
 ペインは必死に炎の術を飛ばしにかかるが、狐火がダリミルを盾にしながら後退していくと遠距離攻撃術は打つ事が出来ず、かといって包囲されている状況で走って追うのは無理がある。
「クソッ! クソッ! ふざけんなてめえ!」
 アルバルクはペインの焦りを見逃さない。
 振り切りにかかる所を、死角にもぐりこんでの近距離からの銃撃。
 さしものタフなペインもこれは無視出来ず、怒り顔で炎を走らせるが、銃弾を補給しながらアルバルクは更なる死角に滑り込んでいき、ペインを翻弄する。
 このまま一気に弱らせ捕縛を、といった所で、開拓者達は比喩的な意味でなく、全身が凍えるような寒さを覚える。
 吹雪の女王、ミザリーが空から乱入してきたのだ。

「こちらは任せて下さい!」
 フェルルがそう叫んでミザリーの前に立ちはだかる。
 ミザリーはペインを標的としていたようだが、立ちふさがる相手なら容赦はしない。
 氷の矢がミザリーの周りに無数に生じ、彼女の合図一つでその全てがフェルルへと降り注ぐ。
 フェルルは再びその場でステップを踏み、精霊の力を導きながら両手を振るうと、精霊力が青白くフェルルを包み、氷の矢が弾かれる。
 ミザリーは矢をとめない。どうして殺せないんだと不満げに矢を放ち続けるが、フェルルは氷矢嵐の最中にあっても決して乱れぬ優雅な舞を舞い続ける。
 そのフェルルの表情が変わったのは、声が聞こえたせいだ。
「フェルルおねえちゃん!? 嘘!? 何でここに!?」
 懐かしい詩の声に、フェルルは頬を緩ませかけるが、ミザリーもまたこの声を聞いて標的をそちらに切り替えたのを見て、すぐに動く。
 吹雪の束が詩に向かって伸びていくが、衝突寸前、駆け込んだフェルルが盾をかざしてこれを防ぐ。
 詩は、一瞬の停滞もなくフェルルを踏み台に高く飛び上がり、吹雪の範囲から外れつつ上空よりミザリーに接近し、鎖を放って彼女の術を封じる。
 振り返った詩は、人の事踏み台にしときながら、どんなもんだい、とフェルルに対し胸を張るのであった。

 星芒は鉄棍をまるで小枝のように軽々と素早く操り、無数の突きをペインへと放つ。
 やったらすばしっこいペインであったが、流石にこれは全てかわしきれず、遂に有効打をもらってしまう。
 膝を折りかける彼に、暁がここぞと襲い掛かる。
 そこで暁はふと、自らの有様を想像し、はたと気がついた。
「よってたかってボコって、よしこれでとどめだー……ってすんげー死亡フラグじゃね?」
 その通りである。
 ペインは後先考えず、自分を中心に炎の力を溜め込んで、一気に放出したのだ。
 寸前で気付いた暁は大きく跳躍して回避。したのだが、爆風全てからは逃れられず、空中で思いっきり押し出されて彼方まで吹っ飛んでいってしまう。
 そしてちょうど近接していた星芒は、決してかわせぬタイミングでの一撃に両手で頭部を覆うのが精一杯。
 一時的に聴力が失われる程の爆音と、全周囲で視界がきかなくなるほどの爆煙と、あるはずなのに全く無かった衝撃。
 星芒の前には、グリムバルドが盾をかざして仁王のように立ちはだかっていた。
「よう、怪我は無いかい?」
 自分も近接をしかけようと踏み出していたのが幸いした。そのまま駆け寄り辛うじて庇うのが間に合ったのだ。
 まあ、だからと爆発寸前の気配を察していながら爆心地に向かって突っ込んでいけるのは、よほど自信がある奴か、常に覚悟を決めている奴か、自分より他人が気になって仕方が無い奴かのどれかだろう。
 星芒は礼を言いながらグリムバルドの状態を確認すると、確かに怪我は負っているが、致命的なものでもなく、あの規模の爆発を受けたとはとても思えない。
 何より、当人があっけらかんと笑っているのが、どうにも調子の狂う話であった。

 ペインの自爆は、離れた場所に居たダリミルにも察する事が出来た。
 その時の表情から狐火は、彼からものを聞き出すのは随分と楽になったのだろうな、と内心呟くのであった。