吹雪の女王
マスター名:
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/07/01 16:57



■オープニング本文

 開拓者の活躍で奪取してきた荷物は魔術書、正確には陰陽書であった。
 これには細かに術式の展開方法が書かれていたが、この本一冊分全てを使って説明されている術式を作り上げ実行した場合、何が起こるかの記述が無いのだ。
 それに、この本の造りも問題だ。
 新しすぎるのだ、この本の造りは。
 例えるならば、貴重な本を直接持ち運ぶのは色々と問題がある為、手軽に運搬出来るよう作った写本であるような。
 これの解析を頼みたいディーであったが、実際、この術式で何が起こるのかがわからぬ以上おいそれと他者に見せる訳にもいかぬ。
 詩配下の偵察部隊は相変わらず例の森周辺を監視し、その出入りを見張っている。
 この偵察部隊から新たな報せが届いた。


 十一人の人間達は、それぞれ荷物を担いだまま森の中を行く。
 先頭の男のみ何も荷物を持っておらず、彼がこの隊のリーダーであろう。
 後続の者達からは、時折愚痴めいたものが聞こえてくる。
「戦があるから雇われてやったってのに、実際やってる事ぁ荷物持ちたあ情けなくて涙が出てくらぁ」
「文句言うなよ。給金は傭兵手当て並で、殺し合いしないでいいってんなら楽な話じゃねえか」
「そう上手く行くかねぇ、俺は何やら嫌な予感がしてきたよ」
 森の奥には、そこだけ木が切り倒され広場になっている場所があり、二階建ての木造家屋が三つ並んでいた。
 森の中であっても、そこに家を作る事自体はそれほど変な事ではない。
 問題なのは、ここがただの森ではなく魔の森である事だろう。
 実際は、魔の森というにはおかしな所が多々あるのだが、それほど魔の森に詳しくない隊の皆はそこに疑問を持ちはしなかった。
 十人が荷物を家屋に運び込むと、そこで改めて仕事を言い付かる。
 この森に近づいてくる者を倒せ、という話だ。
 はいはい、村人か何かかい、と皆はそれぞれ配置の相談に移るが、内の一人が隊の長に問うた。
「敵が何者なのか、まだ聞いていないが」
「誰だっていいだろ。この森に近寄る者は全部敵なんだよ」
「この森がお前達のものであるのならそれでいいだろう。しかし、この森は誰かの所有物ではなく、国のものなのではないか? そこを貴様等が不当に占拠していると見えるが」
 長の目が鋭く細まる。
「てめぇ……」
「官憲の類とやりあえというのであれば、それに見合った報酬が支払われてしかるべきだと思うのだがな」
 そこで慌てて残る兵達が口を挟んで来る。
「おいおい、何だよそりゃ。帝国に弓引こうってのか? 冗談じゃねえぞ、そんな話乗れるわけねえだろ」
 長は大声で怒鳴りつける。
「そんなんじゃねえ! 相手は地方領主のへぼ軍隊だよ! 領主の兵士ぶった斬った程度で本国が動いてたまるか! 傭兵様がその程度でビビってんじゃねえ!」
 最初に長に意見した者が、更に言葉を続けた。
「かなり優れた斥候隊を付近に展開していたぞ。私はそれほどこの国に詳しい訳ではないが、あのレベルの斥候をたかだか一地方の領主が維持管理出来るものなのか?」
 これには長もぎょっとした顔になる。
「はあ!? 斥候なんて何処に居たってんだ! 適当抜かしてんじゃねえ!」
「なんだ、位置が聞きたいのなら先に言え。途上の崖の上と……」
 正確に四箇所を指摘してやると、長は黙り込んでしまう。それは、斥候を置くには確かに極めて有意な場所であったからだ。
 こうした騒ぎはどうやら家屋の中にまで聞こえていたようで、中から六人の屈強な兵が顔を出して来た。
 恐らく全員が志体持ちであろう。油断ならぬ気配を携え、騒ぐ十人の兵士を睨みつける。
 先頭の男が言った。
「くだらん詮索は命を縮めるだけだ。貴様等は言われた事だけをしていればいい、命が惜しいのならばな」
 見るからに恐ろしげな六人に、兵士達はすくみ上がるが、そう、やはり、最初に口答えした者一人だけは、まるで動じた様子は無かった。
 それどころか、彼らを見て含み笑っているではないか。
「くっくっく……命が惜しくば従え、か。そうかそうか、やはり、ジルベリアにわざわざ来た甲斐があったというものだ」
 片目が隠れるような帯を顔にかぶせ、服は和装の獣人、風魔弾正は、愉快そうに笑い言った。
「まさかとは思ったが、この私をハメようとはな。くくくくく、しかも貴様等官憲の敵か。ならば、私の給金は貴様等を皆殺した後いただくとしようか」

 弾正を抜いた九人の兵士は、全員腰も抜かさんばかりに驚いてその場にへたりこんでいたが、彼らを無視して弾正は斬り殺した六人と長の懐から給金分を頂くと、踵を返す。
 そんな弾正に、一人の勇敢な兵士が声をかける。
「お、おい待ってくれよ。あんた一体……」
 弾正は一度だけ、振り返ってやった。
「貴様等も給金分だけはもらっておいたらどうだ? それ以上奪うのは勧めんが、まあ止めもせんよ」
 言いたい事だけ言ってさっさと去る弾正。
 九人の兵士は、最初はぼうとしていたが、時期に正気に戻るとまずは七人の遺体から金品を奪い、次に3軒ある家を家捜しし始める。
 すると内の一軒を回っていた男が、嬉しそうな声を上げた。
「おーい! みんなこっち来てみろ! 女だ! 女がいるぞ!」
 その女が何者なのかに、彼らは興味が無い。興味があるのは、それが妙齢の女性であるというその一点だけであった。


 まず、詩から来た最初の報せは、十一人の新たな侵入者が森に入ったという事。
 少しして来た次の知らせは、これは少々信じ難い話なのだが、森が、凍りついたというのだ。
 厳密には凍ったというよりは、森を中心に極端に気温が下がったというのが正しい。
 森の大地には深く霜がおり、木々からはつららが垂れ、曇天が空を覆い、刺すような冷気が森より漂って来る。
 この森から一人の男が逃げ出して来た。
 彼曰く、森の奥に化物がいると。仲間は皆殺され、彼一人命からがら逃げ出して来たと。
 彼は色々と自分に都合の良い話を並べ立てたが、詩の部下が誠実な対応を強要した所、起こった出来事全てを正確に説明してくれた。
 化物と呼ばれた女性は厳重に封がされた地下牢に鎖で繋がれていたが、行為の邪魔になるという理由で鎖を外した所、氷結の力を発揮し一瞬で五人の仲間を凍りつかせたと。
 その後、こけつまろびつ逃げ出したが、一人凍り、二人凍り、最後は男一人だけ逃げ出せたとの事。
 また騙された事に腹を立て七人を斬り殺した者に関しては全くわからぬままであった。
 更に事態は進展する。
 この凍れる力が、森の外にまで影響を及ぼし始めたのだ。
 詩はすぐにその効果の広がる速度を確認すべく動き出すが、冷気はある場所では減り、ある場所では強くなっている。
 すなわち、この冷気の中心が動き出しているという事だ。
 進行方向を割り出した詩は、本部に即応を要求する。その進む先には、人の住む村があるのだ。


■参加者一覧
三笠 三四郎(ia0163
20歳・男・サ
八十神 蔵人(ia1422
24歳・男・サ
叢雲・暁(ia5363
16歳・女・シ
グリムバルド(ib0608
18歳・男・騎
ネプ・ヴィンダールヴ(ib4918
15歳・男・騎
リィムナ・ピサレット(ib5201
10歳・女・魔
叢雲 怜(ib5488
10歳・男・砲
椿鬼 蜜鈴(ib6311
21歳・女・魔


■リプレイ本文

 叢雲・暁(ia5363)がにっこり笑って、馬寄越せコラ、とギルド係員に詰め寄ったおかげか、あっさりと人数分確保した騎馬にて吹雪の女が居た森の中の家へと向かう。
 建物もその周辺も、水分を含んでいそうなものは全て凍結しており、建物側でヒトがそうなっているのも見つけた。
 報告にあった建物の中へ入り、地下室へと向かう。
 八十神 蔵人(ia1422)は地下の一室にべたべたと貼り付けられたお札を指で突きながら問う。
「これ、もっかい使えそうか?」
 リィムナ・ピサレット(ib5201)が呪符に描かれた文様の意味を読み取り、呪符の方はこちらが意図した用途には使えないと説明する。
 呪符の貼ってある部屋の隣室をグリムバルド(ib0608)が覗き込むと、そこには机と椅子と雑多な書類が詰め込まれた棚がある。
 書類の方は読んでも意味が良くわからなかったので、棚の端にまとめて詰んであった呪符を手に取り、部屋の外のリィムナに訊ねる。
「おおい、こっちにも呪符あるけど、これはどうだ?」
 見るからに天儀産っぽいもので、同じく部屋で書類に目を通している魔術士椿鬼 蜜鈴(ib6311)には向かないと思ったのだ。
 リィムナが、はいはーいと小走りに駆けてくるが、蜜鈴はただひたすら書類に見入っていた。
 書類に書かれているのは毎日の業務日誌。被験者へ行った行為が淡々と並べ立てられているが、内容は、反吐が出るような事ばかりである。
 日誌はこの一冊のみで、それ以前のものは何処かに移動してある模様。他の書類はこの日誌を書く為の資料であるようだ。
 日誌を手にしたまま蜜鈴が部屋の外に出ると、また別の部屋を見ていた蔵人が、これ何に使うねん、と奇妙な形にねじくれた金属の棒を何本か持ち上げていた。
 三笠 三四郎(ia0163)と叢雲 怜(ib5488)がどれどれと見てみるも、用途はさっぱりわからない。
 日誌を見ていた蜜鈴のみ、怖気が走るような用途を理解しており、親切で一言だけ言ってやる。
「それはあまり縁起の良いものではない。気安く振り回すでないぞ」
 重々しく語られると、三人は気味が悪くなったか棒を床に置く。
 ネプ・ヴィンダールヴ(ib4918)はこの間に吹雪の女が拘束されていたという鎖を外しにかかっていた。
 幸い壁面に埋め込まれるような類のものではないので、暁が手伝ってやると思ったよりは簡単に固定金具より外す事が出来た。
 リィムナが鎖を確認すると、術力を封じる能力があるとわかる。
 蜜鈴はリィムナに日誌の内容を伝え、吹雪の女を被験者とした各種の実験がここで行われていた事、そしてその実験内容がジルベリアの術ではなく天儀の陰陽術に関するものであると告げる。
 リィムナもそこまで詳しい訳ではないが、陰陽に触れた際、禁術の一つに被験者にアヤカシのそれと見紛う程の悪意と憎悪を植え付け、常以上の力を発揮させる邪法があると聞いており、日誌を見る限りはそれに近い事を狙っての実験と思われた。
 しかし蜜鈴はすぐにその矛盾に気付く。
 陰陽術は瘴気を操る技であり、精霊の力を用いる魔術とは根本的に異なる技術のはず。なのに何故陰陽の秘儀にて、今吹雪の女がしているように魔術をより強く行使する事が出来るのか。
 陰陽を学んだリィムナなどは逆に一体何事かと悩んだものだが、蜜鈴はあっさりと推論を口にする。
 その秘奥はより強く瘴気を招くのではなく、より術式制御能力を挙げる効果があるのでは、と。
 二人の議論が深まりかけた所で、三四郎が待ったをかける。
「今はそれよりもまず、雪女を止める事を考えましょう」
 全くその通りで、他の皆もこれに同意し、必要なものを回収するなりこの場を出立する。
 グリムバルドは吹雪の女に行われていた所業を聞いてから、時折詩の様子を横目に見ていたが、仕事時間中できりっとした顔を崩さない詩からは全くこれっぱかしも動揺している様は見られず、安心していいのか、不憫に思うべきなのか、少し迷うのだった。

「あ、あまりの寒さに弁当の寿司折が凍った。夏やってのに、これもそれもみんな何弾正がわるいんや……」
 吹き付ける吹雪に、蔵人がそんな愚痴をこぼす。
 耐寒装備とは別に色々と手間をかけ耐寒の工夫をこらしてきた三四郎は、こんな寝言をほざく以上、蔵人は耐寒準備を忘れたかと思ったが、蔵人のそれはむしろ万全に近いものだ。
 わからない人だなーとか考えている三四郎に、内の一単語にだけ反応するネプ。
「弾正様居ないのです……さっさと依頼終わらせて、帰りましょうなのですよ」
 何やら暢気な愚痴ばかりであるが、流石に吹雪の中心が近づくと皆に緊張感が漲る。
 視界は悪い。
 開けた平野部であるはずなのだが、舞踊る雪が視野の大半を真っ白に染め上げる。
 そんな中でも、先頭を行く蔵人とグリムバルド、ネプの三人は標的を見つけ、気合いの声と共に突進を開始する。
 かざした盾や腕に水中を行くが如き強い抵抗が加えられるが、三人共力押しにこれを押し切る。
 暁は大声で叫んだ。
「ただちに魔術を停止し進軍を止めろ! 事情の一部はこちらも把握している! 悪いようにはしない!」
 吹雪の女は、目を見開き、口の端をひり上げる。その表情だけで彼女の強い悪意が理解出来よう。
 吹雪の女がかざした手に添うように、氷の槍が複数生まれると、この場に要る全員に一本づつこれが放たれた。
 リィムナは術への抵抗は得意であるが、それでも痛撃と思えるような一撃だった。他の皆にとってはと考えると吹雪とは別に寒気がする。
 ともかくまずは治癒を続ける。
 黒皮の本をそっと胸元に添えると、頭の前の方に不快さを伴う接触感を覚える。
 これに身を委ね過ぎると精神が著しく不安定になるので、程ほどにしてリィムナはこの本の効果により引き出した高い精神感応力により、輝ける治癒の術を放つ。
 周囲を飛び交う雪の結晶達、その間をすり抜けながら細く小さな光の筋が開拓者達へと届けられる。
 蔵人は吹雪の女の表情が確認出来る所まで近づくと、友好的接触を試みてみる。
「おーい、あんた……ああ、凄く睨んでる!? わしが何したいうねん……これも全部、弾ちゃんがわるい」
 直後、氷の槍をもらって接触失敗。
 ネプは騎士の頑強さを盾に近接を試みるが、吹き荒れる吹雪が更にひどくなり、著しく移動を阻害して来た為ある距離より前へと進む事が出来ない。
 そこに吹雪の女から更なる術が。
 雪と氷の渦巻きが地面と並行に飛んで来て、ネプを飲み込んだ。これが一番正確な表現であろう。
 魔術に造詣の深い蜜鈴の眉根に濃い皺が刻まれる。そんな術である。
 渦巻きはネプを巻き込み尚留まらず、後方に居た怜をも巻き込む。
 これでは説得どころではない、と怜は眉の上に乗った雪を払いながらマスケット銃を構える。
 これに反応したのか、吹雪の女はその真っ白い腕を真横に薙ぐ。大地から生えてきたかのような透明な氷の壁が吹雪の女の全周囲を覆う。
 グリムバルドは吹雪を押し進みながらぼやく。
「近接する気無しか、まあ魔術士としちゃ正しいんだろうが」
 リィムナは戦況を静かに観察する。
 常時発動攻撃術の他に、持続型攻撃術を重ねて来て、挙句範囲攻撃術まで打ち込んで来る。
 閃癒の回復効率を最大限活かせる形となっているが、とても喜ぶ気にはならない。
 また皆説得の可能性を捨てきっておらず、攻撃に精彩を欠く。そもそも、あの氷の壁を突破すら出来ていない。
 このままでは、と考えた所で怜がわかりやすい顔で銃を構えているのを見る。
 なら、任せるかとリィムナは我慢を続ける。
 怜の全身を練力が駆け巡る。
 意識的にこれらの制御を放棄してやると、力は無作為無法に暴れだす。
 この状態で銃を構え、心を平静に保ち狙いを定める。苦痛度で言うならよほど吹雪に塗れている方がマシであろう。
 筒先が細かく震動するのは手先が暴れる練力に抗いきれぬからだ。これらをそのままに、暴力的に膨れ上がった練力を解放する。
 瞬間、指向性を得た練力が腕を伝って銃へと流れ込む。この時、僅かな間だが指先の震えは止まってくれるのだ。
 輝く白色の閃光と共に、放たれた弾丸が氷壁へと至り破裂する。
 高い透度を誇っていたこの壁に放射状のヒビが入る。蔵人はこれに合わせて飛び込んでおり、ヒビの入った壁を剣で強打し砕く。
「えいくそ、言いたい事あるんなら魔法やなくて言葉で言わんかい!」
 壁を崩したせいか、吹雪の最中でも吹雪の女の声が聞こえてきた。
「殺さなきゃ、殺さなきゃ、早く殺さないと殺される……」
 彼女の言葉を聞いた蔵人は、この好機に彼女への近接を行わず。すぐ脇の彼女を囲む氷を砕きにかかった。
 三四郎は蔵人の後に続く形で突貫を狙っていたのだが、蔵人の動きの変化に合わせ、攻撃対象を変える。
 もちろんリィムナにまだ余裕が見えるからこその変更だ。仲間と敵の命とを天秤に乗せるような真似を三四郎はしない。
 タネも仕掛けも無しで、巨大な氷柱を砕く、そんな圧倒的な槍撃を三四郎は求める。
 雪が積もった大地を深く踏み抜き、槍の先端が氷柱に触れるも全身の捻りと突き出しで抵抗を排除。
 氷柱のど真ん中、最も硬く砕けぬ位置を狙い突き出した三叉戟は、砕けぬが故に、砕けば全てを破砕しうる力点を貫き、ただの一槍で氷壁を割り砕いた。
 グリムバルドもまた、この展開は望む所だ。元より、彼女を救えたらと思い彼はこの場に立っているのだから。
 オーラを漲らせ構えた槍ごと自らも飛び込んで行く。
 槍が氷の壁を砕くでなく貫いてしまい、自分の全身が氷に激突するハメになったが、オーラ全開真っ最中なら大して痛くは無い。
「…………」
 あくまで大して、であり、痛いのはまあ、痛いのであるが。
 三四郎、蔵人、グリムバルドが氷壁を砕くと、蜜鈴の作った鉄の壁の内で機会を伺っていた暁はようやく攻撃の為の射角を得る。
 吹雪の中を疾走し、最も適切な位置から手にした鎖を投げつける。
 三四郎が氷壁を砕いた直後であり、氷の欠片がまだぱらぱらと舞い散る、すなわちこれをブラインドにしたという事。
 伸びる鎖は吹雪の女の右腕に絡みつく。暁が勢い良く鎖を引くと、腕を締め上げるように引っかかり吹雪女は引っ張られ体勢を崩す。
 すぐに、逆側からこの動きで射角もらったネプが同じく鎖を飛ばし、彼女の左腕を封じる。
 途端に、周囲一体を覆っていた吹雪がぴたりと止んだ。
 グリムバルドはこれは念のため、と呪符を彼女につけようとするが、蜜鈴がその肩に手を乗せ制止する。
 魔術の専門家がそう言うのならとグリムバルドは手を止める。蜜鈴は両側から鎖で腕を引っ張られ、憎憎しげにこちらを見る吹雪女の正面からゆっくりと彼女に歩み寄る。
 吹雪の女は、大きく口を開くと、口の中より吹雪の嵐を吐き出して来た。
 リィムナ、三四郎は即座に動くが、蜜鈴がこれを止めるように腕を伸ばした事で動きを止める。
「来るならおいで? 他者で無く、わらわへとな」
 魔術に込められた力、意思は、漆黒の憎悪。いや、より以上に、恐怖の色に染まっている。
 肌が凍りつくぱりぱりという奇妙な音。
 一歩進む毎に、鉛の塊を足にくくりつけたように重くなっていく。
「おんしは何を恨み、何を望んだのか……分かりはせぬが、想いは受け止めようて」
 それでも蜜鈴は顔色一つ変えず彼女へ近づいていき、憤怒と嘲りに満ちていた彼女の顔が恐怖に歪んだ瞬間、その両頬を両手で丁寧に包み込み、額にゆっくりとキスをする。
 噴出した吹雪は蜜鈴に当って跳ね返り、吹雪女をも包み込む。
「せめて、安らかなぬくもりを、思い出してから、な……」
 二人を包む吹雪が消えてなくなる。吹雪の女は小さく呟いた。
「……たす、け、て……」

 吹雪が止んだのを確認すると、リィムナと三四郎は大きく息を吐く。
 もし、蜜鈴の損傷が許容範囲を超えるようなら、彼女の意向如何によらず二人は仕掛けるつもりであった。
 しかしほっとしたのも束の間、吹雪の女が、その場に力なく崩れ落ちてしまったのだ。
 吹雪の女も自分の変調が信じられぬようで、すがるように蜜鈴へ手を伸ばして来る。
 その手を握り、理由もわからぬまま急速に失われていく彼女の生命を、ただ見守る事しか蜜鈴には出来ない。
 そこにネプが割り込んだ。
 手にした小瓶の蓋をあけ、彼女の口元へと運ぶ。既に大部分の力が失われていた吹雪の女であったが、これをどうにか口にする。
 数滴飲みこみ、少し経った後、今度はごくりと飲み込み、更に一瓶全てを飲み干す。
 蜜鈴は、見るからに生命力が蘇っていく彼女を見て驚き訊ねる。
「一体それは何じゃ?」
 どうやら上手くいったらしい、と安堵するネプは、その場にへたり込みながら言う。
「あれだけの術使ってたら、練力なんてとっくに空だと思うのです。だから……」
 皆まで言わせず、その頭をかいぐりしてやる蜜鈴。
 えへへー、とまんざらでもない様子のネプ。
 リィムナはこれ以上彼女が練力を消費する事のないよう、鎖はつけたまま、呪符を貼り付けた上で彼女をギルドに連れて行こうと提案し、受け入れられる。
 吹雪の女は少しすると疲労からか意識を失うが、危険なそれではなく睡眠に近いもののようで、蜜鈴は一安心と皆の怪我の具合を確認しようとする。
 そこで、何とも形容しがたい顔をしている怜を見つけた。
 あくまで結果論ではあるが、吹雪の女の練力消費が今より大きかったら、或いは甘露水は間に合わなかったかもしれない。
 この戦いが持久戦ではなく速攻となったのは、怜が氷の壁撃破に真っ先に動いてくれたからだ。
 当人は、まあそこまでこの結果に貢献できたと思っていないからこそあの顔なんだろうが。
 蜜鈴はそんな彼に苦笑しながら、側に行き、ゆっくりと頭を撫でてやる。
「ようやったの。お疲れ様じゃ」

 暁は詩に問う。
「この騒ぎ、あの時のブツが関わってる?」
 詩は首を横に振る。否定ではなく、わからないという意味だ。
「アレってひょっとして実は、お偉いさんからんでんじゃね?」
 ここまで特殊な効果を発揮する魔術実験、と考えれば暁の懸念は当然のものだ。
 詩はやはり力なく首を横に振った。
 彼女はまだジルベリアにそこまで詳しくは無いが、こんな事が出来る規模の犯罪組織があると考えるのも、為政者側がこれに関わってると考えるのも、気分の良いものではなかろう。
 そんな詩の頭に、グリムバルドが手の平を乗せる。
「心配するな。何が出て来ようと、お前にはたくさんの味方がついてるんだからな」
 驚いた顔で見上げた後、詩は斥候の顔から年相応の子供の顔に戻って言った。
「うん!」