貧乏くじな彼女
マスター名:
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/01/22 22:11



■オープニング本文

 陰殻国には犬神という氏族がある。
 北條の流れを組み、つい先だっては朧谷乗っ取りに手を出し、賭試合まで起こした氏族である。
 が、若衆達はそんな上の陰謀など知った事ではなく。
 里でいつも通りの日々を、秘宝の奪取を請け負ったり、開拓者に協力して金子を得たりとそれなりの経済活動に精を出していた。
 彼等も基本はシノビであるからして、上からの指示に従って動くものであるが、上納金さえきちっと収めていれば、それ以上の部分は自身の身入りとなる制度のおかげで、任務以外にも色々と手を出していたりするのである。
 そんな時、彼等が頼るのは開拓者ギルドであったりするのだが、シノビという少々特殊なクラスは開拓者であり続けるだけでもそれなりの労苦を伴なう。
 二足の草鞋を履くようなものであるから当然といえば当然なのだが、犬神には里の任務と開拓者ギルドでの仕事を調整してくれる人間が居た。
 藪紫(やぶむらさき)、通称やぶっちと呼ばれる彼女は、シノビの技術はそこそこであったが、年若いながら書類仕事や人間関係の調整といった仕事が抜群に上手く、里の若衆達からは何かと頼りにされていた。
 前線に出してる暇があったら後方で書類仕上げさせてた方が遥かに効率的な彼女であるから、滅多に直接自分で仕事を受けるという事も無い。
 しかしそれでは彼女自身の成長に繋がらぬと、里のお偉いさん達は藪紫に潜入任務を与える。
 とある商家に丁稚として入り込み、情報を入手してくるという任務で、おおよそ一月、二月程で済むだろうと思われていた。
 無論若衆にはこの事は知らされず、藪紫が出立してからようやくこれを知る事となったのだが、彼女が居なくなってたった一週間で開拓者ギルドとの関係はかつて無かった程険悪になってしまう。
 それまでは藪紫が全てを調整し、クセのある人物が多い犬神の里の若い衆をうまい事適切な仕事に当てがっていたのだが、そういった判断が出来る人間が居なくなってしまったわけで。
 開拓者ギルドも犬神側の事情を察してか、色々と我慢をしてはくれているが、それにも限度があろう。
 若衆は危機感に駆られ、皆で揃って藪紫を放り出した上忍の元に直談判に乗り込んだ。
 当然、上忍は一喝して追い返す。
 これでこの問題は終わり。の、はずであった。

 開拓者ギルドは、一つの情報を得て仰天する。
 藪紫が戻りさえすれば犬神との付き合いも平常に戻るだろう。
 そう期待して、潜入任務を調べさせたのだが、なんと、この任務を藪紫が失敗してしまったのだ。
 原因は至って簡単。
 若衆にせっつかれた上忍は、開拓者ギルドとの関係も大事であるとわかっており、仕方なく任務の早期達成を目指すよう藪紫に指示を下したのだが、この命令書が、どんな手違いか藪紫の元にたどり着かず商人が抱えていたサムライの手に渡ってしまったのだ。
 完璧に任務をこなしていた藪紫は、ある夜商人に呼び出され、厳しい詰問を受ける。
 知恵の回る彼女は何とかその場を誤魔化しきったが、以後逃げ出す事も出来ず、また監視も厳しくなった為に任務を進める事もできなくなってしまう。
 犬神の上忍は立場上、というより上忍の失敗が原因であるよーなので、多分助け舟は出ないと思われる。
 別にシノビの一人や二人見捨てられた所で何を今更、であるのだが、今回犠牲になろうとしている藪紫は開拓者ギルドにとって、犬神との大切な調整役である。
 彼女以外にこの役目をこなせる者などいない。若い彼女だからこそ、開拓者ギルドに対しても、また若衆達に対しても柔軟な対応が取れるのだから。
 犬神の里でこの事態を把握しているのはおそらく上忍と幾人かだけだろう。
 となれば里が動くことは無い。若衆達がもしこの事態を知ったとしても、上忍の決定を押し切る事は出来まい。
 ならば、開拓者ギルドが動くオか手は残っていない。
 犬神との交渉役についていた係員は、上司に掛けあって報酬を経費で落とさせ、どうにかこうにか藪紫救出作戦を立てられたのだ。

 藪紫が潜入しているのは、村の半分を占める程広大な屋敷を持つとある商人の所である。
 彼は禁制の薬物を栽培しており、この収益で村全体が大きく潤っている為、逆らえる者など居ないのだ。
 彼の権力は村にとどまらず、この薬物を欲するさまざまな階級にまで食い込んでいる。
 ちょっとした領主程度には大きな顔が出来る彼は、更なる飛躍をと新たな薬物の研究に余念が無かった。
 この新薬を調べ、それほどに使えるものならば、どうにかして手に入れてしまおうという乱暴な作戦である。
 若衆にせっつかれた上忍は、調べるだけでいいからさっさと戻って来いと指示したのだが、これがさらっと漏れ、藪紫の命は風前の灯火である。
 元々閉鎖的な村であり、外部からの侵入者はよっぽどの準備を整えなければ受け入れられる事は無い。
 つまり一刻も早い解決が望まれる今回は、忍んで潜むか、力押しかのどちらかである。
 開拓者ギルドはあっさりと力押しを選択する。開拓者の性質を考えれば、忍ぶより速攻による力押しがより適切だと考えたのだ。
 竜を用いて空より襲いかかり、妨害を腕づくで突破し藪紫をさらって逃げる。
 護衛に志体を持つ者も居るらしいこの任務、救いがたきシノビ達の後始末、色々思う所あれど、それでもと思える開拓者を至急募る。


■参加者一覧
志藤 久遠(ia0597
26歳・女・志
斉藤晃(ia3071
40歳・男・サ
シエラ・ダグラス(ia4429
20歳・女・砂
フェルル=グライフ(ia4572
19歳・女・騎
ブラッディ・D(ia6200
20歳・女・泰
からす(ia6525
13歳・女・弓
ルーティア(ia8760
16歳・女・陰
アーリエ・ベルゲン(ia9089
19歳・女・サ


■リプレイ本文

 屋敷に男が駆け込んで来る。
 大層慌てたその男は、玄関に入るなり大声で叫んだ。
「殴り込みだああああああああああ!」
 何処のクソ野郎だと色めきたったチンピラ達は我先にと屋敷を飛び出していく。
 そんな中、着流しの男が冷静に状況を問いただす。
「敵の数は? 一体何者だ?」
「へ、へいっ! 敵は一人か二人か‥‥龍に乗って降って来やがったんでさ! 畑の側で今何人かがやりあってやす!」
「何? 待て、畑だと?」
「へぇ、畑の側に龍が降りて来て‥‥」
「馬鹿野郎! 役人かもしれねえだろ! 収穫物はどうした!? 納屋の側にまとめて干してあったはずだぞ!」
「あっ、えっと、その、まだ、特には‥‥」
「特にはじゃねえ! さっさと隠しに行きやがれ! 証拠の品持って逃げられたら面倒な事になるんだぞ!」
 怒鳴りつけられた男はこけつまろびつ屋敷から出て行った。
 残った着流しの男は、着物の袖に腕を入れたまま思案にくれる。
 しかしそれも僅かな間で、大声で何人かを呼ぶと矢継ぎ早に指示を出す。
 すると今度はすぐ側から大きな音が。
 庭先に居た若い衆達の怒鳴り声が聞こえる。どうやらこちらにも来たらしい。
「ふむ、目的も戦力も見えんな。それまでは下手に動けぬか‥‥」

 斉藤晃(ia3071)は酒をばら撒き、納屋の横に干してあった収穫物に火をつける。
「こいつは油より質が悪いで燃えてしまえ!」
 端から燃やす気満々でおそろしく燃えやすい酒を山ほど用意してきたらしい。
 更に晃の炎龍、熱かい悩む火種が炎を吐き、そこらに火を撒き散らすのだ。
 基本怠惰な熱かい悩む火種であるが、流石に命じられればこのぐらいはきちっとこなす模様。
 すぐに、口々に晃を罵りながら、チンピラ達が集まってくる。
「おーおー、有象無象が出て来よった。ここにご禁制の薬を売りさばいてるやつがおるって聞いたで! 死にたいやつからかかってこんかい!」
 アーリエ・ベルゲン(ia9089)も龍から飛び降り、現れたチンピラ共と相対する。
「折角の暴れるチャンスなんだ。思いっきりやるぜ」
 晃のハルバード、アーリエの大斧「塵風」、いずれもこの上無く目立つ武器だ。重くてデカイ、極めて単純な強い武器の条件を備えている。
 これらを自在にぶるんぶるん振り回すのだから、やられる方はたまったものではない。
「やべ、外した」
 その重量故か、目測を誤ってぶるんと空振るアーリエの大斧。
「まあいいや、もう一回転くらいすりゃあいいだろ」
 晃が眼前の敵を一振りで十間近く跳ね飛ばしながら、がははと笑う。
「おいおい、大丈夫か」
「隙を見せた方が二発目も当たりやすいかもしれねえってもんだ」
「がっははは、適当な奴やな」

 ルーティア(ia8760)は騎龍フォートレスごと屋敷の壁に急降下突撃を敢行する。
 一際大きな音を立て崩れ落ちる木壁。
 何事かと顔を出して来た連中に、ルーティアは龍に跨ったまま笑い怒鳴る。
「出て来い悪党! 片っ端から叩き潰してやる!」
 突然空から降ってきて、人の家ぶっ壊した挙句悪党呼ばわり。
 これで怒るなという方が無理だ。
「てめええええええええ! 調子に乗ってんじゃねえぞこらあああああああ!」
「殺す死なす殴る潰す地獄へ堕ちろおらあああああああああ!」
「‥‥くっ、静まれ俺の左腕」
「クソ野郎があああああ! 囲んでぶち殺し‥‥おぶっ!」
 野郎呼ばわりした奴に先制の槍を突き込んだルーティアは、両手にそれぞれ持った馬上槍とランスの具合を確かめる。
「二槍流の実戦投入は今回が初‥‥さて、何処までやれるかな」

 一方、同様に屋敷に突入しようとするフェルル=グライフ(ia4572)は、空の上で愛龍エインヘリャルの首筋をゆっくりと撫でる。
「これが一緒の初依頼、よろしくねっエイン」
 任せろとばかりの鳴き声と共に、エインは恐れる気もなく広い庭先に落着。龍より飛び降りたフェルルは声高らかに吼える。
「こちらで禁制の薬を扱っている不貞の輩がいると聞きました! 大人しく出てきなさい!」
 凛とした声に如何な魔力が込められていたものか、声の届く範囲に居た者達はぞろぞろとフェルルの前に現れる。
 長巻の刃を下に向けつつ下段に構え、得意の歩法にて半歩のみ、進む。
 次の瞬間には、刀を抜き取り囲もうとしていた男の眼前に居る。
「御免っ」
 刃の峰で殴打しつつ、術技隼人についてこれず驚き焦る男達をきっと睨みつける。
 その視線は、私は強いですよ、もっと人を集めないと手に負えませんでしょうね、と言葉によらず主張していた。

 志藤久遠(ia0597)は相棒の暴れっぷりを、頼もしいというよりは不安気に見守りながら槍を振るう。
 志体を持つ者が敵に居るというが、まだ姿を見せてはいない。
 相棒、ブラッディ・D(ia6200)はもう絶好調とばかりにチンピラ達をどつき回している。
 ふと上空に目をやると、こちらはもう一体の相棒、炎龍の篝が久しぶりの出番だとはしゃぎにはしゃいで大暴れしてくれている。
 ブラッディの朋友、駿龍の翡翠は順当にかつ確実に仕事をこなしているというのに。
 思わず嘆息しそうになる。が、気を抜いたわけではない。
 わけではないのだが、その矢の飛来を見落としたのは失策であった。
 肩当に当たり甲高い音と共に矢が弾かれる。
 その衝撃の強さに眉を潜める。これは常の矢ではありえない。おそらく志体持ちが現れたのだ。
 しかし、それ以上に気をつけないといけない事態が起こる。
 びきびきぃっ、と額に青筋を立てたブラッディが、目ざとくみつけた建物の二階に居る弓術師目掛けて突っ込んでいったのだ。
「こ、こらブラッディ殿!? 一人で飛び込んでは危ういですよ!」
 大慌てで後を追う久遠。チンピラより志体持ちの方がより厄介であるので、この判断自体は悪くはないのだが。
 何だかんだ言いつつも、ブラッディの立ち回りは理に適っている事が多い。
 孤立を避けつつ、複数を同時に受け持たぬよう位置取りに注意し、確実に回避しえるよう常に配慮を怠っていない。
 その辺は信頼に足る部分ではあるのだが、見ていて危なっかしい所も確かにあるのだ。
 そこは自分が援護すればいい、と久遠はブラッディの背後を狙うチンピラを斬り伏せながら、思うのだった。

 表やら外やらが大層騒々しい中、シエラ・ダグラス(ia4429)は屋敷の側に着地し、共に潜入するからす(ia6525)と共に中の様子を伺う。
 ちなみにシエラの相棒、駿龍のパトリシアさん(通称パティさん)は上空からソニックブームを乱打中。
 荒っぽい性格と注意をひきつけるべく暴れろという任務が殊の外合っている模様。
 ちょっと不安も覚えつつ、対照的にめっちゃくちゃ良い子で大人しくしているからすの朋友、駿龍の鬼鴉を見て羨ましいとか思いながらも、パティはパティでああだからいい、とも思ったりするのだ。
「鬼鴉、『待機』。撤退時にまた会おう」
 静かにからすの言う事を聞く鬼鴉。
 二人は顔を見合わせ頷くと、屋敷の中へと駆けていく。
 予め調べてあった救出対象藪紫の部屋へと一直線。
 部屋の前に居た見張りをさくっと黙らせ、いざ部屋へと。
 扉を開いた先では、一人の女性が書類をまとめて整理していた。
「‥‥見ない顔ですね。どちら様でしょうか」
 外見特徴は伝え聞いていた藪紫と一致する。
 からすは懐から手紙を取り出し、藪紫に差し出す。
「開拓者ギルドから貴殿を助けよ、と。事情はこちらで把握して頂きたい」
「ギルドから?」
 それが不思議であったのか、問い返しつつ手紙をさらっと斜め読む。
 彼女は、くしゃっと手紙を握り締めた。
「あ、あんにゃろ‥‥道理で繋ぎも助けも来ないと思ったら‥‥」
 さくっと味方に見捨てられていたのだから、その心中は察して余りある。
 シエラはそっと藪紫に手を差し伸べる。
「私は貴女の事を何も知りません。でも、栄さん達にこうまでして助けさせたいと想わせた貴女を信じます」
 藪紫は僅かに苦笑した後、頭を掻きながらその手を取った。
「栄さんには当分頭が上がりませんね。お二人にも、ウチの身内の問題に巻き込んでしまったみたいで、ホント申し訳ありません」
 栄の筆跡を見知っていたおかげか、藪紫の信用はすぐに得られた。
 とにかく急ごうと三人は屋敷の中を隠れ隠れしつつ外へと向かう。
 藪紫説得にさして時間がかからなかったおかげか、当初考えていた以上に話は早く進む。
 しかし、好事魔多し。
 屋敷の主が、十人のチンピラを従えて廊下に立ちはだかっていたのだ。
「逃げる、か。なるほど、やはりお前は隠密であったのか‥‥優秀だからと情けをかけてやった我が身の不覚であるか」
 シエラはぼそっと藪紫に問う。
「逃げる、避けるは得意ですか?」
「一応心得はありますが‥‥私、荒事って苦手なんですよね」
 からすは向き不向きを理解しながらも前へと出る。
 武装がある分自分の方が有利だと思ったのだろうが、藪紫は両手首をぶらぶらと振りながらからすを制する。
「気合とか根性とか何かその辺の物で堪えますので、出来るだけ早く決着つけて下さい」
「そうもいくまい。藪紫殿を守るためにこそ私達はいるのだから」
「御免なさい言い直します」
「ん?」
「私にもアレ、殴らせて下さい。任務と思って我慢してきましたが、あーんな適当な仕事する人、存在からして許せません」
 ここまで平静で落ち着いた雰囲気を崩さなかったからすが、僅かに頬を緩める。
 横で聞いていたシエラも噴出していた。
「なるほど、ならばお願いしようか」
「ぷっ、無理だけはしないで下さいね」

 ブラッディの拳が弓術師にめり込むと、くぐもった悲鳴を上げながら弓術師はそれでもと弓を構える。
 屋内で近接されながらも適切に構えを取れるその技は見事であるが、ブラッディの手数は弓を構えねばならない弓術師とは比べ物にならない。
「テメェ、誰に手出したと思ってやがる!」
 鎧の隙間に突き刺さる爪先に、弓術師はたまらず前かがみに倒れ掛かるも、それすら許さず、顎を膝で蹴り上げる。
「ギャハ! 得意の弓、射ってみろよ!」
 至近距離、倒れそうになりながらも必死に身を起こし、弓術師は矢を放つ。
 僅かにブラッディの頬を掠めるのみで後ろへと突き抜けていく矢は、しかし思わぬ所に僅かにだが影響を及ぼす。
「おっと」
 群がるチンピラ達を次々と屠っていた久遠の脇にカツンと突き刺さったのだ。
 狙った矢でもなし、さして気にもしない久遠であったが、どうやらこれは完全にブラッディの機嫌を損ねる結果となったらしい。
「‥‥もういい、死ねよお前」
 久遠がチンピラ達を完全に封殺している間に、ブラッディは弓術師にトドメを刺し、残る敵を掃討しつつ二人は再度外へと飛び出した。

 ルーティアは甲龍フォートレスに騎乗したまま槍を用いて暴れまわる。
 槍を構えたルーティアも、砦の名を冠する愛龍も、容易く傷をつけられるような相手ではない。
「下がれてめえら!」
 一喝と共に、ただ討たれるのみであったチンピラを下げさせる男。
 ようやく来たかとルーティアは、二槍を交互にぶるんと回し気勢を発する。
「自分との一騎打ち、受ける度胸はあるか!」
「抜かせ賊風情が!」
 刀を抜いて撃ちかかる男。
 その動きの早さ、踏み込みの強さ、何より隙の無い技が、この男に宿る志体の存在を教えてくれた。
 対するルーティアは、防御に強い待ちの構えで受け止める。
 初撃で優位を取り、そのまま押し切らんと剛勇無比な一撃を振り下ろす男。
 二槍を十文字に構えたルーティアは、しかしこの一撃を完全に殺しきる。
 微かな損害すら与えられぬ事に驚き、許せぬと憤慨した男は、繰り返し何度も何度も豪剣を叩きつけるが、その度龍の乗ったままのルーティアはこれを完全に受け止めてみせる。
 そして遂に、男の練力が尽きたのを見計らい、二本の槍に攻めを命じる。
 左のランスにて刀を弾くと、重量故かこれに逆らう事能ず。
 右の馬上槍を鋭き突き込むと、防ぐ手立ても無いのか鎧ごと腿を貫く。
 男も必死に反撃を行うが、ここからは削りあいだとばかりにルーティアは真っ向から受けて立つ。
 ルーティアの鎧が弾かれ、千切れた金属片が宙を舞う。
 即座に反撃、馬上槍を斜めに突き出し、受けた刀ごと大きく体をよろめかせると、重く巨大なランスを龍上より体重をかけて突き下ろす。
 深い傷を負った男は、それでもと立ち上がるがその足は今の衝撃でかふらついたままだ。
 頃合は今、そう決したルーティアが叫ぶ。
「まだ未完成だけど……自分の必殺技を受けてみろ!」
 龍より飛び降りざま、ランスを男に突き立てる。全体重、そして落下による重さも加わった一撃は、男の鎧を軽々と貫き、直後、まるでランスの影を這うように放たれていた馬上槍をほぼ同じ箇所に突き刺す。
 初撃のランスで受けと鎧を砕き、間髪入れぬ二撃目で更なる痛撃を加える。
 男は断末魔の悲鳴を上げながら、大地に倒れ臥した。

 フェルルは二階の窓から、ルーティアの一騎打ちの決着を見届けていた。
 すぐ側には敵の陰陽師が倒れている。
 殺してはいない。
 ルーティアを狙っているのを見て、そうはさせじとここまで乗り込んで倒したが、殺してしまうのは本意ではなかったのだ。
 エインヘリャルも、不満そうではあったが、建物の破壊のみで済ませるよう命じてある。
「‥‥やはり、私のやり方は甘い、のかもしれませんね‥‥」
 急ぎの仕事であるのに、陰陽師を無力化するのにただ戦闘で勝つ以上の手間をかけてしまっている。
 それでも、とフェルルは思う。
「エイン!」
 愛龍に声をかけ自らを鼓舞するように、二階の窓より飛び出した。

 晃は苛立たしげに目の前の男に斧を叩きつける。
 鎧の上からでも青あざを作る晃の豪腕である。しかし、後ろより術が飛ぶと男の表情から苦痛が消える。
 さっきからこれの繰り返し。
 チンピラ達は三人程叩っ斬った所で、このサムライらしき男以外は晃の側に近寄らなくなっている。
 代わりにアーリエにチンピラ達がぞろぞろと擦り寄っている。
 あちらはあちらでむしろ助けに行ってやらないとマズイぐらいだ。
 晃は、苛立ったフリをする。
 思うようにいかぬ、望みが通らぬ、そんな顔で斧槍を振りかざしていると、そう、思わせるのだ。
 まあ、そんな一撃でもまともにもらったらエライ事になるのだが。
 相手サムライの冷や汗が見える。奴もギリギリで踏ん張っているのだ。
 じりじりと、綱引きのように引き絞られる駆け引きの縄。
 仕掛けの時までは後ほんの僅か、しかし都度引き寄せられ間合いを逸する。
 それを何度繰り返した事だろう。ようやく、晃の狙うその好機、後方でサムライの回復を続けていた巫女が、この程度の軽症ならばと回復をさしおき、攻撃力を増やすべく術を唱えたのだ。
「ドアホが! 待ちかねたで!」
 一意専心。ハルバードの先端が真下に来るように構え、柄は頭上遥か上に伸びる。
 持ち手も充分。今こそ必殺の時。
「ずぇあああああっ!」
 右側に寄せ、交差した両手がハルバードの回転を促す。
 持ち方の関係か、晃の全体重を一瞬にしてハルバードの先端に乗せきる。
 更に遠心力に押され、真下より真後ろ、そして頭上にまで斧槍の先が振り上がる。
 ここまで来ると、最早晃の体重をすら持ち上げる程の威力を持つ。
 晃はこれに逆らわず、大地を蹴って飛び上がる。縦に、ぐるんと回りながらだ。
 巨漢と言って差し支えない晃の体が長大なハルバードと共に宙を舞う。
 これぞ晃必殺の大車輪。
 受けた刀ごと、文字通り頭頂から股間までを真っ二つに叩っ斬り、尚威力は衰えず大地に深々と突き刺さる。
 ゆっくりと、男の体が左右に分かれ、その先に、敵巫女の姿が‥‥
「あん?」
 無かった。
「お、そっちも片ついたのか」
 いつのまにか、チンピラ斬り倒しきったアーリエは巫女に近接し、あっさりとこれを降参させていたのである。
「なんじゃいそら。人が必死こいて一撃でぶっ倒したろて気合入れたんに」
 唐突に、ぶおーっと大法螺貝の音が聞こえてくる。
 撤退の合図だ。どうやら救出には成功したらしい。
 まだ色々言いたそうな晃を宥めながらアーリエはこの場を去るべく龍にまたがる。
「よう、巫女さん。次は無いぜ」
 これは追撃を仕掛けてきたらどうなるか、という釘刺しだ。
 巫女は激しく頷いた後、その場にコテンと寝転がる。どうやら気絶したフリをするつもりのようだった。

 各所で暴れていた連中も次々上がって来て、空には八騎の龍が揃う。
 皆がそれぞれ龍に名前をつけているのにと、ちょっとショックを受けたのはアーリエである。
「う‥‥べ、別にコイツを嫌ってるわけじゃないんだけどな」
 言い訳がましくそんな事を呟くと、下から龍が上がって来るのが見えた。
 流石に藪紫も乗せた二人乗りではキツイだろうとシエラの側につく。
 が、すぐに龍は引き返していく。
「なんだぁ?」
 怪訝そうなアーリエであったが、久遠が倒した志体持ちの数を皆に確認した所、あっさりと納得する。
 三人が斬られ、一人は死んだフリ中。一人は縛り上げてあるが、これは逃れたかもしれない。としても動けるのは二人のみという計算になる。
 それで八匹の龍に挑んで来たら、もう笑いながらでも勝てるだろう。
 晃は不機嫌そうなまま。これはさっきの戦闘の話云々ではなく、屋敷の連中が扱っていた薬に良い思い出が無いせいだ。
 対照的にブラッディが上機嫌なのは、こちらは久遠を狙った奴を張り倒した挙句、金持ちの屋敷で好き放題暴れられたせいであろう。
 ルーティアは龍の上で二本の槍を手にああでもない、こうでもないと振り回している。新たな戦術の研究に余念が無い模様。
 後ろを振り向きながらからすは懐より酒を取り出しかけて、やはり止めるかと思い直す。視線の先にはまだ燃えている畑から立ち上る煙が見える。
「酒は呑む物であろう‥‥が、これは仕事が終わってからだな」
 ふっと、先ごろの戦闘を思い出す。
 シエラの虚実入り混じった幻惑の剣は、本当に見事であった。
 あれならば地獄の鬼ですら欺けようと思える程だ。
 もっとも、撃墜数ならば実はからすの方が上である。
 どう受け止めようと、どんなに体勢が悪かろうと、鎧の隙間や防御の薄い急所目掛けて飛んでくる、決して外れぬ矢などばかすか打ち込まれた日には、そりゃチンピラでは対応も出来ぬというものである。
 そして、とシエラと談笑しながら龍に乗っている藪紫に目をやる。
 妙にすっきりとした顔なのは、顔が変形する勢いで屋敷の主をぶん殴ったおかげか。
 シエラの駿龍、パトリシアの両脇を囲むように、フェルルのエインヘリャルと久遠の篝が位置する。
 二人共、藪紫がどういう人間なのかとても興味があるようだ。
 からすも、そういった彼女達の考えを理解出来る。
 ギルドが多額の依頼料をかけてまで救出する人物は、話してみると何処にでも居る朗らかな女性であった。
 しかし、シエラも交え、女四人、藪紫、フェルル、久遠達が話をしているのを見ると、何となくだが納得する。
 こうしてごく自然に人が集まる人物だというのなら、確かに彼女は得がたい人材であろうと。