奇妙な森と侵入者
マスター名:
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/06/18 04:18



■オープニング本文

 ジルベリアのギルド係員ディーは、その仕事振りが認められ帝国より男爵の爵位を賜った。
 しかし彼は、誰もが羨む貴族の仲間入りを果たしておきながら、他者から『男爵』と呼ばれる事を心底嫌がった。
 なので彼の部下や取引相手達は、変わらず彼を男爵の称号抜きで呼ぶ事にしていた。
 先日、人材の不足が顕著となってきた為、ディーは天儀の地より隠密活動に長けた者を回すよう要請した所、一人優れた志体持ちを回すと言ってきた。
 陰殻のギルドが手配してくれたそうで、これは即戦力を回してくれたかと期待して出迎える。
 最初ディーは、誰が、そうなのかわからなかった。
「こ、こんにちわ! 陰殻の開拓者ギルドからしゅっこうをめーじられて来た詩です! よ、よろしくお願いします!」
 少し緊張しているようだが、可愛らしい元気の良さは失われず。
 シイ、という呼び名も、ディーと並べると韻を踏んでいて良い響きだ、などと少し現実逃避じみた事を考えるディー。
 そりゃ現実から逃避したくもなろう。
 現れた隠密活動に長けているはずのギルド係員詩は、見た目十歳前後にしか見えぬ少女であったのだから。

 ギルド係員詩は、かつて洗脳教育機関に拉致され、幼い頃よりシノビの技術を叩き込まれてきたという過去を持つ。
 このせいで年齢不相応の極めて高いシノビ技術を持つ彼女は、ギルド係員の見習いから異例の速度で正式係員となったのだ。
 そんな詩は現在、ジルベリアのマルク地方にある昼尚暗い森の中を進んでいた。
 ジルベリアのギルド係員ディーより、この森で頻発する怪奇現象の調査を命じられたのだ。
 森とは数多の恵みを周辺住民にもたらしてくれるもの。当然彼等は森へ入ろうとするし、これを止める法も極限られた地域を除けば存在しない。
 だが、この森にアヤカシが住むとなれば話は違って来る。
 森、アヤカシと来れば当然魔の森が頭に浮かぶが、マルク地方の森は、通常の魔の森とは少々異なっていた。
 これを、詩は調査に向かったのである。

 植生は、一般的なジルベリアの他の森と比してそれほど変化はないが、詩が地図で確認した川の水量を考えるに、少々育ちが良すぎる気もする。
 近くの木の幹を短刀で抉り、樹液の具合を確認するが、やはり水は豊富に行き渡っているようだ。
 詩はギルドの研修期間に師事した師匠の言葉を思い出す。こんな時は大きな地下水脈があると師匠達は言っていた。地下水脈を伝って、遠方よりアヤカシが現れた事例もあるとも。
 そのまま調査を続ける詩であるが、シノビであるはずの彼女は周辺警戒に超越聴覚を用いていない。
 術に頼るな、理に頼れ、とはこれもまた師匠達の言葉である。理とは自然のあり方であり、自然が自然たらぬ場所を見出す事こそが、斥候の最も重要な役割である、と彼らは言っていた。
 そして後は勉強だと。
 元より勉強を忌避せぬ詩は、二人の師匠が勧める資料を全て読み漁り、頭に叩き込んである。
 その動きは、年若い優れた者にありがちな自信に満ち溢れたものではなく、老練で慎重で臆病とさえ見える程の堅実さを備えていた。
『斥候の役目は、一方的にこちらだけが敵を発見し、その戦力を測って敵に知られぬまま戻り、味方に全てを報告する事。斥候がコイツをしっかりやりきれれば、戦なんざもう勝ったも同然なんだよ』
 志体も持たぬ、直接戦闘すれば詩が片手でも倒せるだろう二人の熟練斥候は、そう誇らしげに語っていた。
 志体を持たぬからと二人をバカになんて出来る訳がない。
 詩は何度二人と斥候合戦を行っても、ただの一度も二人を発見する事が出来ず、毎回二人に見つかってしまっていたのだから。
 そんな詩だからこそ、森の変化にはすぐに気がついた。
 まずは森の音。そして臭い。靴裏から返ってくる大地の感触が、変質しているのがわかる。
 詩は進路を変える。
 この変質が、森の何処何処まで影響しているのかをまず確認するべく、ぐるりと回り込むように移動を始める。
 丸二日かけて森の何処までが影響範囲なのかの簡単な地図を作成すると、そこでようやく、このまだ見た目にはそれほど変化の無い変質を始めたと思しき森の奥へ向かう。
『いいか、お前は強いからこそ何度でも言うぞ。斥候の仕事は味方を勝たせる事だ。自分が勝つか負けるかなんて事ぁ考える必要すら無いんだよ』

 奇妙な形にねじくれ歪んだ枝、自然物にはありえぬ色に変色した木肌、ぼこりとあわ立つ地面。
 更に植生がおかしいのも魔の森の特徴だが、この森の特徴、植生のおかしさに規則性があるというのは、魔の森らしからぬ。
 詩はここで、この異常な森からの脱出を決意し、調査全てを終わらせる前に帰路につく。
 戻った詩はディーに途中までの調査結果を告げた後、まずは森の周辺を虱潰しにあたるべきだと言う。
 知能の高いアヤカシが何らかの目的をもって活動している、かもしれない。だが、その前に一つ可能性を潰していくべきだというのだ。
「人間がこれを仕掛けていた場合、定期的に森の外と連絡を取っているはずです。あの環境では食料の調達はほぼ不可能ですから」
 ディーは探るような目で問う。
「アヤカシではなく人間がこの件に絡んでいると? こんな大掛かりな事しでかす人間に、ジルベリアに来たばかりのあなたが心当たりがあるとでもいうのですか?」
「あくまで可能性の話です。それに、ジルベリア人でも天儀人でも人は人です。私は、必要とあらば魔の森を人為的に作り出すぐらいやってのけるのが人間だと考えておりますが」
 初対面の時の緊張した舌ったらずな調子など何処にもない。この用心深さは、ディーが必要とするものであった。
「……いいでしょう。人を三十人回しますし、副官を一人付けもしましょう。ですから貴女が指揮して充分な調査を進めて下さい」
 いきなりな話すぎる。まだジルベリアに来て一月も経たぬ、それも十歳前後の少女に、一隊の指揮を任せようというのだから。
 しかし詩は驚くでもなく更なる注文をつける。
「追加で、戦闘が予想される場合、開拓者を雇う許可も下さい。もちろん予算も」
「手配しておきましょう」
 詩はこれを書面にて受け取ると、早速自分で動き始める。
 ディーは、天儀のギルド係員栄に向かって、聞こえるわけもない文句をつける。
「本当に、天儀の連中は意地が悪い。クモキリの時も今回も、事前に一言あってしかるべきでしょうに」


 詩率いる隊が、この奇妙な魔の森へと侵入を試みる者達を見つけたのがちょうど一週間後。
 もちろん偶然などではなく、聞き込みと事前調査を積み重ねた賜物であり、立ち居地禁止区域であるこの森に彼らが何度も立ち入っている証拠は既に得ている。
 三十人からなる詩の隊は、基本的に情報収集の為の人員。しかも現状側に居るのは十人弱。
 詩は即座に、ディーの前を退出した直後速攻で雇った開拓者を呼び、彼らの捕縛を頼むのだった。



■参加者一覧
川那辺 由愛(ia0068
24歳・女・陰
羅喉丸(ia0347
22歳・男・泰
八十神 蔵人(ia1422
24歳・男・サ
叢雲・暁(ia5363
16歳・女・シ
野乃原・那美(ia5377
15歳・女・シ
グリムバルド(ib0608
18歳・男・騎
笹倉 靖(ib6125
23歳・男・巫
ヴァルトルーデ・レント(ib9488
18歳・女・騎


■リプレイ本文

 グリムバルド(ib0608)は、詩の頭を少し乱暴に撫でてやる。
「少しは背も伸びたかね」
「もちろん! ギルド係員の資格も取ったんだから!」
「そうかそうか、月日が経つのは早ぇなあ」
 改めて詩はグリムバルドをじっと見る。
「ん? なんだ?」
「なんかねー、グリムバルドさんてー、速さと技なら私の方が上だと思うし、それなら勝つ手は幾らでもあるはずなんだけど、多分、実際真剣でやりあったら私勝てないと思うんだよねー」
「いきなりどうした」
「えへへ、そんな気がしただけー」

 その前進制圧力は、とても泰拳士とは思えぬものだ。
 ガスの留まる事を知らぬ連撃を、グリムバルドは盾を駆使して必死に防ぐ。槍はガスの無手の間合いでは邪魔にしかならない。
 一つ一つの拳打、蹴撃に合わせ、盾の向きと押し出す力を丁寧に調節し、堪え続ける。
 そして、ガスの呼吸が途切れる瞬間、その直前にガスは勢い良く後退。追うようにグリムバルドの槍が伸びる。
 攻守の切り替え時を互いに打ち合わせていたかのような動きだが、これはグリムバルドが苦しい防戦の中でもガスの動きを集中して追い続けていた結果だ。
 飛び込みながらの鋭い槍撃を、ガスが槍先をはたき落としてかわす。
 グリムバルドの槍は容易く払える重さではないのだが、ガスの技量はその上を行くのだ。
 待ち伏せを受けた状況で迷い無く戦闘による撃破を選ぶだけはある。
 槍を払いながら、再度踏み込むガス。またも攻守が入れ替わりグリムバルドが守る一方になる。
 実に不公平な話だ。ガスは十も二十も打ち込んでいながら、グリムバルドの反撃は一度しか無いのだから。
 先が見えぬ厳しい状況、しかし、グリムバルドから集中力が失われる事は一切、無い。
 そして、ほんの一瞬、甘い打撃が一発。
 この直後、グリムバルドの槍がオーラを噴出し、先の刺突とは比べ物にならぬ速度で走る。
 グリムバルドの全身を乗せての一撃であり、後も先も無い渾身の槍撃。
 これに貫かれるガスを見ながら、詩は小さく嘆息する。
「……やっぱり、まるで崩せる気しないもんなー」

 地縛霊に捕えられたブライアンに、八十神 蔵人(ia1422)は何時もの調子で暢気に語りかける。
「大変やねんでー重武装、というわけであんま動きたくないからはよ捕まってくれん?」
 ブライアンは無視して逃げ道を探し左右を見る。その頭を、後ろからシノビのハーヴェイが踏み台にして飛び上がる。
「キサマ!」
「悪ぃな旦那! 俺はズラからせてもらうぜ!」
 頭上の木々に飛び移るハーヴェイに、蔵人はゆっくりと片鎌槍を天に向け掲げる。
「こっち産のシノビとかおるねんな〜」
 蔵人の腕から稲光が走り、槍を伝って空へと伸びる。
「て、おい人の頭またぐなこら、降りて来い」
 狙うはハーヴェイではなく、彼が足場としている枝だ。
 足を踏み外したハーヴェイはそのまま落下するが、着地を綺麗に決めると舌打ちしつつ蔵人とは別の方向に向け走っていく。
「やれやれ質も行儀も弾正ちゃんと比ぶべくもない、つまらん」
 そんなもんと比べてやるなと。
 ついでに言うと、彼とは逆方向にブライアンは逃げ出している。
「だから動きたない言うてるやろ」
 軽く回り込んでやると、ブライアンはようやく腹をくくったか剣を抜く。
 蔵人ももう無駄口を叩かず、右の片鎌槍を袈裟に薙ぎ下ろす。
 剣を当てるようにして防ぐブライアンは、このまま槍の間合いの内に入るつもりだったが、蔵人は手首を返しつつ鎌部で引っ掛けるようにブライアンの剣を絡め取る。
 これを防ぐ為に重心を前に落としたブライアンに、左の剣が突き出される。
 苦しい体勢ながらこれを受けるブライアン。蔵人は左前にスイッチして剣のみで畳み掛ける。
 一手毎に追い詰めていき、一瞬だけ、攻め手を緩める。ブライアンはここぞと距離を取るが、そこは片鎌槍の間合い。
 強烈な斬撃をもらい転倒するブライアンであったが、見た目のヘボさとは裏腹なしぶとさで立ち上がり、走り出す。
 その顔面ど真ん中に、白色の光弾が命中する。
 これを放った笹倉 靖(ib6125)は周囲を見回し確認する。
「シノビはどうした? まさか逃がしたのか?」
 蔵人は肩をすくめる。
「ウチのシノビが追ってくのが見えたから任せた。ちょうどええ、そいつ……」
 靖は皆まで言わせない。
「ならいい、俺はあっちのサムライ退治手伝ってくるから、コイツは絶対逃がすなよ」
「って、おいこらちょっと……」
 言うだけ言ってさっさと行ってしまう靖。
 蔵人は、片手で顔を押さえているブライアンと目が合った。
 ちゃーんす、とばかりに逃げにかかるブライアン。
「ふざけんな! わし走るん嫌や言うたやろが!」
 何やかや言いつつ仕事は真面目にこなす蔵人は、何処までも追い掛け回して肩で盛大に息する程走った後、これを捕えるのだった。

 指揮官が真っ先に逃げにかかったというのに、エセルバートはこれを悪し様に罵った後、すぐさま指揮を引き継いだ。
 彼の動きを見て、川那辺 由愛(ia0068)はあちこちに仕掛けた罠だけでは、コイツ等を止める事は出来ぬと直感する。
 不意に、エセルバートが由愛を見た。
『マズッ』
 その目は勝機を見つけた戦士のそれであり、エセルバートは躊躇無く由愛に向け一直線に突っ込んで来る。
 陰陽の罠、この威力から容易ならざる魔力を持つと見抜かれたのだろう。
 一々判断が正確で、行動が迅速で、嫌になるほど冷静だ。
 由愛が投じた二筋の呪符が左右からエセルバートを囲み、同時に弾け黒い瘴気が彼を包み込む。
 真っ暗な煙の中から、エセルバートはまとわりつく瘴気を振り切りながら由愛へと一刀を見舞う。
 合口を抜くも間に合わない。そも、剣士の剣を陰陽師が短刀でどうにか出来るものか。
 振り下ろした刃は一つに見えたが、瞬速の切り返しにより、四度、斬られた。
 由愛は激痛を歯を食いしばって堪え、更なる術を構築する。
 そこは深遠。そこは深淵。そこは心閻。深く澱み切った心の深奥。
 意識してこことの接続を繋ぐと、決まって脳の右側が鈍く痛み始める。
 これを、由愛なりの表現で表わしてやると、今度は左側からも痛みが走る。
 ヒトの身で触れてはならぬ禁忌を手にした代償とでもいうのだろうか。
 この世ならぬ場所から、この世ならぬ経路を伝い、エセルバートへ忌わしき何かを送り込む。
 反応は劇的。
 血反吐を吐いてその場に跪くエセルバート。
 由愛は油断はしない。
 エセルバートの目の輝きは、まだ失われていない。
 再び経路を繋ぎなおし、呪いの言葉を告げてやると、今度は悲鳴を堪えきる事が出来ず、その場で仰け反る。
 この隙に、と距離を取ろうとした由愛に、エセルバートは胸元を紅黒に染めながらも、血走った目で切りかかってきた。
 甲高い金属音。
 由愛を突き飛ばし、短剣でエセルバートの剣を弾いたのは靖であった。
 エセルバートの顔が青ざめたのは、術の効果ばかりではあるまい。先の術の威力を鑑みるに、速攻で由愛を倒さねばエセルバートといえど体がもたないからだろう。
 すぐに、凄まじい右袈裟が靖を襲う。
 伸びる剣先を考え、下がるでなく剣筋から外れるように左側に抜ける靖。
 跳ねるようにエセルバートの剣が切り返され、胴を薙ぎにかかる。
 信じられぬ剣速であったが、靖は切り返しの剣である事と、初撃の踏み込みの足位置を考え、下がりすぎぬギリギリで腹部を引っ込めて回避。
 そう、切り返しの剣は初撃と比べ伸びが無いのだ。
 回避運動の最中、靖は術の準備に入る。
 エセルバートは尚一層焦り攻撃を仕掛けるが、その全てを回避され、そして靖の術が完成する。
 歯を食いしばり苦痛への備えをするエセルバートだったが、実際そこで使われたのは攻撃術ではなく、治癒の術。
 由愛に刻まれた切り傷が癒されていく。
 エセルバートは静かに、自らが詰んだ事を認める。
「……やむを得ぬ、か。まあいいさ、雑兵に囲み殺されるよりは、よほど上等な死に様だろうて」
 靖が問う。
「降る気は?」
「死んだ方がマシな目に遭うだけだろう。これでも騎士のはしくれのつもりでな、死に時を見失いはしない」
 まだ余力が充分残っている今ならば、エセルバートが自死を選んだとしても、二人に止める術はあるまい。
 その最後の機会を、彼は見逃さず事を為した。

 ハーヴェイは初手からひたすら逃げに徹するが、このすぐ後ろに叢雲・暁(ia5363)がぴたりと張り付き、森の木上を枝から枝へと飛び移る。
 この暁の追跡が実にいやらしく、ハーヴェイが辿った枝は決して使わず、その癖時折進路を交錯させ仕掛けて来るのだ。
 ハーヴェイはこの鬱陶しい相手に対し、一計を案じる。
 木の幹に足が届く場所で交錯を誘い、木の幹を足場に暁の足を取る。
 枝を蹴るハーヴェイ。同時に、斜め後方より暁が跳んで来た。
 空中で身を捻り、木の幹を蹴るべく足を伸ばすハーヴェイ。
 これを蹴る勢いを体から腕へと伝え、強き斬撃を振るう。
 暁は向かって来る刃に対し、自分の足に添うよう刀を当て、刀を足で蹴り出すようにしてこれを弾く。
 剣の威力はそれで殺しきれず、空中で半回転する暁であったが、下方にあった枝を掴んでぐるりと逆上がり。
 同じ木に生えた上の枝に足首を引っ掛け、更にもう一度回転。これで頭部が上に来る形になる。
 足首を外すタイミングを合わせると、勢いそのままに暁は空中に飛び出す。
 このアクロバティックな挙動で暁はハーヴェイの上を取っており、舞い降りながら、木の幹に片手で掴まるハーヴェイの頭上より斬りかかる。
 驚きに目を見開くハーヴェイ。
 当たり前だ、ハーヴェイの剣を見てからその頭上より襲い掛かるまでの流れるような動きが、全て瞬時の判断を積み上げて至ったものであるなどと誰が信じられようか。
 首元へと伸びる暁の白刃を、辛うじて剣を添える事で防ぐハーヴェイ。しかし体勢を全く崩さぬ暁により、首元に刀を当てた体勢のまま、木の幹から落下する形になる。
 そのまま着地すれば、二人分の重量が乗った刃を、ハーヴェイは止める事が出来ないだろう。
 終わった。そう観念したハーヴェイの首に凄まじい衝撃が。しかし、着地した彼は、まだ手も足も動く事に驚く。
「よし、ボコるか」
 刀の峰でどつかれ動きの鈍ったハーヴェイを暁は半殺しにし、そのまま捕えるのだった。

 泰拳士対騎士というグリムバルドとは逆の形になったのが羅喉丸(ia0347)だ。
 そしてこの騎士レスターは、極めて基本に忠実な騎士らしい騎士であった。
 盾を剣を駆使し、羅喉丸の速さをもってしても踏み込みきれぬ鋭い動きを見せてくる。
 レスターはとにかく自分の距離で戦う事を徹底しており、容易に拳打の間合いに入る事が出来ない。
 その堅実にすぎる戦い方を、羅喉丸は好ましいものと感じたが、しかし、それだけでは一流とは認めてやれない。
 危険を承知で一歩を踏み出す羅喉丸。無理がすぎたかレスターの剣が羅喉丸を捉える。
『防戦のみでは、抑え込めぬよ』
 堅実鉄壁の守りは、当れば必殺を期せる一撃を持っていなければ、恐れぬ踏み込みを招き、遂には鉄壁を崩す事になろう。
 そして入り込めれば、羅喉丸とレスターとで致命的なまでの差が生じる。
 お互いの体が密接する程の超接近戦。
 この距離だと、相手の武器を見る事が出来ない。いや出来るが、武器を見れば足が見えず、足を見れば目線が見えず、とかく視界に大きな制限を受ける。
 ここで、相手に触れる事でその動きを読む聴勁と密着状態でも威力を保てる寸勁を持つ羅喉丸と、相手と触れ合う距離ではほとんど戦わないレスターとで差が出来るのだ。
 鎧越しでも無視出来ぬ一撃が、二撃目が、三つ、四発、五打と続く。
 この期に及んでレスターは振り払うような大きな動きを見せない。それは致命的な隙を生むとわかっているのだ。
 騎士は城壁、騎士は砦。決して揺れぬ、崩れぬ、侵されぬ。そんな強固な意志が、彼の全身から伝わってくる。
『見事』
 羅喉丸もこの覚悟に、全霊を持って応じる。
 羅喉丸渾身の発勁により、二人を黄金の輝きが包み込む。
 黄色の閃光がレスターの体中を駆け巡るのがわかる。
 そして輝きが潰えた時、この世からまた一人、誇り高き騎士が失われた。

 仲間を助けんのか、と疑問を口にする事もなくヴァルトルーデ・レント(ib9488)は、幾人かの臆病者と同じく一目散の逃走を選んだ陰陽師を追う。
 走りながら斬撃の符を飛ばし、これがヴァルトルーデを斬り裂くが、彼女の足はただの一瞬とて止まる事は無い。
 同じ術を三回程撃った所で、まるで表情を変えぬヴァルトルーデに恐怖を覚えた藤野は、ありったけの大声で叫ぶ。
「おおい! 俺だ藤野だ! 追われている! は、早く助けてくれぎゃっ!」
 語尾に重なるように剣の平を頭部に叩きつけられる。
 振り向きざま陰陽術を行使しようとする藤野であったが、ヴァルトルーデが貫き手で首を突くのが早い。
 少し、拍子抜けするヴァルトルーデ。斬撃符の威力はかなりのもので彼は優れた術士であるとの認識があったのだが、戦闘に関してはもう素人以前に、そもそも戦いに出るつもりが無いとしか思えない程弱い。
 もっとも、そこで油断して手を抜くようなヴァルトルーデではなく、情けとか容赦とかを親の腹の中に置き忘れて来たかのような追撃が藤野を襲い、すぐにぴくりぐらいしか動けぬ有様となる。
 そんな藤野を、ヴァルトルーデは更にトドメとばかりに突き飛ばす。
 いや。直後、ヴァルトルーデに炎の獣が襲い掛かりこれを飲み込んだ。藤野は木の裏に隠れる事ができ難を逃れる。
 剣を盾とかざしていたヴァルトルーデはこれを大きく一つ振る事で、取り巻く炎を吹き散らす。
「何者だ」
 返事は無い。ヴァルトルーデは続ける。
「この男は私が保護した。即ち、既に偉大なる皇帝陛下の財産になっているという事だ。これを付け狙う事がどういう事なのかもわからぬ愚物ならば、相手になってやるからさっさと出て来い」
 気配は、消えた。
 藤野は自分が殺されかけた事に驚き、恐怖している。
 ヴァルトルーデはそんな藤野に淡々と告げる。
「お前にも同じ説明が必要か?」
 勢い良く首を横に振る藤野は、素直に彼女の後に従うのであった。


 詩の話を聞くと、羅喉丸は相貌を崩す。
「そうか、あの二人の弟子か」
 平蔵平治の二人は相変わらずで頑張ってるという話は、羅喉丸にとっても朗報であったようだ。
 靖はブライアンから奪った荷物を興味深げに見下ろしている。蔵人は荷物の送り先に興味があるようだ。
 しかし詩は撤収を即断し、皆これに異を唱えなかった。
 由愛は、荷物を奪った時のブライアンの怯えきった表情と、まるっきり瘴気も精霊の力も感じられぬ荷物とに、奇妙な違和感を覚えるのだった。