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■オープニング本文 牧野達也。彼はその筋では知られた画家である。 とかく強い感情を表わす人物の描写を好み、その迫力はまるで絵の中から人が飛び出してくるよう、と評される程だ。 ジルベリアの写実的な描写を取り入れたその絵は、一つの流派を名乗れてしまう程革新的なものであったが、追随出来る人間が存在しない事から彼の世界は彼のみのものとなる。 その才能に目をつけた商人の近藤貞光が後援者となり、牧野は絵を描き続ける。 描いて描いて描き続けた結果、牧野はとある大物の恨みを買う事となった。 「ああ、ボクの事は構わないで。君は君の好きにすればいいさ、邪魔はしない」 そう言って牧野達也は包丁を振り上げた男の前から身を引いた。 牧野の後ろに居た女性は、牧野に哀願する。 「お願い、助けて……アタシ、まだ死にたくない……」 牧野は彼女の声を無視し、大股にその場を離れる。包丁を持った男は大笑いである。 「はっ! ははっ! ざまあ見ろ! 当たり前だ! お前等を助けようなんて人間居るはずがねえんだよ! お前等がこれまでどれだけの人を泣かせてきたと思ってやがる! 死んで償え!」 女は必死に言い訳をする。 「違うっ! あんたの娘を殺したのはアタシじゃない! アタシは関係無い!」 これは事実だ。この男の娘が死んだ時、同じ場所に居て死に様を見て大笑いしていたとしても、殺したのは別の人間である。 アタシの彼に色目使った罰だよ、と勝手にその彼とやらが娘に懸想していただけなのを棚に上げ、全ての怒りを娘にぶつけていたとしても、直接殺してはいない。 「あるんだよ! お前の親父が俺の娘を殺したんだ! だから俺も奴の娘を殺す! その後はどうなとなればいい! 人殺しには人並みに幸せなんざ許されないんだよ! 外道には! 必ず! 報いがあるんだ!」 男は何度も突き刺し、女は最後の最後まで命乞いをし続けた。 牧野は全てを見届けた後、男に尋ねる。 「これからどうする?」 男は放心状態のまま、ぼうとした目を牧野へと向けた。 「……ああ、アンタ、悪かったな、巻き込んじまって。とりあえず……そうさな、あのクソ野朗がこれでどんな面するか、拝んでやるのも楽しそうだ」 牧野はこんな惨状の最中にありながら、その口調に一切の動揺は見られない。 「親父は殺さないのか?」 「流石に無理だ。志体持ちを包丁でやれると思う程トチ狂っちゃいねえよ」 牧野は、そうか、と答え踵を返す。 「帰るのか?」 「ああ、何かボクに出来る事はあるか?」 「なら、この女の屑親父が、一日でも早くくたばるようカミサマに祈っててくれや」 「わかった。必ずそうしよう」 男はぶはっと噴出し笑う。 「アンタ律儀だなあ! 最後に話出来た人間がアンタでよかった、じゃあな」 牧野はその場を後にし、男は、屑親父に捕まって惨い殺され方をされる前に、自ら死を選んだ。 牧野達也の新作、包丁を振り上げた男には破格の値がついた。 絵画の素人ですら一瞥しただけで凄まじさがわかる、そんな絵に仕上がっていたのだ。 しかし、この絵がヤクザの娘を見殺しにして描いた絵だという事がヤクザにバレてしまう。 組長は激怒し、彼を拉致すべく動き出す。 牧野の後援者である近藤は、商人らしく実に耳ざとい男で、組の動きを知るなり即座に対策を打つ。 開拓者ギルドに護衛を依頼したのである。 「あんなクソヤクザ共なんざ、牧野先生と比べたらこの世の害悪でしかねえだろ! 襲いにくるってんだちょうどいいじゃねえか! どいつもこいつもブチ殺しちまや後腐れもねえ! それとも何か? たまたま現場に居合わせたってだけで牧野先生に罪でもあるってのか! ああ!?」 近藤貞光はそう叫びギルド係員にまくしたてる。 ギルド係員はのらりくらりと彼の言葉をかわしつつ、その組の構成員全てを殺せという近藤の言葉には、きちんと否やを伝えておく。 襲撃に来た敵が生きるか死ぬかは、それこそ戦闘の推移次第であり、そこにはどのような保証もしかねる、と明言した上で依頼を受けた。 またギルド係員は牧野達也にも事情を聞く。 「何故、あのような真似をしたのですか?」 「それはボクを護衛する事に何か関係があるのですか?」 「自殺志願者を護衛するのは不可能です。貴方のした行為はそれに類するものと思われます」 係員の物言いに近藤が憤慨するが、牧野が手を伸ばしてこれを制する。 「いいでしょう。単純に、あの自殺した男の目が、良い絵になりそうだと思えたからですよ」 「目? 良い絵? わかりようにお話いただけますか?」 「あの男は、熾烈な激情を孕んだ良き目をしていました。街中で彼を見つけたのは完全に偶然ですが、彼はきっと、どうしようもない噴火を忍耐の際で堪えていて、いつか必ずそれらが溢れ出すと思ったんです」 だからその時を見逃さぬよう彼を見張り続け、そして決行の日を迎えたという事だ。 この時の見張り続ける動きが、ヤクザ達が行方不明の娘を探す為周辺を調べあげた事で牧野の所業が露見したのだ。 ギルド係員は流石に平静を保てず、胡散臭そうな顔になる。 「……殺しが見たいのなら、戦場にでも出向いたらどうです?」 「熟練者の殺しは、それが熟練者であればあるほどただの作業にすぎなくなる。感情の発露が見たいのなら、逆に人殺しなんて考えた事もない者がそうする方がよほど良いものが見られる」 「だったら、人の生き死にである必要すら無いんじゃないですか?」 「もちろん。ただ、極限状態というものの大半が、人の生き死にに関連しているというだけです」 牧野は、激するでなく強がるでなく、淡々とこれらを告げる。ギルド係員は思った。 『うわー、この人ガチだよ』 しかし口に出したのは別の言葉だ。 「なら、ウチの連中の戦いなんかまるで食指が動かないんでしょうね」 「ああ、開拓者の戦いは前に見た。あれはあれで芸術性の高いものだとは思うけど、ボクが欲しいものじゃないですよ」 「わかりました。じゃあ護衛の間は大人しくこちらの指示に従ってもらいますよ」 「了解です。ボクも死にたい訳じゃあないのでよろしくお願いしますね」 入江寛治組長は、冷酷無情な男として知られていたが、一方で身内にはとことん親身になると言われていた。 なので彼の組の組員に手を出す時は相応の覚悟が必要であり、そう周囲に思わせる事が彼の目的であったとしたのなら、彼のもくろみは見事成功していたと言えよう。 そんな入江が娘を殺されれば、どう動くかは誰の目にも明らかである。 「神子を見殺しにした奴だ、考えられる限り最悪の方法で殺せ。ギルドもクソも関係ねえ。絶対に、殺してやれ」 入江の発破に、組員達は歓声で応える。 組員は皆家族であるかのように振舞ってきた。 ならば組員達もまた、組長が家族であると考えるようになる。これが、入江寛治が入江組を精強無比な組織に仕上げた手法であった。 |
■参加者一覧
川那辺 由愛(ia0068)
24歳・女・陰
シュラハトリア・M(ia0352)
10歳・女・陰
御凪 祥(ia5285)
23歳・男・志
叢雲・暁(ia5363)
16歳・女・シ
野乃原・那美(ia5377)
15歳・女・シ
九条・颯(ib3144)
17歳・女・泰
ケイウス=アルカーム(ib7387)
23歳・男・吟
エドガー・バーリルンド(ic0471)
43歳・男・砲 |
■リプレイ本文 開戦の合図は、侵入者達の悲鳴と絶叫であった。 川那辺 由愛(ia0068)とシュラハトリア・M(ia0352)の二人が仕掛けた地縛霊に絡め取られたのであろう。 そんな中エドガー・バーリルンド(ic0471)は、勝手に家屋に穴を開け作った銃眼より、殺到する者達に銃撃を浴びせる。 それでもまるで怯む様子もない敵に、エドガーは思わず嘆息する。 「面倒な連中だが……手間ではねえな、まぬけ(Booby)がかかったか」 エドガーの居る場所を潰しにかかったチンピラの足元が盛大に破裂する。 これで後続の足が止まった所にエドガーの銃弾がこれを射ぬく。 と、チンピラ達の間を縫うように走る人影が。 彼は勢いそのままに低く長く跳躍し、エドガーの銃撃の合間を上手く突いて近接を狙う。 身を翻し、部屋の中に逃げ込むエドガー。明らかな近接職と接近戦をする程愚かではない。 敵が追って来るのを見て、エドガーは逃げながら銃先を脇の下を通して背後に向ける。 あてずっぽうで撃って当るものかと突進する敵、エドガーは銃先を下方に向けこれを発射。 床に当った銃弾は、眩い光を放っていた。 閃光に目がくらむ敵に、遮蔽と距離を取ったエドガーが再び銃撃を開始する。 この時、動きを封じる意味で敵の足を撃ち抜く事も忘れない。 敵は遠距離攻撃手段を持っておらぬようで、ただただ愚直に突っ込んで来る。 それは、エドガーにとってあまりして欲しい行動ではない。 弾込めがある以上、近接までの間でしとめきる事は難しいのだから。 一足の距離まで後数歩の所で、エドガーは声を上げる。 「おーけい、待った待った。わかった、銃を捨てるよ、降参だ」 そう言って言葉の通り長銃を敵の方へ放り投げる。 訝しげな顔でこれを受け取る敵。いっそ見事なぐらい、隙だらけである。 袖の内に隠していた短銃を抜き撃つ。 騙されたと気付いた敵は血の飛沫を引きながら激昂し飛び掛ってくる。 「砲術士にも近付かれたなりのワイルドカードは用意してんだ」 この大振りを潜ってかわしつつ、胴に深々とバヨネットを突き刺した。 「これも仕事。悪く思わないでくれよ?」 九条・颯(ib3144)は興味が湧いたのか依頼人牧野の書いた絵を見たいと言った。 牧野は面倒がるでもなく今までに描いたものを幾つか見せてくれた。 同席していたケイウス=アルカーム(ib7387)は、その絵を凝視したまま固まってしまう。 颯にも、それが絵の域を超えた迫力を備えたものである事ぐらいはわかった。 しかしそれでも問わずにはいられない。 「こう、もう少し精神衛生上心地好い過程で生れた作品がないものか?」 絵を見れば、その背景に壮絶な感情の吐露とそれに繋がる切迫した事情があろう事は、素人にでもわかる。 「誤解の無いよう言っておくけど、ボクは別に誰かを不幸にしたいなんて思ってはいない。ただ、ボクはボクの見たい絵を描いているだけだ。ボクの見たい絵は他に誰も描いてくれないんだから、自分で描くしかないじゃないか」 色々と、言いたい事も颯にはあったが、恐らくこの天才には、何を言っても通じはしないだろうとも、思えた。 じっと絵を見続けていたケイウスがぼそりと口を開く。 「……もう、二三年もすれば、見ずとも描けるようになるんじゃないかな」 牧野は一瞬驚いた顔を見せた後、にこりと微笑む。 「そうだね、ボクもそう思う。それはとても、残念な事だとも思うがね」 ケイウスは答えて言う。 「いいや、きっと、そこまで行って始めて、君は見たい絵ではなく描きたい絵に思い至るよ」 じっとケイウスを見つめる牧野。 「どうしてそう思う?」 今度はケイウスが微笑む番であった。 「理由や因果を万人が理解出来る言葉にして欲しいのなら、吟遊詩人ではなく哲学者に頼むんだね」 颯の武器も九字の武器も手甲に近いものであり、その攻防は無手のそれである。 二人の武技は拮抗し、どちらが有利ともつかぬ持久戦の相を呈してくる。 フリを、颯は見せていた。 概ね九時の技量を見切ったとなるや、疾風の如く動く。 俊足の踏み込みから上段を狙った拳を構え、一度も見せていなかった足技。突き出した膝が九字の腹部にめり込んだ。 後退する九字に、更に一歩踏み出しながらの蹴り上げ。 これが顎を捉え九字の体が宙に浮く、そこを逆足で更に蹴り上げる。 信じられぬといった顔で倒れる九字。 一気にカタをつけた颯は、恐らく苦戦しているだろうケイウスに目を向ける。 それはちょうど、周蔵の三節棍がケイウスの腕を捕えた瞬間であった。 周蔵もかなりの怪我を負っているのが見てわかるが、より以上にケイウスが各所に抱えた傷が目立つ。 サムライ相手に吟遊詩人が踏ん張っているのだから当然といえば当然だ。 強打の苦痛からか、手にした竪琴を取り落とすケイウス。 慌てて援護に向かう颯であったが、ケイウスはというと落とした竪琴には一瞬のみ視線を送り、周蔵の更なる追撃を誘う。 節のある蛇は波打ちながら再度ケイウスを打ち据えんと伸びるが、これをケイウスは横っ飛びにかわす。 落とした竪琴から距離が空いてしまうような跳躍は周蔵にも意外であったが、有利であるのならそれに越した事はない。 術の無い間に、と勇み飛び込む周蔵の全身を、凄まじい重圧が襲う。 小声でケイウスが口ずさむメロディーがこの効果を生み出していると知った周蔵は、ハメられたと察するももう遅い。 動きの鈍った周蔵の連撃をかわしつつ、トドメの歌をまともにもらい、周蔵は声もなく倒れ伏すのであった。 あちらこちらからと殺到する雑兵は、罠やら罠やらに任せておきつつ、叢雲・暁(ia5363)は一人の敵に集中する。 事前に聞いていたが、実際に遭遇すると、コレが一番厄介かもしれないと思える。 まるで建物の構造全てを熟知しているかのように動き回り、遮蔽を確保し銃撃を行う。そしてすぐさま移動。これをひたすら繰り返すのだ、敵は。 暁はそんな敵を追う。すぐに敵も気付き、長銃を抱えたまま走る。 暁は屋内の構造を頭に浮かべながら、空間を削り取るようにして敵の逃走経路を潰していく。しかし、一人では全ての移動経路を潰すのは不可能に近い。 陰陽の罠に追い込む形も、それがある、と知られている以上、よほど突飛な場所に仕掛けたものでなければこれを踏ませる事も出来ず。 実際逆の立場であったのなら、暁もかわしきる自信はある。 立ち回りは五分といった所。 だからこそ、暁はほくそ笑む。 「手の内が晒されているというのは哀れな物よな〜〜」 元シノビの砲術士、そこまで割れていれば敵の行動予測も難しい事ではない。 そして、既にシノビを辞めた者と現在進行形のシノビとでは、機動性に雲泥の差が生じよう。 廊下の半ばまで暁が走った所で、突き当たりの角より敵が姿を現す。 回りこまれたか、と敵が銃を構えるより、暁の疾走しながらの斬撃が速い。 急所を一閃、と見せかけての下段蹴り。膝を崩してから確実に腕を絶ち、反撃の銃弾を鈍くしてかわし、最後に、急所に刃を放つ。 「キサマは、砲術士としてもシノビとしても二流なんだよ」 二流の技では一流のそれに抗し得ないのなら、二流を幾つ揃えても一流には勝てぬ道理だろう。 「あは、あなたが三造さんかな? かな? 目的の人はそこにいるけど、その前にボクと遊んで貰いたいな♪」 両手を腰の後ろで組み、首をかしげながら野乃原・那美(ia5377)は、戦いとはまるで縁の無さそうな歩き方で甘粕三造へと歩み寄る。 突如、苦無が三造を襲う。 那美は手を後ろに回したまま、足裏に貼り付けておいた苦無を足を振り上げながら放ったのだ。 この奇襲にも、三造は苦無の柄を見切って掴み防ぐ。那美は既に刀を抜いていた。 「まずは軽く挨拶だったんだよ♪ ここからが……本当の遊びなのだ♪ お互いの命を賭けた遊び、楽しむんだぞ♪」 三造は、こきりと首を鳴らす。 「……命を? いいや、賭けるのはテメェの尊厳って奴さ。俺達に逆らっといて、人間として死ねると思うなよ」 ヤクザ全開な脅しにも、那美の顔に刻まれた笑みが崩れる事はない。 三造の斬撃間合いを細かく出入りし、切っ先の軌跡を観察し、この剣先に自らの忍刀を触れさせてみる。 忍刃の端を、切っ先がこすっていくのがわかる。剣は鋭いが、伸びはない。 三造もいっぱしの剣豪だ。那美が足を止め、笑みを深くした意味を、すぐに理解する。 「さて、そろそろ決めさせて貰うのだ♪」 言下に、お前の剣は見切った、と言われ、咄嗟に構えを切り替える器用さを持ち合わせており、信じられぬ速度の踏み込みにも対応しきってみせる。 相打ち上等な一歩、そう見た三造は身をよじり必殺の斬撃をかわしにかかるが、次の瞬間、三造の視界から那美の姿が消える。 「残念♪ 後ろで・し・た♪」 熟練シノビとの対戦経験の無い三造に、夜の術の不可思議を理解する事は出来なかった。 戦闘が牧野の周辺にまで広がってくると、襲撃者の必死の形相に牧野は驚きと喜びの顔を見せる。 川那辺由愛は、面倒な事になりそーだなー、と思ったが、多分言っても無駄なので止めるよりフォローを考える。 「ねえ」 声をかけると牧野は振り向く。 「ああ、すまないがもう少し見させてもらっても……」 「そこだと、最後の瞬間見逃すわよ」 「何?」 由愛に手を引かれ牧野は廊下に出てすぐの場所に立つ。牧野を見つけ駆けよってきたチンピラは、仕掛けた地縛霊にかかり絶叫を上げた。 そのまま絶命する男を見て、由愛はあちゃーと肩をすくめる。 「確か、しぶとく生きてるのが良いんだっけ?」 「しぶとく行きようとしているのは良いな。結果が伴うかどうかは問わない。ただ、流石に即死では何とも……」 牧野と由愛が廊下に出て来たのにシュラハトリアが気付くと、とてとてと小走りに駆けてくる。 「あれ? 牧野のお兄ちゃん?」 ちょうど良いとばかりに由愛はシュラハに声をかける。 「シュラハシュラハ、この人、息の根止めないでもがくのが見たいんだってさ」 「はーい」 不穏極まりない発言にも、シュラハは二つ返事だ。 次に飛び出してきたチンピラの片足を円盤状の斬撃符で切り落とす。転倒した男は、しかし、憤怒の瞳で牧野を睨み、両手で必死に這いずって来る。 「こんな感じぃ?」 返事は牧野の態度でもらえた。牧野は目を大きく見開き男の前へと駆け寄っていく。 男は取り落とした刀を拾う。その腕を、シュラハの斬撃符が切り落とす。男はそれでも絶望せず、刀を口にくわえて伸び上がろうともがく。 由愛は次の男の動きが読めたので、牧野の前に立つよう移動する。 牧野との身長差からそれでも牧野の視界を遮る事にはならないので、問題は無いだろう、とちょっと自分で考えてへこみながら。 案の定、男はくわえた刀を全身のバネを使って牧野へと突き刺しにかかる。由愛が間に合い合口にてそらす。 「ちょっと、近づきすぎ……」 抗議が口を突いて出そうになるが、由愛は思わずこれを止める。 牧野は満面の笑み、こんな嬉しそうな牧野を由愛は初めて見る。 「……本当、良い趣味しているわね?」 とはいえ、これ以上は流石に危ない。 罠地帯を気合と度胸で突破して来た根性者に向け、由愛は手をかざす。 大気を、黒い波動が目に見える形で伝っていき、その男を通り過ぎる。 男の肌が真っ黒に染まる。これは、皮膚という皮膚から、血が噴出して来たせいだ。 その場で悶絶した男は、数秒の間悶えたあと、動きを止めた。 シュラハはシュラハで見るからに優れた体躯を持つ男を見つけると、手にした人形をそっと床に置き、その頭上の空間に合口で切り込みを入れる。 何も無い空間を刃は切り裂き、開かれた空間の傷口から、溢れ出すように鮮やかな桃色の物体が零れ落ちて来た。 人形を軸にあっという間に大きく育ったソレは、腐臭を撒き散らしながら男に向かって進む。 男はその余りの奇怪な容貌に足が竦み、その間に桃色の物体は男を完全に捉え包み込む。 くぐもった悲鳴が途絶えると、シュラハは桃肉の前まで行き、これをかきわけ中の男の亡骸を取り出し、いとおしげにこれを愛でる。 牧野はそんな光景を目の当たりにしていながら、平然とした様子で由愛に問うた。 「アイツも画家か? アレはアレで確かに芸術性は高いと思うが……」 「そんなんじゃないわよ。アレはあの娘の趣味よ、趣味」 牧野は小首をかしげて言った。 「趣味? 絵に残すでなく、俳諧に乗せるでなく、ただそうするのが目的だと? ……変な奴も居るものだなぁ」 由愛は大笑いしながら牧野の背中をばんばんと叩く。 「あはははは、アンタも冗談言うんだ。今のは結構面白かったよ」 御凪 祥(ia5285)の投槍を、入江寛治は真下より振り上げた刀撃にて防ぐ。 ほぼ同時に祥が逆の手に持っていた片鎌槍を突き出すと、衝撃の風が入江の後ろを追随していたチンピラ達を吹き飛ばす。 その後しばらく、祥は入江をあしらいつつ共にある部下の処理を優先する。 全ての部下を倒した後、改めて入江に向き直ると、入江はこの間に祥に与えた傷と自分との技量差とを考え、冷静に判断を下す。 「おい、このぐらいにしとかねえか?」 「なに?」 「もう充分殺したろ。ここらで手打ちにしとかねえかって話だ。無理して怪我するのも馬鹿馬鹿しい話だ」 祥は胡散臭そうな顔になる。 「娘の敵討ちはどうする?」 「敵討ちをして見せなきゃなんねえ相手が、このままじゃいなくなっちまうって話だ。娘が欲しけりゃまた作るさ」 祥は片手で顔を覆い天を仰ぐ。 「……守るに値しない人間の護衛など初めてだったが……なるほど、敵もまた、それに相応しい相手、か」 入江が弾き飛ばした槍が、彼方から飛翔し戻って来る。これを受け取りながら祥は訊ねた。 「ここに押し入った段階で、お前は法による処罰を受けなければならなくなっている。これを、素直に受け入れるという話か?」 「おいおい、それじゃこっちに旨みも何もありゃしねえじゃねえか。それじゃ交渉にゃならねえよ」 「だろうな。つまりは、そういう……」 皆まで言わせず、入江が隼のような鋭さで踏み込んで来た。 が、突き出した槍が侵入を防ぎ、薙いだ片鎌槍が後退を促す。 そこからは、ただひたすら一方的に突き、払い、入江を追い詰めていく。 「待て! わかった俺が……」 そんな辞世をまるで感じさせぬ一言を最後に、祥は入江の急所を貫いた。 ここまでの下衆野郎だ。きっとこれで、依頼人とは別の誰かが救われる事になろう。 そうとでも思わなければ、やってられない祥であった。 |