【藪紫】戦勝祝い
マスター名:
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 普通
参加人数: 22人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/05/12 17:47



■オープニング本文

 後に岩団扇の戦い、と名づけられる魔の森侵攻作戦は終わった。
 大アヤカシを打倒した事で、ここら一帯の魔の森は焼き払う事が可能となり、程なくして人間の領域に組み込まれていくだろう。
 戦士達は岩団扇の守兵以外、皆睡蓮の城へと集まる。
 今夜は城に備蓄してあった戦略物資を放出しての、大戦勝祝いなのだ。

 風魔弾正は相談事があって藪紫の元を訪れる。
「何があった?」
 思わず尋ねずにはいられない程、藪紫の顔色は悪い。
 藪紫は誤魔化す気はないのか正直に答えた。
「身内が問題を起こしまして……とはいえ、既に解決していますので、後は、私の気の持ちようだけです。すみません、もう大丈夫ですから」
 そうは見えないが、弾正もこれ以上は追求しない。
「そうか。なら私の用件だが……」
 平たく言えば、早く給金寄越せ、という話だ。
 藪紫は上目遣いで弾正を見つめる。
「今夜を待たず出るつもりですか?」
「早い方がよかろう」
 藪紫は机の上に積みあがっている書類から一枚を引っ張り出し、弾正に手渡す。
「ジルベリアとか、どうですか?」
 虚を突かれた顔をする弾正は、書類を丁寧に読み直し、笑みを浮かべる。
「まいったな、天儀の外という発想は無かった。なるほど、それは上手い手だ」
 藪紫には、弾正を陰殻に置いてはおけぬ理由があった。
 今回の戦は藪紫が全て仕切ってのものだが、世間的にはそうは見られないだろう。所詮二十歳前後の小娘というのが一般的な藪紫への見方だ。
 なら誰が、となった時、当然出てくる名前が風魔弾正だ。
 彼女が僅かな手勢で魔の森に攻め上り、大アヤカシを打倒し領土を奪って来たとなれば、後継者問題を抱えるこの後の陰殻の展開は火を見るより明らかだ。
 これを避ける為に弾正は一刻も早い退出を願ったのであり、藪紫にも引きとめる事が出来ぬ程の大事なのである。
「私の知名度がもう少し高ければよかったのですけど」
「敢えてそうしてるクセに何を言うか」
 犬神の里が勢力拡大に風魔弾正を利用し、事が済んだので放逐した、と世間様は受け取るだろう。それが妥当な落としどころだ。
 誰も、卍衆まで務めた弾正が、自らを鍛え直したいので前線に出るなんて寝言を言ってるとは思わないのである。
 不意に外から声がする。
「錐だ、入るぞ」
 扉を開き入って来た錐は、弾正が居るのに気付くと出直そうとするが、この話し合いに錐も居た方が良いとの事で三人での話となった。
 弾正がジルベリアに行くという話を聞くと、錐もその立場の難しさと彼女の希望を理解していたので、それは良いと大いに頷き、朧谷の里からも弾正への報酬を用意してあると伝える。
 報酬の二重取りは最も信頼関係を損なうものだが、今回の場合に限っては、犬神、朧谷、双方から頼まれたという体を取っておく方が良いと思われたし藪紫も錐もそのつもりで言っているので、弾正はこれをありがたく受け取る。
 給金の山を見て、弾正は感慨深げであった。
「ふむ、これはこれで、良いものかもしれんな」
 不思議そうに錐が問い返す。
「卍衆の給金には遠く及ばないと思いますが」
「いや、卍衆以前はのし上がるのに無駄遣いしている余裕は無かったし、卍衆として手に入れた金は卍衆・風魔弾正を維持する為の金であって、全て私の金という感覚は無かった……私が自由にして良い金か、凄いな、少しわくわくして来るぞ」
 藪紫と錐は同時に思った。
『うわ、何この人可愛い』
 では、と感慨も何も無くさっさと退出しようとした弾正を、錐と藪紫の二人がかりで止める。
「今夜の主役の一人でしょうに」
「弾正様もこういう場にも慣れておくべきでしょう。ああもちろん、乾杯の前に一言ご挨拶いただくので演説の用意お願いしますね」


 親友の雲切を前に、藪紫はやはり青ざめた表情を隠しきる事が出来なかった。
「……聞いて下さいますかやぶっち。わたくし、また、開拓者の方々にご迷惑をおかけしてしまったんですわ……」
 自殺紛いの特攻を、雲切がしでかすのはこれが始めてではない。藪紫は過去に何度もこれに遭遇し、怒って諭して泣き落としすらして改善せんと試みたが、どうしても雲切はこのクセを治そうとはしなかった。
 元より必要に応じて自身の命をすら天秤にかけるのはシノビの正しいあり方だ。文句なぞつけようもない。
 藪紫は、もちろん諦めてはいないが、表面的にこれを嗜めるのは随分前からしないようになっていた。
「で、ですね。実はわたくし、困った事になってしまったのです。その、今まで全然、戦いに行くのが怖いなんて思った事も無かったのですが……それが、少し、怖いなぁって思うようになってしまって……」
 我が耳を疑う藪紫。まさか、歩く蛮勇と言われた雲切から、戦うのが恐ろしいなぞという言葉が聞かれようとは。
「な、何があったのよくもちゃん!?」
「そ、それが、その……ですね。わたくしに死なれるのは辛いと、おっしゃって下さる方がいまして……そ、それでですね、わたくし考えたのですが、もし、ですよ。もし逆にその方が亡くなったら、と思うと本当に背筋が震える程恐ろしかったのです」
 藪紫は無言のまま。
「そんな思いを、させてしまうと考えると、わたくしが戦って敗れたりしたら、何とも申し訳なさすぎるなぁって。思いまして……その……」
 藪紫は、ひきつった笑顔であった。
「ああ、うん、そうなんだ。全く同じ事を私もむかーし言ったと思うけど、くもちゃんぜーんぜん聞いてくれなかったよね」
「やぶっちは大丈夫ですわ! だってやぶっちですもの!」
「うん、その時もそー言ってたね。その意味不明な信頼に殺意が沸くわ。てか、一応、聞くわよくもちゃん」
「はい?」
「その方、男性の方?」
 雲切は真っ赤になって俯いてしまった。
「あー、そー、もー勝手にすればー」
「ええええ! ちょっと待って下さいまし! た、戦いが怖いままではわたくし困りますわ! やぶっちもどうすればいいか考えて下さいまし!」
「だってー、わたしー、そーいうのけいけんないしー、もう毒女確定してるっぽいしー、ふーんだ、結局最後はオトコかどちくしょー」
「え、え、えー、やぶっちどっか行かないでー聞いてくださいまーしー」
 ここも案外、平和っぽかった。


 傭兵、正邦は龍を下ろした御坂十三と肩を並べて廊下を歩く。
「おい御坂。ここの空はどうだった?」
「最高だ。荷運びさえなきゃ言う事ないな。ただ、地上はダメだ。最悪だった」
「原因は何だと思う?」
 御坂十三は真顔で答えた。
「運が悪かったんだろ。それ以外は、最高の戦場だったんだから」
 正邦は改めて、傭兵という自分の立場が如何にか細い糸の上のものかを認識する。
「そうだな。俺もそう思う」
 通路の奥から新平が、通路沿いの扉が開いてゆみみが、それぞれ顔を出して来た。
 正邦は、今日は全てをさておき、浴びる程こいつらと酒を呑もうと決めたのだった。


■参加者一覧
/ 北條 黯羽(ia0072) / 佐久間 一(ia0503) / 八十神 蔵人(ia1422) / 秋桜(ia2482) / 叢雲・暁(ia5363) / 久我・御言(ia8629) / 狐火(ib0233) / ネプ・ヴィンダールヴ(ib4918) / リィムナ・ピサレット(ib5201) / 叢雲 怜(ib5488) / アルバルク(ib6635) / ジャリード(ib6682) / 八条 高菜(ib7059) / ジャン=バティスト(ic0356) / アルバ・D・ポートマン(ic0381) / 土岐津 朔(ic0383) / 水瀬・凛(ic0979) / ナツキ(ic0988) / ソル・A・T(ic1204) / 月花・A(ic1205) / 樊 瑞希(ic1369) / 病葉 雅樂(ic1370


■リプレイ本文


 風魔弾正は開会の挨拶をさせられるも、如才なくこれをこなし宴は始まる。
 皆思い思いに騒ぐ中、弾正は便宜上上座に位置する場所に座り、酒を手に取る。
 そこに、八十神 蔵人(ia1422)が現れ隣にどっかと座り込んだ。
「弾正ちゃんおいすー」
「…………」
 リアクションに困っている弾正を他所に、手酌は無しやでとその杯に酒を満たす。
 小さく嘆息した後、弾正はこれを一口で飲み干し、今度は蔵人の杯に酒を注いでやる。
「もういい、好きに呼べ」
「おっとまさか当人から許可が出るとは思わなかったで」
 ここで突っ込んだら負けなので、弾正は無言を押し通す。
 すると、すぐに次の来訪者が。
「おう弾正、ここに居たかい」
「弾正さまー、飲んでるー」
 北條 黯羽(ia0072)と華玉の二人が肩を並べて歩いてきていた。
「おっ、綺麗どころとは嬉しいやん」
 あはは、と笑いながら華玉が返す。
「おさわりは無しでね」
「へいへい」
 黯羽も弾正の隣に座り、ご苦労様と声をかけてやる。
 岩団扇の城での苦労話はここに居る四人なら幾らでも出てこよう。
 そんな話を続ける中、黯羽は弾正の今後の身の振り方について訊ねると、特に隠す事でもないと弾正はジルベリア行きの予定を話してやる。
 そこで何をするかはまるで決まっていないが、かの地なら風魔弾正の銘も一シノビのそれに過ぎないであろうと。
 華玉はもうこれでもかっつー勢いで失望顔を晒す。犬神に留まって欲しいと本気で思っていた模様。
「えー、ウチなら卍衆より良い待遇用意出来るのにー、やぶっちが」
 愚痴る華玉に、黯羽は笑ってこれを嗜める。
 追放に近い処理ではあれど、弾正自身がまるで悲観的な顔をしておらず、むしろ自らそう望んでいるフシさえ見受けられ、ならば黯羽は気持ちよく送り出してやるのみだ。
 蔵人もその身の振り方に意見は無いのか、好意的な返事をかえす。
「まあ真面目にジルベリア行くんやったら開拓者登録して龍一匹馬一頭でも用意したら? 雪国やし、移動が楽やで」
「開拓者か、私はどちらかというと適時契約する傭兵の形の方がありがたいがな。しかし忠告は聞いておこう。せっかく給金も出た事だし、龍の一頭でも揃えてみるか」
 開拓者ギルドならば風魔弾正を抱え込んでもビクともしないだろうが、やはり弾正は何処かに属するのに抵抗があるようだ。
 蔵人は嬉しそうに続ける。
「ところで報酬、弾正ちゃんは何に使うん? 福袋で人妖と妖精狙う? 狙っちゃう? 鍛冶で限界いくのもええな」
「おいこら、移動用という話は何処に行った。それにだな、せっかく未知の土地へと向かうのだ。買い物をするのなら是非ともそちらですべきであろう」
 蔵人、黯羽、華玉の三人は思わず目を見張った後、三人揃って噴出した。
 華玉は笑いながら酒を煽る。
「いっやー、かんっぜんに観光気分じゃないですか」
「な、なんだ。私が物見遊山をしたっていいではないか。噂に聞くジルベリアは随分と天儀とは異なった文化があるというし……」
 黯羽は弾正に酒を注ぎながらやはり笑う。
「いやいや、良い事だって言ってるのさ。さー飲め飲め」
 蔵人は、初対面の頃とは比べるべくもない風魔弾正の有様は、本来のそれが出たのか、環境の変化によるものなのか、いずれとも判別しかねたが、それはそれで、また仕事があったらご一緒したいと思う程度には好ましく思えるのだった。

 宴が始まるとソル・A・T(ic1204)はこの宴の幾つかの問題点に気付く。
 盛り上げ役を買って出ようというだけあって、宴全体を良く見ていたのだ。
 ソルはまず、犬神の兵達が集まる場所で皆に酒を勧めつつ、全体の様子を伺う。
 シノビの軍とは思えぬ程開放的な連中だ、これならこちらはそれほど問題はないだろうと次へ。
 もう一つの集団、朧谷のシノビ達にはまず月花・A(ic1205)を向かわせている。
 朧谷のシノビ達は見るからに閉鎖的な雰囲気があり、なら悪意を持ちようがない月花でとっかかりを作ろうという訳だ。
 しばらく任せてた後、戻ってきた月花に話を聞く。
「えっとね、みんなおじょうずっていってくれた。それで、たべものとおさけいっぱいくれたよ」
 これだけで充分。閉鎖的に見えるが、朧谷も若い連中が主力であるだけに、柔軟な所もあるようだ。
 ソルは、ならばと犬神側、朧谷側双方に、飲み比べをしないかと持ちかけた。
 司会はもちろんソルが行い、月花はその助手としてこまごまとした準備を行う。
 因縁浅からぬ二つの里同士だ、事と次第によっては大騒ぎに発展しかねない。
 しかしソルには自信があった。
 程なくして飲み比べが始まると、怒声と罵詈雑言が飛び交うとんでもない騒ぎになるが、どちらも飲み比べの域を超えた争いをしようとはしない。
 月花はびっくりした顔である。
「ぬしさま、みんなすごい。ものすごいいっしょうけんめい」
「そうだな、全く、どっちも良くやるぜ」
 そう、月花もこれを見て不安がったりする事は無い。何故なら、双方がお互いに対し敬意を持っているからだ。
 共に生死の境を潜り抜け、天儀では最も強力な敵と言われる大アヤカシ軍とたったこれだけの人数で戦ったのだ。
 そんな相手を、軽蔑だの愚弄だのしている訳がないのだと。
 ソルの視線の先では、飲みつぶれた犬神の兵を、朧谷の兵が笑いながら助け起こし、一言礼を言っているのが聞こえた。
 戦場で、どうやら彼等は助け合うような事があったようだ。
 そういった事を素直に口に出来る機会を、ソルは作ってやりたかった。
 別にこれがきっかけで両里の恨みが消えてなくなるわけでもないし、いきなり明日から仲良くやれるはずもない。
 だがそれでも、共に戦った仲間として、一緒に酒が飲めるぐらいはあってもいいのではないか、と。
 月花も、今度はこっちに酒を、こっちに樽を、と急がしそうに走り回っている。
 と、月花は何を思ったか、一段落つくなり酒のつまみを持ち帰れるように包み始めたではないか。
「うわ、やべっ」
 流石に宴の最中にこれは興を失うだろう。ソルももちろんそうするつもりで月花にも言ってあったのだが、今されるのは都合が悪い。
 慌てて動こうとするソルであったが、シノビ達はこれを見るなり、一緒になって包みを作りはじめた。
 これももっていけ、これは美味いぞ、と次々作られる包みで、月花の用意した風呂敷はあっというまに一杯になってしまう。
 全員に一々律儀にお礼をしている月花を見ながら、ソルは、陰殻のシノビも一皮剥けば何処にでも居る気の良い連中なのだな、と自然に笑みが零れるのだった。

 秋桜(ia2482)が錐の杯に酒を注ぐ手つきがあまりに堂に居っていた為、錐は思わず訊ね返す。
「驚いたな、学んで身に付けられる域を超えてるぞそれ」
 微笑して秋桜。
「女の過去をあまり詮索するものではありませんわよ」
「そいつは失礼。後、一ついいか」
「はい?」
「幾らなんでも飲みすぎだろお前。まだ宵の口だぞ」
「あまり酔えないタチでして。しかし本当、良いお酒が揃っておりますね」
 とてもおいしそうにこれらを飲む秋桜に、まあ好きにしろと自分の杯に手を伸ばす錐。
 そして絶妙のタイミングで錐の空いた杯に酒を注ぐ秋桜。
 錐からの返杯を受けた所で秋桜は声を潜めて言った。
「……錐様は、犬神の皆様と懇意にし過ぎた気が致します」
 錐は表情を変えぬまま言う。
「そうだな、本来なら内通を疑われている所だ」
 両者無言。先に口を開いたのは錐だ。
「里に戻ったら、里長に犬神とは絶対に戦わぬよう話すつもりだ。もちろん懇意にしたからではなく、単純に勝てぬからだが」
 眉をひそめる秋桜に、錐はやはり表情を変えず。
「危険な行為だとはわかっている。だが、このまま犬神と事を構えたままでいけば、遠からず良く無い衝突が起こる。そうなってから和解の道を探ったとて、恐らく彼我の実力差から屈辱的な結果を迎える事になろう。それだけは断じて避けねばならん」
 嘆息する秋桜。
「その貧乏籤を引きたがる癖は治りませんか」
 錐はこれまでに何度も秋桜の忠告を受けている。随分と心配をかけているな、と自嘲しつつ錐は今回の戦いで得た強力な選択肢の一つを提示してやる。
「なに、どうしようもなくなったら、その時は開拓者にでも頼るさ」

 叢雲・暁(ia5363)は黯羽と華玉を前に人差し指を立てる。
「まず、ジルベリア観光旅行を楽しみにしてる。これを探り当てたのは大変よろしい。だが、まだあるだろう。風魔弾正の趣味嗜好を探るに今こそが絶好の機会よ」
 華玉は酒が入ってるせいか超乗り気であり、黯羽もまあそこそこ乗りながらやりすぎぬよう眼を光らせる。
「各人には、実はジルべリア系のクリーム特盛菓子に眼が輝くとか、そういった特秘事項の発見を期待する」
 華玉はそこで口を挟む。
「ねえ、じゃあ賭けない?」
「なにかね華玉隊員」
「弾正様、ロリかショタか」

 ネプ・ヴィンダールヴ(ib4918)は比喩的な意味でなく直接的な意味で尻尾を振りながら弾正と相席している。
 またこれと一緒に、叢雲 怜(ib5488)も同じ席で肉を口にしている。
 二人は戦闘の模様を事細かに弾正に語っており、やれあの敵は面倒だっただの、面白かっただのと実に賑やかでとりとめがない。
 実際、二人が参加した作戦がどんなものだったかの報告は受けている弾正は、このちっちゃくて可愛らしい二人が優れた戦士であるとわかってはいる。
 しかし方や、巨大なアーマーアヤカシを迎え撃った頑強な勇士であり、方や絶望的な戦力差の戦地へ飛び込んだ命知らずであると言われても、にこにこぱたぱたしながら話を続けるネプや、散歩の最中の飼い犬のように懐いてくる怜を見て、如何な弾正とて猛者といった単語を連想するのは難しい。
「ホント、見た目ではないよな、開拓者は……」
 しみじみとそう語ったそうな。
 いっそ開き直って子供か犬をあやすように頭でも撫でてやれればいいのだろうが、さしもの弾正も仮にも戦士に向かってそこまでやれるほど色んなものを吹っ切ってはいない。
 例え相手が子供に見えようとも、何なら本当に子供であってすら、それが優れた戦士であるのなら払われるべき敬意を向けるのである。
 しかし、見た目にそぐわぬザルなネプに酒を注ぐのはちょっと抵抗があったようで、逆に怜が酒は飲まないという話をしたところ妙に安堵したとかなんだとか。
 風魔弾正もやはり武の世界に身を置く者。ネプが語って聞かせるアヤカシ独特の技術や怜が話すアヤカシの中でも際立って腕の立つ相手の話を好まない訳はない。
 だが、二人の語り口調はどう贔屓目に考えても近所の子供達が隣村のガキ大将をやっつけてきたー的なそれであり、実は弾正、見た目にはわかりずらいが結構リアクションに困っていたりした。

「ふむ、風魔弾正、実は子供が苦手、と」
 謎の閻魔帳に記入する暁。
 華玉は無理に成人を相手にするような口調を崩さぬままの弾正を見て笑い転げていたり。
 そこで黯羽がようやくツッコミを入れる。
「というかだ。お前等、どっちが女だと思ってるんだ?」
 まずは暁が。
「え? そりゃあのネプって娘の方でしょ」
 驚き振り向いて華玉が。
「え? 何言ってんの、あの怜って娘の方でしょ」
 大きく溜息をつく黯羽。
「バカモン、どっちも男だ。お前等揃って飲みすぎだ」
 確かに華玉は目が据わっていた。
「それは……夢のようね、ちょっと弾正様と席代わってもらってくる」
 暁はこの言葉に、顎に手をあて深く考え込む。
「……薄い本が厚くなるな」
「二人共いいから一度酒をぬけ。後暁お前一体何考えたか正直に言ってみろ」
「ふっ、いいだろう。ならば一晩かけて貴様をにじそーさくの海に溺死させてしまっても構わんのだろう? 後僕は別に酔ってはいない。酒にのまれるようなシノビはそこの獣の目をしてる二流だけで充分だ」
「……酒抜きでそれって方が、よほど救えないだろ」
 そこで、いい加減無難に切り抜けるのが難しくなって来ていた弾正から、黯羽に視線でのヘルプが入る。
「しょうがねえなあ、ほら、お前等も行くぞ」
 嬉々として華玉は混ざり、暁は、ならば風魔弾正にこの夢妄想の続きを語るとしようかなどと洒落にならない事を述べつつ参加し、複雑に賑やかな様相を呈する。
 これ幸いと弾正は一時中座するが、華玉はもうこれでもかって勢いで怜をいじりだすし、暁も暁で結構弾正と接点が多かったネプへの事情聴取に余念が無い。
 少しして弾正は両手一杯に抱える程の皿を持って来た。
「おい、追加の食事をもらってきたぞ」
 皿の上には話をする中で弾正がさりげなく聞いていたネプと怜の好物を山と積んでいたり。
 もちろんすぐにネプは目を輝かせて飛びつく。
「お汁粉なのです! おおっ! 油あげもあるではありませんか! 流石弾正様なのです!」
「ははっ、別に誰も取らんからゆっくり食べろ」
 怜用には各地の調味料を用いて味に差をつけたとりどりの肉料理を。
「ありがとう弾正姉! ぜ、全部はダメだけど、弾正姉も一緒に食べよっ!」
 はいはい、と席に着く弾正。何やかや言いながら案外子供相手の仕方も理解しているようで。
 暁は訳知り顔でぼそりと呟く。
「弾正『姉』、ねえ……」
 すぐに、貴様それより先を口にしたらその口捻り切ってやるぞ、的な視線が向けられた気がしたので暁は矛先を引っ込める。
 NINJAたる者、機を見るに敏なのである。

「うわぁぁぁぁん雲切ちゃぁぁぁん無事でよかったああああ」
 と酒を飲みながら雲切の頭抱き寄せかいぐりってるのは八条 高菜(ib7059)だ。
 しかる後、切々とお説教である。
 雲切も雲切で結構他人の話を聞かない、というか理解出来ない事が多いが、高菜も高菜で何というかオカンとーくとでもいうべきか。
 子供に言い聞かせるように、危ない事はしちゃいけません的な話をするのだ。まあ雲切のメンタリティが子供であるという事に関して異論のある者も少なかろうが。
 高菜がこのありさまなのには、ここが宴の場で酒が入っている事もこうなっている原因の一つであろう。
「で、花嫁修業の方、無駄にならずに済みそう?」
 唐突にそんな事を聞かれた雲切は、口にしていた酒を盛大に噴出す。
「ごぶふおっ!? い、いきなり何故そのようなお話に!? わ、わわわわたくしにはそのような大それた事、あってはならぬのですから、やはりここは丁重にお断りすべきで……」
 恋愛の臭いを勘でかぎ分けたらしい高菜は、雲切のそんな態度を懇切丁寧に論破にかかる。
 もっとも酒が入っての事なので、過分に感情的な意見ではあれど、雲切はうーむと考え込んでしまう。
 高菜は、どうなる事やら、と実に楽しげに酒を傾けるのであった。

 錐の回りも次第に賑やかになってくる。
 久我・御言(ia8629)が酒瓶抱えて混ざりにくれば、アルバ・D・ポートマン(ic0381)と土岐津 朔(ic0383)もこちらにどっかと腰を下ろす。
 朔はこれまでの事全てを含めた思いを込めながらも、ありきたりな言葉を選んだ。
「錐さん、今回は本当にお疲れさまでした」
「お互いにな。今回の戦は初めての事ばかりで往生したよ」
 アルバはここぞと錐を持ち上げにかかる。
「ま、あんたが無事だったのが俺達の勝因だよ」
「……俺が勝因かどうかは知らんが、確かに、今だから言えるが、結構危なかったな。正直、俺は、俺だけは、何処のどんな戦場に出ても帰ってこられるつもりだったんだが……色々と考え直させられたさ」
「そうして下さい。見ていて危なっかしいったらないですよ」
 何度もそういったフォローを受けている錐は、もう素直に謝るしかない。
「すまん、本気で反省した。これからは……というより、こんなキツイ戦場は二度と御免だ」
 意地悪そうに笑うアルバ。
「反乱起こされた真幌砦よかマシだっただろうが」
「おい馬鹿その話はやめろ。そういやあの後も相当苦労したなぁ……ああ、思い出すだけで気分悪くなってきた」
 ヘコみだした錐に御言が酒を注いでやる。
「つまり、私の知らぬ所でも錐くんは錐くんであったという事か。大変結構な話じゃないか」
「結構なもんか。元はと言えばあそこでケチがついたから俺はここに来るハメになったんだぞ」
「ならば尚更だ。君がこの城に居てくれた幸運を、私は反乱を起こした何者かに感謝したい気分だよ」
「……物は言いようだな」
「つまり、アルバくんが言う通りさ。錐くんが居てくれた事が我等の勝因の一つだ。君には最大限の敬意を払い讃えるよ、私は」
「よしてくれこそばゆい、お互い様だろ。…………それに、随分と判断ミスもしたさ。俺もまだ全然甘かった」
 御言はかぶりを振る。
「いいや、君の熱意と姿勢が皆の奮起を促したのさ。自分でも不思議に思わないかい? あれほどの敵を次々迎え撃ちながら、ただの一人として逃亡を選ばなかった事に」
「…………」
「君が、どんな状況下にあっても決して仲間を見捨てないと、許される最後の一線まで諦めず救う手段を模索し続けると、そう信じられたからこそ、だと私は思うがね」
 錐は、正直に答えた。
「そんな自分で、ありたいとは思うさ」
 アルバが錐の肩を叩いてやる。
「アンタは大した指揮官だよ。失敗したとは言うが、本当に大失敗に繋がる所はきっちり自制してただろ。そういうの、見てないようでみんな良く見てるんだぜ」
 錐は無言のまま自分の顔を抑える。
 朔はそれを見ないようにしたまま言った。
「里の部下の前では言えない事、でしょうね。ああ、それとまた開拓者が入用になったら言って下さいね。貴方の指揮下なら入りたい人幾らでもいるでしょうから」
「……そうかい、その時はよろしくな」
 傭兵、そして開拓者。これらと指揮官との距離感は、里での上司部下のそれとはまた少し違ったもので。
 錐はまた一つ、そういった機微を学んだのだった。

 傭兵新平は杯を片手に眼前の男、ジャリード(ib6682)を指差し叫ぶ。
「お〜〜〜れにゃあよう、わかってんだよ。おめ〜〜異国情緒溢れるだの、クールだの気取ってるがよ〜〜、本当はかなり愉快な奴だろ!」
「愉快とは何だ愉快とは。お前こそ女好き気取っておきながら、実は童貞だろ」
「何て事言いやがるてめええええええええ!」
 このジャリード、実は酔っている。
「おい御坂、酒を持ってついて来い」
 新平と御坂十三を引きつれジャリードが向かう先は、朧谷六鬼が集まる席。ていうかこいつらとジャリードは一度ガチってるはずだ。
 当然、驚きと警戒の目で迎えられるが、ジャリードはまるで気付いていないのか、紺鬼と蒼鬼の間に強引に座り込む。
 やる事は当然、酒を注ぐだ。
 紺鬼はジャリードの手を見る。
 銃を扱う者特有の火傷気味の肌と、硝煙の香り。
 紺鬼はそれだけで気を良くすると、勧められるままに酒を飲み、ジャリードにも同じだけの量を注いでやる。
 新平は何時もと変わらぬ真顔で酔っ払うジャリードに爆笑していた。
「やっぱお前バカだわ! 開拓者よかぜってー傭兵のが似合ってるって!」

 水瀬・凛(ic0979)は藤枝ゆみみとのんびり飲みながら、ジャリードの大暴れを見て苦笑していたり。
「うーん、意外、なのかなあ?」
 ゆみみもやはり何とも言えぬ顔をしている。
「こういう席って人の思わぬ面が見れますねぇ。ナツキさんもそういう所とかあるんですか?」
 問われたナツキ(ic0988)は、酒には手を出していない。
「ないない、ゆみみさんこそどうなの?」
「私は、節度をもって飲みますからっ」
 どやーってな顔をしてるが、凛もナツキも、ゆみみの剣の腕やとことんまで追い詰められても決して逃げない根性はともかく、こういう所は一切信用していない。
 程なくしてべろーんてな具合に酔っ払い始める訳で。
 無言のまま酒を重ねていた正邦は、やはり無言のまま目でナツキに介抱を頼む。
「はいはい、ほらゆみみさんも少し席を外して休みますよー」
「わーたーしーは、酔ってませんからねー。大体、ロッドさんはいつも口ばーっかだからザカーさんに怒られるんですよー」
 正邦は顔には一切出さぬまま。しかし、凛もナツキもそうせずに居られる程、大人になりきれていなかった。
 少し難しい空気が流れる中、正邦は笑みを浮かべて言った。
「気にするな。どうせあの馬鹿共の事だ、これを見せられては我慢ならず、だったら俺たちもやるまでだ、とか何とか言いながらあの世で宴でも開いているだろうよ」
 ムキになって怒鳴るロッドと、苦笑しながら付き合うザカー、口汚く罵りながらも嬉々として混ざる団十郎に、穏やかに加わる真吾が遠慮がちな梶川清次を招き、鬼瓦が宴の許可を出してやる。
 そんな景色を、三人は一瞬だが共有する。
 危うく涙ぐみそうになる所に、絶妙のタイミングでジャリード達が戻って来た。無理矢理錐の首根っこをひっ掴まえながら。
「おいこらわかったから引っ張るな! 行くって! 行くからはーなーせー!」
「いいか、頭突きはやめろ。頭突きは。ごんごんやりすぎると頭悪くなるらしいぞ」
 何を言っているのかまるでわからない。空気を読んでいるのかいないのか。
 御言や秋桜、アルバに朔も加わって来て、睡蓮の城組は、皆が一緒になって騒ぎ始める。
 その場に、失われた命達すら揃っているかのように。

 中庭の喧騒から少し外れた場所で、あまりおおっぴらに出来ぬ話題を交わす為、犬神疾風はリィムナ・ピサレット(ib5201)と顔を合わせる。
「変ちゃんやっほー! 会いに来ちゃったよ♪」
「ははっ、良く来たな。あの頃の俺を知ってる者もあまり居なくてな、そういう話が出来る相手というのはありがたい。……秋桜は何か怖いし」
 天儀中を覗きして回るとかいうふざけた旅であったが、随分と楽しげにその時の話をする疾風に、リィムナはにこにこしながらこれに寄り添って話を聞く。
 二人だけの会話は盛り上がり、秘密を共有している背徳感もあってか二人はより近くに添い、声を潜めるように話し、そして共に笑みを零す。
 そんな会話の最中、疾風は怒るでもなく、いたずらっぽく言った。
「ふむ、シノビのそれと似通っているが、随分と大胆な変更を加えているな……ジプシーの技と見たがどうだ?」
「わ、バレた」
「これでもシノビだぞ。カミさんならともかく、俺に夜春は効かんよ」
 リィムナは座ったまま大きく後ろに伸びをする。
「なんだ〜、これから愛の告白に繋げようと思ってたのにー」
「おいばかよせやめろ。俺はともかく他の誰かに見られたら間違いなくチクられるだろ」
 頬をかきつつ疾風。
「長期の出張で不安がってるだろうし、これ以上心配かけたくないんだよ」
 にへらーと笑うリィムナ。
「んふふー、旦那様してるねー変ちゃん」
「うっせ。まあ、苦労もあるが……概ね上手くやれてるさ」
 改めて、二人は酒を満たした杯を鳴らす。
 自分のアホな過去を笑って話せる相手というのは、少なくとも疾風にとっては、貴重で大切な存在であるようだった。

 雲切は、悩みに悩んだ末、やはり、言うべき事は伝えなければならないと意を決する。元よりクソ度胸だけは人一倍あるのだ。
「は、はじめさん! ちょちょちょちょっとお話がありますわ!」
 と明らかに何かありそうな気配で雲切は佐久間 一(ia0503)を呼び出した。
 一にも照れが無い訳ではないが、雲切の尋常ではない程の焦りっぷりを見ていると、妙に心が落ち着いてきてくれるから不思議である。
 雲切は城内の物陰になっている場所で、深呼吸を三回した後、口を開いた。
「あ、あのですね。わわわわたくしは、その犬神のシノビなのですわ。で、ですから、その、おしごとをこなして、そしてきっといつか死んでしまうのです。それでは、はじめさんに申し訳無く、その、えっと、ですからわたしは、どなたかと、その、お、おつきあいするようなことは……」
 一は、ゆっくりと言い聞かせるように語る。
「殿を務め、生きて帰ってくる。正直不可能な事だったかもしれません。が、8人が加わった事によって、その不可能が可能になったんです」
 視線はまっすぐ雲切を捉える。
「だから一瞬でいい。もし、死地に赴くような事があるなら、自分や親友、今まで共に戦ってきた人の事を思い出して。そして、頼ってください。自分はいつでも、どこへでも一緒に行きますよ。これから先、この命尽きるまで」
 雲切は大きく目を見開いて言った。
「……何故でしょう。はじめさんが一緒なら、そう言ってくれるのなら、何が起こっても、本当にどうにでも出来てしまうような、そんな気がしてきますわ……」
 一は改めてよろしくの意味を込めて片手を伸ばす。
 雲切は少し躊躇した後、おずおずとその手を握る。
 彼女はとても緊張しているようで、雲切が手を握った瞬間、一がこの手を引くと、雲切程の達人が簡単に前へとつんのめってしまった。
 そのまま肩を抱き寄せるように掴んだ一は、雲切の唇に、自分のそれを重ね合わせた。
 二人を包む世界が止まる。
 二人にとってはそんな感覚であったろうが、我に返ると実際大した時間は経っていない。
 驚き身を引く雲切は、顔を真っ赤にしたまま一を見る。一は特に悪びれた風もなく微笑んで見せた。
「○×△□%#$&〜〜〜っっっっ!?」
 まだ少し早かったかな、と一は思ったが、どうにか逃げ出さずにはいてくれてるようで、それならまあいいか、とするのだった。

 ちなみにこの一部始終を、城壁上に急遽設けられた観覧席にて観戦する犬神どもと諸々が。
 幽遠は一の大技を見て心底感心していた。なので後日自分の彼女に同じ事した所ものっそい上機嫌になってくれたので、今度会った時絶対お礼すると思ったとか。
 高菜は、良かったわねえ、と次に必要になるだろう花嫁修業第二段について考え始めていたが、犬神のアホ共が二人の元に特攻かけようとしはじめたので、これを叱って止める。
「いけませんよ。こういうのは見守ってあげるのが決まりなのですから」
 と言われると皆一言も無い。すぐに全く同じ内容の事を幽遠が口にする。
「そうだぜ、せっかくの良い話じゃねえか、ここは一つ俺達も大人になって……」
 はあ? 死ねよリア充、自分が女居るからって余裕ですか死ね、クズ野朗が今更真人間のフリかもげろ、と寄ってたかって責められた挙句、フルボッコにされる。
 全く同じ相方持ちであるのにどうして差がついたのか、慢心、環境の違い、というか幽遠も元はさんざモテ男を煽って来たせいだろうが。
 あらあら、と高菜は彼等のじゃれあいを見守りながら、とてもおいしいお酒をいただけたのである。

 ジャン=バティスト(ic0356)が風魔弾正の元に顔を出したのは、宴も落ち着きを見せ始めた頃だ。
 弾正はちょうどランタインとジルベリアの風土の話をしていた所だ。
 ジャンもまたジルベリアの出だと言ってやると、弾正はかの地の話を聞きたがった。
 その目はとてもシノビのものとは思えない。
 未知の世界に思いを馳せる、冒険者のそれだ。
 彼女の感情を考えこれを口にする事は出来ないが、ジャンは、陰殻のしがらみから抜け出せた此度の叛の結果は、風魔弾正、彼女にとっては良い事であったのではなかろうかと思えてならない。
 もちろんジャンはジルベリアが夢と希望に溢れる新天地などではなく、権謀術数渦巻く泥沼のような地である事を知っているし、弾正がその最中に飛び込めば彼等に抗するだけの毒々しい振る舞いが出来よう事も知っている。
 それでも、今こうして新天地に思いを馳せる彼女を見て、卍衆ではなく風魔弾正一個人としての今回の戦いを見て、そう、思えてならないのだった。
「前にも言ったが、やはり貴女は逞しいな」
「当たり前だ。お前も……いや、余計な事か。ジャン=バティストよ、人の生なぞたかが数十年。我等戦に生きる者なら三十年も生きれば上等だろう。どうせ同じ生涯を生きるなら、せいぜい全力で挑んだ方が生き甲斐があると思わんか」
 何らかの事を為す人間の覇気は、ジャンにはやはり眩しくてならない。何が一番眩しいかといえば、ジャンにもそう出来ると彼女が本気で信じている所だろう。

 藪紫は宴席では、特に雲切からは離れているようにしていた。
 別に、雲切に色恋の話が紛れ込んで悔しいとか、そーいうのではない。と当人は思ってる。事実はさておき。
 そんな彼女の酒のお相手は狐火(ib0233)である。
「本音を言いますと、博徒組の騒動を聞いた時、一度貴方と雌雄を決しようか、と考えはしたんですよ」
「そうですか」
「……少しは動揺して下さい。まあどう考えてもワリに合わないですし、前後の状況を考えるに味方にもなると思ったんで止めましたけど」
「そうですか」
「…………いや、まあいいんですけどね。何で雲ちゃんにはああいう話あって、私の周りにはこう敵だか味方だかわかんないよーな人ばっかりなのか……」
「知人友人はその人を映す鏡であると申しまして……」
「イヤミは結構です」
「きっと良い人見つかりますよ」
「棒読みな気休めもいりません」
「何時裏を取られるかわからない女性と言うのも、男性からすれば興味より恐怖の対象となるものなのでしょう」
「……本音も勘弁してください」
 それに、と狐火は少し核心に踏み込む。
「元よりそれ程気にはしていないのでしょう。より以上に為すべき事があるのですから」
「……ここが、終着点のつもりだったんですけどね。いつのまにかその先も、考えてしまっていますよ」
「それが人の営みかと。ただ……」
 狐火は席を立ち、藪紫を見下ろしながら言った。
「今回は本当に良くやったと思いますよ。良く、頑張りましたね」
 藪紫にも予想外の行動、狐火は藪紫の頭を一つなでてやると、その場を立ち去って行った。
 ぽかーんとそれを見送った藪紫は、ふと、自分の年を思い出した。
「子供扱いされたのって、何時以来でしょうかね……」

 アルバルク(ib6635)が夜も深まった頃に友人であるネプとナツキを探すと、どちらもまるで酔っていなかった。
「おいおい、何だよ酒の席じゃねえのか?」
 ネプはというと、かなり飲んではいるのだが、どうにも酒が表に出ないタチの模様。
 まあ彼に関しては酒なんざなくても常にテンション高めキープなので、どの道一緒という見方もありである。
 しかしナツキはというと。
「え、い、いやこれは……」
「まーさかお前、酒飲めないってんじゃ……」
「の、飲めないわけないじゃないですか!」
 ゆみみは既にノックダウンしており、これを屋内に寝かせたので今は凛がこの様子を見守っている。
「うわぁ……」
 アルバルクは豪快に笑い、樽でもってきた酒から無造作に大杯で酒を掬いあげる。
「そうだよなあ、お前さんはよくやるやつだよ。だから頑張るよな」
 更なる酒にナツキの顔が引きつるも、ここで引くようなナツキではなく、アルバルクもそれはよーくわかっている。
 一気に大杯をあけたナツキは、足元も覚束なく視線もあちらこちらと彷徨って大層危なっかしい。
 そんなナツキを見て更に大笑いするアルバルクであったが、この生真面目で負けず嫌いな青年が、大アヤカシ相手に真っ向から立ち向かい食らいついていっていたのを知っている。
 第二陣の戦闘が終わるなり、体がぴくりとも動かなくなっており、見るしか出来なかったのだが、ナツキはそんなアルバルクの前でヒドク危なっかしく戦い続けてくれやがったのである。
 おらもっと飲め、と次なる大杯を用意するアルバルクであったが、そろそろこのぐらいでーと凛が止めてくれたので、まあ前後不覚にはならずに済んだのであった。

 朔は一人喧騒を離れる。
 側に立ち木のある落ち着いた場所でも、と思ったのだが、人数が多いせいか何処も賑やかなまま。
 なら、と朔は城外にある見晴らしの良い小高い丘に向かう。
 幾つかの墓標が並ぶここで、手にした酒を彼等に注ぎ、一言添えた後自分の分を飲み干す。
 そこに突然後ろからアルバが飛びついて来た。
「一人でなんて水臭い真似してんなよ、ったく」
 アルバも朔と同じように墓標に一言を告げる。
 そのまま、朔の方を見ぬままに言葉を漏らす。
「……俺は、怖かったさ。俺もお前を失うんじゃないかって」
 顔は合わせぬまま。
「だからこそ、二人の分も生きる。それが、俺達に出来る最高の餞だ」
 朔も墓に向き直り、何事かを彼らに祈り、それが済むと二人はこの場所を後にする。
 宴席に戻り他の皆の様子を眺めていると、ジャリードも、ナツキも、凛も、秋桜も、御言も、新平も正邦もゆみみも十三も、そして錐も、皆一度席を立ち、あの場所へと足を向けていた。
 それは、とても自然な事に思えた。

 明け方近くになると、輸送船が一隻睡蓮の城から出立しようとする。
 急ぎの報せを積んだ船であり、風魔弾正はまだ宴も続く最中、この船へと乗り込もうとしていた。
 それを、樊 瑞希(ic1369)と病葉 雅樂(ic1370)の二人に読まれていた。
 瑞希は恭しく頭を下げる。
「此度の長き戦、終着至極にございます。お力になれた事、光栄に思っております」
「……お前達にも、随分と助けられたよ」
 雅樂は勢い込んで話しかける。
「此の戦いで弾正様の名は再び轟いたのだから後々の事も……」
 これを遮って瑞希。
「陰殻が離れられるのですね?」
 驚きに目を見開く雅樂を他所に、弾正は正直に答える。
「ああ、ジルベリアに行く。かの地なら、私も一シノビとしてこの腕を振るえよう」
「い、異国は止められた方が。大志を横に置いたとしても、ジルベリアって寒いんですよ風邪ひきますよ食べ物違いますよ!!」
「人の住む地だ、ならば私に行けぬ道理は無かろう」
 弾正がここまで口にするのだ。当然、万端整えた上での事だろうと思われ、二人はこれに異を唱えるのはやめる。
 しかし、瑞希がその本懐を曲げる事は無い。
「なれば弾正様。配下として我らは付いていきます。弾正様は「戦友」と仰ってくださいましたが。我らは貴女様に付き従う僕になる事を望んでいるのです」
 決意と共に強い視線を向ける。
「貴女様が我らの事をお認めになるまで、ジルべリアだろうと付いていきましょう。決してお邪魔にはなりませんので、お覚悟を」
 雅樂もまるで引く気は無い。
「ジルベリアなんてところに行くのなら、尚の事この大天才が必要でしょう。我が陰陽術の技の冴え、とくとご覧にいれましょうぞ」
 うーむ、と弾正は腕を組む。
「私が、卍衆であったのなら、正当な形での従属、それも信頼に足る相手からそうされるのは望む所であったろう」
 顔を上げた弾正。その表情は、何処か笑っているようにも見えた。
「だが、今の私はただの風魔弾正。故に私は私が望むがままに往く!」
 腕を一振りすると、闇色の風が弾正の周囲を覆いつくし、中からケモノの鳴き声が聞こえて来る。
 弾正は何と、この僅かの間に何処から引っ張ってきたのか龍に飛び乗り、今正に舞い上がろうとしていた。
「藪紫に龍を一頭借りると言っておいてくれ! お前達とはまたいずれ何処かで会おうが、それはいずれの話よ! 今は私の好きにさせろ! ではな!」
 そのまま、後ろも振り返らず弾正は飛び去って行ってしまった。
 流石に呆気に取られる瑞希であったが、雅樂は笑って言ってやる。
「そう案ずる事は無いぞ主頭、行き先はわかっているのだから我等はこれを追えば良い。なあ、そうだろう弾正様」
 彼方の空に向け語りかける。
「例え断られようが逃げられようが絶対に付いて行きますよ! 弾正様!」


 朝日が昇り始め、周囲を照らし始めた頃、藪紫は睡蓮の城の物見櫓の上で、城の周辺をぐるっと眺めていた。
 思い出すのはまだ里の外の事を何も知らなかった頃の話。
 藪紫はその類稀な知性で、そして雲切は稀有な戦闘の才能を、それぞれ見込まれ、先々代の里長から対アヤカシ用の切り札として育てられる事となった。
 しかし、程なく先々代は倒れ、先代は方針を大きく変更した挙句、アヤカシにたぶらかされこの世を去った。
 宙に浮いてしまった二人の育成計画であったが、藪紫は雲切を守る為に、この計画の続行を決意する。
 対アヤカシの切り札であるのなら、人を斬れないシノビにも生きる道は生まれてくれるからだ。
「始まりは、そんなんだったっけね」
 今は、こうしてここに立っている理由は山程ある。考えて、工夫して、準備して、色々している間に、色々と理由も増えていく。そんなものなのかな、と思う。
 大アヤカシを撃退し、魔の森から人間の領土を奪い返せれば、それで犬神の里に対しては一生分の戦果となろう。
 そのまま雲切も藪紫も引退しても、誰にも文句なんて言わせないつもりであった。
 しかし、今の藪紫の頭には、この眼下に広がる広大な土地を、如何に素早く人が安全に住めるようにするか、がとめどなく溢れ出している。
「よしっ」
 頑張ろう、と心の中で呟き、藪紫は新たに生まれた次なる目標に向かうのであった。