|
■オープニング本文 灰色鬼率いるアヤカシ軍の襲来は、全てアヤカシ側の都合によってなされたものであった。 奇鬼樹姫なる新参の大アヤカシが深く人間領を奪う事を良しとしない大アヤカシが、配下のアヤカシ達に一軍を率い、これを横取るよう命じたのだ。 灰色鬼はこれを聞き、我こそはと名乗りを上げる。人間相手の戦ならば当然、人間を食う事が出来るからだ。 なのでこの灰色鬼の軍は奇鬼樹姫と連携を取るつもりもないし、そもそも奇鬼樹姫達は、彼等の存在すら知らない。 灰色鬼は斥候を放ち奇鬼樹姫と人間の軍の状況を把握すると、今正に決戦が行われている睡蓮の城を避け、岩団扇の城へと軍を進めたのだった。 何とかアヤカシ軍を撃退した岩団扇城であったが、これはあくまで前衛軍にすぎず、まだかなり後方ではあるが本隊が控えているのを斥候のシノビにより確認している。 現在城を任されている傭兵、神代は、敵前衛を蹴散らした後、間髪入れずに全軍の撤退を始める。 確認されている敵本隊の数で攻められたら、絶対に城は守りきれない。 非戦闘員は可能な限り船に乗せ、乗り切れぬ者達は留守を預かる兵士達で護衛しながら一気に魔の森を抜ける所まで下がる予定だ。 元々敵が睡蓮の城にて決戦を挑んで来るとわかるやそちらにほとんどの兵を向けてしまっているのだ。城を守れる最低限度の兵しかここには居ない。 敵の追撃を何処まで振り切れるか、神代にも自信はない。 そもそも、今この岩団扇の城を攻めるアヤカシ軍という存在がまずありえないのだ。 まともな知能があるのなら、睡蓮の城での決戦に少しでも多くの兵を回すだろうに。 そんなまともでない連中が何をしでかしてくれるのか、神代にもまるで予想が出来ない。 だが、しかし、まともでないのは、人間側にも、居たのだ。 少女は、その青年は馬鹿なのだと理解する。 子供は敏感なもので、集団の中で誰が強い立場で誰が弱い立場かをきちっと見ているものだ。 その青年は、ものを考えるのが苦手で、訓練一つとっても効果的なやり方を理解出来ずにいた。 なので回りの皆との技量の差も広がる一方。それでも青年は彼なりに一生懸命訓練を続けたが、やはり彼は、弱いし、遅いし、下手くそなのであった。 ある日少女は、大人達が皆悲痛な表情をしているのを見た。 何度か見た事がある。仲間が失われた時の顔だ。 亡くなったのは、青年であった。 そしてこの時以後、青年の話題が出ると、大人達は皆それまでの馬鹿にした態度とはうってかわって、とても優れた者にそうするように深い敬意を払うようになった。 少女は訊ねた。何故それまで馬鹿にしていたのに、亡くなったら尊敬するようになったのかと。 大人達は皆、バツが悪そうな顔をした後、青年の散り様を話して聞かせた。 青年は、自分が一番劣っているから、自分が犠牲となって敵を引きつけよう、そう言って拙い技を必死に繰り出し、見事殿の役を成し遂げ、後退する他の皆を助けたのだ。 そう出来てこそのシノビと教えられて来たが、実際にそうする事の難しさ、そして成し遂げる事の尊さを、誰しもが良く理解していたのだ。 少女は、自分も頭が悪いから良く馬鹿にされるけど、青年と同じようにすればきっと自分も尊敬してもらえると、子供心に思った。 自分も一生懸命訓練して、そして何時か、皆の為に死んでみせようと。 だが、少女には一つ誤算があった。 少女雲切は、犬神の里史にも類を見ない、絶大な武の才能を持って生まれていたのだ。 神代の顔が青ざめたのは、最早事態はどうにも手の施しようの無い状態に陥っていたからだ。 魔の森を退却する最中、最後尾から慌てて駆けて来た者が報告をして来た。 曰く、雲切が岩団扇の城を守りに戻ったと。 最初何を言っているのかまるでわからなかったが、雲切曰く、城に残って戦っている人がいれば、城を離れて逃げる人を追ったりはしないだろう、だそうで。 今から城に行って彼女を連れ戻すなぞありえない。既に、時間的には敵が城についた頃であろう。 問題が起こった時の為に開拓者達を手配してあったのだが、幾らなんでもこれはもう問題云々という話ではなかろう。 現状で連れ戻して来いなんて彼等に頼んだら、神代は後で開拓者ギルドの係員に殺されかねない。 雲切は雇い主である藪紫の親友である事も聞いているし、神代はこれで退却に成功したとしてもこの責任を取らされるハメになるだろうと考えている。 そんな後が無い神代でも、やはり、雲切を連れ戻せなんて依頼を出す事は出来ないのだ。 冷静になって考えれば、確かに雲切が一人城に残ったというのなら、何せ雲切だ。本当に敵の追撃をどうにかしてしまうだろう。 神代は、かつて雲切が憧れた青年に対し里の皆がそうしたように、彼女が稼いだ時間を活かし、確実にこの地を脱出するべく指揮を執るのであった。 雲切が眼前の敵を一息に切り伏せると、全身が炎に包まれる。 気合とか根性とかその辺のモノで炎を弾き、これを放ったと思しきアヤカシに苦無を投げつける。 そのアヤカシは、砲弾のような一撃に頭部より上全てを消し飛ばされ倒れた。 雲切を取り囲むアヤカシ達の群は、雲切の攻撃に明らかに怯んで見える。 彼等を掻き分け、一体の天狗アヤカシ、灰色鬼が姿を現した。 「お前、本当に人間か? いや本気ですげぇよ、かっこいいよお前。ご褒美に俺が一人で相手してやる。さあ、構えな」 「……貴方が大将ですか?」 「おうよ、さあ行くぜ!」 「望む所ですわ!」 と灰色鬼が飛び込みざまに棍を振るう。雲切は真っ向から刀で受け止め、逆に、全体重を乗せたこの棍を灰色鬼ごと弾き飛ばしてやる。 と、同時に、雲切を取り囲むように位置した術型アヤカシ達が、一斉に雲切へ攻撃術を仕掛ける。 「なっ!? 一人でやるのではないのですか!?」 「くはーっはっはっは! お前馬鹿か!? 普通信じるかよこれ! うはっ! うわははははっ! ありえねー! おもれー、おもれーよお前!」 同時に、この術の援護を受けながら、屈強のアヤカシ達が一斉に雲切へと襲い掛かる。 雲切はこれらを単身で迎え撃ちながら、周囲のアヤカシの顔ぶれを見て、空戦アヤカシがほとんど居ない事と、足の速そうなケモノ型アヤカシの数が少ないことを確認し、心中のみで安堵していた。 これならもう、アヤカシ達が脱出組に追いつくのはほぼ不可能だろう。雲切はこの城の中で、こうして完全な包囲下におかれるまでの間に、半日近く戦闘を続けていた。 無類のタフさを誇る雲切とて限界はある。それはどうやら、もう後少しのようで。 『でもっ、まだまだ頑張りますわ。最後の、最後まで。一体でも多く倒せば、きっとみんなが後で楽が出来ますわ。だから、わたくしは、まだ……』 こうして雲切はきっと、最後の瞬間を迎えるまで戦い続けるであろう。 |
■参加者一覧
佐久間 一(ia0503)
22歳・男・志
御凪 祥(ia5285)
23歳・男・志
グリムバルド(ib0608)
18歳・男・騎
叢雲 怜(ib5488)
10歳・男・砲
笹倉 靖(ib6125)
23歳・男・巫
フレス(ib6696)
11歳・女・ジ
玖雀(ib6816)
29歳・男・シ
雁久良 霧依(ib9706)
23歳・女・魔 |
■リプレイ本文 開拓者達が城近くに辿り着いた時、城の中からは戦闘の音が聞こえてきており、まだ間に合っていると教えてくれた。 気は急くが、敵は強大。笹倉 靖(ib6125)のアヤカシ索敵術による潜入を試みる。 シノビ玖雀(ib6816)が先を進み、城門側の入り口から中へと侵入する。 アヤカシは、人間がそうするように城内全てを掌握している訳ではないようだ。 靖からのアヤカシ注意報を元に、玖雀は小走りに城内へと入り、まずは目的地の一つである砲台へと向かう。 城壁上に備えられている砲台は、固定用の台尻から外すと滑車での移動が可能となっており、砲術士叢雲 怜(ib5488)は一台一台確認しながらこれを動かし始める。 雁久良 霧依(ib9706)もここに留まり、砲弾を城壁内に作られた弾薬の仮置き場から運ぶ。 作業の最中、靖が玖雀に注意を促す。 中庭の喧騒から上手く逃げ出す事が出来たアヤカシが二体、城壁の方へ隠れるように移動して来ているのだ。 物陰に隠れたまま靖が正確にアヤカシの状況を説明する。 「3、2、1……今だ」 飛び出した玖雀が人間型の首元を曲刀で斬り裂く。 返す刀でもう一体を、と考えていたのだが、もう一体の動きが予想を超えて俊敏で、あっという間に身を翻して走り去ってしまう。 玖雀は無理にこれを追わず、手にした曲刀を肘を曲げ肩の上を通すように小さく振りかぶり、投げる。 仕掛けの鎖が伸び、曲刀は一直線にアヤカシへと。 アヤカシは建物の影から後少しで中庭よりの視界が通る場所へ出る所。 その首後ろに、曲刀が突き刺さった。 同時に玖雀は肘を曲げて鎖を引く、曲刀はその挙動で引きぬかれ、脱力したアヤカシは後方に引っ張られる形で倒れ、その躯が中庭から見える位置に出る事は無かった。 城壁上にて合図を待つ怜は玖雀と靖からのそれが来るなり、霧依を見て頷き一つもらうと駆け出した。 砲弾も照準あわせも済ませてある大砲が五つ。全て城壁の内側に向けてあり、これに端から一気に点火していくのだ。 発射、着弾、爆発。良い大砲使ってるなーとかいう怜の感想はさておき、中庭は爆発による噴煙で視界が悪くなるも、数体のアヤカシは混乱の最中にあっても発射元を正確に把握していた。 怒声と共に城壁上への攻撃を指示するアヤカシ。 これを受け、アヤカシ達が一斉に城壁上を見るのにあわせ、怜はわざとらしく人差し指を目の下に当て、舌を出してやる。 その背後に立ち、苦笑しながら詠唱を行う霧依。 アヤカシ達が一斉にその挙動に目を向ける中、霧依は詠唱を終える前に、親切に頭上を指差してやった。 これで危機を感じて飛びのく勘の良さがあればよかったのだろうが、当然そんな真似をされればアヤカシ達は皆指の指し示す方である霧依の上方を見る。 生じた小さな火球。先の大砲に比べれば脅威度なぞ鼻で笑う程度であろうそれが、中庭に向けて放たれる。 その威力は、大砲の比ではなかった。 再び舞い上がる爆発煙。 しかし今度は目指すべき場所ははっきりとしている。 驚いた顔をしている雲切を取り囲む分を抜いたとしても、城壁上を制圧するに充分な数がアヤカシ側には揃っている。 これが動き出さんとする前に、衝撃による不可視の刃が彼らを襲った。 幹部のアヤカシの一体は即座に別口の敵襲撃と察し配下に迎撃を指示する。そも、城壁上からのそれはこれみよがしすぎて陽動臭が強すぎた。 舞い上がった土砂に衝撃波にて穴を開け、アヤカシ達の前に姿を表わしたのは横一列に並んで歩く四人の人間であった。 凛とした表情で佐久間 一(ia0503)が歩く。 剣士としては比較的小柄な方であろう一だが、手にした刀は身の丈を遥かに超える長大な斬竜刀。 これを肩に担いで歩く様は、普段の温厚な青年と言った風貌を一変させ、修羅に入る剣豪の趣を漂わせている。 長身のグリムバルド(ib0608)はただそこにいるだけで周囲を威圧出来る体躯を持つが、彼本来の人の良さから圧迫感を受ける者は少なかろう。 しかし今盾と槍とを手にし、心持ち左右に開くようにしてこれらをだらりと下げながら前方を強く見据える様子は、豪勇をもってなる騎士のそれだ。 勇ましい面々が並ぶ中、フレス(ib6696)はジプシーらしい薄着と手にした短刀が軽やかな印象を与える。 まるで雲の上を行くようなふわりとした足取りで、舞台の演目を奏でるように。 そんな美しさが周囲を取り巻く環境から浮きすぎていて、逆に恐ろしさが伴う。 風に後ろ髪が大きく煽られたなびいているのは御凪 祥(ia5285)だ。 両手持ちの剛槍を小脇に挟み縦に構えている事で、グリムバルド程ではないにしても長身の体が更に上に伸びて見える。 ただ歩を進めるのみの所作に何処か花がある祥は殊更に前方へと威嚇の視線を向けているが、左右の敵の所在確認も同時に行っている。 幹部アヤカシの号令に応えられたのはごく一部のみのアヤカシであるが、これが四人に向け殺到する。 四人は同時に、刃を鳴らした。 城壁上からの砲撃とメテオは爆煙を上げ視界を遮る役割がある。 これに乗じて突破を図る四人組であったが、ここまですれば雲切も異常には気付ける。 包囲の一角を崩し四人組と合流すると、雲切はとても驚いた顔をしていた。 「み、みなさん、何て危ない真似を!」 全員が揃って、おまえがいうな、な顔をしてみたり。 これによる一瞬の硬直からフレスが真っ先に動く。 「雲切姉さま! 逃げるんだよ!」 そう言って雲切の手を引くと、雲切はその腕力からは想像もつかないほどあっさりと引っ張られる。 「え、えっと、その、はい」 実にちょろい、と考えるのは浅はかなのである。案外あっさり行ったなーと皆が思う中、数歩歩いた所で雲切は突然立ち止まり言った。 「そうですわ! わたくしが殿を務めますのでみなさんすぐに引いて下さいまし!」 大きく嘆息する祥。そしてグリムバルドが雲切の右の肩を、一が左の肩をぽんとたたきながら言った。 「ダメだ」 「ダメです」 二人共何故か笑顔であったそうな。 そんな暢気なやり取りが許されたのは開戦直後の話。 すぐに城壁下の近接組はにっちもさっちもいかぬ激戦に巻き込まれる。 一が相手も確認せず牽制のつもりで振るった斬竜刀にアヤカシが引っかかって吹き飛ばされ、グリムバルドはまず右の敵を槍で刺しすぐに左の敵を盾で殴り倒す。 フレスの舞はほんの僅かな停滞も許されずまったく先の見えぬままステップを繰り返し、祥の槍の先端から千切り切ったアヤカシ片がぬぐわれる事はない。 皆が皆目の前の事しか考えられぬ程、彼らは激しい攻勢に晒されていたのだ。 城壁上に目をやると、こちらは辛うじて戦況を把握する事だけは出来ていた。 高所を確保している事による優位を活かし怜が大砲を、霧依が広範囲攻撃術を駆使する事でどうにか下の近接組への集中攻撃を防いでいる。 城壁下の階段から昇って来るアヤカシを迎撃するのは玖雀の仕事だ。 靖はひたすら玖雀の支援に専念していたが、一言断ってこれをやめ、城壁上にてソレを迎え撃つ。 「正念場だねぇ」 敵幹部の一体が、城壁をよじのぼる。これを迎え撃つ余裕があるのは靖しか残っていなかった。 また階段を塞ぐように戦う玖雀の前に、強力な魔の気配を漂わせる大蛇が這い寄ってくる。 更に中庭近接組には、いい加減馬鹿にならぬ損害に怒りを覚え始めた灰色鬼と幹部達が、自ら前へと出て開拓者達の殲滅にかかる。 事態は着実に、煮詰まって来ていた。 靖は、巫女であり今回は治癒とか防御とか索敵の術を用意していた。 それが何の因果か敵幹部とサシでやりあうハメになり、今はこうして、その敵アヤカシと共に、城壁の上からまっさかさまに落下しているのである。 「……どうしてこうなった」 そう愚痴をこぼした直後、大地に激突した。 敵アヤカシを抱え込むようにして城壁から飛び降り、落下の衝撃を抱えたアヤカシで軽減した靖は、どうにか身を起こす。 体中が痛いのは落下のみならず、それまでこのアヤカシにさんざっぱら殴られたせいである。八割はかわしてやったが残り二割でも泣きそうなぐらいキツイ。 城壁下には、ちょうど階段を下りきった玖雀が居た。 「何だよそれ」 玖雀は全身に大蛇アヤカシを巻きつけたままである。頭部を斬り落としこれを倒したようだが、何故か胴は巻きつかれたままにしてあるのだ。 「鎧代わりだ」 「んな無茶な」 案外使い勝手は良いようで、ぶっとい胴のあちこちには斬り傷や焼き傷がついており、玖雀は上手くこれを利用しているようだ。 城壁上は、玖雀が塞いでいた階段以外から上ったアヤカシの大軍が霧依と怜の元へと殺到している。 霧依は吹雪の術で一瞬でもアヤカシ達の視界を遮った後、怜の腰を掴み、片腕に縄を手にしたまま城壁上から飛び出した。 手の平が縄でこすれて焼けたように痛いが、白き羽毛の宝珠の効能も人間二人分は流石に難しかろうと思うに、ここで運試しとただ飛び降りるような真似も出来ない。 後で治してもらう、と決めて強く縄を握り締める。壁を三度蹴った後、霧依は大地に着地した。 足が波打つように痺れるし、手はあまりの熱さに腿でこすって冷やしにかかるが、痛さが増すだけであまり効果は無いようで。 それでも用意していた城壁上からの脱出ルートから外れる事は無く靖、玖雀とも合流し、更に地上組と合流すべく四人は走る。 予想していた事だが、近接四人組と雲切の戦場は、目を覆わんばかりの有様であった。 怜は包囲の外側を削るように狙いを定める。 城壁上でがんがんぶっぱなした大砲は、怜から見てもかなり良い逸品であったと思う。 しかし今怜が手にしている魔槍砲は、この新式っぽい大砲を遥かに上回る。 そもそも、今こうして怜が腰溜めに構える魔槍砲の宝珠に練力が満たされていき、砲全体が生き物のように沸き立つ力に震える挙動は、魔槍砲独特のものだ。 そして発射。 その外見や発射の閃光からは想像しずらい耳に残る音が鳴り響き、大地を削りながら前方の何もかもを薙ぎ倒していく。 包囲の中からグリムバルドの怒鳴り声が聞こえた。 「俺に続け!」 声と同時に、グリムバルド自身が輝く槍と化して包囲の一角を強引に貫き怜達の方へと突っ込んで来た。 そこで体力の消耗が激しいせいか大きく転倒し、勢い良く大地を転がってまわる。 慌てて玖雀がカバーに入り、靖が治癒術にて回復を施す。 グリムバルドがぶち開けた穴からは、フレス、雲切、一、祥の順で仲間達が飛び出して来た。 一同合流。城より脱出を図る。皆の頭上を天狗アヤカシ灰色鬼が飛翔し、一行の頭を押さえにかかる。 一がこれを許さじと大きく斬竜刀を振るうが刃は届かない。問題は無い、刀に込めた練力が衝撃の刃を作り上げたからだ。 祥もまたこれに倣って吹きすさぶ風を槍より生み出し、天空を貫くように撃ち放つ。 と、フレスは何を思ったか、これを放たんとする二人の間に駆け寄ると、真上へと飛び上がる。 一と祥の二人によって生み出された疾風は、相互に干渉しあいその間の空間に強い上昇気流を生み出す。 フレスはこの風に乗って通常では考えられぬ高さへと飛び上がったのだ。 しかしそこに殺気は感じられず。 ひらりひらりと舞い上がる一枚の羽のように灰色鬼の元へと。二筋の風の刃に切り裂かれた灰色鬼の肩に優しく手を乗せ、一挙動でそのまま背後を取ると両の羽を切り落とす。 おっそろしい高さまで舞い上がったフレスは、飛び上がった時と同じようにひらりと着地しようとして、やはりそうは問屋が卸してくれず霧依が先ほどくらった両足痺れをこちらももらう事となる。 大地に叩きつけられた灰色鬼は激怒の声と共に人間一匹、今の礼だとばかりに潰しにかかる。 一軍を率いるに足る灰色鬼の必殺打撃。グリムバルドがその重い気配を察し狙われたフレスの前に立つも、灰色鬼は構わず振りぬく。 グリムバルドがかざした盾を中心に、同心円状にオーラの力が障壁となり、城壁をすら砕きかねぬ強烈な一打を完全に無効化して見せる。 「悪いな、まるで効かねえよ」 かっとなった灰色鬼の表情が凍りつく。 グリムバルドの真後ろから伸び上がるように祥が飛び出したのだ。いや、祥が伸びたのではなく、グリムバルドがかがんだのだ。 長物を利を活かし、グリムバルドの頭上を通して祥は槍を突き出す。 灰色鬼は手にした棍を盾にする。細い棍にて槍先を見切って止めるその技は見事であったが、祥は冷徹に告げてやる。 「すまんが、それでは止まらんよ」 棍を槍で突き折り、槍先は灰色鬼の胸部深くに突き刺さる。 そこから裂帛の気合と共に槍を縦に振り上げると、灰色鬼の頭部がまっぷたつに裂け、仰向けに倒れ動きを止めた。 指揮官を失って尚、アヤカシ達の追撃は執拗であった。 灰色鬼を皆でしとめている間に雲切も残る幹部をぶった斬ったのだが、この数で一軍全てを討ち果たすなぞ出来ようはずもなく。 必死に皆で逃げ回る中、雲切は懲りずに何度も殿を任せろと主張する。 一は言い含めるように説明する。 「ですから、みんなで逃げなきゃダメなんですよ」 「けど、やっぱりこういう時こそわたくしが役に立たねば。わたくしならばとうの昔に覚悟も決めておりますし、ここは一つお任せいただいて……」 そのあまりのしつこさに一がキレた。 「あぁもう! 貴女の事が好きなので、死なれるのは辛いんです!」 すぐに雲切も反論する。 「何を言うのですか、はじめさんが亡くなる方がよほど……え? え? 今? あれ?」 雲切が気付いた事に一も気付く。 その後、この件をお互いが突っ込む事は無かった。 戦闘で忙しいのもそうだが、雲切がその後一切殿任せろとか言わなくなってくれたので、とにかくここを突破する事に専念すべし、といった極当然の考えが生まれたせいだ。 一は時折ちらと雲切を見やる。 とても動揺しているのがわかる。はた目に見ても苦悩してるっぽい気配が察せられたが、雲切は一と目を合わせた後、今まで一が見た事が無い程穏やかな笑顔を見せた。 それは何処か、儚いと思える笑みであった。 『いずれ死地に赴くこの身なれば、ですわ……』 |