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■オープニング本文 風魔弾正は錐が提出した奇鬼樹姫の戦闘に関する報告に目を通してあった。 しかし、これは、あまりに、と思った所で、弾正に代わって幽遠なる犬神のシノビが思った事を口にしてくれた。 「ちょ! 錐おまっ! これぜんっぜん報告と違うじゃねえか!」 報告通りの素晴らしく高い身体能力があるが、報告には少なくとも、奇鬼樹姫が素手での戦闘技術に長けていたなんて記述は一つもない。 幽遠からの苦情を無視し、錐は当人である奇鬼樹姫に訊ねる事にした。 「おい、もしかしてお前前回は手を抜いてたのか?」 錐の声かけに、奇鬼樹姫は律儀に返事をしてやる。 「ふむ、説明は難しいのじゃがな。あの時はあれがわらわの最高だったのじゃ。今はこれが全力じゃ。こちらの方が強いし良いであろ?」 「……いや弱い方が全然嬉しいんだが」 「何故じゃ? 弱い相手と戦ってもすぐ終わってしまってつまらんじゃろ。さあ何時までも様子見なぞしとらんで、さっさとかかって来い人間」 「ああ、そうかい。じゃあ遠慮なく行かせてもらうぜ」 錐は元々骨格がしっかりしているのか、体躯に優れ膂力も並々ならぬものがある。 しかし錐の本領は、そんな大柄な体で朧谷一と言われる身の軽さ、素早さを誇る事だ。 この速さで並み居る難敵を撃破してきた錐は、奇鬼樹姫に対しても速さで陽動しながら仕掛ける。 「おいこら、勝手に仕掛けんな。俺にもやらせろって」 そう言って錐に合わせるように飛び込んだのは犬神三傑の一人、幽遠だ。 彼もまた優れた体躯と、シノビらしい俊敏さを両立させており、二人の挙動はとても似通って見えた。 「あー、もう! 私また援護!? 幽遠! たまには代わりなさいって!」 愚痴りながら忍術を唱え二人の援護を行うは、同じく犬神三傑の一人、華玉。彼女の術は、陰陽師か魔術士かと見紛う程に強力なものである。 犬神三傑最後の一人、宗次はすぐにはこれに混ざらず、弾正にどうするか問うような目を向ける。 弾正は肩をすくめてみせる。 「まずは各人でアレを見定めなければ始まるまい。お前も好きに仕掛けてみろ」 ここで敢えて注意しろだの、様子見なのだから踏み込みすぎるなだのの言葉は必要ない。一々口で言わなければならないような奴なぞここには居ないのだから。 第一陣である彼等の一番の目的は奇鬼樹姫の隠し弾を全て吐き出させる事だ。それが故の主力シノビ構成なのだ。 弾正の合図で、情報収集から打倒の為の戦闘へと切り替わる。 これは、倒しにかからねばわからぬ情報もあるから、という部分もあるし、戦力的にもかなり高い者達を集めた第一陣に期待されている攻撃をこなすという目的もある。 この段になってようやく、睡蓮の城の傭兵三人も戦闘に加わり、彼等彼女等は引っ張り出して来た新型大砲『怒号』を奇鬼樹姫へと叩き込み、姫が対応するや刀を抜いて切りかかっていく。 この戦いの観戦を許されているのは、二組の開拓者達のみである。他の者達は、アヤカシ城と他アヤカシの対処に当たる。 第二陣、第三陣と続く開拓者達は、第一陣の戦いを見て奇鬼樹姫の戦闘方法、得意な戦い方、弱点、そして対処法を見出さなければならない。 その戦いは、熟練の者をもってしても、目を見張るような戦闘であった。 距離を開いて見ているにも関わらず、体の縁がぼやけて見える程の速さで動き続けるは朧谷の錐、そしてまるで鏡で映したかのように対照的な軌道で、錐と全く同じ速度で飛ぶ幽遠。 宿敵の里同士であるはずの二人は、生まれた時から一緒の双子のように息を揃え、戦場を縦横無尽に走りまわる。 この二人を最前衛に置き、中距離には大忍術と呼ばれるような大技を次々繰り出す華玉と、ものっそい地味に投擲武器を使い続ける宗次がつく。 中衛とはいえ、奇鬼樹姫の馬鹿げた速度と運動能力は一瞬で間合いを詰めて来る為、この二人にも近接攻撃は行われる。 そして二人共、前衛二人と同じレベルでこれをいなす能力を備えていた。 更に、前だの中だの後ろだのといった区分けから一切解き放たれているのが二人居る。 一人は犬神疾風。 錐にすら気付かせぬ隠密術の使い手であり、その技は何と、大アヤカシたる奇鬼樹姫にすら通じるものであった。 そしてもう一人居る闇よりの使者。風魔弾正。 全身の輪郭が失われ薄黒い塊にしか見えなくなり、何時しかその黒すら失われる。 その殺意はこの世のありとあらゆる影の中に潜み、敵対者にとって最も不都合な時闇の刃を伸ばして来る。 自身の影、仲間の影、建物の影、雲の影、投擲された武器の僅かな影の内にすら、弾正の殺意は忍び潜む。 間違いなく、今開拓者達の眼下で繰り広げられている戦いは、陰殻シノビの最高峰の一角であろう。 これら全てを同時に迎え撃ち尚、小揺るぎもせず戦い続けられる奇鬼樹姫の稀有な戦闘力が、最も恐るべきものとして皆の目には映るであろうが。 驚くべき事に、奇鬼樹姫との戦闘、第一陣最初の脱落者は、風魔弾正であった。 気配すら察しえぬ弾正の闇よりの一撃。これを、奇鬼樹姫は体に刃を受けてからカウンターで返して見せたのだ。 それまでの技全てが児戯に見える程、その切り返しの一撃は素早く重い。これをもらった弾正以外の全ての者が我が目を疑う程に、ありえぬ一打であった。 重心も加重も何もかもがデタラメな状態から、蹴り足だけが伸びて来た。もらった弾正は、まるで足がもう一本生えて来たと感じた事だろう。 その一撃の危険さに気付いたのは、正邦という睡蓮の城の傭兵であった。 泰拳士である彼はその一撃が、絶破昇竜脚という泰拳士の奥義に酷似していると気付いており、奇鬼樹姫がこの技を使った時の危険度を正しく理解していた。 まさかあの風魔弾正が、そんな皆の疑念を無視し、正邦は弾正を戦地より引っ張り出し避難させる。彼女の意識は既に失われていた。 次に落ちたのは幽遠という犬神シノビである。 錐の一撃で崩れた所に連携で踏み込んだ幽遠は、これを誘い水としていた奇鬼樹姫の正拳をまともにもらい、その場に膝を折る。 更に、犬神疾風も遂にその隠密の術を見破られ、弾正がもらったものとはまた別種のカウンターを食らってしまう。 この事態に、華玉は叫ぶ。 「錐! 一人で前を支えなさい!」 「任せろ!」 理由を聞きすらせず錐は即答する。 華玉は自らの左手首を刀で切り裂く。 噴出す血飛沫。これを天へと掲げると明らかに不自然な量の血流が空へと舞い上がり真っ赤な霧を作り出す。 霧は華玉の腕の動きに合わせ奇鬼樹姫へと流れこむ。ちょうどこの時、宗次は前に居た錐を抱え上げると大きく後ろに飛び伏せる。 「禁術! 血風爆砕!」 凄まじい爆発音。衝撃が中庭全体を覆い、この間に第一陣は後退を果たす。 辛うじて意識を取り戻した風魔弾正は、口の端から血を零しながら第二陣である開拓者達に言った。 「すまん、後を頼む」 |
■参加者一覧
鬼島貫徹(ia0694)
45歳・男・サ
八十神 蔵人(ia1422)
24歳・男・サ
狐火(ib0233)
22歳・男・シ
長谷部 円秀 (ib4529)
24歳・男・泰
ネプ・ヴィンダールヴ(ib4918)
15歳・男・騎
アルバルク(ib6635)
38歳・男・砂
樊 瑞希(ic1369)
23歳・女・陰
病葉 雅樂(ic1370)
23歳・女・陰 |
■リプレイ本文 風魔弾正は肩をすくめて言った。 「お前は、お前達は、私の戦友だ。それ以上とも以下とも思わんよ」 中庭中を吹きすさぶ血風が収まらぬ中、鬼島貫徹(ia0694)は大太刀を抜き放ちながら大アヤカシ奇鬼樹姫が待ち構える戦場へ、恐れる気もなく足を進める。 「大アヤカシとしての格は、これまで滅ぼしてきた連中と比べ、幾分劣ると侮っていたが。いやはやどうして。眼前の光景を見せられては納得せざるを得ないだろう」 声に気付いた奇鬼樹姫は足元の小石を拾って声の方へ指先で弾く。 小石は小さな竜巻をまとい、貫徹と奇鬼樹姫との間を漂う血煙をその軌道の上のみ綺麗に弾いて飛ばす。 大太刀で小石を弾きながら貫徹。 「正しく貴様はアヤカシの王。この自分が狩るのに相応しい相手だと」 奇鬼樹姫はそれまで襲い掛かってきていた者達とは別の気配を感じ取っていたようだ。 「次はおぬし等かえ?」 「クハハ、この俺が相手をしてやろうというのだ。光栄に思えよ大アヤカシ!」 八十神 蔵人(ia1422)も包囲する位置に陣取りつつ、率直な感想を述べる。 「同僚が大アヤカシ相手にケンカ腰すぎる件。いやまあどの道ケンカはするんやけどな」 病葉 雅樂(ic1370)が、後方に配置を済ませながら、動く瞬間を待ち構える。 「ふっ、大アヤカシとは、やっとこの大天才たる私に比肩する敵が現れたと言うことだね」 「……どいつもこいつも」 ネプ・ヴィンダールヴ(ib4918)が緊張した表情のまま駆け、アルバルク(ib6635)は何時ものそれとさして変わらぬ精神状態を維持したまま皆の配置と自分の位置取りを確認する。 開戦の合図は、狐火(ib0233)が投じ、奇鬼樹姫の影を射抜いた番天印の一撃であった。 蔵人が振り返りながらかざしたタワーシールド。 この中央に奇鬼樹姫の蹴りが命中する。 「腕が軋む、マジで軋む! 何これ怖い」 蔵人は蹴飛ばされた衝撃で、後ろに飛ぶではなく真下に沈み込む。 続けて打ち込まれた奇鬼樹姫の後ろ回し蹴り。今度は踏ん張っていたはずの蔵人の両足が大地を離れ、その体が宙を舞う。 衝撃の伝わり方すら操るのだ、奇鬼樹姫は。 駆け寄りながらの貫徹の大太刀を大仰に身を逸らせ笑みと共にかわす。 「良き殺気じゃのう」 アルバルクが背後から飛び上がり、空中から槍を突きおろす。 全体重を乗せた突きを、奇鬼樹姫は腕力ではなく技にて腕で払い逸らす。空中で真横に回転するアルバルクは、だからどうしたと足を伸ばして蹴り飛ばしにかかる。 「ほほ、ハズレじゃ」 奇鬼樹姫も同じ方向に回転してこれをかわし、同時に伸ばした足でアルバルクを蹴り飛ばす。 一方雅樂は暗影符と呪縛符で姫を縛り付ける事に集中していた。 流石に大アヤカシ。術への抵抗力が他とは段違いである。 三度目の施術時、抵抗の激しさからこめかみの血管が千切れ額より血が滴っている。 雅樂はこれを拭う暇すら惜しみ、術の行使に集中する。いや、そもそも彼女は血が流れ落ちている事にも気付いていないのかもしれない。 攻撃術で削る、などいう事に色気を見せずひたすら行動阻害に専念する雅樂を、鬱陶しいと思ったか姫がそちらに目を向ける。 視線の動きのみで危険を悟ったネプは、わざとらしいほど目立つ動きで姫の前へ飛び出す。 そして誘うような大振りを一閃。突き出された大剣は姫の頭部を狙ったものだが、これを姫は首のみを曲げかわし、前蹴りをネプの胴中央へ。 体軸がズレぬままに打ち出された蹴りだ。威力も充分なものであったはずだが、ネプは彼方まで飛んで行きたいのを堪えながら両足で大地を掴み耐える。 「む?」 狙ったように吹っ飛ぶ事の無かったネプに、姫は僅かに興味を引かれる。 「……ほんとに大将なのです? 駆鎧のアヤカシさんの攻撃の方が痛かったのですよ?」 墨が聞いたら歓喜しつつ恐怖に震えそうな事を言ってやると、姫は口の端を上げながら背の低いネプより更に低く踏み込む。 拳、肘、体を返しての逆突き、と三連撃をくれてやると、さしものネプも大きく後退せざるをえない。 それでも倒れる事は無く、打撃を打ち込まれた体の前面の、埃を片手で払い落とす。 「もっともっと強いのかなと楽しみにしてたですのに……」 もちろん、これでもかって勢いで強がっている。それを見抜けたかどうかはわからないが、姫は実に愉快そうに笑い、ネプの撃破優先順を大きく繰り上げる。 これで一つ、ネプは騎士の役割を果たす事が出来た。 姫にとって、多対一という状況はそれほど不快なものでもないようで。特に今回のように近接して来る者が多ければ。 なので先のシノビ軍団が対戦した時程瞳術を用いる事もなかったが、戦いに彩を添える、とでもするつもりか隣接してくる開拓者を同時に跳ね飛ばすと、その瞳術を撃ち放った。 この瞳術に至る動きを、先の戦いで見抜いていた狐火は、満を持して合図を送る。 城内中庭に建つ建物三つから、合図と共に三体のアーマーが飛び出して来た。 「待ちかねたぞ!」 飛び出したるは狐火に兄の借りを返すべく参上した梶川清正とその郎党操るアーマーであった。 開拓者達は打ち合わせていた通り、これを盾とし瞳術の攻撃を凌ぐ。 そしてそのまま戦闘に参加する。流石に図体が大きすぎる為、攻撃参加は清正の一体のみであるが、残る二体は瞳術が来た時の避難場所となるべく戦闘圏内にて待機する。 何故か、ネプが羨ましがってるような恨みがましいような目つきでこれらアーマーを見ているような気がしたが、多分気のせいであろうて。 戦闘開始からどれほどの時間が経ったか。開拓者達にとっては丸一日にも感じられる程であったろう。 連戦であるにも関わらず姫の動きは一向に衰えぬまま、開拓者達もまだ動きを鈍らせる事は無かったが、損傷と疲労を考えるに限界はもうすぐそこまで来ていると思える。 風魔弾正が参戦したのはこんな状況下であった。 瞬間、雅樂の集中が乱れる。 雑念が脳裏を支配し、術式の組み立て速度が明らかな程に劣化する。 しかし、そこで考えたのは、弾正に無様は晒せぬという思い。強き一念。 物の道理とはまるで別の理屈で、雅樂の強固な意思は放つ術に粘りを持たせる。 姫の視覚を封じる役目を持つ不可視の瘴気の塊は、姫の抵抗に弾かれて尚その周囲を漂う。 これが、続けざまに唱えられた雅樂の同じ術と合流し、堅固な城に一穴を穿つ。 雅樂はにやりと笑い、自分の開いた手を見つめる。 「やはり大天才。コツは掴んだ」 すぐに今度は呪縛符を用いる。 弾正が走るのを見、これに間を合わせる。弾正の動きは遠間に見ても追うのに苦労するものであるが、これまでに何度も見て来ている。自分ならば合わせられると雅樂は確信している。 いや、雅樂はその背中に違和感を覚える。風魔弾正の背中は、ああも無防備に見えただろうかと。 そんな僅かな気の迷いを振り切って、雅樂の術が姫を取り囲む。 粘つく瘴気は足回りを捉えこれが最大の力を発揮するのと弾正の斬撃が同時になるよう調整する。 弾正の体躯からは想像もつかぬ程重苦しい衝撃音が、姫の側頭部に叩き付けられる。 「わ、私が周囲の耳目を集めるお役目を譲るのは弾正様なればこそですからね!!」 なんて言葉を雅樂が口にすると、弾正は一瞬振り返り、ほんの少しだけ、笑って見せた。 弾正が復帰するや、これへの援護に動いたのは雅樂だけではない。 一撃離脱を狙い後退する弾正に追いすがる姫。弾正と入れ違うように駆け寄るネプ。 「僕が盾になるのです。でかい1撃をおねがいしますなのです!」 言うが早いか手にした唯一の武器、大きな大きな騎士剣を、やおら抱え上げ姫に向けて放り投げる。 これには通り過ぎた弾正も驚きを隠せず。姫は当然武器を持たぬネプへと標的を切り替える。 ネプの肩口に手刀が振り下ろされる。腕を上げて防ぐ事すら出来ぬ、圧倒的な速度。 これをたたきつけられたネプ。常人ならばそのまま腕ごと千切られようが、相手は騎士ネプだ。それだけでは倒せない。 それをわかっていたかのように、ネプにもう一撃が襲い掛かっていた。それも初撃と全く同タイミングで。 手刀をうけたのとは逆側の脇腹を、強烈に蹴り上げられたネプ。上からと下からの衝撃に挟まれ、破裂音と共に体中が震える。 そのまま倒れるかに見えたネプだが、意識が朦朧とした中にあっても、大地を踏みしめる足が崩れる事は無い。 そんなネプの背後から、上と左右の三方向に手裏剣が飛び出し極めて不自然な弧を描いた後、ネプに必殺打を打ち込んだ姿勢のままの姫を切り裂いた。 そんな弾正の活躍を、蔵人は苦々しく見ている。 「なんで弾正ちゃん来てる訳? 何かあったら妹さん泣くから半死人は早く帰れや!」 盾と剣とを同じ腕に持ち、それを悟られぬよう向きを考えながら蔵人は姫へと踏み込む。 すぐに姫の回り蹴りが来る。これが、かざした盾をすり抜けて胴に突き刺さる。姫の脛が胴に当る、一般的な回し蹴りであったのだが、蔵人が感じた衝撃は正に突き刺さるようなものである。 蔵人は、前のシノビ達の戦い含めればかなりの回数姫の蹴りを見て来たのだ、ただ一発、掴む程度なら何とかなる。 もちろん姫の尋常ではない力により足はあっさりと抜かれる。しかし、これにより、蔵人がこの距離で姫に対し一つ、仕掛ける猶予が生まれるのだ。 姫の横っ面を、盾を使い渾身の力で殴りつける蔵人。直後、全く同じように姫から横っ面を殴り飛ばされる。 ぶっ飛ぶのだけは堪えたが、目の前を無数の星が瞬くどうにもしようがない光景を見せられる。 蔵人の視界が戻るより先に、頭の上に何かが乗った感触が。 薄ぼんやりとした景色の中で、空中で姫の頭部を蹴り飛ばしている弾正の姿が見えた。つまり、蔵人の頭を踏み台にした模様。 さっき言った言葉気にしてるんかい、とか思うと少し愉快な気分になる。 「ホンマ、かわええとこあるよな弾正ちゃんは」 意識がはっきりする頃に、弾正からの返事がきた。 「お前のへらず口は、きっと死んでも治らんのだろうな」 入れ替わり立ち代りの戦闘が続く中、この入れ替わりが成立する為の前提をひたすら作り続けている者がいた。 鬼島貫徹は開戦から一貫して、姫の正面より突撃、大太刀による渾身の一の太刀を見舞い、これを外されてもひたすら必殺の一太刀を放ち続ける、を繰り返している。 どれだけ攻撃を防がれようとあり方は変えず、姫に殴り蹴り飛ばされ間が空く事になっても、すぐに戻ってこれを続ける事で他の皆の連携組み立ての基礎となる。 決して届かぬ長さすらわからぬ遠き頂を、無手で昇り続けるような絶望的な作業に、まるで怖じず怯えず挑み続けられる覇気は、一体何処から出てくるものなのか。 姫は貫徹の尽きぬ殺意と見事な技が気になって問うた。 「おぬし、全て同じ一撃に見えてそれぞれ違う攻撃じゃのう。一体如何様な技じゃそれは」 無視して剣撃を見舞うかと思われた貫徹であったが、一度だけその動きを止めてやる。 「全て変わらぬ一の太刀よ。これが違う技に見えるというのなら、それは貴様の見方が毎回違っておるせいよ。精進が足りぬわ」 「は……ははははは! わらわに説教か人間。良い、許す。その蛮勇愛しく思うぞ」 「ぬかせ大アヤカシ風情が」 今度は完全に戦闘態勢を解いてしまったかのように仰け反り大声を張り上げ笑い出す奇鬼樹姫。 「そうじゃ! その通りじゃ人間! 所詮大アヤカシ程度よ! 皆が言うように崇め奉るようなシロモノではなかろう! 人間の方が余程わかっておるではないか!」 姫の瞳が鈍く輝く。 「さあ来い恐れを知らぬ人間よ。大アヤカシなぞ大したものではないが、この奇鬼樹姫は強いぞよ」 アルバルクはこのやりとりを尻目に、皆への配置を指示しつつ体勢を立て直す。 「しっかし、大アヤカシと気が合うたぁアイツも随分な変わりモンだねぇ。まあ、変わりもんは大アヤカシの方もそうなんだろうが」 大アヤカシとは存在自体が絶対的なものだ。 だからこそ大アヤカシには大アヤカシならではの戦い方というものがあり、これは高位のアヤカシと共通する部分が多い。 しかし奇鬼樹姫のそれは、まるっきり人間の戦い方そのものだ。敵の弱い所を攻め、隙を伺い、自らの長所を押し付け工夫をこらした技にて打倒する。 自らを磨き高める立場にあった者が、何がしかのきっかけにより大アヤカシとなった。そう奇鬼樹姫を読むアルバルク。 そして戦術に長けたアルバルクがこの手の事を見誤るのは滅多に無い。 そんなアルバルクが体勢を整え待ち続けた瞬間は、貫徹の一の太刀命中であった。 これを好ましいものと見る姫は、絶対にそこで注意を貫徹へと向けるはず。そこに、アルバルクの温存していた魔槍砲が轟くのだ。 如何な姫とてこの一撃を受け無傷ではいられない。 アルバルクが指示した順にこの一撃に続いて攻撃組が仕掛けにかかる。 各々のありったけを振り絞った攻撃、既に皆、姫の攻撃を耐えるのは限界の所まで来ていた。 息もつかせぬ連続攻撃。開拓者の勝負所を感じ取った姫は、瞳術にてこれを仕切り直させに動く。 この動きは、アヤカシではなく優れた人間の戦士のそれであり、姫はそういうアヤカシだと予測していたアルバルクの読みの内であった。 姫の瞳が輝きを得る直前、アルバルクの魔槍砲の槍先が姫の頭部に突き刺さる。 「この面子でなんも出来ねえと来たら、流石にメンツが立たねえってもんなんでよう」 超至近距離からの魔槍砲の一撃が、奇鬼樹姫を貫いた。 弾正の踏み込みを見た狐火の動きは速かった。 その動きが、味方退却支援の為の特攻と見た狐火は、時を止め弾正を蹴飛ばし雅樂に預けた後、反撃に勇む姫の眼前で足を止める。 姫の三連打を全て回避出来たのは、この時の為姫の動きを観察していた狐火にとっても、かなり偶然性の高い出来事であったと思われる。 しかし、続けざまの瞳術までは如何様にもしがたい。これは退却を始める皆への追撃の意味もあろう。 夜で離脱。効果範囲外に逃げるのはそれでも至難。 いや、一手ある。 狐火に続いて突っ込んで来ていた梶川清正のアーマーが居てくれた。 この背後に隠れた所で夜が切れ、瞳術がこれを襲う。 盛大な爆音。清正からは威勢の良い声が返ってくるが、狐火はさっさと退却を指示し皆の退却状況を確認する。 殿は、どうやら狐火と清正になったようだ。 姫の突進。これに対し、狐火は清正のアーマーの股下をくぐりながら腕を伸ばす。 開戦の合図と同じく、投擲された番天印は再び姫の影を射抜きこの動きを鈍らせる。 「二度もらう人がありますか」 そんな台詞と共に、狐火は第三陣との入れ替えを終えた。 |