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■オープニング本文 奇鬼樹姫は天守閣の窓から乗り出すようにして外を眺める。 「絶景という奴であるな。墨めも本当、見事なものをこしらえたものじゃ」 この部屋に居るもう一体のアヤカシ、絶海は無表情を維持する。 「こちらの戦力も大幅に失いました。もうあの城を落とすだけの戦力残っていませんよ」 「そんなもの、この城をアレにぶつけてやれば良いではないか。城壁を崩せば、今ある戦力でも何とかなろう」 「楽観的すぎます。……もしや、敢えての事ですか?」 姫は窓の外から絶海の方へと視線を戻す。 「そこまで無情なつもりはないぞ。そも、次はきっと暴れても意識は失わん。もう慣れたからな」 驚きに目を見張る絶海。 「まさか、あの時暴れたのはその為だったのですか」 「最初に護大を食ろうた時、そして先ごろ、二度もやれば充分じゃ」 「お見事です……これは本当に助かりました。姫に本気で暴走されますと私の力使い果たしてしまいますし、前はそれで軍内で勝手に内輪もめ始めた挙句一割が消えてしまいましたから」 「はっはっは、何時も苦労をかけるのう」 「まあ……元より、私一人の術に依存する我が軍団の存在そのものが、歪なものであったのでしょう」 「良いではないか。炎噴牙、烈雷牙、岩砕牙のような大アヤカシにすら従わぬ狂アヤカシ共が、一つ旗の下に集うなぞ、胸躍る話であったろうて」 絶海の術にはアヤカシの凶暴さを抑える力があった。 そんなおおよそアヤカシらしからぬ絶海の術に、奇鬼樹姫が目を付けた。 時折自らを襲う破滅的な破壊衝動に悩まされていた奇鬼樹姫は、絶海を手に入れる事でようやく、精神の安定を手に入れたのだ。 奇鬼樹姫は各地の魔の森を巡り、姫のような凶暴極まりないアヤカシ達を集める。 これは縄張り荒らしに等しいが、仲間にすら襲い掛かるアヤカシを引き抜いていってくれるのならば、と彼等は姫の行為を黙認する。 そうして出来上がったのが奇鬼樹姫の軍団であった。 奇鬼樹姫はアヤカシ城の天守閣から、再び外を眺める。 「ほれ、そうしかめっ面をせずあれを見てみよ。敵城が見えて来たぞよ」 睡蓮の城において、現在最も目立つモノは何かと問われれば、やはり睡蓮城主砲、轟咆哮であろう。 城壁上を自在に移動出来るようになっている大砲怒号もかなりのシロモノであるとわかるが、轟咆哮はそもそも大砲というくくりから逸脱しているようにも思える。 犬神シノビの幽遠は、轟咆哮の発射席に向かう。 「よう、これ何処まで届くんだ?」 席についていた男は、うさんくさそうな顔で答える。 「こら邪魔すんな。敵さんもうすぐ射程内に入るんだから」 「は? おい、もしかして今の距離で届くのか?」 「届かせるだけならもっと前から届くっての。当てられる自信ねえけど」 「マジかよ。ちょっと撃ってみてくんね?」 「命令も無しで撃てるか馬鹿」 幽遠は砲塔から乗り出し、中庭で何やら指示を下している錐に訊ねる。 「よー錐! この大砲もう撃っていいかー!?」 「有効射程に入ったらそちらの判断で撃てという話だろうが! ……って待て。何でお前がそこに居るんだよ」 幽遠は錐を無視して射手に笑いかける。 「撃っていいってよ」 「……お前これ一発撃つのに幾らかかると……まあいいか。おい、耳塞いどけよ」 奇鬼樹姫は天守閣の窓から睡蓮の城を眺めている。 「くふふふ、城に城で突っ込むなぞと、連中さぞや肝を冷やして……」 そこで、姫の視界に、かすかに光るモノが見えた。 「あ」 凄まじい爆音が轟き、絶海の眼前を黒煙の塊が突き抜けていく。 その衝撃は天守閣の一室を貫通し、隣の部屋まで抜けた所でようやく止まってくれた。 口元を抑えながら絶海は、大穴の開いた部屋の壁から隣室を覗き見る。 「ひめー、ごぶじですかー」 けほっという咳払いと共に、彼女の姿がゆっくりと見えてくる。 小奇麗に整えてある巫女装束は、見る影もなく黒ずんで煤だらけの薄汚れた姿となっていた。 まあ、轟咆哮の直撃もらっておきながら、その程度で済んでいるのであるが。 奇鬼樹姫は、ぼそりと言葉を漏らすが、絶海の耳には届かない。 「何かおっしゃいましたか?」 姫は、真っ赤な顔で怒鳴りつけた。 「魍魎砲を出せい! 奴等も同じ目に遭わせてやるのじゃ!」 「……いや、流石に魍魎砲でもまだ届きませんよ」 「やっかましいわ! 人間の砲が届いてアヤカシの砲が届かぬなどという事があるかあああああああ!」 「うわ、すっげぇ。あれ天守閣直撃だろ。お前やるじゃん」 「いやぁ、俺もびっくりだ。あるんだなぁ、こーいう事って」 幽遠と射手は緊張感の欠片も無い様子で感想を述べ合っているが、この間弾込め役は物凄い速さで作業を行っている。 「次弾装填完了しました!」 「了解っ!」 照準を微修正しての第二射。流石に天守閣とはいかないが、アヤカシ城の壁を削り取る一撃。 しかしほぼ同時に、激しい揺れが二人を襲う。 状況を確認するため幽遠は城壁上へと飛び出した。すぐにわかった。城壁前の大地が大きくへこんでおり、煙が上がっているのを見れば一目瞭然であろう。 「……おいおい、敵さんにもほぼ同等の大砲あるってか。これ、どうなんだよ」 すぐにわかった。 お互いが超長射程の大砲をガンガンに撃ち合うのだ。兵士達は城壁の後ろに集まり大砲の着弾を避ける。 だが、城壁改修班のみは違う。 一定間隔で打ち込まれる砲弾の恐怖に怯えながらも、撃ち崩された城壁を裏側から補強にかかるのだ。 轟咆哮も砲身が加熱し、装弾手は分厚い手袋を三枚も重ねるような事になっても発射の手を休めず。 時期に怒号の射程に入ると、これも火を噴き、アヤカシ城からも魍魎砲以外の砲が動き出す。 まるでこの世の地獄のような、土砂が舞い、轟音が響き、大地が震動する。 仲間の声もロクに聞こえぬ有様でありながら、兵士達は手信号で意思の疎通を図り、来るべき時に備える。 その瞬間はほとんどの者が立っている事適わなかった。 皆が避難を終えていた城壁へ、アヤカシ城が突っ込みこれを粉砕。 しかしそこでアヤカシ城は引っかかるように静止してしまう。 風魔弾正の怒鳴り声が、砲音と爆音で麻痺しかけた耳に微かに聞こえた。 「行け突入組! 先陣は任せたぞ開拓者!」 手はず通り、アヤカシ城内への突入一番乗りは、開拓者達に任される。 アヤカシ城は無数のアヤカシの集合体と言われていたが、背筋が寒くなるような薄気味悪さと瘴気を検索する能力が軒並み不調になる以外は、とりたてて障害らしい障害にはなっていない。 城の内部も人間の城をかなり正確に模しており、この大広間の一つで、開拓者達は侵攻を妨げる大敵と相打つ。 「これ以上はやらせん! 見よ! これぞ我が究極武装!」 墨と呼ばれるアヤカシが、自らの持つ叡智の全てを結集し完成させた作品、アヤカシアーマー『地獄甲冑』を自ら纏い出陣して来たのだ。 |
■参加者一覧
相川・勝一(ia0675)
12歳・男・サ
八十神 蔵人(ia1422)
24歳・男・サ
水月(ia2566)
10歳・女・吟
ルンルン・パムポップン(ib0234)
17歳・女・シ
ネプ・ヴィンダールヴ(ib4918)
15歳・男・騎
ジャン=バティスト(ic0356)
34歳・男・巫
樊 瑞希(ic1369)
23歳・女・陰
病葉 雅樂(ic1370)
23歳・女・陰 |
■リプレイ本文 「これ以上はやらせん! 見よ! これぞ我が究極武装!」 城内での戦闘の最中、他のアヤカシを下がらせ登場したアーマーのようなアヤカシ、その威容に開拓者の皆は言葉を失う。 特に、ネプ・ヴィンダールヴ(ib4918)の視線が熱い。 「そのアーマー、なんて名前なのですかね!」 アーマーの主、墨は自らの傑作への自負を胸に声高らかに応えた。 「ふふん、アヤカシ工学の権威たるこの墨様が作り上げた傑作、その名も地獄甲冑よ! 貴様等全員、このアヤカシアーマーの餌食にしてくれる!」 ネプとは対照的に樊 瑞希(ic1369)は凍えた目で地獄甲冑を見ている。 「……芸が尽きないものだな。『地獄甲冑』だと? 動く城といい悪趣味だ。弾正様の視界に入れるようなものではない。さっさと破壊……」 瑞希の言葉を遮り、病葉 雅樂(ic1370)が両腕を広げ絶賛を送る。 「素晴らしい、素晴らしい美的感覚だぞ、墨とやら!!」 「ほほう、この美しさがわかるか人間」 「貴君がアヤカシでなければ、この大天才たる病葉雅樂に素晴らしい着想を与えてくれたものと……実に、実に惜しい。弾正様もきっと貴君の美的感覚を嘉したもうのに」 「ふっ、これを理解しうる貴様こそ、人間なぞではなくアヤカシに生まれるべきであったろう。惜しい事よ」 え、ちょ、何この流れ、的な視線の八十神 蔵人(ia1422)は、フォローを求めて今回のメンバーで一番真面目に人生生きてそうな相川・勝一(ia0675)を見るが、彼もまた地獄甲冑を見て落ち着きを失っているように見える。 「あんなアーマー出たら僕、騎士へ転職しちゃうかもしれないです……。……って、見とれてる場合じゃないですねっ」 「いやあれも多分アヤカシの塊っちゅう話やろ?」 その情報をもたらしたジャン=バティスト(ic0356)に訊ねる蔵人。 「うむ、職人自ら作品を守ろうとは……やはり造物主として思う所もあるのだろう」 「え? いやつっこむんそこちゃうやろ。もっとほら、足の丸っこいのとか腕の槍みたいなんとか……」 そこで、ルンルン・パムポップン(ib0234)が一歩前へと歩み出た。 「『地獄甲冑』敗れたり、究極の先に未来は無いんだからっ! 訂正するなら今のうちです!」 「いやだから、つっこむんそこともちゃうやろて」 「ふんっ、究極の二号があっても、それはそれで納得は出来るだろう! だからこれで良いのだ!」 「おい、そこに返事するんかい。しかも全然納得出来へんやんそれ」 倒さなきゃならないアヤカシの一種である事が確認され、しゅーんと小さくなってしまっているネプ。 「いやもうだから真面目にやろうや、これ結構洒落にならん相手やで多分」 そんな蔵人の服の裾を水月(ia2566)がくいくいと引っ張る。 「ん? 何や?」 水月は蔵人の前で、頑張ってー、という意味も込めて拳をぐっと握って見せる。 「……え? それってわしにこれからも延々ツッコミ頑張れ言う話? アホぬかせ、次あたりから金取るでホンマ」 尚、意図は通じなかった模様。 地獄甲冑は、その質量からは想像も出来ぬ程動きが速かった。 その矛が真っ先に狙ったのは、開拓者達の中で最も小柄な水月である。 急速に迫る地獄甲冑。水月は突進してくるこのリズムの取り方に耳を澄ませる。 接地しているローラーが常時回転を均一に床に伝える、訳がないのだ。機体の揺れのせいで摩擦が大きい時と小さい時があるのだから。 水月はそんな地獄甲冑の構造を考えた訳ではないが、ただの加速に見えるこの速さにも、一定の緩急があると見抜いて、いや聞き抜いていた。 緩の直前に身を翻す。中の墨が地獄甲冑に進路変更を伝え、そう地獄甲冑が動き出した時は最も摩擦が小さい時。 すると、墨が考えた以上に、地獄甲冑は姿勢を崩す。 それでも構わず突き出す腕。これもまた、水月は二歩小さくステップする事で墨の視線を動かさせる。 再度腕の向きを変え、変えざまにパイルバンカーを放つ墨。 潜った水月の頭上を唸る轟音。 『すごい迫力と威力……まさに地獄……』 でも、と小柄な体躯を利して地獄甲冑の股下を潜り抜け、足の内側を黒夜布で深く薙ぐ。 装甲の薄い部分は狙いづらいものだが、水月のステップが生み出したメロディが、地獄甲冑のリズムを崩しこれを狙いやすくしたのだ。 墨はこの機体の特性を良く理解しているようで、基本的に広い部屋を縦横無尽に走り回り、一撃離脱を心がける。 この速さに、ついていけるのはルンルンぐらいだ。 「ニンジャの足なら負けないんだから!」 地獄甲冑は首を背後に向け、追って来るルンルンを一瞥した後更に速度を上げる。 九十度の急旋回、ローラーダッシュの特性から減速はほぼ無し。 走るルンルンは上体を内側に倒しこの旋回に付き合う。足裏の内側でエッジを立てて、床の摩擦係数が急に低くなったりしないよう祈りながら走る。 旋回中は小刻みに、ストレートに戻るなり歩幅を広く持って行く。腿を上げ、床を強く強く蹴り出す。 ルンルンと張り合ったせいか地獄甲冑の速度がつきすぎ、壁を前に減速が間に合わない。 地獄甲冑は片足を上げ、壁にこれをついて壁を蹴り出すようにしながら壁と床との二箇所でローラーを回し減速を避ける。 余裕があれば口笛でも吹いてやりたいルンルンであったが、ここが狙い所だ。 壁についた片足を外し床へと戻そうとした瞬間、ローラーでの加速が片足分のみになる。そこを、ルンルンはついた。 一息に追いつき、鑽針釘を装甲の継ぎ目に突き刺すと、逆手に持った山刀で杭打ちのように奥へと叩き込んだのだ。 すぐに甲高い音と共に鑽針釘ははじき出されるが、打ち込んだ手応えから、これが有効打である事を確信するルンルンであった。 地獄甲冑の足を止める事が出来ない。 ネプは敵のすり抜けざまのパイルバンカーをカウンターで返す事を狙う。というか、足が速すぎてそれ以外が出来そうにない。 ちなみに一度目は失敗して盛大に吹っ飛ばされている。パイルバンカーモロに食らって吹っ飛ぶで済んでる辺り、並の戦士ではないのだが。 しかしタイミングを掴んだ二度目ならば、と両手に握った大剣を振りかぶる。 と、地獄甲冑はネプへの軌道を取りながら、急減速をかけてきた。 一体何事、と思った時にはもう遅い。地獄甲冑の両足からアンカーが打ち込まれ、急減速ではなく、急停止をかけたのだ。挙句、つんのめる形になった勢いで背負った砲塔が肩に降り、まっすぐネプを狙っているではないか。 「っ!?」 声にならない悲鳴をあげ、両腕を眼前に交差させる。それしか、間に合わない。 くわんくわんと鳴る音が、耳の側からやかましいほどに聞こえて来る。 ここは何処だったのか思い出せず、頭を振ろうと少し動いたら腕がめちゃくちゃ痺れている。 そんなぼうとしたネプの意識がはっきりと戻ったのは、地獄甲冑のローラーの音が迫り来る音が聞こえたからだ。 墨は砲撃でぶっとばすにとどまらず、壁際で座り込んでいるネプにトドメの一撃をくれに突っ込んで来ているのだ。 瑞希の呪縛の符が、雅樂の暗影の符が、同時に地獄甲冑へと飛ぶ。 おかげで大剣を盾とするのが間に合ってくれたが、パイルバンカーはネプごと壁をぶちぬき隣の部屋へと叩き込む。 だが、この直線的な動きは、一撃離脱の流れを自ら断ってしまう。 「やああああっと動き止めよったか!」 ようやく駆け寄る事が出来た蔵人は、手にした武器で斬りつけるのではなく、見上げんばかりの巨体に対し掴みかかる。 墨もこれは意外であったようだが、そのまま振りほどかんと腕を振り回す。 出来ず。蔵人は一旦腕を外した後、懐深くに踏み込んで、正面から地獄甲冑の腕をそれぞれ掴む。 体勢としては、地獄甲冑の真正面に仁王立ちした蔵人が、両腕を高く掲げ上げる形だ。 蔵人はかなり長身な部類であるが、地獄甲冑と比べれば大人と子供程の差があろう。 墨も蔵人の意図を察するなり、万力のように力を込め一息に潰さんとのしかかってくる。 蔵人は耐える。この位置を維持し続けていれば、地獄甲冑の攻撃は全て無効化出来るし、何より、絶好の攻撃機会でもあるのだから。 前衛組はここぞと踏み込んでくる。そこに、天井を突き破って砲撃が襲って来た。 動きを止められた墨は、自らを囮に集まった皆に、遠隔操作にて魍魎砲を叩き込んだのだ。 もちろん自分も食らうが、近接組も全て巻き込む事に成功する。 これで弱った敵を踏み潰そう、そう動きかけた所で墨はぎょっとなって前方を見直す。 少しづつ晴れていく煙の中、最初に地獄甲冑と組み合った姿勢のままぴくりとも動かず、蔵人はそこに立ち地獄甲冑の腕を抑え続けていたのだ。 「……毎度思うねん、このシリーズなんで難易度:普通で報酬:普通なん?」 魍魎砲をまともにもらったのだ。このぐらいの愚痴は許容すべきであろう。 ジャンは地獄甲冑の動きの速さに対抗すべく、考えを巡らせる。 頭上を見上げ、魍魎砲で大穴が開いた天井の端、これが崩れかけているのを確認するとここに精霊砲を打ち込んだ。 同じ後衛組である瑞希はジャンの意図を察し訊ねる。 「それで止まるか?」 「鈍れば充分だ」 確かに、と瑞希の斬撃の符も天井へと叩き付けられる。 皆に注意を促しつつ攻撃を続けると、遂に梁が数本へし折れ、天板と柱がまとめて崩れ落ちて来た。 地獄甲冑の脚部は平でない床を走るに向かない構造であるとジャンは読み、障害物をばら撒く事でこの走行を阻害にかかったのだ。 現在地獄甲冑は、ようやく蔵人を振り切る事に成功した所であったが、瓦礫が行く手を阻む方向へは進まず、結果その進路が限定されている。 今度は瑞希がジャンを誘う。 「奴は次に瓦礫をどかす手を打つだろう。そこを狙うぞ」 ジャンもこれを了解し、瑞希が予測した敵制止ポイントに狙いを定める。 そう、瓦礫を撤去すべく、地獄甲冑が背負った砲を撃つ瞬間を狙ったのだ。 アンカーを打ち込んで発射、しかる後アンカーを抜き移動。この速さはかなりのものであったが、事前に動きを読まれていてはさしもの地獄甲冑も避けえまい。 ジャンがかざした杖の先が、ほのかに白く輝きを得る。 この光りの導を求め、アヤカシの内部であるはずの城内各所の大気より精霊力が吸い寄せられる。 これと先の落下した瓦礫が相変わらず瓦礫のままである事を考えるに、ジャンはアヤカシ城とはアヤカシ城という名のアヤカシなのではなく、最早別個の物質に変化したのではないだろうか、などと考察じみた事を思いつくも、術は淡々と行われる。 アヤカシ領域内という事で特に精霊力の集積に力を入れてみたら、少し集めすぎたらしく、神秘の力にジャンの足元が少し浮き上がってしまう。 余剰精霊力も丁寧に処理し、収束、放射。 ジャンの目線だと、真っ白な輝きが大きく膨らんで見えるのみだが、問題なく精霊砲は標的を射抜いている。 同時に瑞希も動いている。 銭剣の先端に符を貼り付け、この切っ先を地獄甲冑へと向ける。ちょうどアンカーを打ち込んだ瞬間と同時だ。 瑞希の伸ばした手先から、瘴気が蠢くように剣を登って行き、先端の符へと辿り着くと呪符は奇怪な生き物へと変化する。 人型似でありながら間接が二つばかし多い薄気味悪いそれにも瑞希は顔色一つ変えず一言、行け、と命じる。 奇怪な生き物が、激しく震動したかと思うと薄金色に輝く稲光と化し、瞬く間に地獄甲冑の足元を貫いた。 金属音が鳴り響く。近接組の足元への集中攻撃と相まって床を貫いていたアンカーが音高く砕け散った音だった。 地獄甲冑のアンカー破壊に伴って、同じ足についているローラー部にもそれまでの積み重ねもあってか不具合らしき動きが見えるようになってきた。 雅樂は、それでも尚速いこれの足を止める為、人差し指の先で空中に暗影の符を描き出す。 これを閉じた金蛟剪で縦に斬る。真っ二つになった符は、左右に分かれて地獄甲冑へと。 その両耳の位置に達すると、雅樂が一つ指を鳴らす。 合図に合わせ地獄甲冑の頭部を黒い霧が覆い隠す。こうして視界を奪っておきながら雅樂は閉じた金蛟剪を頭上へと掲げ上げる。 距離も間合いも、考えるまでもなく届かないのだが、雅樂は一切構わず素人丸出しの大雑把すぎる大振りで金蛟剪を縦に振り下ろす。 もちろん、金蛟剪が斬ったのではない。 雅樂が地獄甲冑の頭部に展開させていた瘴気を、刃に変じさせ金蛟剪と同調させながら振り下ろした、というのが種である。 しかしこれを知らぬ者には、まるで距離を無視して刃を届かせる魔の武具に見えた事であろう。 地獄甲冑の頭部を覆う兜が半ばまで裂け、内部の機構が顕になる。 ここにアーマーに詳しいネプが居れば気付けたかもしれない。この構造は、本物のアーマーそのものであると。そしてこれを作り上げた墨は紛う事無き天才であろうと。 勝一はこの間に地獄甲冑への近接を果たしていた。 先ほど、蔵人が押さえ込んでいる間に勝一はありったけの強打を地獄甲冑の足へ叩き込んでいたのだが、装甲がヘコむ程度で斬るも砕くも出来そうにない硬度であった。 「これまで良く戦ったが、ここまでだ!」 重く鋭い棍を扱うような突きが装甲を強打する。 既に、隙間を縫うような真似が出来ずとも衝撃を与える事で内部構造に損傷を与える事が出来る程にまで、脚部への攻撃を積み重ねていたのだ。 しかも仕切り直しをしようにも、大砲はアンカー無しでは余りの威力にバランスを崩してしまい発射が出来ない。 しかしここで、墨は技術屋らしい発想で即座に解決方法を見出す。 地獄甲冑を壁際にまで走らせ後退すると、壁面を背に大砲を構えたのだ。壁を支えにこれを撃つつもりだ。 勝一は腹をくくっている。パイルバンカーだろうと大砲だろうと正面からでも一発なら耐えてみせると突貫する。 動きは、地獄甲冑の背後で起こった。 背後の壁が音高く崩れ落ち、ネプが大剣を穂先に自ら投槍のように突っ込み壁越しに地獄甲冑を貫いたのだ。 そしてこの隙を見逃す勝一ではない。 狙うは胴のど真ん中。装甲が弱い云々ではなく、突き刺した時横に逸れたりしないようにだ。 後は、威力が装甲を勝っていれば良い。それだけを勝一は考える。 間合いはもう槍のそれではなく刀の間合いにまで深く踏み込み、体を大きく捻る事で長物でもこの間合いでの突きに用いられるよう構える。 そして、全身を捻り出しながら、体重を乗せ両の足で飛び出すようにして槍を突き出す。 槍先は一瞬たりとも止まらず、勝一が腕を伸ばしきったその位置まで進み、中の墨を貫き制止した。 燃え盛るアヤカシ城から飛び出した開拓者達。 しかし、そんな彼らに弾正の声が。 「急いで戻れ! 大アヤカシが睡蓮の城に侵入したぞ!」 |