【藪紫】白夜の暴走
マスター名:
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/02/17 14:26



■オープニング本文

 大慌ての退却劇であり、当初の目的である塩の森奥の探索までは出来なかった、と風魔弾正は思っていたのだが、開拓者は式を飛ばしてこの先を確認していた。
 戦闘の最中だったというのに良くやる、と半ば感心、半ば呆れながらこの報告を受ける弾正。
 しかし、上がってきた報告が不可思議なもので、弾正とランタインは地図を広げながら首を傾げる。
 ランタインは確認するように弾正に問うた。
「城、でいいんですよね。塩の森の先、谷の底に確かに城が建っていたと」
「ああ、私も何度か確認したが、城で間違いないそうだ」
「……魔の森の中に城建てるよーな非常識なのは藪紫さんだけじゃなかったと」
 地図とにらめっこを始める二人。
 しかし、どう考えてもこの地形に城を建てる意味がわからない。
 もう少し詳しく城とその周辺を調べなければならない、二人はそう結論づける。
 この城を攻めるかどうかはともかく、いずれ敵の拠点として機能しているのなら、その調査は必須となろう。
 塩の森に潜伏していた戦力は軒並み粉砕したので、後は白夜のみ。これなら華玉なり幽遠なりならば何とか偵察も可能だろう、そう思えたが、やはり白夜の存在が事故率を上げてくれる。
 どうしたものかと ランタインと二人岩団扇城の指揮所で頭を捻っていたのだが、そこに訊ねてくる女が居た。
 金髪、もみあげ縦ロールの派手な髪を一切隠そうとする気のない、それだけで隠密活動が出来なくなるような、雲切という犬神の女シノビだ。
「弾正様! とても手強いアヤカシが居ると聞きましたわ! そやつの退治は是非このわたくしに任せてくださいまし!」
 弾正は、藪紫よりこの金髪の扱いには特に注意するよう言われている。
 すぐに今度は男が部屋に駆け込んで来た。犬神三傑の一人、幽遠である。
「弾正様! 白夜の退治は俺にやらせてくれ! 必ず期待に応えて見せるからよ!」
 そう言いながら部屋に来た幽遠は、中の雲切に気付くと今度はそちらと口論を始める。そこに、もう一人の犬神三傑、雲切と違って豊かな肢体を持つ華玉も現れる。
「あら? もしかして出遅れた? ねえ弾正様、そこの頭の悪い二人じゃこの任務は無理よ。ここはやっぱり白夜の退治は私に任せて……」
 すぐに口論が三人でのものとなった。
 ランタインは呆れ顔で三人に訊ねる。
「お前等、白夜は触れた相手を塩にする術を使うって話、聞いてないのか?」
 何を言っているんだという顔を、雲切、幽遠、華玉の三人はしてみせた。
「避ければよいのですわ」
「避ければいいだろ」
「避ければいいわよ」
 三人のケンカを眺めながら、弾正はふと、こみ上げてくるおかしさに気付いた。
 元より、身軽な身になりたいと考えたのは、立場に振り回される事無く、危地へと挑み自らを鍛え直す為だ。
 なのにそれまでの卍衆でのやり方を続けようとしていた自分が、滑稽に思えてならなかったのだ。
 弾正は室内の机を強く叩き、三人の口論を止めこちらを向かせる。
「雲切、お前は岩団扇の城から出すなと藪紫に言われている。だから大人しく留守番していろ。幽遠、華玉、お前等は死地に付き合ってもらうぞ。私を含む三人で白夜を狩る、異存は無いな?」
 ぶー、と口を尖らす雲切と、喝采を上げ、ハイタッチを交わす幽遠と華玉。
「ランタイン! 後詰めはジャマダハルと開拓者だ! 交戦中の退却、侵攻の判断はお前が下せ。すぐに出るぞ!」
 部屋を出る弾正の姿は、決して失敗出来ぬ任務に赴くシノビのそれではなく、自らの限界へと挑む挑戦者のものであった。


 ああ、戦の最中にありながら、こんなにも汗をかいたのは何年ぶりか。
 体中が悲鳴を上げるのは訓練の時のみで、間違っても実戦でそうならぬよう修行を積み重ねてきたのだ。
 だが、今の有様はどうだ。
 乱れた呼吸に肩は大きく上下し、体中から噴出す汗が土砂を浴び各所に黒い帯を作っている。
 既に、用意してあった投擲武器は全て失っている。弾正はこういったものを隠し持つのを得意とするが、これを全て使い切っても倒しきれない相手は初めてだ。
 弾正は幽遠と華玉とを順に見る。
 二人が奮戦しているのを見れば、逃げ出したくなるような怖さも押し殺せる。
 体の奥底に沈んでいた最後の底力を引っ張り出し、弾正は走る。
 最後の武器は、短刀が一本、白夜の攻撃間合いの内に入り込んでの斬り合いになる。
 弾正は、一歩これへと近づく度に、神経の糸が上げる悲鳴が聞こえるような気がした。
 緊張と恐怖に体が硬直せぬように、弾正程の者がそう意識せねばならぬ程、白夜の圧力は凄まじかった。
 それでも、ならばこそ、張り詰めた状態を維持し続ける事が出来、遂に、弾正の牽制に白夜が釣られた所を、幽遠と華玉が両脇よりその首を刎ね飛ばした。
 決着がつくと、その場にへたり込んだ幽遠と華玉。弾正も心底そうしたかったのだが、若い二人の前で少しばかり見栄を張り、周囲の確認を。
 そこで、僅かな違和感を覚える。
 塩の森の木々が、風に吹かれゆっくりと崩れ始めていた。
 いや、違う。
 塩の木が崩れているのではない。
 弾正の背筋が戦慄に凍りつく。
 風に乗った粉末状の塩が、白夜の元へと届けられているのだ。
「引け幽遠! 華玉!」
 言うが早いか自らも全速で後退。
 その声よりも、弾正の反応っぷりに驚いた二人はすぐにこの後を追う。
 直後、森中の塩が一気に崩れ飛び、白夜の倒れていた場所へと降り注いだ。
 森中の塩の木がそうなったのだ。まるで塩の滝のようなそれは、完全に周囲を塩煙で多い尽くし、呆然としながら見守る三人の前で、ヒトの形を作り上げていく。
 弾正は幽遠の、華玉の顔を見て、即断する。
 これは、無理だ。体力が残ってる云々という話ではない。完全に、一度緊張が切れてしまっているのだ。この上もう一度死線を潜るような真似をさせたら、恐らく集中力が続くまい。
 弾正は自分は大丈夫なつもりであったが、正直な所、戦闘の技量という意味ではそこまで二人と差があるとも思っておらず、故に、弾正は自身も二人と似たような状態であると結論付けた。
 すぐに上空の船から縄が下りてきた。
 三人の後退用に加え、上から降りて来る用の縄もある。
 ランタインはこれをアヤカシの最後の足掻きと見て、予備兵力である開拓者を投入してきたのだ。
 弾正は縄を掴んだ後、口惜しげに白夜であったモノを眺めるが、自分がそんな感慨を持ってしまっている事に驚く。
「……自分で斬りたくなっていたか。案外、私にもまだ可愛げのようなものが残っていたのだな」


■参加者一覧
相川・勝一(ia0675
12歳・男・サ
八十神 蔵人(ia1422
24歳・男・サ
叢雲・暁(ia5363
16歳・女・シ
狐火(ib0233
22歳・男・シ
ネプ・ヴィンダールヴ(ib4918
15歳・男・騎
ジャン=バティスト(ic0356
34歳・男・巫
樊 瑞希(ic1369
23歳・女・陰
病葉 雅樂(ic1370
23歳・女・陰


■リプレイ本文


 八十神 蔵人(ia1422)は、入れ違いになった弾正に気安く声をかける。
「へーい弾正ちゃん、ばとんたーっ……」
 手を挙げかけた所で、樊 瑞希(ic1369)がものっそい顔で睨んでいるのを見てこれを慌てて引っ込める。
 苦笑する弾正は、皆に声をかける。
「すまん、後を頼む」
 任されましょー、と蔵人はまず自らの体を盾に敵を計りにかかる。
 白夜は蔵人を見るなり、片腕を真後ろに大きく引き絞る。
 そんなデカイ動き当たるかい、なんて心中でフラグを立てながら予想出来る拳の軌道から大きく外れる蔵人。
 白夜はこれを上体を大きく崩す事で強引に命中軌道へと変化させる。
 咄嗟に、腕の届く範囲から外れる蔵人。様子見のつもりだったので、踏み込みきらなかったのが幸いした。
 眼前を通り過ぎる豪風。蔵人は悟る。これは、間合い内でもらったらまず避けられない。
「後衛さがれーあれお前等やったら防ぎも避けもできへんやろう」
 ネプ・ヴィンダールヴ(ib4918)は勇敢にも間合い内に入り、その位置で堪えんとするのだが、それを蔵人は声を上げて制する。
「まず慣れや、それまで後ろも手出したらアカンで」
 それを不服に思ったネプであったが、振り返りざまに白夜が裏拳を打ち込んで来るのを見て、彼の判断の正しさを理解する。
 振りかぶる動作は緩慢なれど、いざ攻撃に動き出した瞬間の基点が全く見えない。
 それでも予測軌道から体を外しにかかるのだが、白夜はそれをすら乗り越えて来た。
 通常の身体構造からはありえぬ変化を見せた裏拳は、顔横を強打し、そこで留まらずネプの体を引きずり飛ばす。
 頭部を先頭に両足が大地を引きずりながら飛ばされたネプは、その足が大地の窪みに引っかかる事で上体が回転し大地に激突。
 ようやく止まるが、視界が揺れに揺れて平衡を認識する事が出来ない。
「はう〜、せ、せかいが、回っているのです」
 これを見た蔵人は生唾を飲み込む。最初の一打でかわすどころか受けるのも無理と見ていた蔵人は、次は我が身となるわけで。
 来る、せめても受けたると構えた蔵人の腹に、真正面から前蹴りが叩き込まれる。
『おまっ……そこは拳やろ……』
 なんてツッコミも脳内のみでしか出来ず、そのまま痛みに悶絶したい所を無理に堪えて槍を牽制に後退。
 させてもらえず。
 即座に白夜の右腕が唸り、上から殴り潰すように蔵人の頭部を強打。
 地面に叩きつけられた蔵人は大きく大地を跳ね転がり、腹部の痛打も相まってうつ伏せに転倒したまま動きが取れなくなる。
 ここで、中衛三人が動く。
 相川・勝一(ia0675)の投槍が白夜を射抜き、叢雲・暁(ia5363)の風魔閃光手裏剣が大地をなめるように走り、狐火(ib0233)の番天印がこれを撃つ。
 瑞希、病葉 雅樂(ic1370)の二人には、狐火がまだ動くなと注意してあった。現状、前衛の突破は白夜にとって難しい事ではないのだから。
 ジャン=バティスト(ic0356)の治癒すら、中衛の攻撃で注意を逸らした上で初めて行うのだ。
 ジャンはこの悪鬼の力に戦慄を禁じえない。最初にぶっとばされた前衛二人には、既に加護結界を施した後であった。
 にも関わらず、治癒の輝きは一度では二人の傷を癒しきるには至らない。このペースで削り続けられれば程なくして前衛は崩壊するであろう。
 そのあたりの危機感は、陰陽師二人組、瑞希と雅樂にもあった。
 瑞希は皆まで言わない。
「病葉」
「わーかってるって」
 雅樂も何も聞かず瑞希に合わせる。
 二人は同時に詠唱に入った。
 瑞希はその動きを封じ、雅樂は視覚を奪いにかかる。
 二人が瞬間見たイメージは全く同じ。真っ白い壁。何処までも高く、何処までも遠く、聳え伸びる頑健強固な城壁。
 瑞希の知る中級アヤカシでは、ここまでの抵抗力は望めない。ありえない。
「上級アヤカシか」
「この大天才の相手に相応しいってもんだ」
 二人は天嶮に挑む登山家の気分で術の詠唱を続ける。
 聞くとはなしにこれを聞いていた狐火は、内心のみでぼそりと呟く。
『それで済めばいいのですが』


 ネプは三度目の拳、というよりは振り回した腕に当たっただけなのだが、を受けると、今度こそ意識を飛ばさぬままふんぬとその場に踏ん張ってみせる。
 人間って慣れるもんなんだなぁ、なんて暢気な事を考えて、全身が震える程に痛いのを誤魔化してみたりする。
 現状、囮役は一人では足りない。
 咆哮が通じてくれれば話は早かったのだが、生憎これは全く通用しない。陰陽師の行動阻害術も成功率は二割程度だ。
 二人がかりで手数にて成功率の低さをカバーしているようだが。
 そして中衛に位置する三人はこちらも囮役をこなさなければならなくなっている。もっとも前衛二人に比べれば頻度は格段に低く、行動阻害術が成功した時のみに絞ってはいるが。
 ネプは既にかわすも受けるも無理、とさわやかにこれらを放棄しているが、蔵人は一度受けを成功させている。
 総じて、辛うじてなバランスで戦線は維持されていた。
 ネプの両手持ちの大剣が唸ると、白夜の胴に付着していた塩が大きく弾ける。
 受けの技も、鋭すぎる動きに受けすら出来ぬでは発揮しようがなく、ならばとネプは剛剣を攻撃に用いる。
 焦りは当然ある。戦線を維持出来るのは、前衛組二人の体力が尽きるまでの間だ。それもそう遠く無い未来決壊するであろう。
 だからそれまでに、皆の攻撃で白夜を削りきるしかないのだ。
 前衛二人はその身に沁みて、中衛三人は冷静に戦況を見て、後衛三人は加速度的に消耗していく仲間達を見て、そして何より幾ら打ち込んでもまるで痛痒を見せぬ白夜の奮闘に、明るい展望を見出せずにいた。
 そんな時だ。
 上空彼方から、かすれるような声ではあれどはっきりと聞こえてきたのは。
 風魔弾正の怒鳴り声が。

「そこまでか開拓者!」

 もちろんこれは、彼等を揶揄する言葉ではなく、純粋に、援軍が要るかどうかの判断を問うただけの話だ。
 しかし、決死の奮闘にて常態白夜を打ち倒すまでもっていった勇士に、天儀中に勇名を馳せている英傑の一人に、こんな事言われて黙っていられようか。
 ちょっとだけ頬を引きつらせながら蔵人は、大地に突き刺し体を支えていた槍を構え直し、逆手の剣を前方へと突き出す。
「言うてくれるやないの弾正ちゃん」
 ちょうどそのタイミングで白夜右フックをまともにもらったネプは、上体が半回転するほどの衝撃を受けるも歯を食いしばってこれを堪える。
「っだああああああああああ!!」
 気合の声と共に、そこから反動をつけて逆に大剣にて殴り返してみせる。
 雅樂はこみ上げる笑いを隠そうともしない。
「流石弾正様だ、いーいタイミングで煽ってくれる。この大天才に、そこまでなんて限界、あるはずなかろう」
 金蛟剪を閉じたまま刃のように大地へと突き立てる。
 切っ先より放たれた瘴気は大地を蛇のように這い白夜へと向かい、その直前で八つ股に別れ、周囲を取り囲むように八筋の黒い帯が飛び出し、白夜を捉えにかかる。
 白夜これをふりほどきにかかるが、帯は粘着性があるらしく、殴り飛ばそうとした腕に絡みつき離れない。
 雅樂が頃合や良しと指を鳴らすと、この張り付いた黒い帯は万力のように白夜を締め付けその動きを制する。
 いきなり勢い良くなった雅樂を見て苦笑する瑞希も、彼女に続くように術の詠唱を始める。
「また調子の良い事を……とはいえ、弾正様の前でこれ以上無様を晒せんのは確かだ」
 この一度、必ず術を通すと決め、銭剣を眼前に垂直に立てる。
 目を閉じ、詠唱によって心中の瘴気を外界へと伸ばす。
 これで白夜の位置を捉えるのは簡単だ。難しいのは、白夜の視線を捉える事だ。
 瘴気はうねりたゆたい、白夜の周囲へと到達する。
 その全身を、瑞希の瘴気が触れて回るのだが、相手もアヤカシ瘴気の塊、なかなか上手くはいかない。
 瑞希の額を汗の筋が垂れる。
 白夜程のアヤカシともなると、その視線の先を全て把握するのはほぼ不可能に近かろう。
 そこではたと、瑞希は気づいた。
『防げぬのなら、斬ってしまえばよい』
 やおら瞳を開いたかと思えば、手にした銭剣を真一文字に振りぬく。
 中空を裂いたにすぎぬ刃が、確かに白夜の瞳を捉えたのを瑞希は確信する。
 これで少しの間は視界も制限されよう。
 二つの術が同時にかかった。
 この好機に、勝一はここぞと走り動き続けていた足を止める。
 これまでは走りながら槍を投げつけ、神秘の力により再び戻って来た槍を再度投げつけるといった戦い方をしていたのだが、ここで勝一はありったけを叩き込む事にしたのだ。
 片手に握った槍を、大きく、それこそ相手に背中を見せる程の勢いで後ろへと振りかぶる。
 槍を持たぬ手も反動をつける目的で上へと振りあがっており、後ろへと引きすぎた槍は大地に触れる程だ。
 この難しい体勢で、勝一の体はぴたりと止まる。
 練力を槍へと込めているのはそれはそれとして、勝一はこの間に全身の筋を引き伸ばしているのだ。
 良く見れば、槍を振りかぶった姿勢が少しづつ少しづつ、更に奥へと引っ張られているのがわかる。
 この大仰な構えを見て、援護するつもりなのか狐火は殊更に強く番天印を投げつける。
 この男に関しては弾正の煽りもまるで影響が無いようで、淡々とした流れ作業の一つであるかのような立ち回りはまるで変化が無い。
 恐らく、死ぬ時もこんな感じで淡々と死ぬのであろう。そう思えてしまう所に、狐火というシノビの恐ろしさがある。死の直前まで平常心でなすべき事をなし続けられる、そう信じられるという事なのだから。
 こういったあり方は弾正の考えるあるべきシノビ像に近かろう。どう考えても犬神やらがおかしいのである。
 そしてそのおかしいシノビの極北、叢雲暁である。
「だ、だだだだれがそこまでって証拠だよ。あまりしつれーだとバラバラに引き裂くぞ」
 こんなたわけた台詞を吐いてる暁であったが、開戦当初は白夜の行動パターンの変化を確認したりしており、歴戦に相応しい堅実さも持ち合わせている。
 外見と言動からとてもそうは思えない所に叢雲暁というシノビの恐ろしさがあるような気がしたが、きっと気のせいである。
 こちらもまた勝一を援護すべく、やったら派手派手しいシノビの技とも思えない、風魔閃光手裏剣にて目一杯その注意を引きつける。
 皆の援護をもらった勝一は、一時の事だが極端に動きの鈍った白夜に対し、狙っていた攻撃の仕方を変える。
 引き絞った姿勢から、前方へと数歩駆けたかと思うとそのまま大きく飛び上がったのだ。
 ここでようやく勝一の絞りに絞った体が解き放たれる。
 鬼をすら両断出来よう勢いで腕が振られ、その先にある槍が風を切って放たれた。
 小柄な勝一からは想像し難い、大砲の弾のような速度で飛ぶ槍グングニルは照り返しの輝きを一瞬のみこの世に残し、吸い込まれるように白夜の腹を貫いていく。
 いや、それで止まらぬ。
 飛び上がり斜め下方へと放たれたこの槍は、白夜の腹部を貫くとそのまま大地へ突き刺さり、動きを制する杭となったのだ。
 実はさっきので限界いっぱいであったネプであるが、とにかく良い所を見せたい一心で夢中に剣を振るう。
 この縫い付けられた姿勢のままで白夜はネプへの反撃を敢行するも、蔵人はふらっふらのネプを突き飛ばし、自分の体でこれを受けきる。
「何やそれ、ぜんっぜん効いてないで! おらもっぺん気合入れてこんかい!」
 この台詞に被さるように、ジャンの加護結界が蔵人を包む。
 ジャンの練力も乏しくなって来ている。逆に言えば、練力切れまで戦線を維持出来るよう治癒防御術を施し続けられたという事でもあるのだから、これはジャンを責めるのはお門違いであろう。
 ここは押しどころだ。弾正の激励(?)により奮起した皆の活躍で、白夜の動きが極めて鈍っており、今なら大技も決め放題であるのだ。
 雅樂、瑞希の二人も攻撃術に切り替え白夜を削りにかかり、勝一は長巻を用いてありったけを叩き込む。
 ようやく、白夜は腹に刺さった槍を抜き、これを投げ捨てようと腕を振った時、眼前に低く入り込んで来た暁に気がついた。
 ついただけで反応は出来ず、真下から飛び上がりざま刀を振るったコレを、馬鹿みたいに眺める。
 ごとりと落ちた白夜の首は、その一瞬だけ正気を取り戻し言った。
「……凄っ、痛くないし」
 辞世の句でもなんでもいそんな感想を残し、白夜は倒れるのだった。


「ははっ、やったなアイツ等。しかし、何だって急に動きが良くなったのだ?」
「え? 弾正様あれわざとやったんじゃないの?」
「なにがだ?」
「……いえ、まあ、結果よければって奴でひとつ」


 狐火は、周囲への警戒を解かぬままに、徐々に消え薄れていく白夜を見守っていた。
 そしてその用心深さ故に、現れたそれにすぐに気付けた。
 完全に消えてなくなった白夜を見下ろしながら、そちらに問いかける。
「で、何か御用ですか。アヤカシどの」
 その妙な言い回しのせいで、皆も気付く。そこに、いるはずのないもう一人、執事姿の男が現れていた。
「……死体をずっと確認してましたね。もしかして君も、同じ事考えてましたか?」
 狐火は無言のまま、跡形も無くなったのを確認し終えると振り向く。既に執事姿の男は皆に包囲されていた。
「わたくし、奇鬼樹姫の従者を務めております、絶海と申します。以後お見知りおきを」
 あくまで優雅にそう言う絶海。
 全く同時に蔵人と暁が応えた。
「ドーモ、絶海=サン。開拓者です」
「ドーモ絶海=サン、ムラクモアキラデス」
 雅樂はネプに訊ねる。
「流行ってんのかあれ?」
「さ、さあ? えっと、どうすればいいですかね?」
 まずジャンが動いてくれた。
 この先にある城に関して、実にストレートに質問をぶつけたのだ。
 もっともジャンは丁寧穏便で品のある話し方をするせいで、執事衣装の絶海とは雰囲気がぴたり合う。
 騎士の出である事が良い方に影響しているようだ。騎士といえばネプもそうだが、この場合の騎士とは生まれと育ちの事を言う。
 瑞希も交渉に出張る気であるが、ここはまずジャンに任せる事にした。
 これは、実に奇妙な事だ。
 上空で見守るしか出来ない弾正も、事の成り行きに当惑している。
 しかし、開拓者側からすれば、消耗激しく、また予備兵力も無い現状、戦意が無いのなら戦わず済ませようという考えがある。
 そして絶海が何故か戦闘する気がまるでなく、多少ならばと情報の提示を了承してきた。
 狐火は、絶海の目的の一つに、ほぼ当たりがついていた。
 狐火がそうしたように、滅びる白夜から護大の欠片が出て来ないか確認していたのだろう、と。