闇狩人
マスター名:
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/01/17 01:18



■オープニング本文

 仁生の街から半里程、人気の無い郊外に作られた簡易な建物は、強い風が吹いた程度で容易く崩れ落ちてしまいそうな安っぽい造りだ。
 しかし、今仁生の街で最も熱い奴等が、この建物に集まっていたのだ。
「今日は俺の為に集まってくれて本当にありがとうっ!」 
 眉目秀麗であるが、そんな彼が荒々しく髪を結った上、朱藩で流行っているようなド派手な衣装を身に着けているのだ。
 目立つなんてものではない。これが街中であったなら彼の姿だけで周囲に人垣が出来たであろう。
 彼の後ろには三人の男が、それぞれ楽器を手にいきりたつ闘牛のように目を血走らせている。
「早速最初の曲から行くぜ! 俺達の叫びは! 魂の咆哮は決して失わせないっ!」

 俺の腕に闇が走る まだだ、まだまだ蠢くな 約束の時は今じゃない
 秘めた力を解き放つ その時までは耐えて隠せ、この想い
 誰もわかってはくれない それでいい、俺は闇に生きる狩人だから
 くそっ、駄目だ暴れるな 後少しでいい耐えてくれ俺の右腕
 闇を宿した聖なる暗黒 狂気と侠気と凶器を手にする俺は闇の狩人さ
 世界が終わるその日には 俺が全てを刈りつくす これが俺の 呪われた右腕さ

 一曲目の歌が終わると、観客達は総立ちで歓声を上げる。
 こんなチャチな建物では到底収まりきらぬ熱狂の渦。
 郊外で行うのも頷ける。これを街中でやったらエライ騒ぎになってしまう。
 とんでもない騒音と、正気を疑う怪しき熱意。
 これを引き起こしているのはたった一人の男の歌であった。
 治安担当者に数度逮捕されており、要注意人物とみなされている彼の名は「闇狩人」という。
 別にやましいことをしたわけではない。
 言動がほんのちょびっと放埓で、しかも歌を歌うと周囲がとんでもない騒ぎになってしまい迷惑極まりないというただそれだけである。

 闇狩人が開拓者ギルドを尋ねたのは、彼なりに決意する所があったからだろう。
「俺の名は闇狩人、俺は今狙われている」
「はぁ、えっと仕事の依頼ですか?」
「‥‥くくっ、そうなるか、な。いや、それでいい、お前達はそれでいいんだ」
「あ、あの。で、一体どういったお話で‥‥」
「おいおいここは『開拓者ギルド』なんだろう。なら、今更俺が何を言うまでもない‥‥悪いがお前達の『試し』は俺には通用しないぜ」
「た、ためし、ですか?」
「惚け方も堂に入ってる。クククッ、流石は‥‥開拓者ギルドといった所か。それと、天井裏から俺を監視するのはやめておけ。後悔する事になるぞ」
「あ、いや、そんな暇な事してませんが‥‥」
 その後、係員の必死の努力によりどうにか闇狩人から依頼を聞きだす事が出来た。
 つまり彼の演奏を、邪魔しようという一団が居るらしい。
 はっはっは、そんな馬鹿なありえんと大笑いしたかった職員だが、仁生の街を騒がすこの男の音楽だけは本物だとわかっていたので、一応裏を取ってみた。
 見事大当たり。シノビや無法者数名を本気で雇ったらしいどうしようもない馬鹿が居た。
 この手の手合いは無視するのが一番だというのに、と係員は彼等を雇った仁生の音楽業界とやらに言ってやりたかったが、実際に動くとなれば笑ってもいられない。
 開拓者を手配しようと約束すると、闇狩人は満足したように笑ってくれた。
 見た目は良いのだから、普通にしていれば‥‥と愚にもつかない事を考える係員はギルドの奥の部屋を用意してやる。
 シノビに狙われてるとなれば、少なくとも開拓者に引き渡すまではギルドで守ってやらなければならないだろう。
 闇狩人は三日後に控えた街中で行われる大切な演奏会に備えて、街外れまで行って練習をしたいと言っていた。
 開拓者が来たならばこの要望にもこたえなければならないだろうし、その演奏会とやらも中止は出来ない。
 そういう、依頼であるのだから。
 ギルドの建物で匿っていられればかなりの危険でも回避出来るだろうに、酔狂な客である。
 敵は熟練のシノビであり、守りきれぬ可能性を幾度も説いたというのに、彼は決して演奏会や練習を止めようとはしなかったのだ。
 せめても寝泊りだけはココを使うよう頼んで、彼の妥協はそこまでであった。



 口元を布で覆った男は、集まった見るからに柄の悪い連中に次々指示を下す。
 目標に貼り付け、定点で監視しろ、毎日の行動様式を全て記して報告しろ、交友関係を調べておけ等々‥‥
 そんな中、無視できぬ報告があがってくる。
 目標が開拓者ギルドを訪ねたらしいのだ。
 目標の特異な性格から、他者に協力を得られるかは常に五分である。
 無論シノビは悪い方に賭ける。
 結果、完全に闇に潜んだまま事をなすのは不可能と断定。次善の策にうつる。
 手段を問わず、まず目標を消す。
 しかる後、集めた無法者達に罪を押し付けこの街を去る。
 情報収集という意味でも、色々と使いでのある彼等を捨て駒にするのは少々迷う所だが、ここは決断をしておき危険度を下げておくべきだろう。
 開拓者相手では、ただ一撃分の隙をうかがうだけでも命賭けであるのだから。
 懐に入れてある猛毒、そして液体を滴らせやすいよう細工がしてある自身の短刀を握り締め、シノビは視線を鋭く尖らせる。
 三日後の演奏会、これを絶対に行わせない事が依頼の条件である。
 街の人間達に広く聞いてもらう機会を、あんな狂人に与えてなるものかといった話らしいが、シノビにとってはどうでもいい事である。
 依頼を受け、果たす。彼にとっては常にそれだけなのだから。


■参加者一覧
北条氏祗(ia0573
27歳・男・志
鬼啼里 鎮璃(ia0871
18歳・男・志
ロウザ(ia1065
16歳・女・サ
ミル ユーリア(ia1088
17歳・女・泰
雲母(ia6295
20歳・女・陰
詐欺マン(ia6851
23歳・男・シ
以心 伝助(ia9077
22歳・男・シ
紅咬 幽矢(ia9197
21歳・男・弓


■リプレイ本文

 開拓者達一同の前に初顔合わせの依頼人、闇狩人が姿を現す。
「久しぶり‥…おっと、ここではまだ、か。はじめまして、だな。闇狩人だ」
 紅咬幽矢(ia9197)は真面目に戸惑っている。
「‥‥え? ナニコイツ? やみ‥‥え? ちょ、ま、いいから名を名乗れって」
「俺の名は闇狩人。昔の名はとうに捨てた‥‥さ。それともお前はあの頃の事を覚えているのか?」
 会話困難と即座に気づいたらしい。冗談三割、残り全部本気といった感じでこぶしを握る幽矢。
「‥‥おいみんな、こいつぶん殴っていいか?」
「よせよせ、俺の右腕の封印をわざわざ解き放つような真似をする事もないだろう。それが、世界の選択だというのなら‥‥是非も無いがな‥‥」
 詐欺マン(ia6851)がぽんと闇狩人の肩を叩き、首を横に振りながら何事かを呟くと、闇狩人は弾かれたように目を見張る。
「お前‥‥そう、か。ならいい。悪かった、ここは俺が頭を下げておこう‥‥」
 結構大人なところを見せてくる闇狩人だが、幽矢はそんなの知った事かこいつの存在がウザイんじゃぼけーと暴れまわる。
「離せ! 急所は外す! 撃たせろ!」
 弓を引っつかんだままの幽矢を、後ろから羽交い絞めにしつつ宥めるのは以心伝助(ia9077)である。
「まあまあ、若い時特有のびょーきなんすから、生温かく見守ってあげればいいじゃないですか」
「はーなーせー! 頼むからヤらせろー!」
 横からちょこんとロウザ(ia1065)が顔を出してくる。
「わはは! おまえたち はらへってる! だから いらいら! これ くえ!」
 目の前に果物を差し出され、流石に鼻白む幽矢。
 ミル・ユーリア(ia1088)は愉快そうに口の端を上げる。
「全部終わったら誰も止めないんじゃね? だから今はロウザに一本取られときなさいって」
 むすーっとした納得いかない顔ながら、幽矢はようやく矛を収めた。
 一方、係わり合いになりたくない面々である。
「久々の仕事だが、少々頭が痛くなってきたな」
 雲母(ia6295)がそうぼやくと、北条氏祗(ia0573)も困った顔をしている。
「同感だ。しかしそうも言っておれぬし、拙者達は拙者達で出来る事をやるしかないな」
 きんっと鯉口を切り僅かに刃の輝きを見せるのは鬼啼里鎮璃(ia0871)だ。
「どうしても必要なら黙らせるまでですよ」
 きょほきょほ、と何処まで本気なのか冗談なのかわからぬ口調である。
 こうして、開拓者達の闇狩人護衛が始まったのだ。

 就寝時は開拓者ギルドの建物を使い、日中は午前と午後に班を分けて演奏会準備中の闇狩人護衛を行う。
 相手はシノビである以上、かなりの遠間からですら一瞬で距離を詰められてしまう。
 ならば外を出歩く時などは完全に前後左右を塞いでしまうしか守りきる方法は無い。
 またこれは、射角を取らねば弓による狙撃を防ぐ効果もある。
「この腕のざわめき。‥‥もしや」
 とか抜かすのは闇狩人ではなく詐欺マンである。
「あんたの右腕を使うまでもないから」
 にこにこしながら受け応えるのも闇狩人ではなくミルである。
 幽矢は心底焦った顔でだ。
「あれ!? あれちょっとこれおかしくね!? 何この空気!?」
 そこで満を持して闇狩人が。
「ほう、お前もこの空気を感じるか。経験が活きたな」
「闇と光が入り混じり最強に思えるこの気配を感じ取れるとは‥‥やはり幽矢殿も‥‥でおじゃるか?」
「いずれ記憶も蘇るわ、頼もしい限りよ」
「だからなんで普通に会話出来てんのよ!? 氏祗も何か言おうよこれ!」
 距離を取りたいのだが、護衛の関係上そういうわけにもいかず、全身から発するオーラで触れるなと主張していた氏祗は、真顔で呟く。
「うまく付き合えているようで何よりだ」
「そういう問題でいいんだ!? お前色々と諦めすぎだろ! もっと常識とか良識大切に生きようよ!」
 護衛午前班は大層賑やかであったそうな。
 演奏の練習も盛り上がってきた頃、午後班へと変わる。
 こちらはロウザが闇狩人の歌をいたく気に入り、元気にはしゃいでいた。
 全力ではしゃぐロウザに付き合うのはとても体力のいることであるのだが、闇狩人も満更でもないのか一緒に歌ったり話を聞かせたりしている。
 その間にも、残る面々は護衛しやすい環境づくりに精を出している。
 鎮璃は演奏会練習の場を、シノビが一足で踏み込めぬよう障害物で囲ったりしており、雲母は事前に調べておいた移動中の安全確保の確認や、弓術師の目で見た狙撃に相応しい場所や監視しやすい場所を改める。
 残る午後組、伝助はというと。
「その光の衣では闇の者を引き寄せてしまいやす‥‥この闇の衣を纏って下さいやせ(訳:無駄に目立つので地味な服着てください)」
 とか、かなり上手に闇狩人と付き合えている模様。

 夜、伝助は一人闇狩人を狙うというシノビについて調べていた。
 依頼人の意図もはっきりさせたいと考えていたのだが、闇狩人が演奏会を行う事で仁生の音楽を生業とする者達は、少なからぬ損害を被っているとわかった。
 芸人達の活動を一括管理する事でロイヤリティを作り出し、利益を出すといったやり方は、同時に芸人達の収入を守る役目も果たしているのだが、闇狩人はこの芸人達の集まりに混ざれるような存在ではなかった。
 そんな単独での活動は、芸人達のロイヤリティへの疑問符となり、彼等の収入を圧迫する形になる。
 更に音楽の内容が先進的に過ぎる為、他と全く相容れず、闇狩人の音楽を好む人間達はそのほとんどが既存のそれを嫌い、それこそ後進育成にも影響する程なのだ。
「一つの業種をたった一人でヘコませる、ですか。いやはや、闇狩人さん、アレで結構やるもんですなぁ」
 しかしこれで闇狩人への仕掛けは、本気であろうと伝助はため息をつく。
 途中経過だとか、原因理由とかはさておき、金が絡んでる以上殺す殺されるの話になってもおかしくないのだから。
 大きく息を吐きつつ、夜道を歩いていると、開拓者ギルドの前で雲母とばったり顔を合わせる。
「おやまあ、ご苦労様です。どうですかそちらは?」
「監視ぐらいは置いていると思っていたんだが、影も形も見当たらない。そっちはどうだ?」
「こちらも依頼を受けた後の動きは尻尾すら掴ませてくれません。敵方のシノビさん、随分と用心深い方のようですね」
「フン、だが何時までも手をこまねいてもいられまい。私が依頼人なら期限を切っている」
「敵さんが痺れを切らすまで隙を見せないでいられるか、ですか‥‥しかし‥‥」
「ああ‥‥」
 二人は同時に開拓者ギルドの建物二階に視線を送る。
「俺の腕に闇が走る♪ まだだ、まだまだ蠢くな♪」
「ろうざも うたう! ヴォォォォォィ!」
「過去は、悲しみはいつまでも追ってくるのでおじゃるな‥‥♪」
「あははは! 三人共最高っ! いいぞもっと歌えー!」
「てめーらいい加減にしやがれ! ああもう、見ろ! ロウザまでヘンな事覚えちゃったじゃないか! っていうかお前まで歌うな詐欺マン! ミルもめっちゃめちゃ楽しそうに煽ってんじゃねえええええええ!」
 隣の部屋に明かりが灯る。
 あちらの部屋には氏祗と鎮璃が寝ていたはずだが、まあ、この騒ぎで寝ていられたらそれはそれで大したものだろう。
 すぐに響くがっしゃーんという派手な音。
 伝助は頬をかきながら雲母に問う。
「どっちがキレたんでしょ?」
「どっちがキレてもおかしくないがな。それより開拓者ギルドを追い出されないかの方がよほど心配なんだが」
「演奏会までって事で我慢してもらいましょう」
「私が断る。今すぐ黙らせて来よう」
 ずかずかと開拓者ギルドに入っていく雲母を見守りつつ、伝助は再度大きくため息をつくのだった。

 事が起こったのは演奏会の前日である。
 午後班が護衛する中、闇狩人は仲間達と演奏の練習に励んでいたのだが、練習を行う建物の二つある入り口双方に、男達が殺到してきたのだ。
 真っ先にロウザが動く。
 一群となって駆け寄る男達の前に立ちはだかり、両手を大きく真横に広げる。
 これ以上は行かせぬ。そんな決意の表れを、男達は蹂躙すべく殺到する。
 いや、出来ず。
 手斧と盾をそれぞれ手に持ったロウザは、雄叫びと共にこれらをロクに周囲も見ずに振り回したのだ。
 人並み外れた膂力故か、これと狙った一撃でないにもかかわらず、僅かにでも触れた男は文字通り弾き飛ばされ部屋の隅をごろごろと転がってしまう。
 初撃が最も数が多かったが、次からは身を起こした順に襲い掛かってくる。
 この力の差を見て尚、男達は立ち向かうだけの勝機か、それ以外の理由をもっているのだろう。
 男が奇声と共に振り下ろす刀を腕ごと引っつかむと、大根でも引き抜くように上へと引っ張り上げる。
 勢い良く両の足が床を離れた男は、ロウザが手を離すと、勢いそのままに投げ飛ばされ、しつらえてあった机に顔から飛び込む。
 同時に、もう一方の腕では別の男の襟首を掴み、これまた片手のみで入り口付近まで投げ飛ばす。
 全ての挙動が大きいので、脇をすり抜けるのも極めて困難であり、ロウザは単身で一方の入り口を封じきる。
 逆側の入り口には鎮璃と伝助が当たる。
 男達の狙いは一点、護衛をすり抜けて闇狩人を刺すのみであるが、捨て身で当たってすら開拓者相手に容易く事を成し遂げられず。
 不用意に前に出た男を、鎮璃が葱刀で敵刀を跳ね体勢を崩し、返す精霊の小刀で急所を貫くと、他の者達は無理に前へ出られなくなる。
 すぐに鎮璃は心眼を用いる。
 本命はコレではないとわかっているのだ。
 しかしシノビの姿を見つける事敵わず。
 そうこうしている間に、午前組も騒ぎを聞きつけ建物に乱入。
 防戦一方の展開から、逆撃に移れるだけの戦力が整う。

 シノビが狙ったのは、応援が来た、何とか間に合った、そう皆が安堵したほんの一瞬であった。

 鎮璃は屋内で障害物を設置する事により、一直線に迫り寄るシノビの技早駆により接近を封じようとしていた。
 だからこそ、室内に一箇所だけ、闇狩人へと至る直線が作り上げられている事に、真っ先に気づけたのだ。
「ミルさん! 左斜め後ろ!」
 心眼をすらかわしきったシノビの奇襲に、鎮璃は闇狩人の直衛についていたミルに向かって叫ぶのが精一杯であった。
「このっ!」
 咄嗟にミルは闇狩人を突き飛ばす。
 焼けるような感覚、何度か経験はあるがやはり何度やっても慣れないもんだと片眉をしかめるミル。
 シノビの刃は、毒の滴る凶刃は、闇狩人ではなくミルの左腕に深々と突き刺さっていた。
 体中が麻痺したかのようにその場に蹲るミル。
 シノビは短刀を抜いて倒れる闇狩人へと迫るが、咄嗟にその場から大きく飛びのく。
 僅かに表皮をかすめる程度で、氏祗の二刀を共にかわす。
 恐るべき俊敏さである。
 直後に煌いた詐欺マンの風魔手裏剣も動いたかどうかすらわからぬ程の微細な挙動でかわし、闇狩人の前に立った伝助からの飛苦無も、自分の所に斬りつけに来た男を無視しながら放った幽矢の矢も、陽炎のようにゆらりと避ける。
 流れるような所作で短刀に毒を再び浸し、一足飛びに闇狩人へと迫る。
 次はあっしが、と覚悟を決めた伝助の前に、雲母が滑り込みながら弓を構える。
 煙管をくわえたまま、独特の斜に構えた表情で、この一撃を外せば毒短刀をもらうなどという恐れなぞ微塵も感じさせぬ不遜な態度で、矢を放った。
 射撃の瞬間を真正面で見られたにも関わらず、雲母の矢はシノビへと一直線に吸い込まれる。
 シノビの名に恥じぬ体術、虚実を操る挙動、踏み込み速度を微妙に変化させる間合い取りの妙、全てが高い次元にある襲撃者、雇われシノビをして、それら全てを無に帰す圧倒的な弓術、射撃精度をもって雲母はこれを貫いた。
 例え三十三間の距離があろうとこれをかわしうる事能わじと、シノビは策を変えざるを得なくなる。
 ひたすら闇狩人を狙う強襲から、乱戦に持ち込み射を封じ、隙を伺い闇狩人を狙う形に変更。
 配下の男達にそう命じる。
 が、乱戦に持ち込んだ所で雲母の攻撃精度はさして落ちず、更にと打たれた次の一手にて完全に封殺される。
 氏祗が戦闘の要と指揮を請け負おうとしたシノビに肉薄し、一騎にてこれと相対したのだ。
「北条の武、教えてやろう」
 その両の腕から繰り出される剛剣はどうだ。剣先の鋭さといい、信じられぬ威力といい、攻撃に傾倒した氏祗は手に負えなぬ暴風と同義だ。
 一切の策は用を成さぬ。ただ突き薙ぎ払い、そしてまっすぐに蹂躙し続ける。
 逃げる隙も外す隙も何一つ与えず、じわりじわりと追い詰めた氏祗は、最後、皆が襲撃者達の半数程を切り倒した所で、シノビの首を跳ね飛ばすのだった。

 ちょっと、というか盛大な勢いで理解に苦しむ演奏会が、ようやく終わってくれた。
 興奮冷めやらぬ観客達は、尚も会場で余韻を楽しんでいる。
 一足先に会場から抜け出した闇狩人達と、彼等を守る開拓者達は、これにて一件落着と息を吐く。
 本気で別れを惜しむ者も居たが、これでよーやくコイツとお別れだとほっとしている者の方が多い。
 ギルドで治療を受けたミルは、流石に志体を持つだけあって毒の影響も残らず、今ではもう元気に大笑いしている。
 これが常人であったなら間違いなくあの世行きであったろう。瞬間的なミルの判断は正しかったのだ。
 謎会話で別れを惜しむ詐欺マン、伝助、ミル、そして演奏会の盛り上がりにいたく感激しているロウザ。
 色々言いたい事もあり、というか様々な想いを込めてどついたろかとか思っている残りの面々も、しかし最後に残した闇狩人の言葉で仕方なくその矛先を収める。

「本当にありがとう。守ってもらってありがたかったし、何より俺、ここ数日、狙われてたのに変かもしんないけど、凄い楽しかったんだ‥‥」