【藪紫】塩の森
マスター名:
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/01/29 15:49



■オープニング本文

 風魔弾正はランタインと共に作成した地図に目を落としている。
 犬神地上部隊は既にこの地図を用いて、上空から見たアヤカシ集積地と思しき場所、及び上空からでは確認困難な場所の偵察を行っている。
 華玉という犬神の女シノビがもたらした報告は、上からだと詳細がわからない、そんな土地の件である。
「いっやぁ、驚いたわ。見渡す限りみーんな真っ白。白。白だらけ。木々も大地もみーんな白く変色してて、触れると簡単に崩れちゃうのよ」
 華玉が回収してきたその白い粉を確認すると、これは塩であると判明するが、謎は深まるばかりである。
 弾正は、一つだけある心当たりの事を考え、華玉の再度の偵察を見送らせる。
 先日弾正が戦った青年姿のアヤカシ。白夜と名づけられたこの強力なアヤカシは、触れた別のアヤカシを塩の塊へと変化させたのだ。
 弾正は方針の確認の為、藪紫の執務室を訪れる。
「ああ、弾正様。ちょうど良かった。私これからしばらくここを離れますので、当分の間指揮の方お願いします」
「わかった……何? 当分の間と言ったか?」
「はい、築城含む全ての指揮権を預けますので、うまい事やって下さい」
「待て。待て待て待て。ここには犬神の者も多数居るだろう。長期不在だというのなら奴らに任せるのではないのか?」
 藪紫はわざとらしく、悩んだ様子を見せてみる。
「ですが、幽遠も華玉も、軍を指揮するならともかく、城含む一勢力を全て監督するにはまだまだ経験不足だと思うのですよね。ですから、ここは一つ、弾正様を見て勉強させていただこうと思いまして」
「わかってて言ってるな貴様。犬神の精鋭軍を、他所の馬の骨に任せるなどと正気を疑うぞ」
 藪紫は冗談めかした表情をやめ、真顔に戻る。
「弾正様。縁もゆかりも無い軍の指揮経験を、今ここで積んでおいて下さい。傭兵を続けるにせよ、そうでないにせよ、貴女が今後軍を指揮するとなれば、長年自身で面倒を見て来たような部隊を率いる事はほとんどないでしょう。きっと、貴女の役にも立ちますよ」
 絶句する弾正を他所に、藪紫は外出の準備を整える。
「では、よろしくお願いしますね」
「……命令書は、あるんだろうな?」
「はい、机の上に置いてあります。期待、してますよ」
「良く言う」
 藪紫を見送った後、弾正は幽遠と華玉の二人を呼び出した。

「という訳で、私が指揮を執る事になった。異論があるのなら是非言え、私からも藪紫に抗議してやろう」
 そんな弾正の言葉に、まずは幽遠。
「そいつはありがたい。んじゃ城は任せますんで、俺は外回り行ってきますわ」
 次に華玉。
「ああ、うん、弾正様の言いたい事はわかりますけど、やぶっちって昔っからああだから、心配とか遠慮とかするだけ無駄ですよ」
「昔? あれは今幾つなのだ?」
「今年で十八じゃなかったかしら?」
「……昔って何時だ」
「えっと、十歳ぐらいから」
 弾正は不満げに頭をかく。
「腕の立つのは他所の里でも話ぐらいは聞けるものだが、知能の高いのは得てして知られ難いものだ。私なぞより余程アレの方が危険な存在であろうに」


 既に城、岩団扇城と名づけられた、は仮城壁を作成し終え、その中は一応の安全を確保出来るようになっていた。
 中には掘っ立て小屋が二十近く立っており、この内の一つを会議室として用いている。
 その会議室でランタインが笑いを堪えているのは、もちろん全体指揮を押し付けられた弾正を見ての事である。
「例の塩の森ですが、やはりシノビの単独偵察は賛成出来ませんね。どうしても出すんなら、多種の職能者を揃えた開拓者を集団で送り出す事を勧めます」
 シノビだけではどうしても対処が画一的になりがちだ。そうでない者達を用いる事で、様々な事態に対応出来るようにしろというのだ。弾正も異論は無い。
 弾正は地図を順に指差す。
「この塩の森の位置が悪い。奥の山岳地帯を超えるには、この森を抜けるのが一番速い。というかそれ以外の道は、斜度がキツすぎてかなりの困難を伴うだろう」
 ランタインは弾正の意図を読み続ける。
「つまり、この先に行かせたくないアヤカシによって、意図的に作り上げられたものである、と」
 弾正は少しばつが悪そうである。
「穿ちすぎ、とも思うがな」
 結局、ランタインの言う通りに開拓者に依頼しつつ、ランタインが飛空船ジャマダハルで上空から支援する形を取る。
 先に戦った白夜と名付けられたアヤカシも絡んできそうなので、弾正はジャマダハルにて予備兵力として待機する。
 幽遠と華玉は自分達が行こうと言ったのだが、弾正はにべもなく断る。
「藪紫の留守中にお前等を失ったら言い訳も出来ん。私を助けると思って今回は別任務に回ってくれ」
 会議が終わり小屋を出ると、どうやら待ち構えていたらしい工夫達がぞろぞろと弾正を取り囲む。
「弾正様、進捗管理の方お願いします。二十六番から二十八番までなんですが……」
「悪いが手が足りん。進捗管理は五番づつまとめて持って来てくれ」
「申請資材の件ですが、予定より前倒し気味でして、少し大目にお願いしたく」
「気味、だの、少し、だの曖昧な言い方をするな。数字はあるのか? よし、ならば資材部の沖田に言っておいてやる」
「城壁建築部が砲台の設置許可を求めておりますが……」
「後だ後。それよりあの攻めて下さいと言わんばかりの城門の改修を急がせろ」
 指揮を引き継いで今日が初日である。
 幽遠は腕を組んでうんうんと頷く。
「やっぱ大した人だな、弾正様ってな」
 華玉も弾正の指示の内容を聞き自分で精査してみたが、ただの一つも誤った指示は無かった。
「このままウチの里に居ついてくれないかしら。弾正様とやぶっちに疾風さん揃ったらもー絶対ウチの里負けないわよ」


 周囲一体全てが真っ白。
 そんな異常な森の中で、アヤカシ白夜はぼけーっと空を見上げている。
 ふと、思い出したように自らの首に手を当てる。
 それで、指示を下した者の事を思い出したようで、白夜は側にあった一本の塩と化した木に近づいていく。
 白夜が近づく程に木は変形していき、変色していき、変化していき、遂には、四肢を備えた人型に変わってしまった。
「出番ですか?」
 元木の人間が問うと、白夜はこくりと頷く。
「……守れ」
「ははっ」
 彼は塩人と呼ばれる白夜の眷属であり、この塩の森に数多居る塩人の長であるアヤカシであった。
 白夜は森の背後に位置する谷底をちらと見て、呆れたとも、馬鹿にしたとも取れる表情を見せた後、二度とそちらを見ようとはしなかった。


■参加者一覧
八十神 蔵人(ia1422
24歳・男・サ
黎乃壬弥(ia3249
38歳・男・志
狐火(ib0233
22歳・男・シ
ルンルン・パムポップン(ib0234
17歳・女・シ
フィン・ファルスト(ib0979
19歳・女・騎
ジャン=バティスト(ic0356
34歳・男・巫
樊 瑞希(ic1369
23歳・女・陰
病葉 雅樂(ic1370
23歳・女・陰


■リプレイ本文

「魔の森の長い木々を抜けるとそこは塩国であった」

 なんて言葉で自らの驚きを表現しているのが八十神 蔵人(ia1422)である。
「なんやねん、塩国て」
 と自らノリツッコミするサービス精神旺盛な彼に、ルンルン・パムポップン(ib0234)がコロンビア的な勢いで自信満々に告げる。
「私分かっちゃいました、きっとアヤカシは、塩問屋でも始めるつもりなのです!」
「な、なんやてー(棒)」
 本当、ノリの良い御仁である。
 そんなおちゃらけワールドの住人とは別枠の、樊 瑞希(ic1369)もこの塩の森には眉根を潜める。
「塩と化した森……何とも面妖な風景だ……何が出てくるにせよ、碌なものではなかろう」
 蔵人は瑞希をボケ時空へ巻き込むつもりか、この話を引っ張りにかかる。
「どうせこれがアヤカシに擬態してたりするんやろ」
 皆は簡易な陣形を作り、武器を構える。
「はいはいわんぱたーんわんぱたーん……」
 ごきごき、と指を鳴らしながら、或いは肩を首を鳴らしながら、塩の木々が人の姿を象り、開拓者達を取り囲みにかかる。
 瑞希はふかーく嘆息した。
「……本当に、碌でもないな」
「ほんまにそのまんま出るな! ちょっとは捻らんかい!」


 ジャン=バティスト(ic0356)は敵が現れるとすぐに戦況を把握する。するのだが、次の瞬間には敵が一人減っていた。
 あまりに不可解なので、順を追って整理してみる事にした。
 敵布陣を確認 → 狐火(ib0233)が敵前衛に向かう → 気がついたら敵後衛の一人が倒れていた(←今ココ)
 シノビにそういう術があるという知識はあれど、やはり目の当たりにすると不思議な気分になる。
 同時に消耗の激しい術であるとも聞いたのだが、狐火は涼しい顔のまま。
 とはいえ、狐火は本来の予想以上の消耗を強いられており、
『なかなか予定通りとはいかないものです』
 と心中ぼやいていたり。
 ジャンもすぐに、術者をまず潰すという狐火の方針を察し、残るもう一体、術攻撃を仕掛けてきたアヤカシを狙う。
 両の手の平を眼前にかざすと、精霊力の収束を図る。
 ジャンの全身を取り巻くように螺旋を描き精霊の力が集いだすと、その背中から堪えきれぬ分が噴出し、輝ける尾を形作る。
 これにより背後から押し出されるような力が生じるのだが、それ以上に、かざした手の平より伝わるその白さに似合わぬ重苦しい圧力により、後ろへと滑ってしまうのを堪える必要があった。
 もう後僅かで手の内の精霊力が暴れだし制御が利かなくなる、そんな所まで集めに集めた白き力の、行き先が何処であるのか標的であるアヤカシも理解しているようで、凄い顔をしながら射程の外へと逃げようとする。
 アヤカシも怯えるものか、と変な所に感心しつつ、特に長い射程を誇る精霊砲の術を撃ち出した。
 このアヤカシ、実は数多のスキルを駆使するスーパーアヤカシであり、危機を察したアヤカシはその技にて遠距離移動を試みていた。
「いやまあ、逃がしませんけどね」
 そんな台詞と共に、しれっと側に立っていた狐火が足払い。
 凄まじい移動速度に相応しいものっそい勢いで大コケする。
 アヤカシは上体を起こし振り返る。その視界は真っ白に染まり、命中すると、今度は黒く焦げた。
 この閃光覚めやらぬ中、狐火の刃がアヤカシを襲う。
 真っ向よりの一刀。これを、アヤカシはその両手をあげ、何と手の平と平で挟んで止めたのだ。
 これぞ真剣白羽取り。
 この姿勢、どちらかが力を抜かぬ限り崩れぬ形。つまり、ジャンの攻撃術に対する術、すなわち遮蔽を取って視界から外れるが出来なくなるわけで。
 低い姿勢で片膝をつきながら真剣白羽取りの形のままでいるアヤカシが、その表情で、今日はこのぐらいにしておいてやろうだから勘弁して下さいマジやめてとめてとめてやめてとめった、的な事を言ってるような気がしてきたが、狐火はまったく気のせいだとばっさり切って捨てるのだった。

 病葉 雅樂(ic1370)の開幕氷龍。
 凶暴な顎で進路上のアヤカシを喰らい砕きながら道を作ると、ルンルン・パムポップンがこれを追うように敵陣へと走る。
 そこには、氷の龍でも尚砕けぬ強靭なアヤカシが。
 かざした刀が龍を切り裂き、そのまま突進してくるルンルンを迎え撃つ。
 ルンルンは剣士を相手に真っ向よりやりあう気はないのか、氷龍の術にて凍結し柱のように突っ立つのみとなった雑魚アヤカシを足場に、そのアヤカシの頭上高くへと飛び上がった。
 これを、剣士アヤカシの背を踏み台にしたシノビアヤカシが空中にて迎え撃つ。
 空高くで交錯する両者。
 着地際を狙う剣士であったが、
「やらせるかって」
 雅樂の呪いの声が剣士を撃ち、その挙動を止める。
 ルンルンは着地するなり剣士へ走る。これを放置すれば雅樂が狙われる。
 鉈のような短めの刃を、剣士の突きを潜りながら薙ぐ。
 そのルンルンの背後より、シノビアヤカシが飛び上がりながら斬りかかる。
 雅樂は、瘴気を這わせた状態の右腕を高らかと掲げ上げる。
 肘より上は腕の輪郭すら見えなくなるほど薄暗いもやに覆われており、これが時折人の顔を形作る。
 あるいは苦悶の表情を、あるいは悲鳴をあげて、あるいは慟哭の最中に、そんな顔達が雅樂の腕のあちらこちらに噴出しだす。
 雅樂はゆっくりと指の腹を重ね合わせ、音高くこれを鳴らした。
 音は高くなるはず、そんな鳴らし方でありながら、響いてきたのは地の底より這い出て来るような重苦しい音。
 大気を轟く音の波に、怨霊が怨霊が怨霊達が、本来より近しい存在であるはずのアヤカシ目掛けて殺到し、これを駆逐しにかかる。
 飛び掛る最中のシノビアヤカシの頭部に喰らいついた怨霊はそのまま、すうっ、とアヤカシに吸い込まれ消えていった。
 アヤカシの目、耳、鼻、口から同時に、夥しい瘴気が吹き出して来た。
 ルンルンが思わず新手のスタンド攻撃かと思った程の尋常ならざる有様であり、カウンターを狙わず大事を取って後退したほどである。
 そのまま、ルンルンは騙し誤魔化し、二体を相手に前衛の位置を維持し、雅樂はこの間に削れるだけ敵を削る。
 これに業を煮やしたか、二体のアヤカシはルンルンを後回しにし、二体共が雅樂へと殺到する。
「その決断、少しばかり遅すぎたな」
 今度こそ音高く指を鳴らす雅樂。その指先から巨大な氷龍が二匹飛び出して来た。
 片方づつというわけではない。二匹の龍が二匹共、シノビアヤカシも剣士アヤカシも、双方を飲み下し、冷気によりその表皮を砕き、中を凍え壊す。
 シノビアヤカシは、それまでの損傷がたたったか、そのまま力なく倒れ、特にしぶとい剣士が残る。
 が、それもルンルンがフリーである以上意味は無い。
「遅い……」
 何処を何でどう斬られたのか、それすらわからぬままに全身に刃傷を負ったアヤカシは、驚きを顔に出したままその場に倒れ伏した。
 随所に残った傷は、そのいずれもが、ルンルンとアヤカシの位置関係を考えると、決してつけえぬ傷ばかりである。
 アヤカシは最後の瞬間まで、これは予期せぬ介入者のせいであると、信じていた。

 八十神 蔵人は出来るだけ敵を多くひきつけるつもりであった。
 あったのだが。
「いやだから言うてお前これやりすぎやん」
 十体に取り囲まれていた。
 挙句、内の一体は特に強烈な固体のようで。
 このアヤカシ、なかなかに知能が高いらしく、手強い敵と見るや周辺の下級アヤカシ全てを蔵人一人に集中させてきたのだ。
 蔵人の二振りの鎌は、その特異な形状を利して攻撃するのではなく、幅広い形を用いて受け流す事に専念する。
「はい、通行止めやーだれかーわしが死ぬ前にまとめてよろしくー!」
 それでも止められるだけ凄いのであろう。
 鎌の柄で流す、鎌の先端で外す、目線で引かせる、空振りで牽制、等々、ありったけの技でこれらを迎え撃ち、ただひたすらに時間を稼ぐ。
 樊 瑞希はこれを援護すべく、矢継ぎ早に術を行使する。
 手にした呪符を、祝詞と共に投げ放つ。
 鋭角的に何度も軌道を変化させながら呪符はアヤカシへと至り、命中の刹那、閃光となってアヤカシを貫く。
 この瞬間完成する芸術を、誰が知ろうか。
 術者から呪符の軌跡を眺めると、呪符に描かれた幾何学的な複雑な紋様を象っているのだ。
 竹管にしておよそ数千本分の計算式を要するだろう呪符の神秘的な軌道は、瑞希の卓越した知能の表れか、はたまた瘴気の持つこの世の理の欠片か。
 もちろん、そんな脳から煙を噴出しかねない現象には欠片も興味がない蔵人は、下級アヤカシをいなしながらサムライアヤカシの動きの癖を読みにかかる。
 見た目には派手極まりない。豪放で勇壮で猛々しい一撃であるが、やはりアヤカシ。剣技としては甘い。
「そないにわかりやすい予備動作見せたら、子供でもかわせるで」
 そもこのアヤカシ、これを隠そうとしていない。剛力のみで叩き潰してきたのだろうが、力でも対抗出来る蔵人には通用しない。
 バカ長い片鎌槍を二本も手にし自在に操る蔵人からすれば、手を抜いてるとしか思えぬレベルなのだ。
 蔵人が凌いでいる間に、瑞希が一体、また一体とアヤカシを削り取っていく。
 途中、何度かサムライアヤカシの隙を見つけた蔵人であったが、攻めには出ぬままじっと耐える。
 下級アヤカシが一体、瑞希の方へと抜け出した時のみ、蔵人は動きかけたが瑞希の目がこれを止める。
 銭剣の先端につけていた呪符そのままに、術だけを変えるとトカゲに似た奇怪な生物が銭剣に張り付く。
 これで迫り来るアヤカシに斬りつけると、アヤカシは焼け爛れたような傷口と共に倒れる。
「ふう、よーやくやり返せるわ」
 そう言ってからの蔵人の反撃は凄まじく、それまで防御に徹しながらその動きを見ていた為、サムライアヤカシは為す術なく沈む。
 とりあえず周辺の敵を駆逐した蔵人は、一息ついて余計な事を口走った。
「まったく、弾正ちゃんも難儀な仕事もってくるなあ」
 直後、瑞希に睨みつけられる事になった。

 フィン・ファルスト(ib0979)は、既に何度か治癒の術をもらっている。
 それでも眼前のこのアヤカシとの削りあいが有利になったとは思えない。
 攻防共に高い次元でまとまっており、隙らしい隙が見当たらない。
 フィンは若干防御に比重が寄っている騎士である為、こういう時は持久戦に持ち込むのが上策である。
 しかし、アヤカシもまた高い持久力を持ち、何処何処までもその剣技が破綻する様は見えてこない。
 だから待った。ひたすら、自身の体を的にして、攻撃を積み重ね、フィンの体に限界が訪れるその時を。
 そしてフィンの動きが鈍った瞬間、アヤカシはこれを見逃さず動いた。
 やはり好機を見て取る能力は高い。フィンはここで初めて、騎士のオーラの力をアヤカシに見せてやった。
 手も足も痺れ始めていたが、オーラで敵の刀先をずらし、最も強固な部位で必殺の一撃を受け止める。
 同時に、我慢に我慢を重ねて待ち続けていたカウンターを一閃。
 どうにかこうにか敵アヤカシを打倒した。
 その直後、フィンは全身を貫く怖気と、狂気に驚き振り向く。
 そこには不思議そうな顔で小首をかしげている、アヤカシ白夜の姿があった。
 接近すれば狂気の術の影響下に入る。ならば逆に、その術の影響が無いならば白夜は側には居ない。そう考えられるはずだ。
 にも関わらずのこの急接近。答えは、瞬間移動して来たか、もしくはそれと見紛う移動速度を持つか、だ。
 幸いだったのは、騎士のオーラの力により抵抗力が上がっていた事で、狂気の術は辛うじて防ぎきった。
 ゆっくりと伸ばされる白夜の手。フィンはこれを、かわせないと悟った。
『あーもう、博打は嫌いだってのに!』
 剣は当然間に合わない。神聖なるオーラの輝きを肩口にまとい、フィンは自ら白夜の手へとこれを叩き付けた。

 瑞希の、雅樂の術が白夜を撃つも、白夜は微動だにせず。
 狐火とルンルンが相互に秘術『夜』を用い、足止めを行うも、白夜の狂気空間が突如膨らみ、夜の最中にありながらルンルンがこの空間の影響を受けてしまう。
 ジャンの治癒術が施され、これをどうにか解呪。
 蔵人が愚痴を零しながら仕方ないし前衛やるかーと腹をくくりかけた所で、風魔弾正が到着する。
 フィンは真っ青な顔で弾正に報告する。
「た、多分だけど、白夜の術に抵抗しさえ出来れば、塩にはならずに済むと思う。ていうかあたしは済んだ」
「触れられたのか!? ええい、ともかく下がれ!」
 皆大急ぎで上空の船よりたらされた縄に掴まり、後退していく。
 弾正はこれを援護すべく白夜をひきつけ、皆の撤収を確認した後、こちらも夜を用いて白夜に何もさせぬまま凄まじい速度で縄を昇り、退却を成功させるのだった。


 船の中、雅樂は自らの懸念を口にする。
 弾正が犬神に取り込まれてしまうのではないかと。
 しかし弾正はこれを明確に否定した。
「犬神が北條を通さずそんな真似したとしたら、今の犬神の経済力を考えるに、下手をすれば上忍四家を五家にでもするつもりかと勘繰られかねんぞ」

 狐火はランタインに手紙を託すと、空の彼方へ目を向ける。
 そして、彼方の地で失われた命に、黙祷を捧げるのだった。