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■オープニング本文 魔の森のまっただ中とはいえ、人間が数百人も作業をやっていれば、その喧騒は人間の領域のそれと大差は無かろう。 既に土台と、周囲を覆う低い壁は作られており、この中に作業員用の宿泊用建物などもたっている。 時折思い出したように顔を出して来るアヤカシも居るが、犬神の里から派遣されたシノビ達がこれを次々と駆逐しており、作業員達は少なくとも表面的には、不安を口にする事はない。 そして今日、犬神の主力メンバーがこの地へと辿り着いた。 今回の作戦で重要な役割を担う彼等を、藪紫、風魔弾正、そして錐が出迎える。 錐の仕事は睡蓮の城の防備だが、こちらの状況も知っておくべきとの事で、顔を出しに来ていた。 第三次資材運搬部隊と共にこの地に辿り着いたのは、初代犬神最強犬神疾風、犬神三傑からは二人、幽遠と華玉である。 では、いざ対面となった所で、事件は起こった。 幽遠は出迎えた藪紫を無視し、更に隣に居た風魔弾正をスルー、錐の眼前で足を止める。 額と額がくっつく勢いで顔を寄せ、凄まじい勢いで錐を睨みつける幽遠。 「よう、うちの雲切が世話になったな」 かつて、賭仕合において雲切が錐に破れた事を言っているのだろう。 錐は無言のまま。 これに驚き慌てた藪紫は止めようと動きかけて、足を止める。 不穏な気配は幽遠のみではなかった。 腕を組んだままの姿勢で、犬神疾風は幽遠に言ってやる。 「風魔弾正は俺が抑えておいてやる、存分にやれ」 元卍衆相手にこの放言だ。こうまであからさまな敵意を向けられては、弾正もまた対応せざるを得ない。 もう一人の犬神勢、華玉は楽しそうに状況を見守るのみ。 彼等と共に来た資材運搬部隊がその不穏な空気に足を止め、また元よりこの地で護衛についていた者達も警戒を顕にする。 幽遠は底冷えのする声で言った。 「アイツの腹に風穴空けたんだってな。上等じゃねえか、てめぇにも同じ穴、あけてやるよ」 賭仕合での事だ、恨みに思ったとて表に出すべきものではない。のだが、理屈は理屈、感情とはまた別物のようで。 藪紫が怒鳴りつけるも、幽遠はまるで止まる気配が無い。 「幽遠! いいかげんにしなさい!」 「うるせえ! コイツと顔合わせたら、即座にヤるって決めてたんだよ!」 錐は無駄な戦いは好まないし、そもそも現状では宿敵犬神の人間であろうと、立場としては味方に当たるのだ。 これをどうこうしたいとも思わないが、降りかかる火の粉を相手に、加減をしてやる言われも、ついでに言うと余裕も無さそうである。 藪紫は助けを求めるように疾風に目線を向けるが、どうやら疾風は弾正の佇まいがいたく気に入ったようで、本気でやりあう気になっている模様。 そんな一触即発の空気をぶち壊したのは、作業員用の建物の上から聞こえた声であった。 「そこまでですわ!」 じゃかじゃーん、すったんすたたん、べーっべべーべっべっべべー。 と景気良く鳴り響く三種の楽器の音に合わせ、建物の上でふんぞり返っていた馬鹿、雲切は、歌を歌いだした。 「とおくー♪ じるべりあの地でしゅぎょーしたー♪ つよいぞすごいぞぼくらのくもきりー♪ ゆけー! ひっさつくもきりばすたー! ゆうきとゆめときぼうをのせてー♪」 全員の目が建物の上の雲切に釘付けとなる。 というか誰もリアクションが出来ないが、次の言葉にかなりの人間が同時に反応した。 「ながくー♪ じるべりあの地でしゅぎょー……」 『Bメロもあんのかよ!?』 幽遠は錐から顔をそらし、がっくりと肩を落として言った。 「あー、悪い。なんかすげぇやる気無くなった」 錐も、何ともいえぬ顔のまま。 「それは構わんが、いいのかそれで?」 「いやさー、アレの為に怒ってるって思ったら、もう心底からアホらしくなって来てよ……」 また疾風もその場に崩れ落ちそうなぐらいヘコんでいる。 弾正が声をかけたものかどうか判断に迷っている間に、疾風は地の底から搾り出すようなうめき声をあげる。 「俺は……アレに負けたのか……」 ともかく、危機は去ったのである。 「朧谷の錐! ここで会ったが百年目ですわ! あの時のくつじょく! 倍にして返してさしあげますわ!」 曲が終わった勢いそのままに叫ぶ雲切に、藪紫が頬を引きつらせながら言ってやる。 「雲ちゃん、錐さんは善意の協力者なんだから失礼があったら私が怒るけど、それでもやるの?」 「えええええ! い、いやそのっ、私、錐がやぶっちのきょーりょくしゃだなんて、ししし知らなかったんですわ! だ、だから怒るのはちょっと待ってくださいましっ!」 「もうしわけありませんでしたああああああ!」 と、平身低頭する藪紫に、風魔弾正も錐も、少々リアクションに困る。 「なるほど、藪紫は弱点がこれでもかというぐらい明確だという話か」 「犬神の黒幕って聞いてたから、もっと怖いねーちゃんだと思ってたんだが」 二人共に相応の詫びを用意するという事で、この件は話がまとまる。錐は藪紫への印象を新たにしつつ、睡蓮の城へと戻っていった。 そして、犬神の猛者をわざわざ引っ張り出して来た今作戦である。 話は簡単。 猛者と呼ばれる怪物達のみで、魔の森奥地まで進み、そこに巣食う強力なアヤカシを木っ端微塵に粉砕する。 犬神の里から来た、犬神疾風、幽遠、華玉の三人に、風魔弾正を加えた四人による突貫である。 これはシノビ軍の優位点であるが、ともかく異常なまでに索敵能力が高い。 これによって、築城地点へと攻撃可能な範囲に居る有力アヤカシの所在と特徴をほぼ全て調べあげ、これらを個人戦闘においては絶対的な強さを誇る者達に撃破させるわけだ。 極めて少数での襲撃であり、しかも四人共がシノビである為、余計な戦闘はほぼ発生しないと断言出来よう。 四人は四人共が単独での作戦も可能だと言って来たが、流石にそこまではさせられず、疾風と幽遠、弾正と華玉の二チームに分かれる。 これに、開拓者達一行によるチームが加わり、全部で三チームによる攻撃作戦となる。 弾正は感心したような顔である。 「良くも短期間にここまで調べ上げたな」 「この辺の森に関しては、予備情報がありましたので」 すぐにぴんと来た弾正。 「そうか、かの狐が捕えたアヤカシが居たか」 藪紫は穏やかに微笑み返すのだった。 「とおくー♪ じるべりあの地でしゅぎょーしたー♪」 開拓者が担当する敵アヤカシは湖のほとりにいるのだが、この強さを恐れてか他アヤカシはほとんど近くにはいない。 しかし、信じられぬ程知覚能力が高く、隠密にて近寄るのは不可能なので、ならばと開拓者が向けられたのだ。 このアヤカシは歌を好むそうで、いつも何かの歌を歌っている。 その知覚能力がどれほど高いか。それは、開拓者達がこのアヤカシと遭遇した時知る事が出来るだろう。 遥か遠くで歌っていたはずの雲切の歌を、このアヤカシは歌っているのだから。 |
■参加者一覧
北條 黯羽(ia0072)
25歳・女・陰
相川・勝一(ia0675)
12歳・男・サ
八十神 蔵人(ia1422)
24歳・男・サ
狐火(ib0233)
22歳・男・シ
アムルタート(ib6632)
16歳・女・ジ
ジャン=バティスト(ic0356)
34歳・男・巫
ソル・A・T(ic1204)
33歳・男・砂
月花・A(ic1205)
17歳・女・シ |
■リプレイ本文 件の歌が湖のほとりから聞こえてきた時、アムルタート(ib6632)と月花・A(ic1205)は全く同じリアクションを返した。 『とおくー♪ じるべりあのちでしゅぎょーしたー♪』 思わず、あ、という表情でお互いの顔を見合わすアムルタートと月花。 何故か聞こえてくる歌の音量が上がる。 アムルタートは何処か嬉しそうに、月花はこれに釣られる前にソル・A・T(ic1204)に向け一言。 「ぬしさま、いこ!」 二人は、どういうわけかアヤカシの歌に合わせて一緒に歌いながら突っ込んで行った。 ジャン=バティスト(ic0356)は、これはまずいと後を追いながら支援術を二人にかけてやる。 元気だねぇ、と見守るソルに、八十神 蔵人(ia1422)は槍をかつぎなおして言う。 「さてと……わし、帰ってええ?」 「なんだよそりゃ」 「おかしいなあ、明らかに中ボスですて感じの相手やった筈なのに。なんですのこの戦闘BGM」 「何だよ、華やかでいいじゃねえか」 既に歌アヤカシとアムルタートと月花で戦闘は始まっているのだが、三人共がいまだに歌いっぱなしなのである。 相川・勝一(ia0675)がものっそい困った顔で、戦闘時はつける面をどうしたものかと手に持ったまま。 「こ、これはやはりこちらも歌いながら戦うべきでしょうか……?」 北條 黯羽(ia0072)は、手にした本をぶらぶらと振り回す。 「今更混ざり難いのは確かだな。……ん? どうした狐火」 周辺警戒を全く怠っていなかった狐火(ib0233)は、無言のままで二箇所を順に指差す。 すぐに飛び出して来たのは二体のアヤカシ、そしてこれを追う四人のシノビだ。 「そちらの二体はともかく、歌アヤカシは確保願います」 これは黯羽に言ったのではなく、超越聴覚で聞いているだろう弾正と疾風に言ったものだ。 彼等と同じく超越聴覚を用いている狐火は、二人から即座の了解が返って来たのを確認すると、当然の事ながら歌なぞ歌わぬまま戦闘に加わる。 「あーあー、こちら犬神疾風。一応確認するがこういう場合はどうするんだ?」 と、三体合体かましてくれたアヤカシを前に、疾風は狐火に問うが、条件変わらずとのお返事だ。 「おーい、とりあえず攻撃可能部位は物理的にはがしとけー」 幽遠と華玉がおーけいざっつらいっ、とボコりにかかる所で、黯羽が何も無い空間を、手の平でゆっくりと押し込む。 と、ものっそい勢いで合体アヤカシが瘴気を口から吹き出す。 「おおっ、やるやる」 疾風もこれに加わると、もうイジメなんてレベルですら無い惨状となる。 ここぞとばかりに新技の試し台にしてるコイツ等を見て、蔵人は弾正の隣に行き問いかける。 「弾正さんや……ひょっとして毎回こんなノリで仕事してんの、犬神の人ら?」 「知らん、犬神の兵と直接顔を合わせたのは今回が初だ」 かつて、配下を用いて暗殺仕事に従事していた弾正。その姿を、恐ろしさを知っている蔵人は、解説口調で言ってやる。 「なんということでしょう……その風魔弾正も今ではすっかり陰殻のお笑い担当派閥に取り込まれようとしているわけやけど」 額に手を当てながら弾正。 「……それが仕事なら、雇い主の意向に沿うまでだ」 実にシノビらしい発想であるが、座布団の上に正座して寄席してる風魔弾正とか、ちょっと想像がつかないわけで。 「いやそこは断ろーや」 ふつーにつっこむ蔵人である。 華玉が両手を組んだ所に、アムルタートは片足をかけ、華玉が両手を振り上げる勢いを借り大きく上へと飛び上がる。 すぐに華玉が地上にて投擲。これに気をとられたアヤカシに空中よりアムルタートが必殺の鞭を飛ばす。 「いくぜ! ラッファガアーティファァアアア!!」 強かにアヤカシを打ち据えた鞭は、そのまま首に巻きつくと、アムルタートは鞭を両手で握りなおす。 これはアムルタートが太い木の枝の上を通すように鞭を飛ばしたからで、この木の枝を基点に、アムルタートが落下するとアヤカシは上へと引っ張り上げられる。 空中に引っ張り上げられてはアヤカシも如何ともしがたく、この身動き取れない状態のアヤカシに、華玉はここぞとばかりに勢いつけた飛び蹴りをくれてやる。 そのまんま爆発して消えるんじゃね的な勢いのある蹴りであったが、幸い息はあるようで、地面に力なく転がっている。 いーえすっ、とハイタッチするアムルタートと華玉を他所に、アヤカシの身柄を確保すると、皆は任務完了と城建設予定地へと戻っていった。 組織的ではない幾つかのアヤカシ戦力を駆逐しながら帰還すると、藪紫が渋い顔で皆を出迎えた。 ソルが怪訝そうに問う。 「どうしたい、藪紫チャンよ」 「……すみません、裏をかかれました。敵強襲戦力が睡蓮の城を襲撃したそうです」 建設途中の城があって、主力が外に出たのなら、狙うべきは当然睡蓮の城ではなくこちらのはず、そんな藪紫の罠であったのだが、どうやら敵は一枚上手であったようで。 こちらからの援軍が間に合わぬよう、凄まじく足のある部隊が睡蓮の城を襲ったそうだ。 とはいえ、弾正は焦った風もなく口を挟む。 「あちらの軍だけで対応可能だったのだろう? なら問題はあるまい」 藪紫が何も対応してないというのは、つまりそういう事である。 その夜、近場の敵がほぼ掃討された事を受け、藪紫は皆に飲酒の許可を出す。酒のませろーと主張してる連中がまあうるさかったというのも理由の一つではあるが。 こんな暢気でいいのかね、と黯羽がぼんやりと杯を手にすると、華玉とアムルタートが揃って手招きしているのが見えた。 「なんだい?」 まずは既に酒が入ってるのかやたらテンションが高いアムルタートが。 「いやね、今華玉と話して盛り上がっちゃったんだけどさっ」 続いて華玉が。 「あの風魔弾正をさ、大爆笑させてみたら面白くない?」 思わず噴出す黯羽。陰殻では鬼か悪魔か卍衆かという扱いであった風魔弾正相手に、二人共目がマジである。しかも凄まじく楽しそうだ。 黯羽は色々と洒落にならない、と冷静に判断しつつ、真顔で二人を見返し、言った。 「よし、俺も混ぜろ」 にやっと笑う黯羽に、おっしゃー、と喝采を上げる華玉とアムルタート。 どうやって油断を誘うかだの、誰でも笑う一発ネタだのと色々話し合う三人は、ふと、飲酒組に混ざらず食事をしている相川勝一に目が向いた。 まずはアムルタート。 「やっぱり見た目が可愛いと油断してくれるんじゃないかな」 次に華玉。 「大いにアリね、飾りつけしたくなる勢いだわあの子」 そして事情通の黯羽が。 「……あいつ酔うと、脱ぐ癖あるんだよな……」 華玉とアムルタートは揃って親指を上げ、パーフェクト、と作戦実行フェイズに移行するのである。 「そういえば弾正さんはお酒飲めるんでしょうか? 僕はあまり飲めないですけどもねっ。……何か酔うと危ないらしいので」 三人に両腕を掴まれ拘束され、無理矢理弾正の前に引きずり出された勝一は、女性陣のぱぅわーに押し切られお酌をする事になったのである。 更にアムルタートが、普通の綺麗どころも揃えようよ、と主張し、ジャン=バティストも引きずり込まれる事になる。 弾正を爆笑させる云々であったはずが、綺麗どころ揃えられてホストクラブみたいな有様になっているのを見て、既に華玉もアムルタートも大爆笑である。 黯羽は、弾正が本気で嫌がっているかどうか時折目を向けてみるが、何処か余裕のある態度であるように見えたので、これはこれでいいか、と流す事にした。 勝一は至極申し訳無さそうに言った。 「すみません、その、色々となんていうか」 弾正は苦笑いではあるが、特に不快ではないと言ってやる。 「……これが傭兵や開拓者の流儀なのだろう。理解はしている。しかし……」 「しかし?」 「まさか自分が巻き込まれる事になるとは思いもしなかったがな。人生は本当にわからんものだ」 ジャンは、卑屈ではなく、かといって上からでもなく、ごく自然な形で横あいからとっくりを差し出す。 杯に並々と注がれると、弾正もまたジャンのそれへと注ぎ返してやる。 ジャンには、弾正のあり方が眩しく見えるようだ。 「……あなたは、逞しいな」 弾正は口の端を上げながら言う。 「これで人並みに落ち込む事もある、と言ったら信じるか?」 「ああ、もちろんだ」 即答するジャンに、一瞬だが目を見開く弾正であったが、すぐに含むように笑い出す。 「くっくっく、私の冗談なぞ滅多に無いのだ。世辞でもいいから、笑ってみせたらどうだ?」 ジャンの目からは、弾正の言葉の真意は見て取れない。しかし、弾正の表情を見ていると、存外言葉の裏も何もなく、そのまま言った通りなのでは、という気もしてくる。 そっちはどうだ、と勝一に目を向ける弾正は、そこで笑みを象っていた表情が強張る。 女性陣がひゅーひゅー煽る中、頬を赤く染めた勝一が一枚一枚、衣服を脱ぎ落としていくではないか。 弾正は無言のまま勝一を指差し、アレ何とかしろと目でジャンに抗議すると、何を勘違いしたか、ああ、そういえば、と別の話題を振りだすジャン。 「貴女の雇い主でもある犬神には驚かされたぞ。魔の森の中に城を建てるなど、我が耳を疑ったものだが、実際に行動に移すとは……犬神のシノビの実現力には感嘆を覚える」 ああ、それは確かに、と相槌を打った後で、でもおいそれはそれとしてアレどーにかしろ、と再度指差すが、ジャンは本気でその変さ加減に気付いていないのか、さらっとスルーしてくれやがるわけで。 見かねた蔵人がこれに割って入りつつ、しみじみと忠言する。 「あー、弾正ちゃんや、こんなイロモノ担当みたいな連中とあんまり関わったてたらあかんで」 「(ちゃん?)……関わるなと言うが、コレが今回の仕事相手な訳だが」 そして、禁句を口にしてしまう。 「……多分、遠い地にいる有希ちゃんも知ったら泣く……」 ビキビキィ、的な擬音と共に、弾正の額に青筋が幾重にも走る。 ああ、うん、君思ったよりずっとすとれーとなかんじょうひょーげんするんだねー、といった感想を脳内のみに留める賢い蔵人。 賢いから、これ以上この件をつっこんだりもしないのである。 有希への反応に、ジャンは少なからず思う所もあったが、いずれ今の弾正に言っても仕方が無いとも思えたので、これを口にする事は無かった。 藪紫は、満面の笑みで答えてやった。 「商売のコツは、それを自分以外の誰にも教えない事ですよ」 ソルはこれは一本取られたか、と率直に笑って返す。 土産にとソルが持ってきた寿司を酒のおともに会話は進む。 藪紫はソルの話し口調や雰囲気から、アレの相手をお願いしようかと雲切に声をかけ招くと、ソルはやったらテンションの高い雲切トークにもさらっとこれを合わせて見せる。 何とも賑やかな酒宴となったが、不意に、ソルは後ろから自分の服の裾を引っ張られている事に気付く。 「………ぬしさま」 月花がじーっと上目遣いにソルを見上げていた。 実はソル、敵味方の圧倒的戦力差を確認するなり、なら俺はいらんかーと一人でさっさと帰ってしまっていたのだ。 なので月花がバケモノ共に混ざって頑張っていた様子も見てはいないのである。 「おうルゥ、敵はどんなだった?」 許可をもらった月花は一生懸命自己主張する。 「あのね、ぬしさま、わたしがんばったよ!」 藪紫は、いやそれは貴女の感想であって敵の状態や戦闘の報告ではないでしょー、とのつっこみが思い浮かぶもすまいりーにスルー。 「おー、そうかそうか」 と、こちらは喜色満面の笑みのソルだ。 脇の下に両手を差し入れると、まるで子供にそうするかのように軽々と月花を持ち上げる。 そのままその場をぐるぐると回り出すのは、良く頑張ったと褒めてやっているのだろう。その意図は月花にも充分伝わっているらしく、彼女もまた楽しそうで、満足げである。 あははー、うふふー、とか花びらやら夜なのに陽光やらがふりそそぐさわやかステージと化したこの場所で、雲切は、微笑ましいですわー、とこちらもつられてすまいりー。 そしてそういった恋とか愛とかと相性のあまりよろしくない藪紫は、ぐびーと勢い良く酒を呷る。 「いや、別にいいんですけどね、仲良き事は素晴らしきですけど、もう少し場のくーきとかですね、今後も長いソロ活動が予想される私の前で貴方がた何してくれてんですか、もげろと」 「どうしましたやぶっち?」 陰に篭る藪紫を心配げに雲切が覗き込むと、藪紫はべつにー、と流す。すると雲切は、 「ああ、やぶっちもアレが羨ましいんでしょう! 私にお任せですわ!」 言うが早いか雲切も藪紫の両脇抱えて持ち上げると、その場でぐるぐる回しだす。 当たってるんだが外れである。 「お! やるじゃねーの雲切チャン! こっちも負けてねーぞ!」 「ぬしさま、がんばるですー」 「まだまだ回しますわよー!」 「ちょ! ホントこれ恥ずかしいから! 何このしゅーちぷれー! へるぷへるぷー!」 幽遠は、鎖で完全に身動き取れなくされているアヤカシの前まで、狐火を案内してやる。 「藪紫は、随分とアンタを警戒してる」 狐火は幽遠の言葉にも無言のまま。 「……のワリに、拷問の結果すぐに知らせてやれとかやたら協力的なんだよなぁ。お前もしかして、すげぇヤバイ奴なのか? アイツがビビるぐらいに?」 やはり狐火は無言、幽遠は言葉を続ける。 「まあいいか。捕まえたアヤカシな、奇鬼樹姫の事は知ってるそうだ。んで、コイツがアヤカシが口にした言葉を列挙した書類」 書物を手にした狐火は、ほとんど意味を成さない単語の羅列を斜めに読み進める。 途中、表情を隠しきれぬ部分が。 全てを読み終えた後、狐火は幽遠に問う。 「犬神の見解は?」 「先にお前の感想聞かせろよ」 「…………ゴダイ」 「ホント、笑えねえ単語だよなそれ。『ゴダイ トリコンダ』だぜ、正直耳を疑ったね」 「主語が欠けていますが」 「話の流れから、まあ、奇鬼樹姫に関する話だろうなぁ……ただ、何せアヤカシの、それもさして知能の高くない奴から引っ張り出した情報だ、確度も説得力も大してねえぜ」 幽遠の言いたい事もわかるのか、狐火は特に反論もせず、確認するように問う。 「では報告は無しで?」 「するさ。ギルドと、陰殻の主要四家に慕容王辺りにまでは話だけはしておくってさ。どの道これだけじゃ動きようもないだろうが」 「……撤退も視野に入れるべきでは」 「ここは引けないんだよ。元々この辺は地形的に睡蓮の城が防波堤だったんだ、ここに大軍ぶちこまれて睡蓮の城抜かれてみろ、シノビ里の二つ三つは一息に呑まれちまう」 「死守、と?」 「そうならないように、アイツが準備してくれてると信じたいね」 |