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■オープニング本文 三船正孝に、全く非が無いかと問われれば、そんな事は無いと返ってくるであろう。 しかし、かといって彼が遭遇した出来事が、不運の類でないかと問われればやはりそれもまた否と返ってくるだろう。 正孝は志体を持つ身でありながら、あまり自分を表に出さぬ性格のせいでか、他者に利用される事が多かった。 志体持ちならではの膂力を用いた重労働から始まって、彼が成人する頃にはアヤカシ退治すら無料で行う程になっていた。 彼は、意思が弱いというよりは、他者と会話するのが苦手なのである。 他にも口で責められるのが大の苦手で、そんな目に遭うぐらいなら労力を負った方がマシと思う人間であった。 仲間達から、力はあるが根性が無い腰抜け、と蔑まれているのも知っているが、これに反論して言い合いになるのが嫌で、ずっと黙っていた。 正孝は、馬鹿にされるより、動けなくなる程疲れるより、睡眠時間を削るより、もっと言えば死ぬかもしれぬ危険に身を晒すよりも、人と言い合いになるのが嫌なのであった。 ある意味突き抜けている彼を、正孝の周囲の者達は徹底的に利用し続ける。 もちろん正孝に同情した者も居たが、どれだけ言っても正孝は彼等に言い返そうとはしないので、呆れて離れて行ってしまった。 結局正孝の周りに残ったのは、彼を利用するだけの者達と、一人の女性だけであった。 彼女の名は飯塚真美。彼女は正孝に何をしてもらった訳でもない。ただ、いつも一人で黙々と作業をしているのを見て、何故か彼に惚れてしまったのだ。 真美は正孝がどういう人間か良く知っており、口でどうこう言っても仕方が無いと文句を言わず、ただ、時折彼の仕事を手伝ってやったりしていた。 正孝にとっては、真美という人間が理解出来ない。 ただ、少なくとも正孝と口論しようというつもりも無いようだし、むしろ嬉しい事を言ってくれる事の方が多いので、まあいいかと正孝は特に気にしない事にしていた。 こんな感じで二人は、問題を抱えつつもそれなり普通っぽい生活を送っていた。 それが崩れたのは、正孝に用心棒をやれと彼を利用してきた人間が頼んだ時だ。 真治という、正孝が成人してから知り合い、何かと正孝を利用してきた彼は、他所の町でヤクザと揉め事を起こしてしまったらしい。 とりあえずは逃げ出して来たのだが、また商売の関係でその町に行かなければならなくなり、この時の用心棒をやってくれと正孝に頼んできたのだ。 正孝は即答する。絶対に嫌だと。当たり前だ、正孝は他人と揉めるのが嫌なのに、わざわざ揉めに他所の町まで行くわけがない。 すると、真治は次に仲間を山程連れて正孝の下に訪れた。 そしてよってたかって正孝を責め立て始めたのだ。 薄情者、卑怯者、冷血漢、仲間の危機に動かずして何が志体持ちだ、横暴に抵抗する力があるのにヒドイ男だ、お前は仲間が傷つけられても平気なのか…… 正孝にとって、最も嫌な展開であった。 とはいえ、真治の頼みを引き受けてもやはり嫌な事になるに違いない。 見知らぬ他所の町の者が憤怒と共に責め立ててくるなどと、考えるだけで心がどうにかなってしまいそうだ。 真美が真治達の動きを察したのは、彼等が正孝の家に向かってかなり経ってからだ。 日頃から彼らの所業を苦々しく思っていた真美であったが、今回の理不尽すぎる話には、堪忍袋の尾が切れてしまったようで、近くにあった火かき棒を掴むと正孝の家へと走る。 真美が正孝の家に着いた時、事態はもうにっちもさっちも行かぬ所まで行ってしまっていた。 正孝の家の中に、人間が二つ転がっていた。 倒れる彼ら二人に残る仲間達が駆け寄り容態を確認しており、正孝はそれを少し離れた場所から呆然と見つめていた。 「正孝さん! 一体何事よこれ!」 この言葉に答えたのは正孝ではなく、真治の仲間達であった。 「正孝だ! 正孝が真治と寛治を殴り飛ばしたんだよ!」 なんて言われても、正孝が他人を傷つけたなんてそう簡単には信じられない真美。そうする機会はこれまで山程あったはずなのに、何故今いきなり。 「おい、真治これ、息してないんじゃねえか?」 「う、うわああああ! 死んだのかよ! 殺したのか正孝! お前っ! これ、どうするんだよ!」 皆が動揺しながらも、口々に正孝を責める言葉を発する。 これを聞いた正孝は、わずらわしげに彼等へと歩を進め、そこで、びたーんという盛大な音が響いた。 「へ?」 正孝の呆気に取られた声。 真美が喚く彼等の一人に平手打ちをかましたのだ。 「うるさいわよ! 正孝さんに無理言ったアンタ等が悪いんじゃない! 自業自得よ!」 驚くべきは、平手の一撃のみでその男は背後の男を巻き込んで大きく転倒し、家の入り口付近まで転がっていってしまった事だ。 こんな真似それこそ志体持ちでもなくば不可能だろう。 真美が志体を持つなどと、誰一人、そう正孝すら知らなかった事であった。 残った者達は驚きもさる事ながら、自分達が極めて危険な状況にあると察し、我先にと逃げ出してしまった。 「俺はただ、穏やかに過ごしたいだけなんだけなぁ」 完全に息の根が止まっているらしい真治を見下ろし、正孝はそう零す。 真美は、静かに言ってやる。 「やりたい事が、なりたいものがあるんなら、それがどんなものであれ、やっぱり戦わなきゃ駄目なんだろうね」 正孝は真治から目を離す。 「なら、俺は逃げる。真美は、邪魔するか?」 真美は穏やかな笑みを浮かべると、足元に転がるもう一人、こちらはまだ息があった彼の頭部に火かき棒を叩き付け、潰してのける。 あまりの事に声も出ない正孝に、真美はやはり何時もと変わらぬ包み込むような微笑みのままで、正孝に懇願する。 「私も一緒に連れてって」 この時、正孝は生まれて初めて、女性を美しいものだと思った。 山中にて、正孝は心底からの溜息をつく。 「なー、何かさー、戦っても戦ってもまるで平和になんてならないんだけどさー、これどーいう事だ一体」 真美は、血刀を下げながら、悪びれた様子もなく笑う。 「世界は私達志体持ちには厳しく出来てるものよ。ほらっ、泣き言言ってないで頑張る頑張るっ」 「へーい」 やたら逃亡生活に慣れている真美の言うがままの正孝。実は真美は以前にも人を殺して逃げた事があるらしい。 正孝がすぐに追っ手を切り倒して逃げる生活に慣れたのは、真治を殴り倒した時に、一つの事に気付いたからだ。 『直接黙らせちゃえば文句も言ってこなくなるよな。何だよ、はじめからこうしときゃ良かった』 追っ手を全て殲滅した二人は、血臭を洗い流した後、何食わぬ顔で峠の茶屋に入る。 店主がお茶と団子を用意した後、店の奥に引っ込んだのだが、しばらくすると、真美がその不穏な気配に気付いた。 「何? 敵?」 追っ手達が先走ったせいで出遅れた開拓者達が、ようやく二人に追いついたのだ。 |
■参加者一覧
川那辺 由愛(ia0068)
24歳・女・陰
秋桜(ia2482)
17歳・女・シ
叢雲・暁(ia5363)
16歳・女・シ
野乃原・那美(ia5377)
15歳・女・シ
不破 颯(ib0495)
25歳・男・弓
五十君 晴臣(ib1730)
21歳・男・陰
刃香冶 竜胆(ib8245)
20歳・女・サ
鴉乃宮 千理(ib9782)
21歳・女・武 |
■リプレイ本文 刃香冶 竜胆(ib8245)がふらりと姿を現すと、真美は即座に、それを見てから正孝も警戒を顕にする。 彼女のすぐ隣に居る鴉乃宮 千理(ib9782)が、二人に対し警句を告げる。 「鴉乃宮千理、ギルドよりの追っ手ぞ」 真美は刀を抜きながら肩をすくめる。 「ギルド、ねえ。交渉の余地はあるのかしら?」 「無い」 手にした錫杖を鳴らし、二人の為に祈ってやる千理。 「修羅道を歩む覚悟は出来とるかね? ならば我等を倒してみせよ」 「上等」 真美と正孝が息ぴったりに飛び出すが、前に立つ竜胆、千理も即席とは思えぬ連携を見せる。 主武器とは別に、二人は同時に懐より短銃を抜き、驚く真美正孝に向け引き金を引いたのだ。 この銃声を合図に、正面より挑む形を取らぬシノビ達、そして隠れていた陰陽師も一斉に動き始めた。 真美の唐丈割りは、惚れ惚れする程見事な剣筋であった。 竜胆が考え付く最も恐ろしい唐竹割りを、眼前に見せつけられる。教本通りなら、当然この後にも続く。 剣先が綺麗に弧を描くと、左右交互に打ち込みが来る。 これら全ての剣が、重く強い。この剣撃を真っ向から迎え撃てるのは、サムライの剣を用いる竜胆でもなくば難しかろう。 竜胆が手にした剣は霊剣の類であるが、造りは本格的な諸刃の直刀であり、打ち負ける事はあるまい。 と、竜胆に思わせてからの唐竹割り。今度は、真美の練力を刀身に添わせての一撃だ。 剣は両刃、そのまま抑えてはこちらの腕が切れる。なので竜胆は、逆手に握った銃を刀身の後ろに添え、ここを抑える形で剣を支える。 支えに回した腕に骨まで響くような衝撃が。そしてそんな苦痛が報われる反応、真美の舌打ちが見れた。 真美の刀を大きく弾いた竜胆だが、次に続く体勢の良さは、その強打故に真美に譲ってしまう。 これを、叢雲・暁(ia5363)がカバーする。 「……そこから来やんすか」 と思わず竜胆が口にしてしまったのは、暁が竜胆の股下を抜け正面からの奇襲を敢行したせいだ。 狙いはもちろん下段は足。ぎりっぎりで真美の刀が間に合うが、刃はともかく威力を防ぎきれず脛を強打される。 竜胆の剣が追撃を。のけぞりかわす真美。同時に暁への反撃を狙う真美であったが、この動きを見るや竜胆は振るった剣を戻さぬままに真美に足刀蹴りをくれてやる。 距離を取らせる事が第一義であったせいもあり、盛大に吹っ飛んでいく真美は、そのまま茶屋の中へと叩き込まれる。 軒先の椅子をへし折りながら、店内へと転がり込んだ真美は、一人の女性が驚き怯えた顔をしているのを見つける。 「あらま、不運な子ねぇ」 そう言いながら立ち上がった真美は、彼女に近寄っていく。 片手に持った刀を下げ、歩み寄るその姿からは恐怖しか感じえぬだろう。不意に真美は、手にした刀を振り上げる。 甲高い金属音。 「案外、勘はよろしいようで」 怯えた顔をしていた女性、秋桜(ia2482)が出所すらわからぬ手練の業にて手裏剣を放つも、これを真美が防いだのだ。 「……油断も隙もあったもんじゃないわねホント」 そして木の壁一枚を隔てた向こう側。 人差し指を口に当てた暁が、ここだと壁の一箇所を指差す。 竜胆は何処か疑わしげな目であったが、屋内から聞こえてくる声の位置を考えるに、とりあえず味方に当てる事は無さそうだとの判断から、やるだけやってみるかと銃を構える。 再び室内。 踏み出しかけた真美の眼前を、一発の銃弾が真横から突き抜けていく。 流石に冷や汗をかいたらしい真美。 竜胆は室内に入りながら暁に非難の視線を送る。どうせ不意打ちするなら斬りつけた方が良かっただろうといった意味である。 暁は、あれーと首を傾げたままである。 「おっかしーなー、木の板で軌道それた? 一発必中ヘッドショットだと思ったんだけどな〜」 秋桜は真美の表情の変化をつぶさに観察し、推理する。 あの、険しく固まった表情は、真美の剣技を目にしていながら、竜胆も暁もまるで恐れを抱いていない事に対する警戒の顕れだ。 先の接触で真美は、この二人より自らの技量が上であるとの確信を得ていたのだが、にも関わらずのこの余裕。 そもそも、より上位者との戦闘なぞギルドの依頼ではざらなのだから、秋桜達からすればさして不思議でもない事なのだが、真美にはそれが理解出来ぬ模様。 『でも、これで勝ったと判断するのは早計でしょう。あの顔は、何処何処までも諦めないしぶとい女のそれでしょうしね』 竜胆が手にした剣を両手持ちに、袈裟に強く斬りかかる。 激しい踏み出しは足裏の床が震動に沈み込む程であり、いなす、流すといった猪口才な細工を拒否する一斬必倒の打ち込みだ。 屋内である事も手伝って、動きが制限される中でこんな真似をされては、真美もこれを刀で受け止めるしかない。 そのまま鍔迫り合いに持ち込むのが竜胆の狙いだが、速さで勝る真美の剣に、竜胆のそれは大きく弾かれてしまう。 間髪入れぬ暁の踏み込みに対し、これで迎え撃てると足を踏み出そうとして真美はこれを為しえず。 左右の足の甲に突き刺さる二本の手裏剣。何時、そうしたのかもわからぬ秋桜の仕業である。 それでも、暁の一撃で全てを決するだろう首への一撃だけは許さず。しかし、これは暁が鍔迫り合いを挑んだなら外しずらい位置と間合いだ。 真美は暁の忍刀から伝わってくる感覚に全ての神経を集中させ、力を流す事に注力する。 すぐに脱力したような忍刀の反応から、強く弾くべしと結論づけ実行。大きくこれを弾き飛ばす。 「かかったなアホウが!」 暁は武器を手離す事なぞ織り込み済みで、真美の背後を取り、胴をクラッチしたまま強く真上へと跳躍する。 本来は上空高くまで舞い上がる勢いで、天井に脳天を叩きつけられる真美。 更に暁は、真美の体をひっくり返してニンジャドライバーの構えであったが、ひっくり返して足を掴む直前、真美は逆さまになりながら両足で暁の首を絡み取りつつ、全身で仰け反り投げ飛ばしてみせる。 真美は着地と同時に、切り札を使って一息に勝負を決しにかかる。そう察した秋桜は、間合いも位置もまるでよろしくないが、ここで秋桜の切り札、夜をきる。 与えられた猶予の時間に、ありったけの手裏剣を真美へと放つ。 そして、時は動き出す。 眼前に、無数の手裏剣が突如姿を現した事に真美は驚きつつ、それでも半数を弾いて見せた。 そこに竜胆の紅蓮に燃え上がった刃が、大上段より振り下ろされる。 まるで炉の中から取り出したばかりのような赤熱化した剣は、その放つ熱も含め、竜胆にとって馴染みの深いものであろう。 真美は間に合わぬと知りながら、受けではなく、攻めに刃を用いる。 もちろん、間に合わない。竜胆の刃は袈裟に真美を斬り裂き、裂いた側から傷口を焼き付けるせいで出血も無い。 苦痛と衝撃に一瞬動きの止まる真美であったが、道連れとばかりに竜胆に向け刀を伸ばす。 「だあああああが残念っ!」 投げ飛ばされた暁が真美の背後より首を跳ね飛ばすと、振り下ろされた刀は竜胆の脇の床に叩きつけられ、鈍い音と共に折れ飛ぶのであった。 正孝は自分がまるで思ったように動けぬ事に歯痒さを感じていた。 茶屋の中に押し込もうと動く開拓者に逆らって外での戦いに持ち込んだのは良かったのだが、川那辺 由愛(ia0068)が壁が無いなら作ればいいじゃないまりー、ってな勢いでそこら中に遮蔽を作ってしまったのだ。 これを丁寧に使って立ち回る五十君 晴臣(ib1730)の攻撃術が、この場の誰より優れた剣技を持つ正孝を確実に削り取っていく。 一刻も早くコレを何とかせんと動く正孝の前に、千理が立ちはだかる。 手にした錫杖の下端を、大地にとんと付けてやるとこれより発する衝撃が正孝を強く押し返し、再び距離を取らせてしまうのだ。 更に、遊撃を行う野乃原・那美(ia5377)の存在が、正孝に大きな動きを許さない。 ほぼ完封に近い形を立ち上げる事が出来た由愛。 後は作業のように追い詰めていけばいい、とも思えたが、由愛は深い前髪の隙間から鋭く正孝の挙動を観察する。 そこに苛立ちはあれど、焦りは見えない。 「気をつけて! コイツ何か仕掛けてくるわよ!」 晴臣の術で崩れた正孝に、那美が陰陽術の白壁を乗り越えながら斬りかかると、正孝はこれを、直感のみで見抜きカウンターの一撃を。 那美の全身から雫が滴るように木の葉が漏れ落ちて来る。 警戒を促す声に、用心の為と使っておいた木葉隠の術だ。 辛うじて、空中で身を翻すなんて奇特な技をかましてどうにかかわした那美であったが、その一閃は代わりに白壁をただの一撃で両断してのけた。 これまで正孝は、その攻撃力を隠してきたのだ。 外したと見るや正孝は壁ごと晴臣を斬り伏せに走る。 千理はこれを防ぐべく再び衝撃を放たんと錫杖を構えるも、正孝は踏み込み速度すら偽っていたようで間に合わない。 受けに翳した錫杖を、すり抜けて正孝の刀が千理を捉えた。 千理が感じたのは、まず、脱力感。次に寒気であり、じわっと染み出る濡れた感覚であり、最後に刺すような苦痛。 目を開けているのに目の前が暗いのは、うつ伏せに地面に倒れたせいだ。 正孝はこちらに目もくれず、晴臣へ一直線。 当然、下がる晴臣、追う正孝。 正孝がまず感じたのは、足元に強烈な違和感。次に怖気であり、体を這い上がってくる気配であり、最後に刺すような苦痛。 我知らず安堵の息を漏らす晴臣。 由愛が仕掛けてくれていた地縛霊が功を奏したようで。 この間に、まず倒れた千理と正孝の間に一枚、次いで晴臣との間にも一枚、白壁を生やして防壁とする由愛。 「那美! お願い!」 壁の向こうから元気の良いお返事が。 「わかったのだ!」 この間に由愛は千理の治療を行う。瀕死のはずの千理は、平素とさして変わらぬ口調で言った。 「手間をかけるな。とりあえずで傷口だけ塞いでもらえるか? このまま立ち回っては中身が零れようて」 「……別に、痛がっても笑ったりしないわよ」 「そういう可愛らしい反応は、汝のような小柄な娘がするからこそ映えるものじゃろ」 チビで悪かったわね、と怒鳴る程子供でもないし、むしろ小さいというより可愛いを主眼においた台詞であったので、由愛は傷口つつくよーな意地悪はせずスルーしてやる事にした。 那美は正孝と真正面から打ち合うような真似はせず、足の速さの差を使って激しい間合いの出入りで相手を幻惑するよう動く。 おびき寄せつつの撒菱などは、彼女らしくないと言えなくもないが、これで崩して結局は刺しに行くわけだから、やっぱり何時も通りな気もして来る。 「んー、流石にまともに斬り合うわけにはいかなさそうなのだ。ならちくちくと行かせて貰うのだ。その方が長く楽しめるしねー?」 晴臣は魂喰の術射程ぎりぎりの距離を維持しながら、色々とアウトっぽい人だよなーといった感想を表に出さず、那美の動きに翻弄される正孝に術を使い続ける。 「手数を打つだけの十分な練力は持ち合わせてる」 那美がより技量に勝る敵を相手に、かなりの無理をしながら踏ん張っているのもわかっている。 だが、だからと焦りはしない。確実に為すべき事を晴臣は積み上げていく。 かざした手より放たれるは白い隼。 コレが天より獲物を捕らえる速度は他の鳥類のそれを圧倒するというが、晴臣の絶対回避しえぬだろう速さの術をこの式が行うのは、とても似合ったものであると思えてならない。 剣士の常か、放たれた隼に正孝は反応せずにはいられないようだが、例え刀をかざしたとしてもすり抜けて命中するのだから意味は無かろう。 何度も何度も何度でも、晴臣はその有効性が失われる事が無い限り、この術を唱え続ける。 晴臣の目から見て、このまま正孝を削りきるのと那美が捉えられるのとでどちらが速いかの判断はつきずらい。或いは次の瞬間にはあっさりと現状は崩れてしまうかもしれない。 それでも晴臣は最善と信じる手を打ち、大きく動く事は無い。 こういった我慢強さが、窮地での安定感に繋がるのであろう。 治療を終えた千理が戦線へと復帰してくると、俄かに戦況は動き出す。 晴臣も間合いを詰め斬撃符の距離へ、由愛は陰陽壁を何時でも作り出せるよう備える。二人共練力にはまだまだ余裕がある。 そして、ようやくここで、開戦当初から皆が狙っていた狙いが生きてきた。 正孝の四肢から流れ出る血が、そろそろ彼にとっても無視できぬ量になってきた。 開拓者達はひたすらこれらを狙い、動きを鈍らせにかかっていたのだ。 正孝もここに至り、勝負に出ざるを得なくなる。 切欠づくりの標的は、先程杖筋を見切った千理。 当然、先とは違う間合い、タイミングで踏み込み、今度はより強力な一撃により、完全に息の根を止めにかかる正孝。 迎え撃つ千理は、銃を構えてこれにての迎撃を狙っていたが、先より更に速い踏み込みに、狙いを定める暇さえ与えられない。 「ふっ、二度はやらせんよ」 交錯の直前、千理はその手より銃を取り落とし、錫杖を両手に握って逆に前へと踏み出してやる。 下腹部を下より狙った一撃。これを杖の上下を手にしながら体重を預けるようにして押し潰しにかかる。 さしもの正孝の一撃も、これを強引に斬り飛ばす事は出来ず。咄嗟に、鍔の無い造りである事を考えた正孝は刃を滑らせ杖を掴む手を狙う。 上下いずれに滑らせるか。 下。 下側の手を離しながら、半回転。正孝の刃はまだ杖の裏側であり、目を離しても問題は無い。 ぐるりと背後を回した千理の肘が、正孝のこめかみを痛打する。 晴臣がすぐさまこれに合わせて斬撃を飛ばすと、那美はここが勝負所と白壁を蹴り大きく飛び上がる。 千理の反撃が予想外すぎたせいか、正孝はその後の対応が遅れてしまう。それでも、頭上を影が覆えばそれと気付けよう。 「あなたの斬り心地、どんな感じか教えて貰うのだ♪」 自由落下の速度と重量を乗せた兜割りの一撃。 シノビの剣でありながら、さながらサムライのそれであるかのような剛剣となったこれに対し、正孝に出来たのは刀を盾とかざす事のみ。 この刀を叩き落し、那美は正孝を袈裟に斬り倒すのだった。 千理が倒れる正孝より最後の言葉を聞いているのを見て、由愛は独り言を零す。 「明日は我が身、か……」 何時も通り、戦闘後でも前でもテンション変わらず高いまんまの那美が声をかけてくる。 「由愛さんどうしたのかな? かな? 依頼も完了したしお金も入るしお酒飲みに行くのだ」 あまり気分のよろしくない想像を振り切ると、彼女の頭を撫でてやりながら、由愛も何時も通りの調子に戻る。 「あぁ、那美。なんでもないわ。さ、行きましょ」 |