【藪紫】ド根性シノビ
マスター名:
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/11/25 15:27



■オープニング本文

 青年との間合いを充分に開けた状態で風魔弾正はこれと対峙する。
 まだ周囲に敵アヤカシは残っているが、何故か青年の周囲には近寄ろうとはしない。
『何だ? 何かが、おかしい』
 違和感の正体がわからない。弾正の視界の中にある風景が、何処かおかしいと感じられるのに、それが何なのかがわからない。
 青年は唐突に、歩を進めて来た。
 その一挙手一投足から目が離せない、はずの弾正が、何故か青年の足元に注意を向ける。
 トカゲが一匹、見えた。
 敵は恐ろしい、その恐怖故に、現実逃避のように他のものに注意を向けてしまっているのか、と集中を深くするよう自らに暗示をかける弾正。
『違うっ! こは何事ぞ!?』
 違和感の元に気付いた。トカゲは自らの尻尾に食らいつき、これを飲み込まんとしていたのだ。
 それは尻尾のみならず、徐々に、後ろ足、そして、下腹部までをその口に収めている。
 アレの側はそれだけで危険だ。そう感じた弾正は、青年の周囲を円を描くように走る。
 速度が上がるにつれ弾正の体は、色を、輪郭を失っていき、やがてその全身は虚ろな影に飲み込まれていく。
 青年は、少し驚いた顔で自らの体を見下ろすと、そこに、三本の黒く細長い影が刺さっている。
 それまで無表情に固まっていた表情は、一度変化を見せると僅かではあれど、そのまま感情の色を見せ続ける。
 そっと手を伸ばしながら、弾正の後を追い始める青年。
 その様は何処か不安定で、思わず手を差し伸べたくなるような儚さがある。
 当然、速度差は圧倒的に弾正有利。で、あるはずだ。足の長さを見ても、その回転数を見ても、絶対に、追いつけるはずが無いのだ。
 しかし、風魔弾正をして、間合いを見失う程の幻惑の歩法がそこにはあり、弾正はその間合いの内にまで青年の侵入を許してしまった。
 弾正の視界が暗転する。
 空には木々が煌き、大地の水面に月が輝く。
 風は遍く瘴気を誘い、漂う黒い人影達が弾正を嬉々として手招きしている、この世ならざる風景。
「喝っ!」
 裂帛の気合の声で、自らの内へと忍び入った闇をたたき出すと、青年との距離感も正しいソレへと戻ってくれた。
『狂気の術、か。それも、間合いの内に入ったならば問答無用でその影響下に入ってしまう程の』
 敵が正体不明のアヤカシならば、こちらは陰殻が誇る最強の一角、風魔弾正だ。正体不明がいつまでも正体不明のままでいられようはずもない。
 しかしこの間に青年は弾正との距離を詰め、その危険と思われる手を伸ばして来た。
 これを、仰け反りかわす弾正。その瞬間の、青年の表情の変化は劇的であった。
 彼は、とても嬉しそうに、微笑んだのだ。
『っ!?』
 全身を走る怖気と悪寒に逆らわず、弾正は大きく後退する。
 追う青年。弾正は、下がる先に居たアヤカシを一体引っつかむと、青年へと向けて突き飛ばした。
 青年はこれを手で払いのける。次の瞬間、アヤカシは白い塊へと変化した。
 払いのけられた勢いで塊はぼろぼろと崩れていき、最後には白い粉をそこらに撒き散らしながら消えていった。
 不意に青年はその場に立ち止まる。
 そこで初めて気付いたようで、青年は再度自らの体を見下ろす。
 先程は三本であった黒い長いモノが今度は十数本、いつの間にか、そう、青年が気付かぬ内に突き刺さっていたのだ。
 更に、それとは別に、胴を真横から薙ぐように一撃、右腿を縦に一撃、刃物で斬り裂いた跡があり、その上青年の両足の甲には、大地に縫い付けるように黒い小さな刃が刺さっているのだ。
 またも笑みを見せる青年を後に、弾正は空より下ろされた縄を掴み退却するのだった。


 その地に降り立った藪紫は、そこら中ぼこぼこに掘り返された大地を見渡し、その土を手で掬い上げる。
 彼女の護衛についている風魔弾正が問う。
「何を見に来た?」
 ここはつい先日戦場となり、白夜と名づけられたアヤカシと、奇鬼樹姫なるアヤカシにより撤退を余儀なくされた場所だ。
 その後奇鬼樹姫が敵味方構わず暴れ回ったため、アヤカシすら居なくなってしまったのだ。
 藪紫は弾正の質問には答えず、うんうんと満足気に頷く。
「災い転じて、という話でしょうか。これは、実に好都合ですよ」
 藪紫は弾正にこの地の確保を頼む。今はともかく遠からず有象無象のアヤカシ達がこの地へ現れるであろうから。
「それは構わないが、この土地に確保するほどの価値があるのか? ここは睡蓮の城からも離れているし、魔の森のど真ん中でもあるのだから、確保出来るのも短期間であろう」
 藪紫は実に楽しそうに微笑む。
「ええ、ですから長期間確保出来るように、ここに、城建てようかと思いまして」
 睡蓮の城とここの城と、二つの拠点が有機的に連携出来れば、かなりの広範囲に渡って魔の森での作戦行動が約束されよう。
 その程度は即座に理解出来た弾正だが、元よりあったものを利用するならともかく、ここに至る途上もアヤカシ勢力下にある中、築城しようなぞととても正気とは思えない。
「ああ、もちろん弾正様は今回予備兵力ですから、よろしくお願いしますね」
 それは白夜、奇鬼樹姫が再び現れた時の対策という意味であろう。
 つまりこいつら出てきたら弾正一人で何とかしろ、という話だ。
「睡蓮の城の方からは錐さんにそうしてもらいます。目的は足止めで、例の二体が出た瞬間に全ての作戦は中止、全戦力を二体の殲滅に傾けますからそれまで踏ん張って下さい」


 弾正は飛空船ジャマダハルに乗り上空待機。
 地上には藪紫が降り立ち、何やら測量じみた事をしている。もちろん本格的なものではなく、めぼしをつける程度のものであろうが。
 開拓者達は彼女を護衛しつつ、散発的なアヤカシ襲撃を撃退していたが、そこに一体の奇妙なアヤカシが姿を現した。
 大きい。
 森が途切れた場所からすぐに目に付く程大きなそのアヤカシは、ふらふらと落ち着かぬ足取りで陣幕の方へ歩み寄って来る。
 そして、突如破裂した。
 全く意味がわからない。
 五つに千切れたアヤカシの意図がわかったのはその直後の事。
 それぞれに千切れた破片が、人の形へと変化し皆へと襲い掛かってきたのだ。

「戦闘中か、最後の最後で運が味方してくれたようだな」
 そう呟き潜みながら開拓者達の戦闘を見守っているのは、風魔弾正暗殺の命を帯びたシノビであった。
 弾正はほとんど飛空船の上で、かつ降りて来るのも兵が集まる場所。とてもではないが暗殺なぞ出来る環境にはない。
 しかし、時折降りて来る先に居る兵達の誰かと入れ替わる事が出来れば、弾正暗殺の目も出て来よう。
 彼はじっと、その機を待ち構えるのだった。


■参加者一覧
北條 黯羽(ia0072
25歳・女・陰
真亡・雫(ia0432
16歳・男・志
相川・勝一(ia0675
12歳・男・サ
叢雲・暁(ia5363
16歳・女・シ
狐火(ib0233
22歳・男・シ
フィン・ファルスト(ib0979
19歳・女・騎
ラグナ・グラウシード(ib8459
19歳・男・騎
ジャン=バティスト(ic0356
34歳・男・巫


■リプレイ本文


 分裂したアヤカシの内の一体は、ラグナ・グラウシード(ib8459)の間合いの寸前で急にバックステップ。
 間を外しての再度の突入かと思いきや、今度は周囲を回るように飛び回る。
「くっ、気味の悪いアヤカシどもめ……やたらとすばやく動きおって!」
 気味の良いアヤカシなぞ、それこそ悪夢としか思えないがそれはさておき、ラグナがアヤカシの速さに対応出来るとわかると、アヤカシは牽制を捨て躊躇なく踏み込んで来た。
 巨大なタワーシールドを押し出し、これを防ぐラグナ。
 跳ねた体液も、盾の大きさで防ぎきる。
「まかせろ、うさみたん……すぐにこ奴らを片づけてみせるからな!」
 すぐ近くで剣を振るっていたフィン・ファルスト(ib0979)が驚いて周囲を見渡す。うさみたんとは誰の事かわからなかったのだ。
 もしかして自分に言ったのでは? なんて疑問が僅かにあったのだが、ラグナは特に誰かの返事を待っているようにも見えない。
 勘違いか、と自分の相手に向かうフィンであったが、再びラグナが声を張り上げる。
「貴様ッ……私のうさみたんを汚したら、承知せんぞッ!」
 びくっと驚き振り返るフィン。ラグナは背後から迫るアヤカシの攻撃を盾で防いでいる。
 その背中に背負われている、ツッコムのが怖くて口に出来なかったうさぎのぬいぐるみの事なのかなー、とか、ちょっと思った後、フィンは考えるのを止めた。
 かなり強力なアヤカシであったようで、ラグナ程の戦士を持ってしても容易く打倒しうる相手ではなく、背負ったうさぎはさておき、自身は結構な怪我を負うラグナ。
 それでも、有利はラグナにつく。
 シールドで敵の視界を覆いつつ、敵の攻撃を受ける。盾が吹っ飛んだのは、後ろに支える者が居ないからだ。
 ラグナは盾をブラインドに、真上へと飛び上がっていた。
「私の身の軽さも、そう捨てたもんじゃないだろ」
 空中でしゃがみこむような姿勢のラグナは、アヤカシの頭部に剣を添え、これを足で踏み抜くと、刃が敵アヤカシの頭を二つに断ち切るのであった。

 フィンもまたアヤカシの侵攻を遮る形で一体を受け持つ。
 剣を大地に突き刺し、両手持ちに大きく振りかぶり、前方に踏み出しながら飛礫を投げ放つ。
「第一球……ストレートぉっ!」
 大きなアクションのせいで威力飛距離は申し分なかったが、連投が出来なくなった。後、いきなり思いっきり投げたもんで肩がちょっと痛かったり。
 それでも、礫命中後の石の様子が変な事に気付き、体表をぬめる液体に注意する。
 腕輪盾キニェルをまず叩き付けると、アヤカシから飛沫が跳ねる。
 これが強い酸性のものとの確認が取れたが、大きく息を吸ったフィンは、その事を一時的に忘れ、剣に聖なる輝きを宿す。
 後は、押して押して押し続けるのみ。
 上下段と交互に打ち付けた後、逆袈裟に振り上げ、唐竹割りにまっすぐ切り下ろす。
 敵ももちろん、防ぐし攻める。しかし、フィンはただの一歩も引かず。剣の分の間合いの利を活かしながらの削り合い。
 剣先から零れ伝う白い筋は、塩と化したアヤカシの欠片。
 途中ちこっと他所に気をとられもしたが、受けた腕ごと削り取る剛剣を惜しげもなく連打する。
 結局、アヤカシがその膝を折るまで剛剣乱舞を通しきったフィンは、肩で大きく揺らしながらほっと一息つけたのだが、ソレが動きを見せると思わず頬が引きつってしまう。
「え?」

「近づくと面倒そうだし、その前に少しでも傷を与えさせて貰う!」
 相川・勝一(ia0675)もフィン同様、先制の投擲を放った事で、敵アヤカシの体表を滴るモノに気付けた。
 すぐに仲間にこれを警告すると、近くで戦っていた真亡・雫(ia0432)は了解の意を送る。
 それほど大きくない雫と比べても、勝一の身長は頭一つ分以上小さい。
 開拓者、それも近接職として勝一はあまりに小さすぎるが、同じ小隊でやっている雫は知っている。彼は全く見た目によらぬパワー型のファイターである事を。
 フィン程突き抜けたバランスではないが、それぞれ両手に槍と長巻という長物二つを手にした姿は、確かにパワー型に相応しいかもしれない。
 とはいえ勝一の背でそうされると、違和感の方が凄いかもだが。
 勝一は長巻の柄で、アヤカシの蹴りを受け止める。質量差を考えるに、それだけで彼方までぶっ飛ばされそうなものだが勝一は微動だにせず。
 更に、集中攻撃のつもりか別アヤカシが勝一を狙い拳を飛ばす。
 こちらは逆手の槍の柄を当て流しそらす。やはりこれでも勝一の正中線はブレる事はない。
 勝一とアヤカシとの間に割り込むように、刃の風が吹き抜ける。
 雫は剣撃を飛ばすと同時に自らも飛び込んで行く。心得たもので、勝一はこれに合わせて後退。
 アヤカシはより近くの敵へと攻撃を切り替えるが、雫はというとアヤカシの体表を流れる酸の液体を逆に刀にて攻撃を受け逸らすのに利用する。
 刀の表面を滑るように誘導してやり、二体の攻撃を一発づつ、綺麗に受け流すのとすり抜けざまに一撃づつくれてやるのがほぼ同時に起こる。
 雫が二体の間を曲芸のように抜けていくと今度は勝一の番だ。
 左の長巻を薙ぎアヤカシを弾き飛ばしつつ、右腕を肩の上に大きく引き握った投槍を放つ。こちらは刺さるで済まずに転倒まで引き起こす威力だ。
 頼もしいのだが、と雫は勝一の豪放な戦い方を見て苦笑する。
 いいかげん慣れはしたが、戦となり面を被った勝一の人の変わりようは凄まじいものがある。
 普段は外見相応の可愛らしい子(お前が言うな)であるのだが。
 ともあれ、二人は協力しあって戦闘を続け、背中合わせに構えをとる。
 勝一は長巻の刃を、雫は刀のそれを鏡とし、それぞれの背後の敵を確認する。
 敵は同時に二人へと踏み出して来た。
 これを、瞬時に前後を入れ替え、お互いの敵の方へと踏み込む勝一と雫。
 急な相手の入れ替えに対応出来ず、香るような色気と共に雫が断ち、響くような風圧と共に勝一が切り裂き、敵を倒した。

 倒したはずの五体がもぞもぞと動き、再び巨大な一つのアヤカシになると、叢雲・暁(ia5363)は珍しく真顔でこれを評する。
「状況に応じて分離合体して実体と戦法を変える。そういう忍術有る事はあるけど……コイツできる!」
 何処まで本気なんだかそれこそ本気でわからない暁はさておき、ジャン=バティスト(ic0356)は改めて前衛組に支援術をかけなおす。
 男の舞ではあるが、ジャンのそれには匂うような色気が漂う。
 雫が梅の香りと共に迸らせる清楚な色気とは違い、雄を意識させられる逞しさと艶やかで優美なたおやかさとが共存した大人の色気である。
 もちろんジャン当人にそんなつもりは欠片も無いのだが、かなりの人間が漂うフェロモンの存在を信じざるをえないだろう。
 まあ、かなりに含まれないのが今回良く支援を受ける事となった叢雲の暁さんなのだが。
 フェロモンは無視で術の効果だけありがたく受け取りつつ、合体して巨大化したアヤカシを撹乱するように走りながら攻撃を仕掛ける。
 走りながらなせいで、ただでさえ薄紙な装甲がよりペラくなっているのだが、当たらなければ(略)という事なのだろう。
 もちろん他の皆も参加している。
 実に正直なフィン。
「あんま近寄りたくないけど……やるっきゃないか!」
 真っ先に突っ込み敵を引きつける、やる気なラグナ。
「どうした?! 私はここにいるぞ、屠ってみるがいいさッ!」
 ちょっと戸惑ってる雫。
「五体合体って……おとこのこのろまん?」
 案外冷静に物を見ている勝一。
「分裂体が固まって元の巨体に、か。何かある意味お約束的な相手だな。だが、1体になった分、こちらも戦力を集中出来る!」
 そんな中暁は、言動からは想像もつかない慎重さから巨大アヤカシの動きを観察する。
 バラけていた時より動きが鈍るのは重量から止むを得ない所だろうが、それでもあの大きさにしては、かなり速い部類だ。
 ならばと足回りを中心に攻め始める。
「怯えろ! 竦め! 特性を生かせぬまま死んで行くがいい!」
 怯えでアヤカシが引き下がるとも思えないが、まあ様式美とでもいうものであろう。
 敵が巨大化したせいで、滴る酸の雫も回避が困難になっていた。
 これのせいで、ジャンは支援から治癒へとその活動をシフトさせる事となる。
 幸い超射程の治癒術であるので、ドでかいアヤカシが大暴れしてる周辺に近づかずに済むのであるが。
 言ってる側から雫がその全身に酸の液を浴びてしまう。
 治療優先順を一つ入れ替えたジャンは、精霊力の塊を投げるように放る。
 術名の由来であるように、花の束にも見えるこれは雫の頭上で優しく分かれ、降り注ぐように治癒を施す。
 すぐに次だ。
 勝一の足取りはしっかりしたものであるが、先程あの巨体の拳をもらってしまっている。
 苦痛を顔に出さぬ勝一を見て傷の具合を類推するのは、被っている仮面もあって難しい。
 だからジャンは味方の様子のみならず、敵の攻撃っぷりから味方の負った怪我の度合いを推測しなければならない。
 これはもう経験でどうにかするしかない。後は注意力、集中力か。
 巫女が見た目以上に神経を使う職であるのは、このせいであろう。
 本当に自分が正しいのか、そんな疑念を抱かずにはおれぬまま、黙々と治癒を行い続けるジャン。
 手にした羽団扇が薄く輝き続けているのは、術を絶えず唱え続けている為。
 これらの支援を受け、遂に巨大アヤカシの右足を勝一が、左足を雫が、同時に切り裂くとアヤカシの膝が折れ、上体が低く倒れ込んでくる。
 暁は、この瞬間を待ち構えていた。
 まともにやっては絶対に一撃では落とせぬだろう太いアヤカシの首。
 暁の跳躍力ならば何とか届くギリギリの高さであるが、激しく動く最中そうするのは不可能であろう高い首の位置。
 これらの問題を解決出来る瞬間を。
 大地に深く沈みこみ、忍刀を両手に握る。
 腰脇に引いた刀と軋む音が聞こえる程に捻った体。
 素早さを身上とした一閃ではなく、大地を踏みしめ反作用を十二分に押さえ込める体勢からの一刀。
 全身の力がただ刃全てに乗り切るような一撃は、しかしインパクトの瞬間素早さで斬る時のそれと何ら変わらぬ引き斬る感覚を刀身に伝える。
 ほんの僅かだけ押し込む形でタイミングを遅らせるのは常より剣力があるからだが、そのほんの僅かがどれほどなのかを見切るのが難しいのだ。
 傍目からはただ両手持ちに強く刀を振り上げたようにしか見えなかろうと、そこには頸刎職人、叢雲暁の技術の粋と意地の極致が詰まっているのだ。


 狐火(ib0233)がまるっきり身動きが取れなくなったのは、敵襲を受け開拓者達が陣形を整える間に、ほんの僅かな異音を聞き取ったせいだ。
 そして、気がつくと姿が消えている狐火に、藪紫の直衛についていた北條 黯羽(ia0072)も不用意な動きを封じられてしまう。
 彼が姿を消したという事は、そうせざるをえない事態が発生したという事なのだから。
 黯羽は少し悩んだ後、戦闘の支援ではなく藪紫の護衛を優先するべく、征暗の隠形にて気配を消しにかかる。
 狐火の隠行には時間制限がある。そう何時までも隠れ続ける事は出来ない。
 敵発見までの猶予は、それほど残っていないのだ。
 焦りを表に出さぬよう心を平静に保ちつつ、狐火は捜索を開始する。
 地形から生じる窪みなどの死角、一工夫で全身を覆い隠せるだろう遮蔽、そういった場所を中心に気配を探りにかかるが、まるで人の居る気配がしない。
 先程の異音は気のせいだったのでは、と思える程世界は微動だにせぬまま。
 いや、ただ一点。結界に潜む直前に黯羽の放った索敵用使い魔のみがいるだけ。
 狐火はこれを囮に捜索を続けるが、やはり五感のどの感覚も動く物の不在を告げる。
 時を経るにつれ、狐火の警戒レベルが上がっていく。
 敵はかなりの凄腕。勘の良さも一流であろう。こちらが存在に気付いている事に、敵もまた気付いていよう。
 ならば次の一手は、そこまで考えた所で、刺客は完全に狐火の予想を超えて動く。
 六人の開拓者がアヤカシから手を離せぬ今こそが最大最後の好機と、敵はその姿を現してまで行動を開始したのだ。
 判断の為の時間なぞロクに無かっただろうに、自らの生命を賭け札に乗せ凄まじいまでの思い切りの良さで、北條黯羽目掛けて一直線に突っ込んで行く。
 瘴気の隠行を貫き、シノビの刃が黯羽へと届く。
「ちぃっ!?」
 切り傷のみならず、刃に乗った毒が更に黯羽の傷を広げる。
 シノビの追撃は続く。三連撃により、最大火力を有するであろう陰陽師を真っ先に打ち倒す。これが、シノビの挑んだ賭けであった。
「恐れ、いったよ。アンタ」
 そこに理屈は無い。
 黯羽が意識を失わず、シノビの顔面を片手で握り掴んだのは、そう出来たのは、全てを賭したシノビの攻勢を北條黯羽のありったけで受け止め、受けきって、僅かに、黯羽が彼に勝っていたというただそれだけの話だ。
 シノビが風魔弾正をすら仕留められよう腕利きならば、黯羽と狐火は風魔弾正をすら守り抜く腕利きである。
 如何な凄腕であろうと二度目の機会なぞくれてはやらない。
 黯羽の手の平を内から裂くように現れた真っ白き狐は、シノビの顔面に食らいつき、上半身を丸呑みにしてしまう。
 黯羽の背後に庇われるようにしていた藪紫、刀に手をかけ前へと出ようとする。この辺りがまだ彼女が未熟である証であろう。
 そこで踏みとどまれるだけの知能と忍耐力は持っているようだが。
『そちらは辛うじて及第点ですか』
 と自らに落第点をつけた狐火が、白狐に食いつかれたシノビの身柄を確保する。拘束具を用い、時間の運行をすらすっとばしての捕獲である。
 やはりシノビにはワンチャンスしか与えられていないのであった。
 シノビに分の悪い賭けを強要したのは狐火の厳しい捜索と警戒であるし、シノビの無茶な選択を予測するのは困難であろう。本来は落第点をつけるほどの事でもない。
 しかし狐火は自嘲気味に帽子を被り直すと、黯羽の側に向かいその傷を確かめる。
「……治療さえすれば、間に合いそうですね」
「何とかね。弾正もまあ厄介なのに狙われるもんだよ」
 何て言いながら何と黯羽は自分の足で立ち上がり、引き続きアヤカシ退治が済むまではと周辺の警戒を続けるではないか。
 藪紫はそんな黯羽を見て、泣き言を一つ言った。
「私が貴女の前衛に回っては、ダメですか?」
 黯羽はそれが藪紫自身にもわかっているだろうわがままだと知っていたので、叱責ではなく笑って答えてやった。
「黙ってそこで突っ立ってるのがアンタの仕事だろ、諦めな」