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■オープニング本文 藪紫は手元の資料をざっと見直し、三十六あった項目全てに×印がつけられているのを見て、肩を落として嘆息する。 「……雲ちゃん、強くなりすぎ」 雲切なる藪紫の幼馴染は、都合によりジルベリアに預けておいた所、とんでもなく強くなって帰ってきたのだ。 以前から犬神の里最強と呼ばれていたが、今では先代の犬神最強すらワンパンで張り倒す程ぶっちぎって強くなってしまった。 このせいで、彼女に与えるアヤカシ退治の仕事が尽きてしまったという訳だ。 アヤカシ退治なぞ幾らでも沸いてでる仕事であるのだが、雲切に頼む仕事、となると一気にその数を減らす。 何故なら雲切は、その卓越した格闘戦能力に反比例するかのように、知能が残念なのである。 挙句退屈になると、当人悪気はなくても絶対に騒ぎを起こすので、暇なままにしておく事も出来ない。 どうしたものかと思案していた藪紫は、その日、犬神疾風の屋敷を訪れる。 仕事の打ち合わせの為であったが、時間も遅くなってしまったので、この家で夕食をご馳走になる事になった。 山芋の煮物を口にした藪紫は、思わず感想が口をついてでる。 「あら、おいしっ」 疾風はこれを聞き、それはもう得意の絶頂である。 「そうだろう、そうだろう。瑞樹のコレは絶品なんだ。里の誰にもコレは真似出来ないね、瑞樹の芋が一番だ」 ああ、これが言いたいが為に食事を勧めたのかー、と藪紫は若干げんなり顔であるが、実際おいしいのでまあ我慢してやる。 それから後に出て来た他の料理も、疾風はもうこれでもかと自慢して来るのだが、全部文句無しにおいしかった。 ここで同じ女として嫉妬云々という話にならず、子育てが終わって子供が自立を始めたらこれで商売を始めさせれば云々と計算しだすのが藪紫という娘である。 一通りの食事をいただいた後、藪紫は雑談として雲切の話題を出した。 ワンパンで倒された当人である疾風は当初渋い顔をしていたが、雲切をどうするかという話題に良い案も思いつかず。 戯れに妻である瑞樹にこれを問うてみた。 「なあ、瑞樹。お前ならどうする?」 瑞樹は基本的に外から来た嫁なので、里の人間の前では極力自分が前に出ぬよう気を配り、慎み深い女性だという印象を持たれるよう配慮していた。 なので、この問いにも数度断ってから答える。 「そうですね。雲切さんって、あの金の髪の可愛らしい子ですよね。もし時間があるのでしたら、炊事や家のお仕事を練習されては? 女の子なんですし、無駄になる事は絶対に無いと思いますが」 疾風、藪紫、両者共に硬直して動かず。 犬神の里で今一番里長の期待を受ける若手最有望株犬神疾風と、犬神の里のここ数年の大躍進の中心人物である藪紫は、声を揃えて言った。 『その発想は無かった』 そもそも、疾風も藪紫も、いやさ犬神の他の若手全ても、雲切を女などと思っていなかった。 女の子ではあっても、女性、ましてや結婚をする娘であるなどと、想像だにしていなかったのだ。 しかし、確かに、瑞樹の提案は絶対にこなしておかなければならないものだ。 雲切は当然、家の事は一切出来ないし、放っておけば永久に出来ぬままであろう。 これはマズイと藪紫は、急遽雲切花嫁修業プロジェクトを立ち上げる。 講師には、疾風の勧めもあって瑞樹をその任にあてる。元々子供に色々教えていたというので、適任であろうと。 そして共に学ぶというスタイルの者をもう一人つける。これは雲切が家事を学ぶという自分に似合わぬ仕事を行うにあたって、少しでもその不満を減らせるようにとの配慮だ。 その共に学ぶ相手には、犬神の若手幽遠の恋人、あやめが選ばれた。 まずは雲切の現在の能力を確認しようと瑞樹がこれを問うと、雲切は任せて下さいまし、と自信満々。 それは頼もしいですねと微笑む瑞樹を他所に、一人あやめは不安がぬぐえぬまま雲切の案内に従って山中へ入っていった。 「この川の魚は本当においしいんですわ!」 と言って、川面を見もせず手を水面へ突き入れ、水中を泳ぐ魚を次々外へはじき出す雲切。 串に刺し、火をおこすと、雲切はこれが肝だと嬉しそうに塩をまぶす。 「これが、隠し味なのです」 まるで隠されてない気もするが、無条件でこのおいしさを受け入れている瑞樹と、何処かおかしいと思いつつ確かにおいしいので、とりあえず頷くあやめ。 次に、と雲切は山菜を摘みに向かう。ここでようやく、あやめは堂々とつっこむ事が出来た。 「ちょっ! それ毒! おなか壊すわよ盛大に!」 「え? わたくしはいつも食べてますが……」 次のキノコは。 「ああ、これは気をつけて火を通せば食べれますわ」 「それ猛毒! 私等ならともかく瑞樹さんだったら欠片食べても即死するって!」 更に太い木の根を。 「この樹液は……」 「それは幻覚剤の原料でしょうがあああああああああ!」 ぜーはー、と突っ込み疲れたあやめは、そこでようやく、根本的な問題をつっこんだ。 「てーか何だって料理の技量問われて山に入んのよ! アンタは旦那との結婚生活で常時野外活動強要する気かああああああああ!」 実に気の長いノリツッコミであった。 瑞樹はまず、雲切に掃除をさせてみた。 「掃除は得意中の得意ですわ! わたくしにかかればどんなに頑固な汚れも粉微塵ですのよ!」 結果、雲切の屋敷に二十七箇所の穴が開いた。 これを全部塞いだのは、力仕事でもあり志体を持つあやめの仕事であった。 次に瑞樹は、雲切に洗濯を教えてみた。 「洗濯は得意中の得意ですわ! わたくしの力を持ってすればどんなに頑固な汚れも粉砕玉砕大喝采ですわ!」 洗濯物である雲切の普段着もそうだが、洗濯板が全部で八枚ダメになった。 二枚目以降の洗濯板は、新しいの買う金なんて無いのと多分また壊すだろうからと、あやめが木から切り出して手作りしたものである。 最後に料理の番となったが、これまでを鑑みた瑞樹は、これを改善する良い手も浮かばない事から食材を無駄にしてはいけません、と料理の許しを出さなかった。 あやめは瑞樹から料理を教えてもらえると喜んでいたのだが、それどころではない現状に、いやさそれ以上にまるで進展する気配すらない雲切に、匙を投げる事に決めたのだった。 「ごめん藪紫さん。これ絶対無理」 あやめより具体的な内容を聞いた藪紫は、一縷の望みを外に託し、開拓者を頼むのであった。 |
■参加者一覧
北條 黯羽(ia0072)
25歳・女・陰
佐久間 一(ia0503)
22歳・男・志
秋桜(ia2482)
17歳・女・シ
鬼灯 恵那(ia6686)
15歳・女・泰
オドゥノール(ib0479)
15歳・女・騎
フレス(ib6696)
11歳・女・ジ
八条 高菜(ib7059)
35歳・女・シ
星杜 藤花(ic1296)
18歳・女・巫 |
■リプレイ本文 雲切花嫁修業計画、その一番手はフレス(ib6696)による掃除修行である。 「えっとお掃除は力ではないんだよ! 手早さと素早さ、そして何より段取りが大事なんだよ。常に一歩先を読む心構えが大事なんだよ!」 高い所から順番に綺麗にしていき、最後に何処でゴミをまとめどう処理するかまで、頭の中で掃除を最後まで全部やりきらせる。 「まずは欄間のあたりをほうきではたいてから……」 「あー、雲切姉さま襖の上忘れてるよー」 その上で必要な道具を揃え、そして、頭の中で考えた通りに掃除を進める。 フレスは自分が手本を見せながら、これに続いて雲切も動く。 はたきを持ったフレスは、流れるように三度跳躍、欄間のほこりを落とすと今度はショートジャンプを繰り返し襖の上を払って回る。 後を追う雲切も跳躍しはたきを振るいかけた所で、オドゥノール(ib0479)の言葉を思い出す。 『掃除とは一点集中だ! 雑巾・箒といった暗器で、確実に汚れのみをしとめろ!』 喝目。はたきの先の布一枚が、雲切の凄まじい腕力により鋼の刃と化し、襖の上の埃を断つ。 同時に、オドゥノールの別の言葉も雲切の脳裏をよぎる。 『壁や床は人質だ! 倒しました、でも巻き添えでやっちゃいましたでは、こちらの腕を疑われる!』 木屑が見えるが、欄間の角が邪魔でまっすぐはたきを伸ばせず届かない。 「秘剣! 虚空突き!」 はたきの先の布より裂けた糸が一本、欄間の角を突き抜け木屑を刺し貫く。 はたきを引くと、糸の先に木屑がついたままで欄間の角をすりぬけて戻り、欄間には傷一つ見られない。 フレスの先導に従い雲切は壁面をはたき始めると、壁にへばりついた汚れが。 三度蘇るオドゥノールの声。 『敵のタイプによって戦い方を変えろ!』 はたきの先の布を、剣ではなくハンマーのように見立て平面でなでるように汚れを払う。最早はたきはその糸一本に至るまで、雲切の支配下にあると言えよう。 はたくべき場所を終えると、フレスは床にたてかけてあったほうきを手に取り、もう一本を雲切へと放る。 二人は対象の動きを心がけながら、お互い端まで踊り動き、部屋の中心に向けゴミをはき集める。 ゴミを集め終わった二人は、本当に部屋の中にゴミが残って無いかを確認すべく、互いに手を取り合ってステップを踏む。 フレスが比較的平易なステップを選んだ事もあり、雲切も既に今回の踊りのリズムは理解している。 お互いが正面から寄ると、雲切はフレスの片手を掴んで引っ張り、自らの肩に乗せる。 しゃがみ込む雲切の背に乗るようにしながらフレスが転がって逆側へと抜ける。 着地寸前、雲切は膝と腰を用いて伸び上がり、フレスはこの勢いを用いて大きく飛び上がる。 二回転して着地すると、今度は雲切は着地したフレスの両脇に手を通し、自らが回転しながらこれを大きくリフトアップ。 そのまま真上へと掲げた雲切の手の平の上で、フレスはうつ伏せに腹をこれにつけたまま三回ほどくるくると回って見せる。 ここまで動き回っても埃が上がらないのは既にゴミを集め終わっているせいだ。 雲切が手首の動きだけでフレスを上へと跳ね上げる。フレスは斜めに回転しながら雲切と背中同士を合わせるように着地し、お互い背をあわせたままで最後の決め。 そして、ようやくここでオドゥノールが突っ込んだ。 「……掃除をしろ掃除を」 星杜 藤花(ic1296)は洗濯を教えるに当たり、雲切の所作全てにおいて、充分な加減をするよう言いつける。 それでも尚、練習用の布はすぐに破くし、洗濯板もやはり砕ける。 何度やっても何度やってもそうなる雲切に、しかし怒るでなく丁寧に語る藤花。 「衣類は肌に当たるものですから。優しく柔らかく、それこそ肌に対するかのように接しなくては」 雲切は目を大きく見開いていた。 「人に、するようにですか? うーん……」 ひどくぎこちない動きだが、少しづつ、布を洗う手元が落ち着いてくる。 例え人並みはずれた膂力の持ち主であろうと、害する気の無い相手にそれを振るう事もないのなら、当然そこでの加減は学んでいるはずなのだ。 藤花はこれをそのまま家事にも用いろと言っているのだ。 雲切はこの言葉でコツを掴むや、一気に洗濯の安定度が増した。 「すごいっ! 出来ましたわ!」 では、と改めて石鹸の用意から、米のとぎ汁を使うとかすすぎの目安とか正装の場合の処理とか乾かし方ノリ云々と続けていくと、雲切の頭から煙がぶしゅーと。 苦笑した藤花は彼女に一休みを勧める。 実は、この時の藤花の何気ない一言が、今回雲切が家事を覚えるに際して極めて重要な出来事であったのだが、それがわかるのは少し後の事だ。 佐久間 一(ia0503)は切り出した木から洗濯板(決して雲切の貧相な胸部を揶揄する意味ではない)の予備を作っていた。 その短刀を振る手が止まったのは、雲切の姿を見つけたからだ。 傍らに置いておいた木刀を手にし、一言。 「どうです?」 「はいっ!」 ややこしい事は全部抜き。二人はそれだけのやりとりで、手合わせを始める。 三合打ち合った所で、雲切の動きが止まる。 「むー」 「どうしました?」 「一さん加減しすぎですわっ」 「全力は明日に響きますよ」 雲切は会心の笑みを見せる。 「鍛えてますから平気ですわ!」 仕方ありませんね、と一は片手に握った木刀の切っ先を地面に向ける。 「一本だけですよ」 そんな言葉とは裏腹に、一からはまるで戦闘の気配が感じられない。 しかし雲切の表情は硬質なそれへと変化し、手にした両手持ちの木刀を正眼に構える。 何故か雲切からも、構えこそ取っているものの戦闘の気配が見られない。 向かい合った二人のみが静止した世界。 この近くを通りがかった鬼灯 恵那(ia6686)は、自分も混ざろうと動きかけた足を止める。 こういうのは自分向きではないと思ったのと、一つイタズラを思いついたせいだ。 料理用にと用意した包丁を手にし、これを眼前へと翳す。 こちらは戦意を隠すなんて類のものではない。 視界の端を赤黒い液体が滴るような、恵那の間合いの範疇内においては世界観すら変化したような絶対の殺意圏。 またこの世界は、恵那の意思で自在に形を変える。簡単だ、殺意の向きを、そちらへと向けるだけで相応しい形にこの空間は変化するのだから。 対峙する一と雲切の周囲を覆っていた、牧歌的で人の手の入らぬ豊かな自然は、アヤカシすら生じそうな最も忌まわしき戦地へと。 それでも、二人に変化なし。 いや、少し間があいた後、雲切が僅かに口の端を上げる。 恵那はこの笑みに、一歩足が前へと出た。 「手出しする気無かったんだけど……誘われちゃしょうがないよね」 自らが放った鬼気を切り裂き、恵那が下生えを蹴散らしながら疾走する。 迎え撃つ雲切。こうでなくてはという顔なのは、誘ったのがコイツだからだ。 激突の瞬間、恵那は胸下の高さまで一瞬で屈み、雲切は木刀を上から脇横に添わせる受けの形を取る。 気配も無いままに踏み込んだ一の横薙ぎの一閃を、恵那は屈んで潜り、雲切は木刀で受けたのだ。 そして、これでもかと寄った眉根でオドゥノールが言った。 「何をしてるのだお前らは……」 三人は同時に答える。 「息抜き」 「息抜きです」 「息抜きですわ」 即座に返すオドゥノール。 「息どころか魂まで抜く勢いあるだろそれ」 「駄目だ。ぜんっぜんなってない」 と、のっけからまるで容赦が無いのは北條 黯羽(ia0072)である。 煮炊きに入る以前の下ごしらえの段階で、既にフルボッコだ。 しょげてしまっている雲切に、黯羽は続いて唯一の褒め所を言ってやる。 「だが刃物の使い方は流石にしっかりしてる」 それだけで、ぱーと表情が輝くのだから、実にちょろい相手だ。 八条 高菜(ib7059)は、気を取り直した雲切に、再度米とぎをやらせてみる。 「ああ、そんなに全力で研がなくても大丈夫ですよ?」 次にじゃがいもむき。 「じゃがいもはまず洗って芽を……はいそのまま細切れにしなーいの」 褒められたからと調子に乗って包丁使いまくったら怒られた模様。 もっとも高菜は怒るというより丁寧に嗜めるといった形だ。 恵那も加わるが、雲切が失敗した時の空気は少々どころではない居辛さがあろう。 教えられた調理手順を、六つぐらいまとめてすっとばした時の反応が一番劇的であった。 その瞬間、黯羽の足元から黒い煙が漂い始め、怨念の塊たる瘴気が水滴が天に向かって零れるようにぽたりと昇っていく。 また恵那の背後から屈強の騎士の姿がオーラとして現われ、鎧兜の姿でありながらそれは憤怒に震えているようにしか見えない。 殊戦闘に関しては天賦の才を持つ雲切。即座に二人が怒っている事に気づき、慌てて手順を見直し、そこで自分が誤っていたと気付く。 「い、今すぐやりなおしますわっ!」 結局この日は、調理を終わらせる所まで辿り着く事が出来なかった。 その日の晩、秋桜(ia2482)は雲切に晩酌なる作法を説明する。 「お嫁さんに必要なスキル。それは家事も勿論の事、晩酌のお供、そしてお酌です!」 「そ、そうなのですか?」 「それには、先ずお酒に慣れなくてはいけず、お酒の種類を体に教えるのが1番」 「で、でもその、わたくしお酒は、そのあまり……」 「という事で、私と飲み比べをして貰いましょう!」 その清清しい程の堂々とした態度に、雲切は反論できず、なし崩しに酒を飲む事に。 「あら、もしかしてイケる口ですか?」 と雲切ががばっと酒をあけるのを見て秋桜は嬉しそうにそう言うが、雲切はというと困った顔のまま。 「私は幾ら飲んでも酔えないので、やぶっちに飲んでも無駄だからのむなーって言われてまして」 秋桜はぐいぐいいきながら、料理に合ったお酒を用意する云々といった話を始めるが、そこでジルベリアの話が出ると雲切ははたと思いついて一度席を外す。 「秋桜さん、これはどうですか?」 と言って出して来たのは大量の洋酒。何でもジルベリアからの土産として山ほど買って来たのだが、雲切がジルベリアに居た事は里には秘密になっていたそうで、土産を渡す事も出来ず困っていたらしい。 「あらあらまあまあ」 これはこれはと、嬉々としてあけ始める秋桜。 翌日の朝、廊下にまで漂う酒臭さに、オドゥノールはやはり眉をしかめる。 「一つ、極めて常識的な事を言わせてもらっていいか?」 あら、もう朝ですの? と延々語り合っていた二人に、オドゥノールは真顔のまま言った。 「仕事中だ。酒なぞ飲むな」 雲切は結局酒はほとんど飲んでいないので、水浴びをしたら匂いはすぐに取れてくれた。 結局徹夜明けであるが、雲切の尋常ではない体力にその程度は些細な事だ。 高菜は、とにもかくにもおいしくご飯を炊けるように、と色々と適当な雲切にこまかーく段取りを教える。 じーっと横目で高菜を見つめながら、このぐらいならズレてもいいんじゃないかなー、的な主張をしてみる雲切に、 「だーめ♪ しっかり覚えてもらわないとダメですからね」 と何度でも覚えるまで繰り返し、どうにかこうにかご飯を炊くのはクリア。 次に恵那がみそ汁を。 だし汁を取る手順を何度教えても間違えたり、少し間があくとだし汁の材料を間違えたり、都度厨房を修羅の瘴気が漂っていたり。 それでもだし汁の部分を抜けると、思っていた以上に包丁やらで具材を処理するのはこなせるようになっており、みそ汁も爽やかにクリアーする。 そして最後に問題の肉じゃがが残った。 黯羽がこれを担当するのだが、下ごしらえの部分は既に皆でよってたかって教え込んである。 藤花が洗濯の際言っていた『肌に触れるように接する』といった言葉は、器物に対してあまり丁寧ではなかった雲切にとっては目鱗ものの話であったようで。 実際この話を聞いてから、雲切の花嫁修業は格段の進歩を遂げた。 折毎に息抜きが必要ではあったし、その度に一がこれに付き合わされたりしていたが。 ともかく、全てのまとめとするべく黯羽は見本を見せる自らも丁寧さを心がけ、何としてでも、食べれるレベルのものを作れるよう指導に熱を入れる。 雲切は頭は良くないが、何度も繰り返せばきちっと覚えられるのだ。 そして、雲切の頭に教えが入っていきやすいよう、黯羽は笑みを心がける。 家事は楽しいものである、そう雲切が思えれば。興味こそが一番の勉強の為の薬となるのだ。 出来上がったものは雲切にも、そして自分もこれを口にし、何処が悪かったかを教えてやる。 高菜は材料費の事を気にしていたが、用意されていたもので充分賄えるレベルだ。 そして、ようやく、黯羽の満足のいく肉じゃがが出来てきた。 しかしここで話は終わらない。これらの教えた家事を、雲切が一人でも出来なければならないのだから。 「そういえば、花嫁修業って雲切姉さまも御結婚するの?」 「けっ! けけけけっこんて! わ、わたくしがですか!? あ、あああああありえませんわそのようなお話! 第一、わたしのようなそこつものをおよめにもらおうなんて人がいるはずもありませんっ!」 「なら、掃除洗濯料理を習得した暁には、雲ちゃんは私の嫁になるのだー!」 「本当ですか!?」 良かったねーとのフレスと、大切にするからお嫁に来なーとの恵那。 そして何故か本気で照れてる雲切に、努めて冷静なオドゥノールがつっこんでやる。 「いいからさっさと掃除、続けるっ。それとフレス、結婚が決まってから花嫁修業始めても手遅れだ」 肉じゃがのみ一人で作りきれなかった雲切の頭をなでりしながら高菜。 「できの悪い子ほど可愛いっていうのは本当なんですねぇ……ま、雲切ちゃんはとっても可愛いんですけど♪」 雲切は洗濯を続けながら心底真顔で藤花に問う。 「結婚って、どういうものなのでしょう。わたくし、その、想像もつかないもので」 雲切の場合、結婚の話の前に恋愛云々だろうな、とそちらの話を聞かせてやる藤花。 「大吟醸?」 「味付けあっさりですわ!」 「純米酒?」 「味は濃い目でしっかり!」 「古酒?」 「甘さの強いものっ!」 ぐっ、と親指を立てる秋桜。 汁を口にした黯羽は、そこでようやく、それまで努力して維持してきた笑顔ではなく、心の底から納得した笑みを見せられる。 「よし、後は実践だ。上手いことにここには、旦那役をやれる奴が一人来ているからな」 佐久間一は座卓の前に座り、その前には、山盛りもられたご飯と、湯気が立っているみそ汁と、綺麗に盛り付けられた肉じゃがが置かれている。 はしで肉じゃがを取り、ご飯と共にこれをいただく。 全てを一息にいただいた後、みそ汁をずずっとすすり卓に置く。 一はそれだけで全てが通じると信じた、満面の笑みで言った。 「ごちそうさまでした」 |