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■オープニング本文 幽遠が室内に入ってくると、藪紫は何も言わぬまま彼へと書類を突き出す。 「何だよこれ?」 「いいから読んでみて」 幽遠は、その書類が人材派遣業に応募してきた履歴書である事がわかる。 それも、土木関連に強い業者へ、戦闘員としての応募である。 「今時、用心棒募集に応募かけてくる志体持ちなんているもんかね。何だってこの人は素直にシノビ里や開拓者ギルドを利用しない……」 幽遠の眉がぴくりと跳ねる。 特技の欄に書かれた使用可能忍術、恐らく全ては書いていないだろうが、が欄に書ききれぬ程の数になっているのだ。 一体何者か、と履歴に目を通すと、そこには『元卍衆』と書かれていたり。 「はあ!?」 大慌てで名前の欄を見る。そこには『風魔弾正』と書かれていた。 「おいいいいいいいいいい! 叛の首謀者ああああああああ! 何こんな所で用心棒募集とか応募しちゃってんだああああああああ!」 そもそも、叛に失敗した首謀者が生きている事がおかしいのである。 各里も風魔弾正への対応には戸惑いが見られ、下手に手出しが出来ぬ状態になっている。 慕容王は公表している通り弾正に対して咎めるような事は一切していないのだが、だからと自分に弓引いた相手を笑って許すような人間が、陰殻に君臨しているなどと誰も信じていないわけで。 弾正を受け入れる事は即ち慕容王の不興を買う事と同義であると、当然見られている。 もちろんこれを弾正も理解しており、故にシノビ里を頼る事も出来ず、かといって他国もまた陰殻慕容王と付き合いがある以上、シノビ里と同様の立場となる。 と、いうわけで、自らを鍛え直そうと志した弾正は、陰殻外の民間人材派遣業に応募してみたわけだ。 そしたら何と、この資本を陰殻は犬神の里が出していたという話。 報せを聞いた藪紫は、誤報や騙りである僅かな希望に賭け現地入りし、堂々と姿を現した風魔弾正を見て素敵に絶望するのである。 「犬神が手広く商売をやっているという話は聞いていたが……まさかここまでとはな」 「恐縮です。……本音を申しますと、本物が出てくるとは思いませんでした」 「犬神は北條の流れであろう。いずれ、私と関わるわけにもいくまい。すまぬ、手間をかけたな」 藪紫はまっすぐ弾正を見つめる。 「いえ、弾正様さえよろしければ、犬神としてではなく私個人として仕事を手配させていただこうかと思いますが」 「よいのか?」 「誰かが身分を保証してやらねば、恐らくは皆弾正様の雇用には二の足を踏むでしょう。私ならば陰殻のシノビ社会とは別の繋がりもありますし、適任であると自負しております」 弾正もまたじっと藪紫を見つめる。 藪紫は言葉を続ける。 「正直に申します。今後起こるであろう慕容王の後継者問題において、弾正様の扱いはかなり重要な要素となるでしょう。弾正様の意思が何処にあるかに関わらず」 弾正の視線が鋭くなるも、藪紫は臆さず。 「それは陰殻に混乱をもたらすのみである、と私は考えます。この時期の混乱は叛にて打撃を被った陰殻経済にとって致命的な一打となりかねません。犬神の里としても座視出来ぬ問題です」 弾正はかぶった仮面のせいで、瞳の輝き以外は見てとれぬ。 「故に、弾正様には陰殻国内の陰謀なぞに関わる暇が無い程、忙しく仕事をしていただこうかと」 「あるのか? そんな仕事が」 「ええ、それはもうとびっきりのが。ただし、一つだけ確認させて下さい。弾正様は、再び陰殻の王たらんとお考えですか?」 即答する弾正。 「馬鹿な、叛は失敗したからまた挑む、などという類のものではあるまい。叛の敗者は生涯敗者のままだ」 藪紫は頷いて返す。 「だからと、弾正様の人生全てまで敗北を喫した訳ではありません。その力、期待させていただきます」 藪紫が風魔弾正へ斡旋した仕事は、アヤカシ攻撃隊の隊長であった。 陰殻への侵攻を企むアヤカシを撃退する。 これは弾正の立場がどうであれ、その正当性に疑問の余地は無く、弾正がその力の限りを尽くし運営してきた陰殻を守るという任務も感情的に納得出来るものだ。 眼下に広がる米粒のような町並みを見下ろしながら、弾正は藪紫の考えを読む。 「私にとって都合の良すぎる話だが。さて、戦況次第では奴にとっても渡りに船であったかもしれぬのか」 自らが乗り込んだ巨大飛空船ジャマダハル。その威容は逆に敵の強大さを弾正に教えてくれる。 十頭以上の龍を搭載可能で、砲台の数は十二門。一国の旗艦を担う程の巨大船だが、その最大の特徴は、船一隻分を運ぶにはありえぬ出力を誇る宝珠であった。 異国にて作成された船であったが、維持費が莫大すぎたせいと運用が難しい事から、この度船員ごと犬神に払い下げられたのである。 最新式の軍事機密を買い取っただとか、一体どれだけの金が動いたものか、弾正は犬神の底知れぬ資金力に僅かな恐怖を覚える。 しかし、と弾正は晴れやかな気持ちで空を見上げる。 今の弾正が考えるべき事は、如何に戦に勝つかだけだ。そんな立場に立てた事が、何故か少し、愉快に思えるのだった。 作戦は至って簡単。 敵アヤカシが集っている陣に、まず別働隊が攻撃を仕掛ける。 ここは龍二十騎を含む本命攻撃隊で、アヤカシがこちらに対する陣形を整え終わった所で、背後より船にて強襲。 開拓者含む攻撃部隊はここで投下され、敵陣を後方より粉砕する。 地形的に背後に回り込むのが難しい地形であるのだが、少数を船から降ろす形ならば問題はなく、敵の不意を突く形を取れるであろう。 船には専門の船長が居るため、弾正は開拓者達と共に攻撃部隊に加わる。 攻撃部隊は弾正と開拓者のみであるが、全員志体持ち部隊の攻撃力は、十倍の一般兵のそれに勝る。 ましてや今回その先陣を切ってくれるのは元卍衆の怪物、風魔弾正であるのだから、不安なぞはありえない。 のだが、指揮官風魔弾正は敵正体が不明のままなのが気がかりだと注意を促す。 即座の撤収が可能なよう体勢を整えるまでしているのを見た飛空船ジャマダハル船長ランタインは、なるほど、卍衆とはこういう奴等かと弾正への信頼を新たにする。 弾正は戦は数であるという正確な認識を備えた者であったが、少数精鋭による任務遂行にも慣れた身である。 この場合の成功の秘訣は、作戦目的を明確に示し、参加者全員が共有する事だ。 弾正はこの作戦目標を、ギリギリまで決せぬまま、船を進める。 降下開始寸前まで敵陣を観察し、弾正が目標を定め、戦闘を行う。 これが定められぬ戦況ならば、弾正は正面攻撃部隊を見捨てる事になろうと、奇襲部隊の降下を許可するつもりはなかった。 彼女の方針を聞いたランタインは、コイツの指揮下なら長く生き残れそうだ、と心の中だけで呟くのであった。 |
■参加者一覧
風間・総一郎(ia0031)
25歳・男・志
北條 黯羽(ia0072)
25歳・女・陰
相川・勝一(ia0675)
12歳・男・サ
狐火(ib0233)
22歳・男・シ
ネプ・ヴィンダールヴ(ib4918)
15歳・男・騎
刃兼(ib7876)
18歳・男・サ
ジャン=バティスト(ic0356)
34歳・男・巫
ルプス=スレイア(ic1246)
14歳・女・砲 |
■リプレイ本文 北條 黯羽(ia0072)は船の上で風魔弾正に気安く声をかける。 「お帰り、弾正」 弾正はというと、それまでは常にかぶっていた面を外しており、顔の半ばまでを布で覆っている。 「ふん、まさか陰殻での仕事とはな……こうして無事生き恥を晒しておるよ」 相川・勝一(ia0675)もさして気後れする様子もなく会話に混ざる。 「まさか依頼でまでご一緒することになるとは思わなかったです」 弾正は真顔のまま即答する。 「私もだ」 間髪入れぬ真面目くさった回答に、思わず噴出してしまう勝一。 狐火(ib0233)は少し離れた場所でジャン=バティスト(ic0356)に声を掛ける。 「……彼女、少し丸くなりましたか?」 「ふむ」 狐火は弾正と話をするつもりは無かったが、ジャンはそうではないようですっと会話に加わりに行く。 難しい立場ながら居場所を見つけられた事を率直に喜んでいたのだが、一言、余計な事をのたもーた。 「有希もきっとあなたのことを心配している。時を見て、顔を見せてあげるといい。きっと喜んでくれるだろう」 物凄い勢いで弾正に睨まれたジャンは、首を傾げた後、狐火の元へ戻り問う。 「どうしたのだ彼女は?」 「…………さあ」 特に顔見知りでもない者達も、風魔弾正という有名人に興味があるのか、彼女の様子を眺めていたり。 刃兼(ib7876)は正直な真情を吐露する。 「少し前に陰殻を騒がせた人物の指揮下で戦うことになるなんて、世の中不思議な巡り合わせもあったもんだ」 これを聞いた風間・総一郎(ia0031)は、まったくだと頷きつつ弾正の挙動を見守る。 元卍衆との触れ込みだが、ああして開拓者とも対等に話をしている様は、何処にでも居るシノビに見えなくもない。 一方、ネプ・ヴィンダールヴ(ib4918)は妙に入れ込んだ様子で武具の手入れを行っている。 あまりの入れ込みっぷりに不安にでもなったのか、ルプス=スレイア(ic1246)が、それとなく会話を試みこれによって堅さを取ろうとしてみる。 「……駆鎧乗りから駆鎧を取ったら、乗りしか残らないのです……。けど、弾正さんに褒めて貰うためなのです! 全力でがんばるのです!」 返って来た返事の意味は全くわからなかったが、とりあえず陰に篭る類の入れ込みではないので、良しとしたのかこれ以上のツッコミを控えるルプス。 弾正の合図に従い全員が船からの着地を決めると、すぐにその場から乱戦が始まる。 凄まじい速さで突進してきた巨体を誇るアヤカシの前に、勝一は立ちはだかってこれと槍を交える。 小柄な勝一を組し易しと見たか、アヤカシは一気呵成に拳を振るう。 さながら暴風の如き乱打を、勝一は冷静に一打一打盾にて受け捌く。 あまりの体格差に総一郎が援護に入ろうと動くも、勝一は首を一度横に振りこれを拒否。 改めて勝一を見た総一郎は、その両足が力強く大地を蹴り出し体全体で攻撃を受け止めているのがわかると、へぇ、と笑みを溢す。 「やるじゃん」 そしてアヤカシの連打に乱れが出るなり、勝一の槍が鋭く走る。 辛うじてかわしたが、表皮のみならず内の肉部まで抉られたアヤカシは、流石に警戒したのか僅かに後退する。 勝一もまた、驚きから追撃の手が止まる。この一撃で腕を千切り落とすつもりであったのだが、やたらと堅い表皮と肉に阻まれたのだ。 ジャンは攻撃術と支援術とどちらが効率的か見定める為、一手遅らせてから動く。 雄雄しきジャンの舞に導かれた精霊が、流れるように勝一へと絡みつき、その身に滾る血潮を注ぎ込む。 すぐに次手を。 援護射撃を行うアヤカシ達へ突貫した総一郎にもまた、同じ術を施す。 辛うじて、射程距離ぎりぎりで届いてくれた。以後同じ術は届かないだろうが、治癒は愛束花を用意しており、敵集団へ斬り込んだ後でも充分治癒可能だ。 とはいえ、彼我の数に劇的な差がある為、さほど余裕も無いのだが。 総一郎の全身を数多の銃弾が穿つも、足は止まらず。というかここで止めたら間違いなく死ぬ。 二射目が打たれる前に射撃アヤカシの群れの中へと飛び込んだ。 ジャンの治癒を受け各所にあった傷口が僅かに光を帯びている。 そんな総一郎が、馬ごと人を断つ程の巨刀に炎をまとわせ振るうと、色の異なった光の帯が蛍のように舞う様が見てとれる。 戦地の最中にあるとはとても思えぬある種幻想的な風景はしかし、舞い散る瘴気飛沫のせいで徐々に黒ずんで来ており、やがて戦に相応しい病んだ色彩を伴って来よう。 決して弱すぎる相手ではない。しかしそれでも、何処か物足りなさを感じた総一郎は、大刀を振るいながら脳裏のみでぼやく。 『雑魚ばっかで歯ごたえがねぇな……』 今勝一が迎え撃っているアレならば面白みもありそうだが、アレを勝一が一人で抑えるという敵にとっての予想外があったればこそ、こうして総一郎が後衛を攻撃出来ているのだ。 流石にこの優位を自分一人のわがままで崩す程総一郎も子供でもない。 『まぁ状況が状況だ……その辺は我慢して行きますかねっ!』 ネプは降下の前に、じーっと敵陣を眺めていたが、そこに指揮官らしき姿を見つける事は出来なかった。 残念そうに降下の指示を下している弾正にその旨を告げるが、弾正はというと口の端を上げているではないか。 「つまり、敵指揮官はこの船を見て、自分の居場所を隠すべし、そう判断し実行出来る相手だという事だな」 それだけわかれば十分だ、と弾正は自信ありげに頷く。 「我等シノビの目を、アヤカシ如きが何時までも誤魔化しきれるものか」 それが複数形であった事に気付いたネプは、もう一人のシノビ狐火に目を向ける。 彼もまた、作戦に不安を抱いているようにも見えなかった。 二人の様子に安心したネプは、意気揚々と降下を開始する。 これを見送って狐火。 「案外、隊長してるんですね」 「私が小隊指揮官に望む事をやっているだけだ」 だが、こんなちょっとしたやりとりが馬鹿にならないのだ。 ネプは落着位置が若干ずれた関係で、射撃アヤカシの只中に降下したが、それならそれでと剣を槍を振り回す。 剣の一撃は、アヤカシをただの一撃で千切り飛ばし、槍に至っては柄が当たっただけのアヤカシの胴が奇妙な形にひしゃげる。 どちらの武器も両手持ちするような長さであるのだが、これらを片手で振り回し、竜巻のように次々蹴散らしていく。 これを見下ろす弾正は、独り言のようにぼそりと感想を述べた。 「…………開拓者は、本当に見た目によらんな」 後方支援型故の視野の広さを使い、撃破数を丁寧に数えていたジャンは、支援型は概ね目標数を撃破出来たので、術アヤカシへ攻撃術を打ち込む。 現在近接組はネプの咆哮がようやく決まり、勝一はこれと入れ替わり、総一郎と共に術アヤカシの掃討にかかる。 ジャンの相手は近接では処理しずらい距離を開いた場所に居るアヤカシだ。 手を前方へと翳し命ずる。 「曲がれ」 指先より放たれた精霊力が螺旋を描き、アヤカシの首元に吸い込まれるように消えていく。 瞬間、明らかに不自然な形で、アヤカシの首が直角に折れ曲がる。 と、ジャンの真横を駆け抜けていく総一郎。どうやら、巨体アヤカシに動きがあった模様。 すれ違いざまにジャンは総一郎の肩に触れる。 総一郎は肩の表皮から伝わってくる頼もしき脈動に身を任せ、強引にネプを突破にかかる巨体アヤカシに剛剣を叩き込む。 ほぼ同時に、ネプが間逆側より騎士剣を両手に握り全力で振り薙ぎ、巨体アヤカシは二刀に挟まれる形になるが、胴の半ばを千切り取るようにアヤカシは無理矢理これを突破する。 突破した先に、勝一が居た。 盾を投げ捨てた勝一は、全力で槍を投げ放つと、すぐに走り出す。 頭部に槍が命中したアヤカシは仰け反り足が止まる。その隙に勝一は飛び上がって刺さった槍を握る。 アヤカシが動き始める、同時に勝一は槍を抜き取り、アヤカシの後方へと飛び着地。 アヤカシは頭部を縦に二つに割られ倒れる。跳躍の際勝一の槍が一閃したのである。 弾正は最初、特に指示は出さなかった。 刃兼は眼前に壁と並ぶアヤカシ達へ、駿足の踏み込みで近接を果たすと、後も先も知った事かとばかりに当たるを幸い次々叩っ斬る。 一体目、逆袈裟にて。二、三、四体目、横薙ぎにぐるりと一回転。 一、三、四体目の手ごたえがおかしい。不自然極まりない感触は、防御の術だと察する。 が、黯羽がすぐに斬撃の呪符を二枚飛ばし、残る一体もルプスの銃弾が射抜く。 前衛一人、後衛二人のバランスの悪さを、アヤカシ側はすぐについてくる。 そこで、満を持しての風魔弾正。 両手を袖の内に納めたまま、武具もわからぬ攻撃で迫る敵を蹴散らしていく。 そして降下後始めての指示を。 「駆けろ、刃兼」 返事をすらせず、刃兼は特に敵が密集している場所へと特攻をかける。 接敵の瞬間、大上段にまで振り上げられた太刀から、唐竹割りに一刀両断。 二つに引き裂いたアヤカシの中央を抜ける事でその奥に居たアヤカシの虚をつき、こちらは斬るだけでなく眼前から弾き飛ばしてやる。 刃兼の侵攻は一直線に伸びており、さながら敵陣に穿たれた楔の一撃だ。 これを更に広げる為に、弾正は次なる指示を。 「切り裂け、黯羽」 任せな、の声と共に、黯羽の呪符がその手より放たれる。 まるで風に乗った凧のように滑らかに空を抜ける符は、ちょうど敵と黯羽の中間地点で術へと変化する。 大地を激しく削り取る無色透明の刃と化した符は、刃兼を包囲せんとするアヤカシを蹴散らす。 元より近接向けの構成でないアヤカシ軍は、これへの対策を採らんとする。 しかし、一点を指差しながらの弾正の指示がこれを防ぐ。 「砕け、ルプス」 筒先を指差す先に向け、ルプスは射撃を行う。 轟音と共に放たれた弾丸は、吸い寄せられるように丘上に居たアヤカシを射抜く。 見通しの良いここからなら包囲した相手でも狙撃可能なのだが、当然こちらからも視界が通り、そして開拓者側にも狙撃に慣れた者が居るのだ。 またルプスは手にした爆連銃の特性を駆使し、即座に装填された弾丸を再び撃ち放つ。 そういう指示だったのか、丘の上のアヤカシは倒されても倒されても次々この上を取ろうと昇っていたが、ルプスが一体一体射止めていくと、時期にそれもなくなった。 弾正は、最後の指示は口には出さなかった。 『お膳立てはしてやった。後はお前が何とかしろ狐火』 『……なんて考えてそうですね。まあ、何とかなりましたが』 狐火は敵陣の動きを監視し続けていた。 そして弾正達が敵陣を崩しにかかり、これに対応する形で隠れている敵指揮官から指示が飛ぶのを待っていたのだ。 殊に狐火が注視したのは敵陣の反応速度だ。これが速ければ速い程、敵指揮官に近いという話であろうから。 包囲、狙撃、狙撃中止、三つも命令を出してくれれば充分であった。 そのアヤカシが、それと気付いた時には狐火の姿が眼前にあった。 咄嗟に頭頂への一撃は避けるも、上から突き立てに来た刃はアヤカシの肩口を貫く。 刃を抜きつつ、後方へと飛ぶ狐火。アヤカシの肩口から、直上へと瘴気が吹き上がる。 これを、弾正、刃兼、黯羽、ルプス、全員が視認すると、弾正が口を開くまでもなく、全員が隊長目掛けて殺到してくる。 すぐに指揮官アヤカシは狐火の対処と、突撃してくる四人への陣立てを行う。最早姿を隠す必要も無い。 敵指揮官は我が身を大事に動く臆病者、といった類の感想をルプスは持たなかった。 指揮者がおらねば全体の戦闘力は著しく下がる。それをわかっていればこその判断だと、逆に評価してやる程だ。 実際今も、敵指揮官への射撃を狙っているのだが、陣組が上手く射線が通らない。 黯羽もまた同様で、結局刃兼を楔とし敵陣を削り取っていくしか手が無い。 敵中ど真ん中に居る狐火も、敵指揮官への攻撃を上手くなせないようで、戦況は硬直してきている。 弾正はぼそりと呟く。 「黯羽、ルプス、少し二人で堪えろ」 二人の護衛役を担っていた弾正がそう言うと、黯羽は馬鹿馬鹿しいと呆れ声を出す。 「弾正の仕事は俺等の護衛じゃなくて予備兵力だろ。一々断り入れる必要もねえよ」 ルプスもまた、弾正の突入前に弾丸の再装填を行い告げる。 「お構いなく」 微笑を残し、弾正はその場から姿を消す。 その頃狐火は、思った以上に老獪な指揮官アヤカシ相手に、切り札を切るべきかどうかの選択を迫られていた。 と、狐火の視界に、指揮官アヤカシへと迫る弾正の姿が映る。 指揮官アヤカシは槍を手にし迎撃の体勢。 しかし、弾正の姿は徐々に確かさを失っていき、正確な輪郭を見て取る事が難しい程に。 突き出された槍は、弾正を貫くも、そのまま弾正はアヤカシへと向かっていき、そして、アヤカシをすり抜けていく。 すぐに輪郭は戻り弾正は無傷のまま、通過されたアヤカシは、生じた全身の傷から瘴気を噴出している。 アヤカシ後方へと抜けた弾正は、指揮官アヤカシへと飛び込んでいた狐火と交差する。 「しぶといぞ」 「知ってます」 狐火のそれは、弾正の徐々にといった過程を全てすっとばしていく。 アヤカシ自身はまるで理解出来ぬ、狐火へ槍を突き出したと思ったら、次の瞬間にはまるで身動きが取れぬ状態で、狐火の肩に背負われていたのだから。 狐火の敵中突破は黯羽の飛ぶ斬撃がその道を切り開いてくれた。 弾正の撤退の狼煙銃も、これならば理解出来るタイミングではあった。 しかし、弾正の表情が明らかにおかしいと黯羽は、釣られるように弾正の視線の先へと目を移す。 細身の青年。凛々しい顔立ちで、品のよさそうな異国風の衣服を身にまとう。 黯羽は最初、そこに脅威を感じなかったが、何かがおかしい、そんな警報が脳裏に鳴り響くのも自覚していた。 青年は一歩、進む。 そのほんの僅かな動きで、刃兼、黯羽、ルプス、狐火四人共が、彼の者の危険さを認識する。 狐火、全速で後退。ルプスは狐火の後退を妨げる敵を先に射抜き道を作る。 刃兼、まだコレが視界に入っていないだろう、迎撃組への連絡に走る。 そして黯羽。 「試すよ! いいね!」 弾正にそう宣言しつつ、自らのありったけの術を行使する。 現れた肉塊は、青年に喰らいつきにかかるが、青年は無造作にその肉塊を手で払う。と、払い落とした肉塊が白く変化していき、そのまま粉々に砕け散った。 黯羽、弾正、共に、青年の手が特に危険だと察する。 そのまま黯羽は後退。迫る青年への足止めには弾正が残った。 撤退の狼煙を見た総一郎、勝一、ネプ、ジャンの四人も、刃兼の説明を受けとにもかくにも船より垂らされた縄に掴まりこれを昇る。 その最中に、皆が青年を目にする。 後に、白夜と名づけられたアヤカシの姿を。 |