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■オープニング本文 ジルベリアの山岳地帯に、極めて危険な地域があった。 通称、毒の谷。 付近の火山が活性化しているせいか、この谷一帯には、常に有毒なガスが噴出し続けているのだ。 また谷の構造上、風通しは極めて悪く、溜まったガスが散りにくいのだ。 この谷底は、山を知る者は誰であろうと近寄らぬ場所であったが、何時しかそこに、アヤカシが住み付いたのだ。 例えアヤカシであろうと、火山の毒はその身を害するものであったのだが、この地に住み付いたアヤカシは毒をものともせず、悠々とこの地に根を下ろす。 薄紫色の気味の悪い肌、頭部は随所に瘤があり、人型でありながら醜悪極まりない容貌を晒す。 このアヤカシの名を、ポイズンジャイアントと言った。 その名の通り、毒のブレスを吐く巨人アヤカシで、ただの一体ですら手強いというのに、これが何と八体もいるのだ。 この八体、同種である為仲が良いとでもいうのか、常に一緒に行動し、毒の谷を出て来ては周辺に被害を及ぼす。 襲撃は極めて気まぐれであり、かつ攻撃対象も広範囲に及ぶ為、これを待ち構える事も出来ず。 さりとて彼等の住処である毒の谷へ襲撃なぞ持っての他。 志体持ちであろうと程なくして行動不能になり、後はポイズンジャイアントにおいしくいただかれるだけであろう。 これを解決するに、一人の技術者が立ち上がった。 彼の名はオブライエン。アーマー研究の権威である彼は、アーマー内部に膜を張り、気密性を高める技術を開発したのだ。 この技術を用いれば、アーマーさえあれば毒の谷にでも乗り込めると豪語する彼であったが、問題は中の空気の関係で活動時間が著しく短くなる事。 また、毒の谷は険しい山の奥深くにあり、そもそものアーマーの活動限界時間まで運用してもその地に辿り着けない。 これでは話にならないのだが、この条件に、ジルベリアの開拓者ギルドはポイズンジャイアント打倒の可能性を見出す。 ギルド係員は天儀の開拓者ギルドと話をつけ、かの地にあるという飛空船を一隻借り受ける事に成功する。 船の名はジャマダハル。 最大積載可能龍は十三頭、砲台を十二門装備した巨大飛空船である。 これならば多数のアーマーを当該空域まで運搬する事も可能であろうし、途中他アヤカシの妨害があったとて突破も可能だ。 この船の船長ランタインは、ジルベリアに呼び出され条件を確認すると、険しい表情のまま一つ頷く。 「なるほど。これではジャマダハルでもなくば突破は不可能だな」 毒の谷側にアーマーを下ろす為には、気流が乱れに乱れている山裾を突破せねばならないのだ。 かなり大型の船でもバランスを取るのが精一杯で、アーマーの積み下ろしをする余裕なんてありはしない。 その点ジャマダハルはその圧倒的な重量で安定感を維持し、そして誰に聞いても頭がおかしいと言われる意味がわからん程の超出力にて乱気流の中でも問題なく航行可能だ。 「一つの山の中で、片や毒が滞留し、片や吹きすさぶ風が行く手を阻む、か。自然の悪意には随分と慣れたつもりだが、やはりその都度思い知らされるな」 オブライエンはラインタインと綿密に話し合い、結論つけた事をまとめる。 アーマーが実際に戦闘に費やせるだろう時間は、限界まで踏ん張って百秒(10ターン)だ。 毒の谷自体はそれほどややこしい地形ではなく、上空から見てわかる程に見通しの良い場所となっており、索敵は時間はかからないだろう。 しかし、ジャマダハルがこの毒の谷に近づきすぎる事は絶対に出来ない為、どうしても移動に時間が取られてしまう。 その往復分の時間と、艦への搭載時間をさっぴいた分が、先の百秒という時間なのだ。 もちろんこの移動搭載分も練力は消費される為、戦闘分とは別におよそ百秒(10ターン)分は練力を用意しておかなければならない。 この時間制限は主にアーマー内に膜を作った事による空気の問題である。 ただ、毒の谷で行動不能に陥った場合、それは即ち死とほぼ同義である事から、練力の管理にも充分な注意が必要であろう。 オブライエンはアーマー内の膜に関して絶対の自信を持っているが、アーマー自体があまりに損傷を受けすぎると(HPが残り二割を切る)膜損傷の可能性が発生する。 如何な毒の谷とて、志体持ちが一瞬で即死する程の毒ではないが、もし膜に損傷が発生したなら即座に撤退せよとランタインは念を押す。 ギルド係員はランタインに問う。もう二機、アーマーを搭載出来るかと。 ランタインは渋い顔をしていたが、この二機はもしもの時、開拓者を回収する任務を負う、その為だけの戦力だとギルド係員が説明すると、ランタインは少し驚いた顔をした後大きく頷く。 「よかろう、引き受けた。ジルベリアも俺が居た頃とは随分と変わったようだな。二機ものアーマーを回収要員としてのみ運用するなぞ、軍では絶対に許してはくれまい」 「ここはジルベリア軍ではなくジルベリア開拓者ギルドです。お間違え無きよう」 ランタインはにやりと笑い、係員の肩を叩くのだった。 「おいオブライエン。その膜というのはどういうものなんだ?」 「見るのが一番早いからそうしろ」 オブライエンはランタインを一機のアーマーの中へ押し込む。 この中で、ランタインがオブライエンに説明された通りに手の平大の半透明の玉を投げると、パイロットが搭乗する内部が、破裂した玉から広がった粘膜のようなものに覆われる。 この不自然極まる現象は、まず間違いなく魔術が関係していよう。確かオブライエンは魔術師であったな、とランタインは機体の操縦を始める。 少しねばつくが、この状態でも操作に不自由はなく、ランタインは納得して機体を降りる。 「どうだ。見事なものだろう」 自分で言うな、と思ったが確かにこれは大したものであると思ったランタインは黙っていてやる事にして、他の質問を投げる。 「ああ、これなら問題ない。だが、このねばねばは簡単に取れるのか?」 「馬鹿を言え、簡単に取れては意味がないだろう」 ああ、つまり、終わった後の掃除がすこぶる大変なんだな、と理解したランタインであった。 |
■参加者一覧
サーシャ(ia9980)
16歳・女・騎
ハッド(ib0295)
17歳・男・騎
クルーヴ・オークウッド(ib0860)
15歳・男・騎
ネプ・ヴィンダールヴ(ib4918)
15歳・男・騎
ヴァルトルーデ・レント(ib9488)
18歳・女・騎
スチール(ic0202)
16歳・女・騎
九条・奔(ic0264)
10歳・女・シ
ルプス=スレイア(ic1246)
14歳・女・砲 |
■リプレイ本文 起動の足並みを揃え、ジャマダハルを発進した開拓者達は、一直線に作戦地域へと突入する。 アヤカシ達は、八機のアーマーを見て、当初驚きに目を見張るのみであった。 さもありなん。これまで毒の谷へ侵入してきた者なぞ人はおろか、アヤカシですら居なかったのだから。 谷の中に散らばって居たアヤカシ達へ、開拓者のアーマーが手近な所から順に一機づつ当たる。 一息に集中攻撃を仕掛けないのは、敵の連携を防ぐ意図があっての事だ。 九条・奔(ic0264)は、二番目の敵へと自らの機体を向けた。 騎乗アーマー「KV・R−01 SH」は、正規採用トライアルで黒い噂が流れたとか、乱暴に扱っても壊れない素敵仕様になってるだとか、運動性能が高くタフな造りの為格闘戦に長けているとか、そういう気分にさせてくれる気はするが、無論そんな事はない。 件の膜は確かに操縦性に難は無いものの、これで毒を本当に防げるのかという不安はある。 更に視界を制限する事はないかと奔は心配したものだが、今の所はそれほど問題にはなっていない。 奔がアーマーを斜め方向に走らせているのは、敵アヤカシが手にした銃のようなものを、よりにもよって連射して来ているからだ。 とにかく移動する事で銃の命中を下げ、好機を待つ。 敵は有効打を得るべく、銃から肩に背負った筒よりの爆弾攻撃に切り替えようとする。 この瞬間、奔はアーマーをアヤカシの元へと走らせる。 回避度外視の急加速にて、一直線に格闘間合いへと飛び込みきった。 同時に、腹部を下から突き上げるような拳、というか爪。 相手が人間ならば、表皮を削り取り中にまで食い込んだ確信が持てる手ごたえであったが、削り取ったアヤカシの傷口はただ単に削れているのみで中から何かが零れる様子もない。 それでも腹を脇より前部にかけて薙いだ事で、アヤカシは後ろへとバランスを崩す。 ついでと一押し。アヤカシはアーマーと同等の巨体を揺るがし大地へ倒れる。 その脇を通り抜けざま、掬い上げるような形で拳を、立ち上がりかけるアヤカシの頭部へ。 爪は顎を捉えこれを深く斬り裂くも、転倒したアヤカシの肩についた筒が奔へと向けられる。 あれと思った時には、全身を凄まじい衝撃が包む。 揺れる視界、吹き上がる爆煙、この距離でこんな爆発起こせば、当然アヤカシも被害を被っているだろうに。 奔は必死に機体を立て直す。と、煙の中からアヤカシの足先のみが、にょきっと伸びて見えた。 咄嗟に、その足の位置と向きと形から、アヤカシが拳を振り下ろさんとしていると察し、機体を傾けながら爪の無い方の拳を伸ばす。 重苦しい激突音はいずれのものか。 煙が晴れる。 アヤカシは先ほど削られた顎を再度強打され、大地に倒れ伏していた。 アーマーの最も強力な武器といえば、やはりその圧倒的な質量であろう。 スチール(ic0202)はジャイアントの名を冠するアヤカシに負けぬ巨体を持つアーマーパーシヴァルの大きさを利し、真っ向よりの押し合いを挑む。 これはスチールに鎧を頼りとする癖があるのもそうだが、このポイズンジャイアントは、逆にこれまでの戦闘において自身と同じ大きさの敵と戦った経験は少ないと思ったのだ。 実際、装甲の厚さに任せ銃弾を弾きつつ突進すると、思った以上に簡単にアヤカシの体勢を崩す事が出来た。 アヤカシは距離を開ければ自分が有利とでも思ったか、崩れた姿勢のまま後退していくが、スチールがこれを見逃してやる謂れ等ない。 もう一発、盛大にぶちかましてやると、アヤカシは後退しながら銃を撃って来る。 「引け腰の弾なぞ恐るるに足らん!」 三度突貫。 アーマー操作に慣れていないが故に、逆に細かな操作を行わずに済むようこうした戦い方を選ぶ。 今度こそ転倒しかけたアヤカシは、しかし首のみをスチールに向けると、紫色の見るからに毒々しい煙を吐き出して来た。 両腕で前面をカバーしながら、スチールは煙から逃れるように動く。 そして、思わず自分の口元に手を持っていきかけて、特に健康被害がある気配も無いのに気付き、安堵の吐息を漏らす。 「あ」 そして、その間に完全に体勢を立て直したアヤカシは、肩から筒状の爆弾を撃ちはなってきたわけだ。 命中の瞬間、全身が宙を舞ったかのような浮遊感があった。 生身ならいざ知らず、鉄の塊であるアーマーに乗っていながらにしてそんなハメになってしまったという事が恐ろしい。 だが、とスチールは両足を操作し転倒を堪える。 鉄の塊アーマーに乗っていたからこそ、体と頭がふらつく程度で済んだのだ。 スチールは改めて自分の置かれている状況を整理する。 敵は射撃攻撃が主、移動速度自体はパーシヴァルが上、毒のブレスは通用せず、敵銃撃は集中打でもなくば装甲を貫けず、こちらの攻撃により敵アヤカシの形状が若干変化している。 これならまだ勝算はある。 スチールは再び、彼我の装甲を削りあう戦いへ身を投じる。 装甲を頼りとする戦い方は、ともすれば単純安易に見えがちであるが、装甲が何処まで頼りと出来るのかの見極めが出来ぬ者に、この戦い方は選べないのである。 ヴァルトルーデ・レント(ib9488)のアーマーヴァイナーは、『処刑人』の名を冠した大きな金属製の斧をその手にしている。 操者のありようを考えるに、これ以上に相応しい兵装はあるまいて。 斧はそもそも重量を利した武器であり、剣とはまるで違うし、ましてや鎌なんてピーキー極まる武器とは比べようもない。 それでもヴァルトルーデ操るヴァイナーは、振り回されすぎる事もなく斧を取り扱う。 ヴァイナーが走るその直下より、異臭漂う煙が吹き上がる。 谷底を漂う毒の根源であるこれらに、恐れる気もなく飛び込み、逆に煙幕とするのだから大した度胸である。 ヴァルトルーデのすぐ側で、金属が跳ねる音が断続的に響く。 この一つ一つが、致死の弾丸であると認識しているのなら、そこに恐怖があるのは当然の事だ。 しかしヴァルトルーデは眉一つ動かさぬまま。 大層可愛げの無い事であるが、当人そんな所に価値を見出していないのだから仕方の無い話。 ヴァイナーが毒煙を突き抜けると、もう、敵とヴァルトルーデを遮る距離という壁も消えてなくなっていた。 近距離すぎて使えない肩の筒を、赤く染まった肩ごと削り取る。こうした時、斧という武器は非常に使いやすい。 何せ斬る必要すらなく、狙う部位に当ててやればそれだけで使用不能にしてやれるのだから。 すぐにアヤカシは近接攻撃へと切り替えてくる。 完全に、勝機を得たとヴァルトルーデは、ヴァイナーの出力を振り切る勢いでぶん回す。 関節が悲鳴を上げるのは、整備を怠った訳ではなくそれでも及ばぬ程に酷使しているという事だ。 擦れる金属音を黙殺しながら、斧を振り下ろす。 アヤカシの右膝をかすめるように一撃。機体の腕に負担がかかるのを承知で、斧を振り上げ更に膝を深く斬り裂く。 敵は下がらない。 ヴァルトルーデは敵のそんな動きがどうであるのか評価はしない。ただ淡々と対処するのみ。 至近距離で銃弾をばらまくアヤカシに、周囲を回るようにしながら足回りを砕きにかかるヴァルトルーデ。 どちらも少しづつだがお互いに損傷を重ねていくが、損傷箇所を絞って先を見据えたヴァルトルーデの方が当然優位である。 ぐらりとアヤカシが崩れるのを見て、ヴァイナーが真横に滑りこみながら斧を薙ぐ。 うつ伏せに倒れるアヤカシに、その首後ろを足で踏みつけヴァルトルーデは同時に斧を振り上げる。 アヤカシ、もがくも既に斧はすぐ首の上に。猶予は一撃分であったが、ヴァルトルーデが斬首をミスるはずもないのであった。 サーシャ(ia9980)は、女性としてはありえぬ程の体躯を誇る。 乙女心をさておけば、これは戦う者として極めて有効な武器となろう。 しかし、この長身をアーマーの中に収めるとなれば相応の労苦を要する。 工房からは特注せねばならぬ部品が多すぎると嫌な顔をされるし、更に言うなれば、巨躯だけでなく女性らしすぎる体型にも問題がある。 胸とかバストとかちちだとかその辺の物体が、操縦機器を操作するに邪魔にならぬよう内装にも気を配らなければならないのだ。 とてもアーマー操者として適切とは思えぬサーシャであったが、愛機アリストクラートを操る様に不安定さは欠片も見られない。 アーマーアリストクラートは、盾を前面にかざしたまま一直線に加速する。 盾に響く弾着の衝撃も、アリストクラートの足を止める程ではない。 一定の間合いまで距離を詰めると、敵アヤカシは踏み込んでの鉄拳へと切り替えて来た。 これをサーシャもまた剣で弾く。 敵は、この距離で留まって戦うつもりのようで銃を投げ捨て両腕を振るい続ける。 右拳、盾で弾く。 左拳、剣で流す。 右足回し蹴り、盾を押し込むようにして逆に体勢を崩してやる。 こちらからは手を出さず、防戦に徹しながらも相手を崩す手があるのならこれを見逃さずきっちり崩してやる。 盾とはそういった目的の元作られているのだから。 アヤカシの口から漏れるは憤怒の叫び。 後少し、そう踏んでいたサーシャの予想を裏切って、アヤカシは早々に限界を迎える。 怒りの声も高らかに、アヤカシは背後に大きく拳を振りかぶったのだ。 一瞬虚をつかれたサーシャであったが、咄嗟に体は動いてくれた。 アヤカシが振りかぶるのにあわせて、何と、鉄の塊であるアーマーが飛び上がったのだ。 サーシャ自身が巨躯であるだけに、その大きな体を如何に利するべきかを良く心得ていた。 飛び上がったアリストクラートは、機体の各部関節を固定し、全重量が剣へ乗るよう操作する。 この強烈無比な一撃を、カウンター気味に敵へと叩き込むのだ。 伸び上がるように拳を突き出しかけていたアヤカシの眉間に剣が振り下ろされると、まるでバターを裂くような気安さで剣はアヤカシの頭部を縦に割る。 剣は更にアヤカシの首を切り、胴体深くまでめり込んだ所でようやくその侵攻を止める。 サーシャが剣を抜きながら後退すると、支えを失ったアヤカシは瘴気を撒き散らしながら倒れるのであった。 「我輩はバアル・ハッドゥ・イル・バルカ3世。王である!」 などとハッド(ib0295)が主張した所で、アヤカシがそれに何らかの感慨を抱く事もなく。 まずは一当て。 敵アヤカシの銃撃を走り避ける。 驚きの連発っぷりであったが、半分程外しており、更にこちらも鉄のアーマーであるのだから、さほど致命的なものでもない。 ハッドは、概ね理解した、と身中を流れるオーラに、戦闘態勢への移行を命ずる。 まず、ハッドの全身からアーマーてつくず弐号へオーラの脈動が伝わる。 次に、機体各所にこのオーラが作用しだす。 ここで機体に変化が。 腰回りの関節部から、勢い良く蒸気が吐き出されたのだ。 またこれに合わせて一際大きな機械音が。 これが鳴る度、腰のみならず腕や足、首、いやさ遂には全身の関節部から黄金の輝きが漏れ出して来る。 ここで気合の声が一つ。それだけで、機体の異常音も異常作動を収まってくれる。 ただ一つ、機体の全体が金色に輝いて見える。 「ふむ、王自ら遊んでくれよう」 この偉そう気配漂う台詞にキレたわけでもなかろうが、アヤカシは銃を両手で保持しながら突っ込んで来る。 まず肩の爆発筒を用いると、ハッドはこれをアーマーとは思えぬ身のこなしで避ける。 金色の輝くアーマーてつくず弐号は、主の声に応え前進制圧を開始する。 銃弾を弾き飛ばし、拳をあしらい、急所に拘らず剣を叩き込む。 御託はいらぬ。力で勝り、速さで勝り、装甲でまた勝る。 黄金の光に魅せられるかのごとく、アヤカシは無謀な打撃を打ち込みにかかり、その全てを悠々と弾かれる。 すると今度はハッドの番だ。 ある時は攻撃を掻い潜っての一撃、ある時は闇雲に振るったように見える乱雑な一撃、またある時は稲妻のように素早い一撃。 ただの一打も無駄にせぬ、苛烈で容赦なき攻勢は、アヤカシが完全にその動きを止めるまで続けられるのであった。 豪快な戦い方がある一方、ルプス=スレイア(ic1246)は極力練力には頼らず、その上で如何に敵攻勢を凌ぐかに注力していた。 特に注意すべきは爆発する筒。 未整備の谷底ではあれど、あまり起伏の無い土地で、遮蔽と出来るものも少ない。 それでも噴出す毒やらにて視界を遮る事は出来るし、遮蔽も全く無いというわけでもないので、これらを移動しながら敵の攻撃をいなし続けるのだ。 時間制限のある中で、このような事をしていていいものか。 もちろん一人ならば大問題であるが、生憎とこれは複数同士の戦闘だ。 こんな戦い方にも意味はある。 とはいえ、と呟きかけた所で視界が煙に包まれる。 耳は爆音のせいで馬鹿になってしまっており、一体何が起こったのかと一瞬状況を見失いかける。 それでもほんの僅かの間で自分を取り戻したルプスは、爆発する筒が至近で破裂したのだと察する。 煙に全身が包まれている間に、ルプスは移動を開始する。 これで使えそうな遮蔽のストックも尽きた。 後は度胸と根性の気合避けのみ。 いや、ここでルプスは回避に加え攻撃を行うようになってきた。 ようやくの攻勢か、しかし、ルプスにそのつもりはない。 長柄の武器にて仕掛けるは、敵アヤカシの攻撃を阻害するのがその目的だ。 銃も爆発筒も、その先を逸らせれば命中打はなくなる。 そう出来る槍の間合いは、アヤカシがならば格闘へと切り替えるのにも迷う間合い。 前に後ろにと距離を動かしにかかるアヤカシの動きに、ルプスは全身系を集中させている。 重心の位置を見ればおのずと次の行動も読めるものだが、この僅かな挙動を戦闘の緊張の最中に見張り続けるのは、傍で見る以上に消耗するものなのだ。 「!?」 一瞬、疲労からかアヤカシの挙動への判断が遅れた。 それが今まで見た事のない動きであったなど言い訳にもならない。ルプスは必死に機体を走らせるが、アヤカシの方が僅かに速い。 しかし、アヤカシがして来た攻撃は、大きく息を吸い込んでのブレス攻撃。 半身をこれに浸すハメになるが、当然影響はない。 襲い来るは安堵と弛緩。 ルプスはこれらを意思の力でねじ伏せにかかる。 戦闘はまだまだ続く。ならば、この二つの影響を受ける事は疲労を溜めるより余程恐ろしい事であろう。 後どれほど必要なのか。 ルプスは周囲の戦況を確認すると、そこに居た一機のアーマーの挙動を見て、少々リアクションに困ってしまう。 「助太刀するぞルプスよ!」 彼、ハッドは、その頭上でものっそい勢いで鉄球をぶん回していた。 そして、とりゃーとばかりに鉄球を飛ばす。その風を切る音に気付いたアヤカシがそちらを向く。 「あ」 とルプスが思わず漏らしたのは、振り向いたアヤカシの顔面に、鉄球がそりゃもう痛そうこの上ない形でめり込んでしまったせいだ。 ルプスは、これ幸いとアヤカシの首に槍を刺し入れる。それで、アヤカシは完全に息の根が止まったのであった。 敵の観察を何処で切り上げるかは、そのほとんどで斥候任せな事が多い。 クルーヴ・オークウッド(ib0860)は、序盤防戦しながら敵を観察していたが、この切り替えのタイミングは今だと動きを変える。 銃は連射可能の長銃だが、当初考えていたよりは攻撃力は無い。 移動速度もクルーヴの方が上。 肩の爆発筒は威力未定のままだが、発射の起こりはわかりやすいので、回避は何とか可能だろう。 銃の長い間合いは強いが、クルーヴがアーマーモラルタに持たせている戦闘斧の高い威力は、間合いの不利を補って余りあるとクルーヴは考える。 クルーヴは踏み込んでの攻撃を加え始める。 もちろん攻撃偏重なんて真似はせず、きっちり防御を考えた上でだ。 この谷底で行動不能に陥った場合、更なる人員を危険に晒す事になる。 そんな真似をさせぬためにも、クルーヴは丁寧に戦闘を続ける。 同時に、周辺の戦況に意識を配ると、皆問題なくそれぞれの相手を受け持っているようだ。 ただ、巨人型アヤカシである以上、どうしても倒しきるのにある程度の時間がかかる。 出来ればこちらの連携にて速めに数を減らしにかかりたかったのですが、と若干未練を残しつつも、敵側の連携だけは防げたようなので、それならばと自らの敵に集中し斧を振るう。 地味に、丁寧に、慎重に、攻撃をじわりと与えていく。 不確実な時は堅守し、絶対有利が取れる時のみ前へと踏み出す。 そんな堅い戦い方の最中、クルーヴはモラルタの片足を地面を滑らせるように前へずらす。 と、モラルタの足裏から物凄い勢いで毒の煙が噴出して来るではないか。 一瞬で敵の視界から隠れたモラルタは、同時に斧を背後を通して大きく一回転。 当然、こんな真似が即座に出来るという事は、毒が噴出すのは計算しての事であろう。渓谷内の俯瞰図を確認しつつ、実際の戦場をチェックしていたクルーヴの準備勝ちだ。 後は、そうぐるりと回ったこの斧が、今、そうして見せたようにアヤカシの首を吹っ飛ばして、戦闘終了なのである。 条件が色々と厳しい、言うなればタイムアタック。 これは、ネプ・ヴィンダールヴ(ib4918)とその愛機ヴァナルガンドには極めて、向いた仕事である。 ネプの機体はそもそも火力重視でセッティングされており、一定時間内により高い損害を与えるという任務を得意とするのだ。 だから、即座の決着を望み、厳しい練力からオーラダッシュ分をやりくりし、一息にアヤカシへと接近する。 しかし敵もさるもの、凄まじい加速で飛び込んで来たヴァナルガンドに、命中率がより低いはずの筒爆弾を打ち込み命中させたのだ。 いきなりカウンターをもらってしまったネプ。 装甲の薄い火力型は、これが怖いのだ。 ラッキーヒット一発で戦況ががらりと変わってしまうのだから。 しかし、ネプは足を止めぬまま爆煙を突っ切りアヤカシへと迫り、手にした大斧を全力で叩き付ける。 アヤカシの全身が大きく揺れ、抉れた胴前面から瘴気が噴出す。 そう、ネプは知っているのだ。 ラッキーヒットは怖いが、磨き上げた珠玉の一撃は、ただの一発で、崩れた戦況を再び建て直す力があるのだと。 それから三撃分、どちらも一歩も引かぬ、背筋が寒くなるような壮絶な打ち合いが行われる。 結論から言うと、これはネプの勝利に終わる。しかし、ここで敵は思いもかけぬ手に出てきた。 「へ?」 ネプに背を向けると、一目散に逃げ出したのだ。 いや、厳密に言うと、射撃を活かせる距離を取りにかかったという事か。 それはさせじと追うネプ。逃げるアヤカシ。 焦れる鬼ごっこは、何時までも続くかと思われたが、不意に、そう、ネプの注意力が僅かに緩んだ隙をついて、アヤカシは突如足を止め振り返ったのだ。 ハメられた、とネプが理解すると同時に、敵アヤカシは肩から筒爆弾を打ち込んできた。 そこから先は、意識ではなく本能。 機体をよじらせながら前方へと倒れこむ。 「はぅ! ヴァナの力、思い知るといいのですー!」 そして、倒れきる前に手にした大斧を機体の腕力のみで振り上げる。 響く断末魔の叫び声。 これだけは何度聞いても慣れない、と思うネプは、撤収の準備に取り掛かりつつ、機体内のねばねば、取るの苦労しそうだなぁと自らの尻尾を見下ろすのであった。 |