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■オープニング本文 朧谷の里。 陰殻のシノビ里の一つであり、さほど目立つ里でもなかったのだが、ある時宿敵により里の乗っ取りを仕掛けられる。 この事件は二つの里の問題で収まらず、アヤカシや開拓者まで巻き込んだ大騒ぎとなり、最後は、陰殻中が注目する中行われた『賭仕合』にて勝利し、里を守り抜いたのだ。 一般的には朧谷は被害者側として見られているが、いずれ、予想もせぬ注目を集めてしまったのも事実。 そのせいでいらぬ問題を抱える事にもなった朧谷の里の老人達の、この一件への憎しみは相当なものだ。 更に、最近では別の問題が起こり始めている。 同じく『賭仕合』に望んだ、乗っ取りを仕掛けた側である宿敵犬神の里が、あの事件前後から急激に勢力を伸ばして来ているのだ。 犬神側にも、無駄に目立ってしまったせいで発生した問題の数々が起きているはず、いやさ、より以上に当たりは厳しいはずなのだが、犬神の成長は留まる事を知らない。 これに危機感を抱いたのが、朧谷の若手シノビ達である。 犬神は開拓者ギルドと強く結びついており、また陰殻や他国の各種事業に幅広く進出をしている。 このままでは差は開く一方であり、朧谷もこうした活動を行うべし、というのが若手の主張である。 老人達は、犬神の成長なぞ一過性のものであり、その目立ちすぎる経済活動は程なく破綻しようと高をくくっている為、若手の危機感を理解しようともしないのだった。 現在、朧谷の若手を実質的に取りまとめている梶川清次は、そんな対立の最中に、一通の手紙を受け取った。 送り主は、かつて『賭仕合』で犬神の代表を打ち破り朧谷の里を救った英雄、錐であった。 その常識外れの技量も相まって、朧谷の若手シノビの中では、最早崇拝するように錐を慕う者が居る。 そんな人気も、また素晴らしき手柄に対して与えられた年に似合わぬ中忍という地位も、老人達から疎まれる理由となる。 何かにつけ冷や飯を回され、今もまた無駄な国境警備の任に就かされている。 錐以外全員傭兵というその仕事は、そも傭兵に任せるのなら任せきってしまえばいい所を、何やら屁理屈をこね錐を里から遠くへ放り出しているのだ。 そんな事も極めて大きな不満となっていたのだが、錐からの手紙に何やら不穏な気配を感じるに至って、清次は完全に頭に血が上ってしまう。 「何だこれは!? こんな意味のわからない戦場に何故錐さんが送りこまれねばならん! そもそも国境警備の任はとうに交代の時期が過ぎていよう! 一体どういうつもりだ!」 とはいえ、激昂したからと直談判に乗り込むような真似はしない。清次はシノビであるのだから。 シノビはシノビらしく怒る。 身内を相手に、敵にそうするかの如き徹底した調査を。 幾つかの情報を照らし合わせると、清次は事態をおぼろげにだが把握出来てきた。 朧谷の里からは中忍大河内秀麻呂が、そして朧谷とは友好相手である葦花の里の小宮山悦治が、この件を取り仕切っている。 現在錐と共にある傭兵は、全てが小宮山の手配した者であり、これを派遣する事で本来国境警備に当てるはずであった朧谷の人員を、大河内が別の仕事に用いているのだ。 もちろん結果得られる利益は朧谷全体のものとなるが、大河内の取り分は当然あるし、恐らくは、細部を誤魔化しピン跳ねしている部分もあろう。 こうした事自体はさして珍しい事でもない。ただ、もちろんこんな真似を本来同格であるはずの中忍錐には出来ず、錐のみは城に置いたままにしておく必要があるのだろう。 当然浮かぶ疑問がある。 里から直接人員を回す方が、傭兵を雇うより絶対的に安価なはずなのだ。 別の仕事をさせたとて、傭兵を代わりに雇う程の金額になぞなるはずがない。 しかも錐からの手紙では、新型の大砲やら潤沢な補給物資が送られている模様。まるで意味がわからない。 また、小宮山悦治なる人物は、調べによれば強欲な男で、この一連の流れで利益を得ていないなどという事は絶対にありえない。 中途半端に錐に都合が良い話であり、薄気味悪いにも程があろう。 しかしこれ以上の調査は厳しい。 いっそ小宮山を拉致してしまうか、とも考えた清次だが、最終手段はまだ早いともう一手、別の手を考える。 調査の最中に出てきた小宮山が抱える私兵集団『博徒組』の存在である。 博徒組と小宮山では表立っての繋がりはないが、博徒組の資金はそのほとんどを小宮山が出しており、もちろん、強欲な小宮山が金を出す以上、何がしか小宮山の為に働いているのだろう。 彼等は直接的な暴力のみならず、各種の諜報活動も行っており、恐らく、今回の錐の一件のような大きな話には彼等も何処かで絡んでいるはず。 そして、 「表立ってこれとの繋がりを主張出来ない以上、不慮の事故で全てを失ったとて、何処にも損害請求は出来ないよなぁ、小宮山悦治よ」 清次は次に、博徒組のこれまで行って来た活動を徹底的に洗い直す。 無論表立って繋がりを主張出来ないような、そんな仕事をしているだろうと当たりをつけての事。 清次は自身のみならず、錐を信奉する他の若手シノビも巻き込んで調査を進め、博徒組の犯罪履歴と幾つかの決定的な証拠を手に入れる。 とはいえ、治安組織にこれを提出したとて、小宮山という後ろ盾が居る以上、しかるべき処罰が下される可能性は低い。 これらを手にし、清次は開拓者ギルドを訪れる。 「悪徳商人の手先を、どうか退治して欲しいのだが……」 本当に恐ろしいシノビは、激昂したからとすぐに怒りを顕にしたりはしない。 静かに、淡々と、染み入るように、事を進めていくのだ。 ギルド係員の栄は『博徒組』の行って来た諸行の数々を見て、思わず表情を歪めてしまう。 依頼人清次から受け取った資料は、確かに依頼を受けるに足るものであった。 とはいえ、依頼人からの情報のみを頼りに仕事を請けていたらギルドはエライ事になってしまう。 更に今回は、何時も事前調査を頼んでいる犬神の里は頼れない。依頼人はこの犬神の宿敵である朧谷の里の人間なのだ。 一通り調べ終えた後、栄は再び依頼人を呼び出し、問うた。 「博徒組の背後には貴方の里の上司と大きな取引をしている者が居ます。今回の件、成功したならばその方に損害を与える事になりかねませんが、よろしいので?」 清次は即答する。 「構わない」 「博徒組は、依頼さえあれば確かにギルドが動くに足る相手です。ですが、貴方はそれ以外を望んでいるように見受けられます。なので依頼に同行したいという希望ですが、この条件だけは受ける訳には参りません」 「…………」 「理由をお聞かせ願えれば、対応出来る事もあるかもしれませんが。もちろん、ギルドの守秘義務は万全であると約束させていただきます」 この後清次が折れるのに、実に一刻近い時間が必要であった。 |
■参加者一覧
川那辺 由愛(ia0068)
24歳・女・陰
野乃原・那美(ia5377)
15歳・女・シ
ヴィクトリア(ia9070)
42歳・女・サ
狐火(ib0233)
22歳・男・シ
サナトス=トート(ib8734)
24歳・男・騎
島野 夏帆(ic0468)
17歳・女・シ
エドガー・バーリルンド(ic0471)
43歳・男・砲
イルファーン・ラナウト(ic0742)
32歳・男・砲 |
■リプレイ本文 殴り込みだ、の叫び声が木霊する中、ヴィクトリア(ia9070)は、有象無象を斧でなぎ払いつつ、敵の動きに注視する。 と、エドガー・バーリルンド(ic0471)が声をかけてくる。 「敵の大将は恐らく、縁側の上だろう。あそこが今一番戦場全てを見通せる」 見取り図を調べておいたエドガーは敵の動きからそう判断したのだ。 「了解、お任せさね」 伝令役の子分に指示を下していた男の下へ、ヴィクトリアは一直線に突っ込む。 舌打ちしながら木津は伝令の子分の襟首を引っ張りこれを盾とする。 ヴィクトリアは振り上げた斧を、盾となった驚き怯える男を無視した間合いで振るう。 斧の柄の部分に肩を打たれる男と、刃の部分を受ける木津。 初手を取った事で、まず攻勢に出る事が出来た。 しかしヴィクトリアはここで全てを決しようとはせず、攻撃を繰り返しながら敵の打つ手、動きの癖を見極めにかかる。 木津もまたヴィクトリアを見ており、ある一点から反撃に移る。 もちろん熟練は要するが、斧の幅広の刃は受けに回ると案外使いやすいもので、柄のついた小盾といった形で、自らの前方で回転させながら次々攻撃を弾く。 攻勢限界点は、攻守の切り替え時。 木津がこれを迎えるなり、ヴィクトリアは斧を真後ろを回り一回転させながら横薙ぎに叩き込む。 弾かれる。重量からヴィクトリアの体が流れるが、これは受けた木津も一緒だ。 力づくで立ち直り、再び斧を打ち付ける。弾かれる斧、そして木津の刀。 三度激突。またも両者体が流れるが、そう仕向けたヴィクトリアの建て直しが僅かに早い。 逆袈裟に切り上げると、木津の胸部が斜めに切り裂かれる。苦痛に鈍っている所に、袈裟に振り下ろし斜め十文字に斬り裂いた。 「見てわかったさ。あんた、斧との対戦経験ないねさ」 島野 夏帆(ic0468)は対峙している大木戸甚平がにやにや笑いを浮かべるのを見て、嫌悪感を隠す事が出来ない。 「ほー、春香の術と来たか。お前、俺のもてなし方わかってんじゃん」 夏帆は手先より伸びる錘を回しながら、大木戸を睨む。 まずは、投擲武器としてではなく、手の間合いの延長としての用い方で錘を振り回しながら仕掛ける。 何時でも投擲へ切り替えられるよう隙を伺うも、大木戸の動きからこれを見出す事が出来ない。 どうやらこの男、好意や執着で動きが鈍るような事が無いようだ。 好意を持ち執着する相手でも、武を用いるに躊躇無い、という事でもあろう。 「おにーさん、女の敵ってやつでしょ!! 私が懲らしめてあげるわ!!」 「そんな行儀の悪いお前さんを、俺が躾けてやるよ」 頭上で流星錘を大きく回す夏帆。 この変則武器を理解しているらしく、大木戸は回転する分銅が一番嫌な位置に達した瞬間動いた。 とはいえ、対応出来ぬでもない。回転を急激に直線運動に切り替え、先端の分銅を飛ばす。 顔横皮一枚でかわす大木戸。すぐに夏帆は分銅をつなぐ縄に逆手を当てる。 まっすぐ伸びる分銅が、その位置より弧を描く。 ぐるりとまわった分銅は、大木戸の逆側の頭部へと迫る。風切り音で気付いた大木戸、くぐるように頭を下げる。 これを、夏帆の膝が真下より掬い上げる。 同時に、両腕を揃え巻き上げるように錘を操る。 これで回転半径が一気に小さくなった分銅は速度を上げ、大木戸の頭頂に一撃。 跳ね返る勢いで逆回転させつつ両腕に巻きついた縄をほどき、距離を取りつつ分銅の回転を維持する。 夏帆の脇腹に、微かな鈍痛が。これは接近したあの一瞬に、大木戸が突きを放っていたせいだ。 「危ないなぁ!! ……もー怒った!! 今度はこっちの番だかんね!!!」 自分が不利である事を自覚していた大木戸は、不安を押し殺すように漏らす。 「……良く言うぜ畜生」 エドガーはヴィクトリアの突入を援護した後は、専らチンピラを撃ち減らしにかかる。 遅れて道場から飛び出して来た者達を、入り口から出て来ざまに撃ち抜く。 勢い余った哀れな標的は、前方へと滑りながら崩れ落ちる。それを見た後続が、大慌てで道場の中へと戻るも、そんな彼もまた頭部を撃ち抜かれ倒れ臥す。 先行して飛び出していた者達が、エドガーの狙撃を見てこれを防ぎに動く。 遮蔽を伝い、銃弾の軌道がねじ曲がり男を射抜く。 分厚い盾をかざしながら、盾のど真ん中に大穴を空け盾ごと。 そして一時姿を消す。 しかる後、チンピラがねぐらとしている道場の屋根の上を確保する。既に皆飛び出した後なので、逆に盲点となってくれたようで。 屋根の影を利して隠れ、筒先のみが見える形で銃を構え、発砲。 スナイパーが戦果を上げられるか否かは、配置の段階でその九割までが決まる。 屋敷の見取り図を予め確保していたのはこの為であるのだ。 一人、また一人と仕留めていく動きに澱みは無い。 それは戦況がほぼ確定するまで、続けられるのだった。 「さあ、君の立派な騎士道とやらを見せてよ」 サナトス=トート(ib8734)の大剣を、同じく騎士である新井の大剣が迎え撃つ。 まるで野盗の如き荒々しい剣撃に対し、サナトスは後退しながら防戦に徹する。 「弱ぇえええええええ! 弱すぎんぞてめぇええええええ! ちったあ反撃してみろやぎゃはははははは!」 新井の嘲りの言葉に、サナトスは本当に嬉しそうな笑みを見せる。 それを侮られたと思った新井はより激しく剣を振るう。 優位に進んでいるとみた雑兵達も集まって来て、そこで、銃声が響いた。 エドガーは難敵であり新井を狙わず、一番弱い所から、確実に数を減らしにかかる。 エドガーの位置が悪すぎて、反撃も出来ぬままばたばたと倒れるチンピラ達。 彼等が浮き足立つ最中、サナトスは大剣の構えを変化させる。 「待たせて悪かったよ。……君のものに敬意を評して僕の本当も見せてあげよう」 頭上で大剣をぐるりと回し、まっすぐ縦に振り下ろすサナトス。 大剣を盾に防ぐ新井。サナトスは騎士剣術に則った形で、丁寧に素早く攻勢を維持する。 新井の粗雑な剣の隙を丁寧に突き続け、彼得意のガン攻めを防いでいるのだ。 新井が苛立っているのが見るからにわかる。 サナトスは一打で全てを決するような強い斬撃を用いない。 手足を薄く削り取るように、じわりじわりと出血を強いるような剣を飛ばす。 急所への一撃を許さぬ為には、敢えて見過ごさねばならないようなそんな剣撃を繰り返すのだ。 新井がサナトスに急所を斬る気がそもそもないと気付く頃には、その全身から朱の雫を滴らせるハメになっていた。 負け惜しみのように新井はサナトスを嘲る。 「これがてめぇの騎士道とやらか?」 「僕の騎士道? そんなものあるわけないじゃない。傭兵は駒だろ? 夢や誇りを持つ方がどうかしてるんだよ。僕はただ……紅い華を咲かせられたらそれでいいんだから」 「気狂いがっ!」 そうだよ、と言葉ではなく、サナトスは剣によって彼に教えてやる。 本当の気狂いっぷりはこれからであると。 イルファーン・ラナウト(ic0742)の銃弾を、敵シノビの細田は足を止めない事でかわす。 速い。快楽殺人者なんていう人格破綻を押し通すだけあって、かなりヤる男だ。 その足を川那辺 由愛(ia0068)の蟲術が封じる。 それでも尚、イルファーンより動く。二の腕をかすめるように切り裂いた細田は、そのままイルファーンの後方へと駆け抜けていく。 イルファーンは筒先を回転させ肩越しに背後へと向け、口笛を鳴らしながらそちらを見もせず引き金を引く。 命中せず。問題ない、放ったのは閃光を放つ弾丸でむしろ目を背けねばならぬものであるのだから。 背後のくぐもった悲鳴は細田がこれをもらったせいであろう。 そこに由愛の更なる術が襲い掛かる。 それが如何なる術かはわからないが、細田はあらぬ場所を狙い剣を振るっている。 野乃原・那美(ia5377)はこの細田に向かい剣を握り走る。 と、彼女の脇より駆け寄る金原の二刀が那美を襲う。 刃が触れた瞬間、那美の全身が膨らみ無数の木の葉が金原を襲う。 舌打ちしながらこれを振り払う金原、ようやく視界が確保できた、そう安堵した矢先、イルファーンの放った閃光弾が眼前で破裂する。 続き、金原にも由愛の術が施され、下準備は完了。 イルファーンは銃に弾を込めながら、すたすたと金原の前へと歩いていく。 前後も見えぬ有様でありながら、金原は気配を察することで敵に対しようと試みるも、由愛の術によって五感を狂わされており、自らの眼前で銃を構えるイルファーンに反応出来ず。 額に一発。 盛大に吹っ飛ぶ金原に、イルファーンは的当てでも続けるかのように気安く次弾装填を行う。 起き上がり周囲を警戒する金原。その顔面にもう一発。 流石に音で位置がバレたか、斬りかかってくる金原。しかし視界も朧な上由愛の術の餌食になっている金原の剣なぞ恐るるに足らず。 袈裟の一撃、かわしざまに胴を撃つ。 逆手の横薙ぎ、後退しながら足を撃つ。 二刀同時の突きと薙ぎ、半身になりつつかがみこんでかわし、胸板を一発。 「待てっ! 待ってくれ……」 流石の金原も戦況の著しい不利を感じ取り、声をかけてくる。 イルファーンはその弱弱しい口調から何を言いたいのかをそれとなく察しつつ答えた。 「こういう商売してたら、襲撃されんのも覚悟のうちだろ」 銃声は続く。 「よせ、やめろ、待ってくれ頼む……」 快楽殺人者なんて肩書きは、死を前にして矜持を約束してくれる類のものではないようであった。 由愛は幻術と蟲術双方を二人に対して切らさず用い続ける。 今回はひたすら援護に徹するつもりである為だ。 これでかなり勝率は上がっているとは思うのだが、友人の立ち回りを見ていると一言言わずにはおれない。 「那美〜、調子に乗り過ぎると自分が斬られるからね。気を付けなさいよ?」 はーい、なんて返事欠片も信用できないが、由愛の手に収まる範囲ならば大目に見るつもりだ。 その那美と細田である。 両者共に、方向転換時に蹴り出した大地が抉れる程の速度で走り続ける。 特に幻も閃光も抱えたままで走る細田のクソ度胸は相当なものだろう。何せ走る先に何があるのか確証がもてぬままなのだから。 勘のみを頼りに剣を飛ばし、これがまた見事に那美を捉える。 那美の刀も、もうどうやってもかわしようがないはずのだが、細田は何かにとりつかれたかのようにかわし、いなす。 そんな薄気味悪い状況にありながら、歓喜の表情をまるで崩さぬ那美も那美だが。 どうしても捉えられない。 なら、逃げられないようにしてやればいい。 「おっしゃ! すまっしゅひーっと!」 深く深くを貫いた感触に細田は喝采を上げるが、同時に返ってきた言葉にその表情が固まる。 「あは、やられたら3倍返しがお約束だよね〜♪ 僕は親切だからそれ以上にして返してあげるのだ♪」 那美は両手にそれぞれ持った刀を凄まじい勢いで、細田の全身に突き立てる。何度も何度も。 「うはははははははははは! 何だよそれ馬鹿じゃねお前! 俺もやるし! 俺も刺すし! 俺も斬るってよ!」 自らの体を貫く冷たい感触に神経を回さず、細田もまた那美に突き立てる刀の感触に酔いしれる。 何が楽しいかといえば、こんな馬鹿な真似をしでかす奴が相手であるという事実だ。 防ぐもかわすも一切考えず、競うように互いの体に刀を突き立てあうなんて真似、自分一人で出来るはずもなかろうて。 それでも、状況の有利不利は厳然と存在する。 「ぐりっと差し込むのだー♪ うーん、この肉を切り裂く感じ♪ これがたまらないねー♪ あなたもそう思わないかな? かな?」 反撃はない。 「……だな。ああ、すっげー楽しかったー。小牧の奴とは、多分こーいうの出来ねーと思ってたから、さ……」 そのまま力なく崩れ落ちる細田。 彼の顔を、那美は惜しむように見下ろす。 すぐに後ろ襟を引っ張られる。 「ほら〜。気を付けなさいって言ったじゃないの」 由愛はそのまま那美を寝転がすと、符を胸の上に添え術を唱える。 うじょろうじょろといった感じで、どう贔屓目に見ても謎の毒物に侵食されてるびしょーじょってな風情で、陰陽の治癒術が那美の傷口を覆い始める。 うひゃっと小さい悲鳴は、くすぐったいせいらしく、那美は愉快そうに目を細める。 見た目には薄い本が厚くなる勢いが(略 「相変わらず由愛さんの治療は治療に見えない気持ち悪さなのだー」 「はいはい、治療終えてからじゃないとお酒は駄目だからね。大人しくしてなさいよ」 やっぱりはーい、と素直そうな返事であったが、多分今ここに斬り甲斐ありそーなのが出てきたらコイツまた突っ込むだろーなーと思う由愛であった。 必ず居る。そう確信しながら目を凝らすと、戦況把握を旨としつつ、戦況悪化に伴い即座に行動を開始する男が居る事に気付けた。 狐火(ib0233)は飯塚が戦闘を離脱し、屋内にて重要書類を集め終わるまで静かに待つ。 処分が必要なのだろうそれらを全て揃えた所で、狐火は音も無く、いやさ時をすら欺き、飯塚へと迫っていった。 飯塚は一流のシノビであった。 しかしどれだけ優れたシノビであろうと、任務に完全など期せぬのだ。 何故なら、より優れたシノビと相対すれば、只敗れるのみなのだから。 屋内に侵入したエドガーは、同じくこちらに来ていた由愛に、壁を指差して見せる。 そこには狐火より最後の一人を拉致した旨書かれており、これで依頼は完了となった訳だ。 伝言が書かれた板をはがし処分しながらエドガーは、さっさと引き上げにかかる由愛に問う。 「後日談には興味無しか?」 「欲しいのは恨みと今日の酒代だけよ」 狐火の動きにキナ臭さを感じ取ったエドガーは笑う。 「良い話じゃねえか。恨み辛みに思惑絡んで更に争ってくれりゃ、俺の仕事も増える。ククッ、精々稼がせて貰うとするかねぇ」 まったくね、と微笑を残し、由愛は立ち去って行った。 依頼人梶川清次は、気の利き過ぎる狐火に警戒の視線を向けながらも、受け取った資料に目を通し、思わず声を上げてしまう。 そこには、小宮山の更に背後に居る、彼に資金提供を行い指示を下した人間の事が書かれていた。 名を藪紫。犬神の里にて『錬金術士』の異名を取る経済活動に長けた女シノビであった。 本来、この情報は飯塚がほぼ確実に処分していたはずなのだが、狐火の配慮は易々と小宮山の備えを打ち破ったのである。 狐火は驚き続ける清次を他所に、一人思考にふける。 『何とも妙な縁がありますね。意図は……朧谷への恨みで動くような人とも思えません……滅ぼすつもりならば根こそぎでしょうし』 捕えた飯塚に自白を強要し資料の裏づけを取ると、清次はこれを犬神による侵略行為と受け取った。 再び、犬神と朧谷の間に暗雲が立ち込める。 |