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■オープニング本文 その女の美麗な容姿は人を惹きつけて已まぬが、だからと油断をしていれば喉笛を食い破られよう。 彼女はこれで志体を持つシノビであるのだから。 シノビであればまず何処の里の出かが問題になる所だが、彼女、漆原頼子に限ってそれはない。 頼子は何処の里にも属さぬフリーのシノビであり、彼女が抱える殺し屋を用いて殺しの斡旋を行っているのだ。 彼女が抱えるは四人の弟達。 長男漆原源三、類稀な膂力と巨躯を誇るサムライ。体が人並みはずれて大きい事と人相が醜悪にすぎる事から「アヤカシ紛い」と呼ばれて周囲全ての人に疎まれ続けてきた。 次男漆原実松 極めて柔らかい体を持つ、痩身の泰拳士。ひょろりとした体躯に加え、まともな人間にはありえぬ方向に曲がる関節を有するため、薄気味悪いと忌避されてきた。 三男漆原豊 頼子に負けぬ程の美人に見えるが、れっきとした男である。踊りを披露し金を稼ぐジプシーという職も相まって、男色家の餌食に何度もなりかけ人間不信に。 四男漆原鉄山 武僧であるが顔と言わず体と言わず、そこら中に負った傷のせいで、大抵の人間は鉄山から目をそらしてしまう。 いずれも、社会の枠に入りきれぬ者達ばかり。 であるからこそ、彼等の結束は固く強い。 「源三兄ぃ! それは俺の鮎だぞ!」 「う、うるせぇぞ豊。おでは体がデカイからおめぇより食うんだ」 「豊、俺の分をやるからそう喚くな」 「何言ってんだ! 実松兄ぃはむしろもっと食えよ! 鉄! お前からも何か言ってやれ!」 「……食事ぐらい静かに取れ兄貴達」 ブチんと源三と豊がキレる。 「お、おめぇは一番下のくせして、いっつも偉そうなんだよ鉄山」 「てめぇ鉄! 兄貴に向かって静かにしろとはどういう事だ!」 実松は、取っ組み合いが始まった三人を見てやれやれと肩をすくめる。 「いい加減にしろ、姉者にまた怒られても知らんぞ」 その一言でぴたりと騒ぎは止まる。 彼等にとって姉とは余程恐ろしい相手であるようで、三人とも渋々であるが矛を収める。 鉄山は実松に問う。 「……その姉者は、また他所で旨い物でも食っているんだろうな。どうして俺達は同じ兄弟なのに、姉者ばっかり得をするんだ?」 「姉者は俺達と違って美しいのだから仕方あるまい」 「じゃあ何で俺達ばかり醜いのだ? 俺達は皆同じ親から生まれたのだろう」 源三が重々しく口を開く。 「く、くだらねえ事言ってんじゃねえ。豊だって見た目は綺麗じゃねえか。いいか、良く聞けよ。おで達は全員、間違って生まれちまったんだ。だからこうして人目を避けて生きるしかねえ。そんなおで達を姉者がっ見捨てねえでいてくれるからおで達はこうして飯にも不自由せず暮らせるんだ」 鉄山はまだ納得のいかない顔をしていたが、だからとこの不満を姉にぶつける度胸もないので、適度に愚痴った事でもありここで引き下がる事にした。 頼子はお気に入りの男妾と閨を共にしながら睦言をくる。 「お前は美しいね。私の弟達とは雲泥の差さ」 「そんな、頼子様と比べれば私など」 「ほほほ、謙遜するでない。ああ、どうして私の弟達はああも醜いのだろう。源三、実松は言うに及ばず、鉄山はあの事故以来二目と見れぬ有様のままだし、豊だって、どうしてああも気色の悪い顔をしているのだろうねぇ。あんな顔した男が何処に居るというんだい」 男妾は不用意な発言を控え、曖昧に頷くのみ。 彼も仕事とはいえ頼子のような美しい女性と共にある事は不快ではなく、彼女の贔屓になれた我が身の幸運を喜んでいたのだから、愚かな発言で機嫌を損ねるつもりもない。 とはいえ、と頼子は続ける。 「あの子達のおかげでこうして遊んでいられるのも事実。世の中には殺して金をもらえる奴がまだまだ山といるからねぇ、ボロい商売だよまったく」 頼子が受けた次の依頼は、少々手強そうな相手に思えた。 標的が強いという意味ではなく、標的がこちらが狙っている事に気付いている節があるからだ。 ふむ、と少し考え、頼子は久しぶりに弟達と共に殺しの仕事に加わる事にした。 最近弟達が不満を抱え始めている事に、頼子は気付いていた。 そこで、頼子の高い技量を思い出させる意味でも、また共に戦う運命共同体だとの信頼を得る意味でも、一緒に仕事をしておくのは悪くない手だと。 「偶には私にもやらせなよ。幾ら役割分担とはいえ、弟にばかり危ない目に遭わせるようじゃ姉失格だからね」 源三と鉄山は率直に喜びを表に出してくる。実松は、実は兄弟の中で一番賢いこの男を、頼子は一番信頼していた。 今回も頼子の意図に気付いていながら、皆が結束するに良い手だとこれを了承している節が見てとれ、ならば実松は頼子の目の届かない所で残る三人に配慮してくれるだろう。 最後に、豊だ。 一番喚くが、一番傷つきやすいのが豊だ。 豊は逆に好意に対して警戒心を持たずにはおれぬ者。身内はその限りではないのだが、あまりに好意を向けすぎるのは豊の精神によろしくない。 「というわけだから、今回は豊は休みにするかい? どうせアンタじゃロクに仕事も出来ないだろうしねぇ」 「あんだと! 幾ら姉者でもその言葉は許せねえ! 見てろよ! 俺がどれほどのもんか姉者にも見せつけてやらあ!」 とまあ、憎まれ口を叩いて煽るぐらいが豊にはちょうどよいのである。 「うん、つまりは漆原の兄弟五人、全部殺してやろうって話なんだ」 見た目十歳前後にしか見えぬ少年は、そう言って屈託無く笑う。 ギルド係員がその理由を問うと、少年を狙って殺し屋が動いたとの話を少年の世話役の人より聞いたとの事。 少年がどちゃっと係員の前に差し出した金は、確かにギルドに依頼するに相応しい金額、即ち子供にどうこう出来るはずのない金だ。 係員が金の出自を問うと、少年はやはり笑って答えた。 「えへへ、僕ね、これでも殺し屋なんだ。お兄さんもお金くれれば誰でも斬ってあげるよ。もちろん証拠なんて残さないさ、僕は志体もある凄腕だからねっ!」 だが、流石に志体を持つ者五人相手は無理なので、こうして依頼に来たと。 係員は即断する。 「わかったよ。で、君はどうする? とりあえずギルドで寝泊りしていれば安全と隠密性は保証出来るけど」 「わ、いいの?」 「もちろんだよ、奥に部屋があるからとりあえずそこで寛いでいるといい」 少年の相手を別の者に任せ、彼は少年の身元調査を行う。 少年の名はカゼ。とあるヤクザ組織が抱えるれっきとした殺し屋だ。 年齢に似合わぬ高い知能を持ち、志体を持つ志士としての戦闘能力も高い。 係員は、嘆息を禁じえない。 「……ヒドイ話ですよ、ホント」 カゼ少年が殺しの仕事に向かうフリをし、山中のあばら家に潜もうとする。 ここを襲撃するのが一番の好機であり、きっと敵もそうするであろうが、何とびっくり、そのあばら家には予め開拓者が控えていたのだ。 といったストーリーである。 |
■参加者一覧
南風原 薫(ia0258)
17歳・男・泰
叢雲・暁(ia5363)
16歳・女・シ
野乃原・那美(ia5377)
15歳・女・シ
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔
笹倉 靖(ib6125)
23歳・男・巫
エドガー・バーリルンド(ic0471)
43歳・男・砲
イルファーン・ラナウト(ic0742)
32歳・男・砲
張 李威(ic0903)
40歳・男・騎 |
■リプレイ本文 屋内へ雪崩れ込んで来た賊に対し、南風原 薫(ia0258)は座敷に花札を並べ、その前にあぐらをかいて座り待ち構える。 顎をかきながら一枚一枚札をめくる。 「殺し屋、ねぇ。俺達もまぁ、相手こそならず者だのアヤカシだがぁ金で雇われて、似た様なもんだし、なぁ」 くいっと首を上げて賊に問う。 「開拓者やる気はねぇのかい。あんたら以上に規格外なヤツも多いぜ?」 馬鹿かコイツは、そんな気配が賊より漂う。無駄口は叩かないあたりそれなりにプロっぽくはあるが。 「あーあー、やっぱ駄目かい。ま、俺は正義の味方じゃねぇし、敵さんは殺し屋だし。……後味も含めての報酬、だしなぁ」 薫が肩をすくめるのと、天井より賊へ煮えたぎった湯の入った土鍋が降って来るのが同時に起こる。 響く銃声。賊達は進退に迷うも、彼等のボスである頼子が何処からともなく現れた女に蹴り飛ばされ、別の部屋に叩き込まれたせいで各人の判断に任される事となる。 ちなみに薫はというと、この騒ぎの間によっこらしょと腰を上げる。 そして一番反応が遅かった、源三の前に立つ。 片手に刀、逆の手には焙烙玉を握る。距離を誤れば自分も危ない焙烙玉を、手の平の上でくるりと回す。 これに源三の視線が寄った事で、薫の右肩の上から伸びた筒先に、源三は反応が遅れてしまう。 轟音のせいで片耳がまるっきり聞こえなくなる薫だったが、自らの体を遮蔽に、天井から熱湯を降らせた男、イルファーン・ラナウト(ic0742)の射撃を手助けしたのだ。 彼の持つ黒光りする長銃を眺めて薫は一言。 「しかしまぁ、ごつい銃だねぇ。頼もしい限りだ」 イルファーンは薫の先の説得のようなものを聞いて、彼の真意を探るべくじろっとそちらを睨む。 飄々としたその表情からは何も察する事は出来ず。 「気が乗らねえんなら、俺だけでやるぜ」 「やるよ。仕事は忘れてない」 そうかい、とそれ以上の追求はせず、突っ込んで来た源三をかわすべく、薫とは逆側に跳躍する。 源三のまるで屋内向けでない大太刀は、天井の梁を切り裂き、畳を両断する。 障害なぞ物ともしない斬撃であるが、前衛に立つ薫はそれらで落ちた剣速により、余裕を持って攻撃を回避しうる。 更に、イルファーンは源三の巨体ならではの弱点を狙う。 屋内、近距離、巨体とはいえこまめに動く標的、長い銃身を遮る障害物の数々、そんなマイナス案件山盛りのなか、イルファーンは目元に銃眼を当て、銃をぴたりと固定する。 膝に一発。 この時の源三の反応が鈍かった事から、次は足首を撃つ。 源三の表情に変化なし。しかしながらイルファーンの嗅覚は、源三から僅かに漏れる二発目をこそ厭う気配を嗅ぎ取った。 そこから逆に類推する。恐らくは、鎧の厚みに差があるのだろう。 案の定源三は突如身を翻してイルファーンへ飛び掛って来たが、先ほど天井から落とした土鍋を銃先で拾い上げながら源三へと放り投げる。 舌打ちしながら源三はこれを斬り弾くが、その隙に薫が間に割って入る。 間髪入れず足首へ再びの銃撃。今度は微かにすら気配を漏らさなかったが、その不自然すぎる無反応さが、イルファーンに確信を与える。 彼の獣のような嗅覚を、逃れる事なぞ出来ないのである。 重松はその瞬間は確かに、撤退に一部の疑念も抱いていなかった。 しかし、自分の前に姿を現した張 李威(ic0903)からは致命的な殺意のような気配がまるで感じられない。 「お相手願おうか、殺し屋くん。1対1だが退屈はさせないつもりだ」 重松が探る意味で放った初撃を防いだ技は剣士のもの。それも異国の剣であろう。 手甲をつける重松は、親切心では決して無い理由で李威に告げる。 「拳士を相手に、盾は荷物にしかならんぞ」 「剣も盾も、騎士の誇りだ」 「ならば、下らん誇りと共に死ぬがいい」 李威が翳した盾に、重松の拳が叩き込まれる。痩身の彼がそうしたというのに、その衝撃は盾を貫き李威を射抜く。 倒せる。そう踏んだ重松は撤退ではなく撃退を選んだのだ。 事実、重松の攻勢に李威は防戦一方となる。 重松の変幻自在の拳に対応しきれないのもそうだが、そも、地力に差があるのだ。 李威が何とか堪えていられるのは、職特性による所が大きい。 だがそれも、重松が必殺の一打を見舞うまでの話。 盾の下の足の甲を上から踏みつけ、崩れた李威の盾を真横から殴り弾く。 弾かれた盾に腕が引かれると、急所の正中線が顕に、これを射抜かれればさしもの李威も堪える事は出来まい。 残るは逆手の剣のみだが、これは間合いが近すぎて有効利用が難しい。なので、李威は躊躇なく剣を手離した。 「何っ!?」 更に盾も今は役立たず。これも同時に手離し、李威は空いた両手で重松の肩と腕を掴み抑える。 エドガー・バーリルンド(ic0471)は、銃眼に目をあてながら喝采を上げる。 「流石は旦那、良い仕事だ」 開戦時よりひたすらに、物陰から重松の動きを観察し続けていたエドガー。 既に動く重松を射抜く自信もあったが、まるで動けぬというのなら、更に急所を確実射出来ようて。 貫通にだけは気を付けつつ、エドガーは引き金を引く。 小気味良い発射音。即座に手の平を火薬蓋の上にかざし、練力を送る。 再び銃眼に目を通すと、敵はまだ銃撃を受けた驚きから回復していない模様。 「あとは遠慮なく風穴開けさせて貰うとするかい」 そう、重松は衝撃より立ち直れぬままであった。 咄嗟に李威を責めるような表情で見る。 そしてその、嘲るでもなく、勝ち誇るでもなく、哀れむでもない淡々とした無表情を見て、重松は自らの失策を悟る。 剣の技量のみで敵戦力を判断すべきではなかったのだ。へばりつくような戦場の泥土を思わせる、濁った瞳に重松は恐怖した。 一度は振り切ったが、そこからはもうエドガーの銃撃を避ける術が重松にはなく、逃げる事すら李威に阻まれ力尽きる。 倒れ臥した重松に、李威はやはり淡々とした口調で告げる。 「君に嘘をついてしまった事は詫びよう……敵とは言え、相手を騙すというのは胸が痛いな」 「陰間茶屋指名NO1とかないわーwwwwwwwwwww殺し屋(夜伽)てどうよwwwwwwwww」 戦闘中にプギャるとか人としてどうかと思われる。 ここまで非道な真似が出来る者は、今回集まった面々では叢雲・暁(ia5363)以外おるまい。 いや非道なのもタチの悪いのも結構居るか。しかしプギャる様がここまでハマるのは暁ぐらいであろうて。 仕事の最中だろうと何だろうと、短気な豊君でなくとも、こんな事言われりゃそら怒る。 「まず死んでから口開けクソ女あああああ!」 「女てw君wもw女wじゃんwプークスクスクスwwwww」 発狂でもしたよーな顔の豊の連撃が暁を襲うが、深く刃を交えず下がりながらかわす。 突如、暁の全身がその場でびくんと震える。 ごめん遅れた、の声の後に続いた歌が、開いた襖の向こうから聞こえて来ており、これを耳にした暁は、その場で足先が複数あるかのように見える程の高速ステップを見せる。 「ん〜、待ってました。ではこれより処分開始だデク一号」 豊の剣が二筋。一本の剣を目にも留まらぬ速度で右袈裟、左袈裟に振り下ろすのだ。 「なっ!?」 それは如何な技か。 暁はただ前へと歩を進めるのみで、この二太刀をすりぬけた。 高速で二度潜り、再び元の位置に戻ったのだが、この速さが尋常ではないせいだ。 刀の振るえぬ間合いの内で、暁は右手に握った手裏剣を豊の首にあてがう。しかし首回りの鎧はそれだけではどうにもしようがない。 暁の右足が大地を蹴りだすと、右半身が大きく伸び上がる。 ほぼ同時に、手の平にあった手裏剣が回転しながら光を帯び、ハタで見てわかる程に巨大化していく。 この巨大化していく手裏剣を、足が大地を蹴り出す力を用いて豊に強く押し付ける。 回転は速度を増し、金属を削る音が僅かに聞こえた後、抵抗が一挙に失われ血飛沫が飛び跳ねた。 野乃原・那美(ia5377)の蹴りにより頼子はその部屋から叩き出されてしまう。 そこで現状把握をすら放棄し、叩き込まれた部屋から更に外へと、まず逃走を選ぶ頼子。 彼女の転がり出た先で、笹倉 靖(ib6125)は腕を組みこれを見下ろしている。 「とりあえず、こいつが頭っぽいし」 手にした扇子を払い開く。 「全力で倒してしまっても構わんのだろう?」 頼子は立ち上がって刀を構える。その後ろから、人影が飛び出した来た。 「……野乃原が」 頼子は振り返りざま掲げた刀で、那美のそれを防ぐ。 しかし那美は二刀。すぐ逆手の刀が頼子を襲うが、見事な体術でこれをかわす。 そも、この攻撃で仕留めるつもりもなかったのか、那美は笑みを崩さぬまま。いや、彼女は何時でもこうである。 「あなたの斬り心地、教えて貰うよ♪ 女の人ってまともに斬ったことないからどんな感触か楽しみなのだ♪」 頼子はちょっとアレ入ってる那美の台詞にもまるで動じず、逆手に刀を握ると凄まじい速度で走り出す。 那美もまた頼子の足に合わせるように走り出す。というかどちらも速すぎて、走って移動しているように見えない。 黒い人間大の影が縦横に飛び回りながら、時折金属光を閃かせる。 コレにどう混ざったものだか少し思い悩んだ靖は、神楽舞にての支援に徹するかと手にした扇子を眼前にまで運び、一度閉じ、そして開く事で舞の開演を自らに対し告げる。 舞の所作にある程度のしきたりはあるが、精霊に対する心のありようを問われるのが巫女の舞である以上、舞は各人それぞれの特色を帯びる事が多い。 靖のそれは、極めて規則性に欠ける舞であった。 重く後ろに引くかと思えば、軽快に歩を刻みフレーズを流す。 今にも破綻しそうな乱れに乱れた転調の連続は、しかし、驚く程あっさりと最後の回転三つで綺麗にまとめ上げられてしまう。 全ての転調に意味を持たせる珠玉の展開は、しかし靖にとっては何時もの事なのか至極あっさりと流され次の舞へとうつっていく。 この援護を受けた那美は、ナチュラルボーンキラーめいた言動とは裏腹に、支援を受けて動く事に慣れているようで、上がった身体能力にも戸惑う事なく順応する。 那美の剣が頼子の頬を浅く薙ぐ。 頼子の剣が那美の足を薄く削る。 いずれも致命打は与えられない。薄く赤い糸を引くように、身体各所から血が滴る。 頼子は那美の決して崩れぬ笑みの意味を、理解しようと剣を振る。 那美の双刀の動き、挙動の癖、それらを吟味し、そして苦々しい顔で理解した。 「狂人がっ!」 逃走の邪魔にならぬよう、足を狙ってこれを突き刺す頼子。しかし、刺された足を引っ掛けるようにして刀が抜けるのを防ぐ那美。 「つーかまーえたっ♪」 頼子のくぐもった悲鳴が響く。 二本の刀に突き刺されながら、しかし頼子は刀から手を離し必死に逃走する。 「よそ見はいけないんだぞ♪ 一気に刀を抉りこんじゃうのだ〜♪」 片足のみで跳躍し、頼子の死角へと滑り込んだ那美は、その後存分に頼子の斬り具合を堪能するのであった。 「ねえねえカゼ君。私後衛だから、戦闘始まったら前衛よろしくね」 リィムナ・ピサレット(ib5201)のそんな言葉に、同世代の開拓者が珍しかったのか、少し驚いた顔のカゼであったが、彼はとても嬉しそうに頷いて見せた。 「うんっ! 任せてよっ!」 戦闘域が思った以上に広範囲に渡ってしまった事で、リィムナにしても靖にしても、範囲術を一度に多数に行き渡らせる事が出来ないでいた。 そのせいで攻勢に出るのが遅れてしまうが、カゼは良く自分の役割を心得ていたようで、とにかく時間を稼ぐ事に尽力する。 おかげで、エドガーの応援が間に合ってくれた。 初弾は、壁をぶち抜いての一撃。近接戦闘中の味方が居る所でやる事ではないが、撃つ前にゴツイナイフを壁に投げ刺し、この刃を鏡に部屋の中を壁越しに伺っていたのだ。 こういった応用力は、常により良い動きをと手段に拘らず考え続けて初めてつくものだ。 一撃目で居る事が知れた以上、不意打ちが意味が無い。姿を現したエドガーは、わかっていながらカゼへと声をかける。 「依頼人の坊主は生きてるかい?」 「坊主じゃないよ! カゼだよ!」 「はいはい」 カゼは、口は生意気だがやる事は一流の域であるようで、前衛にありながらエドガーの射撃を、遮らぬようまた誘うように立ち回る。 すぐにエドガーも切り替える。同等の戦力として駆使しうる相手であると。 この辺りの判断の早さと決断の潔さは、李威の冷酷ともとれる峻厳たるあり方に似ている。 そして、彼等のそれとは真逆のあり方、リィムナが他の支援を終えこの場に戻って来る。 来るなり、必死必殺の歌を歌い始める。 いきなりクライマックスはともかく、まるで容赦の無い所だけは、少しだけ似ているかもしれない。 「鏖殺の交響曲……ジェノサイドシンフォニー!」 「例えば、だ。先の兄弟全員殺さずに、カゼの手下にすることで狙おうとする人間を無くすって考えはカゼにはないかね……」 座敷に座って靖がそんな事を言うが、カゼは首をかしげたまま。 「ただ、敵を全て返り討ちにする奴はそれしか手段が無い奴。敵を仲間に出来る奴は、度量も実力もあるやつって見られる、ってお前にわかるかなぁ」 「敵を仲間になんてどうやってやるのさ」 それはな、と口を開きかけた所でリィムナが口元に人差し指を当てる。 隣の部屋から声が聞こえて来た。 それはカゼを利用して意地汚く利益を上げようとする大人達の会合であり、今回の殺し屋騒ぎもまたその一環であったのだ。 この場に居合わせる事が出来たのは、お節介な奴等が後始末にまで付き合ったためだ。 流石に怒ったカゼは刀に手をかけるが、リィムナが優しくカゼの手に自らのそれを添える。 「自分の意思、選択で人を斬ったら、それはもう殺し屋じゃないよ」 「じゃあ許すの?」 「許すも許さないもないよ。君はただ、彼等を通り過ぎるだけ。そろそろ、次に行こうよ」 「次?」 「自分で相手を決めて、剣を振る道だよ」 靖はリィムナの言葉を聞き、内心のみで呟く。 『カゼに守るはまだ早い、か。直感なんだろうが、それと悟れるのは大したもんだね』 いずれ、ここで殺し屋を続けるのは、話を聞いてしまった以上カゼには難しい事であった。 リィムナが開拓者になるよう勧めると、カゼは不安そうに問う。 「……でも、ボクこんな風に調べて会合を盗み聞くとか出来ないし」 リィムナは満面の笑顔で言った。 「何言ってんの。カゼ君は今回、あたしやエドガーの前衛として立派に働けてたじゃん」 役割分担だ、と教えてやると、カゼは一人で悩み始めるが、その折々で笑みを見せる。 リィムナと靖は顔を見合わせながら笑いを堪える。 カゼは心の中で『やれそう』と思う度、笑っているという事なのだから。 |