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■オープニング本文 「そこのクソ女をつまみだせ! いや! 構いやしねえブッタ斬っちまえ!」 完全にキレた部隊長の叫びに、同じく不快極まると部下達も刀を抜き放つ。 歌を遮られた由良は、悲しそうな顔のまま、護衛である幸久の後ろに隠れる。 幸久はこんな修羅場も慣れているのか、平然とした態度で部隊長に問う。 「由良がここで歌うよう依頼してきたのは名張の里だ。お前達の意向は当然、考慮されない。文句は里に言え」 「ふざけんな! 慰労の歌だって聞いて入れてやりゃ何だこの歌ぁ! てめぇら俺達戦士をコケにしてやがんのか!」 部隊長の言葉も尤もである。 最前線でアヤカシを支える明日をも知れぬ命の者達の前で、命の素晴らしさ、大切さを歌い、優しき世界に生きるよう諭すような歌ばかりを披露していれば誰だって怒る。 そんな事わかった上でやっているのだから幸久に動揺はない。 「お前達がどう受け取るかは俺達の関知する所ではない。が、もし侮辱されたと受け取るのなら、その報いは名張の里にでも受けさせるがいい。何度も言うが俺達もそうしろと命じられて来ただけだからな」 「何が名張だ! そもそもウチの上の上は北條系列だ! 名張なんぞ知った事か!」 「我々が受け取った命令書は見ただろう。こちらも雇われだが、である以上命令には背けん。お前達もまた背けぬと思ったからこそ俺達を入れたのだろう」 部隊長は返す言葉もなく、射殺すつもりで幸久を睨みつける。 「……てめぇら、ここは前線だ。流れ矢には充分注意するんだな」 「忠告感謝する。だが、例え流れたものだろうとこの地で矢を人間が受ければ、全ての責任はお前に負わせる他無い。アヤカシは矢なぞ使わんからな」 脅しに脅しで返し幸久は由良を連れてこの場を立ち去る。 毎回の事だが、歌った後の由良はもう見ていて可愛そうになるぐらいヘコんでしまう。 例えその場にそぐわぬ歌であろうと、由良は精一杯歌っており、さんざ文句を言われた歌詞にした所で、それらは由良が心の内に溜め込んだ想いの発露であり、必死になってでもたくさんの人に伝えたいと思っている言葉なのだから。 幸久はもう何度目になるか、由良を静かに慰め、今日の歌の出来を評価してやり、そしてともかく休めと寝床を作ってやる。 砦を放り出される形になったので当然野宿だが、そこには二人共抵抗は無い。雨とか雪とか降ってなければ。 涙の跡もそのままに寝入ってしまった由良を見下ろす幸久。 「……情が移る、か」 この、慰労する側もされる側もどちらにも利点の無さそうな話には当然裏がある。 色々とややこしい修飾語に彩られた話を幸久は聞かされたが、つまる所、ご近所同士の足の引っ張り合いである。 慰労の名で送り込まれれば他里も警戒は薄く、また警戒したとて表立った場所で勧められた時、どうしても断りにくくなるのだ。 依頼人は名張の里だが、当然里の総意ではないし、責任者も里の有力者ではあれど里長はこの件に絡んではいない。 幸久も最初にこの話を聞いた時は、その効果に疑問があったものだが、由良の歌はかけた予算以上の成果を挙げてくれる。 純粋に数字だけの話をしても、由良の慰労を受けた隊では脱走者が平均して一割は増える。 表に現れぬ効果はもっと大きいだろう。 実際、今はもう贔屓目がかなり入ってしまっているが、そうでなかった頃に幸久が聞いた時も、由良の歌の出来の良さは疑う余地がなかった。 これらは由良の預かり知らぬ事だ。由良は幸久に言われるがままに選曲し、頼まれた慰労の仕事をこなしているのみ。 そして、こうして戦地を経験すればするほど、由良の歌の『反戦』とでもいうべき思想は強まっていく。 幸久の立場からすれば実に良い循環であるが、今はもう幸久は由良に入れ込みすぎてしまっている。 由良の寝顔を、幸久は再度見下ろす。 手は、出していない。 それでも、この何処までも愚かでどん臭くて鈍くて、誰よりも優しいこの娘を、幸久はとても大切に思うのだ。 由良の能力は依頼主からかなり認められて来ている。 慰労の後どのような効果が出たかの調査結果を幸久はもらう事が出来るのだが、回数を増す毎にこの効果が上がっているのが見てとれる。 一度なぞ、慰労後一週間で部隊の三分の一が脱走したなんて事にもなっていた。 余りに不名誉すぎるのと、たかが歌ごときでという上役の判断のせいで、彼等から由良に追求がくる事は無かったが。 この策を推した幸久の依頼主はもう満面の笑み。報酬も二割り増しで出すとまで言い出す始末なのだから、この工作の成果でよほど良い目を見ているのだろう。 そして、由良だ。 「……ねえ、ゆっきー」 最近はもう、見るのが辛くなってきており、幸久は由良とあまり目を合わせないようにしていた。 「どうした?」 「また、歌作ったの。聞いてくれる?」 一生懸命に作った歌が、何処に行っても怒鳴られ罵られ、それでも歌わなければならないというのは、由良の精神を著しく蝕む行為であるようだ。 唯一由良が辛さを忘れられるのは、新しい歌を作っている時。そして、罵ったりせず真剣に聞いてくれる幸久の前で披露している時だけだ。 花が零れるようだった笑みは擦り切れ、周囲全てに愛情を振りまかずにはおれない強い生命の力は、ひび割れきしむ音が聞こえてくる程に弱ってしまっている。 更に、悪い事は重なる。 幸久と由良の二人は、砦を出た後、道を誤りアヤカシ勢力域に足を踏み入れてしまったのだ。 数度の襲撃を撃退したものの、怪我と疲労で二人は身動きが取れなくなってしまう。 「ゆっきー、もう、おしまい? ねえ、おしまい?」 「諦めるな。お前の歌をまだまだたくさんの人に届けねばならんのだろう」 由良は幸久の言葉に、悲しそうに微笑むのみ。 既に由良は、自分の歌で誰かが喜んでくれるなどと、思えなくなっていたのだ。 「……ねえ、ゆっきー……もう、やっと、終わって、くれるのかな?」 胸が潰れる。幸久は自らの不甲斐なさに泣き出したくなってきた。 『頼む、何者でもいいから助けてくれ。由良が、こんなに良い子が、こんな所で終わって良いはずがないだろう。悪いのは全て俺だ。罰は全て俺が受けるから、由良は、由良だけはどうか……』 すぐ側で、がさりと大きな音がした。 複数の足音が聞こえ、そして、そこに居たのは、開拓者の集団であった。 「マジぶっ殺っぞあのクソ共が!」 とブチきれた部隊長の話をスルーしつつ依頼内容を聞くと、付近の山に新たに進出してきたアヤカシの一党を退治してくれとの事らしい。 結構手強いとの話だったのだが、部隊長はそのアヤカシの話ではなく先日来たクソ吟遊詩人の話にひたすら時間を費やす。 「いいか! どっかであのクソ見つけたら俺が許すから叩っ斬っちまえ!」 その後部下が謝りながら、詳細を教えてくれたとか。 |
■参加者一覧
天河 ふしぎ(ia1037)
17歳・男・シ
玲璃(ia1114)
17歳・男・吟
フェルル=グライフ(ia4572)
19歳・女・騎
叢雲・暁(ia5363)
16歳・女・シ
フィン・ファルスト(ib0979)
19歳・女・騎
玖雀(ib6816)
29歳・男・シ
パロワン(ic0703)
13歳・男・陰
ナツキ(ic0988)
17歳・男・騎 |
■リプレイ本文 幸久は皆が開拓者だとわかると、由良を助けるよう懇願し始める。 驚いた由良が止めるのも聞かず必死の形相で。 あまりの唐突さに反応が遅れる開拓者達であったが、天河 ふしぎ(ia1037)は驚きをそのままに応える。 「わわわわ、怪我もしてるみたいだし、そんな慌てちゃ駄目なんだぞ……まずは詳しい事を教えてくれないかな?」 幸久が事情を説明してる間に玲璃(ia1114)が、疲れに良いですよ、と甘酒を由良に勧める。 武に優れた開拓者相手とはいえ、同性同士ならば安心する所があるのか、由良はほっとした表情でこれを飲む。 いやまあ玲璃は男であるのだが、この誤解は互いの為になるものであろーて。 ともあれ、幸久の状況を理解した開拓者は、大勢の意見により、この二人を引き連れての行軍を行う事にした。 積極的賛成意見ではなかった叢雲・暁(ia5363)などは、そもそも二人に興味がまるで無いようで、どうでもいい、といった姿勢。 しかしナツキ(ic0988)は一言、漏らさずにはおれなかった。 「そんなに大事なら、どうしてあんな所で歌わせたりしたんだよ」 そうは言っても幸久に、シノビ里よりの依頼を反故にする根性は無い。 すぐにフェルル=グライフ(ia4572)が取り成すと、ナツキは不機嫌そうにそっぽを向きこの場を離れてしまう。 フェルルが代わりに謝ろうとするのだが、幸久は何故か、少しだけ嬉しそうにしていた。 「怒ってないのですか?」 「……良い、男だな彼は。会ったばかりの由良の為に怒ってくれたのだろう。それは俺に味方してもらえるより、ずっとありがたく思える」 甘酒をすする由良に、フィン・ファルスト(ib0979)は他意なく歌を聞きたいな、と声をかける。 すると、由良からは劇的な反応が返って来た。全身は強張り、手先が震える。 パロワン(ic0703)は嘆息せずにはいられない。 「……色々面倒みたいだね」 とはいえパロワンも依頼主の言葉を真に受けて二人を斬るなんて気は、無論ない。 アヤカシ退治に付き合わなければならないが、それでも保護はするという皆の言葉に、幸久はひたすら頭を下げ感謝する。 幸久由良の二人は、二つに分ける班の主力班に入る形でアヤカシ跋扈する山中の探索行は始まった。 移動を始める直前、玖雀(ib6816)は、幸久にだけ聞こえるように呟いた。 「既に、後悔してるんだろ」 「!?」 「それでも、まだ、お前は間に合う。間に合うんだよ。だから、今よりヒドイ後悔を抱えたくないんなら、形振り構ってんじゃねえ」 玖雀は、怪我のせいかそれ以外の理由からか、ヒドく不機嫌そうな顔で幸久とは顔も合わせぬままであった。 偵察組の暁は、周辺にこれ以上の敵が居ないのを確認すると、単独で、恐らく斥候に出ていると思われる熊アヤカシへの狩りを決行する。 背後より飛び上がって首元へ一撃。並の下級アヤカシならばこれで終わりだが、この熊は背後に振り返りざま腕を振るう。 ついでに雄叫びを上げようとしていたようなのだが、その首元へ、今度は前側から駆け寄ったナツキの大剣が突き刺さる。 忍刀と幅広の大剣とでは当然大きさが違う。故に、暁の刺突では揺るがなかった熊の首も、ナツキの大剣が深々と刺さるとぐらりと千切れ落ちそうになる。 何故かそれでカチンと来たらしい暁は、熊の腕を回避すべく抜いた忍刀を翻し熊の首を薙ぎ斬る。 その分回避が遅れ、首の無い熊の腕が額をかすめるハメになったが、これを指で拭う暁は幾分か満足げに見えた。 パロワンは熊アヤカシの倒れた姿を調べつつ、単騎で斥候を送り出す所はケモノっぽいかな、などという事を考えていたり。 同じ事を考えていたらしい暁も熊アヤカシの移動跡を調べながら、やはりこの歩き方もケモノの熊に極めて近いという結論を下す。 パロワンは人魂を主力組への連絡手段として用意してあったが、これはまだ用いず。 この辺打ち合わせをしたわけでもないのだが、パロワンは偵察組のみで処理出来る分はこちらで片付け、敵主力の捜索を行うつもりであるようだ。 そこら中アヤカシだらけの森の中に居るとは思えぬ冷静な判断だ。 ナツキはナツキで、熊アヤカシが振り返った瞬間茂みより飛び出す様に躊躇はなく、突き出した大剣に迷いも見られない。 どちらも、それほど実戦経験があるようにも見えなかったけど、と暁は想定していた偵察組の処理可能アヤカシ数を二体程増やす。 「どー思う?」 と暁が玲璃に問うと、言葉少なにだが首肯が返って来た。 「おっけー。んじゃ、気張って行くとしましょーか」 アヤカシの脅威を前に、一番冷静、というか気楽なのはこの暁で間違い無いだろうが。 玖雀の警戒の声に、ふしぎ、フェルル、フィンの三人は音もなく武器を抜き構える。 幸久と由良の二人に静かにしているよう伝え、玖雀が三人に見えるように指を三本立てる。 この指を、一定のリズムで、二本、一本、と折り減らす。 三本目の指が折り曲げられた直後、茂みより姿を現した黒い影に向け五つの刃が翻る。 フィンの持つ長大な槍。その間合いの長さは、どんな踏み込みの速さにも勝る。 長柄は長ければ長い程取り扱いが難しくなるものだが、フィンは自らの身長の倍はある槍を突き出しながら、まるで揺れる気配はない。 重々しい踏み出しの一歩と共に、槍先が熊アヤカシの腹部に突き刺さり、これ以上の前進を止める。 両脇から飛び出したのはふしぎとフェルルだ。 ちょうど鏡で映したかのように左右対称の形で斬りかかる。 身長もほぼ同じ。挙句性別も同じに見えてしまう二人がそうすると、何処か実戦ではない、演舞のような美しさがそこに伴う。 ふしぎの右剣が熊の左足を切り裂き、フェルルの左剣が熊の右足を斬り抉る。 そこで二人の動きに差異が生じる。 ふしぎはその場で伸び上がって上から熊の首を落としにかかり、フェルルは下から掬い上げるようにこちらもまた同じく熊の首を狙う。 二筋の銀光は熊の首で衝突するかに見えたが、二人の技量故かすり抜けるように通過し、二人が大地に着地すると同時にフィンが槍を抜き放つと、ごとりとその首が落ちた。 あまりの早業に呆気に取られる幸久と由良。 玖雀は今の音に気付いた存在が居ないか、木の上に登り周囲を確認する。 シノビの身の軽さならば気にするような事でもないのだが、何分玖雀は怪我を負っている為、ふしぎはするすると木を登っていく玖雀をはらはらしながら見上げている。 或いは、ふしぎは無意識の内に玖雀の常ならぬ気配を察していたのかもしれない。 敵本隊発見、待ち伏せ、襲撃。までは良かったが、そこから敵の地力の高さに押され、倒しきれぬままに増援を迎える事となる。 この戦いの最中、玲璃は範囲治癒術のみならず、加護結界の使用も行う。 大熊アヤカシがフィンに向け、熊の容姿でやると気色悪いとしか形容しえないフットワークで迫る。 すぐさま玲璃は駆ける。大熊のラッシュだけは、加護結界抜きではマズイのだ。 無論フィンも無策に非ず。 手にした剛槍で防ぎにかかる。 最初の一打目、これと玲璃が祈りと共にフィンに触れるのが同時。 その衝撃は、フィンを加護結界ごと貫き、玲璃を大きく跳ね飛ばす程であった。 地面を勢い良く転がる玲璃。視界の端が明滅するが、構わず立ち上がると、フィンが連打の最後の一発をちょうどもらった所。 慌てて治癒の歌を。 フィンはといえば、とても熊の動きとは思えぬソレに思う所ある模様。 「……こいつ、もしやアレの親戚……?」 似たようなモノを見た事あるとか、無駄に豊富な戦闘経験である。 大熊連打の隙を埋めるように、中熊がフィンに襲い掛かり、スイッチを終えた大熊は玲璃に狙いを定める。 ふしぎが間に合う。双剣を手にその前に立ちふさがる。 フェルルは幸久と由良を守るように陣取り剣を振るう。 と、逆側に玖雀の姿を認める。 熊アヤカシを相手に、本来の技量ならばてこずる事もないのだろうに、玖雀は防戦を余儀なくされる。 とはいえ、フェルルは強引に割って入ろうとはしなかった。 玖雀が逆手に持った二本の釵は、元より防御に優れた武具。鍔の形状から刃すら受け止められるが、今回はトンファーに近い用い方をする。 腕に沿わせ熊の爪撃を受ける。そして、逆手より順手に切り替えるや攻撃に転じ、剣の如く手足を薙ぐ。 この順逆の切り替えが、常の二刀とは異なる釵ならではの戦いなのだ。 一方フェルルは、防ぐのは任せて問題無いようなので、幸久由良へと迫る敵の撃破を狙う。 二刀の長所は、文字通り、攻防共に二本の刀を用いる事。 熊の左爪を右刀で叩き落し、間髪入れず左刀で胴を裂く。 左刀で斬りかかり、これが受けられたと見るや即座に右刀が受けの結果生じた隙を突き穿つ。 フェルルと玖雀が近くで動くとその差異が良くわかろう。フェルルのそれは銀光が幾度も煌く刀の動きであり、玖雀のそれは体術の折々に鈍い金属の輝きが見え隠れするもの。 幸久は怯える由良に、確信を持って言ってやれた。 「大丈夫だ由良。彼等がいる限り、我等には決してアヤカシの刃は届かぬ」 当初パロワンは、陰陽師らしく後方支援の立ち居地を確保していたのだが、数の差から乱戦に持ち込まれてしまい、あれよとパロワンにも近接攻撃が襲い掛かる。 しかし慌てず騒がず。 手にした符に瘴気を込めると、呪符は細かな紙片と化し流れ、大地に落ちるなり地を蛇行し迫る敵へ向かう。 これがアヤカシに触れると、明らかに増量している紙片がその手足を覆いつくし、動きを封じる。 更に別の符を手にしこれを手の平に添え、翳す。呪符から脈動が伝わる。これは、標的であるアヤカシの鼓動。 パロワンがそうあれと願うと、この鼓動を呪符は吸い上げ、パロワンの力へと変換してしまう。 こうして、距離があれば充分対処出来るのだ。そうが出来ないのが戦闘であるのだが。 パロワンへと中熊が一飛びに襲い掛かっていく。 「せーのっ!」 そんな掛け声と共に、ナツキが両手持ちの大剣をぶん回す。 中熊も低く駆けていればそうでもなかったのだろうが、飛び上がってしまったがゆえに、ナツキの剣を踏ん張る事が出来ず、空中で半回転しつつ落下するハメになってしまう。 尤も、空にあろーと何処にあろうと、この中熊の成人男子三人分の体重をどうこう出来る膂力があって始めて可能な事ではあるが。 パロワンがこれに合わせ、呪縛符を中熊に放ちながら一言。 「もう一回っ」 「任せて下さい!」 中熊は突如動きの鈍った自分の体に驚き戸惑っており、この隙にナツキは二度目のフルスイングを。 全身より漏れ光るオーラの輝きは、手強い敵は一気に決めると斬りかかる前に備えていた為。 騎士のオーラは泰拳士の功夫とはまるで違う、純然たる神秘の力だ。 世界の理の外にある力であり、だから、ナツキが自らの体重を大きく超える中熊を、大剣で叩き斬りながら三間(約5.4メートル)程もぶっとばせたのである。 暁は、相手が人であろうとアヤカシであろうと火の玉であろうと、ともかく首を狙う。 それとわかっている相手と戦った場合極めて不利になろうが、大抵の場合戦闘とは一期一会(どちらかが死ぬ為)であり、これによってそれほどの不利を被る事も無かろう。 そんな首刎ねアーティスト(実に嫌な名前である)暁的に、熊相手ではその剛毛もあり、叩き落すより斬り削ぎ落とすが最善と見る。 懐に入るなり、刀の根元を熊の首にあて、全身を回転させて刀を振り切る。 するとほら、肉を切り、骨を絶つ感触が得られればもうばっちり。 こうしてごとりと、熊の首は落ちる訳である。 ふしぎはようやく、大熊のラッシュ、そのウィークポイントを見切る。 大熊はそれさえ出し続ければ勝てると信じているらしいラッシュ、その最初の右腕をふしぎへと振り下ろす。 またこの振りにより反動をつけ、逆腕を即座に振り回すのが大熊のラッシュである。 ふしぎはこの二撃のみに絞って反応する。 大熊右腕の拳を、潜りながら剣を頭上に翳し大熊の右腕を絶つ。 すぐに左腕の拳が。これもまたタイミング良く逆側に潜りにかかり、その左腕を斬り裂く。 大熊が殴りかかる勢いそのままに剣を添わせ流してやれば、ふしぎの女の子にしか見えぬ軽量さでも、充分大熊の腕を叩き落すに足るのだ。 そして、騎士のオーラと志士の精霊力を用いれば。 「志士と騎士、今2つの力を合わせて!」 右剣を上から切り下ろし、左剣を下から振り上げる。この二撃、そのあまりの速さに同時に行われたかと錯覚する程。 そんな攻撃をもらった大熊は、正中線を両断され、まっ二つに斬り裂かれ倒れるのだった。 任務を終え帰路を急ぐ最中、やはり歌を歌う気になれぬ由良を見て、玲璃はふと、一つの案を思いつく。 皆で野宿の準備を整え食事を取った後、玲璃は極自然な風を装ったまま、歌を口ずさみ始める。 目を見張る程上手い、という事でもない。 しかし、これを聞いたフィンは嬉しそうに歌に混ざる。 その意図を察したふしぎも加わり、フェルルに至っては、舞まで披露し始めたではないか。 玖雀は由良の方をじっと見つめ続ける幸久に酒を注いでやる。 まあ任せておけ、そんな意図だと受け取った幸久は、腰を落として酒を口にする。 ナツキは、酒が入った今が好機と、遭遇時の失礼な態度を謝罪する。だからと口にした不満は不満でナツキの持つ意見である事に変わりはないが。 果てしなくどうでもいい感のあった暁も、任務達成の打ち上げ宴会となれば、混ざらぬ道理は無い。 パロワンは、最初は小声で、時期に歌い手らしい良く通る大きな声で、歌い始めた由良を見ていた。 「ま、何やかやあっても、根っこの所は歌が好きで好きで仕方が無いって人なんだろうね」 嬉しそうに楽しそうに歌う由良を見た幸久の目から、雫が一つ零れ落ちた。 翌日、幸久は皆に感謝を述べ、由良を伴い内地へ戻っていった。 「何から何まで、本当に世話になった。……由良の事、色々と心配してくれてありがとう。後は俺が、上手くやるから任せてくれ。由良には二度とこんな思いさせはしない」 |