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■オープニング本文 平次は既に腐敗が始まっている遺骸を、鼻を押さえながら見下ろす。 平蔵は更に足跡を確認する。 人間のそれが入り乱れる中、歩き方も過重のかけ方も、そもそも足の形大きさからして人間と違うのが二つ。 しかし、二体でやったにしては死体のあり方が不自然すぎる。そう気付けるのが平蔵と平次の二人なのだ。 平次は地面から目を離し遠くを見据える。 動く者の気配は無し、こんな無残な現場であっても空は、故郷で見上げるそれと変わらぬ紺碧のそれであった。 「へいぞー、まだ見ておくモンあるか?」 「ここはこんなものか。フン、躯を弔ってやる暇もありゃしねえ」 二人は乗って来た馬に飛び乗る。 馬上にある平蔵の横顔は、最近生やし始めた髭のせいか貫禄をすら漂わせる。 もちろん険しい表情をし続けたせいでついた額の皺も、無駄なものなど何一つない実用一辺倒の筋肉で覆われた体躯も、 そして何より馬上で武器を携える隙の無い佇まいからも風格を感じさせるのだ。 並んで馬を進める平次はほぼ同じ体型でありながら、平蔵とは趣が異なる。 何時でも張り詰めていて、周囲の者にさえ緊張を強いるような圧迫感。磨きぬいた短刀の如き刃を思わせる。 浮かべる不敵な表情は無知や蛮勇の顕れではなく、積み重ねた経験に対する絶大な信頼故の厚みがある。 二人は志体を持たない。しかし、真に優れた斥候に志体なぞは不要。 必要なのは注意力と判断力、そして何より、臆病である事を恥じずに済む確固とした自己を持つ事なのだ。 「以上です」 そう言って上長に報告を終える平蔵と平次。 「ご苦労。君達の所見を聞きたい」 問うたのはまだ年若い女志士で、髪を短く切り揃え男のような格好をしているが、そもそもの育ちの良さから来る上品な女性らしさは決して失われる事はない。 平次が真顔で答える。 「ういっす、下着は是非青と白のすとらいぷでひとつ」 平蔵が即座に文句をつける。 「ボケたか平次。隊長の下着なんてそうそう見られるもんじゃねえ。ならいっそ、見せてもいい水着に夢を託すべきだろうが」 女志士は顔を真っ赤ににしてふるふると震えだす。 目尻に涙を溜めているのは、この手のせくはら行為に慣れていないせいか、はたまた歴戦の部下になめられていると思ったせいか。 平蔵も平次もこのリアクションには心底ビビる。 「ち、違うっすよこれほら、アヤカシの下着の話っすよ! マジで!」 「そ、そーですよ! ははは、やだなぁ隊長。そ、そそそそれで敵の話っすよね! すぐします今します速攻でしますって!」 半べそかきながらぐずる隊長に、二人は思いつく限りのアヤカシ談義を聞かせてやるのだった。 平蔵平治が発見したのは奇妙なアヤカシ達であった。 襲撃の痕跡から常識外の能力が予想された為、二人は常以上に安全距離を確保しつつ捜索を行う。 案の定、発見出来たアヤカシの一団は所謂一般的なソレとは異なっていた。 似た種のアヤカシが集まったのではなく、一種一体であるような特異なアヤカシが四体集まっているのだ。 鳥人型アヤカシ、翼の生えた人間で、槍を手にしている。 炎アヤカシ、まるで炎そのもので、実体らしき実体が見えない。 熊アヤカシ、デカイ。身長15尺(およそ5メートル)とかお前のようなデカイ熊が居てたまるかってアヤカシ。 胴長アヤカシ、見た目は刀持った普通の人間っぽいが、胴が伸びる。すげぇ伸びる。しかも伸びた後の体勢とかでは物理法則をさくっと無視する。 大きさだけなら熊アヤカシのみ注意すべきだが、平蔵も平次も、この四体のアヤカシ全てが尋常ではない程危険なアヤカシと察する。 これまで襲撃を受けた場所や遺骸を確認した二人ならではの判断だ。 それを隊長に伝え終えると、二人は一息ついたと陣幕にて食事を取る。 と、何やら出陣の気配が。 まさかと顔を見合わせた二人は慌てて隊長の下へと向かうと、果たして隊長はかのアヤカシに対し兵を出すつもりであった。 平次が驚き問いただす。 「ちょ、ちょっと隊長。俺らの話聞いてましたよね」 怪訝そうな顔の隊長。 「うむ、危険な相手だという話であろう。ならばこそ一当てして戦力を測らねば報告も上げられまい」 平蔵も焦った様子で口を開く。 「いやいやいやいや、それやっちゃ本気でマズイんですって」 「敵戦力の多寡もわからず援軍要請なぞ出来るはずなかろう。何心配するな、私は志体もあるし、いざとなれば私が殿を引き受けて……」 平蔵と平次は同時に言った。 「「それが出来ない相手だから速攻援軍呼びましょうって話したんすよ!」」 隊長は二人の言い草が不満なのか、ぷーと頬を膨らませてしまう。 ちょっと言い過ぎたか、とも思った平蔵であったがここは何としても納得してもらわないと、かなりの高確率で隊長が死ぬ事になる。 「ですから、えーっとどう言やいいかなー。隊長、中級アヤカシとやりあった事ありましたっけ?」 「もちろんあるぞ! ……一度だけだけどっ、でもっ! その時は十人の部下と共に撃退に成功しておる!」 「なら話は早い。今回の四体、全部中級アヤカシです。そう報告上げて下さい。それが一番手っ取り早い」 「馬鹿な! 中級アヤカシが中級アヤカシだけで徒党を組むなぞありえるものか!」 平蔵はずいっと隊長の前に顔を寄せる。 「ありえるものか? 隊長、アンタ一体何と戦ってるつもりなんです? 野盗ですか? 山賊ですか? 違いますよね、俺達はアヤカシと戦ってんだ。なら、ありえないなんて口が裂けても言っちゃいけやせんぜ」 その表情に気圧される。志体もない、ただの雑兵。しかし、自らの判断に絶対の自信があればこそ、平蔵の強い瞳に迷いは無い。 「もし、どうしても信じられないってんなら、俺と平次で何とかこっちに犠牲が出ない形でアイツ等の力を隊長に見せてやります。だから、どうか全隊での出撃だけは思いとどまって下さい」 平蔵は、隊長は誠実な人間であると考えていた。きちっと筋道立てて説明すればわかってくれる人間だと。 だからこういう言い方をしたのだが、隊長さんの反応はまたしても平蔵の予想の斜め下を潜っていく。 「う……ぐすっ……ひっく……」 「ちょおおおお! 何で泣くんすか! え? 何これ俺がイジメてんの!? おかしくねこれ! へるぷ! へるぷへいじー!」 「やっべ、泣きべそ隊長が可愛すぎて俺生きてるの辛くなってきた」 「だったら今すぐ息の根止めてやるよぼけえ!」 「……た、確かに、お前等に……ぐすっ……比べれば、私は、実戦経験、ひっく……少ないし、うぐっ……役に立たないのは、自覚しておる……けどっ」 「いやマジ隊長メンタル豆腐すぎっしょおおおお! 誰かコレ何とかしろって!」 結局、何やかやとゆーっくり慰め説明し、出陣を思いとどまってもらい開拓者を手配する事になったのである。 「開拓者が来るか、ふふふ、経験不足を埋める好機っ」 |
■参加者一覧
柊沢 霞澄(ia0067)
17歳・女・巫
水鏡 絵梨乃(ia0191)
20歳・女・泰
羅喉丸(ia0347)
22歳・男・泰
叢雲・暁(ia5363)
16歳・女・シ
鞍馬 雪斗(ia5470)
21歳・男・巫
菊池 志郎(ia5584)
23歳・男・シ
ネプ・ヴィンダールヴ(ib4918)
15歳・男・騎
玖雀(ib6816)
29歳・男・シ |
■リプレイ本文 その巨体は、正に見上げんばかり。 ネプ・ヴィンダールヴ(ib4918)はアーマーヴァナルガンドに乗り込んで尚、その頭部を確認するに首を上へと向けねばならない。 確かに、とネプも理解する。報告者がコレを指して下級アヤカシと呼ぶに抵抗があったのも当然であろう。 しかしネプのヴァナルガンドもまた、熊アヤカシにとって見過ごせぬ巨体であったのだろう。 威嚇するように両腕を上げ、倒れこむようにのしかかってくる。 軋むような金属音が間接各部から響く。 手にした大斧は熊アヤカシの超巨体と比しても遜色が感じられぬアーマー専用装備だ。 これを真後ろにまで振りかぶり、両足を踏ん張り、腰をひねり、胸を回して、両腕を振るう。 命中の瞬間、敵の姿が見えなくなる程にまで体を捻り込んだ、強力無比な先制の一打。 「はぅ! 大きさでは負けてても、力じゃ負けないのですよ!」 これを眺める水鏡 絵梨乃(ia0191)は、率直に意見を述べてみた。 「うーん、怪獣大決戦だね」 ネプのヴァナルガンドの段階で、既に絵梨乃との身長差は倍ある。熊と比べるとその差は三倍以上だ。 圧倒的な体格差にも関わらず真っ向力比べを挑むネプの戦いを、絵梨乃はじっと見つめ続ける。 どちらも力任せに動いているように見えるが、さにあらず。 ネプの動きは、それと理解してやっているか本能でそうしているかはわからないが、身体の理に乗っ取った武の動きだ。 そして対する熊の方もまた、闇雲に巨体を振り回すケモノではないようだ。 ジルベリア産であるアーマーを天儀で見るのは珍しかろうに、熊はアーマーならではの巨体との戦闘も苦にしている風に見えない。 むしろ楽しそうに見えてくるのは絵梨乃もまた武の道に生きる者であるが故か。 概ね理解出来た、と絵梨乃は屈伸運動を二つ、肘を掴んで肩を伸ばし、片足を真上にすらっと伸ばし体にぴったりとくっつけ筋を伸ばす。 「花月」 さして大きな声でもなかったが、上空待機中であった迅鷹の花月が絵梨乃の側へと舞い降りる。 「さて、新しく覚えた同化技を使ってみるか」 絵梨乃が両腕を前方へとかざすと、花月はその真後ろに立つ。 すると、花月の全身が徐々に輝きを放っていき、同時に迅鷹としての形を失っていく。 花月より零れ落ちた輝き達は、大気を漂う流れとなって絵梨乃を包み込む。 そして、そしてそのままだ。 何事も無かったかのように絵梨乃はその場に佇む。 顔を上げ、歩を進める。 戦闘間合いにはまだまだ遠いが、そこで、ネプと熊とが同時に反応した。 お互いの戦闘を止め、大きく後退し距離を取り、状況を確認する時間を双方が欲したのだ。 絵梨乃は、益々侮りがたい、と気を引き締める。泰拳士絵梨乃に、ネプのみならず熊も反応していたのだから。 熊は、自らの全身を壁のように広げたまま、まっすぐに絵梨乃へと突っ込んで来た。 体格差は体力差。絵梨乃の一撃のみでは決して自分は倒れず、捕まえてしまえば極めて有利になると、その巨体を用いた最も有効な攻撃手段を選んでくる。 さながら見上げんばかりの壁が迫ってくるかのよう。 ジルベリア的に言えばボディプレス。 これにより大地が激しく震動し、土砂が大きく宙を舞う。 熊は手ごたえならぬ腹ごたえの無さに驚き即座に立ち上がる。 と、自らの背を蹴る感触。 それは一体どのような魔術か、絵梨乃は熊の背に乗っており、熊が立ち上がるに合わせて背を蹴り肩を蹴り、その眼前に飛び降りる。 熊は明らかに回避の空間が存在しないような前足薙ぎ払いを、何度も絵梨乃へと振るうが、命中の瞬間その姿を見失い、ふと気がつけば絵梨乃はすり抜けたとしか思えぬ挙動で平然と構えを取る。 挙句回避の折々でその体躯からは想像も出来ない痛烈なカウンターを叩き込んで来るのだから、熊にも意味がわからなかろう。 ネプは咆哮にて絵梨乃への攻撃を自らに向けようと思っていたのだが、ネプの目から見ても絵梨乃の動きは圧倒的にすぎる。 あれでは百年かかっても当てるなんて不可能だ。多分自分でやっても無理だ、とちょっと自虐。 すぐに立ち直り、なら、とヴァナルガンドを走らせる。 元よりそうやって調整した機体なのだ、ヴァナルガンドは。 「僕は火力担当なのですよ! はうっ!」 叩き付ける大斧。インパクトの瞬間、機体の間接を固定しつつ機体の重量を斧に乗せられるよう加重移動。 まるで崖に体当たりしたような感触であったが、怖じず出力を上げてやると、熊の重量を力技で後ろに押し倒す事に成功する。 「はうっ! 青天です!」 やったら騒々しい中だったので、絵梨乃が何と返したのか聞こえなかったが、その表情から多分褒めてもらえたんだと思えたネプは、立ち上がる熊に上機嫌で相対するのであった。 翼の生えた人間といった容姿のアヤカシが、柊沢 霞澄(ia0067)へ向かい急降下を行う。 このアヤカシとは上空で龍にまたがった羅喉丸(ia0347)が戦っているのだが、彼への支援を連続する霞澄を見てこちらを優先した模様。 鳥人アヤカシの目が大きく見開かれる。 良く似た者がそこに二人居たからで、いずれを攻撃すべきか迷うが、とりあえずで一方へと狙いを定める。 残る一方は、鳥人の動きを見るなりもう一方の前に立ち剣を抜く。 鋭い槍の一撃を、その女、いや、霞澄の朋友であるからくり麗霞は剣で受けるが、急降下の勢いとその膂力に押し切られ大きく跳ね飛ばされてしまう。 しかしこれで鳥人アヤカシはいずれが主でいずれが僕かを理解する。 上空へと飛び上がりながら、翼を羽ばたかせ羽根を飛ばし、主である方の霞澄を狙い打つ。 だが、転倒していたはずの麗霞は、人間離れした挙動で跳ね起き、やはり霞澄の前に立ちこれを防ぐ。 霞澄はというと、最初から最後まで、自分に攻撃が当たるとは僅かも考えず、一心不乱に集中を続ける。 両の手を眼前にかざすのは、それが霞澄にとって『集める』という行為をイメージするのに都合が良いからか。 突き出した両手の平の前に、渦を巻きながら白色の燐光が集う。 それは外から集められているのか。いや、良く良く見れば、霞澄の伸ばした腕を這うように細長い輝きが手の平へと走っている。 更に力を感じ取れる者ならば、霞澄の腕の中にも精霊力の走る軌跡を見る事が出来よう。 更に更に、巫女の素養がある者ならば、流れる精霊力はあくまで導き誘う為だけに用意されているものだと察せよう。 掲げる腕は砲塔、台座である両の脚を踏みしめ、霞澄の身中に集った莫大な精霊力を撃芯が叩く。 閃光が迸る。 鳥人は突如全周囲を祝福の熱に覆われ、表皮を焼き焦がされる。 又前方からの衝撃も伴っており、これに弾かれ飛ばされる。それ自体はありがたい話ではあるが。 空の彼方までもを貫いた白い一線に、鳥人は驚きたじろぐ。 そこを、羅喉丸とその騎龍頑鉄が襲う。 羅喉丸は、なかなか上手くはいかないものだ、と小さく嘆息する。 自分達に攻撃をひきつけるため、わざと受けに甘さがあるよう見せていたつもりなのだが、逆に余裕を持たせすぎたせいか、アヤカシは巫女霞澄の方を狙ってしまった。 とはいえ完全な無駄でもなかったようで、強烈な白光を浴びた鳥人はより組し易そうな羅喉丸と頑鉄に狙いを定める。 しかし、と羅喉丸は片腕を振ってその痺れを取る。 鳥人の空を舞う速度は異常だ。頑鉄はその動きに良いように振り回されてしまっている。 そしてより厄介な槍撃だ。ただの一打でも受け損なえば龍上より叩き落されかねない。 幾度も受けに用いた腕はそろそろ感覚が怪しくなっていきている。 頑鉄もまた何度もその槍を体に受けているが、持ち前の頑強さで堪え続ける。 殊、空の上に限っていえば、速さは何者にも勝る盾となり矛となろう。 鳥人程の速度で一撃離脱を繰り返されては為す術がない。 しかしそれでも、羅喉丸も頑鉄も、耐える事には自信がある。 槍の穂先に傷つけられながらも、致命的なものだけは防ぎ凌ぐ。 羅喉丸は天を見上げる。 輝く太陽を眩しげに認めた後、地上を見下ろし、切り替えた。 鳥人の、もう何度目になるかわからぬ強襲。色のついた疾風としか見えぬソレを、羅喉丸は正確に捉える。 放った縄は円形にたわんでおり、これに鳥人がすっぽりとハマる。 何度も何度も鳥人の攻撃を受け続けたのは、その間合いを計る為。 突進してくる鳥人全体を一本の槍と見れば、転反攻の術理がそのまま通用するのだ。 縄に引っ掛けられた鳥人は、速度を利して強引にこれを振り払いにかかるが、羅喉丸はここが勝負所とそれまでの鬱憤を晴らすがごとき膂力を発揮。 頑鉄の重量も用い鳥人の速度を全て殺しきってやる。慌てて再度羽ばたこうとする鳥人は、寸前に再度縄を引かれ体勢を崩す。 そこに頑鉄の両足が覆いかぶさった。 「最も強固にして偉大な武器は何か教えてやろう」 頑鉄は鳥人を押さえ込んだまま、大地へと落下していく。羅喉丸の懐で宝珠が輝き羅喉丸と頑鉄を包み込み、そして、盛大な音と共に大地へと落着した。 霞澄が大層慌てた顔で羅喉丸の方へ駆けて来るのが見える。 羅喉丸は真顔のまま、白き羽毛の宝珠の話をするの忘れていた、と考えていたとか。 叢雲・暁(ia5363)は一時たりとも足を止めぬまま大地を駆ける。 暁の後を追うように、大地が燃え爆ぜる。暁の頭上を取った炎玉アヤカシが次々炎弾を撃ち放ってきているのだ。 炎弾の速度はさほどのものでもなく、距離があれば避けれる程度。ならばと炎玉は暁との距離を詰め、地表近くへと。 そこで、好機と思ったのは暁だけではなかった。 「我が名は相沢みゆき! 助太刀いたすぞ開拓者殿!」 瞬く間に接近する馬術はなかなかのものだが、そのまま炎玉に剣をふるって盛大にスカったのはいただけない。 上空から皆へ援護の術を飛ばしていた菊池 志郎(ia5584)が、炎玉の性質を彼女に説明してやると、みゆきは顔中に渋面を広げる。 ああ、あの顔は知覚攻撃もってきてねーな、と即座にわかった暁は、遠回しにここじゃ役立たずだから他所行け、と言ってやる。 「攻撃する所無いから〜〜〜www」 「う、うむ。りょ、了解っした。こちらはよろしく、頼むっ、ぞ」 この程度の言葉で既に半泣きである。 暁はついでとばかりに、又鬼犬ハスキー君によるみゆきに出来ない知覚攻撃、犬でも知覚攻撃、ケダモノですら出来る知覚攻撃をかけさせる。 咆哮が響き、炎玉に損傷を与える様を彼女に見えるようにしてやった所、凄まじく衝撃を受けた顔で目を潤ませていた。 志郎は、至福っ! といった顔の暁をさておき、彼女の頭上にまで龍で移動し声をかけてやる。 「あの、あちらの胴の伸びる敵には手数が有効だと思いますので、よろしくお願いしますね」 熊の相手には超重装甲か鬼回避が必須。かといって鳥人相手も無理。となれば消去法でそれしか残らないのである。 しゃくりあげながらだがみゆきが頷くのを見て、志郎は龍首を翻す。 とまあそんなアホな事をしつつも、暁は仕事は仕事でこなしにかかるわけで。 刎ねる首がなくとも、それなりには頑張るのである。 そして志郎は、ようやく危険そうな状態の人間やら馬全てに加護結界をかけ終える。 炎玉はみゆきの乱入により、低空移動の危険性を悟ったのか、高度を取りながら射撃を撃ち放つ。 炎弾はアホ早い暁を捉える事が出来そうにないので、自動命中かつ知覚攻撃なブレスを連発しだす。 さしもの暁もこれは防ぎようがない。 これを妨害するべく、志郎より稲光が走る。 これまで全く攻撃してこなかった志郎からのそれに、炎玉はそちらへと矛先を向ける。 志郎は静かに、隠逸の首に触れる。頼むよ、という意味だ。 これに発奮した訳でもなかろうが、隠逸は背後より迫る炎玉に向け尻尾を振ってやる。かかって来いとでもいうつもりか。 炎弾が矢継ぎ早に隠逸を襲うも、左右の翼を交互に羽ばたかせる事で大きく龍体を斜めに崩してかわす。 即座にブレス。志郎は後方に杖を突き出し、炎の嵐に抗する。 杖を中心に炎が割れるも、煽られる熱を全て消すのは不可能だ。 隠逸の力強い羽ばたきが志郎の全身を揺らす。 何のこの程度、そんな隠逸の強い意志が志郎に伝わる。志郎も負けじと杖に雷撃をまとわせ、薙ぐ。 ブレスを引き裂き走る雷。これが命中した炎玉の速度が上がったのは、怒り故か焦り故か。 隠逸は急降下にて対抗。追いすがる炎玉。地表付近で、隠逸は一際大きな羽ばたきを見せる。 それは龍首を上に向ける以上の力で放たれたもので、大地を壁に反射し、後を追う炎玉を包み込む。 乱風に動き乱された炎玉に、待ってましたの咆哮烈を叩き込むは又鬼犬ハスキー君である。 同時に、暁が飛ぶ。 炎玉の頭上を取る程の高さは、隠逸の放った暴風をすら利用したせい。身が軽いなんてものではなかろう。 大地へ押し付ける形で風の神の名を冠する術を放ち、手は止まらず次の印を結ぶ。 既に炎玉はすぐ目の前。風に煽られながらも体から放たれる熱気は暁を焼き焦がすだろう。 暁は片腕で残る印を結びつつ、逆腕を大きく振りかぶる。 印を結び終える。着地と同時に腕は振り薙がれるが、その腕には水流がまとわりつき、這い離れ手先へと流れる。 「斬首! 完了!」 菊池志郎は、首も何も真っ二つにしただけでは、なんて事を思っても、口にしたりしない優しさに満ち溢れた男なのである。 鞍馬 雪斗(ia5470)は、胴長の間合いも何もあったものではない戦い方を、極めて厄介なものだと認める。 伸ばした上半身はまるで重力の影響を受けず、その癖振るう剣の重さは変わらぬのだから理不尽この上無い。 しかし、これを抑える役目を負った玖雀(ib6816)を相手取るのも、相当に厄介だろーなーと、他人事のように考えていた。 飛び道具の距離で、突如胴を伸ばし襲い来る胴長。 玖雀の棍は真ん中で真っ二つに折れ、凄まじい袈裟斬りも、二本を重ねる事で完全に押しとどめる。 反撃。しかし胴長の胴が元に戻り、距離は飛び道具のそれへ。玖雀は構わず棍を突き出す。 届くはずがない。しかし棍は七つの多節棍へと変化し、それぞれを繋ぐ鎖が伸びる事で命中可能打へと変わる。 上半身が人間に不可能な角度で捻り上がり、胴長はこれを回避。 玖雀は棍を引きながら踏み込み、胴を真横より薙ぐ。胴長、剣で受けるも、受けた位置から棍がへし折れ、折れた先が胴長の背中に叩き付けられる。 連結部の鎖を狙い、胴長の剣は棍上を滑るが、玖雀の操作により即座に節の無い棍へと戻り鎖を絡め取る事も出来ぬ。 これは心配はいらないかな、と雪斗は攻撃術に専念する。 胸の前で開いた両手を合わせる。 そのまま、ゆっくりと開くと、手と手の間に真白き輝きが。 手は更に開かれ、肩幅程で止まる。手の間には輝きを放つ一本の矢が浮いていた。 雪斗の詠唱に合わせ、体の周囲を冷気が漂う。 雪斗に吸い寄せられる形で風が流れる。風は近寄れば近寄る程温度を下げ、中心の雪斗、いやさ白銀の矢へと集う頃には氷の結晶が目に見える程に。 見る間に氷に覆われていく矢。これに、雪斗はあくまで優しく、息を吹きかけてやった。 白氷の矢は回転しながら大きく風に弾き飛ばされ、大地に落下寸前、息を吹き返したかのように一直線に標的へ向かっていく。 雪斗の動きは止まらない。 風の流れを左手の上に集め、冷気を全て手の平におさめられる程度にまで凝縮。 この眼前に伸ばした左手の側に右手を添えた後、魔力を込めて腕を引くと、まっすぐな矢が再び現れる。 さながら弓を構えるかのように引いた腕。手の先で、ちょこんと矢尻をついてやると、光の矢は弦を放たれたかの如く加速する。 その軌道は左手の上を通るもので、まず鏃がぴきりと音を立て凍る。 順に通り抜けるなり光の矢は凍り付いていき、やはり氷の矢となって敵へ向かっていく。 そして三発目、を撃とうとした雪斗は、すぐ隣を抜けていった大きな影に、真顔になって声を上げる。 「え?」 「我が名は相沢みゆき! 助太刀いたすぞ開拓者殿!」 全く同じ台詞で突入してきたのは馬に乗ったみゆきであった。やりなおしてるつもりだろうか。 あまりに突然の事に、前衛の玖雀も反応出来ない。 みゆきはすりぬけざまの剣撃を食らわせるも、胴長の反撃を馬にもらい落馬。見事な体術で着地だけは決めた模様。 更に斬りかかるみゆきの踏み出しで玖雀は悟る。胴長の普通の剣は防げても、胴を伸ばしての奇襲には対応出来ない。 「勘弁しろって!」 胴長の胴伸ばし攻撃が来る。驚愕の顔を浮かべるみゆきの前に、棍を翳して玖雀が立ちこれを防ぐ。 咄嗟にみゆきはその脇を抜け、胴長の伸びた胴を斬り付ける。 胴長は胴を戻しにかかるが、みゆきは更に深く踏み込んでいく。 「っておい!」 戻る途中でも、胴長は剣を振るえるのだ。玖雀の伸ばした棍が剣を弾く。これはもう間一髪であった。 みゆきはというと、その可能性を考慮していないのか、迷い無く踏み出し胴長の下半身に突きを差し入れる。 そこで、みゆきの顔横に漂う雪斗の相棒人妖カティが声をかける。 「危険です。御下がりくださいませ」 「なんと! 人妖とは珍しい……」 そのまま何やらごちゃごちゃ言い合っている。 玖雀は、胴長の剣を弾き、前蹴りで距離を強引に取らせながら心の中で思った。 『いやお前等、何だって敵さんの攻撃射程圏内で暢気に話とかしてんだ』 三合程胴長と打ち合うと、後ろから何やら不穏な気配が。 胴長から目を離す事も出来ない為、そこで何が起こっているのかわからなかったが、何というか、女の子が情理に乗っ取った説得を受けそれでも嫌だと駄々をこねて泣き出しそうな気配が。 「…………おい、暇なら手を貸せ」 すぐ後ろから、もう花でも咲いたかっつー勢いで満面の笑みをする女の子が居る気配がした。 みゆきが斬り、隙を見せた彼女を狙う胴長の一撃を玖雀が防ぐ形が続く。 突発的かつ無茶な形での防戦を要求されるこの戦いに、玖雀は自在棍を持ってきて本当に良かったと心から思う。 「まったく、我ながら見事な連携であるな! はははっ! おぬしとは相性が良いのかもしれぬ!」 勘弁してくれ、とこちらもまた心底から思う玖雀君であった。 全てが終わると、物陰より平蔵と平次が姿を現した。 平次は満面の笑みで玖雀に言う。 「いっやー、あんた隊長と相性ばっちりだな! これはもうウチの隊の副隊長やるっきゃないっしょ!」 これを聞いたネプは、それは凄いですと無邪気に喜んでたり。 一方平蔵は霞澄の前で超真顔で口を開く。 「貴女はいつぞやの精霊様結婚してください」 実はこれ、霞澄ではなく麗霞の方であり、ふつーにそのまま説教された。 玖雀がものっそい嫌そうな顔をしてるのを見て羅喉丸が助け舟を入れてやる。 平次も羅喉丸には気が知れているとでもいうのか、久しぶり、とその胸を軽く小突いてやる。 雪斗は上手く説得が出来なかった自らの人妖を慰めているようだ。回復等の仕事はきっちりしてるので実際文句も無いのだが。 志郎は説教が一段落した平蔵に、妙に生暖かい励ましの言葉をかける。平蔵、意味を察しものっそい嫌そうな顔をする。 そしてみゆきを囲むように絵梨乃と暁が。 暁が煽り泣きそうになった所を絵梨乃がフォローし復活させ、再び暁がーを延々繰り返している。 この場合、落とす様を見たいが為に上げている絵梨乃が一番悪な気がしてならない。 玖雀が一人喧騒から離れると、梓珀が慰めるように首をすり寄せてきた。 「……俺の味方はお前だけだっ」 超南無い話である。 |