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■オープニング本文 報告を受けたサイモンは、沈うつな顔の部下とは違い妙に晴れやかな顔をしていた。 「そんな景気の悪い顔をするな」 部下達は縋るような目でサイモンを見る。 「どの道退路が無いのは一緒だ。むしろ、森を滅ぼした事でジルベリアの連中油断してくれてるに違いない。俺達が仕掛けるには絶好の機会だ」 これまでの対応から考えるに、ジルベリアのテロ担当者ビィ男爵はそんな甘い男ではないとわかっているのだが、それでも皆を勇気付けるようにサイモンは言った。 「既にジルベリア人数百の血も流れている。儀式は行える。雨は、降るさ」 サイモンの言葉で再び部下達の目に暗い精気が宿る。 それを満足げに確認したサイモンは、皆に任務に向かうよう伝える。 そして部屋に一人残ったサイモンは、そこで初めて苦々しげな顔を見せた。 「よりにもよって、ヒトガタをビッグマンに奪われるとはな。おかげで、一手間増やさねばならなくなった。しかし……あのバカが……」 最後の最後で裏切り者となったかつての朋友を思い出す。 粗暴で単純な男だったが、サイモンは彼を嫌いではなかった。 「……せめて、仲間として死なせてやりたかったな……」 何も無いのにビッグマンが裏切るなど考えられぬ。そう、手引きし誘いかけた者が必ず居る。 この結果はそれを見抜けなかったビッグマンのミスであり、サイモンは今でも、彼が裏切ったのではなく卑劣な罠に騙された、と思っているのだった。 そしてヒトガタを奪われた事で、恐らくこちらが降雨の儀式をやらんとしている事は敵に見抜かれているはずとも考える。 しかし、そこから先は読みきれまい。 特大規模の降雨の儀式により、ジルベリア全土に雨を降らせる。 この際、儀式にとある強力無比な呪物を用いる。 この呪物は出自が一切不明とされているが、これを持ち運ぶには、精霊の祝福を与え続けながら鍛えた1フィートの厚さの鋼の箱に、巫女が十人がかりで封を為さねばならぬ程の、瘴気と呪いを持つのだ。 降雨の儀式には天高くまで届く程の煙が必要であり、この時呪物の呪いも共に天へと解き放つ。 こうすれば、呪い混じりの雨がジルベリア全土へ降り注ぐという訳だ。 ただ、この強力な呪物は呪いの為のモノであり、雨を降らせるのは全く別口である為、ミュルクヴィズの者達は出来るだけ広範囲に雨を降らせるよう準備をしてきたのだ。 それは数多の人間を生贄に捧げる事であり、生贄が多ければ多い程、その範囲は広くなる。 既にこれまでの工作でかなりの広範囲まで効果が及ぶよう準備は終わっているのだが、最後の降雨開始のみ、実際に人を殺さずに行うつもりであった。 これは最後の儀式が時間と手間のかかるものであり、多数の人を殺すというリスキーな行為を行うには問題がありすぎる為だ。 しかし、人を用いぬ為のヒトガタを失った今、予定を変更して人間を生贄に捧げるしかない。 儀式には丸一週間かかる事を考えると、襲撃してジルベリア人を殺す形ではすぐに対応されてしまう。 残る手立ては、必要数のジルベリア人生贄を拉致し、人目につかぬ場所で儀式を行う、だけであった。 「スラッシュ・サイモンだと?」 ビィ男爵は部下にそう問い返す。 「はい。カントの街の貧民区にてその配下の姿を見たと」 これでサイモン配下の発見報告は三度目だ。 それも明らかに別行動をしていると思われるバラけ方で。 サイモンは長く反ジルベリア活動に従事している男で、その一味も有名になる程の連中だ。 発見した三者を男爵の部下がそれぞれ追跡したのだが、一人は見失い、一人は追跡班全てを殺害され、最後の一人のみ追跡を続行中である。 そして新たな報告が上がる。 サイモンの配下が接触したのは、いずれもその街の人身売買に関わる商人で、サイモン達は既に彼等への支払いを終えているようだ。 また、三人の商人の内、一人は男爵の配下が完全に首根っこを抑えていた為、更に詳しい情報が得られる。 売られた奴隷は全て安価な子供や老人ばかりで、男女の別や品質にはまるで拘っていない模様。 ビッグマンを倒した時入手した呪物は、雨乞いに用いられる物であった。これは人を生贄にする事でも代用可能だという。 「一応話は繋がるが、さて」 規模の大きな雨乞いの儀式ならば、時間がかかる故生きたまま集め人目につかぬ所で行う必要があるのもわかるが、そも雨を降らす理由がわからない。 ジルベリア全土を水没させる程の雨を降らすとなれば、それこそジルベリア人全てを生贄に捧げても間に合うまい。本末転倒も良い所だ。 専門家に聞いても、千人規模の生贄を捧げたとて、出来るのは一地方に小さな洪水をおこすか、全土で蛙が跳ね回るかのどちらか程度だと。 それにした所で極めて優れた魔術師が必要で、そんな人物がテロリストに居るわけがない、との追伸までついてきた。 総じて、危急性のあまり無い案件である、との判断が大勢を占める。男爵は確かめるように最も信頼するギルド係員に問う。 「どう思う?」 「即座にかつ全力で対応すべきです」 「何故だ」 「意図が読めぬ以上、森外の全ての戦力が集っている可能性も否定出来ません。また先遣隊を編成すべきです」 彼にとって森の者達とは、常に最悪を想定しそれでも尚足りぬ、そんな相手であるようだ。男爵も全く同感である。 「偵察か?」 「威力偵察に近いです。最速で手配出来る最大戦力を放り込み、必要とあらば彼等による制圧も視野に」 男爵は無言。係員もまた無言。 沈黙に耐えかねたのは男爵の方であった。 「特攻しろと?」 「もちろん戦力不足ならば逃走すべきでしょう」 「その判断をも先遣隊にさせようというのか? 彼等は戦士であって指揮官ではないぞ」 「そこは心配すべきではないでしょう。殊戦闘に関する限り、彼等の判断は貴方よりよほど頼りになりますよ」 男爵は彼の意見を取り入れ、人数分の龍を確保し、空を飛んで一直線に乗り込むよう手配した。 檻の中には人が押し込まれており、一つの檻に十人が。この檻が全部で六つある。 これを数えながらサイモンは上機嫌で周囲を見渡す。 ここは、都市の先人達が眠る、共同墓地であった。 その一角を陣幕で覆い、都市から目と鼻の先にて堂々と儀式の準備をしているのだ。 もちろん街の近くで活動する以上、顔を見られる事もあろう。しかしそもそもサイモン達が悪行に手を染めていると顔を見て判別できる者など数える程しかいないのだ。 一体何を恐れねばならぬのか。 サイモンは知らない。 ビィ男爵は、極めて精緻な似顔絵を作り出せる絵描きを多数揃えている事を。 彼等の協力を得て、各都市に潜む男爵の配下には、関連すると思われる全ての似顔絵を持たせているという事を。 そんな恐ろしく金と労力のかかる事を徹底させる、ビィ男爵という男の恐ろしさを。 |
■参加者一覧
南風原 薫(ia0258)
17歳・男・泰
野乃原・那美(ia5377)
15歳・女・シ
フレイア(ib0257)
28歳・女・魔
煉谷 耀(ib3229)
33歳・男・シ
笹倉 靖(ib6125)
23歳・男・巫
ジェーン・ドゥ(ib7955)
25歳・女・砂
ヴァルトルーデ・レント(ib9488)
18歳・女・騎
リドワーン(ic0545)
42歳・男・弓 |
■リプレイ本文 笹倉 靖(ib6125)は上空からソレを見つけるなり、まだ距離があるにも関わらず、その危険さに気付く。 「うぉい、完全に儀式真っ最中じゃねーかよ。ただの雨乞いじゃなさそうだ」 儀式の中心に置かれている鉄の箱から漂う、禍々しい気配を察したのだ。 ついでに先ごろ敵より奪取した人型の数と、檻に放り込まれている人数とを比べるが、檻に居る人間の方が多い。 恐らくは奴隷買いに失敗した時に備えて余裕を持って数を揃えたと思われる。準備の良い話である。 リドワーン(ic0545)もまた周辺に目をやるが、眼下には出立前に確認した雨乞いの儀式に必要な物が全て揃っていた。 敵陣の戦力にぼやく南風原 薫(ia0258)。 「あらら。チョロい偵察任務かと思やぁ……」 既にこちらには気付いているようで、敵は迎撃体勢を整えるべく動き出す。 「おっと、そいつは困る」 焙烙玉に撒菱やらを加えた特製のブツを、投げ落とす。派手に爆発した挙句そこらに撒菱が飛び散るが、内の一つが龍と共に飛ぶ薫の横にぽーんと跳ねて来たのが見えた。 あらま、と空中でそれを手に取りつつ、眼下の崩れた陣を確認する。 「祭りにゃ花火が必要、だろ?」 聞くとはなしにこれが聞こえたフレイア(ib0257)は、術を詠唱後、こんな台詞を言ってみる。 「火はありませんが、花ならば」 放った吹雪の術は上空より見下ろすと円形に広がり渦を巻いて見える。 確かにこれなら、真白き薔薇のように見えなくもない。 崩れた敵陣と、立て直さんとする動きを見据えたジェーン・ドゥ(ib7955)は、手馴れた様子で各人それぞれに降下地点と順番を指示。 降下直後の大きな隙を埋めつつ、先手を取れるよう導く。 野乃原・那美(ia5377)、煉谷 耀(ib3229)の二人は真っ先に龍より飛び降り、見るからに魔術師とわかるアリアンとネイに向け突っ込んで行く。 三人目はヴァルトルーデ・レント(ib9488)だ。 着地と同時にその大鎌で半円に薙ぎ払う。弧を描く血の飛沫を追うように、黄金の長髪が靡く。 那美が魔術師アリアンへ走ったのを見ると、耀はネイに足を向ける。 上空より見下ろす形で周辺地形を確認してあるが、嫌な予感の塊であるかのような鉄箱以外は、罠と呼べるようなものは無い。 残るは術の進行具合だが、魔術師フレイアにも詳細まではわからないようだ。 鉄箱にはヴァルトルーデがつき、奴隷の檻には靖が向かっている。 敵前衛はこちらの前衛が抑えて、いや、檻の方に一人向かっている。 しかしこれを受ける靖はというと、援護不要と首を振る。口調も振舞いも優男にしか見えぬが、存外骨のある男のようだ。 最初の布陣としては、申し分無い形だ。 ならばと耀は標的に集中する。 三人の兵がネイを警護するそこへ小細工抜きに突っ込むと、中央の兵の胴が斜めに斬り裂かれる。 耀の武器は依然として見えず、間合いは剣の間合いにすらなっていないというのに。 耀はそのまま強引に中央突破。 更に前方へ伸びだすように片腕を突き出す。と、その手の延長線上にあったネイの足から血が噴出す。 滴る血には、ドス黒い血液とは明らかに違う何かが混じっていた。 そこでネイが取った行動は、後退。護衛の兵を頼りに下がったのだ。 これで耀はネイの役割を見切った。 飛来する氷の矢を逆腕で防ぎながら、迫る兵の剣を潜り、斧をいなす。 かわし、駆け抜け、それでも耀の攻撃態勢は崩れぬ。更に、耀が二人目の兵を流しぬけた時、再び魔術師の肩から血が噴出し、衝撃に体が揺れる。 ネイは冷静な判断が下せない。敵の武器が全くわからず、動転から立ち直れず。 二度目のそれは、矢という痕跡が残っているのに。 戦場でいうのなら、奥まった場所に位置するネイとそれを狙う耀。 彼等とは反対側になるその位置に、矢を放った弓術師リドワーンは居た。 リドワーンは耀の武器を見て、これならばとネイへの攻撃を決めたのだ。 一射目を放つと、残心が終わるなりすぐに次の矢を番える。 矢筒から矢羽根をつまみつつ矢を一本抜き、鏃を放るように矢を半回転させ、弓を握る手がこれを掴む。 二本の指で矢羽根をつまんでいる手は弦に添えてある。 そして大きく胸を開く。この動作と共に残る六節全てを一挙に終わらせる。 弓射の所作には、心のありようを射撃の時に合わせ高めるという目的もあり、ただ速く構えればいいというものでもない。 リドワーンはこの時、意識を弓射に捧げる心構えも終えている。 殺気溢れる喧騒の最中よりほんの少し上、雨乞いをするには絶好の日和であろう曇り空と大地の境目へと目を向ける。 正確には、山なりに戦場を飛び越え、その先の魔術師ネイへと至る軌跡へと。 術式の影響か、風が嫌な流れ方をしている。 僅かに、それこそ爪一枚分も無い程微かに、右にずらして矢を放つ。 完璧な飛翔を見せた矢であったが、リドワーンは感心したように第三の矢を用意しはじめる。 頭蓋を射抜くはずの矢は、ネイが咄嗟に額の前へと掲げた腕に当たっていたのだ。 それでも矢の威力を抑えきれず、額から血を流すネイであったが、まだ生きている。 魔術師の技により、吹き荒れる吹雪。 これを堪えながら耀は、自らも凍り付きつつ斬りかかってくる兵の一人を蹴り飛ばす。 ネイは吹雪に加え、氷の矢を放たんと無傷の腕を突き出す。 いない。ほんの一瞬すら目を離していなかったのに、ネイは耀の姿を見失っていた。 真後ろから、ひゅるっと糸のような音が。 背後を取った耀が腕を引くと、ネイの首にかかっていた鋼線がその首を深く斬り裂く。 ネイは、それでも首が落ちぬよう傷ついた腕で支えながら振り返り術を行使せんとするが、その頭頂を、今度こそリドワーンの矢が射抜いていくのであった。 魔術師アリアンの回りには、特に兵が多く配置されている。 これを突破するのは容易ではなかろう、何て事を野乃原那美もフレイアも考えてはいなかった。 「良い的よ、それ」 豪雪を彼等のど真ん中に叩き込んでやる。 流石にソレだけで崩れはしないが、フレイアの、君実は正体アヤカシだろって言わずにおれぬ強大な魔力でこんなものブチ込まれた日には、志体無しにはたまったものではなかろう。 そして吹雪がまだその残滓を残している間に、那美は彼等の間へと突入する。 那美は、氷結しささくれてしまっている肌を内よりの気炎で溶かす彼等の勇猛さに抗いがたい誘惑を感じるも、これで仕事はきっちりこなすのが那美だ。 「よりどりみどり♪ ふふ、これだけいれば斬り放題だしね〜♪」 後の楽しみにはするらしいが、ともかく魔術師攻撃を優先する。 アリアンは兵達に紛れながら、那美へと杖をかざしていた。 直後、那美の全身がその意思によらず大きく跳ねる。 目視すら困難な速度で雷撃が那美の体を貫いたのだ。更に続けざまに放たれた雷はフレイアを捉える。 ほんの一瞬、フレイアの眼前で留まった雷撃は、しかし彼女の強固な魔力抵抗をすら破り胸部を貫通。その上、何と彼は眼前に鉄の壁を作り出す。 もちろん那美もこの壁に防がれる形だ。 「あら、鼠族にしては考えてるみたいね……でも」 アークブラスト二発にアイアンウォール。類稀な術士である事は間違いあるまい。 「無駄ですけど」 二本の指を立て、口元に運ぶ。指の間を通すように、喉奥を震わせ微かな震動を起こす。 大気の揺れは指の間を抜けるなり、手の平を覆う形で波打つ雷と化す。 これを肩の上に振りかぶり、凪ぐように投げ放つ。 お返しとばかりのアークブラストの一撃は聳え立った鉄壁を、ただの一撃で消滅させてしまった。 口笛を吹きながら、那美は驚きに顔を歪めるアリアンへと迫る。 「あは、君の斬り心地はどんなのかな? 魔術師ってあまり斬ったことないんだよね〜♪」 アリアンは杖を両手で高速回転させ、那美への牽制とする。防戦に徹するならこういった用い方もアリだ。 那美は、半身になりながら伸び上がるように刀を突き出す。回転の合間を綺麗に縫ったこの一撃はアリアンを貫き杖の回転速度が落ちる。 右下、潜った。そう見えたアリアンは真逆の方角より、胴に深々と刀を突き刺されていた。 アリアンはアークブラストにて那美を追い払うが、すぐに自分が絶望的な状況にある事を理解する。 自身の前後を取り囲むように、灰色の光球がふよふよと浮いているのが見えたのだ。 顔を庇うアリアンを、無数の精霊が混在する消滅の光球が襲い、破裂した。 フレイアは、これをもらっておきながらまだ原形をとどめているアリアンに驚愕を禁じえなかったが、結果は一緒だ。 「ふふっ、君、良いよ♪ この感触、もう崩れ落ちるしかないはずの体で頑張ってくれないと出せないんだよね♪」 愉悦の表情のままアリアンを愛おしげに貫くのは、那美の双刀であった。 靖は檻の鍵を一つ一つ外して回る。 皆が暴れてくれているせいで、これは簡単に出来そうか、と思ったがやはりそうもいかず。敵サムライドギがこちらへとかけてくる。 どうしたものか、と思案していると、すぐ隣に川那辺由愛が来ていて自分を指差している。 これはありがたいと鍵開け道具を貸してドギと相対する。 ドギの剣が前髪をかすめる。おお怖、と口では言いながら冷静に閃癒を。これは仲間や靖にではなく、捕らわれていた奴隷達への術だ。 挙句、体術のみでドギの剣をいなしながら他の味方に神楽舞を送ってやるのだ。 基本的に短気ではないドギとてこれには腹を立てても仕方あるまい。 見るからにキレてるドギに、靖は心外そうに言ってやる。 「や、これ見た目程余裕あるわけじゃないぜ?」 火に油である。 踏み出してくるドギに、靖は開きかけた扇で自分の腕を叩き音を鳴らす。 小奇麗に整った音が響いたかと思うと、扇より白色の光弾が放たれる。出鼻をこれでしこたま挫かれたドギに対し、右手に持った扇を直上へとかざし上げる。 当然、そちらに目が行く。 その隙に逆腕の手の平から再び白霊弾を。今度は脛をこれで痛打されたドギ。完全に、キレた模様。 ちょうどそんな彼の背後に位置していた由愛から合図が。 全ての檻を手際良く開き奴隷を引っ張り出した彼女は、既に彼らを引き連れ安全域へと避難を始めていた。 これで一先ずは問題ない。これ以上彼を怒らせ注意をひきつける理由もなくなった靖は、気安い調子で言ってやった。 「そんなに怒んなよ。ただの冗談だぜ、笑って許せって」 ドギは、もう止まりそうもなくなっていた。 薫の敵は、強力なサムライであった。 薫もまた刀を用いて戦うが、ラルフの剣は重く鋭い。 小手調べに三合程打ち合ったが、どうにも、向こうが一枚上手に思える。 『剣に生きる系の猛者と正面勝負ってぇのは分が悪ぃな……』 右腕に沿わせるような形で刀を構え、左前にて無手の左手を前に。 右左が逆に思える構えは、実は何の意味もない。 薫はラルフの踏み出しに合わせ、右手に握っていた刀をかーるく宙へと放り投げる。 と同時に、足元の土を蹴り上げる。 ラルフは目を狙った土砂を無視、刀はそもラルフに届かない。突進の眼前に落ちる位置だ。 薫もまた踏み出す。ラルフの剣が振り下ろされるが、これを薫は空中から落下してきた刀を蹴り飛ばしラルフの剣にぶつける。 ぶつける事で刀を止められると決め付け、薫は更に踏み出しながらの後ろ回し蹴り。 ラルフは腕にて防ぎにかかる。否、薫は後ろ回し蹴りを放ったのではなく、足をラルフに首に絡めにいったのだ。 更に否、薫の真の狙いは、後ろ回し蹴りの形で飛ばした足ではなく、構えの延長にしか見えぬ右手。 これが、ラルフの刀を持つ手首を掴み、逆技にて捻り上げる。 剣を取り落とすラルフに、薫は嘲笑を浴びせる。 「こういうのは馴染みが無かった、かい?」 武器が無かろうと、と殴りかかるラルフの拳に、腕を絡めながら肩口を取り、逆技に決めながら大地に転がり倒れる薫。 これで右腕もへし折った。 「森の田舎者なんだって? 道理で愚直だねぇ」 ヴァルトルーデと剣を交たザイルは、彼女より感じた気配に眉根をしかめる。 「……貴様、騎士だな。それも、王に仕える。我が怨念の剣が貴様の血を欲しておるわ」 地の底より響き渡るようなドスの効いた声であったが、ヴァルトルーデの凍えるように冷めた声も負けず劣らずだ。 「ジルベリアへの怨念? 久々に大きな妄言を聞くこととなったが……そのような妄言は処刑台で聞き飽きたのでな」 長大な鎌を、手足の如く一回し。 「この墓場と言う処刑に誂え向きの場で……死ね」 我が名はヴァルトルーデ・レント―― ザイルの頑強な鎧をヴァルトルーデの強打がじわじわと削り取っていく。 鎌という武器は堅固な鎧には不向きだが、ヴァルトルーデは実に器用にこれを操る。 ――黒衣の死神、ジルベリアの死刑執行人 無論ザイルの反撃もある。だが、肉を裂かれ血を流そうと、ヴァルトルーデの表情は変わらぬまま。 その反応はあまりに人間離れしすぎており、猛者ザイルをして恐怖を覚える程だ。 我が騎士道は―― 淡々とした殺意。あるべき物はあるべき形に戻るべき。そんな声が聞こえてくるよう。 だから最後も淡々と。ザイルは信じられぬといった顔のまま、首を、刎ねられた。 ――殺すこと 既に存分に剣を交えたジェーンは、サイモンの優れた技量を理解したが、それでも尚、趨勢は決したと判断する。 袈裟に振り下ろされる剣を、ジェーンもまた刀で受け止める。と、サイモンは剣を引かずそのまま鍔迫り合いとなる。 伝わってくる。サイモンの想いが。 絶対にわかりあえぬだろう男の望むあり方が。 そのまま自ら大地に倒れこむジェーン。大地を背にその反動を受けつつ、サイモンの体を大きく蹴り飛ばす。 僅かに距離があいた事で、ジェーンは短銃を抜き撃つ。サイモン、何と剣で弾丸を受け弾く。 奇跡の技術で即座に次弾を放つ。サイモン、これをかわすも距離を縮められず。 起き上がって走るジェーン。サイモン、必死に追いすがる。これ以上ジェーンにてこずっていては脱出すらままならなくなる。 不意にジェーンは背を向けたままの体勢で真後ろに、つまりサイモンの方に向け大きく飛び込む。 サイモン、構えが間に合わず必殺の斬撃を放てず。 「貴方たちの戦争を、ここで終わらせましょう」 完全に懐に入りきったジェーンは自分の体とサイモンの体で刀を挟むようにし、上へ刀を引き抜き、背負い投げる要領でこれを振るうと、鎧ごと逆袈裟にサイモンは斬り上げられる。 サイモンはそれでも得意の技を撃ち放たんとするが、この距離ではジェーンに一日の長がある。 ジェーンは後ろも見ずに短銃を撃ち放ちサイモンの刀を飛ばすと、首に刀の刃の根元を押し付け斬り落とすのだった。 |