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■オープニング本文 「ほんっとーによろしいんですね」 そう言って藪紫が再度念を押すと、犬神の里長は真っ向よりこれを迎え撃つ。 「構わん。武力は誇示してこそだ」 犬神の里では例年、犬神の里最強決定戦なるものが開催されている。 これはその名の通りのイベントで、その年の最強を決める戦いである。 無論、切磋琢磨が目的であるので、致命的な損傷を与えるのは論外であるが、それ以外は基本的に何でもアリの戦いだ。 トーナメント方式で戦いは行われ、最後に勝ち残った勇者には、素晴らしい待遇、ないし賞品が与えられる。 この戦いを犬神の里長は、他所に公開すると言い出したのだ。 戦闘が行われる武闘場をぐるっと取り囲む観客席の数の関係で、有料である程度の入場制限をかけるが、基本的には誰でも観戦出来るようにする。 シノビが自らの手の内を他人に晒して回るとか、正気を疑う話であるが、そも、犬神の里の有名所は、名前も手口もかなりの所が他所の里にバレていたり。 元より力押し上等な里であり、戦力を秘匿するより誇示する事で威容を見せつけようという腹である。 里長がこうして自信満々なのには訳がある。 犬神の里に三人の勇者あり。 一人を幽遠、シノビの中のシノビであり、どんな困難な任務も圧倒的な武力と類稀な技術で達成する男。 一人を華玉、妖艶な肢体からは想像もつかぬ程戦闘力が高く、また忍術にも長ける為、多数で囲んですら手に負えぬ女。 一人を宗次、普段は温厚で穏便で穏やかに任務をこなすが、その必要が出た瞬間、冷徹冷酷酷薄非道なドS魔人となる。 この三人に代表される若手シノビの武勇は、最早若手で済ませられる域を軽く超えている。 そして、里長が何よりも披露したくてならないのがもう一人、居るのだ。 三人の勇者をすら凌ぐだろう、犬神直系の血を引くシノビが、先ごろ武者修行の旅より帰還したのだ。 その名も犬神疾風(いぬがみはやて)。 武者修行に出る前より無敵の名を欲しいままにしてきた男が、更なる力を身につけ戻って来たのだ。 藪紫は疾風の屋敷を訪れていた。 「里長の思惑はどうあれ、疾風さんがその気にならないという事でしたら、私から出場辞退の話を通しておきますが」 服の縁より隠しきれぬ屈強な肉体が漏れ出している疾風は、小さくため息をつく。 「そうもいくまい。ただでさえ里に不義理を重ねてきた俺だ、こういう所で役に立って見せねばな」 「そう、ですか……」 「何だ、歯切れが悪いな」 「出来れば、貴方は切り札にしておきたいと考えていたものですから」 疾風は無言のまま。ふと思い出したように自分の妻を呼び、藪紫にお茶菓子を持ってくるよう頼む。 おかまいなく、と藪紫が返した直後、疾風は本題を切り出した。 「……雲切はどうした?」 「謹慎中です」 「随分長い謹慎らしいな」 「しでかした事が事ですから」 「で、アレが静かに謹慎してるなんて話を俺に信じろと?」 「疾風さんが失踪……失礼、武者修行中にあの子も成長したんですよ」 「……里の外で奇妙な金髪を見たという話を聞いたんだが」 「最近は多いみたいですね、金の髪」 そこで一旦言葉を切る。 「出さないつもりか?」 「謹慎中なので出したくても出せません」 「それでも構わん。一太刀交えさせろ」 「謹慎中です」 「なら、俺に勝てる奴は居なくなるな」 「疾風さん。貴方が武者修行の名を借り趣味に興じている間、あの三人を、私が、鍛えていたんですよ。例え真っ向勝負になったとて、幽遠あたりなら五分に渡り合えるでしょう」 と、疾風の屋敷の戸を叩く音と共に、外から声が聞こえた。 「ちょっと聞いてよ疾風さんってば! いや今すぐ来てちょうだい! もーすっごい笑える話あるのよ!」 何事かと疾風と藪紫が並んで玄関まで行くと、そこには華玉の姿があった。 「やぶっちもいたの。ちょーどいいわ。あのね、幽遠のバカ、ひとみに負けやがったのよあのへっぽこ! あーっはっはっは! もうねどんだけ抜けてんのよアイツあー腹痛い! これで決定戦への参戦はぱー、ひとみにぶん捕られてやんの! あーもうさいっこう笑えるわこれ!」 呆気に取られる藪紫というちょっと珍しいものを見れたわけだが、疾風はそれをさておき華玉に問う。 「ひとみとは誰だ?」 「今ウチの里で育ててるサムライの女の子。十歳の」 そんな話をしている二人を置いて、藪紫はずんずんと彼方へ向かい歩いていく。 「疾風さん、申し訳ありませんが今日の所はこのぐらいで。私、ちょっと、用事が出来ましたので」 誰も、藪紫を止める者はなかった。 見える事実は全て夢! 何もかもを疑って尚その影すら捉えられぬ! 犬神最強の幻術使い風見! 犬神三傑の一人! 反骨三人衆って言った奴出て来い! 忍術の匠、華玉! 身の軽さならあのバケモノにだって負けやしない! 瞬足の金蔵! まさかの大金星! 犬神三傑幽遠を破っての出場なら文句無しだ! ロリ侍ひとみ! 年甲斐は一体何処においてきた!? 最高齢八十二歳での参戦! 紅の雪崩! 犬神三傑のもう一人! 今回も出てしまうのか最悪最低ドS展開!? さっさとトドメ刺してやれよの宗次! 武器なんか捨ててかかって来い! 素手なら俺が陰殻一だ! 炎の鉄拳八尋! 何処へ行ってたチャンピオン! 我等は貴方を待っていた! 犬神の名を許された男! 初代犬神最強! 奥さん可愛いですねド畜生! 犬神疾風だああああああああああ! 尚、二代目犬神最強は現在謹慎中との事で、今大会への参加は見合わせる旨連絡が来ておりますので、悪しからずご了承くださいませ。 「あのクソ解説殴っていいかしら?」 華玉の台詞に、藪紫は後でねと答えつつ、じっとこちらを見ているひとみを見つめ返す。 「ひとみ」 「はい」 「やるからには勝ちなさい。もし一勝でも出来れば、全てを不問にするわ」 「はい」 組み合わせは直前になるまでわからない。後は、ひとみの運次第であった。 藪紫は、自身の想いを口には出さなかった。 『……どうしてこう、私が預かる子ってのはみんな揃いも揃ってヤンチャなのかしら』 もう一人のおっきい子供、金髪の雲切には大会中戻って来れないよう、とある山にアヤカシ退治に向かわせている。 実は里長より謹慎解除の許可はもらっているのだが、大会に出してバケモノの如く成長した雲切の力を知られるのが嫌で、謹慎を解かぬままにしておいたのだ。 「あの程度のアヤカシ。ジルベリアでの戦いに比べれば何をかあらんですわ!」 とか調子の良い事を抜かしているのは速攻で山のアヤカシを退治し終えた雲切であった。 彼女は顔を見られないよう目深にフードを被り、目を輝かせながら大会会場に入っていく。 参加は見合わせるよう強く言われたが、せめても仲間達がどれだけ成長したかを見たいと、雲切は謹慎中でありながらこれを観戦するつもりであった。 |
■参加者一覧
北條 黯羽(ia0072)
25歳・女・陰
佐久間 一(ia0503)
22歳・男・志
柳生 右京(ia0970)
25歳・男・サ
フェルル=グライフ(ia4572)
19歳・女・騎
叢雲・暁(ia5363)
16歳・女・シ
狐火(ib0233)
22歳・男・シ
火麗(ic0614)
24歳・女・サ
錘(ic0801)
16歳・女・サ |
■リプレイ本文 火麗(ic0614)はサムライであるが、その見るからに怪しい風体に気付かぬ程愚かではない。 と、隣に来ていた佐久間 一(ia0503)が、ものっそい苦々しい顔でこめかみを押さえているのが見えた。 「すみません、その、自分のツレです」 「もしかしてと思うけど、アレ雲切って子?」 「…………」 「まあいいよ。騒ぎは無しで、ね」 「助かります」 一は不自然さを極力廃した動きで雲切の側へ。 「雲切さんですか? そのまま聞いてください」 続々客席入りする観客の波の中、雲切にだけ聞こえるよう小さく呟く。 大人しくしているように、と告げると、雲切は頷き振り向く。 「わかりましたわ。ところでそちらはどなた……」 いや返事すな言うた上にそのままて話はー、てな突っ込みを入れる暇すらない。 「は、一さんですの!? もしかして一さんも大会を見に! ちょうどよかったですわ!」 「し、しーっ、しーですよ」 雲切もはたと気付いて声を潜める。 「そ、そうでしたわ。私は謹慎中でした。でも、観戦なら任せて下さいましっ、私こう見えても犬神の有力戦士には詳しいんですのよ」 ですから私が解説してさしあげますわー、とか言いながら一の腕を掴んで引っ張り会場へと向かう。 とりあえず人の話はあまり聞かない模様。 いずれにせよ、このままだとひゃくぱー見つかってしまうだろうし、見つからぬよう観戦する体勢を整えよう、と一は腕を引かれるながら考えていた。 フェルル=グライフ(ia4572)は開拓者ギルドの情報課で、発見した重要情報を前に顔を真っ赤に染める。 「ふ、ふふふふふ不潔ですっ!」 怪訝そうな顔のひとみが問い返す。 「何か見つかったのですか?」 「あっ、ひとみちゃんは読まなくていいよ! っていうか読んじゃだめ!」 ひとみを知る者ならば不思議に思う所だ。この一言で、必要と思しき事への追求をひとみが諦めたのだから。 フェルルは極めて高い戦闘能力の所のみを口頭で伝え、先の幽遠以上に、まともにぶつかっては危険だと考える。 里へと戻るとグリムバルドが双葉、大吾、幽遠、アヤメの協力を得て入手した他参加者の情報をまとめ終えた所だった。 同じサムライ視点での注釈を加えたものを渡すと、やはり、参加者の内半数は打倒が極めて困難との結論である。 それっぽい変装でとりあえず雲切の見た目を誤魔化した一は、二人並んで席についた所で、食べ物を取ってくると言い席を離れる。 そのまま疾風が控える部屋を訪ねる。 「一通りの場所は確認しましたが、雲切さんは見つけられませんでしたね」 そうか、と残念そうに疾風。それでも、観客席に紛れてる可能性を追うよう頼むと、第三試合目になる一回戦に出陣する。 そしてその対戦相手、金蔵の部屋だ。 ここに、柳生 右京(ia0970)がふらりと姿を現した。 「ん? 開拓者か? いや結局依頼は成立しなかったのでは? それにもう遅いだろう」 右京は、より背の低い金蔵を見下ろし、想像していた以上の実力者である事に笑みを見せながら言った。 「いや、ちょうどだ」 満員御礼の観客席中に響く声。 これを発するは、ボックス席になっている場所で、幽遠さんのオススメによりこの席につく事になった、叢雲・暁(ia5363)であった。 「全国八千万のシノビファン共! これより一回戦第一試合を開始するよー! 実況解説はご存知! 暁(ジョン)叢雲(カビラ)だよろしくー!」 第一試合は華玉対雪崩。雪崩も奮戦したが、地力の差で華玉の勝利。 退場の際、華玉にはセコンドについている北條 黯羽(ia0072)とハイタッチする余裕があった。 「お見事」 「ありがと。治癒があると思うと思い切った手が打てるからありがたいわ」 黯羽は少し声を潜める。 「……人魂情報だ。控え室は使わない方が無難さね」 華玉は満面の笑みであった。 「ん〜♪ やっぱ陰陽師が居てくれると楽出来るわー♪」 更に試合は続き、問題が起こったのは一回戦第三試合目だ。 疾風が戦闘場で待っていたのだが、出て来た対戦相手は金蔵どころかシノビですら無かった。 「参加者を倒せば、権利を奪えると聞いたのでな」 額から血を流しながら、何と柳生右京が姿を現した。 まさかの乱入に観客席は大盛り上がり。無論犬神の里の者は大ブーイングだが、そこで、暁が動いた。 「おーーーーーっと! これは予想外の展開だ! しかし! 対する犬神疾風はどうやらヤる気だぞ! さあさあどうするどうする大会運営委員長藪紫!」 貴賓席の一つに座っていた藪紫は、おもむろに席を立つ。会場中の視線を集めた彼女は、そのままゆっくりと片腕を上げ、親指を立てた。 「ごおおおおおおお! サインだああああああああ! 底抜けの太っ腹! 犬神は誰の挑戦でも受けると言わんばかりのこの自信! そうでもなきゃそもそも大会なんて開かないってかああああああ!」 席に着いた藪紫に、姿が外より見えぬ角度にいる狐火(ib0233)が呟く。 「お変わりないようで何より。で、本当にいいのですか?」 藪紫はものっそい渋い顔をしていた。 「予定されていた行動ではあります……柳生さんには以前の件で借りもありますし」 それを借りと言うのなら、狐火に対しても借りがあるという話だ。 「報酬はいただきましたが?」 「お金だけで済むような話ではなかったと、私は考えてますよ」 右京は里に来るなり藪紫を訪ねる。 彼の話を要約すると、疾風を止めるのなら俺を大会に出せ、である。 藪紫は疾風の一回戦の相手を指し、彼を倒せたなら、と条件をつけたのだ。 片手持ちの刀を下段から斜めに流すように構える、疾風独特の構え。 この、構えを取った瞬間、会場に集まった全ての者が、手元の自らの武器に手を寄せずにはいられなかった。 疾風を中心に放たれた武威の圧は、戦闘場全てを覆い尚とどまらず、観客席をも巻き込む膨大なモノ。 これだけの距離がありながら、その殺意に押し潰されそうになる。 一は雲切の表情を確認する。変化は無し。周囲の観客全てが武威に当てられ緊張の極みにあるというのに、彼女の呼吸はまるで乱れず。 「動きますわ」 視線を会場に戻すと、疾風は動かず。動いたのは、右京であった。 「血の宴……と呼ぶには人が多過ぎるが、まぁいい……」 一は驚きに声をあげかけた。何と右京は、中段の刀を上段へとゆっくり上げていったのだ。 観客が叫ぶ。馬鹿な、と。当たり前だ。これほどの武威を見せ付けられておきながら、防御を疎かにするなぞ正気の沙汰ではない。 しかし雲切は小さくだが頷く。 「英断、ですわ」 一もまた、右京の心の動きを理解する。 「これで僅かにですが勝機は残りました。しかし……」 先の先を取り押し切る。これ以外無いという手だが、例え試合とはいえ今の疾風を相手に、上段を構えられるクソ度胸が凄い。 疾風もまたその意を汲むようで、誘いに真っ向から乗っての抜き胴を狙う構え。 一は多分みんなが思ってる事を口にしてみた。 「シノビのやる事じゃないですよね、もうこれ」 そして隣を見やると、今更か、と犬神の里への印象を固めるのであった。 疾風は右京の呼吸を盗むと、体の縁が歪んで見える速さで踏み込む。 疾風の頭上に刀。再加速、間に合わず。受け、刀ごと斬られる。 強力無比な武威を見せる事で萎縮させようとしたのだが、柳生右京を相手にその手だけは通じない。 疾風が用いるは回転。 その場で刀を頭上にかざし、全身で回りながら強力な一斬を弾きにかかる。 弾き流し、回転止まらず胴を薙ぐ。 突進した勢いそのままに、疾風は前方に転がり倒れるも、すぐに立ち上がる。 右京は振り返り、言った。 「なかなかやる……お前と真剣で戦う機会、待っておくぞ」 そのまま自らの足で退場する右京。審判員が疾風の勝利を宣言したのは少し経ってからであった。 試合が終わり部屋に戻った疾風の元に、錘(ic0801)が報告に訪れる。 雲切の所在不明という報告に、やはりかと疾風は自分の腕に治療を施す。 錘は結構な深手に見える傷の事には触れぬまま、報告を続ける。 曰く、姿を見せぬ雲切を、他里が本気で調査に動いているというもの。 具体的な他里の名前を出されると、疾風も流石にゴリ押しは出来ないかと考え込む。 「余計な事かもしれませんが、貴方はむしろ彼女を守る立場なのでは? その必要があるというのなら、協力するに吝かではありませんが」 「……確かに、君が正しい。なら頼めるか?」 「了解しました。ですが、貴方の立場でこそ出来る事も多いと思いますが」 遠回しに、大会中だがお前も動けと錘は言ってるわけだ。疾風は犬神の名を名乗るだけあって、里においてそれなりの権力を有している。 これを了承した疾風は、早速何処かへと出て行った。 もちろん、雲切を他里が探っているというのは大嘘で、疾風を戦闘以外で振り回すのが目的である。 疾風君包囲網は、着々と進行していた。 ひとみはフェルルと共に里に戻ると、まず最初に治癒の術を使ってくれるよう頼む。 すぐにフェルルは察する。つまり、治癒術が必要になるような訓練の仕方をしたい、とひとみは言っているのだ。 「これなら数人を除き、勝利の目処は立つと思います。ともかく今は、出来る限りの事をしておくべきでしょう」 無表情のまま淡々とそう告げるひとみであるが、フェルルはそこに違和感を覚える。そもそもの口数が、ひとみにしては多すぎる。 フェルルがこっそりひとみの二人の仲間にこれを問うと、双葉からは「うん、アイツすっげー浮かれてる」と、大吾からは「めちゃめちゃ楽しそうだよ」と返って来た。 グリムバルドは、祭りの準備をしてる気分なんじゃないか、と言う。 なるほど、納得出来る話だ。生き死にを考えず、ただ純粋に技量を競い合う、しかも相手は誰が来ても明らかな格上。 必死に剣の腕を磨いてきた挑戦者の立場が燃えないはずがない。 「うん、なら、本気全力でやらないと」 フェルルもまた余計な事を考えるのはやめにした。 今はただ、ひとみと共に如何に一回戦を突破するかに集中しようと。 確かに、双葉や大吾、未だにちょっと怒ってはいるがアヤメも、そして幽遠も、グリムバルドやフェルルと共に、ひとみを勝たせるという目的の為、皆で一丸となって取り組むのは、ひとみに限らずとも楽しい事であった。 そして戦いが終わる。 ひとみは片腕を天へと突き上げながら、皆の待つ控え室に退場してきた。 フェルルはこれを正面から迎え、ひとみの痩せ我慢が限界に至る前に、丁寧に抱きとめてやる。 「良く頑張ったね」 火麗は警備をしながらだがこれまで全ての試合を観戦してきた。期待していた以上のものが見られた事には満足しているが、懸念もあった。 火麗はそろそろ限界かと幽遠に対し、懸念を口にする事にした。 「あれ、雲切って子じゃない?」 驚いた幽遠が火麗の指差す先を見ると、フードを被った女らしき者が震えており、隣の男が何やら宥めているように見える。 「……あれはいつからああしてる?」 「あはは、ごめん。最初っからずっと居て、華玉と宗次の試合終わった頃からあんな調子」 幽遠は後ろも見ずに駆け出し、そちらへ向かう。 一は、もう戦いたくてどーしようもなくなっている雲切を言葉静かに嗜め続ける。 「後少しですから、頑張って我慢してください」 「うー、うー、うー」 「何がうーだこの馬鹿」 「へ?」 雲切の後ろから、苦虫を噛み潰したような顔の幽遠が声をかけてきた。 あちゃーといった顔の一。 後を追ってきた火麗は雲切の様子を見て、幽遠に一つ提案をする。 「大会が終わったら、疾風ってのとやらせてやったら? 楽しみが待ってりゃ我慢も出来るだろ」 ぱあああ、と顔が輝くちょー現金な雲切さんに、幽遠は渋々だが、これを手配すると約束する。 火麗は、ちょんちょんと幽遠をつつき、自分を指差す。 「わーかったっつの。お前も見たいってんだろうが」 うんうん、と頷く火麗であった。 遂に、決勝戦が始まる。 疾風対華玉。ちなみにひとみは一回戦の戦いで燃え尽きた為、二回戦で疾風に瞬殺された模様。 戦闘前、錘が調査結果を、最悪の形で報告してやった。 「どうやら他里の者は貴方の奥方を雲切と疑っているようですね」 食後のお茶をごぶふぁっ、と噴出す疾風。 「ああ、もう試合の時間ですね。頑張って下さい」 常に無い焦った様子で戦闘場に出て奥さんを探す。居た。おいこら待て隣の男は誰だクソが。 大会前より時間をかけて奥方との接点を作っておいた狐火は、戦闘を見るのが怖い奥さんの力になりましょう、と観戦を手伝ってあげていた。 著しく集中力を欠いた状態で戦いが始まる。 華玉は動きに精彩を欠いていたのだが、それにすら気付けぬ疾風。 戦闘中にちら見しては、素敵なちょっかいをかけ続ける狐火に、激しく心乱される。 それでも動きは疾風が上。そう確信した所で一息に決着をつけに動く。 黯羽は、会心の笑みを浮かべた。 「殺った!」 瞬間、ありえぬ勢いで華玉が加速する。 それまで手を抜いていたわけでは絶対に無い。なのに、凄まじい加速を発揮したそのタネは、試合開始前に黯羽が華玉へとかけていた呪縛符であった。 殺し合いでないのなら、浅かろうと一本取ればそれで終わりだ。詐術であろうと、取ったもの勝ちである。 呆然とする疾風を他所に、華玉は感極まったのか黯羽に飛びつく。 そういうキャラではなかったはず、と黯羽は思ったが、華玉はこれが始めての優勝であったのだ。 狐火は総括を告げてやる。 「総じて、女性が絡むと極端に温くなりますね。腕利きが聞いて呆れます」 一言も無い幽遠と疾風。疾風は最終戦で、奥さんからの食べ合わせ最悪弁当を完食し弱体化させられていた。同じ手を幽遠も食らっている。 藪紫さんもこれには苦笑い。狐火は続ける。 「そもそもこの大会を公開する意義に疑問がありますが、ともあれ雲切嬢の戦力秘匿だけは為しえたと言っていいでしょう」 この場に居るのは開拓者達と、犬神の関係者達。 「なのにわざわざ更なる危険を負う理由が理解出来ません」 言葉の語尾に、暁の叫びが重なる。 「さああああああ! 待ちに待った対戦成立! 高度に訓練された変態VSジルベリアの星な美少女仮面の戦い! 観客が少ないのが不満だがそれでも実況は全力全開! 張り切っていってみよー!」 「おっ! お前その名を何処で聞いてきた!」 「このドアホゥがっ! 犬神疾風! キサマの正体なんぞとうにお見通しよ! 里中にバラされたくなきゃせいぜい実況し甲斐のある戦いをするんだな!」 「貴様それでも人間かああああ!」 「あ〜〜〜ん!? 聞こえんなぁ!」 ちなみに、疾風対雲切の戦いは、本気出した雲切の右ストレートにより一瞬で終わったとの事。 |