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■オープニング本文 ジェレゾの城内にて、多数の貴族が集まっての宴が催されていた。 これは先のミュルクヴィズの森での戦が完勝に終わり、参戦した、或いは配下を送り込んだ貴族達を労う宴であった。 あちらこちらで手柄自慢の声が聞こえる中、ビィ男爵は此度の戦いで協力を得られた全ての貴族に挨拶を済ませると、足早に宴の会場を抜ける。 それを咎める者が居ないのは、ビィ男爵がこの戦の総大将ではなく、有力将軍でもなく、多大なる戦果を挙げた訳でもないからだ。 派遣軍の内実全てを仕切っていた男爵であるが、こう出来たのは一重に手柄を皆に挙げさせる約束あっての事。 結果、男爵には一欠けらの手柄も残らなかったが、だからと誰かを恨むつもりも男爵にはない。 目的に対し、必要な手段を取ったというだけの話であるのだから。 城の廊下を靴音高く歩いていると、一人、又一人と男爵の後ろにつき従う影が増える。 「報告を聞こう」 「敵幹部の内、死亡が確認されたのは三人のみです」 また別の一人が告げる。 「落ち武者狩りは順調とは言えません。後少なくとも騎馬で三隊、龍で一隊回してもらいませんと」 更に別の一人が。 「各街に潜伏している森関係者ですが、やはりかなりの動揺が見られます。ただ、何分森の調査に人を割いてるだけに、そちらを一網打尽とは中々……」 男爵は即断出来るものから優先して指示を下す。 「追撃隊の増援は先ほど許可を得た。軍から騎士十五人と従士をとの事だが、今日中に出られんのなら手柄はやらんと言ってやれ。街の方は、一時的にだが衛兵の指揮権を借り受けられたのでそれで何とかしろ。衛兵には出来るだけ被害を出さないという約束付きだからな、忘れるなよ」 他数名にも指示を下し、最後に一人だけが残った。 「三人だけ、か。あそこまで追い詰めて、追い込んで、それでたった三人か。せめてもホークを倒せたのが救いだな」 残った一人は、言いにくそうに告げる。 「その、ホークですが……あれは『シャドウ』の方ではないか、と……」 男爵の片眉が捻りあがる。 「……影武者を使っているという噂か? 確証は……その顔は持っていそうだな、聞きたくもないが」 「はい、そも、あのルートにホークが出るのがおかしいのです。もう一つ、確実に脱出出来るルートがあったのですから……」 「それでもアイツが『フェニックス』である可能性は……いや、すまん、忘れてくれ。余りに上手くいかなすぎて、私も少し気弱になっているようだ」 森での殲滅戦にて、彼等の拠点を奪い、敵主力を完膚なきまでに叩きのめす。 一撃で全てを根こそぎ奪い去るでもなければ、後が極めて危険なのだ。 男爵は開拓者ギルドに陣取ると、矢継ぎ早に指示を下す。 「情報は全てここに集まるようにしておく。精査は任せるぞ」 「城の宴はよろしいんで?」 「そんな暇あるか。要注意人物が十人近く丸々残ったままなんだぞ。こいつらが暴れ出したら何が起こるかわからん」 若いギルド係員が、不思議そうに男爵に問う。 「しかし、拠点を失い補給を絶たれた状態ですし、彼等も素直に潜伏を選ぶのでは?」 男爵はちらっと彼を見て、まだ年若いからと怒鳴りつけるのは勘弁してやる事にした。 「森が出来てから数十年の時を経ている。それは、あの森で生まれ、育ち、妻を娶り、子を成し、老いて死ぬ。そんなサイクルが成立する程の時間だ。ならば森に居た者にとっては、あの森こそが世界の全てであってもおかしくはない」 ジルベリア帝国にあっては生きていく事を許されぬ身であれば、安息の地は森以外にはありえぬ。 これを奪われる事は彼等にとっての世界の終わり、そう感じてもおかしくはない。 若いギルド係員はそこまでの話で男爵の意図を察し顔色が変わる。 一応及第点か、と彼を咎めるのは止める事にした男爵は、心の中で敵の余りにヤバすぎる戦いっぷりにビビって腰砕けになったであろう森を攻めた前線指揮官達をありったけの罵詈雑言で罵りつつ、自暴自棄となった森の狂人達に備えるのだ。 フェニックス・ホークはその報告を聞くと、僅かの間目を閉じた。 身代わりになって死ぬのが影武者の仕事とはいえ、彼はかけがえの無いホークの友であったのだ。 他にも二人、彼が頼りとする勇者が倒れた。 ホークは反政府組織を率いるだけあって、必要な時に必要な判断を下すに躊躇の無い男だ。 しかし、それで心が痛まぬわけでは、ないのだ。 そこにもう一つ、ホークの心を痛める報告があがってきた。 「駄目です、ビッグマンはこちらの指示に従いません。ビッグマン率いる一党は運び出した糧食を奪い逃走をはかっております」 「アイツは随分と『外』に毒されたようだな。ビッグマンの下にはアーネストが居たはずだが」 「……糧食を奪う際に姿は見られなかったと。恐らくは……」 「盗賊に成り下がるかビッグマン……確かにお前は思慮が足りないところがあったが……しかしまさか俺達の中から裏切る者が出るとは、な……」 ビッグマンがホークの指揮を離脱したのは、充分な勝算があっての話だ。 森の外でビッグマンは一人の商人を仲間にした。彼が、今後のビッグマンを面倒見てくれるという話であったのだ。 無論、商人の為に人斬りを頼まれる事もあろうが、ビッグマンにとってはジルベリア人を斬って金がもらえるというのだから言う事などない。 ビッグマンとその一党の武が、ジルベリアでも稀有なものであると力説する商人。彼の言葉は、ビッグマン達の自尊心をくすぐる心地よい調べであった。 「はっはっはっはっは、全て俺達に任せておけい。堂々と、或いは影に潜み、人を殺すのは我々が誰より上手いのだからな」 深々と頭を下げる商人。彼の名はアルフレッド。ビィ男爵の、配下の一人であった。 アルフレッドはビィ男爵への連絡にこう語った。 『マローダー・ビッグマンは、完璧な罠にかけて尚、打ち漏らす可能性を考えねばならない剛勇の持ち主です。その性は残忍にして非道。身内以外を同じ人間とは思わぬ男です。どうか細心の注意と万全の備えを』 |
■参加者一覧
川那辺 由愛(ia0068)
24歳・女・陰
葛切 カズラ(ia0725)
26歳・女・陰
野乃原・那美(ia5377)
15歳・女・シ
華表(ib3045)
10歳・男・巫
笹倉 靖(ib6125)
23歳・男・巫
クロス=H=ミスルトゥ(ic0182)
17歳・女・騎
能山丘業雲(ic0183)
37歳・男・武
リドワーン(ic0545)
42歳・男・弓 |
■リプレイ本文 葛切 カズラ(ia0725)の目が大きく見開かれる。 敵サムライであるメルヴィンは一瞬でこちらの編成の偏りを見抜き、手にした槍を走りながら地面に突き刺し、思い切りしならせたかと思うとこの反動で大きく飛び上がりこちらの陣ど真ん中に突っ込んで来たのだ。 どちらも不意をつけなかった交戦開始直後に、こう出来る度胸が凄い。 とはいえ、標的となったカズラは天から降り注ぐ志体持ちサムライなんて物騒なモノにもさして動じた風はない。 「ただの脳筋なら詰んだ状況なんだけど、ケダモノ入ってる連中だとココからが本番なのよね〜〜」 追い込まれたケモノの激しさを知っているのだ。 カズラが空中のメルヴィンに向け水晶の髑髏をかざすと、宝珠で出来た目より涙がこぼれるように黒い触手が伸びる。 これらは四尺程の長さでしかないが、メルヴィンを捉えるなりその全身をぐるりと覆う。 そんな術を行使した直後、全身全霊を回避に費やす切り替えの早さは、やはり歴戦故か。 強烈に死を意識させられる槍撃。かわしたはずだったのだが、衝撃のみで脇腹を大きく抉られてしまう。 即座に反撃。刃の術にて敵を弾き、そして何とメルヴィンから目を外す。 振り向いた先には雄叫びと共に前衛へと駆け寄るビッグマンの姿。これに呪縛符を打ち込んだのだ。 続きメルヴィンの槍が突き出されるが、懐より布を取り出しつつ後退。 一振りにて自分の胴に巻きつけると、思わず痛みに目をしかめる強さで縛る。 「これで中身は零れないっと。けど、思った以上にヤるわねぇこの子達」 何て事言いながら、その口調は酒の席の愚痴レベルに暢気なものであった。 「流石に抑えきれんか」 敵前衛が突っ込んで来るのを、こちらの前衛も抑えにかかるのだが、数の差は如何ともし難い。 弓を構えるリドワーン(ic0545)に対し、矢の一発や二発といった面構えで敵騎士サディアスが飛び込んで来ていた。 リドワーンは即断する。サディアスではなく、敵魔術師を狙うべしと。 敵の攻勢は攻撃ではなく罠で凌ぐ。 まいた撒菱の位置へ敵を誘導。 踏み抜く。しかし重装甲の騎士には通じず。 問題無い。撒菱の刃が踏まれる事で絶ったのは、結び固定してあった草。固定が外れかつ負荷がかかれば当然、動く。 「ちっ!」 これに足を取られたサディアスが舌打ちする。 間を外されたサディアスへと弓を引き絞るリドワーン。天儀の技術と多少の差はあれどやはり弓術は弓術、会に至るまでの振りかぶりはほぼ一緒だ。 足を取られながらも剣を突き出してくるサディアスに対し、下半身のみの動きで横にズレ動きつつ、上半身はぴくりとも動かず。 構えた会の姿勢を崩さぬまま。射線を確保しこれを放つ。 サディアスの肩口の上をすり抜けていく矢は、半分程の大きさにしか見えない敵魔術師の、呪具を手にした右手を正確に射抜いていた。 その後も魔術師への攻撃を継続し、遂に魔術師が倒れると、リドワーンはそこでようやくサディアスへと狙いを定める。 既に数撃をもらってしまっており、時折来る閃癒による治療もあれど、各所より滴る血が止まる事はない。 サディアスの剣がリドワーンの右腕を捉える。リドワーンは弓を取り落とし、逆腕で傷口を抑える。 これでよし、とサディアスは別所へと向かわんとするが、その背、鎧の隙間に針のような細く小さな矢が突き刺さる。 全ての挙動は、暗器を用いる伏線であったという訳だ。 シノビのウォレスは野乃原・那美(ia5377)と対峙する。 「君は僕の獲物♪ 同じシノビとして楽しもうなのだ♪」 ウォレスが左へ走り出すのと、那美が右へつまる同じ方向へ走り出すのが同時。 二人は平行して走りながら、木々の生える場所で跳躍。木の幹を蹴り枝々が伸びる高さまで飛び上がる。 那美の視界を景色が流れる。 地を走るのと違って跳躍の瞬間が最高速で、次の跳躍寸前が最も速度が落ちる。この緩急ある視界が、木上を走る者の景色だ。 またひっきりなしに葉を体や顔に受ける為、都度視野が失われる。更に更に、敵を捕捉するには林立する木々も邪魔だ。 那美は俯瞰した視野を脳裏に浮かべる。目の前に広がる景色を見て反応するのではなく、目の前の景色から、那美を取り囲む周辺全ての地勢を想像し頭に叩き込むのだ。 左手の刀が枝に触れ跳ねる。このゆっくりとした振り上がりを使い突き出す形に持っていく。 ちょうどウォレスは眼前だ。 反応速度は、どうやら敵が上らしい。丁寧に捌き、次の木を蹴りウォレスは飛び去る。追う、すぐに理解する。敵の方が僅かに速い。 礫を連続で放る。やはり、ひらりとかわされる。 「あははっ、かかったー♪」 そこは先程那美が刀を跳ねさせ脆くした枝。ここに追い込むのが目的であったのだ。 枝が折れ落下するウォレスの真上から那美が襲い掛かり、落着前にこれを貫き、そのまま着地と同時に地面に縫い付ける。 昆虫標本のように身動き取れなくなったウォレスに、もう一本の刀を構えた那美が迫る。 「さあ、君の斬り心地はどんな感じかなー?」 敵志士ハドリーは焙烙玉の爆発にも怯んだ様子なく、前衛としての役を果たすべく見るからに近接仕様の能山丘業雲(ic0183)の前に立つ。 業雲は先手を取るべく仏刀、烏枢沙摩を振るう。 ハドリーのそれと噛み合うように受け止められるが、業雲はハドリーの表情を見て、敵は敢えて避けず受けたのだと知る。 一合でも打ち合えば、それだけで互いに互いの力量を察する事が出来よう。ハドリーはそれを知る為、敢えてこの剣を受け止めたのだ。 業雲もまた察する。相手が、一枚上手であると。 だがそこで、防戦に回らぬのが能山丘業雲という男だ。 「おぬしに先手は取らせぬぞ」 後先を全く考えない大振りを叩き込む。あまりの無謀さに、ハドリーは思わずカウンターを打ち損ねる程。 その一撃を切欠に連撃へと繋ぐ業雲。が、これ以上はハドリーが許さぬ。手首を斬り裂かれ、刀を止めさせられる。 そこからは正に詰め将棋。 一手一手着実に不利を重ねられ、後二つで刀は弾かれる。それがわかった所で業雲が盛大にキレた。 空いている片腕で、ハドリーの襟を掴んだのだ。 ハドリーはそこで二択を迫られる。この腕を斬り落とすか刀を弾くか。 至極まっとうに、腕を斬り落としにかかるハドリー。業雲は更に、握っていた刀を自ら離し、両腕で襟を掴みにかかったのだ。 腕の半ばまで切れる感触。しかし、業雲がハドリーを崩すのが先だ。 「こ、このまま倒れは、せぬぞ」 足を引っ掛け払い腰一閃。業雲が上になる形で地面に二人は倒れる。もみ合う両者。 この体勢は両者にとって攻撃の出来ぬ体勢であるが、業雲は時間を稼ぐのが目的なのだ。後は、必死に押さえ込むだけである。 川那辺 由愛(ia0068)が叫ぶ。 「カズラ!」 カズラは近接していたメルヴィンの脇腹に手を添え、術を放つ。 由愛もまた同じ術だ。 二人の祝詞は全く別物ながら、抑揚と調子が全く同じに聞こえるから不思議だ。 メルヴィンの背中と、カズラが手を添えたのとは逆側の脇腹に、苦悶の表情を浮かべる人の顔が浮かび上がる。 これが、全く同時に血を吐き出した。 噴水の様に、直角に、武具も衝撃も無いままに。 逆に血の勢いに負け、メルヴィンの体はカズラの方に斜めに倒れる程だ。 由愛はメルヴィンの瞳から命の輝きが消えるなり、さっさと次の標的へ。 弓使いでありながらリドワーンは良くやっていると思うが、それでもやはりキツそうに見える。 ちら、と由愛はビッグマンを見る。 「あれは絶対ヤヴァイわ」 クロス=H=ミスルトゥ(ic0182)は、ビッグマンの初撃を受ける前に笹倉 靖(ib6125)の加護結界を受ける事が出来た。 だからと油断したつもりはないし、そも、迫るビッグマンの迫力たるやである。 まずは槍の長柄を活かして、何て発想がそも通用しなかった。 踏み込み、振りかぶり、斬る。たったそれだけなのに、途中からビッグマンの姿が、剣が、見えなくなったのだ。 赤い帯。 回る大地。 明滅する世界。 身体全ての感覚が消え失せ、意識は自由に宙を舞う。 と、全身が突然感覚を取り戻す。とりあえず洒落にならないぐらい痛い。原因はと考え、全身を覆うこの輝き、精霊力、治癒? 治癒で痛いとは何事か。 靖が、その非常識な一撃を見て、咄嗟に取った行動は自らが前に出る、であった。 閃癒を唱えながらビッグマンの前に立つと、クロスはやはり騎士であったと納得する。 ただ前に立つだけで、意識が遠くなる程の圧力と恐怖がある。これを前に立ちはだかり続けるとか、考えたくもない事態だ。 ビッグマンの剣が再び吼える。右に流れる姿勢で、靖の体は左へとズレ動いていく。 これでかわした、そう確信出来た靖が最後の最後で体を捻りつつ首をそらしたのは、ただ一重に直感故。 そのおかげで命拾いをしたわけだ。 ビッグマンが次の攻撃姿勢に入る前に、クロスが復帰し靖の前に戻って来る。 たった今、斜めに空中を吹っ飛び、血の糸を引きながらくるくる回って大地に叩き付けられたばかりだというのに、クロスからは僅かな躊躇も感じられなかった。 『これが近接職かぁ』 真似できない、というかしたくないなんて思うも戦況はそんな余裕を与えてくれない。 全体の戦況を確認していた華表(ib3045)が青ざめた顔でこちらに駆けて来るのが見える。 つまり、ココが一番危険だという話だろう。せめてもこれ以上ヒドイのが他に無い事を喜ぶべきか。 再度、クロスがもうボロ雑巾のように斬り裂かれる。加護結界がまるで薄紙か何かだ。 盛大に転倒するクロスの治療に、華表は完全にかかりっきりとなる。それでも、続けて防ぐのは無理。なら、靖が前に出るしかない。 靖は学んだ歩法と今の冴えきった勘ならば、降り注ぐ雨粒すらかわしてみせる自信があったが、それでもこの剣は、埒外にすぎる。 何がヒドイかといえば、由愛とカズラ、歴戦の陰陽師がきっちり動きを鈍らせる術を決めておきながら、今、そう、たった今こうして、易々と靖の体に一斬叩き込んでいる所だ。 一撃はかわした。しかし、こんなもの二発もらって平気とか、クロス君の根性に改めて敬意を表しながら、派手に吹っ飛ばされる靖であった。 「わしごと、吹っ飛ばすがいい! 遠慮するな!」 何て言葉をハドリーと揉み合っている業雲が叫ぶが、カズラは心外そうに口を尖らせる。 「そんな下手クソじゃないわよ」 リドワーンは無言のままこれに矢を放つ。 飛ぶ斬撃と放たれた銀光は、下でもがくハドリーのみを丁寧に斬り射抜き、業雲はがははと笑いながら立ち上がる。 「おぬし等のお陰だな。感謝しているぞ」 更に由愛は那美を探す。居た。顔を見ればすぐにわかる。きっちりウォレスを仕留めて来たようだ。 「那美、悪いけど休んでる暇無いわよ。急いで」 那美は少し驚いた顔で、え、まだ斬るの残ってる? なんて言いながら嬉しそうに駆け寄って来た。 華表は絶望的な思いで治癒を続けていた。 回復が追いつかない。何度斬られようと立ち上がるクロスであったが、体に限界が来てはそうもいくまい。 流れる血は止められない。 腫れ上がった肌は戻らない。 出血と痛みから血の気が失せた顔色は青から土気色へと変色していく。 華表の腕が震える。 治癒をし、立ち上がったクロスが再び斬り倒され、駆け寄っては治癒をするが、その度、全身に負った損傷は悪化していく。 もう、止めよう。そんな言葉が口元まで出かかる。 しかし、信じられぬ事に、治癒を受けたクロスはこんな状況下で、笑ってみせたのだ。 「うん、刀の更に内側の間合いまで入っちゃえば、何とかなりそうかも」 何度も何度も何度も斬られながら、クロスの思考は陰に篭るどころか、僅かばかりでも前へ進もうとしていたのだ。 恐怖に押し潰されそうであった華表の心がその勇気に触れ自らを取り戻すと、視界がぱっと開けてくる。 ちょうど皆がサディアスに集中攻撃を仕掛けている所。後は業雲がハドリーを抑え込み、那美は姿が見えない。 しかしそこで、冷静さを取り戻した故の視界か、由愛の表情が見えた。 あれは多少焦ってはいるものの、絶望を押し殺しただの、何かを諦めただのの目ではない。 なら、今は、と精霊に祈りを捧げる。何度も何度も何度もそうしてきた快癒の祈りは覇気を取り戻した華表に応えるかのように一際強く輝いてみえた。 前衛に那美と業雲が加わると、靖の閃癒による回復効率が格段に上昇する。 華表はクロスが後退する切欠となるべく白霊弾を撃つ。 眼前に立てた木刀。その根元に逆手に持った鈴を当てる。 鈴の音が木刀を鳴らし、震動は真白き精霊を生み出す。 圧倒的不利な体勢にある何てとても信じられぬ勢いで暴れまわるビッグマンに対し、か細いとしか言いようのない白光であるが、華表はこれを卑下もしなければ投げたりもしない。 ビッグマンの眼前向けて放つと、ビッグマンは額を叩き付ける形で白光を受ける。 それでも、クロスと隙が無くて下がり損ねていた靖が後退するには充分な余地であった。 由愛は、この手の外道に情をかけるような人間ではないが、それでも、ビッグマンを見て思う所はある。 「呪縛符、毒蟲、錆壊符喰らって、騎士一巫女二で足止めして、それでもぎりぎりとは恐れ入ったわ」 だが、その暴虐も、これまでだ。 由愛は手にした怨念無念の塊、ともすれば呻き声すら聞こえてきそうな呪殺符「祟」を、ゆっくりと口元へと運ぶ。 瘴気の塊のようなそれに、まるで果実にでもするかの如く、気安く口をつける。 体内に流れ込む瘴気に、目尻を緩め、残った手をゆっくりとビッグマンを向ける。 人差し指一本で、体内の瘴気に標的を教えてやるかのように。 指がぴたりと止まると、由愛は全身から混沌の種達が消えてなくなるのを感じる。 指の先で、ビッグマンが何かを堪えている。 由愛は、あのやたら大きな音を立てる武器を真似、声と共に指を跳ね上げる。 「ばんっ」 まるで体内の臓器全てが吐き出されたような大量の吐血と共に、ビッグマンは倒れ臥した。 「驕れる者は久しからず、ってね。世の中、都合良くは回らないものよ」 靖はビッグマン達の残した物を漁ってみる。 何か手がかりは、と調べてみたのだが、中に一つ、奇妙な物を見つけ出す。 多数の手の平大の人形。靖はこれらが雨乞いの儀式に使う呪物だとわかる。 本来は人を生贄に捧げる類の術式に、人の身代わりとしてこれらを使うのだ。 「雨、ねぇ」 |