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■オープニング本文 「ひとみを里の外に出すのは、まだ早いと言わざるをえない」 何処のシノビ里でも志体を持つ子供は重宝されるし、そうでない子と比べるとその育成にかなりの手間隙をかけてくれる。 それは引き取られる形で里に入ったひとみも同様で、特に彼女は、長くとある洗脳機関で教育を受けていた事もあり、育成と同時にこの手の専門家の治療を受け続けていた。 ほぼ同時期に里に入った二人の子と比べても、ひとみは症状が重いとされ、他の二人には出た里の外での活動許可がひとみには下りなかったのだ。 いつでも三人組で行動し、特に三人の中でもまとめ役にまわる事の多かったひとみにとって、この診断は大きなショックを伴うものであった。 ひとみには、志体を持つサムライとして既に一流と称して問題ない程の実力が備わっている。 しかしひとみの主である藪紫は絶対にひとみを仕事に用いようとはしない。どれだけ鍛えても、どれだけ学んでも、絶対に前線に連れていこうとはしないのだ。 ひとみが何よりも望んで已まないのは、同世代の子供達と遊ぶことでもなく、一人でも多くの友達を作る事でもなく、サムライとして戦い主の役に立ちたい、それだけなのに。 そして、それこそが、ひとみの症状が重いと診断される、一番の原因となっていた。 「一大事だ」 とのたもーたのはあぐらをかいて座り込んでる十歳の男の子。隣に座っている同じく十歳の女の子は顎に手をあて小さくぼやく。 「まっずいよなー。絶対ひとみの奴気にしてるって」 男の子、大吾は眉根を寄せながら首を傾げる。 「いつもの無表情のまま、すんげーヘコんでるのが目に映るよーだわ」 女の子、双葉は地面の上だというのもまるで気にせぬまま、ごろんと寝転がる。 「だからってさー、藪紫さん一度ダメって言ったらもー絶対ダメなまんま……」 ふと双葉が下を見下ろすと、大吾は首を伸ばし、みえそーになってる双葉の下半身というか服の中というかを覗き込もうとしていたり。 「ハハハ、お前はほんとになー」 寝転がったままの体勢から、双葉の蹴りが飛び大吾の顔面を強打する。 むごーふごー、と転がりまわる大吾に、呆れ顔で双葉は言う。 「お前さー、下着とか見たいんならひとみにでも頼めよ。あいつなら平気な顔して『はあ、見たいんならご勝手にどーぞ』とか言うぜ。何なら無茶苦茶頼み込めばすけべーな事も頼めばやらせてくれるんじゃね?」 がばっと起き上がる大吾。 「ばっかじゃねーの! そんなの見て何が嬉しいんだよ! 隠すから見たいんじゃねーか! っつーかそーいう事しそーになったら止めてやれよ友達だろっ!」 もういっぺん顔面を蹴り飛ばしてから双葉。 「いやもーお前めんどくせーよホント」 鼻血をだばだば流しながら不意に真顔になる大吾。 「れも、まりめにひゃべーよな」 「鼻血拭いてからしゃべれ」 きゅっきゅ、ごしごし。 「ひとみって滅多にブレない分、一度ブレると後引きそうじゃね」 よしっと拳を鳴らす双葉。 「ならここは一つ、俺らが一肌脱ごうじゃねえか」 「……双葉、お前またロクでもねー事考えてんだろ。それと脱ぐんならこうふわさっと下に着物を落とす感じでひとつ」 三発目の蹴りは前二発よりちょっと強めの一打であった。 何にしても、二人の会話も思考もとても十歳のそれではない。 この二人もまた年に合わぬ大人顔負けの技量を誇り、それ故か、体格以外は実に早熟なのであった。 ひとみ、双葉、大吾の三人には、良く面倒を見てくれる世話係のアヤメというシノビがついていた。 双葉は彼女を呼び出し協力を要請する。 「うーん、で、私は何をすればいいの?」 大吾は両腕を組んで深く頷く。 「はい、パンツ下さい」 鉄拳を大吾の顔面にめり込ませるアヤメ。双葉はやっぱり呆れ顔であった。 「お前さー、アヤメさんは幽遠さんのカノジョなんだし、もー毎晩はっするまっするなんだからとっとと諦めろって」 「ちっくしょおおおおおおお!」 アヤメは、何度食らっても慣れないこいつらの戯言トークに大きくため息をつく。 「……ホントもー、あんた等の何処が十歳だってのよ」 で、と本題に入るのだが、双葉考案の作戦とは『犬神の里最強決定戦大人の部に出て良い成績残せば仕事させてもらえんじゃね』作戦である。 これは毎年恒例のイベントで、文字通りその年の犬神最強を決定する大会である。 これには大人の部と子供の部があるのだが、子供でも、前年大人の部にて優秀な成績を残した者を打倒しえた者は大人の部への参加権利が得られるのだ。 「というわけで、アヤメさんには華玉さんの弱点調べて欲しいんだ」 実力的にはあちらが上だが、ひとみは何と言ってもサムライである。 より戦闘向けであるし、シノビの利点を用いた戦い方は、相手が子供故にしてこないだろうという読みもある。 アヤメはそんな事ならとこれを承諾。幽遠にも協力するよう頼んでくれるとの事だ。 アヤメの協力を得られた双葉と大吾は、ひとみにこの事を話し、何とか頑張ろうと持ちかける。 ひとみは鉄面皮を崩さぬままに礼を述べるが、一つ解せぬと双葉に問う。 「華玉さんは、そのように甘い相手でしょうか」 双葉はけろっとした顔で応えた。 「ああ、それ嘘。本当の狙いは幽遠さんだし。あっちも大概強いけど、アヤメさん経由で協力を持ちかければ、ぜーったい油断してくれるだろうしさ」 このクソ外道がと眉をひそめる大吾、無表情のままそうですかと納得したひとみ、イタズラを仕掛けるのが楽しくて仕方が無いといった顔の双葉。 実に、バランスの取れたトリオなのであった。 「さてと、確かここに……」 ひとみが木々の間の土を掘り返すと、そこには一抱えもある木箱が。双葉と大吾が何だそりゃと覗き込む中、ひとみが中を開くと、まるで御伽噺のような大判小判がざっくざく。 「ちょ!? 何だよこれ!」 「おまっ! こんなもの何時の間に!」 ひとみはしれっとした顔で言う。 「主のお言葉です。何時いかなる時であろうと自分だけの金を持て、と」 ひとみはこれを箱ごと持ち上げる。 「開拓者の方を雇いましょう。訓練をという名目で、幽遠さんをぼろっぼろに疲れさせ、身動き取れなくなった所を衆人環視の中叩きのめします」 大吾はそこで首を傾げる。 「ん? 訓練ったって幽遠さん関係ないっしょ」 だから、と双葉が言葉を続ける。 「華玉さんに協力してもらうんだよ。あの人イタズラすげー好きだしさ。華玉さんが開拓者を雇って、大会の為の訓練を行う事にした、と。でお金が足りないから幽遠さんも一口どうだって話を振ってやれば、アヤメさんからの協力要請の事もあって幽遠さん絶対乗ってくるだろ」 うんうんと頷くひとみに、大吾は頭を抱える。 「……お前等もう最悪だよ人間として。どんだけシノビ色に染まってんだふぁっく」 こうして、クソガキ共の挑戦が始まる。 |
■参加者一覧
フェルル=グライフ(ia4572)
19歳・女・騎
叢雲・暁(ia5363)
16歳・女・シ
レイシア・ティラミス(ib0127)
23歳・女・騎
狐火(ib0233)
22歳・男・シ
グリムバルド(ib0608)
18歳・男・騎
ネネ(ib0892)
15歳・女・陰
金時(ic0461)
20歳・男・泰
錘(ic0801)
16歳・女・サ |
■リプレイ本文 「悪いけど幽遠さん、この二人は俺にやらせろ」 と言って引きつった顔で刀に手をかけたのは双葉である。 おろおろしているフェルル=グライフ(ia4572)と、元気良いなーと笑っているグリムバルド(ib0608)を見て、双葉がキレたわけで。 以前この二人は双葉と剣を交え、殺さないように手加減をされてそのまま双葉は捕えられてしまったのだ。 いわゆるなめプされたと双葉は思っていたり。いやフェルルとグリムバルドにとっても必死の手加減であったのだが。 真顔で大吾は言った。 「フェルルさんは任せろー、バリバリ」 「やめてっ」 と即座にリアクション。流石の叢雲・暁(ia5363)さんである。 事情をそれなりに把握している狐火(ib0233)は、ちらとひとみに目をやる。 開拓者がそうするより角が立たないだろうという話で、ひとみもすぐに理解し双葉を宥める。 「負け犬の出る幕じゃありません。すっこんでてください」 「てめーからぶっとばすぞコラ!」 今度はひとみと双葉でケンカ始まりそうであったのを、ほらほら、とレイシア・ティラミス(ib0127)が両者の襟首掴んで止める。 ネネ(ib0892)は、元気になったのはいいですけど、と何とも言えぬ表情だ。 ガキ共の企みなぞ欠片も知らぬ幽遠は、賑やかにすぎる子供達の事を見て苦笑しつつ、隣の金時(ic0461)に詫びる。 「悪ぃ、八人一気に泊まれる所ここしか無かったもんでな。まあガキのする事と思って大目に見てやってくれ」 形としては幽遠が彼等を招いた形だ。金時も自然に話を合わせる。 「気にはしていませんよ、可愛いじゃないですか。……貴方の恋人程ではないかもしれませんが」 思い切り噴出す幽遠。 錘(ic0801)は、そういった意図が本当にあるかどうかはさておき、何かを問いたそうな目で幽遠をじっと見る。 「ちょ! お前等どっからそーいう話を……っつーかだな! ……」 凄い勢いで食いついて来た。これはいけそうかな、とこの時金時は作戦に手ごたえを感じたのだった。 幽遠の表情が空中で大きく歪む。 「なっ!? まさかこの技は!」 暁は持ち上げた幽遠の体を空中でひっくり返す。 「シノビ百八のスペシャルホールド! その実践と解説を平行してこう! 木偶は貴様だ!」 「てっ、てめえ! 出来るってのか! この技を!」 「喰らえっ! シノビバスター!」 両足を捕まえたまま空中で持ち上げた幽遠を反転させ、首と肩で相手の首を固定しがっちり押さえ込む。 この形を作る流れるような所作が、この技の肝である。そして、一度決まってしまえば外すのは至難の技。だがっ。 「犬神の幽遠をなめるな! 俺が何度雲切バスター喰らったと思ってやがる!」 固定されているはずの幽遠の体が拍子抜けするほどあっさりとクラッチから抜ける。 咄嗟に暁も体を回転させる。幽遠がそうするように。 回転により軌道を変化させようとした幽遠の目論見をこれで潰した暁だが、結果無理な体勢になってしまい、両者は折り重なるように大地へと落着。 直後、両者はその場を跳ねるように距離を取る。 「ちっ、返し技まで良く知ってやがんな」 「まだまだ、後百七つ残っているっ!」 錘の斧は見るからにへばって見える幽遠に、しかし命中する事は無い。 疲れ果てた状態での戦闘訓練を、随分とこなして来たらしき立ち回りの上手さが見える。 これは相当ヘバらせないと、と気を入れなおす。 七分の力で、そんな事を考えていたが、ただ消耗を助長するのみですら難しい、類稀なる手練である。 自らも汗だくになるまで斧を振るい、そして機を待つ。 と、ネネがアヤメを連れ近くを通る。 聞こえよがしに幽遠との馴れ初めなどを問うネネに、上機嫌マキシマムでこれを語るアヤメ。 一瞬、隙の無い幽遠に、笑えるぐらいわかりやすい隙が出来た。 錘は斧を下から振り上げる形を取るべく右腿の横を後ろへと振りかぶる。 斧が完全に幽遠の視界から消えた場所で、ほいっと、斧の柄から手を離すと、斧は回転しながら錘の背を登っていき、肩上に構えた左手に収まる。 後は何も考えずとも良い。全力でこれを叩き付けるのみだ。 密かに怪我させる勢いでぶちこんだ斧であったが、幽遠は魔法のような剣捌きで斧の柄に忍刀をあて堪える。 「くっそ、油断した! やるじゃねえかよおい!」 防いでおいて良く言う、と思ったが口から出たのは訓練を超えた一撃に対する謝罪の言葉だ。 「……申し訳ありません。私の力不足で……」 「気にすんな、このぐらいでないと訓練にならねえって」 金時は華玉の案内で犬神の里の周囲を散策する。 「定番所は二人共流石に押さえてあると思うわよ。後は、滝壷とかそこから川沿いに下って行く辺りかしら」 デートスポットを、との事で、幾つかそれっぽい場所を華玉が案内しているのだが、後は森の中程にある小さな広場ぐらいである。 自然の豊かな地であるが、繁華街のような娯楽は望むべくもないわけで。 ぼそっと、小さく金時は溢す。 「睡眠薬等は……手に入ります?」 華玉は目を細めて言う。 「睡眠薬だろうと痺れ薬だろうと手に入るけど、アイツ口に含んだだけですぐ気付くわよ」 顎に手を当てる金時。流石にシノビ相手に毒物の使用は難しい所である。 下見を終えた二人は屋敷へと戻る。そこでこの話を狐火に持ちかけると、彼はふむと一つ頷いた。 「なるほど。逢引に相応しい場所ですか、それは良い手です」 出来れば、と狐火は金時に頼み事をする。それは訓練の一環として、近くに幽遠を連れて来るといったものであった。 怪訝そうな顔の金時。 「それではデートにならないのでは?」 狐火は特に表情を崩さぬまま、さらっと言ってのける。 「ええ、デートは私とアヤメさんとでしますので」 華玉は飲みかけた茶を盛大に噴出してしまった。 グリムバルドは何度か相手をしてやる事で双葉の機嫌を取ると、ようやく幽遠の相手を出来るようになる。 「へ? いやあんたも俺か? 華玉の方はいいのかよ」 「ほら、俺一応騎士だし。あんまり女性狙いはなーあれだなー」 「お前はアイツの本性を知らねーからそーいう事を……」 そこで言葉をとめたのは、ネネがアヤメを連れて見学に来たせいだ。 悪口云々ではなく、単純に他の女の話をしてるとアヤメの機嫌が悪くなると、幽遠は経験則で悟っていた。 グリムバルドは長槍を低く構え、自身もまた体勢を落とす。 「さて、せっかくのお出ましだ。良い所でも見せてやれよ」 「言われるまでもねえ」 レイシアは二人の対決を眺めていたが、時期に飽きが来てしまい、その場をふらっと離れる。 今の内にひとみに稽古でもつけてやるかと歩いていると、錘がひとみに幽遠の戦いに関するアドバイスを行っている所に出くわす。 一緒に双葉もおり、三人で幽遠対策をああでもないこうでもないと言い合っている。 そこに、アホが一人突っ込んで来た。 「殺ったぞ錘さん!」 と、錘の背後から迫る影。これに向け、レイシアはすたすたと歩いて腕を伸ばす。 「こらっ」 女臭に惹かれかけよってきた大吾の、顔面をがっしと引っつかむレイシア。 「みんな真面目にやってるんだから邪魔しないの」 と穏やかに言って聞かせる。これに対する大吾君のお返事は以下である。 「GYAAAAAAA!! 脳がっ!? 頭があああああ!!」 そのまんま持ち上げているものだから、大吾にはもうこれを外す事も出来ない。 腕下より響く悲鳴を放置で、レイシアは三人に問う。 「で、どう? 対策立ちそう?」 大吾はレイシアの腕をかきむしるようにじたじた足掻く。ひとみは嘆息した。 「やはり、強いです。錘さんの話ではサムライ対策も出来ているようですし」 全身が小刻みに揺れる大吾。 「一筋縄ではいかないか。まあいいわ、なら当初の予定通りヘバらせましょ」 遂に大吾の全身から力が抜け、だらりと垂れ下がると、双葉がフォローを入れてやった。 「なあレイシアさん、それ、俺にも教えてくんね? 片腕だけで抑えられたらすげぇ楽そうだし」 「いいわよー。これはね、握力だけじゃなくて……」 大吾は泡噴いて倒れていたせいで、これを止める事が出来ず、今後はレイシアだけでなく双葉からも喰らう事になったとか。 夜。皆が寝静まった頃、ひとみは一人起き出し表で刀を振るう。 開拓者達が居るのに、一人で訓練しようとするひとみを見て、フェルルは僅かにもの悲しさを感じるも、表には出さぬよう気をつけながら努めて明るく声をかける。 「精が出るね」 「……」 そのまま、文句を言うでなくフェルルは、里では学び難いだろうサムライの技を幾つか披露し丁寧に説明してやる。 一通りの訓練が終わると、フェルルはそれとなくだが、ひとみが年相応の子供のように遊べるような提案を持ちかける。 ひとみも頭の悪い子ではない。フェルルの意図も、善意も、すぐにそれと察する事が出来る。 ひとみは注意していなければ聞き落としてしまいそうな小声で呟いた。 「……どうして、私が戦っては駄目なのですか。私は、私の意志で、主様の為に戦いたいと……こう思う事すら、私には許されない事なのでしょうか……」 フェルルはひとみの隣に座り、立ち尽くす彼女の瞳を見つめる。 「主がそうせよと言うのなら、かくれんぼも、鬼ごっこもいたしましょう。ですが、これに興じよとは無体極まるお話です。私は、これらをやっている間、胸をかきむしりたくなるような焦燥感に駆られているというのに」 硬く拳を握り、ひとみは小声ながら、吐き出すように呟く。 「この情動に耐える事が、本当に、私の症状を癒す術なのでしょうか……」 フェルルは立ったままのひとみの手を引く。驚く程あっさりと、ひとみは体を引かれるままに、フェルルの膝の上に頭を置いて横になる。 この年で、ひとみは自分の精神をコントロールする術を身につけている。そのまま横になっていると、小刻みに震えていたひとみもすぐに落ち着きを取り戻した。 「ねえ……ひとみちゃんが楽しいと思える事、何か見つかった?」 すぐに、剣の修行と経済の勉強、と答えが返ってきた。 そして少し間が開いて、これは、絶対に秘密にしてください、との前置きの後、ひとみはぼそぼそとした声で聞かせてくれた。 「……双葉と大吾が喜ぶ事は何でも、私も、楽しいです……」 そっか、とフェルルはゆっくりとひとみの頭を撫でてやるのだった。 「もう一戦やろうぜ!」 なんて台詞と共にグリムバルドが槍を肩にかつぐと、幽遠はがくがく言い出した足を叩きながら文句を口にする。 「いー加減にしてくれ。こっちはもう……」 ネネは今日もまた隣にアヤメを座らせて共に観戦中。 「幽遠さんって、そんなに体力があるのですか?」 「そりゃもうっ。三日三晩山に篭ってゲリラ戦をしてた時なんて……」 三日三晩に比べれば大した事ねーよな、的に戦闘続行。 そこから更に一刻後。 「もう一戦やろうぜ!」 「いやお前全然一戦で済んでねーだろ!」 ネネはうんうんと大きく頷く。 「そうですかー。訓練する時幽遠さんはどんな事を心がけているのですか?」 「訓練は疲れてからが本番だーって……」 よーし、ならこっからが本番だー、的に戦闘続行。 更に更に一刻後。 「もう一戦やろうぜ!」 「誰か止めろコレマジで!」 仕方が無い、とグリムバルドは渋々引き上げ、後をレイシアと暁に任せる。 「別に、人前でイチャついてるの見てイラっと来たとか無いわよ」 「後残るは八十二だっ!」 「おいいいいいいい! 俺! 休みたいの俺だってば!」 そんなこんなで日が暮れるまで延々と訓練漬けである。 そして、晩御飯の時間。 ネネはここぞとばかりに、特訓観戦中にアヤメより仕入れた話題を惜しげもなく披露する。 しかし最も効果的だったのは、特訓中に里に飛ばしていた人魂から仕入れた情報だ。 幽遠はアヤメに聞こえない所で、天儀一の美人はアヤメだし、とのたもーてたそーだし、アヤメはアヤメで、幽遠が見せる日常のさりげない様々な所作のかっこよさを里の者に力説していたとかで、暴露された時の双方の顔は実に見ものであった。 互いへの思いをモチベーションに、耐えがたきを耐えさせるというお話である。 これが功を奏したのか、最終日に至るまで、明らかなオーバーワークにも、幽遠は歯を食いしばって喰らい付いて来ていた。 そして、最後の仕上げの時。 訓練前のジョギングに、金時が付き合って一緒に走っていた。 「ここまで付き合わなくてもいいんだぜ」 「人は楽をしたがる生き物ですから」 「……さいで」 コースは山道を通るので、それだけでもかなりの体力を消耗しよう。 そこで、二人は目撃したのだ。 「え?」 木漏れ日が差す森の中、アヤメと、狐火が連れ立って歩いている所を。 それだけならば何という事もないが、二人の歩く場所は、この辺りでもデートコースとして有名なルートである。 そのまま川辺付近にまで至ると、狐火が川の中に足を浸し、泳ぐ魚に手を伸ばす。失敗。微笑んでアヤメを招く。 アヤメもまた邪気の無い笑みで川に入り、魚を一匹捕まえると、どんなもんだと胸を張る。 元より人見知りしないタチのアヤメであるが、ここまで親しげになるには、相応の時間と手間が必要であるはず。 金時がジョギングの続きを促すと、幽遠は言われるがままに走り出すが、その表情は虚ろなままであった。 アヤメが昼食にと取って来た魚を、幽遠はやはり焦点の合わぬ目で口にする。 金時が、この依頼の中で最も神経を尖らせた瞬間は、正に、今この時である。 焼き魚にかける醤油を、アヤメが席を外した時を見計らい、華玉に頼んで用意してもらった眠り薬混入物と入れ替える。 幽遠の尋常ではない動揺っぷりに、これならばイケると金時はゴーサインを出した訳だ。 薬が効き始めるまで後一刻程。 集中力が欠けた状態での訓練により幽遠の消耗著しく、また睡眠薬の影響下にある状態で、幽遠はひとみの挑戦を受ける事となった。 頭から湯気を出して怒るアヤメと、何故か、笑って刀を構える幽遠。 「一つ、教えてやるぞひとみ」 既に抜いているひとみ。 「はい」 「俺の幼馴染でお前の主でもあるクソ女はな、俺に勝つ為に、今のお前と同じ事しやがったんだよ。クソッ、何が悲しくてあんなのに似ちまってんだお前はっ」 一度経験済みというだけあって、これだけ追い詰めておきながら幽遠を仕留めるのに、ひとみも多大なる損傷を負うハメになったとか。 最後にぶっ倒れた幽遠を見て、流石に悪いことしたか、と双葉も大吾も殊勝な顔をしたものだが、一人ひとみだけは、滅多に見られない笑みを見せた。 主に似ていると言われ、その上で事を成し遂げられた事が、よほど嬉しかったのだろう。 |