シャドウ・ホーク
マスター名:
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/05/15 22:23



■オープニング本文

 ビィ男爵は、公爵の位を持つ上役の一人の言葉に、失礼を承知で問い返さずにはいられなかった。
「実験、部隊ですか?」
 そんな男爵の心の内なぞ歯牙にもかけず、彼は嬉々としてその部隊の優位性を語り始める。
 長銃、大砲、アーマーの三点を主力武器とした機械化部隊。
 既存の軍部隊にはありえぬ攻撃力、制圧力を誇り、下手な城壁なぞこの部隊の前には馬小屋同然。
 テロリスト根拠地撲滅作戦にはこの部隊を用いるように、と彼は要請してきたわけだ。
 貴族間のやりとりの巧みさに定評のある男爵だ、ここで直接反論する無為さは良く理解している。
 それでも、言わずにはおれなかった。
「……今作戦地である山岳地を超えるに向いた部隊とは思えませんが。それに、補給はどうされるので?」
 彼はでっぷりと太った腹を揺らしながら笑い言った。
「ははははは、そんなもの工兵に道を作らせれば良いではないか。それに補給とはどういう意味だ? 常の行軍と同じようにすればよいだろう」
 男爵は、誰だコイツに軍権握らせたアホゥは、と内心のみで愚痴ったが、断れるものなら始めっからどうにでもして断っているのである。

 車輪をつけた大砲がずらりと並び、まだ処女戦闘すらこなしていなかろうアーマーがその後ろに控える、更に後方にはぴかぴかの長銃を握る若く溌剌とした兵士達。
「確かに、壮観ではあるな」
 男爵のそんな言葉に、ギルド係員が無表情のまま問う。
「行軍予定表に従いますと、この凄まじく高価な部隊が戦場に辿り着く頃には全てが終わっていると思われますが」
「どの道主戦線は任せられん。逃亡阻止の待ち伏せが適任であろう」
 係員は、何処から持ってきたか手にしていた棒で地面に地図を描き始める。
 その地図に、一つ一つ部隊の展開図を重ねていき、そして最後に敵の予想移動進路を加える。
「以上の理由により、その待ち伏せは、彼等にとって危険であると考えます」
「おいおい、ぶつかるとしても逃げる兵だぞ。数も装備もこっちが圧倒的に上で、挙句あの部隊が最も力を発揮する待ち伏せで、どうやって負けるというんだ」
「敵は筋金入りのテロリストで、それが窮鼠と化して襲い掛かるのです。新兵に対して最もぶつけてはならない敵でしょう」
 雨あられと降り注ぐ砲弾弾丸を、恐らく窮鼠達は物ともせず突っ込んで行く事だろう。
 そんな予想図は男爵とて考えられぬわけではない。それでも。
「乗り越えてもらわねば困る。以後も一線級の部隊として動くのであればな」
「護衛を出せば、被害は最小限に食い止められると思いますが」
「護衛だと? 何処に配置するのだ? 側面を守る程度なら、それこそ今の編成でも問題無かろう」
「いえ、最も重要な正面にです」
「何を言っている。正面は銃と砲が展開してるだろう」
「ですから、その地にあっても護衛の任をこなせる者を派遣しましょうという話でして」
 ようやく、男爵は係員の意図を察する。
「ふざけるな! 新兵の集まりだぞ連中は! いや、それ抜きですらあの密度では間違いなく誤射が発生するぞ!」
「居るでしょうに、ヘボ射手の誤射如き、歯牙にもかけぬ連中が」
「ばっ、馬鹿を言うな! お前は連中に味方の銃弾に晒されながら、迫る窮鼠と化した死兵を迎え撃てというのか!?」
 係員は落ち着いた口調のまま続ける。
 この特殊部隊は、威圧戦力としては極めて有用である。
 そんな彼等が考えうる中で最も恐ろしい敵との実戦を経験すれば、それは部隊にとって掛け替えの無い価値ある経験となろう。
 無論それで部隊が半壊なぞされてはたまらない。装備一つとっても、並ではないのだ、この部隊は。
 もちろん人員も、前途有望な、言い換えればそれなりに地位のある者の子弟が多い部隊だ。
 これに大きな被害を出しては、男爵の今後の活動に重大な支障が生じよう。
「別に騙そうなどと言ってはおりません。ジルベリアの将来を担う大切な部隊を、守る為に命を張ってくれと依頼すればよろしいでしょう。もちろん高確率で誤射の餌食になる事も含め」
「そんな恥知らずな依頼出せるか! お前は開拓者を何だと思っているんだ!」
「不可能を困難にまで引き下げられる職能集団です。それに、公爵はさておき、部隊の新兵達がジルベリアを守らんと命を賭ける勇気ある者達であるという事に異論の余地はないでしょう?」
「開拓者は違うというのか?」
「彼等は……色々すぎます。だから、今回のような依頼も受けてくれる者がいるのではと私は思っております」
 男爵は係員から顔を背ける。
「……味方に撃たれるのも味方を撃つのも、敵にそうされるより遥かにキツイぞ」
「承諾と、受け取ってよろしいですね」


「ホーク! ここはもうダメだ! 頼む! 下がってくれ!」
 ミュルクヴィズの森のドン、現在のリーダーであるフェニックス・ホークは、部隊の皆に火を放つよう命じる。
 長きに渡り、ジルベリア帝国の追及の手から守ってくれてきた森に、彼等は自らの手で火をかける。
 予定通り幾つもの部隊に別れ、彼等は落ち延びていく。無論、追撃を振り切れず倒される者も多数居た。
 それでも、ホーク率いる部隊は部隊の体を残したままでどうにかこうにか山道を、森の途切れる場所まで抜ける事が出来た。
 そして、そこで、彼等は未来を諦めた。
 簡易な柵の後ろには、ずらりと並んだ大砲と長銃、更に強行突破を許さぬアーマーが数体控えているのだ。
 ぶるぶると武者震いに震えるはバトルマスター・ヒューゴーだ。
「言ってくれ、ホーク」
 隠し切れぬ笑みを見せるはサンダーボルト・マックスである。
「そうさホーク、アンタから言って欲しい」
 ホークは、盟友二人と、そして完全に開き直った後方の仲間達の顔を見て、彼もまた笑い言った。
「さあ、ここが俺達の死に場所だ。一緒に死のうぜ兄弟達」


 柵の内で銃を構える兵は、隣の友に問うた。
「なあ、あの人達は何だって柵の向こう側に居るんだ? あれじゃ下手すりゃ当たっちまうぜ」
「ばーか、そんなヘボ一人だってここに居るかっての。あの人達ぁ俺達の撃ち漏らしをあの場所で蹴散らしてくれんだとよ」
 別の兵は笑い言った。
「はっ、じゃああの人達の手をわずらわせるまでもねえだろうな」
 彼等が戦場の狂乱を知るまで、後もうほんの僅かであった。


■参加者一覧
天津疾也(ia0019
20歳・男・志
百舌鳥(ia0429
26歳・男・サ
叢雲・暁(ia5363
16歳・女・シ
野乃原・那美(ia5377
15歳・女・シ
メグレズ・ファウンテン(ia9696
25歳・女・サ
パニージェ(ib6627
29歳・男・騎
黒葉(ic0141
18歳・女・ジ
御堂・雅紀(ic0149
22歳・男・砲


■リプレイ本文


 彼等は、紛う事なき弾雨砲雷の最中を、雄叫びと共に突っ込んで来た。
 パニージェ(ib6627)の怒声が響く。
「お前達、死にたくなければ確り狙え!」
 既に砲は使えぬ距離。
「ミュルクヴィズが騎士、『サンダーボルト』マックスよ! デニ・ニデーリが騎士、パニヂェーリニクが一騎討ちを所望する! 貴殿も騎士の端くれならば、正々堂々と出てくるが良い!」
 周囲を銃声が荒れ狂う最中にありながら、パニージェの凛とした声は彼へと届いたのか、騎士は駆ける向きをパニージェへと。
「……名前まで知られているとは。それに、まさかここでこんな申し出を受ける事になるなどと……」
 大剣を構えたマックスは、笑みを浮かべながら言った。
「良かろう、騎士パニヂェーリニクよ。貴殿との一騎打ちお受け申す」
 マックスが大きく大剣を薙ぎ、パニージェが盾でこれを受け止めた瞬間、盾越しであっても、腕が千切れるかと思う程の衝撃があった。
 が、顔には辛うじて出さず、レイピアを突き入れる。
 マックスはというとこれを腕で弾き払う。見るからに痛そうな受け方であったが、やはり彼も顔には出さず。
 それからは意地の張り合いであった。
 攻撃力より装甲がより勝る同士、傷で倒れる前に体力に限界が来る。
 距離を開くとマックスが、一気に踏み込みパニージェが、ありったけを叩き付け合う。
 腕が痺れ、足が震え、目が霞んで、声も出ない。命賭けの持久走。
 パニージェは、遂に握っている事すら出来ず、剣をその場に落とす。
 その時マックスの顔を見る余裕が出来たのは、何故だったか自分でもわからない。
 彼は、何処か、嬉しそうだった。
 そこでパニージェの薄れ掛けていた意識がはっきりと覚醒する。
『俺には、待っているアイツが居る』
 剣を突き出してきたマックスに、盾ごと体でぶつかってやると、二人はその場に倒れぴくりとも動かなくなる。
 そのまま事切れたマックスを見て、辛うじて意識を残しているパニージェは、それでも自分一人で勝てた、という気にはなれなかった。

 銃撃を行う兵士達にとって、叢雲・暁(ia5363)の勇姿もまた、正常な判断力を保てぬ一因となっていた。
 一応、兵士達は暁に当てぬよう、そんな事を意識だけはしているのだが、当の暁はというとそんな配慮なぞ知った事かと縦横無尽に走り回るのだ。
 ちなみにもう一人のシノビ野乃原・那美(ia5377)も全く同じように走り回ってくれている。
 なもんで、狙いをつけた筒先に突然姿を現すなんてこともしょっちゅうで、兵はその度驚いて引き金から指を離すのだ。
 極めて心臓に悪いそんな動きに関して、暁の一言はこんな感じ。
「新兵教育には過酷が一番とは誰の言だったっけな〜〜?」
 森の志士は既に刀身に炎を纏わせており、これを暁の激しい出入りにあわせて振るってくるのだ。
 斜め後方に回り込んだ暁の忍刀が志士へ伸びるも、同時に斬り薙がれた志士の剣に対応する為、半歩分踏み込みが短くなり、届かず。
 両者の剣は同時に空を切る。
 足も反応速度も暁が上だが、剣の間合いに入る瞬間はどうしようもない。飛び道具だけで崩せる程ぬるい敵でもなし。
「とはいえ、手が無いでなし」
 と、敵に集中した瞬間、背後からの弾丸が暁の額をかすめる。
 じろっとそちらを睨み、複雑無比なじぇすちゃーを。
『お前、後で、校舎裏な』
 通じたのはじぇすちゃーではなくその表情のせいであるが。
 気を取り直してもう一度。
 今度は頭部から滑り込む形で刀を伸ばす。極めて低い位置へは、そうと構えていなければ咄嗟に刀を走らせられないものだ。
 脛の表面を削り取った程度だが、それで足を止めるに充分。
 志士は舌打ちしながら逆手に持ち替えた刀を突き刺しにかかる。
「それは悪手だよキミぃ」
 体を寝かせた形から、腹筋一発でこめつきバッタのように跳ね上がる。
 外れた刀は大地に突き刺さり、これで動きが止まった志士に、暁の首刎ねを防ぐ手段は残されていなかった。

 那美は眉根をこれでもかと寄せていた。
 なかなか斬り甲斐のありそうな猛者を見つけ、さあ斬るかといった所で、いきなり後ろから大砲を打ち込まれたのだ。
 煙が晴れると、モロに砲撃を食らったはずの敵騎士は、煤だらけの鎧のまま突っ込んで来る。
 そんな彼を、那美は決して崩れる事のない笑顔で迎え入れる。
「んふふ、僕の相手は君だね。厚い鎧の下にはどんな筋肉があるのかな? もちろん、斬り心地がいい筋肉だよね〜♪」
 どんな鍛え方をすれば斬り心地が良いなんて自虐な肉つけられるものか。
 那美はゆっくりと、左右に揺れながら騎士へ近づいていく。
 騎士からは、時折那美の姿がブレて見える。当然だ、人の正面視界にある死角を那美はついて移動しているのだから。
 目線と頭の動きで騎士の視線を誘導し、作った死角から刀を突き出す。
 ぎりぎりで騎士は鎧表面を滑らせる形をとる。全身を用いた流しの技は、名無しとは思えぬ見事なもの。
 が、同時に飛ばした那美の足には気付かず。
 小内刈り(足のみ)で崩し、逆腕の刀を突き立てる。
 隙間が狭く入らず。
 騎士の剣撃を潜りながら、今度は右の刀を力任せに叩き付ける。
 騎士の鎧が甲高い音を立てる。間髪居れず隙間へ左の刀を。騎士が見せた驚きの顔は、今度は刀がきっちり突き刺さったせい。
 一度目の刀撃で鎧を震動させる事で、二つの金属が折り重なる部位に刀を入れやすくしたという話だ。
「流石にその鎧の上からじゃ僕はきついけど……どんな鎧も隙間は絶対あるんだよね♪ ああ、この感覚堪らないのだ♪」
 どんなに重厚な鎧も、必ず崩す場所はある。
 那美は剣の外側を回るように走る。騎士も必死に振り向き対応するが、既に那美は騎士の背後だ。
「ん〜〜、刺してっ♪ 押してっ♪ 引っぱって〜♪」
 突き刺した後、抉って抜き取るまでの速さは、余人の及ぶものではないのだった。

 御堂・雅紀(ic0149)は突っ込んで来た敵に目を向けたまま、隣の黒葉(ic0141)に命じる。
「お前は徹底的にやってこい、黒葉。……命令だ」
「徹底的に……ですか?」
 首をかしげたのも僅かの間。
「承知しました、主様も御武運を―」
 駆け出す黒葉に、合図すらせぬまま銃を構えこれを放つ雅紀。
 轟音に合わせ目を閉じる黒葉。直後、周囲は閃光に包まれる。
 この辺りの呼吸はそれこそ口を開くまでもない。
 光が収まるタイミングで目を開き、黒葉は殲滅を開始する。
 涙目のまま剣を突き出す森の戦士に、ダガーを沿い滑らせながら近接。鍔で跳ねたダガーはそのまま戦士の鳩尾へ。
 そのまま遺体となった戦士を突き飛ばし、これを支えた次の戦士を、遺体ごと一飛びに飛び越え、空中でその後頭部を蹴り飛ばす。
 更に前の敵へ、そこは敵が一塊になっている場所。
 爪先を立てた二ステップで滑るように踏み込み、上半身と下半身が別の生き物のように回転する。
 一つ、二つ、三つ、地面に対し直角になるまで曲げた上体から繰り出される短刀は、必殺のそれを放つ度鈍くあるいは白く輝く。
 最後に伸び上がるような回転を見せた後、戦士の体を盾にするようにその脇にもぐりこむ。
 次に戦士達の目に晒される位置に飛び出した時には、光を反射せぬ状態となっていた。
「幾ら死を覚悟しても不可視な死は怖い物です。無意味な死は怖い物です―さぁ、耐えられますか?」
 黒葉は止まらない。主がそう命じたように。
 その雅紀は、黒葉を見送った後、柵の側へと向かう。
 見るからヒドイ有様である。一つ嘆息した後、雅紀は彼等を怒鳴りつけた。
「怯えてるんじゃねぇ! 何の為に銃を手にしたか思い出せ! 一人じゃないことを思い出せ!」
 まず先に、言葉の内容もさる事ながら、怒鳴られたという事実をもって指揮する立場の者達が自分を取り戻す。
 次に部下達がすぐ隣に居る同胞を確認し、お互いの狂乱したやっばい顔を見て我に返る。
 頃合は良し、と雅紀は標的を指示し、射撃の合図を送る。
 元々雅紀の指示に従う謂れなぞない彼等だが、めっちゃくちゃ素直に言うとおりに攻撃し、訓練通り弾込めを行う。
 一発、二発、三発目の辺りから、弾込め動作から硬さが取れてきたと感じた雅紀は、再度声を張り上げる。
「生き残るために、俺の命を預けてやる。その代り、お前らの命も預けろ! 全員揃って生き残る為に!」」
 続き、前列水平射、と叫ぶ。指揮者が復唱するとぴたりと揃った射撃音が。
「やりゃ出来るじゃねえか」
 自らも銃を構える雅紀。指揮官の一人には、砲撃の指揮を執るよう命じ、自分は手強い敵へと狙いを定める。
 志体持ちを、と考えたのだが、突出してきた兵士が一人。
 先の混乱した最中なら逆にこういうのには集中砲火が飛ぶものだが、今は整然と面で防ぎにかかっている為、堪えられれば突破出来てしまう。
「そいつを撃つのが俺の仕事だ」
 一発でこの兵を打ち抜きながら、雅紀は兵が恐れてる暇が無くなる速度で矢継ぎ早に射撃を命じ続けるのだった。

 メグレズ・ファウンテン(ia9696)の咆哮に、敵泰拳士は抗う事が出来なかった。
「餞です。貴方の死に場所はここ。散り様の美学とやらにも付き合いましょう」
 泰拳士の蹴りを盾で受け止めたメグレズは、咄嗟に槍を伸ばすも彼を捉えられず。
 逆に側面に回りこまれてしまう。
 盾ではない槍側に回り込んだ泰拳士は、そちらから飛び蹴りを放つ。
 半回転しつつ、盾で蹴りを叩き落す。そのまま更に回ればこちらの槍が放てる。
 しかし泰拳士は先に自らぐるりと回って後ろ回し蹴りを打ち込んできた。
 脇腹に突き刺さる蹴りに、しかし、重装甲高火力のサムライは怯まない。
 構わず強引に槍を突き立てにかかると、泰拳士はかがんでこれをかわす。
 泰拳士の背中を槍が薄く薙いでいく。それだけで泰拳士の地に根が生えたようなどっしりとした構えが崩れたのは、槍撃の威力故か。
 メグレズはこの機に、槍ではなく体全体を叩き付ける体当たりをぶちかます。
 そのメグレズの鳩尾に、カウンターの拳が叩き込まれている。
 止まる息。それを無視して、槍を突き出す。屈みかわされるも、突き出した腕が泰拳士に当たり、彼を押し出す。
 超近接距離、ここは泰拳士の独壇場だ。肘と膝が連続で打ち込まれる。
 メグレズは全身に力を込め、これを弾き返す。
 弾き返しても、痛いモンは痛い。それでも弾いたという事実一つで、我慢出来る痛さになってくれる気がするもので。
 たたらを踏んで崩れる泰拳士。その頭上に、高々と振り上げたメグレズの槍が。
 全速で後退する彼を、槍の穂先でメグレズは両断して見せる。
「腕も良いし根性もある。なのに、たった一つ上にテロリストと付けるだけで、こうまでどうしようもなくなるものなのですかね」

『やれやれ、死兵になった相手も厄介やが、味方にも攻撃してくる味方も面倒やなあ』
 なんて内心でぼやきながら剣を振るうのは、天津疾也(ia0019)である。
 疾也の相手は敵のリーダーであり余裕なぞないはずなのだが、疾也はそんな危機にあってもやはり何時もの調子は崩れない。
 速く重い、正統派ではないが実に鋭い剣を持つホークに対し、疾也は踏み込みすぎぬ間合いを崩さず、丁寧に丁寧に小傷を積み重ねる。
 足を、小手を、腕を、肩口を、頭部を、ひっきりなしに狙いを変えつつ、斬れぬ間合いですら小さな傷を与えるためだけに剣を飛ばす疾也。
 疾也程の腕でそうされてはホークにも防ぐ手立てがない。
 両手持ちに構えた刀。その奥にある疾也の体へと、ホークが剣を伸ばすには超えなければならないものが多すぎる。
 ホークは荒い息を漏らしながら言う。
「……こんなふざけた待ち伏せ喰らったのは初めてだよ。お前等ジルベリア軍じゃねえな」
「さてな。そいつは俺にとってもお前にとっても、心底どうでもええ話やろ」
「そうだ、な」
 ホークは疾也と対してからただの一度も、わき目をふらせてもらえていない。
 当然、指揮なぞ執れるはずもなく、それは彼等にとっての死活問題である。
 ホークは剣を体の後ろに回し、疾也からは見えぬ位置に構える。
「生憎と、長々とは付き合ってらんねえんだよ」
「さよか。ほなら、来いや」
 不利を承知でホークは踏み込むと宣言し、疾也は万全の備えで迎え撃つ。
 ホークの一歩。二歩。三歩、四歩目に疾也が一歩を被せた。
 大気が悲鳴を上げたかのような甲高い音が響き、二人は弾かれるように後退する。
 苦痛を堪えきれぬ疾也は、片眉をひねらせながら言う。
「分け、かい」
 ホークは両眉をしかめながら答えた。
「いいや、お前の勝ちだ」
 三筋の傷がそれぞれホークと疾也双方に刻まれたが、ホークに刻まれたそれは、急所を外す事が出来ていなかった。

 百舌鳥(ia0429)は目標とする男を、あっという間に発見する。
 顔を見れば一発だ。如何にも、不敵の極みといった顔つきであるのだから。
「おまえさん、強いんだって? いっちょ力くらべてしゃれこもうか?」
「あ? 誰に物言ってんだお前?」
「ご大層な二つ名抱えてやがるてめぇに決まってんだろ」
「死にてぇらしいなザコッパチ」
「あんた、強いのは口だけかい。ほれほれ、さっさとかかってきなよ」
 太刀をぶん回す事で敵サムライ、ヒューゴーは返答とする。
 一瞬、切っ先を見失ってしまった。
 それでも百舌鳥が剣筋をつかめたのは、二の腕に痛烈な当たりをもらったせいだ。
 即座に百舌鳥も長大な大太刀をヒューゴーへと叩き込む。
 こちらもヒューゴーの巨体が揺れる程の衝撃。それでも彼は倒れなかった。
 百舌鳥の更なる返礼に、ヒューゴーがキレた。
「俺と我慢比べするってか!?」
「誰が好き好んでそんな痛ぇ真似するか」
 すぐさまヒューゴーの反撃。こちらはもう連撃なんざ頭をかすめすらしないのか、ありったけを込めた強力無比な一撃を。
 瞬時に百舌鳥は考える。ヒューゴーの技は荒い。一撃は凄まじいが、このまま真正面からぶつかりあえば百舌鳥が有利。
 その上でこの戦い方を選ぶ。つまりヒューゴーの本当の強みは強烈な一撃ではなく、我慢比べにさえ持ち込めば押し切れると胸を張っていえるタフさだろう。
 それがわかった上で、思わず忍び笑いが漏れてしまうのが百舌鳥だ。
『度し難いねぇ……だが』
 再び百舌鳥。こちらもまた引く気なんざ無いと、後先考えぬ超大振りを叩き込む。
 元より、こういうのは、百舌鳥にとっても極めて有利な戦い方である。
 交互に一発づつ、しかしパニージェの我慢比べと違い、こちらは攻撃偏重のサムライ二人だ。体力の前に体が尽きる。
 十発も交換した頃から、もう順番もわけがわからなくなり、同時に斬りかかるやら連撃で仕留めにかかるやらの泥仕合にもつれこむ。
 そして。
「……まだ自分が死なないと思ってんのか?」
 顔と言わず体といわず、全身血塗れになった百舌鳥のそんな言葉を、ヒューゴーはもう聞く事が出来なくなっていた。